第二十六話 狂犬と番犬 Ⅴ
「おい脳筋槍女!てめぇ、俺より弱いくせに調子こいてんじゃね!!」
「貴様より私が弱いだと!?その減らず口、今日こそ斬り落とすぞ破廉恥剣士!!」
「二人共やめて!まだ戦いは終わってないんだよ!?いつもみたいに喧嘩するなら全部終わってからにして!!」
サザランドの街での戦闘は、予想以上に上手くいってしまった。
結果だけを言えば、参謀長リクトビアと槍士レイナ率いる主力は、両国軍の軍隊を薙ぎ倒し続け、陽動作戦を見事に成功させた。それを利用して行動を開始した、剣士クリスと狙撃手イヴの率いる暗殺部隊は、無事に目標の排除に成功し、主力部隊と合流を果たしたのである。
これにより帝国軍は、マンチリー国軍とダミア国軍を混乱させる事に成功し、両国軍は一旦後退せざる負えなくなった。マンチリー国軍は防衛線を縮小し、街の中心部に戦力を集めて指揮系統の立て直しを図っている。ダミア国軍もまた、部隊を街の外まで後退させ、戦力の再編と指揮系統の立て直しに努めた。
それを利用し、帝国軍はサザランドの街の一部を制圧。そこを拠点とし、部隊の補給作業を行なっていた。街の一部を制圧した事で、街の人々の保護のために、外で待機していた残りの部隊も移動させ、制圧した地点に戦力を集結させた帝国軍は、全軍の補給を済ませた後に、再度の攻撃を計画しているのだ。
「上等だぜ!てめぇなんざ俺の剣の錆にしてやる!抜けよ、槍女!!」
「言われなくとも抜いてやる!覚悟はいいな、破廉恥剣士!!」
だがしかし、ここに問題児が二人いる。その問題児とは言うまでもなく、レイナとクリスであった。
二人がいつもの様に喧嘩をしている原因は、やはりくだらない理由である。部隊が合流を果たした時、クリスがレイナに自慢したのだ。自分は敵の最高指揮官を討ち取って、敵の兵士を三十人は討ち取ったぞと、そう自慢したのである。そうなるとレイナも黙ってはいられず、自分は五十人の敵を討ち取り、敵の部隊長を五人は討ち取ったぞと、そう自慢する。
これが喧嘩の発端となった。互いの戦果を自慢し合い、どちらがより大きな戦果を挙げたかで、揉めに揉めたのである。
その結果、喧嘩はいつもの様に互いの武力衝突へと発展し、互いに得物を抜き出した。こうなるともう、二人の部下達ではどうしようもできない。この喧嘩を止められる存在が現れるまで、避難するしかないのである。
「「いくぞ、今日こそ引導を---------」」
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
二人の激突は避けられない。誰もがそう思った時、二人の声を妨げたのは、六発の銃声であった。
突然の銃声に驚き、喧嘩の手を止めたレイナとクリス、そして二人の喧嘩を固唾を呑んで見守っていた兵士達が、銃声のした方へと一斉に視線を向ける。
「ねぇ、二人共。僕の話聞いてる?」
「「!?」」
銃声の正体。それは彼が空へと撃った、拳銃の音であった。
銃を撃ったのは、狙撃手イヴである。自分の愛銃であるリボルバーを抜き、空に向けて全弾ぶっ放したのだ。彼は相当御立腹な様子であり、場に緊張が奔る。
「あのさ、僕言ったよね?喧嘩するなら全部終わってからにしてって、そう言ったじゃん。何で喧嘩続けるの?」
「「そっ、それはこいつが-------」」
「言い訳禁止!!皆に迷惑ばっかりかけないで!喧嘩ばっかりするんだったら、食堂のおばちゃんに言って今度から二人のご飯減らしてもらうから」
「「!!」」
いつも明るく可愛らしい彼女・・・・・・ではなく彼は、実は怒ると非常に怖い。普段怒らない人ほど怒った時は恐いというが、イヴはそのタイプである。しかもイヴは、二人の弱点をよく理解している。レイナとクリスでは、彼に逆らう事は出来ない。
「いい?喧嘩は全部終わってから。わかった?」
「「・・・・・・」」
「返事は?」
「わかった・・・・・」
「ちっ・・・・・、わかったよ」
喧嘩を見守っていた兵士達は思った。「あっ、問題児二人にお母さん役ができた・・・・・」と。
レイナとクリスがセットで戦う戦場では、このように喧嘩を止めてくれる存在が必要なのである。今回はその役をイヴが務めてくれているため、兵士達は一安心していた。もしもこんなところで、この二人に全力で喧嘩など行なわれては、堪ったものではない。
「三人ともどうした?また喧嘩の勃発か?」
「あっ、リック君♪♪」
レイナとクリスの喧嘩が治められ、丁度いいところに彼はやって来た。三人が絶対の忠誠を誓う、帝国軍の最高司令官。帝国参謀長リクトビア・フローレンスこと、愛称リックは、両手に救急箱を持って三人のもとへとやって来たのである。
リックの姿を見つけたイヴは、先ほどまでの怒りの表情が嘘のように消え、明るい無邪気な笑顔を浮かべて、彼のもとへと駆けて行った。救急箱を持っているリックの右腕に抱き付いたイヴは、彼の腕に頬を摺り寄せる。傍から見れば、可愛らしくて仕方がない、羨ましい光景だろう。
「えへへ♪僕ね、敵の指揮官さん達をいっぱい仕留めてきたんだよ。偉いでしょ、褒めて褒めて♪♪」
「そうか、偉いぞイヴ。お前と狙撃部隊の兵士達のお陰で、俺達は楽にここ制圧できた。次も頼むぞ」
「労いの言葉だけじゃなくてさあ~。いつもみたいに頭撫でてくれると嬉しいなあ~♪」
「悪いけど、今は両手がこいつで塞がってる」
戦闘終了後、リックは作戦指揮を行ないつつ、負傷者の手当てを行なっていた。第一軍は戦闘に勝利はしたが、戦死した者もいれば、怪我人もいる。怪我人の手当ては衛生兵が行なっているのだが、リックは自分の休息の時間を利用して、衛生兵の手伝いを行なっていたのである。
怪我をした兵士達のもとに駆け付け、最高指揮官自ら怪我の治療を行なうなど、軍隊ではあり得ない光景と言えるだろう。だがリックは、自分の配下の幹部達だけではなく、兵士達一人一人もまた大切にしている。怪我をした者達の身を純粋に案じて、彼は治療の手伝いを買って出たのだ。
兵士達はそんなリックを敬愛し、彼のためにも戦おうと強く思う。リックのこうした優しさが、軍の結束を生んでいると言っても過言ではない。
そして彼は、帝国軍兵士だけではなく、エステラン国軍兵士の治療も行なっていた。前は敵同士であり、憎むべき国家の兵士達であったが、今は同じ戦列に加わる仲間だ。敵であったとしても、リックは仲間となった者達を、平等に大切に扱う。彼のそうした行動が、エステラン国軍兵士達の心を動かしている。
今やリックは、両軍の兵士達から信頼を集める、第一軍の良き最高司令官となっている。彼の命令には、誰もが異議を唱える事なく従うだろう。混成軍の結束は、リックのお陰で築き上げられたのである。
「イヴ、それにレイナとクリスも、戦闘で怪我しなかったか?救急箱持ってきたから、怪我してるなら見せろよ」
「・・・・・・うっ、なんだか急に寒気が来やがったぜ。これはあれだ、リックに抱きしめられたら治るかもしれねぇ」
「治らねぇよ馬鹿。飯食って布団に入ってあったかくして寝ろ」
「僕、急に胸が苦しく・・・・・・。これはたぶん、僕の心がリック君の愛の弾丸に撃ち抜かれちゃったせいかも・・・・・」
「怪我って言っただろ。それは怪我じゃなくて病気だ」
ちょっとした小芝居が行なわれつつ、リックの視線はレイナへと向く。共に激しい戦いを演じた彼女が、自分の気付かない内に怪我などしていないか、それを心配しているのである。
「レイナ、お前は怪我無かったか?俺の無茶に突き合せちゃったから、ちょっと心配でさ」
「御心配には及びません。私に怪我はありませんので、どうか参謀長は休息を取られて下さい」
「・・・・・・そうか、怪我がなくて良かった」
感情を殺した声と態度で、レイナは答える。
彼女に怪我がないのを確認し、安堵の息を吐いたリックだったが、その表情には少し寂しさが見え隠れしていた。前の彼女であればこうではなかったと、そう思わずにはいられなかったのである。
彼女は変わってしまったと、リックも理解している。それが自分のせいである事も、理解していた。あの時自分が彼女を救わなかったために、彼女は己の感情を殺してしまったと、そう思いながら後悔もしている。
「参謀長、両手にお怪我を・・・・・・」
「ああ、これはいつもの事だ。剣使う時もあれば素手で殴る時もあったから、痛めたり切ったりしちゃうんだよな」
見ると、リックの両手は小さな傷だらけであり、痛々しい状態であった。掠り傷や切り傷がいくつもあり、出血は止まっているようだったが、治療はまったくされていない。
最前線で兵達と共に戦うリックの戦い方は、主に剣と素手である。彼は剣や槍や盾を持てるだけ装備し、装備した武器全てが壊れるまで暴れ続け、武器を失った後は、素手で敵と戦うのである。
リック本人も理由は知らないが、彼の身体能力は常人を上回っている。腕力、体力、反射神経、それらの能力が高いため、戦い方は喧嘩殺法ではあるものの、並みの兵士達よりも強い。指揮官である彼が危険な最前線で戦闘を行なっても、今まで生還し続けてこられた理由はこれである。
しかし、素手で鎧を身に着けた兵士を殴れば、当然拳は傷付くし、痛めもする。戦場から帰った彼の手は、いつも傷だらけだ。
「すぐに手当てを。救急箱を貸して下さい」
「いいってこれくらい、いつもの事だし」
「いけません。傷を見せて下さい」
レイナは半ば無理やり彼の手から救急箱をもぎ取り、傷ついた彼の両手を手に取って、怪我の状態を確認する。この場は彼女に逆らえないと思ったリックは、大人しく彼女に従って、両手の怪我の手当てを受ける事にした。
「こんなにぼろぼろになって・・・・・。私がもっと強ければ、参謀長のお手を煩わせる事はないのに・・・・・・」
「気にするな。これは俺が勝手にやった事の結果だ。レイナのせいじゃない」
自身が持っていた水筒の蓋を開き、リックの両手を洗うために水をかけたレイナは、彼の手の汚れを水で落としていく。戦場に出る事がリックよりも多い彼女は、慣れた手付きで怪我の治療を始め、傷口に布を当て、包帯を巻いていく。
「ありがとう・・・・・」
「いえ、当然の事をしたまでです」
二人の様子を見ていたクリスとイヴ。クリスは少し不機嫌そうな表情を見せ、イヴは憂いた表情を見せていた。
「ちっ・・・・・。あの馬鹿、リックの前だと暗すぎんだよ」
「仕方ないよ。だってレイナちゃんは・・・・・・」
「あいつ、脳筋のくせに色々悩み過ぎなんだよ。ああ畜生、あいつ見てると苛々するぜ」
こう見えてクリスは、レイナと喧嘩ばかり繰り返す犬猿の仲の間柄なのだが、彼女の事をよく理解し、時に心配もしている。こんな事をクリス本人の前で言うと、彼は全力で否定するが・・・・・・。
彼女が己自身の心に苦しんでいるのは、イヴも承知の事だ。レイナの事が大好きなイヴにとって、救う事の出来ない彼女の苦悩を想うと、胸が辛い。
「ところで、三人とも自分の部隊指揮はいいのか?」
「我が部隊は既に補給と休息を済ませ、再度の戦闘に備えて待機しております」
「俺のところも同じだ。いつでも出撃できるぜ」
「僕のところも大丈夫だよ。どうするのリック君?こっちから仕掛けちゃう?」
第一軍で最も戦闘に秀でているこの三人と、その配下の兵士達は、いつでも戦闘再開可能であった。彼らの戦意は非常に高く、部隊長であるレイナ達が出撃命令を下せば、瞬時に行動を開始できる。
三人の士気の高さを感じ取ったリックは、その事に満足しつつ、命令を下す。
「慌てる事はない。まずは、ここを起点に防衛線を構築していく。後から合流した軍団を防衛部隊にまわして、イヴの狙撃部隊には防衛部隊の支援を頼みたい。それと、イヴはここで待機だ。お前は第一軍の切り札だから、また敵指揮官暗殺を頼もうと思ってる」
「了解♪♪」
「レイナとクリス、それから二人の部隊もここで待機だ。防衛線は他の部隊に任せて、お前達には攻撃に専念して貰う。敵の動きに合わせて動いて貰うから、そのつもりで頼む」
「わかりました」
「任せとけ」
第一軍の作戦は順調であった。この調子であれば、想定よりも早く決着が付けられるかもしれない。それでも、決して彼らは油断しない。今まで、油断して戦争を仕掛けてきた相手を、尽く討ち果たしてきたのは、他でもない彼らなのだから・・・・・・。
「マンチリーもダミアも俺達が手に入れる。勝つのは俺達だ」
サザランドの街を舞台にした、三つ巴の戦闘状況に新たな動きが発生した。
突如として現れた帝国軍に対し、マンチリー国軍もダミア国軍も偵察部隊を派遣した。帝国軍の規模と、その目的を探るためである。
偵察部隊の派遣を予想していた第一軍は、自分達の情報を敵に与えないために、敵の偵察部隊を徹底的に叩き潰すよう命令されていた。イヴ配下の狙撃部隊が索敵を行ない、両軍の偵察部隊を発見した事から、戦闘が発生した。
両軍の偵察部隊へと攻撃を開始した、第一軍の一部の部隊は、偵察部隊殲滅のために苛烈な攻撃を行ない、撤退する敵兵の追撃も行なった。だがここで、偵察部隊を救出するため、両軍の一部の部隊が出撃し、救出部隊と追撃部隊による戦闘も発生したのである。
追撃部隊は敵の救出部隊の攻撃に遭い、救援を要請した。救援要請を受けた第一軍はすぐさま増援を編成し、現場へと出撃させたのである。そこからは、両者同じ事の繰り返しであった。相手が増援を呼べば、自分達も増援を呼ぶ。それを繰り返し行えば、小規模な戦闘は忽ち大きな戦闘へと早変わりである。
両軍の偵察部隊派遣と共に始まった、再度の戦闘状況。偶然による結果だが、マンチリー国軍とダミア国軍、そして第一軍は、予定していなかった戦闘状態へと突入し、三つ巴の戦闘は再開された。
両軍は引き際を見失い、第一軍を撃破するべく、主力部隊を出撃させた。お互いに、この状況を利用して、一先ず第一軍の撃破を優先したのである。暗黙の一時休戦を決めた両軍は、第一軍の構築した防衛線を攻撃した。
第一軍は敵の攻撃をよく防ぎ、前線を維持し続けている。そこでリックは、この戦闘状況を利用して、両軍に決定的な打撃を与えるべく、全軍に命令を下した。
前線を維持している防衛部隊に対し、リックは増援の派遣を決定した。リックと共に初戦を戦い、休息と補給を終えた部隊の半分は、防衛部隊の増援に選ばれ、すぐに出撃したのである。レイナとクリスの部隊も、半数の兵が増援に選ばれ、防衛線へと派遣された。
リックの作戦は、敵の息切れを耐えて待ち、一気に総攻撃をかける作戦と決まった。今は防衛部隊に救援を送り、敵の怒涛の攻撃を防ぎ切る事が重要であるためだ。
敵は指揮官を失い、作戦指揮能力も戦術指揮能力も大きく低下している。その低下が、現在の戦闘状況を生み出しており、両軍は防衛線突破が叶うまで戦闘行為を止められないのだ。止める人間もいなければ、引き際を理解できる人間もいないため、攻め続ける事しかできないのである。
両軍の攻撃は作戦計画に基いたものではない。つまりそれは、考えられた攻撃ではなく、我武者羅に攻撃を行なっているだけでしかない。攻撃をかけ続け、息切れした瞬間、温存しておいた主力部隊を投入して、敵軍に大打撃を与えるのである。
そのためリックは、レイナとクリスとイヴを前線に投入せず、制圧した街の中心部で待機させた。現在、この中心部が第一軍の司令部となっており、リックはここで作戦指揮を行なっている。帝国の精鋭である三人はここで、リックの護衛をしながら命令を待っていた。
どちらか一方、或いは両方。敵の消耗度合いにより、片方もしくは両軍に対して攻撃をかける予定なのは、リックと精鋭三人に加え、温存している残りの兵力である。リックと三人が筆頭に、敵軍撃破に突撃を行なえば、特殊魔法兵部隊でも出てこない限り、敵の敗北は必至だろう。リックが温存している強力な戦力は、この戦いを終わらせるために彼が用意した、必殺の切り札なのである。
第一軍の戦闘は順調であった。このまま帝国参謀長リクトビア・フローレンスの命令に従えば、必ず勝利できると誰もが信じていた。
誰も予測していなかった、彼女達が現れるまでは・・・・・・・。