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第二十六話 狂犬と番犬 Ⅱ

 ヴァスティナ帝国軍の大陸中央侵攻作戦は、既に始まっている。

 エステラン国を拠点として、帝国軍は周辺諸国へと展開し、その勢力範囲を着々と拡大していった。ただし、独裁国家ジエーデル国のように、全てを武力で制圧しているわけではない。進軍した先にある国家と、様々な交渉を行ない、帝国が築いた軍事同盟の傘下に加えているのだ。

 ただ徒に武力だけを振り翳し、全てを侵略するだけでは、ジエーデルのやり方と変わらない。それは多くの国家の反発を招き、敵を増やすだけなのである。帝国はジエーデル国のやり方ではなく、もっと平和的な勢力拡大を目指さなくてはならない。

 時には交渉を、時には金を、そして時には武力を巧みに使い分け、その力を拡大していかなくてはならないのだ。

 しかし、他国との交渉ともなると、帝国軍だけでは難しい。軍隊は戦闘行為が仕事であり、政治的交渉は本業ではないのだ。そのため、帝国参謀長リクトビア・フローレンスは、本国より最強にして最凶の交渉人を呼び寄せたのである。

 エステラン国内に聳え立つ、エステラン城のとある一室を借りて、参謀長が呼び寄せた必殺の交渉人は、優雅に紅茶を楽しんでいた。他国との交渉役である彼女は、この部屋の中で主に、他国へ送る書状などを書いたり、必要であれば現地へ赴き交渉を行うなど、政治的交渉を行なっているのだ。

 それらを一人でやっているため、彼女は猫の手も借りたいくらい忙しいはずなのだが、当の本人は妖艶な笑みを浮かべながら紅茶を楽しむばかりである。


「ふふふっ、昨日よりも腕を上げたようだね」

「ほっ、ほんとですか!今度は上手に淹れられましたか!?」

「昨日私が教えた通り、お湯の温度にも気を付けている。昨日のは紅茶の色をした別の液体だったからね、いい進歩だよ」

「うう・・・・、ごめんなさい」

「謝る事はない。どんな失敗も、次へと生かす糧とすればいい。君はまだ、とても若いのだから」


 淹れて貰った紅茶を楽しんでいるのは、ヴァスティナ帝国宰相リリカである。長い金髪と豊満な胸、そして紅いドレス姿が印象的な、絶世の美女である彼女は、ある少女に紅茶を淹れさせていた。

 その少女の名は、フランチェスカ。今は亡き、エステラン国第一王子アーロンの娘である。宰相リリカは、少女とはいっても王族である彼女に、侍従の真似事をさせているのだ。どこへ行っても彼女は、恐れを知らない大胆不敵な妖艶なる美女である。


「物覚えが早いし、頭もいい。礼儀正しくて可愛らしいし、君はいいお姫様になるよ」

「リリカお姉様にそう言って貰えるなら・・・・・・。私、もっと頑張って立派なお姫様になります!」

「生まれながらのお姫様なのに、随分拘るんだね。憧れのヘルベルトおじさんに言われた事を、ずっと気にしているわけか」

「えへへ・・・・」


 帝国軍精鋭部隊、鉄血部隊を率いる元傭兵ヘルベルトに、フランチェスカは憧れと好意を抱き続けている。それは、帝国とエステラン国が戦争状態にあった最中、エステラン国内で起こった「ビィクトーリア幼年期学校立て籠り事件」で、彼女がヘルベルト達の人質となっていた事が関係している。

 

「いいお姫様になりたいのであれば、日々精進あるのみだよ。さあお姫様、紅茶のおかわりを淹れてくれないかい?」

「はい!」


 完全に一国のお姫様を侍従のように扱っている彼女に対し、ずっと冷や汗を掻き続けている女性がいる。リリカの護衛役として、自分の分隊の兵士達と共にこの国やってきた、帝国軍女性兵士セリーヌ・アングハルトは、この部屋で彼女の護衛に努めながら、終始緊張しっ放しである。

 もしもここに、エステラン国の文官でも現れたなら、国家間の大問題に発展する恐れがあるからだ。一体どこの世界に、王族を侍従のように扱い、紅茶を淹れさせる宰相がいるというのか・・・・・。


「リリカ様、それ以上姫殿下に無礼を働いては・・・・・」

「いいんだよアングハルト。これは彼女が望んでやっている事だ。そうだろ、フランチェスカ?」

「はい、リリカお姉様!」

「既に調教済みというわけですね・・・・・」


 宰相リリカの恐ろしいところは、こうやって人の心を掌握していく事だろう。アングハルトですら、彼女には全く逆らえない。もし逆らえば、後でどんな目に遭わされるか、わかったものではないからだ。

 

「そう言えばアングハルト、我が軍の作戦行動状況の報告をまだ聞いていなかったね。状況に進展は?」

「はい、ご説明致します」


 アングハルトはリリカの護衛だけでなく、帝国軍の状況を彼女に伝える役目も担っている。現場からの報告は一旦アングハルトに伝えられた後、リリカのもとへと伝わるのだ。

 リリカに状況説明をするべく、部屋にあるテーブルの上に大陸の地図を広げたアングハルトのもとに、フランチェスカが紅茶の淹れられたカップを持ってくる。始めは遠慮した彼女だったが、一国の姫君に出された紅茶を飲まないわけにはいかないと思い、カップを受け取り一口飲んだ。


「姫殿下お手製の紅茶の感想は?」

「・・・・・美味しい」

「それはよかった。では始めよう、帝国軍の状況説明会を、フランチェスカ姫殿下の紅茶を楽しみながらね。ああそうだ、フランチェスカ、お茶菓子を持ってきてくれないかい?」

「はい!少々お待ちください」


 一体どこの世界に、王族にお茶菓子を持ってこさせようと命令する人間がいるというのか・・・・・。完全にリリカは、言葉巧みに姫をパシリに使っている。

 

(リリカ様と一緒では、心臓がいくつあっても足りない・・・・・・)


 改めてリリカの恐ろしさを思い知りつつ、彼女に現状の報告を行ない始めたアングハルトは、こんな肝を冷やすばかりの仕事が、あとどれくらい続いてしまうのかと、考えずにはいられなかった。






 宰相リリカに対して、アングハルトが説明行なった、現在のヴァスティナ帝国軍の状況は、順調と言えば順調だが、困った問題はいくつもあった。

 現在帝国軍は、大陸中央侵攻軍を編成しており、その兵力数は約一万人である。これは、帝国軍主力部隊約三千人に加え、エステラン国軍約七千人を加えた、侵攻作戦のための混成軍だ。帝国及びエステラン国の混成軍、その名は「暴竜師団」。かつて、帝国参謀長リクトビアが、仲間達と共に殺した暴食竜から名前を取って、こう名付けられた。

 侵攻の邪魔をするものは、帝国女王の名のもとに全て排除する。荒れ狂う暴竜の如く、徹底的に攻め滅ぼす。そういう誓いの意味と、恐ろしい対象である竜の名前を付けて、相手への心理的恐怖を誘う意味を持たせるために、こう名付けられたのである。

 現在、大陸中央侵攻軍「暴竜師団」は、その戦力を二つに分けて作戦行動を行なっている。帝国参謀長リクトビア率いる第一軍三千人は、未だジエーデル国も手を出していない、激しい戦闘が続くある紛争地域へと進軍していた。そして、軍師ミュセイラ・ヴァルトハイム率いる第二軍七千人は、バンデス国と戦闘状態に突入したのである。

 一体何故、暴竜師団は軍団を二つに分け、侵攻作戦を行なっているのか?何故、同盟国であるバンデス国と戦闘状態に入ってしまったのか?

 バンデス国は元々、エステラン国と軍事同盟を結んでいる、ジエーデル国と対立している国家である。現在では、帝国はエステラン国と軍事同盟を結んでいるため、バンデス国とも同盟関係にあった。三国は協力して、打倒ジエーデル国の旗を掲げていたのだが、バンデス国内に問題が発生したのである。

 バンデス国と帝国は、過去に一度争った事がある。今は亡き、エステラン国第二王子メロース・リ・エステランが、バンデス国に協力を要請して、帝国へ侵攻を行なった事があった。この時の戦闘で、帝国軍はエステランとバンデスの同盟軍を撃破し、南ローミリアの防衛に成功したのである。

 この戦闘と勝利が、バンデス国との戦闘状態突入に大きく関係している。

 バンデス国は王が支配する王政国家であり、ジエーデルに国を滅ぼされた者達が集まる多民族国家である。最大の特徴は、国民全体が打倒ジエーデルの旗を掲げており、ジエーデルとの戦争に集中している事だ。

 バンデス国は、ジエーデル国の侵攻で国を焼かれ、行き場を失った難民や残党軍が集まり形成された、敗者達の集う国である。ジエーデルがこれまで滅ぼしてきた多くの国家の民が、一つに集まり国を造った。かつて、帝国へ侵攻を行なった大国オーデル王国も、ジエーデル国によって滅ぼされ、逃げ延びた民や兵士の多くは、バンデス国に結集したのである。

 いつの日か、必ずあの独裁国家を滅ぼす。バンデス国の民は、ジエーデルに復讐を誓っている。故にバンデス国にとって、ジエーデル以外の国は基本敵ではない。寧ろ、ジエーデル国と戦う全ての国の味方のである。だからこそ、長年ジエーデル国と争っているエステラン国と、軍事同盟を結んでいるのだ。 

 帝国もジエーデル国と戦う国であり、バンデス国とは味方同士であるのは間違いない。第二王子メロースのせいで戦ってしまった過去はあるが、これからは共に戦う仲間のはずだった。

 問題が発生したのは、帝国軍が大陸中央侵攻作戦の準備をほぼ完了した頃であった。バンデス国内で、親帝国派と反帝国派が生まれ、政治的衝突を始めたのである。

 親帝国派は、小さいながら強力な軍事力を持つ帝国と、共に打倒ジエーデルのために戦おうと考える勢力である。逆に反帝国派は、帝国は信用できない国家であり、いつの日にかバンデス国侵略すると考えている勢力である。

 この二つの勢力争いは、帝国も想定はしていた。バンデス国にとって帝国は、自分達と同じようにジエーデルを憎む国家だが、敵と見なした国家に対して情け容赦ない国である事を、よく理解している。だからこそ帝国は、エステラン国への侵攻を行なったのである。

 バンデス国は一度、帝国と戦った。しかもそれは、メロースの要請に従っての事であった。帝国にとってメロースは、憎むべき宿敵であった。そのメロースの要請の応えて帝国と戦った以上、バンデス国もまた、帝国の攻撃対象である可能性は十分ある。

 バンデス国の一部が、そういう考えに至る事は、帝国にとって想定の範囲内であった。バンデス国内で反帝国の勢力が誕生する事も、全て計算の内であったのだが、予想外の問題が発生したのはこの後である。

 なんと、反帝国派のバンデス国軍が武装蜂起し、国防のために構築されていたの砦の一つを占拠して、帝国軍に宣戦を布告したのである。兵力約三千人の反帝国派勢力は、十分な装備を持っており、帝国軍の脅威となる存在であった。兵の練度はエステラン国軍よりも上であり、砦には食糧と武器の備蓄は十分備わっている。この勢力と戦闘になれば、苦戦は必至であるが、帝国軍に戦わないという選択肢は存在しなかった。

 元々の帝国軍の作戦では、反帝国派の勢力がバンデス国に生まれた瞬間、平和的に交渉もしくは謀略を持って、反抗勢力を鎮静化させるつもりであった。だが実際は、反抗勢力誕生後すぐに、武装蜂起が起こってしまったのである。

 これにより帝国軍は、予定外の戦闘を行なう事となり、急遽反抗勢力鎮圧の軍団を編成する事になった。武装蜂起した反帝国派の勢力は、帝国の謀略によって、エステラン国王は暗殺され、第一王子アーロンも罠にかかり、現エステラン国女王は帝国の傀儡であると、そう演説したのである。さらに、開戦前より帝国は、エステラン国王と密約を交わし、第一王子と第二王子排除のために動いていたという事実すら、反帝国派は演説時に暴露していたのである。

 エステラン国を傀儡政権とした事実は、誰にでも予想が付く事だった。しかし、開戦以前から国王と密約を交わしていたという事実は、簡単に思い付くものではない。何故、反帝国派勢力はこの事実を知っていたのか、帝国軍には全く見当が付かなかった。

 ただわかっているのは、この演説によって反帝国派のバンデス国軍は、帝国は信用できない国家だと広く伝え、無視できない数の国民と兵士から支持を集め、約三千もの戦力を集めたという事だ。

 このまま武装蜂起した者達を放っておけば、その勢力は拡大していく恐れがある。今の内に処理しなければ、将来的脅威度は増すばかりであった。帝国軍が討伐軍を編成し、すぐに作戦行動を開始したのはそれが理由だ。

 兵力約七千人の、帝国軍とエステラン国軍の混成軍。軍団の指揮官は、帝国軍師ミュセイラ・ヴァルトハイムである。軍団の中には帝国軍の精鋭達の姿もある。剛腕鉄壁のゴリオンと彼の指揮下の部隊。実戦慣れした精鋭を率いるヘルベルト指揮下の鉄血部隊。更には、新型兵器の試験運用と整備などのために、帝国一の発明家シャランドラと、彼女率いる技術者達も従軍している。また、精鋭とは言い難いが、正義の味方を目指している戦士ライガ・イカルガの姿もあった。

 ミュセイラ率いる第二軍七千人は、既にバンデス国反乱軍が占拠した砦に到着し、戦闘を開始している。軍師であるミュセイラには、反乱軍の速やかな鎮圧が求められており、第二軍の責任は重大であった。戦闘の早期終結求められているのは、第一軍との合流のためである。

 第一軍約三千人の指揮官は、参謀長リクトビア・フローレンスである。彼は自身の両腕と言える存在の、槍士レイナ・ミカヅキと剣士クリスティアーノ・レッドフォードを連れ、二人が率いる精鋭部隊も軍団に加えている。更には、帝国一の狙撃手であるイヴ・ベルトーチカと、彼の率いる狙撃部隊の者達も加えており、第二軍に兵力数では劣っているが、絶大な戦闘力を持っていると言っても過言ではなかった。

 第一軍の目的は、大陸中央で紛争を繰り返している二国間の戦闘に介入し、どちらも殲滅してしまうのが目的だ。ジエーデル国もこの二国を狙っており、紛争に勝った後の疲弊した方の国を攻め、両方の国を得ようとしている。そのため帝国軍は、紛争の片が付く前に介入し、この二国を手に入れようと画策したのである。

 この二国はどちらも小国ではあるものの、二国まとめて相手にするのは、如何に第一軍が精鋭を集中させた戦力であるとしても、難しい戦いになる事を予想させる。しかも、戦闘行なう場所は両国の領土内となる。相手の慣れた地形での戦闘にもなるため、苦戦は必至である。

 だが、上手く勝利を収める事ができれば、得るものは非常に大きい。この二国は大陸中央侵攻の前線基地とするには丁度良く、この二国の紛争を解決する事で、二国間の紛争によって様々な悪影響を受けている、周辺の国家群の問題を解消できるのだ。そうなれば、周辺諸国は帝国に恩を受けた形となり、帝国がどんな要求をしても、断る事が難しくなる。

 そして、この二国が治める地域には、その昔、大陸中を巻き込んだ大きな戦争「ローミリア大戦」時、現在の二国が誕生する前に存在した王国が、大量の財宝を何処かに隠していたという伝説があった。王国の滅亡寸前時、王族がいつの日にかの王国復興を夢見て、城に残っていたほとんどの財宝を、この地域の何処かに隠したと言われている。

 王国が存在したのは事実だが、財宝を隠したという歴史的証拠はどこにもなかった。故に伝説となり、この地域では御伽話の一つとして、代々語り継がれていったのである。だがしかし、この御伽話が最近、真実味を帯びてきたのである。その理由は、二国の急速な軍事力拡大にあった。

 この二国が紛争を起こすようになってすぐに、両国は小国とは思えないほどの勢いで、急速に軍備を拡張していった。両国の国力をどう想定して考えても、説明が付かない軍事力の増大であったため、各国の諜報組織が動き、調査を開始していた。勿論、帝国も調査は行なっていた。

 結果、各国の諜報組織と帝国が得た情報の内容は、両国はそれぞれ過去の財宝を発見し、それを使って軍事力を拡張したのだという、耳を疑うような内容であった。しかも、両国の紛争の大きな原因は、財宝発見によるせいだとも判明したのである。簡単に言うと、両国は相手の所有している財宝を奪うために、軍事力を拡大して戦争を始め、最早、引き返す事ができなくなってしまったわけである。

 そう、帝国がこの二国を攻略しようとしているのは、両国が所有している財宝を奪うためでもあるのだ。その財宝を利用し、帝国軍製兵器量産の資金にしてしまおうと企んでいるのである。

 そんな思惑を持ちつつ、第一軍は順調に進軍し、こちらも既に目的地への到着を果たしていた。第一軍の戦闘開始は、もう間もなく始まりを迎える。

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