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第二十四話 謀略の果てに Ⅸ

「全てが計画通りにいきました、王女殿下。いや、これからはこう御呼びするのが正しいですね。ソフィー・ア・エステラン女王陛下」

「・・・・・・・」

「女王陛下のお陰で、我が軍によるアーロンの処刑は大義あるものとして認められました。これで帝国はエステラン国と正式に軍事同盟を締結し、来るべき戦いに備える事ができます」


 エステラン国内に聳え立つ、一基の塔。そこは、観兵式の当日、暗殺者による狙撃が行なわれた現場である。そこには今、密会を行なっているとある人物達の姿があった。

 塔の頂上で話をしている、帝国とエステラン国の主要な人物。帝国側の人物は、帝国参謀長リクトビアと軍師エミリオに加え、二人の護衛としてこの場に控える、狙撃手イヴ・ベルトーチカの三人であった。エステラン国側の人物は、第一王女ソフィーと、彼女に仕える側近の少女が一人である。

 この場に集まった五人の人物。ここに皆を集めたのはソフィーであった。誰にも聞かれてはならない話をするには、この塔は打って付けの場所であったのと、彼女自身がこの場所で密会するのを望んだからである。

 

「互いに平等な関係ではなく、私を傀儡として、帝国がこの国を支配する軍事同盟。貴方はさぞ気分がいいでしょうね」

「傀儡政権を望まれたのは陛下の方です。まあ確かに、気分はすっごくいいですが」

「私が兄上を逆賊であったと宣言しなければ、貴方はこの国を手に入れる事はできなかった。それを忘れないで」

「わかってます。陛下には感謝の言葉もありません。陛下が我が国に送ったあの密書のお陰で、我々はこの戦いに勝利する事が出来たのですから」


 国王ジグムントの暗殺と、第一王子アーロンの処刑。

 これによりエステラン国は、国の支配者を完全に失ったかに思われた。誰もが新しい王を望む中、立ち上がったのはこの少女、ソフィー・ア・エステランであった。

 王族唯一の姫であった彼女は、次期国王候補ではない。だが、エステラン王族の血が流れる唯一の存在ではあった。王位継承の資格を持った、最後の一人。国の主要な者達が集まった会議の場で、彼女は突然現れて、自分が王座に就くと宣言したのである。

 彼女が玉座に就くと宣言し、初めはほとんどの者達が反対した。王を代々継いでいたのは王子であったし、今のソフィーの若さでは、一国を背負う事などできないと思われたからだ。

 誰もが反対する中、彼女は言った。「今、誰かがこの国の王にならなければ、民は不安に怯え、国は滅ぶでしょう。誰かが民を導かなければなりません。ならばその責務、私が背負いましょう」と。

 彼女の言葉を聞いて、それ以上反対意見を述べる者はいなかった。彼女の強い意志と決意を知り、皆が彼女を次の王と認めたのである。

 アーロンの処刑から二日後には、ソフィーは多くの者達の力を借りて、エステラン国初の女王に即位していた。ソフィー・ア・エステランの女王即位は、国民の支持を集め、彼女はエステランの新たな支配者となったのである。

 女王となったソフィーは、即位式の場で早速宣言を行なった。国王ジグムントの死は、第一王子アーロンと彼の配下による謀略であったと口にし、彼は逆賊であったと認めた。その後彼女は、国民の混乱収拾に乗り出し、国王直属の武装警護隊などを利用して、国内の混乱を治めていった。

 混乱を収拾しつつ、自分に従う者達を増やしていき、女王の地位を固めていったソフィーは、ジグムントに代わって正式に、帝国との軍事同盟を締結したのである。帝国という後ろ盾を得たソフィー相手に、逆らう勢力は存在しなかった。女王ソフィーはエステランの完全な支配者となり、今回帝国が起こした軍事行動は、正義なきアーロンによる謀略から、エステラン国を守り抜いた大義ある行動だったと、彼女が宣言したのである。

 ソフィーのお陰で、帝国はエステランの敵ではなく、逆賊を討つために行動したエステラン国の味方となった。彼女の言葉のお陰で、帝国の独断による軍事行動に対して、これ以上異を唱える者はいなくなった。これから両国は、軍事同盟を結ぶ同盟国同士として、対ジエーデル戦を展開していく事になるだろう。

 

「私と貴方の策で、この国は害悪を取り除きました。ジグムント、アーロン、そしてメロースは、将来この国を滅ぼす存在。三人を排除し、私が実権を握った今、貴方の望みは何ですか?」

「聡明な陛下ならもうお判りでしょう。エステラン国を起点とする、ジエーデル国との戦争です。この国の国力と軍事力が加われば、帝国がジエーデルに勝利する未来は遠くない」


 全ては、最初から仕組んだ事であった。帝国参謀長リクトビアの謀略は、ソフィーが実権を握った事で、見事達成されたのである。

 開戦前、帝国に届けられた国王ジグムントからの密書。この密書により、帝国軍はエステラン国王の力を借りて、戦局を優位に進めた。だが、帝国に密書を送り、密かに協力関係を築いていた勢力は、もう一つ存在したのである。

 第一王女ソフィーが、国王にも王子達にも気付かれぬよう、密かに帝国へと送った密書。その内容は、エステラン国王と王子を倒せるならば、自国を帝国に与えるというものであった。さらに、彼女からの密書には、国王と王子を倒すためならば、どんな協力も惜しまないと記されていたのである。

 帝国参謀長リクトビアのもとにその密書が届いた時、彼は配下の軍師エミリオ・メンフィスと相談し、エステラン国を帝国のものとするための、冷酷な謀略を考え出したのである。

 帝国参謀長リクトビアは、国王ジグムントと手を組み、二人の王子を倒すための協力関係を築いた。しかしその裏では、第一王女ソフィーと手を結び、エステラン国王族を彼女以外抹殺する計画を進めた。リクトビアの計画は、国王と王子を皆殺しにし、王女ソフィーをエステランの新たな支配者とする事が、最終目的であったのである。

 計画の第一段階は、第二王子メロースの処刑と、第一王子アーロンの幽閉であった。計画の第二段階は、国王ジグムントを暗殺し、その暗殺をアーロンの謀略だと言って濡れ衣を着させて、彼も処刑する。そして最終段階は、王女ソフィーの即位である。

 そう、国王暗殺は帝国軍による謀略であったのだ。暗殺事件の表向きの概要は、アーロンの命令を受けた第一王子派の兵士が、帝国軍仮設駐屯地から狙撃銃を盗み出し、リクトビアとジグムントの暗殺を謀ったというものである。

 だが実際は、全て帝国軍が仕組んだものであった。ジグムントを公の場で暗殺するために、リクトビアは観兵式を企画した。後は、ジグムントと共にリクトビアも式に出席し、二人が暗殺に会えば計画通りである。リクトビアは暗殺未遂に会い、ジグムントは殺された。これは全てアーロンの仕業であったとすれば、彼を捕らえて処刑する大義名分を得られるのである。

 ジグムントとアーロンを始末した後は、ソフィーの即位である。帝国軍は彼女に全面的に協力し、エステラン国初の女王誕生を後押しした。初めからソフィーは、帝国による傀儡政権樹立を画策していたため、帝国軍は彼女に協力したのである。

 ソフィーが女王となった今、帝国はエステラン国を手に入れたに等しい。彼女を王とする代わりに、主に軍事関係を帝国が支配し、望むままの戦争を行なうのである。

 彼女を殺し、帝国がエステラン国を完全支配する方法もあるが、彼女を傀儡とする方が支配は確実となる。何故ならば、王族全てを殺して、帝国軍がエステラン支配に乗り出すと、国そのものが帝国に反発するからである。国民は帝国を完全に敵と見なし、エステラン国軍との戦闘状態が再開される。国力が圧倒的に不足している帝国では、泥沼となるであろう再度の戦争に勝利する事は不可能なのだ。

 エステランとの争いを回避し、この国を簡単に支配する方法は、王女ソフィーに女王になってもらうしかない。よって帝国軍は、張り巡らせた策略の数々で、彼女の邪魔者となる存在を消していき、彼女の即位に力を貸したのである。旧第一王子派勢力の幹部達を処刑したのも、それが理由だ。

 女王ソフィーの一党独裁体制を築くため、彼女に逆らうであろう存在は、あの日全て排除した。裏でアーロンと繋がっていたとして、旧第一王子派以外にも、旧第二王子派や国王派の一部の人間も謀殺していたのである。ソフィーの王位継承に反対する可能性があった者達は、全員排除されていた。彼女が簡単に王位に就く事ができたのは、それによるところも大きい。

 

「でも、わからないんですよ。どうして陛下は、自分の親と兄弟を殺してまでこの国の支配者になろうとしたんですか?」

「・・・・・・それを貴方に話す必要はないでしょう」

「知りたいんです。貴女が我々に国を売ってまで手に入れたかったものを。でないと我々は、今後貴女を信用できない」


 彼女は国を裏切り、親兄弟までも裏切って、権力を欲した。単に彼女が欲深い女性で、王の座を狙っていたとするならば、このような行動に出ても不思議はない。だがリクトビアは、この場で初めてソフィーと話した事で、彼女が権力欲しさに国を売った人間だと、とても思えなかったのである。

 国王と王子の抹殺という望みを叶え、傀儡とは言え玉座を手に入れたにも関わらず、彼女は全く嬉しそうに振舞う事はなく、憎しみを宿した瞳で街を見渡している。その本心がわからなければ、今後女王ソフィーを信用できないと、リクトビアは言っている。国も親兄弟も裏切る事のできる人間なのだから、今度は自分達が裏切られる可能性もあるからだ。


「・・・・・・私は、この国が嫌い」

「・・・・・・」

「腐敗した王族と政治。無力で無能なくせに口ばかりな忠臣達。そんな支配者達に立ち向かわない哀れな国民。この国は、本当に腐っている」


 吐き捨てるように口にした、侮蔑の言葉。国を統べる者が口にしていい言葉ではない。

 彼女は自分が手にした国を見渡している。自分が手に入れたものの価値を、改めて考えているのだ。


「この国いるのは汚物ばかり。父上も、兄上達も、そして私も・・・・・」

「・・・・・少なくとも俺は、貴女を汚物だとは思いません」

「私にはエステラン王族の血が流れてる。謀略で権力を手にし、国の支配者として君臨する、忌むべき血が流れているの。現に私は、貴方に国を売ってこの地位を手に入れた」

「ですがそれは、この国を救うためではなかったのですか?貴女が女王にならなければ、今頃アーロンとメロースの内紛で国は焼かれ、ジエーデル国の魔の手によって何もかも奪われていたはずです。それを阻止して国を救ったのは、他でもなく貴女です」

 

 リクトビアの言う事は間違っていない。確かに彼女の謀略は、二人の王子の対立からこの国を救っている。それは彼女自身も理解しているはずなのだ。

 理解していながらも、彼女は国を救う道を選択した。国を嫌っていながら、彼女が国を救う道を選択した理由は、この場の誰にもわからない。


「・・・・・・気に入らなかったから」

「えっ?」

「国も民も、父上も兄上も、何もかも気に入らなかった。自分達の愚かさも醜さも認めない人間達なんか、消えてなくなればいい。私がこの国を貴方に売ったのは、自分を含めたこの国全ての者達に裁きを与えるため・・・・・・」


 国王の罪。王子達の罪。国民の罪。そして、王女の犯した罪。これら全てを纏めたこの国の罪に対して、彼女は裁きを与えるためだと口にした。

 人が人に裁きを与えるなど、間違っているのかもしれない。それは、とても身勝手な行ないであるからだ。それでも彼女は、裁きのために国を売った。帝国参謀長リクトビアは、彼女の言う通りこの国に裁きを与えるだろう。独裁国家ジエーデルとの戦争のために、エステランの全てを奪い続けるだろう。戦火にこの国が焼き尽くされる、その日まで・・・・・・。


「それで、本当にいいんですか?」

「これでいいの。どうせ、放っておいてもいずれ滅ぶ国だった。この国の人間は誰も納得しないでしょうけど、私に逆らう事は許さない。エステランをこんな風に腐らせたのは他でもない、この国の人間達なのだから・・・・・・」

 

 リクトビアは彼女の姿に、自分が絶対の忠誠を誓っている主を重ねた。漆黒のドレスを身に纏い、自身の姉を殺され復讐を誓った彼女の姿と、ソフィーはよく似ていると、そう思ったのである。

 ソフィーもまた、心の奥底に消せない闇を抱えた存在なのだと、彼は確信した。そして、自分自身とも似ていると感じた。だからこそ彼は、彼女を信じられる。


「・・・・・・わかりました。貴女の願い通り、俺はエステランを存分に利用させて貰います。帝国のため、俺自身のため・・・・・・・、そして貴女のために」

「帝国参謀長リクトビア・フローレンス。エステランの力は貴方に委ねます。この力を使って、貴方が敵と定めた全てを滅ぼせばいい」

「感謝致します、ソフィー・ア・エステラン女王陛下」


 自国を見渡していたソフィーは、リクトビアに視線を向ける。彼の眼を見た彼女は、リクトビアの覚悟を見る。そしてまたリクトビアも、彼女の眼を見て、女王ソフィーの覚悟を知った。

 互いに見つめ合う時が十を数え、場に沈黙が流れ続ける。二人の周りに控える者達は、何も言葉を発さず、唯々二人を待っていた。

 先に視線を外したのソフィーである。彼女は歩き出し、リクトビアの横を通り過ぎて、塔の頂上の出口へと進んでいった。


「コレット、話は終わりよ。城に戻りましょう」

「はい、女王陛下」

 

 コレットと呼ばれた側近の少女を連れ、彼女は出口へと向かう。城に戻れば彼女は、この国の女王陛下。南ローミリアの盟主ヴァスティナ帝国の大陸中央侵攻に協力する、便利な操り人形として、この国と共に生きる事になるのだ。


「これだけは覚えておいて」

「・・・・・何でしょう?」


 出口をくぐる直前で彼女は立ち止まり、振り向く事なくリクトビアに声をかける。

 王族としての責務を背負った彼女の背中には、一体どれだけの罪がこれから背負わされていくのだろうか。自分が死ぬまで、彼女はその身に余るほどの責務と罪を背負っていく。そんな彼女の背中を見たリクトビアは、彼女の背中を自らの主と重ねてしまいながら、彼女の言葉を待った。


「これで貴方と私は共犯者。裏切りは、決して許さない」

「・・・・・!」

「私の望みを叶えなさい、リクトビア・フローレンス。でなければ、貴方は必要ないわ」


 そう言い残し、ソフィーはコレットを連れてこの場を後にする。場に再び流れた沈黙を破ったのは、リクトビアだった。


「流石、エステラン王族の血を引いているだけある。彼女の前じゃ、俺は汚物以下だな」






 女王ソフィーが先に塔を離れ、残された三人はエステラン国の街を見渡していた。自分達がようやく討ち果たし、そして手に入れた宿敵だった国。彼らの国であるヴァスティナ帝国の悲願成就に、また一歩近付いたのである。三人は、自分達が手に入れたこの力に思いを馳せ、次の戦争を待ち望んでいた。


「これで俺達は大きな国力を手に入れた。さあ、次はジエーデルとの戦争だ」

「そうだねリック。私達は確実に、あの国の喉元に刃を近付けているよ」

「命懸けて撃たれた甲斐があった。でもまあ、イヴの射撃じゃなかったら今頃死んでたかもしれない」


 ジグムントを殺すために計画された観兵式において、帝国参謀長リクトビアことリックは、確かに実弾で狙撃された。弾丸は彼の左胸に命中し、心臓が狙われての狙撃だった事は、誰の目に見ても明らかだったのである。だが、彼は死ななかった。

 弾丸は彼の心臓を僅かにそれたため、彼は一命を取り留めたと、表向きにはそう発表されている。しかし実際は、弾丸は彼の左胸を貫いていなかった。

 リックが計画した、ジグムント暗殺計画の概要。この作戦の要であったのは、リックの存在と、彼と標的を正確に狙撃する、帝国一の狙撃手の存在であった。表向きに発表されている暗殺事件の概要は、ほとんど嘘である。リックとジグムントを狙撃したのは、帝国軍最強の狙撃手イヴ・ベルトーチカであり、この事件に旧第一王子派の人間は、アーロンを含めて一切関与していない。

 旧第一王子派の兵士が兵舎から失踪し、帝国軍の仮説駐屯地から銃が盗み出されたという話は、この兵士が駐屯地から銃を奪い取り、リックとジグムントを狙撃した事になっている。しかし実際は、帝国軍の一部の部隊が兵舎からこの兵士を拉致し、さらに駐屯地から銃を持ち出して、観兵式前夜に旧第一王子派の兵士と狙撃銃が消えるのを演出したのである。

 密かに兵士を拉致したのは鉄血部隊であり、銃を持ち出したのは使用者であるイヴ本人であった。帝国軍の一部の者達にしか、この作戦の概要は知らされていなかったため、兵士の失踪も銃器の紛失も、帝国軍兵士達の多くは表向きの発表の内容を信じ、エミリオの出した命令通りに王子達を捕らえたのである。

 この作戦計画を知らされていたのは、リックと共に作戦を計画した軍師エミリオ・メンフィスに加え、実行部隊に任命されたヘルベルト指揮の鉄血部隊に、狙撃の命令を与えられたイヴと、この作戦のために特別に改造と調整をされた狙撃銃を用意した、発明家シャランドラくらいであった。 軍師ミュセイラ・ヴァルトハイムも、女性兵士セリーヌ・アングハルトも、リックの配下の残った幹部達にすら、この作戦は知らされていなかったのである。

 これは、情報漏洩防止のためにと、エミリオが考えたためである。そのため、極一部の者達しか作戦を知らなかったお陰で、リックが狙撃された時、皆が表向きの発表を信じてしまったのだ。

 帝国軍兵士もエステラン国も騙された、暗殺事件の作戦内容。真相は単純明快なものである。

 まず、狙撃手であるイヴ自身に、絶好の狙撃場所を選ばせる。次に観兵式を企画し、観兵式の列が狙撃場所を通過するよう計画する。後は、狙撃場所でイヴが観兵式の列を待ち、リックとジグムントを狙撃すれば、作戦は成功である。

 狙撃される身体の位置は最初から決められていた。そのためリックは、イヴの狙撃から命を守るため、あらかじめ決められていた狙撃個所に、厚みのある鉄板を仕込んでいたのである。命を狙われた事を確実に演出するため、狙いは心臓であった。左胸の服の裏側に鉄板を仕込み、弾丸をそれで受け止めて、彼は自分の命を守ったのである。

 勘のいいジグムントに悟られぬよう、鎧を着たり、服の裏側全体に鉄板を仕込んだりせず、イヴの狙撃技術を信じて、左胸だけに鉄板を仕込んだ。その結果、狙撃は見事成功し、左胸に弾丸は命中した。リックは狙撃によって負傷した事を演じるために、馬車から落ちて気絶したふりをしたのである。

 リックと鉄血部隊の迫真の演技によって、誰もが騙された。全てが終わった後、帝国軍幹部達全員がネタ晴らしを聞かされた時、誰もが大いに文句を述べたのであった。

 ミュセイラはブチ切れ、「軍師である私に黙ってこんな作戦やるなんてふざけるのもいい加減にして下さいまし!!イヴさんの狙いがずれて本当に負傷すればよかったんですのよ!今回の事、私は絶対許しませんわ!!」と大いに文句を述べて、リックにキレのあるボディーブローをお見舞いした。

 他の者達も文句を言いまくったが、最終的には、「いつもの事か・・・・・・」と諦めた。

 ちなみに、女性兵士セリーヌ・アングハルトは、今回の件の真相を聞かされた後、リックと一切口を聞かなくなった。彼が話しかけても、顔を背けて無視し、不機嫌極まりない様子を貫いたのである。今回の危険極まりない作戦に相当御立腹であったらしく、リックに対してかなり怒っていたからである。まあこれは、十割方リック本人が悪いので無理もない。


「お前の狙撃技術がなかったらこの作戦は成功しなかった。本当に感謝してる」

「・・・・・・・」


 リックとエミリオと共に、塔の頂上に残っているイヴに対して、彼は微笑みを浮かべながら感謝の言葉を述べる。だがイヴは、感謝の言葉を受けたにも関わらず、嬉しそうな様子はなく、寧ろ不機嫌極まりない表情で、リックのもとへと歩を進める。

 いつも明るく、小悪魔的な笑顔を浮かべて、可愛らしく振舞う男の娘なのだが、今はとても恐い。いつもの明るさと笑顔はなく、目は座り、リックの事をじっと見ている。普段と余りにも様子が違うため、リックの背筋に緊張が奔った。

 リックもエミリオもすぐに理解する。今回の事で大変御立腹なのは、アングハルトだけではないと。


「・・・・・!?」


 リックの目の前まで来た歩いてきたイヴは、急に彼に抱き付いた。両腕をリックの体にまわし、しっかり抱き締めて彼の事を離さない。普段からリックに抱きつく事の多いイヴだが、今日の抱き付きには好意ではなく、何をしても許して貰えなさそうな怒りを感じた。

 

「リック君・・・・・・」

「なっ、なあイヴ・・・・・・・、何でそんなにご機嫌斜めなんだ・・・・・?」

「それ・・・・・・、僕に聞くの?」

「!!」


 普段の無邪気な声はそこになく、今にも誰かを殺してしまいそうな暗い声で呟くイヴに、リックは戦慄を覚える。殺意に似た感覚を覚え、リックはイヴにかける言葉を慎重に選びながら、次の言葉を口にした。


「えっ、えーと・・・・・、今回の狙撃任務の事で怒ってるんだよな?こんな危なくて無茶な作戦に参加させて、滅茶苦茶悪かったと思ってる。だからその・・・・・・、許してくれないかな?」

「やだ・・・・・・」

「いっ、イヴのお陰で俺は死なずに済んだし、作戦も大成功だったんだからさあ・・・・・・・、そんなに怒らなくてもいいんじゃないかな・・・・・・・・・・」


 相手をさらに怒らせないよう、慎重に言葉を選んで許しを乞うてみるものの、イヴの機嫌は一向に良くならない。寧ろ悪くなっていく一方だ。

 

「あのさ、リック君・・・・・・・。僕がどうして怒ってるのか本当にわかってる?」

「それは・・・・・・・」

「ちゃんとわかってないよね?僕がこんなに怒ってるのわ、リック君を撃ってしまったからなんだよ・・・・・・」


 リックの体にまわされたイヴの両腕が、彼の体を一層強く抱き締める。イヴの温もりが伝わるが、それと同時に彼の怒りと悲しみも強く伝わった。


「僕はもう二度と、リック君を撃たないって誓った。それなのに、リック君は僕に俺を撃てって命令したんだよ。そんなの嫌に決まってる・・・・・・・」

「悪かった。でもこれは、帝国の未来のためにはどうしても必要な事だったんだ。わかってくれ」

「わかんないよ・・・・・・。だって僕、リック君が大好きなんだもん。僕がもし失敗してリック君を殺しちゃってたら、僕はもう生きていけない・・・・・・」

「イヴ・・・・・・・」


 イヴずっと俯き、リックに顔を見せないでいる。誰にもイヴの顔は見えていないが、リックには、彼が今どんな顔をしているのか容易に想像ができた。


「許さないからね、絶対・・・・・・」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!どうか許して欲しい。今回の事は全部俺が悪かった!全面的に俺が謝るから機嫌直してくれよ。お前が許してくれるなら、俺何でも言う事聞くから・・・・・・」

「・・・・・・何でも聞いてくれるの?」

「ああ勿論だ!男に二言はない!!」


 激怒状態のイヴに怯え、咄嗟の勢いで言う事を聞く約束してしまったリックは、内心しまったと思いつつも、この場を治めるにはこれしかないと諦める。これでリックは、イヴの言う事を何でも聞かなければ許して貰えなくなった。


「じゃあさ・・・・・・・、抱いて」

「抱き締めればいいんだな!?わかった今すぐしてやるぞ。って言うか俺、もう抱き締められて------」

「そうじゃなくて・・・・・・、僕と寝てって言ってるの」

「一緒に寝ればいいんだな!?わかった今日は俺と一緒に寝よう。寝る前にパジャマに着替え-------」

「怒るよ?僕はリック君と一線超えたいって言ってるの、わかる?」

「・・・・・!?」


 これにはリックも、傍で話を聞いていたエミリオも、一瞬思考が止まってしまった。何の冗談かと二人は思ったが、イヴの放つ雰囲気的に、これは冗談ではないとすぐに悟る。イヴは本気なのだ。


「なっ、なあ、他にはないのか?流石にそれは・・・・・・」

「抱いて」

「そうだ!イヴの欲しいものなら何でも買ってやるぞ。この前確か言ってたよな、新しい服がほし------」

「抱いて」

「わかった、キスならできる!せめてキスで妥協してくれ。いきなり一線超えたいって言われても、お互いの事をもっと考えて--------」

「抱いてくれないと僕の銃でチ〇コ吹き飛ばすよ?」

「是非抱かせて下さい宜しく御願い致します」


 完全なる敗北であった。イヴの命令とも言える願いに敗北し、リックは了承してしまった。これでリックは、自分が絶対に超えてはならないと考えていた一線を、とうとう超えてしまう事になる。

 

「イヴ、流石のリックでもそれは・・・・・。もう少し易しい行為では駄目かな?」

「僕はエミリオ君にも怒ってるんだよ?何でこんな作戦認めちゃったの?リック君がすっごい危険な目に合うってわかってたよね?」

「きっ、君の腕なら成功させられるとわかっていたんだ。勿論、最初は私もリックを止めたさ。だが君ならわかるだろう?言ったら聞かないんだよ、彼は」

「止められなかったんだから黙ってて。その眼鏡叩き割るよ?」

「・・・・・・わかった、もう何も言わないよ」


 リックを庇おうとしたエミリオだったが、イヴの圧倒的な怒気には勝てず、戦略的後退を決定した。帝国軍を勝利に導き続ける軍師エミリオも、キレたイヴには全く歯が立たなかったのである。

 軍師エミリオの敗北を受け、完全に諦めたリック。彼はもうこの件に関して腹を括ると決め、話を切り替える。 


「とっ、とりあえず、色々あったけど俺達は勝ったんだ。気持ちも頭も切り替えていこう」

「そうだねリック。これで私達は大陸中央侵攻への足掛かりを手に入れた。大陸中央侵攻の一大拠点と帝国の何倍もの国力を手に入れた今、私達は最早小国の軍隊ではない」

「その通り。俺達は一年前とは比べ物にならない戦力を手に入れた。でもまだ、あの国を滅亡させるにはまだ足りない」

「エステラン国を拠点にする事で、大陸中央周辺の国家を攻略する事が可能になる。エステランに味方していなかった国や、ジエーデルに協力する国への侵攻が可能だ」


 エステラン攻略戦。それは、大陸中央侵攻への序章に過ぎない。これで終わりではないのだ。これはまだ、帝国による復讐劇の、ほんの足掛かりに過ぎないのである。

 帝国が燃え上がらせた復讐の炎は、ここを始まりとして大陸全土に燃え広がっていく。

 エステランと帝国が軍事同盟を結んだ知らせは、今頃大陸全土を駆け巡り、多くの国家を警戒させている事だろう。エステランに侵攻し、見事勝利を収めた事で、これはヴァスティナ帝国とジエーデル国だけの戦争ではなくなった。これからは、それぞれの思惑を持つ様々な国家が帝国を意識する事になるだろう。

 帝国と新たに敵対する国家。逆に協力関係を築いていこうとする国家。帝国を利用とする国家も現れるはずだ。どんな国家からどんな接触があるか、今はまだわからない。少なくとも、この先何が起こっても、新しい戦いの火種を生む事だけが、今確実にわかっている事だ。


「エミリオ、イヴ、これからはもっと忙しくなる。俺達の戦争は、まだ終わらない」


 ヴァスティナ帝国とエステラン国による戦争は帝国の勝利に終わり、両国は停戦交渉の後に正式に軍事同盟を締結した。これは紛れもなく、帝国の勝利である。

 両国の者達による、謀略の果てに残されたこの勝利は、ローミリア大陸の勢力バランスを、大きく変える結果を生む事になった。

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