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第二十四話 謀略の果てに Ⅳ

 ヴァスティナ帝国とエステラン国が停戦し、第二王子メロース・リ・エステランが処刑された事で、二国間の戦争は事実上終結した。

 メロースと対立していた、第一王子アーロン・レ・エステランは二国の策略にはまり、今はエステラン城の一室に幽閉されている。誰もが戦いの終わりに安堵し、国民が平和な日常を取り戻していく中、二国の代表者達は戦後処理に動いていた。


「お初に御目にかかります、国王陛下」

「うむ。よく来たな、帝国の軍師よ」


 両国の代表者達が、今後についての話し合いをする事が決まり、エステラン国王ジグムントのいる城に出向いた帝国側の代表者は、帝国軍師エミリオ・メンフィスであった。

 リックに代わり、帝国側の代表としてエステラン城に出向いたエミリオは、とある一室に案内された。そこは、王族と政官が話し合いを行なう場として使われている、協議の間と呼ばれる部屋である。

 エミリオの到着を待っていた国王の他には、政官や軍官に加え、衛兵や侍従も控えていた。対して帝国側は、エミリオと数人の護衛のみである。この場での話し合いの全ては、軍師であるエミリオに一任されているのだ。


「逆賊であった我が息子を捕らえ、我が前に差し出した功績、大儀である」

「勿体無き御言葉です、国王陛下」

「貴様の事は話に聞いている。これまで、兵力で劣っていながらも、メロース配下の軍勢を退け続けてきた軍師としての手腕、実に見事であった」


 これまでのエミリオの働きに対し、何とエステラン国王ジグムントが称賛の言葉を述べたのである。これには、エステラン国側の人間も帝国側の人間も、驚きを隠しきれなかった。驚かずに冷静でいるのは、称賛を贈られたエミリオだけであった。

 エステラン国にとってエミリオの存在は、南方侵略の大きな障害であったのである。そんな人物に対し、まさか称賛の言葉を贈るとは、この場の誰も想像していなかった。

 帝国は敵国ではなくなった。だからこそ、たとえ相手がかつての強敵であろうと、その働きに称賛を贈るのだ。国王ジグムントの王としての器の大きさに、エミリオの背中に緊張が奔る。


「メロースを処刑した事で、民の不平不満は大きく解消された。アーロンも幽閉した今、この国は再び一つとなった。この意味、貴様にはわかるな?」

「はい。これでエステラン国は、再びジエーデル国との戦いに専念する事ができます。そしてこれからの戦いは、エステラン国と我が国が協力し、強大な侵略者に立ち向かう大義ある戦いとなるでしょう」

「そうだ。我が国と貴様の国に共通する敵国は、あの独裁国家だ。これまでの我々は、あの国の脅威に晒されていながらも、お互いの国を守るため無益な争いを続けてきた」

「ですがこれからは、お互いの敵と戦う同盟国となります。エステラン国、バンデス国、そして我がヴァスティナ帝国と南ローミリアの国家群が結集すれば、必ずやジエーデルに勝利する事ができるでしょう」


 この先、エステラン国とヴァスティナ帝国は友好関係を築き、軍事同盟を結ぶ事になる。それらを含めて、ジグムントとエミリオはこの部屋での話し合いを行なうのだ。

 エミリオの仕事は、この場で行われる話し合いにおいて、エステラン国と帝国が対等な関係であるように交渉を進める事である。

 ジグムントと帝国は、この戦争の開戦前に極秘裏に手を結んでいた。しかしその時は、互いにとって邪魔な存在を排除するべく、一時的に協力関係にあっただけでしかない。正式に同盟を結び、今後の方向性を定め、どちらがどんな役割を担うのか。この話し合い次第では、帝国はエステラン国に利用され、ジエーデルと戦うための食い物にされてしまうだろう。それだけは、何としても阻止しなければならない。


(国王ジグムントは噂通りしたたかだ。やれやれ、私はリックに大役を押し付けられてしまったね・・・・・・)


 エミリオの目の前にいるのは、謀略をもってこの国の支配者となった男である。彼よりも長く生き、様々な戦いを経験してきた、絶対的強者であるのだ。

 自身が忠誠を誓った主のために。そして、己の力を試すために。帝国軍師エミリオ・メンフィスの戦いは、これからが本番なのである。


(精々私を苦戦させて欲しいね。噂の手腕、挑ませてもらうよ)


 緊張を覚えながらも、滾る闘志にその身が震える。無意識に口元に邪悪な笑みが浮かぶ。

 エミリオは思った。「自分もまた、リックの悪い癖がうつってしまったな」と。






「でっ、交渉の結果は?」

「五分五分と言ったところだね。格上の相手だったけれども、私なりに粘ってきたつもりだよ」

「四と六にならなくてよかった。やっぱり、エミリオに任せて正解だったな」

「任せて?面倒事を私に押し付けただけじゃないのかな?」

「おっ、おいおい、俺がそんな薄情な事するわけないだろ。お前を行かせたのは適材適所ってやつだよ。政治の話が苦手な俺が行くよりお前の方がいいだろ?決してめんどくさくて行かなかったわけじゃないぞ、決してな!」


 エステラン城での会談を済ませ、リック達の待つ仮説駐屯地にエミリオが帰って来たのは、完全に日の落ちた深夜の事であった。長い話し合いの末、軍師エミリオは国王ジグムントと互角に渡り合い、不平等な同盟関係になる事は阻止できたのである。

 まだ正式なものではないが、軍事同盟を結ぶと決まっている帝国とエステラン国は、独裁国家ジエーデル国に対しての、エステラン国、バンデス国、ヴァスティナ帝国による、三国合同絶対防衛線を構築する事が話し合われた。

 これによりヴァスティナ帝国は、南ローミリア防衛において強大な戦力を得る事ができるのである。ジエーデル国は急速に国力を増している、大陸中央の最大国家だが、この三国が軍事同盟を結び、ジエーデル国に対抗すれば、来るべきジエーデルの南方侵攻を阻止できる事だろう。

 それどころか、三国合同による大陸中央侵攻も夢ではない。大陸中央への侵攻が叶い、宿敵であるジエーデル国を討ち果たす事も、そう遠くない未来に可能となるのだ。

 この軍事同盟締結に当たり、帝国とエステラン国は同盟の内容を話し合った。まず、同盟国へ他国の侵攻が行われた場合、同盟国は連携してこれに対し武力を行使する。これは、主にジエーデル国の侵攻が三国のどれに行われても、残った二国はその一国へ増援を派遣するというものである。

 次に、敵対国家侵攻に対しての、三国による絶対防衛線の構築である。今現在エステラン国がジエーデル国との国境線に構築している防衛線を、より広範囲に、より強力に構築し直すのである。三国全てが共同戦線を張れるよう防衛線を構築し、ジエーデルの侵攻を挫くのが目的だ。

 これらを含んだ内容の話し合いが行なわれ、エミリオはジグムントに対し、お互いに平等な軍事同盟の締結を約束させたのだった。

 確かにリックの言う通り、この手の交渉事はエミリオの方が秀でている。リックが会談に出席しなかったのを、適材適所と言えば間違いではない。勿論、話が長引きそうな上、下手に付いて行けばエミリオの足手纏いなるため、面倒くさくなっていかなかったという理由もあったのだが・・・・・・。


「何はともあれ、会談は無事終了したわけだ。それで、次の計画についての話だが、そっちの進捗はどうなってる?」

「予定通り手配しているよ。今日の会談で、五日後に盛大な観兵式を行なう事を決めてきた。後は準備を進めるだけさ」


 リックとエミリオは、帝国軍仮説駐屯地に設置された指揮官用の天幕の中で、二人だけの話し合いを行なっている。二人以外の他の人間がいないのは、情報を漏らしてはならない内密の話をするためである。

 エミリオが話した観兵式というのは、所謂軍事パレードの事である。エミリオが提案し、ジグムントの賛同も得て計画したのだ。

 この観兵式の目的は、全軍の戦意高揚と、国内外にエステラン国と帝国の力を見せつけ、エステラン国民からの支持を集める事にある。

 エステラン国民のほとんどは、先のジエーデルと帝国の戦争や、二大王子の内乱によって、自国の軍隊に対する信頼を失っている。そして帝国軍は、メロースの処刑によって国民の多くから支持を集めたものの、未だ敵国の軍隊というレッテルを貼られたままなのだ。

 この問題を解消するべく、エミリオが提案したのが観兵式であった。国内において二国の軍隊合同のパレードを行ない、二国の軍隊がもう敵同士ではない事を証明し、その軍事力を見せる事で、両軍は国民の信頼獲得を目指すのである。


「観兵式に国王は?」

「出席するよ。そうなるように話したからね」


 観兵式では、帝国軍とエステラン国軍が列を作って街中を行進し、楽器を使って音楽を奏で、盛大に盛り上げる予定である。そして観兵式の列には、エステラン国王ジグムントも参列する。エステラン国の代表者として、帝国はエステラン国の味方であると知らしめるためだ。

 会談での交渉の末、エミリオはジグムントに観兵式を行なわせ、国王自らの参加も取り付けたのである。


「これも予定通りだな。観兵式には俺も出る。ヘルベルト達は予定通り俺の護衛だ」

「・・・・・本当に君も出るのかい?」

「当たり前だろ。国王が出て俺が出なかったら不自然になる。心配するなって」


 観兵式では戦闘が行われるわけではない。帝国をジグムントが裏切り、リックを殺そうとする可能性も低い。だが、エミリオはリックの身を案じ、観兵式の参加を良しとしない。

 リックが出なければ、帝国軍側の代表者がいない事になるため、観兵式の目的が達せられなくなる。彼が出るのは当然の話だ。勿論その事を理解していないエミリオではないが、彼がリックの参加を良しとしないのには、特別な理由がある。

 

「この計画は俺が思いついて、お前が綿密に計画して、あいつの腕があれば必ず成功する作戦なんだぞ。戦場に出るよりも危険はない、だろ?」

「しかし・・・・・・」

「これが俺にとって、この戦争での最後の戦いになる。最後の総仕上げは俺の仕事だ」


 エステラン国との武力による争いは終結した。誰もが戦いは終わったと考えていたが、帝国の、いやリック達の戦いは、未だ終わっていない。

 全ては五日後に動き出す。エステラン攻略作戦は、ようやく最終段階に移ったのである。


「そう言えば、例の御仁には城で会えたのか?」

「会う事はできなかったけど、御仁の文官が私に接触してきた。その文官から密書を預かっているよ」

「内容は?」

「事を起こした時は、微力ながら力を貸すそうだ。いつどんな事を起こそうとも構わない。貴様達は己の目的を存分に果たせ、と」


 用意は整っている。失敗は決して許されないが、準備は万全だった。

 

「はははっ、是非もなし」

「・・・・・・君を止めるのは諦めたよ。だから私も覚悟を決める」

「楽しみだ。本当に楽しみだ・・・・・・」


 邪悪な笑みを浮かべるリックは、五日後の観兵式に思いを馳せる。

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