第二十四話 謀略の果てに Ⅲ
「この大馬鹿共があああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
鼓膜が破れるかと思う程の怒鳴り声を上げ、とある人物達を叱っているのは、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスこと、通称リックである。
メロースの公開処刑から次の日。ここは、帝国軍がエステラン国内に駐留を続けるために設置した、仮設駐屯地である。エステラン国軍の訓練場を利用し、天幕などを設置して仮設駐屯地を構築した帝国軍は、ここを拠点として戦後処理に動いている。
帝国軍本隊と決戦部隊が合流したここには、今回の戦争を戦い抜いた帝国軍の主力が集結している。そんな仮設駐屯地内で、今現在リックは三人の人物に説教を行なっているのである。
「レイナ!クリス!ゴリオン!いつも言ってるだろ、無茶するなって!!」
「「「・・・・・・・」」」
三人の人物とは、帝国軍の精鋭達の事である。槍士レイナ・ミカヅキと剣士クリスティアーノ・レッドフォード、そして鉄壁の盾ゴリオンは、自分達の主であるリックのお説教に対して、黙っている事しか出来なかった。
三人とも怪我をしており、特にクリスとゴリオンは全身に包帯が巻かれ、クリスに至っては松葉杖をついている程の重症である。三人とも怪我人なのだが、それでもリックは容赦しない。
親に怒られた子供のようになっている三人へ、周りで見物している者達から同情の視線が送られている。確かに、三人の決死の活躍があったからこそ、帝国は戦争に勝利できたのである。後でリックに説教されるとわかっていても、無茶をやって勝利を勝ち取った。見物している者達はそれを知っているが故に、同情の視線を送るのだ。
説教を見物しているのは、帝国一の発明家シャランドラと、女性兵士セリーヌ・アングハルト、そしてヘルベルト率いる鉄血部隊の面々であった。
「まずゴリオン!俺に黙ってとんでもなく危険な装備使ったらしいな!?爆裂反応装甲はまだ試作段階のやばい装備なんだよ!決戦部隊の戦闘で爆死の危険がある装備を使っていいなんて俺言ったか!?」
「でっ、でもオラは・・・・・・」
「でも禁止!!体中包帯撒いて現れたから滅茶苦茶驚いたんだぞ!!お前は当分の間戦闘禁止だ!怪我が治るまで大人しく寝てろ、わかったな!?」
「・・・・・・・わかったんだな」
今まで、ゴリオンがリックにここまで怒られた事はなかった。しかし今回は、彼の無茶が度を越していたため、リックの怒りが爆発したのである。
怒られて大分落ち込んでいるゴリオンを不憫に思い、見物していたシャランドラがリックを宥めようと口を挟む。
「まあまあリック。気持ちはわかるんやけど、もうちょっと優しくしてもええんちゃう?流石にゴリオンが可哀想やで」
「シャランドラ。元はと言えばお前が俺に無断で装備渡したのが原因だよな?」
「うっ・・・・・、それは・・・・・・」
「後でお前も説教するからそのつもりでいろよ。それから、しばらく爆裂反応装甲の研究は禁止だ」
「はい・・・・・・」
リックを宥めようとするつもりが、逆に怒られてしまった。確かに彼の言う通り、ゴリオンの頼みに応えて装備を渡したのは彼女であるから、怒られるのも無理はない。
「じゃあ次はクリス!部隊を率いて敵軍深くまで突っ込んで孤立して挙句の果てにはぶっ倒れたって、一体どう言う事か説明して貰おうか!?」
「それは・・・・・、糞王子捕まえるにはあれしかなかったんだよ・・・・・・」
「それで全身ぼろぼろになってぶっ倒れたってわけか!?お前もうちょっとで死ぬところだったんだぞ!いくらお前が強いって言っても多勢に無勢が過ぎるだろ、この馬鹿!!」
「だっ、だけどよ-------」
「だけど禁止!!言い訳は許さない!お前は罰として減給と今日の飯抜きだ、いいな!?」
「・・・・・・・・わかったよ」
親に叱られた子供の様に落ち込み、下を向くクリス。すると次の瞬間、リックは驚くべき行動を取った。
「・・・・・馬鹿、お前はほんと大馬鹿だ」
「!?!?!?」
何とあのリックが、クリスを抱きしめたのである。これには一同度肝を抜かれ、抱きしめられた本人は顔を真っ赤にして膠着している。
「お前が重傷だって聞いて、心臓が止まるかと思った。今度心配させたら減給程度じゃすまないからな・・・・・・」
「りっ、リック・・・・・・」
リックの事を愛するクリスからすれば、これは罰と言うより寧ろご褒美である。
今までどれだけ口説いても、適当にあしらわれるか逃げられるだけだった。抱きしめられた事など、今まで一度もない。
クリスが重傷だと言う知らせを聞いて、リックの心は不安と恐怖に支配されていた。彼の無事をこの目で確かめるまで、不安と恐怖で心が押し潰されそうだったのである。
「ゴリオンもお前もほんと馬鹿だ。死んだら二度と抱きしめてもやれない。だから反省しろ・・・・・」
「・・・・・すまねぇ、リック」
「わかればいい・・・・・・・」
抱きしめていたクリスの体を解放し、今度はレイナへと向き直るリック。この中では一番軽傷であり、ゴリオンやクリスほどの無茶はしていないのだが、それでもリックは彼女に言うべき事がある。
「レイナ!サーペント隊四人にたった一人で戦いを挑んだらしいな!?どうしてそんな無茶をする!?」
「ですが、あの時の相手は私一人でも問題は----------」
「ですが禁止!!何のために精鋭の槍兵を付けてると思ってるんだ!相手の精鋭が四人もいるなら自分の部下達と一緒に戦えばいいだろ!お前の事だから、部下達の身を心配して一人で戦いを挑んだんだろうけど、もっと自分の体を大切にしろ!!」
「・・・・・・はい」
リックの心配する想いは、レイナに十分伝わっている。レイナだけではなく、クリスもゴリオンも、リックがどうしてここまで激怒しているのか、よく理解しているのだ。
自分よりも仲間を優先する。仲間の身を守る為ならば、自分を傷付けるのも厭わない。そんな彼だからこそ、皆が従うのだ。
正直かなり過保護なところもあるが、これがリクトビア・フローレンスという男なのだから仕方がない。
「三人とも、ちゃんと反省するように。わかったら返事」
「「「・・・・・はい」」」
「よし。それじゃあ最後は、今回一番の大馬鹿者のお説教だ」
実は、リックが説教しようとしていた人物は、あと一人いる。レイナ達の後ろに控えるその少年は、自分に向けられた怒りの視線に気付き、一瞬で緊張する。
「アニッシュ!!シルフィ姫や親にも黙って戦場に出たんだって!?まだ見習いのくせにどうしてそんな無茶をするんだ!下手すれば死んでたんだぞ!!」
「ぼっ、僕はただ・・・・・皆さんの力になりたくて・・・・・」
「自惚れるな!見習いのお前に一体何ができる!?見習い騎士なんて戦場では足手まといなだけだ!もっともっと修行して一人前の騎士になってからじゃないと戦場に出るのは許さない!!」
「・・・・・・」
今回の戦いで参戦したチャルコ国騎士団。その騎士団の中に無理を言って従軍させて貰い、エステラン国の精鋭相手に戦いを挑んだ、見習い騎士アニッシュ・ヘリオース。
彼の無茶に対しては、三人に対して以上に激怒したリック。アニッシュを呼ぶ時はいつも君付けであるのだが、今回ばかりは呼び捨てで、言葉遣いも乱暴である。
まさかリックにここまで怒られると思っておらず、レイナ達同様に落ち込むアニッシュ。下を向き、何も言えなくなってしまっている彼の頭に手を置いたリックは、励ますように彼の頭を優しく撫でる。
「お前が死んだら、皆悲しんだよ。俺もクリスも、そしてシルフィ姫も・・・・・・」
「・・・・・・・」
「シルフィ姫はお前の事が大好きだ。大好きな人を失う悲しさと苦しさは、今のお前が考えている以上のものだ。お前はその悲しさと苦しさを、シルフィ姫に与えるつもりなのか?」
「・・・・・!」
大切な者を失う痛み。その痛みをリックはよく知っている。
彼が何を言いたいのかを察し、アニッシュは改めて反省する。自分がどんなに危険で愚かな事をしてしまったのか、自分がどれだけの人達に心配をかけたのか、よく知った。
自分の目の前に立つ帝国の参謀長は、かけがえのない大切な者達を失った。彼女達の死に絶望し、彼女達の命を奪った者達への復讐を誓った彼は、己の心を殺し、愛していた少女の妹を女王に即位させ、復讐のための戦いを始めたのである。
彼が味わった絶望を、もう少しで自分の愛する少女にも与えるところだった。もしも自分があの戦いで死んでいたのならば、愛する少女シルフィは、自分を殺した者達への復讐を誓ったかも知れない。そんな辛く悲しい生き方を、彼女にさせるわけにはいかない。
「すみませんでした・・・・・」
「わかればいい。・・・・・ただまあ、今回の件は君に御礼を言いたい。決戦部隊とクリスを助けてくれた事、本当に感謝してる。ありがとう・・・・・・」
先程まで厳しい言葉を放ち、怒りの表情を見せていたリックだが、アニッシュに御礼を述べた彼の表情は、慈愛に満ちた優しいものであった。
「君のお陰でクリスは死なずに済んだ。君とチャルコ騎士団が駆け付けてくれたお陰で、多くの帝国軍兵士達が助けられた。アニッシュ君と騎士団の人達には感謝してもしきれない」
「そっ、そんな!僕は、クリスさんの足を引っ張っただけです。僕のせいで、クリスさんは怪我を・・・・・・」
「こいつの怪我は自業自得だから気にしなくていい。それより、君に大した怪我がなくてよかった。君にもしもの事があったら、俺がシルフィ姫殿下に殺される」
冗談を言って笑い、アニッシュの頭から手を離したリックは、優しい笑顔を浮かべていた。
約一年振りの再会。リックとの再会は、厳しいお説教から始まり、今回の件を大分反省させられた。しかしアニッシュは、リックの優しさと笑顔を見て安心を覚えたのである。
リックに起こった不幸は当然知っている。その事に彼が絶望し、どんな苦しみを味わったのか、想像に難くない。次にリックと会う時はもう、自分の知っている彼ではないかもしれないと覚悟していた。
彼は復讐の思いも胸に、この戦いを始めた。彼はあの日の絶望を乗り越えたわけではないが、優しい笑顔を見せた彼は、アニッシュの知るリックであった。
「さてと、一通り言いたい事も言ったし皆解散。レイナとクリスとゴリオンは怪我人らしく大人しくしてろ。これ、参謀長命令だから」
「「「・・・・・はい」」」
「俺はやる事があるからミュセイラのところに行ってくる。ヘルベルト、シャランドラ、それとアングハルト。後で話があるからそのつもりで」
「隊長、話って何ですかい?」
「それは後でのお楽しみだ」
「参謀長、イヴ殿とライガには伝えなくとも宜しいのですか?」
「ああ、イヴは下見のために街に出てるから伝えなくていい。ライガも怪我人だから大人しくさせといてくれ」
何かを企んでいる。リックの事をよく知っているこの場の全員が、それを察した。
リックが何を企んでいるのかは、この場の誰も知らない。ただ、この場の全員は一つだけ理解できた事がある。それは、帝国とエステラン国の戦いは、まだ終わっていないという事だ。
「戦闘は皆に任せてばっかりだったからな。ここから先は、俺の出番だ」
邪悪な笑みを浮かべるリックの眼は、獲物を狙う狩人の眼をしていた。
「帝国の狂犬」の異名を持つ彼の戦いが、ようやく始まったのである。




