第二十四話 謀略の果てに Ⅰ
第二十四話 謀略の果てに
エステラン国史よりの抜粋、「ビィクトーリア幼年期学校立て籠もり事件」。
後にこう呼ばれる事になる、エステラン国史上最も国内を騒がせたこの事件は、当時人質となった子供達によって、後世に伝えられていったのである。
人質となった子供達は、この事件の事を他者へ話すと、決まってまずこう言った。「楽しかった」と。
「うわああああんっ!わあああああんっ!」
「だから言ったろ、走ると危ないぞって。ほら、転んだぐらいですぐに泣くんじゃねぇ」
「おじちゃん!僕、お腹空いた~」
「わかったわかった、後でお菓子やるからちょっと待ってろ」
「おじちゃん、おじちゃん、おしっこ行きたい・・・・・」
「一人で行けるだろ!あーもう、連れてってやるから泣きそうな顔すんじゃねぇ」
ビィクトーリア幼年期学校立て籠もり事件の現場は、とても賑やかであった。
人質となっているはずの多くの子供達が、学校の教室の中で楽しくはしゃぎ回っている。子供達は、銃火器武装した屈強な体の男達と、楽しそうに遊んでいる。ある子供は男の背中に乗ってはしゃぎ、またある子共は男達と鬼ごっこをして遊んでいた。
夢中で走りまわり、教室で転んで大泣きする子供もいれば、子供特有のよくわからない理由で泣いてしまう子もいる。ここは託児所かと思わせるそんな教室で、子供達を世話する屈強な男達。
この屈強な男達を率いているのは、一人の髭を生やした男である。彼もまた、皆と同じように銃火器で武装しており、右手には半自動の小銃を持って、腰のホルスターには自動拳銃を装備している。弾倉と手榴弾を装備したタクティカルベストを身に纏い、近接戦闘用のナイフも携えていた。
男の名はヘルベルト。ヴァスティナ帝国軍精鋭部隊、鉄血部隊の部隊長である。彼らは完全銃火器武装の精鋭部隊であり、帝国製の銃器を使いこなし、これまで数多くの戦場を地獄に変えて来た。
ヘルベルトに率いられた鉄血部隊は、この学校内で子供達を人質に取り、銃火器で防衛線を構築して立て籠もっている。学校の外にはエステラン国軍が展開しており、鉄血部隊を逃がさないよう包囲を継続していた。
彼らがここに立て籠もり、今日で二週間が経過している。その間に彼ら鉄血部隊は、エステラン国軍が展開した人質奪還作戦を、自慢の銃火器で尽く粉砕した。最初は力技で人質を奪還しようとしたエステラン国軍に対し、鉄血部隊は機関銃までも駆使して撃退し、大損害を敵に与えた。
その後、現場のエステラン国軍の指揮を握った、第一王子アーロン・レ・エステランは、何度も新たな人質救出作戦を計画しては、すぐに実行に移したのである。だが、その結果は全て失敗に終わった。実戦慣れした精鋭である鉄血部隊の迎撃が、彼の作戦を尽く打ち破って見せたのである。
鉄血部隊が使用した銃火器の放つ弾丸は、エステラン兵士の鎧を容易く貫通し、多くの兵士達を血祭りに上げた。どんな突入作戦も、彼らの銃火器の前には全く効果がなく、屍を増やすだけであった。鉄血部隊に損害はなく、エステラン側は損害を増すばかりであり、現場は膠着状態を続けて今に至る。
「部隊長、いい加減子守りは疲れたぜ。何で見張りを代わってきた俺らまで餓鬼共の相手しなきゃいけねぇですか」
「うるせぇ、どうせ暇なんだろ?だったら子供達と遊んでやれ。外に出れなくて退屈してんだからよ」
「これだよ。このおっさんほんと子供には甘いんだから・・・・・」
「流石ロリベルトだな」
「だからその名前で呼ぶんじゃねよ!!」
子供達の遊び相手となっている男達が、ヘルベルトの悪い病気に呆れていた。髭面で強面の戦闘狂の彼は、子供にはとても甘い。昔から子供好き故に、部下達からは最早呆れられている。
年相応に元気一杯ではしゃぐ子供達の相手は、歴戦の兵士である彼らを大いに疲れさせた。彼らは知った。これが、休日に家族サービスしなければならない父親の苦労なのだと・・・・・・。
「おじちゃん・・・・・、私のクマちゃんどっかいっちゃった・・・・・・・」
「わかった、探してやる。おーいお前ら、この子のぬいぐるみ探して来い。大至急だ」
「「「「・・・・・はあ」」」」
屈強で強面の武装したこの男達は、すっかり子供達に好かれている。彼らの人質となっているにも拘らず、子供達が彼らを好いているのは、子供に甘すぎるヘルベルトのお陰と言えた。遊んであげたりお菓子をあげたり、人質の子供達に優しくあった彼のお陰で、子供達はヘルベルト達を恐がらなくなり、今では彼らと寝食を共にする程の仲なのである。
他人がこの光景を見れば、ここは本当にテロリストが人質を取って立て籠もっている現場なのかと疑う事だろう。しかし実際、外にはアーロン派のエステラン兵士達が展開し、学校の周囲を包囲している。
孤立無援の鉄血部隊。だがここには、武器弾薬と食料の備蓄が最初から用意されていた。彼らに協力しているエステラン国王の勢力によって、立て籠もり以前に極秘裏に運び込まれていたのである。彼らが今日までここに立て籠もる事が出来たのは、予め用意されていた物資のお陰である。
しかし、立て籠もり開始から今日で二週間。弾薬と食料の備蓄は、既に二割を切っている。これ以上の戦闘継続は、敗北しかないだろう。次に敵の大規模な突入作戦があれば、弾薬を全て使い切ってしまう。そうなれば、兵力に任せて雪崩れ込んでくる敵軍を押し留める事は、不可能になる。
彼らは耐えてきた。自分達を陽動とし、国外で戦う帝国軍主力が作戦を完了すれば、彼らの役目は終わる。その時が来るまで、彼らはここで耐え続けなければならない。このままでは全滅するとわかっていても、ここに留まり、戦闘を継続するのが彼らの役目だ。
(予定通りならそろそろか・・・・・)
作戦通りならば、もうすぐ彼らの役目も終わる。ここで耐え忍んだ成果が、彼らの前に現れるはずなのだ。
(久々に味わいたいもんだぜ・・・・・、勝利の美酒ってやつをな)
ヘルベルトは信じて待っている。自分達の勝利を知らせる、その報を。勝利の知らせが届くまで、彼とその仲間達による戦いは終わらない。
だがその前に、彼にとっての最優先の戦いは、遊びまわる事に全力で忙しい子供達の面倒を見る事であった。
「きっ、貴様ら・・・・!これは何の真似だ!?」
エステラン国、ビィクトーリア幼年期学校の周囲を取り囲むエステラン国軍兵士。この軍団の指揮を執っている、エステラン国第一王子アーロン・レ・エステランのいる戦闘指揮所では今、誰も予想していなかった緊急事態が発生していた。
戦闘指揮所で自分の配下である兵士達に命令を飛ばし、新たな人質奪還作戦を計画していたアーロンのもとに、彼らはやって来た。完全武装した兵士達が、アーロンを拘束するべく突然彼の周囲を取り囲み、剣の切っ先を向けたのである。これには、アーロンも彼の兵士達も度肝を抜かれ、咄嗟に動けなかった。
「アーロン王子、貴方を拘束させて頂きます」
「何だと!?」
兵士達はアーロンを拘束するためやってきた。しかし彼らは、同じ国の軍隊に所属する友軍である。だが彼らは、エステラン国の兵士でありながら、自国の王族に刃を向けたのである。
アーロンは彼らに激怒した。そして、彼の配下である兵士達は、自分達の主を守るべく武器を抜こうとしたが、躊躇っていた。何故ならば、アーロンに剣を向けた兵士達は、国王配下の武装警護隊だったからである。
「国王陛下に弓を引いた逆賊として、王子には逮捕命令が出ております。速やかにこの場の指揮権を放棄し、我々に御同行して頂きます」
「ふざけるな!私が逆賊だと!?」
あり得ない事である。まさかエステラン国王配下の兵士が、国王の息子であり、次期国王候補である彼を逮捕すると言うのだ。アーロンも彼の兵士達も、思考が全く追い付かない。悪い冗談でも聞いている様だった。
しかも武装警護隊の兵士達は、アーロンに逆賊の容疑をかけている。エステラン国王に反逆したとして、彼を拘束しようとしているのだ。
確かにアーロンは、次期国王の座を狙っており、自身の配下の戦力を国内に集中させていた。だがこれは、第二王子メロースの勢力に対抗するためのものであり、国王に反旗を翻す為のもではない。アーロンは自らの父親でもある国王を快く思っていないが、国王と戦おうとまでは思っていなかった。
そう、これは全てあらぬ疑いである。配下の兵士達と違い、アーロンは直感で理解した。自分は嵌められたのだと・・・・・・。
「この場の指揮は我々が引き継ぎます故、姫様の身はご安心下さいませ。さあ王子、我らと共に城へ-----」
「行くわけがないだろう!貴様ら、こんな事をしてただで済むと思うなよ。貴様らを拘束し、即刻処刑台送りにしてやろう」
「王子、これは国王陛下の命令です。貴方が第一王子であろうと、国王の命令は絶対です」
「黙れ!貴様達何をしている、この不埒者共を拘束しろ」
アーロンの怒りは尋常ではなかった。自分の部下達へと命令を放ち、武装警護隊の兵士を拘束させようとする。アーロン派の兵士達は、彼に従う勢力の兵である。よって、武装警護隊の命令よりも、アーロンの命令に従わなければならない。
彼は第一王子であるし、次期国王最有力候補である。彼に従わなければ、この先自分達が生き残る術はない。何故なら彼らは、第二王子メロースでも国王の勢力でもなく、アーロンの勢力に組み入ったのである。完全な対立状態でないにせよ、自分達が国王の勢力ではない以上、武装警護隊は彼らにとって敵である。
敵の命令は聞けない。そして国王派は、自分達を敵と認識しているだろう。ここでアーロンを捕縛されたら、アーロン派の兵士達は行き場を見失う。二つの勢力を敵にまわしているアーロン派が、ここでアーロンを失えば、彼の配下の者達はどんな目に遭うかわからない。国内を騒がせた逆賊として処理される可能性や、捕らえられる可能性もある。アーロンを失えば、彼らに未来はないのだ。
自分達の保身のために、武装警護隊に剣を向けようとするアーロン派兵士達。この場で友軍同士の戦闘が勃発するかと思われたが・・・・・・。
「どうやら、アーロン王子は我が国の状況を理解しておられないようですね」
「・・・・!?」
「我が国の南方前線がヴァスティナ帝国軍の侵攻により突破され、既に帝国軍の先発部隊が我が国の目前まで迫っております。帝国軍の接近に対して、多くの民が我先にと避難を始め、民の一部は暴徒と化し、各地で混乱が発生しております。軍はこの混乱を鎮静化するため行動を開始しておりますが、人員が全く足らず、混乱は増すばかりです。最早我が軍に、国内の混乱を収拾する術はありません」
現在エステラン国内は、帝国軍の侵攻を知って大混乱の渦中にあった。敵国が国境線を突破し、自分達の目と鼻の先まで接近しているというのだ。混乱するのも無理はない。
帝国軍の進攻を知り、多くの民は自らの意思で避難を開始した。いや、逃げ惑っていたと言う方が正しい。敵国の侵攻に驚き、恐怖に駆られたエステラン国民は、家を飛び出し逃げ出した。侵攻する帝国軍から離れるべく、北を目指して逃げる者達もいれば、保護を求めて城を目指す人々もいる。国を出ようとする者達や、混乱に乗じて略奪を始めた者達もおり、国内の混乱は大きくなるばかりだ。
軍はこの混乱を鎮めるべく出動したが、国中の民がこのような状態であるため、事態を収束するための兵の数が全く足りていないのである。しかも、第一王子アーロンと第二王子メロースの対立によって、多くの兵が彼らの私兵と化した今、国内の混乱を治めるために動ける兵力は、極めて少ないのだ。
「ふん!我が愚弟が帝国に敗北したと言うだけでこの有り様か。いいだろう、私が兵を率いて侵攻軍を討ち果たしてくれる。そうすれば、民の混乱は簡単に収拾出来るはずだ」
敵が自国に近付いてこの有り様なのであれば、侵攻中の敵を迎え撃ち、撃破してしまえばいい。そう考えたアーロンは、国内の自分配下の軍団を動かし、侵攻中の帝国軍を迎え撃とうとした。
そして、帝国軍を見事撃破して見せ、国民の信頼を得る事によって、自分にかかった嫌疑を晴らそうとしているのだ。
「その必要はありません。王子が御出陣なさらなくとも、帝国軍の侵攻は停止します」
「!?」
「国王陛下は帝国と和平を結ばれます。帝国との全戦闘行為を即時停止し、今後はお互いに友好的な関係を-------」
「馬鹿な!和平だと!?」
エステラン国王ジグムントは、ヴァスティナ帝国と和平を結び、この戦争を終わらせようと動いている。和平を伝えるための使者が、接近中の帝国軍へ既に向かっており、帝国側がこの和平を受ければ、戦争は終わるだろう。
しかし、エステラン国とヴァスティナ帝国は、簡単に友好を築けるほどの関係ではない。帝国はエステラン国を憎んでおり、エステラン国は何度も帝国へ侵略行為を行なっている。両国が和平を結ぶのは簡単ではなく、よくて一時の休戦協定を結ぶ事が出来るかどうかなのである。
それを理解しているアーロンだからこそ、この話が信じられなかった。しかもこれは、王子達に相談もない、国王の独断によるものだ。あまりにも大胆な決断であり、行動が早過ぎる。
そう、早過ぎるのだ。和平の決断も、それに対しての行動も、そして・・・・・・・。
(そうか、そう言う事なのか!南方前線が突破されたのなら、メロースは帝国に敗れたはずだ。そして次は、私を排除しようというわけか・・・・・!)
アーロンの中で全てが繋がった。この立て籠もり事件も、帝国軍の侵攻作戦も、彼への嫌疑も、そして両国の和平も、全て仕組まれたものだったのである。
「和平など許さんぞ!父上の思惑通りにさせてなるものか。こうなれば、全軍を率いて父上と戦うまでだ!」
第二王子メロースは帝国に敗れた。つまりそれは、国王ジグムントにとっての邪魔者が一人減った事を意味する。そして、残る邪魔者はあと一人。
第一王子アーロンを排除すれば、ジグムントに敵対する国内の敵は存在しなくなる。これは全て、ジグムントが己の敵を排除するために仕組んだ、ヴァスティナ帝国を利用した謀略なのだ。
それに抗うべく、アーロンは自らの兵を率い、自身の父である国王ジグムントと戦うと決めた。彼は今、己の真の敵は自分の父親だと知ったのである。ここで戦わなければ、アーロンは逆賊として捕えられ、二度と王位に就く事は叶わないだろう。彼は己の未来のために、父親と戦う道を選んだ。
「やはり、国王陛下に反旗を翻す御積りでしたか。アーロン王子、この場で貴方を拘束させて頂きます」
「やってみろ、父上の犬共め。我が兵達の剣の錆にしてくれるぞ」
「そうですか。大人しくして頂けないのであれば、致し方ありませんね」
緊迫したこの状況の中、武装警護隊の兵士達は不自然なまでに冷静だった。彼らはアーロンに完全に敵と認識されており、この場に留まり続ける事は死を意味する。このままでは彼らは、アーロン派の兵士達によって殺されてしまうだろう。
それでも尚、彼らは冷静沈着を貫いている。死ぬのが恐くないのか、全く引き下がらない。先程からアーロンへ話す武装警護隊の隊長が、用意しておいた切り札を口に出す。
「聞け、アーロン王子配下の兵士諸君!王子は国王に反旗を翻した逆賊である。我々、国王直属の武装警護隊に剣を向ける事は、国王に刃を向けるも同義だ。この意味が分からない諸君達ではあるまい?」
アーロン配下の兵士達に突き刺さる、逆賊と言う言葉。ここで武装警護隊と争えば、アーロン配下の全兵士は、国家反逆を企てた賊として、エステラン国全軍と全国民の敵となってしまう。
「国王陛下は寛大である。今、我々の言葉を聞き、原隊に復帰すると言うのであれば、諸君らは国王陛下の剣に戻る事が出来る。飽く迄王子に従うと言うのであれば、国王陛下はヴァスティナ帝国軍と共に諸君らを討つと宣言されている。さあ選べ!国王陛下への忠義を示すのか、国王陛下に刃を向けるのか、二つに一つだ!!」
アーロン達はまだ知らないが、既にジグムントは国中に宣言している。自分の息子であり、この国の王子でもあるアーロンとメロースは、国を滅ぼす逆賊だと、全国民にそう宣言した。それと同時に、彼は全軍に命令を下している。命令の内容は、「速やかにヴァスティナ帝国との戦闘状態を停止し、逆賊となった二人の王子を捕えよ」であった。
この宣言により、エステラン国軍の多くの部隊が、国王の命令に従った。既に軍全体には、メロースが帝国軍に敗れた事が伝わっており、もうこれ以上、下らない勢力争いに付き合う必要はないと、誰もが理解したのだ。
エステラン国はヴァスティナ帝国と停戦し、国王は内乱の収束に動いた。この無益な戦いを終わらせるべく国王が動いたのであれば、国を守るべく戦う役目を負った兵士達の選択は、たった一つだ。
「王子、どうか御許し下さい・・・・・・」
「きっ、貴様ら・・・・・・っ!」
自分達の主であるアーロンへと剣を向けた、彼の配下の兵士達。彼らもまた、王子に従い続けるよりも、国王への忠誠を選んだのである。
兵士達が簡単にアーロンを裏切るのも無理はない。アーロンは兵士達の信頼を失っているため、彼のために命を懸けようという兵士は、少なくともこの場には存在しないのだ。
「抵抗は無意味ですよ、王子」
「・・・・・くっ!」
「この場の処理は御安心下さい。王子の兵達についても、後は我々が引き継ぎます」
国王から逆賊と定められ、武装警護隊に拘束され、配下だった兵士達には裏切られたアーロンには、この状況を打開する術は何もない。
抵抗は無意味だと知ったアーロンは、大人しく武装警護隊に従い拘束された。この場の指揮権を奪われ、連行されたアーロンは、表情こそ怒りに満ちていたものの、終始大人しくしていたのである。何であれ、今は生き延びる事こそが肝要だと、そう考えたからである。
アーロンがこの場から連れて行かれた後、すぐに国王配下の兵士達がこの場に現れ、未だ立て籠もりが行なわれている学校の校門前に集結した。そして、国王配下の兵士達は、立て籠もりを続けるテロリスト達へ向けて、最後通告を行なったのである。
「速やかに武装を解除し、人質を解放して降伏せよ。さもなくば命の保証はない」と・・・・・・。
国王配下の兵士達が最後通告を行なった、その三十分後。ヘルベルト率いる鉄血部隊は、全ての武装を解除し、人質を解放した後、エステラン国軍へ投降した。
二週間も立て籠もり、多くのエステラン兵士を血祭りに上げた、鉄血部隊によるこのテロ事件は、国王配下の兵士達の登場によって、あっさりと終わってしまったのである。
人質となっていた子供達は全員解放され、エステラン兵士達によって保護された。人質になっていたにもかかわらず、笑顔を浮かべて学校から出て来た子供達に、エステラン兵士達は戸惑った。それもそのはずである。子供達は学校内で遊んでいただけで、脅されたり、暴行を加えられる事もなかったのである。
笑顔で学校から出て来た子供達の後に続き、武装を解除した鉄血部隊の面々が姿を現わした。ようやく学校から出て来た彼らを、エステラン兵士達はすぐさま拘束した。しかし鉄血部隊の者達は、降伏し、腕に鉄製の手枷を付けられたにもかかわらず、表情は晴れやかでご機嫌だったのである。
「やっと終わったな・・・・・・。あー、酒場で一杯やりてぇ」
「どっと疲れましたぜ。餓鬼共の相手するより戦闘の方がよっぽど楽だ」
「違いねぇ。まあ、偶にはこういうのも悪くねぇがな」
兵士達に連行されていく鉄血部隊。部隊長であるヘルベルトは、首を左右に動かして骨を鳴らしながら、久しく飲んでいない酒の事を思い浮かべていた。彼の部下達も、ようやく戦闘が終わった事で、肩の力を抜き、腕や首を回して疲れをアピールしながら、酒の話や戦闘の時の活躍などを上機嫌に話している。そんな彼らの姿は、とても敗軍のそれではなかった。
「見て下さいよ部隊長。奴ら、俺達見て首傾げてやがる」
「降伏したくせにこんだけ騒がしけりゃな、不思議に思うのも無理ねぇぜ」
「おっ、餓鬼共が俺達に手を振ってるぜ」
「ほんとだ。あいつら、俺達の人質だった自覚まるで無いな」
連行されていくヘルベルト達に向けて、笑顔を浮かべて手を振っている子供達。遊んでくれた彼らに、お礼や別れの言葉を口にしている。
「おじさーん、遊んでくれてありがとー!」
「ばいばーい!!」
「またねー!」
「私のクマちゃんどこー!!」
「おい!あの子まだクマちゃん探してるぞ!!お前ら探しに戻れ!」
「無茶言わんで下さい部隊長!俺らもう捕まってるんすよ!」
ヘルベルト達も、笑って子供達へと手を振った。手枷をはめられているにもかかわらず、楽し気に別れの言葉を子供達へかける。
「じゃあな餓鬼共!達者でな!」
「もう転んだだけで泣くんじゃねぇぞ!」
「おしっこは一人で行けるようになれよー」
「クマちゃんは自分で探せよー!」
何だかんだと言いながら、彼らは子供達との立て籠もり生活を楽しんでいた。子供にベタ甘なヘルベルトに文句を垂れつつも、彼らは子供達の面倒をよく見ていた。普段は戦場でしか生きられない戦闘狂であっても、彼らは人殺しを楽しむ狂人ではない。敵国の民とは言え、無邪気な子供の前では、彼らはただのおっさんである。
真面な大人ではない。学もなければ、家族もいない。あるのは戦うための技と、戦いに喜びを感じる精神。そんな昔の彼らであったなら、ここまで子供達に好かれるような事はなかっただろう。
彼らを変えたのは、鉄血部隊を自分の配下にした帝国参謀長と、ヴァスティナ帝国女王ユリーシア・ヴァスティナだったのである。特に、女王ユリーシアの優しさは、彼らの心に安らぎを与えてくれた。
ユリーシアは彼らに、人の優しさを思い出させてくれた。それは、彼らが久しく忘れていた、心揺さぶられる感覚だったのである。人の優しさを思い出したからこそ、彼らは子供達に優しくあれた。昔の彼らであったなら、戦いに勝つために、人質の存在価値を十分に利用した事だろう。
だからこそ、ヘルベルト率いる鉄血部隊の者達は、エステラン国を許しはしない。自分達を優しく迎え入れ、大切な国の民の一人として見てくれていた女王ユリーシア。そんな彼女を亡き者にした謀略に加担したこの国を、彼らは決して許さない。
「・・・・・・おじさん」
「ん?」
連行されていくヘルベルトの前に、一人の少女が現れた。少女の名はフランチェスカ。彼女もまた、人質の一人だった子供である。だが彼女は、人質となっていた他の子供達とは、その存在価値がまるで違った。
フランチェスカは、エステラン国第一王子アーロンの娘である。彼女を人質にする事で、帝国軍はここまでの作戦を成功させたのである。
結果として、ヘルベルト達や帝国軍部隊の活躍、国王ジグムントの謀略によって、第一王子アーロンは捕らえられた。その事を彼女はまだ知らないが、知ってしまえば、ヘルベルトは彼女に恨まれても仕方がないだろう。
フランチェスカもまた、他の子供達と同様に、鉄血部隊の男達と楽しく遊んだ。もう彼女は、彼らに対して警戒心は全くなく、彼らの事を「おじさん」と呼んで懐いていた。特に彼女は、ヘルベルトに対してよく懐き、遊んで欲しい時や困った時は彼を頼った。
フランチェスカはヘルベルトを信頼している。しかし、彼女が真実を知れば・・・・・・・。
「また・・・・会える?」
「嬢ちゃん、俺は・・・・・・」
言いかけて、言葉を詰まらせる。もしも、彼女とまた会う時が来たならば、その時彼女は全てを知った後になる。再会した時、きっと彼女はヘルベルトの事を憎んでいるだろう。
今の彼女は、ヘルベルトとの再会を望んでいる。しかしヘルベルトは、再会を望まない。自分の為にも、そして彼女の為にも・・・・・・。
「嬢ちゃん、俺達の事は全部忘れちまえ」
「え?」
「その方が幸せになれる。嬢ちゃんと俺達じゃ、住む世界が違うんだよ」
そう言うと、彼は手枷をはめられた手を彼女の頭の上に優しく置いて、彼女の頭を少しだけ撫でてやった。ヘルベルトの言葉の真意がわからないフランチェスカ。彼女はヘルベルトの事を見つめ続け、その視線を逸らさない。
「友達を助けるために身を挺する度胸があるんだ。嬢ちゃんならきっと、いいお姫様になれるぜ」
この国の王子の娘として生まれた以上、彼女もまた王族の血を引く存在だ。まだ幼く、何の力もない少女だが、彼女ならばきっと大丈夫だと、ヘルベルトは信じている。
フランチェスカの姿が、ヘルベルトの脳裏に残る、女王ユリーシアの姿と重なった。
これから先、彼女の歩む道は苦しく険しいものとなるかもしれない。だが彼女ならば、この先の苦難に立ち向かっていく事が出来る。それだけの勇気を、既に彼女は持っているのだから・・・・・・。
「じゃあな嬢ちゃん、元気でな」
彼女の頭から手を離し、別れの言葉を告げて離れていくヘルベルト。そんな彼の後ろ姿に、フランチェスカも別れの言葉を告げた。
「またね、おじさん。私、おじさんとまた会えるって、信じてるから」
別れの悲しさに表情を曇らせながらも、フランチェスカは手を振って彼を見送った。他の子供達も彼女と同じように手を振って、鉄血部隊の男達に別れの言葉を叫び続ける。
「「「「「「おじさん達、ばいばーい!!」」」」」」
「おう!餓鬼共、達者でな!」
「また遊ぼうねー!!」
「いいぞ、今度遊ぶ時は俺が大人の遊びを教えて-------」
「馬鹿!!子供達に阿保な事教えようとしてんじゃねぇ!!」
そして、最後に子供達は、鉄血部隊を率いるヘルベルトへ向けて、別れの言葉を一斉に叫ぶ。
「「「「「「ロリベルトのおじさーん!!ばいばーい!!」」」」」」
「だから俺はロリコンじゃねぇ!!」
子供達の認識では、彼の名前はロリベルトとなっている。それもそのはずである。子供達にそう教えた犯人達がいるのだから・・・・・。
「「「「ぶっわははははははははははっ!!!」」」」
「あいつら傑作だぜ!笑いが止まらねぇ!!」
「よく言った餓鬼共!その名前を忘れんじゃねぇぞ!!」
「お前らかあああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
爆笑と怒鳴り声でとにかくうるさい男達。彼らの正気を疑いつつも、エステラン国軍兵士達は彼らを連行していく。
テロリストとしてこのまま連れて行っても、連行した先ですぐに帝国へ引き渡す事になると知らぬまま・・・・・・。




