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第二十三話 エステラン攻略戦  後編 Ⅴ

 ヴァスティナ帝国とエステラン国の戦争は続いている。そして、エステラン国内の両王子勢力の対立も続いており、エステランの国境線付近では、両国の宿敵ジエーデル国軍が行動を起こしている。

 状況は混沌を極めていると言えるだろう。エステラン国を中心にして戦争が起こり、様々な火種が燻り続けている。エステラン国の状況は、時間が経つにつれて悪くなる一方であった。


「・・・・・・・・」

「報告によれば、国内は民も兵も含め、非常に混乱しているとの事です。国内では両王子勢力の対立、国外では敵国との戦争ともなれば、混乱も無理はないかと」


 ここは城内にある、誰にも知られてはいないとある一室である。この部屋には二人の人物の姿があり、一人は椅子に座っており、もう一人は立って報告を行なっている。

 報告を行なっている人物は、この国の文官が着る服装に身を包み、もう一人は、いくつもの装飾が施された高貴なドレスを身に纏っていた。ドレスを着ている人物は、この国の人間ならば誰もが知っている人物であり、国内において大きな影響力を持つ人物であった。


「国王配下の間者の報告によれば、別動隊は作戦通り南方前線の一部を奇襲し、これを制圧。予定通り侵攻を開始したとの事でした。また、決戦部隊の方は南方前線の主力と交戦状態に入ったとの事で、今現在も激しい戦闘が継続していると予想されています」


 文官の報告に間違いはない。全ては作戦通りに進行しており、後は南方前線で展開中の激戦が決着すれば、全て終わる。


「・・・・・・学校の様子は?」

「今も籠城は続いています。校舎内には大量の食糧が運び込まれておりますし、帝国側の武器も予め運び込まれておりました。現場は膠着状態を継続中で、帝国の部隊は第一王子の戦力を苦戦させております」

「そう・・・・・。次の計画の方は?」

「国王配下の者達は既に動いております。南方前線の決着が付けば、計画通り王は全軍に命令を下す事でしょう」


 この文官もドレスを着た人物も、この戦いの終わりを願っている。そして、この戦いの先にある、この国の未来を変えるために、二人は密かに動いていた。

 二人には、この国の未来を救う力はない。二人に従う者達は極僅かで、いくらドレスを着るこの人物の影響力が強いと言っても、それは国を揺るがす程のものではないのだ。

 だが二人は、自分達の手札に最凶のカードを手に入れている。ワイルドカードであるその存在が現れれば、全てが覆る事だろう。


「コレット・・・・・・、私達は逆賊か?」

「・・・・・いえ、私達はこの国を救うために動いています。逆賊と呼ぶべき者達、それは・・・・・」


 コレットと呼ばれたのは、報告を続けていたこの文官の事である。彼女はドレスの人物の問いに、途中で言葉を詰まらせる。自分の口からは、決して言ってはならない名前だと思ったからだ。


「私に気を遣う必要などない。あの者達が逆賊なのは、紛れもない事実なのだから」

「殿下・・・・・・」


 コレットの表情は曇り、視線をドレスの人物から外して、自分の足元へと視線を移す。気弱で、恥ずかしがり屋であり、自分の意見を口に出すのが苦手で、辛い時や苦しい時はすぐに下を向く。こういう時すぐに下を向いてしまうのは、彼女の悪い癖だ。

 しかし、彼女が下を向くのは、ドレス姿の人物の心中を察し、心を痛めたからである。それがわかっているため、コレットの悪い癖に対し、ドレス姿の人物は何も言わなかった。


「国を支配するため力を持とうとする者達を、国を救うため別の力で抑え込もうとする・・・・・・。とても愚かで矛盾しているな、私は・・・・・・・」

「・・・・・・・」


 コレットに殿下と呼ばれたこの人物は、憂いの表情を見せて苦笑する。

 殿下と呼ばれた人物は、自分の手を見つめて思った。自分はこれから、国を救うためにと謳い、この手を多くの血で染めていくのかと・・・・・・・・。






「・・・・・ごほっ!!」


 吐血し、荒い呼吸を繰り返す一人の青年。青年の腹部には、一本の剣の切っ先が突き刺さっている。

 血を吐いて苦しむ、金色の髪の青年。体中傷だらけとなり、疲労困憊で今にも倒れそうでありながらも、青年は倒れない。

 青年の左右には、金色の甲冑を身に纏う騎士が二人。そして彼の正面には、同じく金色の甲冑を身に纏う騎士が一人。右側に立つ騎士の刃が、彼の腹部に突き刺さっている。

 

「はあ・・・・はあ・・・はあ・・・・・・・・」


 苦しそうな表情を浮かべ、荒い呼吸を繰り返す。出血は激しく、体力も限界を超えており、いつ倒れてしまってもおかしくない。

 だが、青年は笑みを浮かべて見せる。死んでもおかしくない、この状況下でありながらも、彼は笑っているのだ。

 青年、クリスティアーノ・レッドフォードは、歯を見せた笑みを浮かべながら、己の剣の先を見つめている。


「ざまあみろ・・・・・・、目障りな金ぴか野郎が・・・・・」


 クリスの剣は、彼の眼前に立つ騎士の額を、金色の甲冑ごと貫いていた。剣は騎士甲冑を貫き、皮膚を貫き、頭蓋も貫いて、相手の脳を突き破ったのだ。

 頭を串刺しにされた、エステランの精鋭黄金十字騎士の一人は、既に息絶えている。ただの屍と化し、剣を握る力を失くし、己の得物を地面に落とす。

 左右からクリスを襲った騎士の剣。左からの剣は躱し、相手の腕を掴んで動きを封じた。右からのは躱しきれなかったため、彼はこの剣は敢えて受け、自分の腹部に突き刺したのである。

 二人の騎士の剣をどちらも躱そうとすれば、最大の好機を逃すところだった。故にクリスは、二人の剣を躱さず、目の前の一人に神速の剣突きを放ったのである。

 下手をすれば、彼は間違いなく死んでいた。しかし彼は、この自殺行為とも言える大博打に勝利したのである。


「こいつで・・・・・、後は二人だぜ・・・・・!」

 

 屍と化した騎士の額から剣を引き抜き、残り二人に狙いを定めるクリスに対し、騎士達の反応は早かった。クリスの更なる攻撃を回避するべく、彼の左右にいた騎士達は一旦離れようと動く。右側にいた騎士はクリスから離脱できたものの、左側の騎士は離れられなかった。何故ならば、クリスに腕をがっしりと掴まれており、その場から動けなかったからである。

 

「逃がさねぇぞ・・・・・・、おい!!」


 逃げられないと理解し、騎士はクリスの手を振り払い、剣で彼を斬りつけようとする。だが、そんな事をクリスが許すはずがない。

 

「はあっ!!」


 クリスの剣が空気を切り裂き、騎士の右腕を下から斬り落とす。クリスが掴んでいた騎士の右腕は、その手に剣を握っていた。右腕を失ったこの騎士に、クリスの剣を受け止める術はない。


「いくぜっ!光龍一閃!!」


 クリスの放つ横一閃の斬撃が、騎士の首元目掛けて向かっていき、次の瞬間、騎士の首は宙を舞っていた。

 金色に光輝いた甲冑の頭が跳ね飛ばされ、重力に逆らう事なく地面に落ちる。首を失くした騎士の体は体勢を崩し、そのまま地面に倒れ伏して動かない。確認するまでもなく、死んでいるのはわかった。

 これで、あと一人。


「うおらあああああああああああっ!!!」


 剣で貫かれた腹部からは出血が止まらない。血を流し過ぎたせいで、目の焦点が合わず、意識も遠退いていく。それでも自分に鞭打って、雄叫びを上げて意識を覚醒させ、最後の敵目掛けて駆け出していったクリス。

 残る黄金十字騎士は、あと一人。あと一人倒せば、彼の勝ちだ。


「ザビーネ!」

「わかってますわよ!」


 黄金十字騎士を二人失い、流石に慌て始めたメロースが、ザビーネに魔法を使えと命令する。メロースに命令されるまでもなく、危機感を覚えたザビーネは、残る一人を援護するため魔法を発動しようとする。

 

「やらせない!!」

「っ!?」


 ザビーネの魔法発動を阻止すべく、ランスを構えたアニッシュの一撃が彼女へ襲いかかった。アニッシュの十八番と言える、クリス直伝の神速の動きから放たれた、ランスの一撃。直撃すればただでは済まないこの一撃に対し、ザビーネは自らを守るべく防御魔法陣を展開させた。

 ランスの一撃は、やはりザビーネの展開した防御魔法陣に受け止められ、その切っ先が彼女を刺し貫く事はなかった。

 邪魔をされた事に苛立ったザビーネは、彼を痛い目に合わせようとして、自身の魔法の奥の手を発動させる。


「私の邪魔をした事を後悔させてあげるわ!」

「!!」


 青白く発光するザビーネの魔法陣が、赤く発光し始める。アニッシュのランスを受け止め続ける魔法陣が、完全に赤く染まった次の瞬間、それは起きた。

 突然、アニッシュの体を衝撃波が襲い、彼の体が後方へ吹き飛んだのである。謎の衝撃波によって吹き飛ばされ、背中を地面に叩き付けられた衝撃で一瞬呼吸が止まり、彼の全身を苦痛が襲う。

 ザビーネの特殊魔法である、防御魔法陣にはもう一つの能力がある。それは、一言で簡単に言うとカウンターである。

 相手の物理攻撃や魔法攻撃を受け止め、同じ力で弾き返すのだ。物理攻撃ならば、受けた衝撃をそのまま相手に弾き返す。アニッシュが受けた衝撃破は、彼が放った一撃の力をカウンターしたものである。

 ちなみに魔法攻撃ならば、また違った現象が起こる。例えば、炎属性魔法による火球が魔法陣に接触した場合、その火球は形をそのままに、放った相手に向かっていくのだ。

 先程まで彼女が防御魔法のカウンターを使わなかったのは、これが奥の手であると言う理由と、クリスやアニッシュをなるべく傷つけないようにしていたからである。自分が楽しむ前に、彼らを壊したくなかったのだ。

 だが、その欲深さと手加減、そして油断が、彼女の最大の失敗を生む。


「これで終わりだ!光龍演舞!!」


 ザビーネは自らを守るために魔法陣を展開した。アニッシュは自らを犠牲にし、クリスが最後の一人を討つための最後のチャンスを作り出したのである。

 その事にザビーネ自身が気付いた時には、完全に手遅れであった。クリスの洗練された剣術が、黄金十字騎士最後の一人を討つために、その切っ先を輝かせる。

 彼が光龍と呼んでいる剣術。数ある技の内、演舞と叫んだその剣術は、本当に舞い踊るように動き、敵を斬る。

 演舞を披露するかの如く、流れるように、そして滑らかに、戦場で舞い踊る。その動きは洗練されており、本当に美しい舞であり、両軍の兵士達は一瞬目も心も奪われた。だがしかし、彼の剣の動きは恐ろしく正確で、冷酷だった。

 流れる剣捌き。その動きから放たれた神速の斬撃。相手の右腕を、左足を、右足を、左腕を深く斬り裂いて、次は相手の首の静脈を斬り裂いたかと思えば、相手の胸を甲冑ごと深く斬り裂いて、止めの一撃を放つ。彼の十八番である神速の突きが、騎士の心臓を刺し貫いた。

 

「俺の・・・・・・勝ちだ!」


 舞い踊る動きで敵に迫り、相手に動きを読ませない。相手がこちらの動きに惑わされた隙に、相手の全身を徹底的に斬り裂いて、確実に絶命させる技。それが光龍演舞である。

 

(駄目だ・・・・・、この技はものに出来てねぇ。どうにか上手くいったが、まだ俺はあいつを超えられないって事かよ・・・・・・・)

 

 クリスの脳裏に蘇る、この技の真の使い手の姿。完成されたこの技は、クリスが先程放ったものと比べられないほど、美しく恐ろしい。

 自分の未熟さに歯噛みしつつ、クリスは息を切らしながら周囲を見渡す。立っているのは自分だけ。黄金十字騎士の三人は、地面に倒れ伏して動かない。それは、彼の勝利を示していた。


「はあ・・・・はあ・・・・・・。悪いな糞王子、てめぇ御自慢の金ぴか騎士共は討ち取ってやったぜ・・・・・・」

「ばっ、馬鹿な・・・・・!」


 固唾を呑んでこの戦いを見守っていた、全帝国軍兵士が彼の勝利に湧き上がった。声を張り上げ、戦場に彼の勝利を轟かせる。

 黄金十字騎士全員の死に、メロースは驚愕していた。立ち尽くし、開いた口が塞がらず、言葉を失っている。圧倒的有利な状況であったにもかかわらず、彼は自慢の精鋭部隊を失ったのである。自分の勝利は揺るがないと信じていただけに、メロースの動揺は計り知れないものであった。

 その動揺と、黄金十字騎士の敗北と言う事実は、この戦場の全エステラン兵士から戦意を奪い去ってしまった。エステラン国軍最強の騎士であり、メロース配下で最も優れていると言われていた三人の騎士が、たった一人の剣士に倒されたのである。

 しかもその剣士は、敵味方全ての兵士達が見とれてしまう程の、芸術的な剣術を披露し、圧倒的不利であった状況を覆して見せたのである。彼らは皆、こう思った。「敵わない・・・・・・」と。


「ザビーネ!貴様が遊んでいたせいで!!」

「私のせいじゃないわ!あの坊やが邪魔するからよ!」


 我儘な子供の様に喚き散らし、この敗北はザビーネのせいだとメロースは叫ぶ。だが、彼女やエステラン兵士達からすれば、この敗北は全てメロースの責任だと思っている。

 自分の復讐を果たすため、クリスの挑発で精鋭同士の決闘を望み、見事に敗北した。初めから全軍で帝国軍部隊を包囲殲滅していれば、この様な結果を生まずに済んだのである。全ては、彼の復讐心と油断が生み出した結果だ。

 しかしメロースは、己が犯した愚かな過ちを認めず、他者に責任を擦り付けて喚くばかりである。最早、彼の命令に従おうと考える兵士は、この戦場に存在しない。

 喚き散らしていたメロースだが、このままでは終われないと、配下の兵士達に総攻撃の命令を下そうとした。決闘への拘りを捨て、帝国軍とチャルコ騎士団をまとめて叩き潰そうと考えたのである。

 ところが、彼が命令を下そうとした直前、彼のもとに一人の伝令が駆け込んできた。伝令は慌てた様子であり、息を切らしながら膝を付き、如何にか呼吸を整えて報告し始める。


「はあ、はあ・・・・・、ほっ、報告いたします!我が軍の後方よりバンデス国軍が接近しております!その数、約二千!!」

「何だと!?」


 驚きの声を上げたメロースは、その報告に口元を吊り上げる。同盟関係にあるバンデス国の軍隊が自軍の後方に現れたと言う事は、それは援軍以外考えられないのである。

 エステラン国軍にとって、この局面でのバンデス国軍の登場は、全くの予想外であった。メロースのもとにすら、バンデス国軍が援軍を送ると言う連絡は来ていなかったため、彼も兵士達も初めは耳を疑った。

 耳を疑ったのは、帝国軍とチャルコ騎士団も同じである。まさかこの局面で、敵軍に二千もの援軍が現れるなど、全くの予想外であったのだ。

 エステラン兵士達は援軍の登場によって、如何にか士気を取り戻し始める。逆に帝国軍とチャルコ騎士団は、敵の援軍登場に士気を低下させていた。

 勝利は我にあり。そう思ったメロースは、全兵士達に再び総攻撃を命じようとした。だが、未だ慌てた様子の伝令の報告は、まだ終わってはいなかったのである。

 

「バンデス国軍は我が軍に対し宣戦を布告しております!!既に我が軍後方陣地にバンデス国軍の先発隊が到着しつつあり、味方は混乱しております!!」

「馬鹿を言うな!バンデスは同盟国だぞ!何かの間違いだ!!」


 伝令の報告は、メロースも兵士達も信じ難い話であった。誰もが耳を疑い、愕然としている。だがそれは、帝国軍も同じであった。

 バンデス国がエステラン国を裏切り、宣戦を布告したと言うのである。こんな事になるなど、誰も聞いてはいなかった。それは勿論、クリスやアニッシュも同じである。バンデス国軍がエステラン国軍を攻撃するなど、この戦場にいる全ての人物にとって予想外の事態であった。

 これにより、戦局は大きく変化する。バンデス国軍が帝国軍を攻撃するかは不明だが、エステラン国軍を後方から脅かす以上、エステラン国軍は二つの軍隊に挟撃された事になる。戦局は一気に、エステラン側の不利に傾いた。

 状況は更に変化する。また一人、メロースのもとに慌てた様子の伝令が現れる。この伝令もまた息を切らし、冷静さを欠いたままであるものの、緊急の報告を口にした。


「報告いたします!正面の前線が帝国軍によって突破されました!!敵は真っ直ぐ我が軍後方陣地を目指して進軍を続けております!!」


 正面の前線を突破したのは、槍士レイナ率いる帝国軍である。彼女がサーペント隊を討ち破った事により、エステラン国軍は士気を大きく低下させ、前線の兵士達は後退を始めてしまっていた。その隙を見逃さず、レイナ率いる帝国軍全部隊は総攻撃を開始し、前線を突破したのである。

 これにより、指揮命令系統と戦略物資があるエステラン国軍後方陣地は、帝国軍とバンデス国軍に完全に挟撃された形となった。このまま両軍がエステラン後方陣地を叩けば、前線のエステラン国軍は崩壊する。

 エステラン国軍にとっては緊急事態である二つの報告は、既にこの戦いの趨勢を決定付けていた。メロースは敗北したのである。


「糞っ!どいつもこいつも私の邪魔ばかりする!!役立たず共め!!」

「王子、どうか御命令を!我々は一体どうすれば・・・・・・・」

「こうなれば、南方防衛陣地まで後退して再起を図るぞ!貴様達は私が後退するまで敵の進攻を喰い止めろ!!」

「そんな!王子、我々を見捨てて一人で逃げる御積りですか!?」

「黙れ!!私はこんなところで死ぬわけにはいかない!防衛陣地に無事後退し、残存戦力を結集して戦力を再編するのだ!再び軍備を整え、次こそは必ず奴らを蹴散らしてやる!!」


 メロースは現実が見えていない。未だ彼は復讐心に駆られ、帝国との戦いを続けようとしている。確かに彼の言う通り、後方のエステラン国南方防衛陣地まで後退し、残存戦力を集めて戦力の再編が叶えば、もう一度戦闘は可能になるだろう。

 だがそれは、メロースが兵の信頼を失っていなければの話である。

 兵士達に殿の命令を下し、自身は逃げるようにして後方へ走り去っていった。彼の後を追っていく兵士もいたが、大半の兵士はここに残り、唖然としていた。


「ちょっと王子!私も見捨てると言うの!?」


 精鋭であるザビーネすら、彼はこの場に残して行ってしまった。総指揮官の身勝手な逃亡は、軍の命令系統の頂点が消滅した事を意味する。この瞬間エステラン国軍は、何もかも崩壊してしまった。

 兵力で帝国を上回っていても、最早彼らは烏合の衆である。総指揮官を失った軍隊など、このまま瓦解していくだけだ。


「あの糞王子を逃がすんじゃね!ぼさっとしてねぇで追っかけろ!!」


 敵軍が大混乱した今のこの状況は、帝国にとって好機以外の何ものでもない。当然、クリスがこの好機を見逃すはずがなく、彼は満身創痍の体に鞭を打ち、傷の痛みを堪えて兵達に叫ぶ。

 突然の事態に混乱していた帝国軍兵士達は、クリスの言葉で我に返り、命令通りの行動を起こした。それぞれの武器を構え、雄叫びを上げてメロース追撃を開始した帝国軍。彼らの後にチャルコ騎士団も続き、眼前のエステラン国軍へ突撃していく。

 総指揮官の逃亡により、エステラン兵士達は大混乱に陥っていた。ある者は、命令に従い帝国軍の迎撃を始める。またある者は、完全に戦意を失い逃亡を図る。その場で武器を捨て、帝国軍に降伏する兵士もいる。少なくともこの戦場のエステラン兵士達は、完全に瓦解した。

 メロース追撃を始めた帝国軍を阻む戦力は、最早彼らを下回っている。道を阻むエステラン兵士達を蹴散らしていきながら、帝国軍とチャルコ騎士団は追撃を継続した。

 そして、メロースに見捨てられた、サーペント隊の生き残りであるザビーネは・・・・・・。


「もう、やってられないわ。あれのために戦って死ぬなんて馬鹿らしい。降参するわ」


 周囲を帝国軍兵士に取り囲まれた彼女は、その場に自分の得物である馬上鞭を捨て、両手を上げて降伏を示した。彼女もまた他の兵士達と同様に、すっかり戦意を失ってしまったのである。

 ザビーネの降伏によって、エステラン兵士達の逃亡や降伏は益々加速する。精鋭部隊最後の生き残りである彼女が降伏を示した以上、この戦いに意味は無いと悟ったのだ。

 エステラン国軍の精鋭部隊も消滅した。これでもう、帝国軍を脅かす者はいない。メロースを追撃し、彼を捕縛してしまえば、この戦いは終わる。


「奴は絶対捕まえろ!!糞っ・・・・・、このまま逃がして堪るかよ・・・・・・・!」

「クリスさん!その怪我じゃ追撃なんて無理です!後は皆さんに任せましょう」

「黙ってろアニッシュ!奴は・・・・・・俺が必ず・・・・・・!」


 重傷にも拘らず、クリスはメロース追撃に駆け出そうとしている。これ以上無茶はさせられないと、アニッシュが必死に彼を止めているものの、彼はその制止を全く聞かない。


「離せ馬鹿!こんな怪我・・・・大した事ねぇ・・・・・・!」

「離しません!!このまま無茶したら死んでしまいます!」

「それがどうした!?俺は奴を------」

「クリスさんが死んだらリックさんが悲しみます!!」

「・・・・・っ!!」


 アニッシュの必死の説得が、クリスの動きを止めた。口惜しさを隠さず、メロースが逃げていった方向を睨み続けたクリスだが、十を数える時が流れて、彼はようやく諦める。

 息を吐き、少し頭を冷やして冷静さを取り戻し、彼は自分を必死に止めたアニッシュへと向き直った。


「悪かったな・・・・・・」

「いえ・・・・・、わかったような口を聞いてすみません」


 アニッシュが放った言葉。死んだらリックが悲しむという言葉は、クリスを一瞬で止めた。自分が死ぬ事で、リックがどんな悲しみと苦痛を味わうか、容易に想像できたのである。

 これがレイナやゴリオンであったとしても、リックは仲間の死に絶望する。仲間の死を自分のせいだと思い込み、深い悲しみに暮れるだろう。

 死ぬ覚悟を持って戦い、運よく生き残ったのだから、ここで死ぬ事は許されない。アニッシュの言葉で、クリスは己の命の重みを思い出したのである。

 

「・・・・・今回ばっかりはお前に助けられた。礼を言うぜ」

「クリスさん・・・・・」

「だがな、無茶なのはお前も一緒だ。こんな戦場に出て来やがって」

「それは・・・・・、クリスさん達が心配で・・・・・」

「俺達を心配するんだったらな、もっと修行してからにしろ。今日のお前の戦い、言いたい事が山ほどあるぞ。今度徹底的に鍛え直してやるから覚悟しとけよ」


 確かにクリスは、アニッシュのお陰で九死に一生を得た。だが、それはそれ、これはこれである。

 未熟な実力でこの戦場に立ち、エステランの精鋭に戦いを挑んだアニッシュは、クリスがいなければ間違いなく戦死していた。クリスが怒るのも無理はない。

 それでも、アニッシュの成長は実感出来た。心も体も、そして技術も成長している。一年前の彼であったなら、クリスが必死に守ったとしても、あの三騎士に殺されていただろう。

 

「・・・・・・・俺もうかうかしてられねぇぜ」

「えっ?」

「何でもねぇよ、詮索するんじゃねぇ。淫乱ババアに鼻の下伸ばして立って不良姫殿下に言いつけるぞ」

「お願いです!どうかそれだけは黙っていて下さい!」


 アニッシュは必死だ。クリスが見た事もないほど動揺し、土下座して懇願しそうな勢いであった。そうとう彼女の事が恐ろしいらしい。


「ほっ、ほら、僕達は一度下がりましょう。早くその怪我を治療しないと」

「こんなもん唾でもつけときゃ・・・・・・・、ぐっ!」

「クリスさん!?」

「畜生・・・・・・、体が動かねぇ・・・・・・」

「誰か担架を!応急処置をしないと、クリスさんが・・・・!!」


 アニッシュの悲鳴を聞き付け、クリス配下の兵士達が二人のもとに大慌てで駆け付ける。その場に膝を付き、血を流して倒れたクリスの傷口を、アニッシュは自分の両手で必死に押さえた。これ以上出血すれば、クリスの命が危ない。彼を救うため、必死に止血を行なうアニッシュは、少しずつ意識を失っていくクリスへと、声をかけ続ける。


「クリスさん!死なないで下さい、クリスさん!!」


 血を失い過ぎたせいで、視界が霞んでいき、瞼が重くなっていく。徐々に意識を失っていくクリスだが、その表情は晴れやかだった。何故ならば彼は、勝利の美酒に酔っているからだ。


(ばーか・・・・・。そんなに喚かなくても聞こえてるっつうの・・・・・・・・)


 薄れゆく意識の中、クリスの耳にアニッシュの声が聞こえ続ける。

 クリスを助けるために、自らを危険に晒し傷付いた、まだ未熟な少年騎士。だがこの少年は、クリスが初めてであった頃よりも、ずっと強くなっていた。


(泣きそうな顔すんじゃねぇよ・・・・・。少しは強くなったみたいだが、まだまだ餓鬼だな・・・・)


 その後クリスは意識を失い、兵士達の手によって担架で運ばれ、帝国軍後方陣地へと帰還を果たす。

 彼が前線を退いた後も戦闘は続き、勝利に燃える帝国軍とチャルコ騎士団の追撃戦は、メロースを見つけるまで終わらなかった。

 こうして、帝国軍とエステラン国軍による左翼前線での激闘は、帝国軍の勝利に終わったのである。

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