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第二十三話 エステラン攻略戦  後編 Ⅳ

 帝国軍前線正面の戦いは、帝国軍側の優勢に傾いた。正面に展開していたエステラン国軍は、サーペント隊の敗北と、帝国軍の死を恐れぬ進軍によって、その士気を絶望的なまでに低下させている。最早、前線正面に展開するエステラン国軍部隊に、帝国軍の進軍を阻むだけの力は残っていなかった。

 そして、激戦が展開され続ける、エステラン南方前線の最高指揮官である第二王子メロースの立つ、帝国軍左翼前線では、この戦いの命運を左右すると言っても過言ではない、両軍の精鋭による決闘が行なわれていた。


「アニッシュ!奴らの動きに惑わされんじゃねぇぞ!!」

「はっ、はい!!」


 メロース配下の精鋭に対し、たった二人で戦いを挑んでいるのは、帝国軍最強の剣士クリスティアーノ・レッドフォードと、チャルコ騎士団の見習い騎士アニッシュ・ヘリオースである。

 二人は、メロースが放った精鋭と戦闘中である。メロースの光属性魔法の攻撃が二人を襲い、それを回避すると、今度は精鋭である黄金十字騎士が二人に斬りかかった。三人の黄金十字騎士の連携攻撃を躱し、自分達の獲物を構えて反撃に移ると、二人の攻撃は、特殊魔法使いザビーネの防御魔法陣に阻まれてしまう。

 二人の攻撃が失敗すると、息つく暇もなく黄金十字騎士の猛攻が二人を襲う。クリスはともかく、アニッシュは未だ見習いの騎士であり、実戦はこれが初めてだ。黄金十字騎士と呼ばれる三人の一糸乱れぬ連携攻撃に翻弄され、確実に追い詰められていく。


「馬鹿が!油断すんじゃねぇ!!」

「!!」


 黄金十字騎士の三人の内、二人がアニッシュへと斬りかかる。一人がアニッシュの正面から迫り、彼が斬撃を己のランスを盾にして防いで見せると、背後から迫ったもう一人が襲いかかった。正面の一人相手に気を取られ、背後から迫るもう一人への反応が遅れたアニッシュに、黄金十字騎士の剣技が振り下ろされる。

 このままではアニッシュの命はない。彼を守るため、クリスは自分が相手をしていた騎士に背を向け、アニッシュのもとへと駆け出す。騎士の剣がアニッシュの背中を突き刺そうとした、その瞬間、間一髪のところでクリスの剣が割って入る。自分の剣を盾にして、アニッシュを襲った騎士の剣を防いだクリスだったが、次の瞬間、彼の胸を別の騎士の剣が斬り裂いた。

 

「っ!!」

「クリスさん!!」


 アニッシュを守った代償として、先程まで自分が戦っていた騎士の斬撃を受けたクリスは、胸の傷口を左手で押さえ、如何にか膝を付かずに立っていた。

 流れ出る出血。これまでの戦闘で、彼は三騎士に何度も斬り刻まれている。体を襲う苦痛と、傷口からの出血によって、満身創痍であっても尚、未だ彼は倒れない。目前にある勝利をこの手に掴むため、彼は決して諦めはしないのだ。


「はあ・・・・はあ・・・・・・、俺の足引っ張るんじゃねぇ・・・・・」

「すみません・・・・・」

「いちいち謝るな。お前は自分の事だけ心配してりゃあいいんだよ・・・・・・」


 自分のせいでクリスが負傷した事実に、アニッシュは自分の未熟さに怒りを覚えた。これでは、どっちが助けに駆け付けたのかわからない。クリスを助けるはずが、逆に彼の足を引っ張り、彼を窮地に立たせてしまっている。このままでは、アニッシュが駆け付ける前と、状況は何一つ変わらない。

 チャルコ騎士団の参戦と、アニッシュの救援により、左翼前線の戦況は変化した。メロースが復讐を果たしたいと思っていた、見習い騎士アニッシュの参戦により、クリス対メロース達の決闘は、彼も交えての戦いとなったのである。

 メロースは今、完全に私情だけで動いている。自分が復讐したいと思っていた存在が、この場でもう一人現れてくれたのである。決闘を優位に進めている彼からすれば、これは好機以外の何ものでもない。

 アニッシュが現れ、クリスを助けるべくランスを構えたあの瞬間、メロースは兵士達に命令を下した。「手を出すな」と。この時、クリスも彼と同じ命令を兵士達に下した。

 自分の手で復讐を果たす。そう決めていたメロースは、クリスとアニッシュを自らの手で倒すため、三騎士とザビーネ以外の手出しを許さなかったのだ。

 そしてクリスは、またしてもこの状況を利用した。私情に囚われたメロースは、自分の手で復讐を果たす事が出来なければ納得できないのだ。だからこそメロースは、他の兵士達を使い、人海戦術をもってクリス達を押し潰す事を良しとしなかった。クリスはそれを利用し、左翼前線で時間を稼ぎつつ、左翼前線帝国軍部隊の敗走を阻止しているのだ。

 チャルコ騎士団が合流したと言っても、帝国軍の戦力不足は変わらない。エステラン国軍が数で押し寄せれば、部隊の壊滅は必至である。全てはクリスの思惑通りにいっているが、このままでは二人は敗北し、メロースの総攻撃が始まってしまう。


(ちっ・・・・、こいつが怪我でもしたら、あの不良姫殿下が黙っちゃいねぇぜ。どうせこいつ、不良姫殿下に黙ってここに来てんだろ)


 アニッシュの身を案じ、やはり彼をここから逃がすべきだとクリスは考える。

 だがクリスは、メロースへと己のランスを構え、その眼から戦意を失わないアニッシュの姿を見て、その考えを捨てた。

 彼もまた戦っている。己が倒すべき自国の敵と、そして自分自身の弱さとも、必死に戦っているのだ。初めての戦場、初めての実戦、初めての殺し合い。緊張と恐怖が彼を襲い、彼の心はここから逃げろと訴え続ける。

 それでもアニッシュは、この場から一歩も退かない。相手が放つ殺意の恐ろしさによって、彼の手足は震えているが、彼の眼は、戦意の炎を燃やし続けている。


「おいアニッシュ、この程度でびびってんじゃねぇ」

「!?」

「相手はあの糞王子なんだぞ?はっきり言って奴は雑魚だ。面倒なのはあの金ぴかと淫乱ババアだけだぞ。びびる事はねぇ」


 口は悪いが、これでもアニッシュに気を遣っているのだ。クリスの言葉で、アニッシュの体の震えが止まった。尊敬する彼のその言葉は、アニッシュが抱いていた緊張と恐怖を和らげる。

 

「びびったままだと全力出せねぇぞ。お前の目の前にいるのは、あの不良姫殿下と結婚かまそうとした下衆野郎だ。ここで全力出さなくていつ出すんだよ」

「クリスさん・・・・・・」

「気合入れろ。力は全部出し切れ。お前のランスは何を為すためにあるのか、それを思い出せ」


 クリスの言葉が胸に突き刺さったアニッシュは、自分の得物であるランスを見つめる。銀色に輝くチャルコ騎士団伝統のランスが、アニッシュの顔を映し出していた。

 彼が扱うこのランスは、チャルコ騎士団で正式採用されている、チャルコ国では一般的なランスである。以前の彼は、自分の祖父が扱っていた旧式のランスを使い、そのランスを騎士の証としていた。しかし彼のランスは一年前、チャルコ国を騒がせた通称「アリミーロ事件」時、怪人アリミーロの手によって砕かれてしまったのである。

 この事件の後彼は、修復不可能となった己のランスを手放さなくてはならなくなり、チャルコ騎士団標準のランスを新しい武器とした。このランスで鍛錬を行ない、今日まで技を磨いてきたのである。

 変わってしまった騎士の証。アニッシュが証としていた祖父のランスは失われたが、それでも、彼の為すべき事は変わってはいない。そのランスを武器として、自分達の国を守るため戦い、大切な者達を守る。彼の脳裏に、守り抜きたい大切な者達の姿が映し出された。


「僕は・・・・・、シルフィを守りたい。僕のランスは、シルフィを守るための騎士の証です!」

「言うじゃねぇか。なら、さっさと奴らを片付けて糞王子をぶっ飛ばすぞ」

「はい!!」


 アニッシュは誓った。自分が愛する少女、チャルコ国の姫君シルフィ・スレイドルフの騎士となると、あの日誓ったのだ。

 祖父のランスでなかろうと、相手が自分よりも強い存在であろうとも、関係ない。アニッシュの目の前にいる敵は、自分にとって大切な存在である者達を脅かす、許されざる者達である。ならば、シルフィの騎士として戦う彼の為すべき事は、既に決まっているのだ。

 己の弱さを知り、今自分の持てる力の全てを振り絞って、守るべき者達の為に戦う。それが、今のアニッシュが為すべき事だ。

 

「調子に乗るな!ここでいくら足掻こうとも、貴様達は終わる運命にある!!」

「まあまあ王子、落ち着いて下さいな。どうせこの二人には勝算なんてないんですから、挑発に乗っては駄目ですよ。それより王子、あの騎士見習いっぽいショタっ子は私に虐めさせて下さいな」


 この絶望的状況下で、未だに戦意を失わないクリスとアニッシュを見て、メロースの苛立ちは増すばかりであった。そんな彼の怒りを宥めるザビーネは、その眼に戦意の炎を燃やし続けるアニッシュへと視線を移す。獲物を狙う女豹の視線と例えるべきなのか、彼女の視線は明らかにアニッシュの事を狙っていた。


「うふふふ、戦場にこんな可愛い坊やが現れるなんて、今日は本当についてるわ。今からお姉さんが、あなたの事をたっぷりと可愛がってあげるわよ」

「!!」

「恥ずかしがる事なんてないのよ。私があなたをいっぱい気持ちよくして、あ・げ・る♥」


 ザビーネの狙いはアニッシュである。彼女は自分専用の、新しい玩具を見つけたのだ。

 

「おいアニッシュ、顔赤くしてんじゃねぇよ。不良姫殿下に言いつけるぞ」

「くっ、クリスさん!それだけは・・・・・・」

「ババアの言葉に惑わされんじゃねぇ。それともお前、あんなババアが好みなのか?」

「そっ、そんな事・・・・・・」

「ちょっと!私はまだ三十二よ!ババアじゃないわ!!」

「うるせぇババア!!三十超えてんじゃねぇかよ!」

「女って言うのはね、三十超えたからってババアなるわけじゃないのよ!ほんと、最近の男って失礼なのばっかりだわ!!」


 クリスの挑発がザビーネの怒りを爆発させ、彼女の怒りの視線がクリスへと向けられる。しかし彼女は、すぐにアニッシュへと視線を戻し、胸元で腕を組みながら妖艶な笑みを浮かべた。大人の余裕と呼ぶべきなのか、彼女はメロースの様に単純ではない。

 ザビーネはアニッシュを狙っている。アニッシュの身に危険が迫っているのだ。だが、そこに活路はあると、クリスの直感が自身へと訴える。


「アニッシュ、お前は淫乱ババアをやれ。俺はあの金ぴか共をやる」

「そんな!一人であの三人と戦うなんて無茶です!僕も一緒に-------」

「ふざけんな!俺があんな連中に負けると思ってんのか?冗談じゃねぇぞ!」


 クリスはザビーネの相手をアニッシュに任せ、自らは黄金十字騎士との決着を付けると決めた。アニッシュを狙うザビーネが見せた油断が、この戦いの活路を開くと信じて・・・・・・。

 

「俺を誰だと思っていやがる!俺はローミリア最強の剣士になる男だぞ!!こんなところであんな奴らに負けはしねぇ!!」


 体中に傷を作り、血を流し続け、足元に血溜まりが出来ても尚、クリスは叫ぶ。

 一度は勝利を諦めた。せめて、自分の命と引き換えに、メロースを討ち取る事が出来ればと、そう考えていた。

 今は違う。自分を助けに現れたアニッシュに応えるためにも、こんなところで負けられない。


「いいな、淫乱ババアが俺の邪魔できない様に抑えてろ。それじゃあいくぜ!!」

「はっ、はい!!」

 

 己の剣を構え、金色の鎧を纏う三騎士へと駆け出したクリス。駆け出した彼に続き、アニッシュもまたザビーネのもとへと駆け出していった。

 体力的にも限界なクリスにとって、これは最後の攻撃である。帝国が勝利するために・・・・・、そして、彼自身が己の弱さに打ち勝つための、決戦だ。


「死にぞこない共め!我が黄金十字騎士よ、あの男を完膚なきまでに叩き伏せろ!ザビーネ、その餓鬼も殺すな!二人とも生かしたままにしておけ」

「生かさず殺さずと言うわけですね。仰せのままに」


 メロースも決着を付けるべく、配下の精鋭達に号令を下す。

 黄金十字騎士は剣を構え、クリスを迎え撃つべく駆け出した。ザビーネはメロースと共に、アニッシュを迎え撃つ。

 

「はああああああああああああっ!!」


 先に斬りかかったのはクリスであった。三騎士の一人に斬撃の横一閃を放ち、相手を斬り伏せようとするものの、彼の斬撃は三騎士の剣によって阻まれ、攻撃は失敗に終わる。残り二人の騎士はクリスの左右に展開し、やはり息の合った動きで、ほぼ同時に彼に襲いかかった。

 左右から襲い掛かる二本の剣。右からの斬撃は己の剣で防ぎ、左からの斬撃は体を逸らし、ぎりぎりで躱して見せたクリスは、自分の正面にいる騎士に再度斬りかかる。

 左右から襲い掛かり続ける二人の騎士の攻撃を、彼は何とか躱し続け、目の前にいる騎士への攻撃に集中する。同時に三人を相手にしながら、クリスは三騎士の一人へと攻撃を集中しているのだ。

 残り二人の斬撃は躱し続け、たった一人へ攻撃を集中させる。クリスの猛攻を受け続けている正面の騎士は、どうにか彼の斬撃を防ぎ続けているが、真っ向からの斬り合いでは押し負けてしまっていた。

 黄金十字騎士と呼ばれる彼ら三人は、息の合った連携攻撃によって相手を追い詰め、確実に獲物を仕留めていく戦術を得意としている。彼らの絶大な強さは、一糸乱れぬ連携攻撃にあり、単体での戦闘力は並の兵以上ではあるものの、クリスには劣る。

 そんな黄金十字騎士と、ここまで戦闘を繰り広げたクリスが、その事を理解していないはずがない。だからこそ彼は、目の前に一人に対して剣技を集中させているのだ。

 そして、彼がこの三騎士相手に集中できるのは、アニッシュがザビーネを引き付けているお陰である。


「うおおおおおおおおおっ!!」

「威勢だけは人一倍ね、坊や!」


 ザビーネに対して猛然と突撃したアニッシュは、自身のランスを正面に構えつつ、彼女を刺し貫くべく雄叫びを上げて向かっていく。だが、彼のランスによる必殺の突きは、ザビーネが自身の正面に展開した防御魔法陣によって、その勢いを殺されてしまう。

 ランスの切っ先は魔法陣によって受け止められ、ザビーネに傷一つ負わせられなかった。しかしアニッシュは、ランスによる攻撃を放ち続ける。彼女が展開した防御魔法陣へ、ランスによる重い乱れ突きを放ち続けた。

 だが、アニッシュの放った全ての攻撃は、ザビーネの防御魔法陣に防がれてしまう。アニッシュの猛攻を容易く防がれ、今度はザビーネ達の反撃が彼を襲う。ザビーネの後ろに立つメロースが、自慢の光属性魔法の球体を出現させ、アニッシュへと放ったのである。

 空中を浮遊し、メロースの声で弾かれたように飛び出した球体は、まるで星の様に光り輝きながら、矢のような速度でアニッシュへと迫る。綺麗に光り輝いているが、これは凶器と変わらない。光属性魔法の攻撃を躱すため、左右に動きまわり、球体をどうにか躱し切ったアニッシュは、再びザビーネへと突撃する。

 アニッシュが果敢に彼女へと挑むのは、彼女の注意をこちら引き付け続けるためである。彼の活躍によって、ザビーネは三騎士への支援が出来ず、クリスは三騎士との戦いに集中する事が出来るのだ。


「あなたみたいな女性が、どうして戦場に!」

「面白い事聞くわね~。ここにいるのは、王子に命令されたからって言うのもあるけれど、新しい玩具か奴隷を探すためなのよ」

「!?」

「私が気に入った男達を、時に玩具に、時に奴隷にして楽しむのが私の趣味なの。戦場は偶にいい男が見つかるから、こうやって態々足を運ぶわけ。そう、坊やみたいな可愛い男の子がね!」


 ザビーネは防御魔法陣を展開し、アニッシュのランスの一撃を受け止める。すると彼女は、腰に差していた自分の得物を抜いた。彼女の得物は、乗馬時馬に鞭打つために使われる、乗馬鞭と呼ばれるものである。柄から細く伸びた棒状の部分の先に、皮製のチップが付いており、これで馬の尻を叩くのだ。

 しかし、彼女がこの鞭で叩くのは馬の尻ではなく、自分が気に入った男達である。得物である乗馬鞭を振りかざし、アニッシュ目掛けて振り下ろすザビーネ。彼女が振り下ろした鞭は、アニッシュの胸を打ち付けた。


「くっ!!」

「ああん、それよそれ!可愛い坊やが鞭の痛みで苦しむ様は堪らないわ!!こういう楽しみがあるからやめられないのよね、戦場に出るのって!」


 ザビーネの表情は愉悦に浸っていた。鞭のせいで苦痛に呻く彼を見て、彼女は喜びと興奮を感じているのだ。

 乗馬鞭はアニッシュの服を裂き、彼の胸を切り裂いた。それほど深い傷ではないが、彼にとって初めて受けた鞭の痛みは、一瞬呼吸が止まる程のものであった。

 

(こんな人が戦場にいるなんて・・・・・・・)


 己の欲求を満たすためだけに戦場に出る、異常な存在。初めて戦場を経験するアニッシュには、彼女は異常者以外の何者にも見えなかった。彼女が恐ろしいとも思った。

 それでも、彼は一歩も退けない。相手が異常な存在であろうと、どんなに恐ろしい存在であろうとも、ランスを構え続ける。


(僕が二人の注意を引き付けておけば、クリスさんは絶対に負けない!クリスさんがあの騎士達に勝つまで、ここで踏ん張るんだ!)


 アニッシュの必死な覚悟に応えるかのように、クリスと黄金十字騎士達の戦いは激しさを増していく。

 三騎士の一人に対し、先程からずっと突きや斬撃を放ち続け、徐々に相手を追い詰めていくクリスだが、残り二人の騎士の攻撃も苛烈さを増していく。クリスは三騎士の一人に反撃を許さない、苛烈を極める攻撃を続けているが、それは、二人の騎士の猛攻を躱しながらという、危険な芸当を行ないながらである。

 左右から襲い掛かる二人の騎士の斬撃を、ぎりぎりのところで躱し続けるクリスだが、相手は並の兵士の実力を上回る精鋭だ。疲労と負傷によって、流石のクリスも攻撃を全て躱し続ける事は出来ず、騎士の剣が彼の体を斬り刻んでいく。

 体中、焼けるような痛みがクリスを襲い、度重なる出血によって一瞬意識が朦朧となる。だがクリスは、決して剣を手放さず、眼前の敵相手に己の剣術を放ち続けた。体を斬り刻まれても、意識を失いそうになっても、勝利のために己の力を振り絞って戦っている。


「おらああああああああっ!!」


 雄叫びと共に神速の乱れ突きが放たれ、クリスの眼前に立つ三騎士の一人が、己の剣で彼の突きをどうにか弾いていく。剣で突きをいなしていったが、目にも止まらぬ速さで放たれるクリスの突きを、この騎士が全て躱し切る事は不可能であった。クリスの乱れ突きは、相手の黄金の鎧を少しずつ斬り刻み、とうとう彼の放った一撃が、眼前の相手の胸を刺し貫いた。

 相手に動きを読まれないための乱れ突きであったため、クリスの一撃は相手の右胸を刺し貫いただけであり、急所を突いてはいない。しかしこの一撃は、エステラン国の精鋭黄金十字騎士に対して、彼が初めて反撃を成功させた瞬間である。戦いの流れは、クリスへと傾いた瞬間でもあるのだ。

 相手の右胸を刺し貫いた己の剣を引き抜き、確実に仕留めるべく、今度は相手の心臓を刺し貫こうと剣を構えたが・・・・・・・。


「!!」


 確かにクリスは、目の前の騎士の右胸を刺し貫いた。だが、クリスの一撃を受けたにもかかわらず、目の前の騎士は横一閃の斬撃を放ち、彼を斬り裂こうとしたのである。どうにか反応でき、紙一重のところで体を後ろを引っ込めて、騎士の斬撃を躱して見せたクリスだが、彼は驚愕の表情を見せる。

 痛みなど感じていないのか、先程までと動きは変わらず、放つ斬撃の速度すら衰えない。しかもこの騎士は、切っ先で貫かれた時、苦痛に呻く事すらなかったのである。


(最初から感じてたが、雰囲気といい動きといい、こいつら・・・・・なんかおかしいぞ)


 戦いの中で感じた違和感。クリスが三騎士に対して気付いた事は、感情のなさであった。

 この三騎士は、クリスと遭遇してから今まで、一度も声を発してはいない。戦場では無駄口を叩かないと言うだけなのかも知れないが、彼らはメロースから命令を受けた時にすら、返事も発していないのだ。

 それだけでなく、クリスと激しい戦闘を繰り広げているにもかかわらず、この三騎士は呼吸一つ乱した様子はなく、疲労感を全く見せない。

 まるで、人形か何かと戦っているようだと、クリスはそう感じた。感情を失った殺人人形か何かだと、そう思わずにはいられなかったのである。


「いい加減てめぇらの相手は飽きたんだよ!」


 一度身体を貫いた程度では、眼前の相手は全く怯まない。ならば、動かなくなるまで貫けばいい。

 

「その無駄に眩しい鎧をずたずたにしてやる!光龍連撃破っ!!」


 相手が何者であろうと、彼には関係ない。眼前にいる相手は敵。その事実だけで十分だった。

 どんな鎧でも貫く彼の剣は、決して折れない至高の一振り。その剣を使って放たれる彼の剣術は、磨き上げられた芸術である。大陸最強を目指す彼の剣術の名は、「光龍」。荒ぶる龍の如き彼の剣術が、黄金十字騎士へ牙を剥く。

 先程までの乱れ突きとは違う、クリスの放つ剣術は、三騎士の左胸目掛けて放たれる、目にも止まらぬ速さの連続突きであった。一撃、二撃と、狙い通りの箇所に寸分違わず放たれ続けるその攻撃を、眼前の三騎士はどうにか剣で防いで見せるが、連続突きでありながら全ての一撃が重いため、彼の力では受け止め切れない。

 十三回目の突きにして、眼前の騎士の剣はクリスの剣術に耐え切れず、とうとう砕け散ってしまった。その拍子に、眼前の騎士は完全に態勢を崩し、大きな隙を生み出してしまったのである。当然の事ながら、クリスはこの隙を見逃さない。

 

「取ったああああああああああっ!!!」


 彼の目の前にいるのは、大きな隙を見せた格好の標的である。確実に仕留めるべく、神速の突きが騎士目掛けて放たれた。

 だが、それを許す程、黄金十字騎士達は甘くない。クリスの左右に立つ二人の騎士は、仕留められる寸前の味方を救うべく、自分達もま目にも止まらぬ剣突きを放ったのである。彼が討ち取る前に、自分達が彼を討ち取るつもりなのだ。

 左右からの剣突きがクリスを討つのが先か、それとも、クリスが三騎士の一人を討ち取るのが先か。

 決着は、一瞬で付いた。


「クリスさん!!」


 ザビーネとの戦いの最中、アニッシュは彼の名を叫んだ。

 クリスの事が心配となり、ほんの一瞬だけ彼の方を向いた時には、彼らの決着は付いていた。クリスと黄金十字騎士による死闘。アニッシュが見た、この戦いの決着は・・・・・・。

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