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第二話 狂犬の戦士たち Ⅴ

 旅の疲れがでたのか、夜も遅くなった途端に、眠りについてしまったレイナとクリス。当然レイナはベットで、クリスは床である。完全に熟睡しており、顔に出していなかったが、相当疲れが溜まっていたのだろう。あまりにも無防備で眠りについている二人。

 一人の時と違い、複数の人間がいることに、安心を感じているためだろう。それはつまり、二人が仲間ではないにしろ、ここに居る者を信頼していることの表れなのだ。

 旅と散策で疲れが溜まっていたリリカもベッドに入り、旅の残り資金を確認するなどのことを済ませた宗一もまた、明日に備えて眠りにつこうとした。

 しかし二時間後・・・・・・・。


「眠れない・・・・・・・」


 明日からの予定や旅の計画など、不安故に様々なことを考えてしまい、まったく眠りにつくことができない。遠足前の小学生が興奮で眠れないことと、ある意味同じと言える。

 帝国を出発して何日も経った。今日までこの世界で生き残っているが、ユリーシアのために始めた、この旅の目的を果たせる日は来るのだろうか。目的達成のためには、隣で寝ている二人の力が必要だ。わかっていても、どうすれば二人を手に入れられるのかと、そう考えている内に、目が冴えてしまって眠りにつけないでいる。


「眠れないのかい?」


 声の主はリリカであった。宗一が床から体を起こしてベットを見ると、眠りについていたはずのリリカが、彼を見つめている。


「色々不安でさ。お金のこととか・・・・・」

「食べ歩きに使ったからね。まったく、レイナとクリスには困ったものだよ」

「まてまて、一番の原因はお前だろ。私は関係ありませんみたいなこと言うなよ」


 何故か一緒に旅をすることになり、何故か色々なものを奢らされている。常に妖艶で、常に余裕がある年上の女性。不安だった一人旅も、彼女がいたから、ここまで楽しくやってこれたと思う。

 まだ一か月も経っていないにも関わらず、このように思うのは、今までの人生で経験したことのない、ファンタジー世界での旅をしているからか。それとも彼女に、特別な感情を抱いているからなのか。ユリーシアやメシアに抱いた感情を、彼女にも感じているようだ。

 だが、一体何故なのか?単に宗一自身が、年上好きの性癖があるということなのか。もしそうであったとしても、それだけのせいでないと思う。あの出会いは偶然ではなかったという直感が、宗一にそう思わせているのだ。

 何度もはぐらかされている、彼女の正体がわかれば、この直感の答えがわかるかも知れない。しかし、無理に聞き出すつもりはない。彼女が答えたくないのなら、それでいいと考えている。

 勿論気にはなるが、彼女を困らせたくはないし、嫌われることも御免なのだ。


「まあ、私も少しは原因になっているかも知れないね」

「もっと自覚してくれ。・・・・・・明日のためにもう寝ろよ」

「眠れないのだろ宗一?こっちに来るといい」


 そう言うと彼女は、自分のベッドへと宗一を誘う。驚いた宗一が立ち上がった瞬間、リリカは彼の手を掴んで、自身へと引き寄せた。突然の力によって、ベッドへと倒れ込む宗一の眼前に、笑みを浮かべているリリカの表情が映る。

 白く綺麗な彼女の素肌と、流れる金色の髪。それが今、彼女の吐息を感じることができるほど近くに映っている。

 自然と彼の心臓の鼓動は速くなり、興奮によって顔が朱に染まっていく。彼女の容姿も言葉も魔性の毒だ。一度知ってしまうと侵され続ける、美しく優しい毒。


「もっと寄ってくるといい」

「そっ、そうしたいけど・・・・・・。おいおい!?腕をまわしてくるな」

「恥ずかしがらなくていい。・・・・・・おやすみ、宗一郎」


 驚き恥ずかしがる宗一を、胸元へと抱きしめ眠りにつくリリカ。彼女の心臓の鼓動が聞こえ、呼吸を感じることができる。傍にリリカと言う存在を、これ以上ない程に感じ、緊張が極限まで高まる。

 しかし、不思議なことに安心する。当然嫌というわけではないが、急にこんな展開となって安心するということが、理解できない。今の気分は、まるで求めていたものを手に入れた様な感覚で、自分でもよくわからないが、安心を感じている。

 いや、本当はわかっているのかも知れない。


「おやすみ・・・・・・・リリカ」


 安心感と彼女の温もりに包まれながら、ゆっくりと眠りについていく。

 宗一がようやく眠りについた後、未だ眠りについてなどいなかったリリカが、目を開ける。

 胸元に抱きしめた宗一が、ようやく眠りについたことを確認し、優しく頭を撫でていく。愛おしいものを大切にするように、彼の頭を撫で続ける。だがその表情は、何かを憂う苦しく悲しいものだった。


「ごめんなさい・・・・・・・」


 やがて彼女も眠りにつき、静寂が訪れる。

 彼女が囁いた言葉もその意味も、彼が知ることはない。







 翌朝。

 武術家故なのか、早起きのレイナとクリス。ほぼ同時に起きた二人が見たものは、ベッドで宗一がリリカに抱きしめられ眠っている、男ならば必ず羨ましがる光景であった。

 現状が理解できず混乱しているレイナと、羨ましさと悔しさに、もの凄い表情で宗一を睨むクリス。

 そんな二人のせいで目が覚めた宗一が、一度起きて改めて現状を理解し、恥ずかしさで顔を真っ赤にする。その後宗一は、抱きしめられたまま二度寝を行なおうとしたが、二人に無理やり引き剥がされて、完全に起こされた。

 最後にリリカも目を覚まし、今日という日が始まる。






 宿を後にした一行が向かった先は、集会所と呼ばれるところであった。

 集会所には様々な人間が集まり、時には、報酬金の出される仕事が提示される場所である。基本的には情報交換や、所謂クエストと呼ばれる仕事を受注する場で、旅人などには嬉しい存在なのだ。

 旅の資金がないレイナとクリスに、宿代などで予想外の金を使ってしまった宗一は、情報集めと資金稼ぎのためにと、集会所を目指し、向かう途中、市場で購入した果物を朝食として齧りながら、一行は目的地へ到着した。

 集会所には朝にも関わらず、多くの人間たちが集まっていた。様々な会話が聞こえてくる中、宗一は仕事を求めて、掲示板へと歩みを進める。


「掲示板ってこれか?」


 宗一の目指した先には、大きな掲示板が立っていた。その掲示板には何十枚もの紙が張り付けてあり、それぞれに仕事と内容が書かれている。まだ文字を読むことができない宗一は、真面目で律儀なレイナに頼んで、文字を読んで貰った。

 同じように文字を読めないリリカもまた、彼女の命令には従うクリスを使い、仕事の内容を確認していた。

 文字を読めないということも、彼女の謎の一つだ。ローミリア大陸の言葉と文字は、大陸共通の言語だと教わった。ならばリリカが文字を読めないというのは、やはりおかしな話だ。


「これなんか良さそうだよ、リック」

「見せてください。・・・・野盗討伐ですね。街はずれの山に潜伏している野盗の集団の討伐で、依頼主は商人。報酬は二十万ベルだそうですリック様」

「二十万ベルだと安すぎるんじゃないか?」

「考えが甘いよ。野盗を討伐して二十万ベル。野盗の持ってる金品を強奪してさらに儲ければ一石二鳥さ」

「俺より下衆だぞリリカ。だが、悪くないな」


 四人で協力して一つの仕事に取り組むと、前もって決めていた。当然ながら報酬は四等分である。

 これからの旅の資金がないクリスは、この提案に賛成したが、恩返しをしたいと言うレイナは、自分の分の報酬をクリス以外で分けていいと言った。そう言うだろうと思っていた宗一は勿論反対し、半ば強引に四等分にすることとなった。

 恩返しができないことに、残念な表情を浮かべたレイナに対して、仕事の働きをもって返してくれればいいと、そう説得した宗一が納得させたのだ。納得したレイナは、恩返しができると張り切った表情を見せ、それがまた真面目で愛らしい。こんな少女に報酬金を払わないわけにはいかない。何より、それでまた倒れられても困るのだ。

 仕事で一通り稼いだら、この四人は解散することになる。

 リリカは引き続き宗一と共に旅をするが、剣の腕を磨きたいと言うクリスは、また旅を続ける。恩を返した後に、武者修行の旅を続けると言ったレイナもまた、旅に出る。宿を後にする前に、そう話し合ったのだ。


「じゃあやるのか?俺は戦えるなら何でもいいぜ」

「私は戦うことしかできません。野盗討伐なら私向きです」

「だ、そうだよ。やろうかリック」

「ああ。野盗には悪いが、俺たちの金になって貰おう」

「ふふ、悪いなどと微塵も思っていないだろうに」


 掲示板から仕事の紙を取り、受注のために受付へと持っていく。

 何事もなく受注は完了し、一行は金を求めて、野盗討伐へと向かって行った。






「だーかーらー、俺のおかげだって言ってんだろ!」

「なにを言っている!貴様は一人で先走り、無駄に場をかきまわしただけではないか!」


 街はずれの山へと向かった一行は、思っていた以上にあっさりと、野盗集団を見つけることができた。

 物陰から集団の規模を確認すると、数は三十人ほどであり、武装や防具もばらばらな無法者の集団。リーダー格の人間も確認することができた。そこまではよかったのだが。

 「三十人ぐらい俺一人で十分だぜ!」と言ったクリスが、一人で野盗へと向かっていったのだ。三十人程度なら、レイナとクリスがいれば、何も問題ないと考えていた宗一であったが、流石に作戦もなしでは、何が起こるかわからない。

 しかしクリスの性格を考えれば、こうなるだろうとわかっていたので、その場合は先走った剣士を特攻隊長にして、混乱する野盗を各個撃破する予定ではあった。

 各個撃破の予定通り、宗一も野盗集団に向かって行こうとした瞬間、「ここは私にお任せを。お二人の手を煩わせはしません」と言い放ったレイナが、十文字槍を構え突撃し、二人の武術家が野盗を蹴散らし始める中、残りの二人はその武勇を見学するだけとなった。

 結果、戦闘は数分で片が付き、残る作業は、野盗のアジトを探しだして、金品を強奪するのみだった。野盗たちはこれから、何処かへと向かうつもりだったらしく、移動していたために、野盗たちのアジトの所在は不明だったが、一人だけでも生かしておけば、道案内をさせることができる。そのはずだったのだが・・・・。


「俺がいたおかげで簡単に片が付いたんだよ。槍を振り回すだけのお前は、邪魔でしかなかったぜ」

「なんだと!邪魔なのは貴様だぞ!」


 なんと、野盗全員を残らず討ち取ってしまった二人。当然これでは、アジトを探すことは困難となる。

 「全員殺したら意味ないだろ!!」と慌てた宗一の言葉を聞き、取り返しのつかないことをした事実に気付いた二人だったが、このせいでまたも、二人の争いが勃発したのだ。

 最初は、何故一人だけでも生かしておかなかったのだという、お互いの糾弾から始まり、どこから脱線したのか、今は戦闘時のお互いの武について口論している。

 勿論二人は、野盗を一人だけでも生かさなければいけないことを、理解していなかったわけではない。そこまで無知で愚かな人間ではないのだ。

 約一名、のぞきを正面から行おうとした愚か者はいるが・・・・・。

 しかし、そんな二人が過ちを犯してしまったのは、お互いに対しての対抗意識という、単純な理由だ。戦闘で二人が揃うと、「こいつには負けたくない!」という気持ちをお互いが抱き、そのために冷静さを失ってしまう。

 一人でも多くの敵を討ち取り、己の武を証明しようとするあたりは、武人らしいと言えるかも知れない。

 だからこそ今、二人の言い争いは、戦闘時にどちらがより貢献できたかという内容だ。宗一とリリカの二人からすれば、武術家二人のおかげで、自分たちは何もせず終わったため、どちらが貢献できたかなど関係ないことだった。

 だが、二人はそれで納得しないのだ。


「やれやれだ・・・・・」

「困ったものだよ。二人には今からアジトを探して貰わなければならないのに」

「やっぱりお前はなにもしないんだな。さぼる気満々なんだな」


 自分は働かずに、報酬だけを受け取ろうとしているリリカはともかく、何処にあるかもわからない、野盗のアジトを探さなければならない現状、レイナとクリスがこんな調子では、先が思いやられる。

 街で初めて出会った時と同じように、再び衝突を起こそうとしている少女と青年。剣士と槍士は相性が悪いとでも言うのだろうか。恐らくこの二人が特別なだけだろう。


「やっぱり決着をつける必要がありそうだな。この脳筋中途半端女!」

「言いたいことはそれだけか!破廉恥のぞき男!」

「では、こういうのはどうかな?」


 突然、二人の言い争いに口をはさんだリリカ。妖艶な笑み浮かべる彼女には、考えがある。


「お互い、気に入らないのなら決着をつければいい。決闘だよ」

「「決闘!?」」

「そう、決闘だよ。戦いで勝敗をつけ、負けた方が勝った方に服従するというのはどうだい?」

「上等だぜ!」

「私も異論はありません!」


 目をぎらつかせて、戦闘態勢に入る二人。その光景を見ながら、楽しそうに笑みを浮かべるリリカ。そして、戦いが始まろうとしている現状に驚く宗一。

 宗一にはわかっている。たった今、リリカは自分の思惑のために、二人を誘導したことを。

 決闘に相応しい場所を探しに、移動する一行。二人の実力は恐らく同等のものであり、勝敗がつくとはとても思えない。それをわかっているはずのリリカが出した、この提案。

 楽しんでいるのか、それとも、二人の喧嘩が面倒になったのか。

 必ず彼女には、何か思惑があるはずなのだ。


(もしかすると・・・・・・。いや、そんな都合良くはないよな)






 二人が決闘の場に選んだのは、少し歩いた先にあった、草原の様な広々とした場所である。

 そんな場所で、今まさに十文字槍使いの少女と剣術家の青年が、決闘を行おうとしていた。

 どちらがより強い者かを、この場で決める為に。


「やるか?」

「いいだろう。いざ、勝負だ!!」


 ほぼ同時だった。同時に二人は動きだし、同時の速さでお互いの距離を詰める。

 槍を突出し、突撃するレイナ。剣を突出し、それに応えるクリス。互いの槍と剣がぶつかり合い、戦いの火蓋は切って落とされた。

 初手から激しく衝突する二人を、少し離れたところから観戦している宗一とリリカ。いつの間に購入したのか、紙袋に詰められた菓子を食べながら、スポーツ観戦でもするように、決闘を見ているリリカと、相変わらずの実力に関心する宗一。

 この戦いには一つだけルールがある。それは魔法の使用の禁止だ。

 魔法を使いだしては、周りにも被害がでるという、宗一の考えによるものだった。レイナが火属性魔法で山火事など起こしては、たまったものではない。

 しかし魔法などなくとも、周りに大勢の人間が居れば、被害がでてもおかしくはない程に、激しい戦いを繰り広げている二人。互いに攻撃を繰り出し、繰り出された攻撃を、時にすんでのところで躱す二人だが、見ている宗一からすれば、いつどちらかが死んでも、おかしくないように見える。

 槍の三連撃を繰り出したレイナの攻撃を、剣で受け流すクリス。お返しとばかりに、剣の三連撃を繰り出すクリス。彼がやってみせたように、レイナもまた槍で受け流す。今度は彼女が五連撃を繰り出し、彼もまた五連撃を繰り出す。

 驚くべきはその連撃の速さだ。二人の武には共通点がある。それは正確で綺麗かつ、速さを兼ね備えた攻撃をするということだ。互いの突きは、ぶれることのない鋭いもので、例えるならそれは、放たれた銃弾が風や重力の影響を全く受けず、真っ直ぐ目標に向かって行くようものである。そして銃弾のように、目にも止まらない速さを持っている。

 常に、洗練された攻撃を繰り出しているのだから、体力も精神力も激しく消耗しているはずだ。だが、二人の精度が落ちることはなく、寧ろ精度は上がっているように見える。

 恐らくお互いは、初めて出会った、越えなければならない強者なのだ。己の武を高める存在だと無意識の内に理解し、故に戦わずにはいられない。

 まるで、自分自身と戦っているような気分であろう二人は、目の前の、言うなれば鏡を討ち果たそうと、己の武を研ぎ澄ませていく。目の前の鏡を越えた時、決闘の勝者は高みに昇ることができるのだ。二人は勝者となるために、攻撃の精度を衰えさせることはできない。

 戦いの中で、確実に二人の実力は上がっている。


「そろそろ教えてくれ」

「なんのことかな?それよりこのお菓子、中々に美味だよ」

「・・・・・一つくれないか?」


 リリカから菓子を一つ受け取り、食べてみる。甘い焼き菓子で、確かに味は良い。


「さて宗一くん、ここで問題だ」

「んっ?」

「目の前に有能な闘犬が二頭います。闘犬はどちらが上かを競い争っていますが、それを見ている一人の旅人は、二頭が欲しくてたまりません。どうすれば旅人の欲求は叶うのでしょう」

「リリカ、やっぱりお前は・・・・」


 彼女は知っているのだ。宗一が二人を欲していることを。

 今まさに披露されている、二人の力にだけではない。この二人なら必ず、旅の目的を達せられるという直感。この出会いに感じる運命。何より、レイナ・ミカズキとクリスティアーノ・レッドフォードという人間に、心底惚れこんでしまったのだ。

 短い時間しか共に過ごしていないのに、心底惚れこむなど普通はありえない。だが、その短い時間の中でも、宗一には十分だった。

 ユリーシアやメシアに惚れこんだものと違う感覚。二人が自分の力となれば、この先どんなに面白いか。二人のこの力があれば、何でもできるだろう。

 あの時、ヴァスティナ帝国を防衛したあの戦いで、宗一は多くのヴァスティナ兵士を戦死させた。彼らは決して弱くなかったが、あの戦いは、命を捨てた兵士でなければ勝利できなかったのだ。結果は勝利したが、犠牲も大きかった。

 あの戦いを宗一は悔いている。

 あの時、あの判断以外に手はなかった。そうとわかっていても、あれだけの犠牲をだしてしまったことを、今でも後悔している。もっと別の手段があったのではないか。自分に付き従った彼らは、死なずに済んだのではないか。そう思わずにはいられない。

 宗一のこれからの道程には、戦いの日々が待っている。それは、ヴァスティナ帝国を旅立った時に決まった。

 あの時のような戦いが再び待っていようとも、レイナとクリスの存在があれば、あの時のような犠牲は払わない。

 二人の武は戦場を駆け抜ける。どんな作戦だろうと、二人の武は叶えてくれる。

 二人の力は武だけでない。技にも表れている、二人の純粋さも力だ。この純粋さは宗一の助けとなり、彼を裏切ったり障害になったりすることはないだろう。

 短い時間の中で理解した、二人の純粋さ。そこに惚れこんだ宗一は、どうしても二人が欲しいのだ。

 そんな考えを知っていたリリカは、二人を誘導した。金を稼ぎ終わってしまえば、一行は解散となる。そうなれば宗一が、レイナとクリスを手に入れることは叶わなくなってしまう。二人はそれぞれの旅を、再開してしまうからだ。

 宗一の考えを理解していたリリカは、難しくはあるがチャンスを作り出した。チャンスとは、この決闘である。

 決闘の勝者は、敗者を従属させることができる約束だ。決闘のルールは、魔法使用禁止以外には何も存在しない。

 これこそリリカが作り出した、無謀にして命知らずのチャンスなのだ。


「ありがとうリリカ」

「私はなにもしていないよ。ただ、二人が鬱陶しかったから決闘させただけさ」

「どうして俺の考えがわかったんだ?頼む、聞かせてくれよ」

「純粋なあの子たちを、宗一は必ず気に入るだろうと思っただけだよ」


 全て見透かされているように感じてしまう。まるで心の中を読まれているようだ。

 メシアに自分の嘘や考えを読まれたことがある宗一であったが、それとはまた違う感覚を、リリカに感じている。自分を知り尽くされているような、そんな感覚だ。


「もし俺が死んだら--------」

「お前は死なない。心配することはなにもないよ」

「ははっ・・・・・・。そうだな、その通りだ。・・・・・・行ってくる」


 リリカを残し、決闘の真っ最中である二人に向かって、走っていく宗一。

 その背中を見送ったリリカが、何故か嬉しそうな表情を浮かべていたことを、彼は知らない。






 顔面へと伸びる槍の一撃を、すんでのところで躱し、右手に装備した剣で、眼前の少女を切り払おうとする。少女もまた、それをすんでで躱して、次の攻撃へと移る。

 レイナとクリスの戦いは、未だ終わる気配は見られなかった。

 息を切らす暇もなく、全力全開で戦い続けている二人は、額に汗を浮かべているが、まだやれると攻撃が語っている。

 街で初めて戦った時は、お互い旅の疲労が溜まっていたために、肩で呼吸をしてしまうほど息を切らした。

 しかし今は、宿のおかげで、野宿ではとりきれない疲労も回復したために、街で戦った時以上の体力がある。

 準備運動は先程の野盗討伐で済ませため、二人はベストの状態で戦っている。

 互いに条件は同じである今だからこそ、決着をつけるのだ。


(見事な剣の腕。私の槍が届かない!)


 技が決まらないことに、焦りを覚えるレイナであったが、焦りは技を鈍らせると知っている。決まらなくとも、冷静でいることを止めてはいない。


(槍使いとは何度もやった。ここまで俺が決めきれないのは初めてだ!)


 同じくクリスも焦っていたが、冷静さを失わない。

 そして二人は、この戦いを楽しんでいる。口には出さないが、心の中では、強者との戦いに情熱を燃やしているのだ。

 油断すると、口元に笑みが浮かびそうになる。それを必死に堪える。

 野盗などが相手では、味わうことができないこの興奮が、楽しくて仕方ないのだ。一歩間違えば、自身の命が消えるというのに、それすらも楽しんでしまっている二人は、どうしようもなく狂い始めていた。

 目の前の敵よりも強く、速く、正確に、己の技を繰り出すことに、命を懸ける少女と青年。心は熱くなり続け、反対に頭は冷静に、技は研ぎ澄まされていく。

 レイナ渾身の、十文字槍二十連突きを放つ。負けじとクリスもまた、剣突きを二十連撃。両者の武器が激しくぶつかり合い、火花を散らす。鉄のぶつかる独特の金属音と、武器が風を切る音が、鳴り止まぬことはない。

 魔法などなくとも、両者の戦いは激しいものだ。寧ろ、互いに魔法をこの場で使うことは邪道だと考えている。魔法を織り交ぜた技でなく、純粋な剣と槍の腕を競い合いたい。そして勝利を勝ち取る。

 だからこそ、どうしようもなく楽しい。


「はあっ!!」

「そらっ!!」


 槍と剣が交錯する。二人の間に距離はなく、鍔迫り合いのような状況となった。


「剣の腕は見事だ、クリスティアーノっ!」

「剣の腕だけかよ、レイナっ!」


 二人が目の前に完全に集中していた、その時だった。


「うおりゃあああああああっ!!」

「「?!」」


 突如とした叫び声と、振りかかろうとしている殺気の気配。

 互いに迫る身の危険を感じ、何者かを確認する前に、二人は同時かつ一瞬で、後ろへと距離をとった。

 後ろへと距離をとった瞬間、先程までいたその場所に一人の男が現れた。いや、ただ現れただけでない。

 男は空から現れ、繰り出していた蹴りを地面へと落とす。なんと地面は砕けてしまい、その衝撃で揺れが起こり、砂塵が巻き上がる。

 男の正体は長門宗一郎。今は旅人リックである。

 二人に割って入ろうとした宗一は、助走をつけて飛び上がり、落下の勢いと己の力を全力で引き出し放った蹴りで、彼の想像を超えての、地面砕きをやってしまった。砕けた地はまるで、小さな隕石でも落下したような様である。

 突然の襲撃と常識外れの力に驚き、戦う手が止まるレイナとクリス。


「やばい、なんか力がまた強くなってる」

「なんだってんだ!?邪魔すんじゃねぇ!」

「何事ですか!?リック様!」


 先程まで、完全に二人だけの世界にいたレイナとクリス。突然の乱入者に状況が読めないでいる。

 ただ、一つだけわかることがある。宗一の手には一本の短剣が握られており、今の攻撃を踏まえ考えると、彼が自分たちと戦おうとしていることだけはわかる。


「はははははっ!!お前たち二人が楽しそうだったからな。俺も戦わせてもらうぞ」

「なに言ってんだお前。頭おかし---------」


 クリスが言い終わるよりも速く、至近距離まで肉薄し、彼の体に蹴りを叩きこんだ宗一。

 直前で反応できたクリスだが、回避が間に合わず、何とか防御の姿勢をとったものの、予想以上の威力に、後方へと蹴り飛ばされた。

 蹴り飛ばされたが受け身をとり、立ち上がった剣士の目には、殺気が宿っている。

 蹴り飛ばされたクリスも、その様を見ていたレイナも、目の前に突如現れた乱入者を、殺すつもりでいかなければならない相手だと理解した。その理解がなかったクリスは油断をつかれ、一瞬の内に肉薄した宗一に、後れをとったのだ。


「ちっ!こいつ、ただの旅人だと思ってたが。力隠してやがったな」

「まさか、最初の一撃は魔法の一種なのですか・・・・・」

「いや、俺は魔法使えないから。さっきのも今のもただの力技だ」

「マジかよこいつ。さっき地面砕いたよな、足で・・・・・・」


 少しではあるが、宗一の常識外れの力を知ることとなった。驚異的な身体能力と、ありえない力をもつ宗一。

 彼はレイナのような槍術も、クリスのような剣術も持っていない。戦闘は素人だ。

 だが、オーデル王国との戦争で生き残った宗一は、戦争と人殺しを同時に経験した。二人には戦闘経験で遠く及ばなくとも、命を懸けた戦いというものを理解している。

 それだけで十分だった。二人に匹敵する身体能力と地を砕く力、そして一本の短剣があれば十分なのだ。

 慢心ではない。ただ、二人との戦いを、命を懸けて楽しみたいのだ。


「ああそうだった。確か敗者は勝利者に服従する約束だよな。俺、お前たち二人倒すから」

「はあ?!」

「なにを言っているのですか。冗談にしては------」

「冗談?馬鹿言うな。何回も何回も同じ喧嘩繰り返しやがって、いい加減鬱陶しいんだよ。だからお前たちをぶっ飛ばして黙らせようかなと思ってさ。そしたら敗者服従権利が手に入るおまけつきだ」

「・・・・・・こいつ馬鹿なのか」

「馬鹿って言うな。まあ、事実だけどなっ!」


 再びクリスに接近し、短剣で斬りかかる宗一だったが、今度は油断がない剣士に、その攻撃は受け流されてしまう。防がれた瞬間、今度は目標を切り替え、短剣を構え直してレイナへと接近していく。接近する宗一の足はとても速く、その顔は狂ったように笑っている。

 それがとても恐ろしく見え、恩人とわかっていても、本能的に槍を構える槍士。飛び上がって短剣を突きたてた宗一だが、切っ先は槍に阻まれたために届くことはなく、短剣と槍が交錯する。


「リック様っ!?なぜこのようなことを!」

「迷ってると死ぬぞ。本気でこいよ!」


 覚悟を決め、反撃のために斬撃を繰り出そうとしたレイナに反応し、危険を感じて距離をとる。強化された反射神経は、宗一の危機回避能力も向上させていた。

 宗一の左右には、槍術家の少女と剣術家の青年。決闘は三つ巴となった。


「正々堂々の決闘に乱入など許されません!」

「そいつは同感だぜ。嘗めた真似しやがって」

「この決闘のルールはただ一つだ!魔法の禁止以外にはなにもない!だったら俺が乱入しようがお前らをぶっ飛ばそうが問題ないんだよ!あはっ、はっははははははははははっ!!」


 笑い狂う眼前の男に狂気しか感じない。命のやり取りを、完全に楽しんでいるようにしか見えないのだ。

 狂っている。まるで狂犬のように。

 今までこんな人間に出会ったことなどない。何がそこまで男を楽しませているのか、理解できない。

 狂った笑いを黙らせようと、瞬時に距離を詰めて斬りかかるクリス。神速ともいえる彼の剣は宗一を捉え、反応できたが避けきれず、剣が宗一の腕を掠って傷をつくる。

 すると宗一は短剣を捨て、剣を握ったクリスの右腕を掴み、自身へと引き寄せて、彼の胸をめがけて拳を叩きこんだ。苦痛に歪んだ彼の表情などお構いなしに、今度は服を掴んで、力の限り投げ飛ばす。

 宙を舞ったクリスの体は二十メートル以上飛び、地面へと叩きつけられた。しかし武術家である故か、やはり立ち上がりが速い。


「ははっ!いいぞいいぞ、これでくたばったら面白くないもんなあ!もっと楽しもうぜ、クリス!!」

「俺を愛称で呼ぶんじゃねぇ!!」

「お覚悟を、リック様!」


 クリス相手に夢中で、背後からの襲撃に反応が遅れた。気が付くとレイナが、槍を突き出し突撃してきている。彼女の腕ならば、回避できたとしても追撃されるのは明白だ。ならば、回避しなければいい。

 自身目掛けた槍の切っ先を、宗一は正確に蹴り上げる。槍の刃は空へと向けられ、彼女は一瞬無防備にされてしまった。そのチャンスを見逃さず、腕を伸ばして彼女の首を片手で締め上げ、軽々と持ち上げる。


「ぐっ!!」

「これじゃあ俺は悪役みたいだな!そうだろレイナ!!」


 首を片手で締め上げられ、息苦しさに悶えるレイナだが、槍は手放さない。その槍を振り回し、宗一の手をなんとか振り払う。

 二人からすると、宗一は高い身体能力と反射神経に、ありえない怪力をもった、戦闘の素人だ。自分の能力に任せて、常識外れの攻撃をかけるこのような相手と、今まで戦った経験がないために、どうしても遅れをとってしまう。素人故に攻撃が読めないのだ。

 思った以上に、乱入者に苦戦を強いられている。だが、勝てない相手ではない。

 逆に宗一からすれば、二人を相手にして勝てる保証は全くない。そもそもの実力が違うのだ。


(それでも勝たせてもらうぞ。リリカのためにも、俺自身のためにもな!)


 覚悟はできている。戦えと心が叫んでいるのがわかる。

 全ては女王ユリーシアのために・・・・・。


「さあ、決闘の第二幕といこうか!勝った者が全てを得る、最高の戦いをな!!はははっ、ははははははははははははっ!!」

「クソがっ!面白くなってきたじゃねえか!!」

「負けません・・・・・。私は絶対に負けません!!」


 またも同時に動き出し、宗一へと斬りかかるレイナとクリス。先に倒すべきは、決闘を邪魔した乱入者であると言わんばかりに、二人が真っ先に目指したのは宗一である。

 圧倒的に不利な状況であるにもかかわらず、槍と剣が自身に向けられていようとも、それすらも楽しんで、笑い狂っている眼前の男。二つの切っ先が届こうとしたその瞬間、左右の手を槍と剣へ伸ばした宗一は、なんと二人の刃を握り掴んだのだ。

 しっかりと握り掴んで、自身に届こうとした切っ先を止めた宗一だったが、刃物を握ったために、左右の手からは血が滴り落ちていく。それでも尚、彼の顔から狂った笑みは消えない。

 とんでもない防御方法に、一瞬戸惑う二人。槍も剣も、信じられない握力でがっちりと握られており、動かすことも引き抜くこともできない。そして宗一は、刃を握ったまま腕を大きく動かし、自身の武器を離さなかった二人を、武器ごと持ち上げ、高らかに体を浮かせた後、地面へと力任せに叩きつけた。

 その衝撃で、二人は大切な相棒である武器を手離してしまう。二人から武器を取り上げる形となった宗一は、その槍と剣を、リリカが観戦している場所へと放り投げた。

 彼女の傍に、槍と剣が突き刺さる。それに動じることはなく、焼き菓子を食べながら観戦を続けるリリカの方が、この場の誰よりも凄いのかも知れない。


「くっ!私の槍が・・・・・!」

「これでお互い武器はないな。あはははっ、素手の勝負だ」

「ちっ!狂った奴かと思えば、ちゃんと考えてやがる・・・・・!」


 確かに、そもそもの実力は違う。しかし、それは武術家二人が武器を持てばの話である。

 得物を失った二人が、本来の実力を発揮できるわけがない。狂っていながらも、彼はそのことを理解していた。武器を取り上げてさえしまえば、圧倒的不利な状況を覆せる。

 もしかすれば、武器などなくとも、相応の実力を二人が持っている可能性もある。現にクリスは、傭兵の男を剣を使わずに倒していた。レイナだって、同じようなことができるかも知れない。だが、そうであったとしても、宗一の勝算は飛躍的に高まるのだ。

 武器はなし、魔法禁止であれば、後は正面から叩き潰すのみである。

 ここに至って二人は気付く。この男がただの異常者でなく、策を弄する異常者であることに。


「ふふっ。お前たち、リックが戦えない未熟な旅人だと侮っていただろ?」


 観戦を続けるリリカに、胸の内を読まれるレイナとクリス。彼女の言葉で、己自身の洞察の甘さを思い知っているのだ。

 命の恩人として、敬意をもって接していたレイナも、馬鹿にしているが、彼女の実力を理解していたクリスもまた、旅人リックという存在を、ただの旅人としか考えていなかった。

 心の中では、完全に侮っていたのだ。

 レイナはそれが恥ずべきことだと思っていた。そう思っていても、何の力もない未熟な旅人にしか見えなかった。恩人であろうと、戦闘においては自身よりも下であるだろうと、完全に見下していたのだ。

 だからこそ野盗討伐の時、未熟な旅人と戦闘向きではない女性に戦わせず、自らが率先して戦ったのだ。戦闘では自身が上だと、そう判断したのである。

 クリスに至っては、会った時から宗一を見下していた。自分より優れているとは、思えなかったためだ。

 勿論それは、クリスの絶対的な自信のせいでもある。


「リックは凄いよ。お前たちのような未熟な戦士が勝てる相手ではないさ」

「なに言ってんだリリカさん!?俺がこんな奴に負けるわけ--------」

「こんな奴ではない。私の可愛いリックだ。侮ることも見下すことも許されない」


 表情はいつもの妖艶な笑みである。しかし、いつもとは違う。

 彼女からは、二人に対しての怒りが感じられた。まるで、自分のものを汚されたという、主人の怒り。


「あなた方は一体何者なのですか!?」

「俺は通りすがりの旅人で、リリカは自称美人で自由な旅人。それだけだ」


 陽は沈み始め、辺りは夕暮れを迎えようとしている。今日という日は夜を迎えようとしているが、この決闘はこれからが本番であった。

 得物を失くそうとも、二人は武人。決闘の決着をつけるため、拳を握りしめ、敵へと向かって行く。敵とは決闘の元々の相手と、二人の共通の敵である乱入者。

 三人が殴り蹴り、激しい肉弾戦が展開された。先程までの戦いとは全く違い、その様は乱闘と言える。

 レイナが蹴り飛ばされ、クリスが殴り飛ばされる。お返しとばかりに、今度はレイナとクリスが宗一を殴り飛ばす。同じようなことが、何度も繰り返され始めた。

 決闘の場には、狂い笑う声と、三人の叫び声が響き渡っていった。

 彼らの戦いは、お互いの敵が倒れるまで、終わりはしない。


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