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第二十三話 エステラン攻略戦  後編 Ⅱ

 帝国軍本隊がエステランの防衛線の一部を突破した、同時刻。今も尚、エステラン南方防衛線では、激しい戦闘が継続している。


「はあ・・・・・はあ・・・・・はあ・・・・・・・・」


 帝国軍左翼前線。この戦場では現在、一人の剣士が己の命の全てを懸けて、戦い続けていた。

 彼はエステランの精鋭相手に、一人で戦いを続けている。彼の剣術は帝国軍随一であり、エステラン側が放った精鋭達を、既に数人討ち果たしていた。

 討ち果たされたのは、黒いローブを身に纏った、サーペント隊の特殊魔法兵である。彼は目にも止まらぬ神速の剣術で、相手が魔法を使う前に討ち取って見せたのだ。

 しかし、彼の眼前にはまだ敵がいる。全身を金色の騎士甲冑に身を包む、怪しげな雰囲気の三騎士。黒いローブに身を包んだ、サーペント隊の特殊魔法兵が一人。そして、エステラン国軍南方前線の最高指揮官であり、エステラン国第二王子のメロース・リ・エステラン。

 彼の前には、まだ四人の敵がいる。特に、金色甲冑の三騎士は、彼を苦戦させ続けていた。


「サーペント隊を討たれた時は肝を冷やしたが、流石の貴様もこれまでの様だな」

「・・・・・・・うるせぇよ」

「最初の元気は見る影もないな。いい加減諦めてはどうだ?」


 エステランの精鋭相手に、一人戦い続けている彼の名はクリスティアーノ・レッドフォード。帝国軍最強の剣士は、仲間達を守るため、そしてこの戦いに勝利するために、一人で戦い続けていた。

 呼吸は荒く、衣服は所々破け、剣で斬られた傷を至る所に負っている。傷は軽傷だが、体力的には限界が近い。左翼前線での突撃と、エステラン兵士達との戦闘で、彼は大きく消耗していたのである。

 しかも、彼が今戦っているのはエステラン国軍の精鋭だ。体力的消耗は、並の兵士達と戦う場合とは比べものにならない。エステランの精鋭との戦いは、戦闘にかける集中力や運動量が違い過ぎるのだ。

 体力的消耗と集中力の低下を突かれ、三騎士の連携攻撃に苦戦し続けているクリス。三騎士の個々の実力はクリスに劣るが、彼らの息の合った連携攻撃は、クリスに反撃の隙を与えず、徐々に彼を追い詰めていった。

 反撃に移れないクリスは、三騎士の猛攻に晒されていた。しかも、三騎士の支援として、第二王子メロースが自身の光属性魔法を放つため、三騎士と魔法の攻撃を回避しなければならないクリスは、体力を大きく消耗してしまう。このままでは、クリスに勝機はない。

 そしてもう一つ、クリスを苦戦させる重大な問題があった。


「・・・・・・てめぇ相手に諦めるなんざ、死んでも御免だぜ。雑魚の分際で調子に乗るんじゃねぇよ」

「貴様っ!」

「大人しく三枚に下ろされろ、この腰抜けがっ!!」


 メロースを討つべく、クリスは駆け出した。剣を握る拳に力を込め、メロースの心臓を己の刃で貫くべく、真っ直ぐ向かって行く。

 だがやはり、メロースを守るべく三騎士がクリスの前に立ちはだかり、彼の進路を塞ぐ。しかしクリスは、躊躇わずそのまま突撃し、三騎士の一人へ神速とも呼べる剣突きを放った。三騎士は剣を構え、クリスの放つ刃へ自分達の刃を放つ。互いの剣は交錯し、クリスの剣突きは、その勢いを完全に殺されてしまった。 


「まだだっ!!」


 クリスが叫んだ瞬間、彼の剣は突然発光した。剣に稲妻が迸り、光は強くなっていく。

 この稲妻は、彼の雷属性魔法によるものである。三騎士達は彼の魔法を警戒し、剣を引き、後方へと跳躍した。三騎士達は、クリスが自分達に対して雷属性魔法を使おうとしたと、そう判断したのだ。

 しかし、クリスの狙いは三騎士ではない。三騎士が彼から離れたおかげで、クリスとメロースの間に一本の道が出来上がる。クリスはそれを狙っていたのだ。


「喰らえ、雷光っ!!」


 クリスの剣から激しく稲妻が発光し、一本の稲妻がメロースへと放たれる。彼が放った雷属性魔法の稲妻が、メロースの命を奪うべく、真っ直ぐ飛んでいく。稲妻は、放たれた一本の矢の如き速さで飛んでいき、三騎士もメロースも反応が遅れてしまった。

 稲妻がメロースに直撃し、彼の命を奪い去るかに思われたが・・・・・・・。


「ちっ!!」


 クリスの攻撃は、メロースに直撃しなかった。稲妻は、メロースの前に展開された、青白く発光する謎の円に直撃したのである。

 この円は、一種の魔法陣と呼べるものであった。この魔法陣は、強固な耐久性を持つ防御陣であり、特殊魔法の一種である。


「うふふふふっ、何度やっても無駄よ」

「糞が。めんどくせえもん出しやがって」


 クリスを苦戦させる重大な問題。それは、強固な防御陣魔法を展開させる、黒いローブを着た女の存在である。

 彼女もまた、エステラン国軍サーペント隊の一人だ。メロース配下の特殊魔法使いであり、防御魔法陣を出現させ、それを自在に操る事が出来る彼女の名は、ザビーネ・エント―ヴェンと言う。

 

「噂には聞いてたけど、随分良い男じゃない。王子、あの男生け捕りにするって仰ってましたけど、捕まえたら私にくださらない?久しぶりの良い玩具になりそう」

「いくら貴様の頼みでも、奴は私のものだ。奴を跪かせ、泣いて許しを請わせた後、徹底的に辱めてやるのだ」

「辱めるところは私にやらせて下さいな。でないと私、王子を守る用の魔法陣展開しませんよ?」

「貴様・・・・・・」


 ザビーネは身に纏っていた黒いローブを脱ぎ捨て、ねっとりとした視線をクリスへと向ける。戦場に似付かわしくない露出の多い薄着と、高いかかとのヒールを履いた彼女は、まるで娼婦のようであった。帝国軍兵士達はザビーネを、メロースが連れて来た愛人か何かだと考えた程だ。

 長い髪と大きな胸が特徴的な彼女は、美女と呼ぶに相応しい容姿をしており、甘い声を出してメロースに強請る。自分に対して意見する者に容赦しない、あのメロースが、彼女に対しては普段と態度が違う。


「どうです王子?あの男をくださるのなら、後で私が体でご奉仕致しますよ?」

「・・・・・・いいだろう、久々に可愛がってやる」

「ふふふ・・・・、お手柔らかにお願いしますね」


 サーペント隊の中でも、彼女は特別な存在と言える。ザビーネはその美貌のお陰でメロースに気に入られ、彼の愛人のような立場にある。ザビーネは己の美貌を最大限に活かし、女癖の悪いメロースに取り入り、彼に気に入られる事によって権力を手に入れた。

 しかも彼女は特殊魔法の使い手でもあったため、サーペント隊の一人と言う肩書きもある。そのお陰もあり、メロース派の中でも彼女の地位は特別高い。メロース派の中で彼女は、メロースの次に権力が高いと言っても、過言ではないだろう。

 そんな彼女に付けられた異名は、「誘惑のザビーネ」。エステラン国の男達は、彼女をそう呼ぶ。


「気に入らねぇぜ・・・・・・、もう勝った気でいやがるのかよ」

「当然よ。この状況で貴方に勝ち目があるとは思えないもの」

「てめぇがいなけりゃ、そこの糞王子の首はとっくに落ちてんだ!邪魔すんじゃねぇよ淫乱ババア!」

「お黙り!私の事はザビーネ様と呼びなさい!!」


 ザビーネを睨み付けるクリス。確かに彼の言う通り、彼女の存在がなければ、状況はここまで絶望的ではない。

 隙をついて仕掛けたクリスの攻撃は、尽く彼女の魔法陣に防がれ続けている。クリスはメロース達との戦いで、何度か相手の隙をついて反撃を仕掛けていた。攻撃さえ通っていれば、三騎士を討ち取る事も、メロースを討ち取る事も出来ていた。だが、三騎士もメロースも、ザビーネの魔法によって守られているため、クリスの攻撃は無力化されてしまうのだ。

 ザビーネは、序盤でクリスが速攻を仕掛け、自分以外のサーペント隊を討ち取ったのを見て、彼の動きを見切ってしまっている。クリスの攻撃は、完全に封じられてしまった。


(くそっ・・・・・・、あの魔法は厄介すぎるぜ。このままじゃあ、金ぴかと淫乱ババアのせいでジリ貧だ)


 現在のクリスの状況は、非常に不味いものとなっている。息の合った連携攻撃を得意とする無口な三騎士と、彼の反撃を尽く防ぐ特殊魔法使いに加え、おまけに王子メロースの光属性魔法の攻撃。一対五という、数の上でも不利な状況下でありながら、相手には熟練の騎士が三人もいる。クリスの置かれた状況は、勝算の全くない、絶望的な状況下と言えた。

 しかしクリスは、まだ倒れるわけにはいかない。ここでメロースとその主力を釘付けにし続けなければ、帝国軍に勝利はないからである。


(ちっ・・・・・・、どうすりゃあ勝てる?剣も魔法も効かなけりゃ、あとは・・・・・・)


 現状を打開する策を思考するクリスだが、そもそもこの戦いは圧倒的不利な状況下での、勝算が全くない戦いであった。現状を打開できる策など、あるはずがない。

 しかしクリスは、ここで犬死にするつもりは全くない。ここで殺されるならば、メロースを道連れにすると決めている。彼の部下達も、その気持ちは同じだ。

 クリス達の覚悟は固い。決して揺るがない覚悟を胸に、彼らは戦う。だが、メロース率いる精鋭達は、彼らのそんな覚悟を嘲笑うかのように、再びクリスに襲いかかった。


「糞がっ!!」


 三騎士が剣を片手に散開し、三方向からクリスへと襲いかかる。クリスの正面から一人と、彼の左右斜め後ろから一人ずつ駆け出し、三方向から彼を逃がさぬよう仕掛けた。

 クリスは三方向からの包囲を突破するため、正面の一人へ自分から距離を詰め、己の得物を横一閃に振るう。だがやはり、その一閃は通らない。ザビーネの展開した防御魔法陣が、彼の斬撃から騎士を守るべく、盾となったからである。

 防御魔法陣に斬撃を弾かれ、攻撃が失敗したクリスの身に、三騎士の斬撃が迫り来る。


「ぐうっ!!」

「たっ、隊長!!」


 正面の騎士は彼の胸を、斜め後ろから迫った騎士達は彼の背中を、己の剣で同時に斬り裂いた。回避も防御も間に合わず、斬撃を受けたクリスの身体から鮮血が飛び散り、彼の苦痛に呻く声と部下達の悲鳴が上がる。

 軽い傷ではない。今日一番の大きな負傷だった。出血し、傷口から苦痛が奔るのを堪え、彼は倒れず剣を振るう。三騎士のこれ以上の攻撃を許さないよう、剣を振るって牽制したのだ。

 三騎士はそれ以上追撃はせず、一旦クリスから距離を取る。すると今度は、メロースの光属性魔法が襲いかかった。

 メロースが召喚した、大人の拳ほどの大きさの光の球体が、何も無い空間から突如として彼の周りに姿を現し、クリス目掛け放たれる。

 この光属性魔法の球体は、殺傷能力こそ低いものの、何故か熱量と質量を持っており、これの直撃を受けた人間は、まるで高温で焼かれた鉄球をぶつけられたかのような、そんな痛みを受けるのだ。

 体力の消耗と傷の痛みにより、反応が遅れてしまったクリスは、この攻撃を全て躱す事が出来なかった。放たれた球体は十二個あったが、その内の二つの直撃を受ける。腹部と左肩に球体は直撃し、彼の体を痛めつけた。


「ごほっ!!」


 光属性魔法の攻撃を受け、苦痛に呻くクリス。誰の目から見ても、彼は限界であった。

 ここまでの体力的消耗と、これだけの負傷。出血もしており、集中力も途切れてきている。満足に魔法を出す力すら残っていない。

 

「はあ・・・・・はあ・・・・・・、甞めた真似しやがって・・・・・」

「ふはははははっ!!そうだ、それが見たかった!貴様がそうやって苦しみもがく様を見るために、私は切り札である黄金十字騎士とザビーネ達を連れて来たのだ。ザビーネ以外のサーペント隊が死んだ時は流石の私も肝を冷やしたが、黄金十字騎士とザビーネさえいればいい。どう足掻こうとも、ここで貴様は終わるのだ!!」


 金色の鎧を身に纏うこの三騎士は、エステラン国最強の騎士である。彼らは黄金十字騎士と呼ばれている、対ジエーデル戦の切り札だ。エステラン国境線で、これまで幾度となくジエーデルの侵攻を喰い止めた三騎士は、エステラン国王から何度も勲章を授与されている、国を守護する英雄である。

 国の英雄となった彼らに付けられた名は、「黄金十字騎士」。ジエーデル軍を恐怖させ続ける、無口で謎めいた三人の騎士である。

 メロースもエステラン兵士達も、黄金十字騎士とサーペント隊の勝利を確信していた。これまで散々彼らを苦戦させ続けた存在が、ここまで追い詰められているのである。勝利を信じてしまうのも当然だ。

 

(ここまでか・・・・・・・。悪いなリック・・・・・・、俺は合流できそうにねぇぜ・・・・・)


 せめて、メロースだけは討ち取る。それさえ出来れば、戦いは終わる。


(金ぴかと淫乱ババアが邪魔なだけで、糞王子は雑魚だ。どうにか淫乱ババアの注意を逸らせば、奴に一撃与えて終りにできる)


 自分一人ではどうする事も出来ない。防御魔方陣さえなければ勝機は生まれるが、魔方陣をどうにか出来なければここで死ぬだけだ。


(何かねぇのか!?奴をぶっ殺せる絶好の機会なんだぞ!命なんざくれてやるから、俺に奴を殺させろ!!) 


 眼前に映る宿敵が、傷付いた彼の様を見て笑っている。荒い呼吸を繰り返すクリスは、殺意を込めた視線をメロースへと向けたまま、剣を構え直した。その切っ先は、メロースの首へと向けられている。自分がどうなろうとも、その首だけは斬り落とすという覚悟が、その刃に宿っているかの様であった。


「まだ諦めないのか?どうせ貴様に勝ち目はないのだ。諦めて私に跪くのであれば、貴様の部下達の命は保証してやってもいいぞ?さあ、我が前に--------」


 メロースが言い終わる前に、何の前触れもなく突然それはやって来た。

 レッドフォード隊を取り囲んでいるエステラン兵士達。部隊の後方を囲んでいるエステラン兵士達の後ろから、彼らは現れた。

 騎乗した騎士甲冑を纏う騎士達が、鉄製のランス片手に現れた。銀色に輝く騎士達の数は、約二百。全員が馬に跨り、エステラン兵士達の中を駆け抜けて、レッドフォード隊の後方に到達する。彼らはレッドフォード隊を救出するために、勇猛果敢に突撃を敢行したのである。そうして彼らは、エステラン兵士達を蹴散らして進み、レッドフォード隊の退路を確保したのだ。

 

「何だ貴様らは!?私の邪魔をする気かっ!」


 現れた彼らは、ヴァスティナ帝国軍の兵士達ではない。そして、ヴァスティナ帝国騎士団の者達でもない。彼らは自分達の国の旗を掲げ、レッドフォード隊の救援に駆け付けた。

 彼らの正体は、それは・・・・・・。


「クリスさん!!」

「!?」


 騎士達の中から一人の少年が、彼の名を叫ぶ。その声は、クリスがよく知っている少年の声だった。

 声の主は騎士団から突出し、たった一騎でクリスのもとへ駆け付ける。ランス片手に現れた少年は、クリスとメロースの間に割って入り、馬を降りた。地面に足を付けたその少年は、クリスを守る様にして彼の前に立ち、己の得物であるランスの切っ先をメロースへと向ける。

 クリスが見た、ランスを構える少年の背中。その背中は、彼が少年と初めて出会った時に見たものと、少し違っていた。あの頼りなく、小さかった背中が、今は少しだけ大きく見えたのである。

 少年はクリスを助けるためにやって来た。未だ見習いの騎士でありながら、彼を窮地から救い出すため、勇気を出して初めての実戦に臨む。

 そう、これが彼の初めての実戦となる。敵と定め人間の命を奪い、自らの命をも危険に晒す、戦場と呼ばれる地獄へ、彼は初めて降り立ったのである。


「貴様は!あの時の見習い騎士かっ!?」


 少年の顔を見たメロースは、すぐに思い出す。忘れる事のない、あの日自分が味わった屈辱の記憶の中に、この少年はいた。

 ヴァスティナ帝国の友好国にして、エステラン国の隣国に位置する小さな国、チャルコ国。メロースを辱めたあの事件の時、最終的にチャルコ国の姫を救い出した見習い騎士の少年。後にチャルコ国王から勲章を授与され、姫を救った英雄として称えられた、その少年の名は・・・・・・・。


「アニッシュ!何でお前がこんなところにいやがる!?」

「お久しぶりですクリスさん。僕達は、クリスさん達の救援のためにやってきました」


 少年はクリスの方へ振り返らず、眼前に見える宿敵から視線を離さず答えた。

 これは、クリスに教えられた事の一つだ。目の前に敵がいる時は、決して背中を見せてはならないと言う教えを、彼は忠実に守っているのである。

 相変わらず、その真面目な性格は変わらないままだ。しかし彼は、一年前初めて出会った時よりも、少し大人びて見える。背も少し伸びて、体格も一回り大きくなった。性格は相変わらずだが、心も立派に成長している。

 クリスは思った。「たった一年で、餓鬼はこうも成長しやがるのかよ・・・・・・」と。


「エステラン国第二王子メロース・リ・エステラン!南ローミリアはお前の好きにはさせない!このランスに懸けて、僕達チャルコ騎士団がお前を討つ!!」


 彼の名は、チャルコ騎士団所属の騎士見習い、アニッシュ・ヘリオース。

 クリスにとって、約一年振りとなるアニッシュとの再会は、南ローミリアの命運を懸けた戦場の真っ只中となった。






 帝国軍決戦部隊の後方から接近していた、約二百の戦力の正体。それは、友好国チャルコ国の騎士団であった。

 チャルコ国は今回の戦闘において、帝国軍への支援物資輸送の役目を担っている。また、エステラン国軍の一部が帝国軍を密かに躱し、南ローミリアへ侵攻を開始する可能性に対しての警戒も、チャルコ国の役目となっていた。

 今回チャルコ国が用意した戦力は、兵力約二百人の騎士団と、自国内で集めた義勇兵約二百人である。チャルコ国民で構成された義勇軍は、主に支援物資の輸送を行なっており、騎士団は別動隊の可能性に対する警戒を行なっていた。

 チャルコ国の作戦行動は順調に進行していた。しかし、周辺の警戒に当たっていたチャルコ騎士団は、自分達の持ち場を離れ、独自に行動を開始してしまったのである。

 彼らは、一年前の南ローミリア決戦に参戦しており、その時は独裁国家ジエーデル国の軍隊と戦った。チャルコの騎士団はその戦いで、ジエーデル軍に相手に奇襲を仕掛けたが、結果はジエーデル軍相手に自分達の力が全く及ばず、帝国軍の精鋭部隊に助けられて終わったのである。

 彼らチャルコ騎士団は、あの時の屈辱を忘れていなかった。自国を守るべく、ヴァスティナ連合軍の一翼として戦いを挑み、侵略者に対して全く力及ばなかったチャルコ騎士団。結局は、主戦力であった帝国軍の足を引っ張った形となり、帝国軍に助けられながらチャルコ騎士団は後退したのである。

 あの日知った自分達の無力さと屈辱は、彼らを変えた。南ローミリア決戦後、国に戻ったチャルコ騎士団は、自分達を徹底的に鍛え直した。騎士団の練度や戦い方を見直し、今まで以上に軍備増強に力を入れたのである。訓練内容も見直し、実戦を想定した過酷な訓練を取り入れ、戦技研究も欠かさなかった。

 あの戦いから一年。チャルコ騎士団は生まれ変わったのである。チャルコ騎士達はあの戦いでの無力さと屈辱を忘れず、今日まで自分達を鍛え直した。全ては、来るべき決戦に備えてである。

 ヴァスティナ帝国がエステラン国と決戦を行なうと伝えられ、帝国からの要請を受けた彼らは、宿敵を討ち果たすため士気高く出撃した。しかし彼らは、自分達が最前線に立てない事に不満を持っていたのである。

 鍛え直した自分達の力を発揮するのは、今を置いて他にない。チャルコ騎士団のほとんどの騎士達が、自分達の騎士団長にそう訴えた。騎士達は警戒任務を放棄し、帝国軍への増援に向かうべきだと考えたのである。

 チャルコ騎士団団長も、騎士達と同じ考えを抱いていた。だが、帝国軍の要請を放棄して、勝手に独自の行動を起こすわけにはいかないため、始めは騎士達の訴えを聞かなかった。しかし、戦意に満ち溢れる彼らを止める事は出来ず、騎士団長は自らが全ての責任を負う覚悟を決め、騎士達を率いて独自行動を開始したのである。

 チャルコ騎士団は警戒任務を放棄し、帝国軍決戦部隊と合流を果たすべく、決戦部隊指揮官の軍師エミリオ・メンフィスが指揮を行なっている、帝国軍後方陣地を目指した。軍師エミリオを動揺させた正体不明の軍団の正体は、独自に行動を開始したチャルコ騎士団だったのである。

 エミリオが動揺したのも無理はない。彼らの登場は、全くの想定外だったのだ。予定されていなかったまさかの援軍到着は、エミリオを大いに驚かせたのである。当初、敵軍の奇襲攻撃かと思ったエミリオは、予備の戦力を迎撃に出撃させようとしていたのだから、チャルコ騎士団の独自行動は危険過ぎたと言える。下手をすれば、味方同士で戦闘を開始していたかも知れないのだ。

 幸いにも、帝国軍の放った偵察部隊の報告により、接近中の軍団がチャルコ騎士団だと判明したため、両者が戦闘を行なう事はなかった。そのお陰で、チャルコ騎士団は無事に帝国軍と合流を果たし、現在の戦況を知ったのである。

 チャルコ騎士団に戦況を伝えたエミリオは、予想外の援軍である彼らに対し、帝国軍左翼前線への増援を要請した。左翼前線では、クリス率いるレッドフォード隊が死力を尽くして戦っている。彼らを救うために、エミリオはチャルコ騎士団を左翼前線に向かわせたのだ。

 騎士団は全員馬に騎乗していたため、機動力は高かった。そのお陰で、左翼前線へすぐに合流できた彼らは、前線の帝国軍部隊と共に突撃を開始した。現地の帝国軍部隊と協力し、レッドフォード隊の救援に向かったのである。

 レッドフォード隊が一度エステラン国軍を蹴散らしていたお陰で、騎士団と帝国軍が突撃を開始した時には、現場のエステラン兵士の士気は大きく低下していた。勇猛果敢に突撃を開始した騎士団と帝国軍相手に、正面から挑む気概のある兵士は少なく、エステラン兵士達は現場判断で、戦力の立て直しを図るべく後退を始めたのである。

 帝国軍部隊は機動力の高いチャルコ騎士団を先行させるべく、エステラン国軍部隊に攻撃を行ない、騎士団のための道を抉じ開けた。そのお陰もあり、チャルコ騎士団は無事にレッドフォード隊との合流を果たしたのである。

 そしてここに、騎士団に従軍し、自らの危険を顧みず戦場に降り立った、一人の見習い騎士がいる。彼の名はアニッシュ・ヘリオース。チャルコ騎士団に所属する見習い騎士である。

 本来であればこの少年は、騎士団に従軍する事を許されない、まだ見習いの騎士だった。自国で騎士団の帰りを待つはずだったが、彼は騎士団長に従軍を希望し、周りの猛反対を受けながらも無理やり付いて来たのである。

 彼が騎士団に無理やり従軍したのは、帝国への恩義を返すためだ。そして、自分の迷いを断ち切らせ、自分を成長させてくれた、彼らを助けるためでもある。

 まだ見習いの自分に一体何ができると言うのか?戦場も、人を殺す事も、全てが初めてとなる自分など、戦場では足手まといでしかないとわかっている。そうとわかっていても、心の奥底から込み上げる熱き闘志と、彼自身を変えたあの日の記憶が、彼を戦場へと向かわせた。

 あの日彼は、自分にとって大切な存在を失ってしまうところだった。彼がそれを失わずに済んだのは、リック率いる帝国の者達のお陰である。特に、帝国軍最強の剣士であるクリスとの戦いは、彼を大きく成長させた。

 アニッシュにとってクリスは、自分を鍛え上げてくれた師と呼べる存在であり、兄のような存在でもある。クリスの存在無くして、今のアニッシュはなかった。

 そんなクリスが、宿敵エステラン国との決戦に挑むと聞けば、アニッシュが居ても立っても居られなくなるのは必然だった。周りがどんなに反対しても、アニッシュは最後まで自分の我儘を通し、彼が初めて見せた頑固さに折れたチャルコ騎士団長は、彼の従軍を認めたのである。

 アニッシュには父親がいるのだが、彼は自分の父親に許可も得ず、騎士団へと従軍した。この時彼の父親は、チャルコ国義勇軍の指揮を執っており、既に国を出た後であった。言えば猛反対されるとわかっていたアニッシュは、これを利用して、父親に黙って従軍したのである。

 父親だけでなく、彼は自国でこの戦いの行く末を見守っている、自分の大切な存在にも黙ってここまで来た。国へ無事に帰る事が出来たなら、後で二人に説教されるのは確実だ。まだ見習いであり、実戦など初めての彼が、この戦いから無事に生き残れる保証など何処にもない。彼の事を心配するであろう二人なら、きっと心配する。

 それでも彼はここへ来た。クリスを助けるために・・・・・・、そして、自国の宿敵を討ち果たし、大切な者達を守るために・・・・・。

 南ローミリアの未来を決める、ヴァスティナ帝国とエステラン国の決戦。形勢不利な帝国軍のもとに現れた、たった二百の援軍は、勝利と平和と大切な者達の未来のために、研ぎ上げた反抗の刃を宿敵へ向けたのである。

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