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第二十三話 エステラン攻略戦  後編 Ⅰ

第二十三話 エステラン攻略戦  後編







 南ローミリアの盟主、ヴァスティナ帝国。

 建国以来、この国は初めて軍事侵攻を開始した。敵対国家エステラン国を侵略するため集結した、帝国を中心とする南ローミリアの戦力は、エステラン国の軍隊と激しい攻防を繰り広げている。

 帝国軍の主力である三千の戦力は、エステラン国軍一万の戦力と現在戦闘中であり、両軍とも一歩も譲らない戦闘を継続している。エステラン国軍の眼は、現在行なわれている帝国軍との決戦と、独裁国家ジエーデル国の動きに釘付けであった。

 エステラン国とジエーデル国との国境線近くでは、現在ジエーデル軍が集結しており、突然侵攻を開始されてもおかしくない状況となっていた。さらにエステラン国は、南から侵攻を開始した帝国軍の戦力にも対応しており、国内も様々な事情から混乱を極めている。

 この事態に対し、エステラン国軍は現状起きている問題に手一杯であり、完全に余裕のない状況にある。

 故にエステラン国軍は、全く気が付けなかった。帝国軍の作戦と、その真の目的に・・・・・・。






「終わったな。ミュセイラ、残敵処理はどうなってる?」

「もう少しで終わりそうですわ。イヴさんやアングハルトさんのお陰もあって、楽に攻略出来てしまいましたわね」


 先程まで、ここでは戦闘が行われていた。しかし戦闘は、圧倒的な力の差によって早期に決着が付いてしまったのである。

 ここは、エステラン南方防衛線より離れた地にある、別の防衛線。南方防衛線でエステランの主力と戦闘しているのは、帝国軍の精鋭部隊を集めた決戦部隊である。しかし、ここで戦闘行為を行なったのは、帝国軍の本隊だった。

 決戦部隊と別行動を行なっていた、兵力約千人の本隊。本隊であるこの軍団の役目は、この防衛線の突破だった。そして、その役目は既に果たされている。


「作戦通り上手くいったな。ヘルベルト達のお陰で、こっちの防衛線は手薄だった」

「こんな作戦、本当に上手くいくなんて・・・・・・。貴方、やっぱり頭おかしいですわよね」


 エステラン攻略作戦。この作戦の立案者は、軍師エミリオ・メンフィスとミュセイラ・ヴァルトハイム、そして帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスだった。

 三人は、国力でも兵力でも帝国を上回るエステランに対し、大胆な作戦を計画したのである。その作戦とは、大規模な陽動作戦であった。

 

「今頃ヘルベルト達はビィクトーリア幼年期学校でテロの真っ最中のはずだ。この防衛線に戦力が少ないって事は、アーロンの眼が完全に国内に向いてるって証拠になる」

「そうですわね。まあ、やってる事は完全に悪党ですけど・・・・・・」

「戦争に正義の味方はいない。いるのは悪党か大悪党だけだ」

「じゃあ、参謀長は大悪党ですわね。屑だし下衆だし変態だし、貴方以上の大悪党は大陸中探しても見つからないと思いますわよ」


 残敵掃討の為、防御陣地内を進軍し続ける帝国軍兵士達。彼らに命令を下し、先程から話をしている二人は、帝国参謀長リックと軍師ミュセイラである。

 リックが率い、ミュセイラが指揮した帝国軍の本隊は、エステラン国の防衛線の一つを攻略した。エステラン国軍に察知されないよう侵攻し、電撃的な奇襲攻撃を行ない、数時間の内に攻略してしまったのである。

 それが出来たのは、リックの大胆な作戦と、ミュセイラに戦術指揮能力によるところが大きい。


「リック君、お掃除終わったよー♪♪」

「いや~、イヴっちとセリっちのお陰でめちゃ楽やったわ。うちの出番全然なかったで」


 話を続けていた二人のもとへ、笑顔を浮かべて近付く者達がいる。

 一人は狙撃銃を抱え、もう一人はリュックサックを背負い、楽しそうな様子で戦場を歩いていた。


「イヴさんもシャランドラさんもご苦労様ですわ」

「二人とも怪我してないよな?」

「大丈夫だって♪もお、リック君は心配性なんだから」

「うちなんか何もしてへんのやで。怪我してるわけないやろ」


 二人の身を心配するリックだが、二人が言う通り、確かに怪我をしている様子はなかった。

 狙撃銃を抱えているのは、帝国一の狙撃手イヴ・ベルトーチカ。リュックサックを背負っているのは、帝国一の発明家シャランドラである。

 二人は一緒に行動し、この戦場で多大な戦果を挙げた。戦闘が開始されて直ぐ、イヴの正確無比な狙撃が猛威を振るったのである。敵軍の指揮官達を狙撃し、指揮命令系統を大混乱に陥れ、味方の突撃を支援した。シャランドラは主に狙撃の弾着観測を行ない、イヴの射撃を支援していたのである。

 二人の活躍があったからこそ、防衛線の攻略は短時間で終わった。そして、この戦いで多大な戦果を挙げたのは、イヴとシャランドラだけではない。

 リック達のもとに合流した二人の後から、帝国軍兵士の軍服を身に纏う、赤茶色の髪の女性が続く。日に焼けた肌に、鍛えられた体を持つこの女性の名は、セリーヌ・アングハルト。帝国軍最強の槍士と剣士に、勝るとも劣らない実力を持つ女性兵士である。


「お疲れアングハルト。相変わらず勇敢なのはいいけど、あんまり無茶しないでくれよ」

「御心配をお掛けして申し訳ありません。ですが、私などに心配は無用です」

「何言ってるんだ。お前の大切な体に傷が付いたらどうする」

「ちょっと参謀長。皆さんを心配するのは分かりますけど、私には何もないんですの?」

「はあ?何でお前を心配しなきゃいけないんだよ。お前ずっと俺の近くにいただろ」

「私だけ皆さんと態度が違うのが気に入らないんですのよ!ほんと嫌な人ですわ!」


 騒音レベルで文句を叫び、いつものようにキレるミュセイラに対し、リックは鬱陶しそうな表情を見せるだけだった。そんな二人を見て、イヴとシャランドラは楽しそうに笑い、周りの兵士達からも笑い声が上がる。

 いつもの帝国軍。いつもの風景。いつもの二人。帝国軍兵士達は、いつものリック達を見ると、心の底から安心できるのである。その安心感は信頼に繋がり、軍団の士気向上にも繋がっていく。

 

「参謀長、我が軍の損害は軽微です。私達はいつでも侵攻作戦を再開できます」

「焦るな。俺達は第一段階の目標達成したんだ。このまま慎重にやれば、第二段階も必ず達成できる」

「そうやでセリっち。皆疲れてるし、ちょっと休んでから行こうや」

「僕、お弁当作ったんだ♪一緒に食べようよ♪♪」


 そう、焦りは禁物なのである。この作戦の失敗は、即敗北に繋がってしまうのだ。

 エステラン国攻略作戦。この作戦は、大胆な陽動作戦と、大規模な陽動作戦によって達成できる、帝国軍の侵攻作戦である。敵となるエステラン国の、二人の王子を打ち倒す為、帝国軍が用意した陽動作戦と言うのが、エステラン国内でのテロと、南方防衛線での決戦であった。

 帝国軍の敵は、エステラン国第一王子アーロンと、第二王子メロースの勢力である。両王子の勢力と直接対決して、勝利できるだけの戦力を、帝国軍は持ってはいない。勝利するためには、両王子勢力と真正面から戦ってはいけないのだ。

 しかし、エステラン国へ侵攻するとなれば、両王子との戦闘は避けられない。故に考えられたのが、帝国軍の総力を使っての陽動だった。

 まず、第一王子アーロンの眼をエステラン国内へと引き付ける、「ビィクトーリア作戦」が計画され、帝国軍鉄血部隊によって実行された。ビィクトーリア作戦の目的は、第一王子アーロンの娘フランチェスカを人質に取り、彼を国内に封じ込める事である。

 これによりアーロンは、自身の軍事力を国内に集め、自らの眼も国内に集中させ、フランチェスカ奪還に動いてしまっている。この大胆な陽動作戦は成功を収めた。

 もう一つの陽動作戦は、第二王子メロースを誘い出し、彼の眼を帝国軍決戦部隊へと向けさせる、「南方防衛線侵攻作戦」である。帝国軍の精鋭を集めた主戦力を、帝国軍師エミリオ・メンフィスの指揮下で動かし、第二王子メロースの主戦力と決戦を行なわせる事が、この作戦の目的だ。

 エミリオの作戦により、メロースは見事に帝国軍に釣られた。今頃彼は自分の勝利を信じ、帝国軍との戦闘を続けているだろう。

 アーロンとメロースの眼がそれぞれ一点に集中しているため、他は無警戒となってしまっていた。防衛戦力が集中されず、ほぼ無警戒となってしまっていた防衛線の一つを、リック達は攻略したのである。

 エステラン国は、南ローミリアの勢力や独裁国家ジエーデル国に対しての、様々な防衛線を構築していた。南部の防衛はメロースが担っており、彼は帝国軍に対しての警戒は常に厳としていたため、彼が担う南部の防衛線に隙はない。

 では、隙のなかった防衛線を、リック達は一体どうやって突破したと言うのか?

 リック達が突破したのは、両王子の対立によって、メロース派からアーロン派へと移った、南部防衛線の一部である。

 帝国へ密かに協力しているエステラン国王により、この情報を得ていた帝国軍は、リック率いる帝国軍本隊の侵攻ルートを、アーロン派へと寝返った防衛線に定めた。

 国内の陽動作戦が成功した事により、アーロンはリック達の動きに気付く事がなく、防衛線は無警戒だった。彼が帝国軍の真の目的に気付いていたならば、この地の防衛戦力は増強され、突破は非常に困難なものとなっていただろう。

 勿論アーロンには、メロースが帝国軍と決戦を行なっている情報は伝わっているため、帝国の侵攻が開始された事は彼も知っている。アーロンが帝国軍に対し、何も軍事行動を起こさない理由は、メロースとの潰し合いさせるためである。

 アーロン派の勢力は、軍事力でメロース派に後れを取っているため、帝国との戦いを利用し、メロース派を消耗させようとしているのだ。故にアーロンは、帝国に対し動かなかったのである。

 もし、彼がメロースと一時的に手を組み、帝国軍迎撃のために動いていたならば、リック達の作戦は失敗に終わっていただろう。両王子が対立関係にあったからこそ、帝国軍の作戦は成功したのである。

 アーロンもメロースも、未だ帝国軍の陽動作戦に気付いていない。アーロン派に寝返った防衛線が、密かに帝国軍に突破された事すら、彼は知らない。


「シャランドラの言う通り、少し休憩しよう。怪我人の手当てと補給を済ませる」

「あまりのんびりは出来ませんけれど、休息は大事ですわね。私もお腹が空いてしまいましたの」


 残敵処理が終了したため、帝国軍本隊は一時休息を取る事となった。兵士達はこの場で簡単に食事を済ませ、武器を補充し、次なる戦いに備えるのだ。

 

(俺達の方は順調だが、エミリオ達は大丈夫なのか・・・・・・)


 軍師エミリオ率いる帝国軍決戦部隊。彼らは陽動ためにメロースと激突しているが、決戦部隊も勝利を収めなければ、エステラン攻略作戦は失敗してしまう。

 帝国軍の真の目的は、メロース率いる主力を撃破しつつ、密かに本隊を動かし、エステラン国内へ侵攻する事である。南方防衛線の突破と、エステラン国内への侵攻を果たしてしまえば、エステラン国民は完全に戦意を喪失するだろう。それを達成出来れば、この戦争はヴァスティナ帝国の勝利となる。

 失敗の許されない厳しい戦いではあるが、今のところ作戦は順調に進行している。エミリオ達の現状をリック達は知らないが、彼らを信じて、自分達の役目を果たすしかない。わかっていても、それがもどかしいため、リックは内心不安を抱え続けていた。

 今頃エミリオ達はどうなっているのか?彼らは無事なのだろうか?

 戦闘の結果よりも、彼らの身が心配で仕方がないのだ。これは、リックの良いところでもあり、同時に悪いところでもある。

 

(信じろ。あいつらなら大丈夫だ・・・・・・)


 自分にそう言い聞かせ、内心の不安を表に出さないよう、普段通りであり続けるリック。しかし彼の仲間達には、やはり全てお見通しなのである。

 

「大丈夫だよリック君♪♪」

「相変わらず心配性やな。そんなんやと苦しいばっかりやで」

「!?」


 イヴとシャランドラには、リックの考えや不安などお見通しである。彼が何にいつも苦しめられるのか、それをよく知っているため、こうして言葉をかけて慰めるのだ。


「参謀長、ミカヅキ殿達ならば問題ありません。決戦部隊は帝国の精鋭達を集めた、南ローミリア最強の軍団です。ミカヅキ殿達の武勇は一騎当千でありますし、エステラン兵程度では相手にもなりません。勝利するのは我が軍です」

「アングハルト・・・・・・」

「信じましょう、決戦部隊の勝利を。それに、決戦部隊には新たな軍神がおられます。ミカヅキ殿がいる限り、我が軍に敗北と言う二文字はありません」


 決戦部隊を信じる彼女の目が、リックの事を見つめている。アングハルトもまた、彼を安心させようと言葉をかけるのだ。

 彼女の目を見て、リックは気付く。自分の心の内が読まれやすい理由は、己の目にあるのではないかと。

 前に教えられた事がある。目だけは嘘を付けない。自分の考えている事は、目に一番表れてしまうのだ。彼にそれを教えた存在は、よくそうやって彼の心を読んでいた。

 

(お前は特に読みやすいって、そう言われたっけ。これからはもっと気を付けるか・・・・・・)


 心の中に残る、彼女との大切な思い出。アングハルトのお陰で、大切な彼女の教えを思い出し、リックの顔に微笑みが浮かぶ。


「アングハルト」

「はい、参謀長」

「・・・・・・・抱きしめていいか?」

「!?!?!?!?」


 アングハルトの優しさに救われた事により、今この瞬間、彼女を女神だと思っているリックは、皆も驚く衝撃的発言を口にして、両腕を広げる。完全に「お前を抱きしめる」状態のリックに対し、アングハルトは顔を真っ赤にしたまま微動だにしない。


「ばっ、馬鹿じゃありませんの!?気は確かなんですの!?変態行為も発言もいい加減にして下さいまし!!」

「うるせえ!!俺はアングハルトを抱きしめたいんだよ!」

「リック君大胆過ぎ!じゃあ僕もセリちゃん抱きしめよっ♪♪」

「うちもうちも!女神アングハルト様を抱きしめるんや!!」

「もお!!どうして皆さんいつもそうなんですの!?その場のノリと勢いだけで生きるのやめて下さいな!」

 

 騒音レベルで叫ぶミュセイラが、顔を真っ赤にして怒っている。これもまたいつもの事なので、周りの兵士達はそんなミュセイラを宥め様ともせず、その場に腰を下ろして携帯食料などを取り出し、呑気に食事を始めてしまった。

 緊張感が和らぎ、リック達のお陰で周りから笑い声も上がる。一先ず戦闘が終了し、一時休息となった事で、彼らは少し油断していたのである。

 そのせいで、彼らは反応が遅れてしまった。


「!!」

「敵!?」


 一番最初に反応出来たのは、実戦慣れしているアングハルトとイヴであった。

 何かが物凄い速さで接近して来る。接近して来る何かが放つ殺気を感じ取り、二人はすぐさまリックの前に出た。彼の前に出た理由は、放たれた殺気が自分達ではなく、リックに向けられているのだとすぐに気付いたからだ。

 接近して来る何かは、異常な速さだった。常人が出せる速さではない。接近する何かの速さは、獲物に襲いかかる獣のようであった。例えるならそれは、狼のような素早さと言える。

 兵士達の隙間をすり抜け、ただ一点リックだけを狙うその存在に対し、最初に攻撃をかけたのはイヴだった。自慢の獲物である狙撃銃を構え、一瞬で狙いを定めて銃撃する。放たれたライフル弾が襲撃者に向かって行ったが、動きが速すぎるため、弾丸は外れてしまった。

 イヴの銃撃が外れるのと同時に、リックの前に出ていたアングハルトが、装備していた二本の剣を腰から抜き放ち、戦闘態勢に入る。

 接近して来る何かは、人の様であった。しかし、それは人と呼ぶにはあまりにも常識外れであった。

 全身が灰色の体毛で覆われ、長く鋭い爪を生やすそれは、人ではない。犬のような頭を持ち、牙を剥き出しにして駆けるそれはまるで・・・・・・・。


「狼男かよ!?」


 猛然と接近を続けるその存在を見て、リックはそれを狼男と呼んだ。確かに彼の言う通り、それは狼男と呼ぶに相応しい存在であった。人の様に二足歩行で駆けているが、見た目はまさに獣そのものである。鋭き爪と、剥き出しにされた牙が、リックの命を狙う。

 アングハルトはリックを守るため、己の身体を盾にするように前に出た。両手に持った剣を構え、彼を狙う狼男に対し、剣を振るう。

 彼女の剣の間合いに、狼男が飛び込んだ。アングハルトは二本の剣を大きく振りかぶり、己の主の命を狙う狼男へ、殺意を込めた一撃を放つ。勢いよく振り下ろされた二本の剣は、狼男を斬り裂くかに思われたが、狼男は彼女の攻撃に反応し、自分の両手を手刀の様にして、その爪で彼女の剣を防いで見せた。

 剣と爪が鍔迫り合いのような状態を生み出し、両者睨み合う。するとこの狼男は、口元を吊り上げ笑みを浮かべ出したのである。


「ほう・・・・・、俺の動きに反応出来るとは驚いた」

「!!」

「んなっ!?こいつ喋ったぞ!」


 何と、この狼男は今、人の言葉を喋って見せた。驚愕したアングハルトとリックは、敵が知性を備えた存在だと知る。

 驚くリック達に構わず、狼男は言葉を続けた。


「我が軍の防衛線が簡単に突破されるとはな。夕食のために狩りに出ていたらこの様か」

「人の言葉を喋る狼男・・・・・。貴様、サーペント隊の一人だな」


 エステラン国軍特殊魔法兵部隊、サーペント隊。独裁国家ジエーデル国と戦うための、エステラン国の切り札は、今現在ヴァスティナ帝国との戦闘に投入されている。しかしそれは、帝国軍決戦部隊との前線に投入されており、この防衛線には投入されていないはずだった。

 だが、現実には存在している。目の前にいるのは、恐らくサーペント隊で間違いない。

 帝国軍はサーペント隊の情報を得ており、どのような魔法を操る戦力がいるのか、ある程度知っていた。それはアングハルトも当然知っているため、この敵を見て思い出したのである。サーペント隊にいると言う、変身魔法を扱う男の事を・・・・・・。


「俺を知っているのか?どうやら、知らぬ間に有名人になっていたらしいな」


 アングハルトの問いに対し、狼男は答えて見せる。どうやら、自分の事が帝国軍でも有名になっているのが嬉しいらしく、狼の頭のくせに笑みを浮かべている。

 確かに彼は有名人だ。何故なら、彼はエステラン国で唯一、人外の存在になれる人間だからである。


「そこにいるのは帝国参謀長と見た。お前を食い殺し、ここでの失態を帳消にしようかと思ったが、まさか俺の動きに反応出来る奴がいるとは思わなかったぞ」

「貴様などに参謀長はやらせない!!」


 リックの命を狙う狼男に対し、殺意を剥き出しにして怒りを見せたアングハルトが、両手に持っていた剣から手を離し、背中に装備していた二本の短剣に手を伸ばす。短剣を二本とも瞬時に抜き放ち、狼男の懐に飛び込んで、その胸に刃を突き立てようとする。

 しかし、狼男の反応は速かった。短剣を躱すために後ろへと跳躍し、二本の短剣の刃を簡単に躱して見せる。

 短剣を躱されたアングハルトは、後ろに下がった狼男へ、二本の短剣を投擲する。刃の狙いは正確あり、今度こそ狼男に突き刺さるかに思われた。だが狼男は、投擲された短剣にも容易く反応し、自身の爪で短剣の刃を弾いて見せたのである。

 アングハルトの攻撃は通らなかった。お互いに距離を取った状態になり、狼男は狙いをリックから彼女に定め、アングハルトは背中に装備していた長剣を抜き放ち、その刃を狼男へと向ける。

 帝国軍女性兵士セリーヌ・アングハルトは、戦場へと出撃する時、全身に武器を装備する事で有名である。胸、腰、両手、脚、背中に沢山の武器を装備し、装備している武器を全て使用して戦うのが、彼女の戦闘スタイルだ。ちなみに彼女、武器を使わなくても強い。素手による彼女独自の格闘術は、帝国軍の猛者達も舌を巻くほどである。

 全身に武器を纏い、重装備で戦場を駆ける彼女は、その戦い方で多くの敵兵を血祭りに上げるのだ。そんな彼女が、眼前の狼男に対し武器を三つも抜いたのである。普段ならば、敵兵一人を討つのに武器は一つか二つまでしか抜かない彼女が、三つ目の武器を抜いてしまったのだ。

 これはつまり、突如現れたこの狼男は、アングハルトが全力を出して戦わなければならない程の、厄介な敵である事を意味する。

 

「サーペント隊、獣化魔法使いのディランだな。聞いた話だと、ジエーデル軍に随分と嫌われてるんだって?」

「そう言うあんたは、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスか。あの馬鹿王子と戦ってるはずのあんたがどうしてここにいる?」

「ちょっとピクニックに来ただけさ。これからお弁当食べようと思ってたのに・・・・・・」

「そいつは邪魔して悪かった。だが仕方ないだろ?第一王子の命令でここの守りを任され、夕食のために狩りに出ていたら、守るべき防衛線が壊滅していたんだぞ。このまま帰ってしまったら、俺は王子に殺されてしまう」

「じゃあうちに来るか?お前の大好きなジエーデル軍と飽きるほど戦わせてやるぞ」

「せっかくの誘いだが、遠慮させて貰おう。あんたの首を持ち帰り、その後に対ジエーデル戦に戻るとするさ」


 この狼男の正体は、エステラン国軍特殊魔法兵部隊所属の獣化魔法使い、ディラン・ベルナール。対ジエーデル戦でジエーデル軍相手に猛威を振るう、第一王子アーロン配下の兵士である。

 エステラン国とジエーデル国との戦いに常に投入される彼は、今まで数え切れない程のジエーデル兵士を殺し、数多くの戦果を挙げた。何度も勲章を授与された事があり、彼の名はジエーデル国にも知れ渡っている。

 「人狼ディラン」はジエーデル軍の指揮官キラーであり、彼はその素早い動きで敵陣を駆け、目に付いた指揮官達を討ち取っていき、敵軍を混乱させるのである。一撃離脱戦法を繰り返し、指揮命令系統を潰していく彼のやり方は、ジエーデル兵士の恐怖の対象であり、人狼デュランに狙われれば生きては帰れないと言われているほどだ。

 

「狙いは俺の首だけって事か・・・・・・。なら、相手してやってもいい」

「参謀長!?ここは私がっ!」

「落ち着けアングハルト。どうやらこの人狼さんは、俺の首だけ持って帰れれば満足らしい。俺以外には危害を加えるつもりはないみたいだし、それなら俺の首を賭けて勝負した方がいいだろ?」

「はははっ、流石は狂犬だな。噂通りのイカレようだ」

「どうだ、人狼ディラン。勝負しないか?他の奴らには手は出させない、一対一の真剣勝負だ」


 確かにディランは、ここでの戦闘をこれ以上続けるつもりはない。味方は自分一人だけであり、この地の戦略的防衛価値は失われてしまったからである。

 せめて、帝国参謀長を討ち取っって帰還すれば、自分の失態の埋め合わせになるかと思い、獣化魔法を使ってリックを襲撃した。しかし、リックの暗殺はアングハルトにより阻止され、ディランは周りを帝国軍兵士に完全に包囲されている。

 イヴは狙撃銃を構え、シャランドラも護身用の拳銃を抜いて構えている。帝国軍兵士達もそれぞれの獲物を構え、ディランを包囲し続けている。リックの前に立ち、彼の盾となっているアングハルトは、長剣の切っ先を構えたまま動かない。彼女はリックをディランと戦わせる気はなく、自分で討ち取るつもりなのである。

 

「一対一の真剣勝負のかわりに、仲間達には手を出すなと言う事か・・・・・・。面白い、受けて立つ」

「決まりだな」

「参謀長!人狼の相手は私にお任せ下さい!」

「そうだよリック君!人狼さんの相手は僕達に任せて!」


 一対一の勝負に応じたディラン。だが、リック配下の者達は、彼を危険に晒すわけにはいかないとして、自分達が人狼の相手をすると訴える。

 彼の悪い癖が出てしまったと、仲間達の誰もが思った。リックは仲間達を危険に晒さないために、自らを危険に晒そうとしていると、誰もがそう思っていた。

 

「皆、心配するな。一対一の真剣勝負って言っても、何も俺が戦うわけじゃない」

「何だと!あんたが俺とやるんじゃないのか!?」

「人狼ディラン。お前の相手にはうちのとっておきを用意してやる。覚悟は良いな?」


 この場の一同、リックの言葉の意味が分からず、皆が首を傾げている。しかし帝国軍所属の者達には、一つだけわかる事があった。これからリックが始めようとしているのは、いつもの悪ノリから来るぶっ飛んだ思い付きであると・・・・・・・。

 リックは大きく息を吸い込み、叫ぶ準備を始めた。彼は戦場全体に響き渡る叫び声を上げ、あの男を呼ぼうとしているのである。

 そして・・・・・・。


「うわあああああああああっ!!ジャッカーの怪人が出たぞおおおおおおおおおっ!!!」


 彼の叫び声が戦場全体に響き渡る。声はこの場の全ての者達に聞こえ、離れたところにいた帝国軍兵士達の耳にも届いていた。

 それはつまり、リック達と共に従軍していたあの男の耳にも、この叫びは届いたはずなのである。


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 やはり、リックの叫びはあの男に届いていた。だからこそ、彼はここへ全力疾走してやって来たのである。怪人と戦うため。仲間達を救うため。そして何より、己の正義の為に戦うのだ。

 黄色と黒色を基調とし、独特のデザインで周囲の視線を集めてしまうそれは、正義の為に戦う虎の改造人間と言う設定を持つ、特撮ヒーロー風の正義の味方である。

 怪人と定められた相手に対し、変身を遂げて戦う彼の名は・・・・・・・。


「仮面ライガー、参上!!」


 虎の改造人間・・・・・・と言う設定の正義の味方、仮面ライガー。

 リックの叫びを聞き付け、ディランの前に疾風の如く現れた仮面ライガーは、一目見て彼を己の敵と理解し、戦闘態勢に入る。

 

「待たせたな諸君!!ジャッカーが放った怪人はあの人狼だね?後は私に任せたまえ!!」

「おっ、おいおいおい!これは一体どう言う事だ!?」

「見てわかんないのか?お前の相手は俺じゃなくて、そこの仮面ライガーがやってくれるって事さ」

「一対一の真剣勝負って言ってたろ!あんたと戦う流れじゃないのか!?」

「えっ?だって俺、自分が戦うなんて一言も言ってないし」

「糞ったれえええええええええええええっ!!!」


 絶叫するディラン。溜息を吐かずにはいられない帝国軍兵士達。

 変身特撮ヒーロー仮面ライガーの正体は、リック配下の仲間の一人、ライガ・イカルガである。彼はリック率いる帝国軍本隊に従軍し、エステラン攻略作戦に参加していたのだ。

 彼もまた、アングハルトやイヴの様にこの地で戦果を挙げ、帝国軍の勝利に貢献していた。先陣を切って駆け出し、矢が飛んで来ようと全くひるまず突き進み、敵兵士達を強行突破し、防衛陣地の副指揮官を殴り倒すと言う戦果を挙げたのである。

 ちなみに、この後彼は敵軍団内で孤立し、四方八方を敵兵に囲まれて退路を失い、味方が救援に駆け付けるまで、敵軍団内で大暴れを続けたのであった。良く言えば勇敢、悪く言えば馬鹿の見本とも言える活躍だったのである。

 この時ライガは、帝国軍兵士ライガ・イカルガとして戦っていた。だが今の彼は、リック達の前に現れた「怪人」を倒す為の、正義の味方のである。故に彼は今、自らの変身魔法を使い、正義の味方仮面ライガーとしてこの地に参上したのであった。


「いいぞー、仮面ライガー!ジャッカーの怪人を倒すんや!!」

「おいそこの眼鏡女!ジャッカーの怪人って俺の事か!?」

「やっちゃえー、仮面ライガー!悪い人狼さんをやっつけってー♪♪」

「そこの痴女みたいな格好の奴!勝手に俺を悪者にするな!!」

「仮面ライガー、人狼の相手は任せたぞ!俺達は皆、仮面ライガーを応援してるからな!」

「任せたじゃねぇよ、リクトビア・フローレンスっ!!俺はこんな奴と戦うのは真っ平御免だぞ!」


 取り敢えず、リック自らが人狼と戦うのではないと理解し、安心して仮面ライガーを焚きつけるシャランドラとイヴ。周りを囲んだ帝国軍兵士達も、リックが戦わないと知って一先ず安心し、兵士達の緊張感が少し和らいだ。

 仮面ライガー対人狼ディラン。まだディランの方は納得していないが、仮面ライガーはやる気満々である。納得していないとは言え、周りを包囲された孤立無援の状況は変わらないため、ディラン自身も色々と諦め始めていた。

 納得はしていないが、戦わないと言う選択肢はない。どの道、この戦場から無事に帰還する事は叶わない為、彼は覚悟を決めたのである。


「さあ、勝負だ怪人!いくぞおおおおおおおおおおっ!!!」

「俺は怪人じゃねぇ!はああああああああああああっ!!!」


 斯くして、二人の戦いは始まった。仮面ライガーと人狼ディランは駆け出し、両者一歩も譲らない激しい格闘戦を始めた。拳と蹴りが交錯し、互いの技がぶつかり合う。

 人狼ディランは、その鋭い爪と牙を駆使して戦い、仮面ライガーは、その頑丈な肉体と底知れぬ体力を存分に発揮して、熱い戦いを展開していた。両者は真剣そのものであり、この勝負はどちらかが完全に戦闘不能になるまで続くと、誰もが予感してしまう。

 仮面ライガーを食い殺そうと、人狼の牙が襲いかかるが、仮面ライガーはその攻撃を躱し、自身は必殺のチョップを放つ。だが人狼の反応速度は人並み以上であるため、容易く躱されてしまった。今度は人狼が自慢の爪で斬りかかるも、仮面ライガーその場に伏せて攻撃を躱し、人狼の爪は空を斬るだけに終わった。

 攻撃、回避、防御と、目まぐるしく戦う二人の戦士。この状況に手に汗握る者達もいる程、熱く激しい戦いが繰り広げられているのだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「はああああああああああああああっ!!!」


 どちらが勝ってもおかしくない、一対一の真剣勝負。帝国参謀長の首を賭けて、二人の戦士は雄叫びを上げながら殴り合っていた。


「さてと、飯にするか」

「なっ!ちょっと参謀長、あれは放っておくんですの!?」

「だって、イヴが作ってくれたお弁当食べたいし」

「うちも腹ペコや。なあミュラっち、観戦しながら飯にしようやないか」

「お弁当いっぱい作ってきたからね♪セリちゃんも一緒に食べよ♪♪」

「・・・・・・・あれは、本当に放っておいてもいいのでしょうか?」

「気にするな、仮面ライガーなら大丈夫だって。よーし、皆今から昼休憩な。あの二人の戦いが終わったら出発するぞ」


 戦士二人が激闘を繰り広げている中、リック達一同はまさかのお弁当タイムを始めてしまった。イヴのお手製弁当を食べるべく、準備を始めたリック達。

 色々と諦めたミュセイラも、まさかの展開に思考が追い付いていなかったアングハルトも、イヴとシャランドラに引っ張られ、お弁当を食べる事となった。

 周りの兵士達もリックの言葉を受け、その場に腰を下ろし、それぞれ休憩を始める。激闘を繰り広げている二人以外は全員、戦いを観戦しながら昼食を始めてしまった。


「おいおい、冗談だろ!こんなふざけた格好の奴けしかけて、あんたは呑気に昼飯かよ!?頭おかしいんじゃねぇのか!!」

「うん、よく言われる」

「人狼ディラン、よそ見するとは随分と余裕だな!喰らえ、ライガーパンチっ!!」

「ごふっ!?やりやがったなこのやろおおおおおおおおおおおっ!!!」


 リックの頭のおかしさと、仮面ライガーとの戦闘で、完全に自棄になったディラン。ライガーパンチを真面に受けたディランだったが、お返しとばかりに膝蹴りを放って、仮面ライガーを蹴り飛ばす。

 第一王子アーロンの命を受け、ディランはこの地の防衛に就かされていた。その理由は、メロース派勢力への備えと、万が一帝国軍がこの地へ侵攻した際への備えである。

 彼が戦場に出れば、どんな敵が侵攻して来ようとも、敵軍に切り込んで敵指揮官を討ち取り、敵軍団を混乱させる事ができる。彼がいつものやり方で戦い、敵軍の指揮命令系統を潰していけば、味方の援軍到着までの時間を稼ぐ事が可能なのだ。

 その事をアーロンは理解していたため、彼をこの地に置いた。それがまさか、この様な展開になるなど、アーロンもディランも全く予想できなかった・・・・・・・。いや、予想など出来るはずがないのだ。

 この一連の流れを見て、軍師ミュセイラ・ヴァルトハイムは、改めて自分の主がどういう男なのか理解し、こう言わずにはいられなかった。


「参謀長。貴方ってほんと下衆ですわね」

「ははっ、それもよく言われる」

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