第二十二話 エステラン攻略戦 前編 Ⅴ
「奔れ、雷光!!」
戦場に突然雷が落ち、数人のエステラン兵士が餌食となる。雷の直撃を受け、感電死してしまった兵士達の屍が、地面に倒れる。
「おいおい、俺を討ち取るんじゃねぇのかよ!?全然足りねぇぞ!!」
帝国軍左翼前線で暴れまわる、剣士を集めた精鋭部隊。指揮官であるクリスは、今の雷属性魔法での戦果も含めると、八十人以上の敵兵を討った事になる。クリスもその配下の精鋭達も、エステランの軍勢を蹴散らしながら進軍し続け、多くの敵兵士を撃破していた。
レッドフォード隊はクリスの命令に従い、敵本隊に迫る勢いで突撃を続けている。エステラン国軍の連携を突き崩し、気が付けば敵軍団の中央まで到達してしまっていた。今やレッドフォード隊は、エステラン国軍に周囲をほぼ囲まれており、孤立無援の状態となっている。
「おい糞王子、隠れてないで出てきやがれ!雑魚共の相手はいい加減うんざりしてんだよ!!」
孤立無援、絶体絶命であるにもかかわらず、レッドフォード隊の士気は高い。その士気の高さを保っているのは、クリスの存在によるところが大きい。
彼が先頭に出て戦い、多くの敵兵を討ち取る事によって、味方の士気はどこまでも高くなる。帝国軍兵士達は、クリスの芸術的とも言える剣術に魅せられており、彼をローミリア最強の剣士だと信じているのだ。故に彼らは、クリスがいれば決して敗北はないと信じ、彼の後に続く。たとえそれが、どんな絶望的状況であろうとも、彼らはクリスと共に戦場を駆ける。
「俺を殺したいんじゃねぇのか!?その気がねぇなら失せやがれ!!」
己の剣で敵兵を切り伏せながら、彼は挑発を止めない。自分の存在を、エステラン国軍へ示し続けていた。
(あの野郎が現れりゃあ全部終わる。俺が奴の首を刎ね飛ばして終わりだぜ)
自らを危険に晒す事で、彼はこの戦いの早期決着を狙っている。この戦いを帝国の勝利で終わらせるには、あの男を討つしかない。それを釣り出す為に、自分をわざと絶望的状況に置き、挑発を続けている。
今、クリス率いるレッドフォード隊は、圧倒的不利な状況に陥っている。四方を囲まれ、退路はなく、進む事しか出来ない。しかし今は、進む事すら出来なくなっている。エステラン国軍の防御が厚くなり、レッドフォード隊の勢いが殺されてしまったのだ。
敵軍団の中心での孤立。レッドフォード隊の士気は高く、損害も少ないが、状況が悪いのは変わらない。それは、誰の目から見ても明らかだった。
この状況を、あの男は必ず好機と見るだろう。好機と見て、総指揮官自らがこの戦場に現れるのを、クリスは待っている。
「!!」
戦い続けているクリスに突き刺さった、鋭い殺気。これは、周りのエステラン兵士達によるものではない。強者が放つ、思わず息を呑んでしまう程の強烈な殺気を、クリスは突然感じたのである。
その殺気は彼の三方向から同時に放たれ、彼に迫って来ていた。エステラン兵士達の中をかき分け、三方向から同時に現れたのは、全身に金色の鎧を身に纏う、一本の剣で武装した騎士であった。
金色の鎧を纏う、三人の騎士達。騎士達は驚くべき速さで一気にクリスとの距離を詰め、正面と左右から襲い掛かる。
殺気を察知していたお陰で、突然の襲撃にも瞬時に反応出来たクリスは、後方へと跳躍し、騎士達の攻撃を躱す。しかし騎士達は、クリスの回避に反応して追撃をかけた。
金色の甲冑を着た三人の騎士達は、素早い動きで正面からクリスへと迫る。三人が一枚の壁のようになり、クリスへと真っ直ぐ向かっていく。対してクリスは、三人を迎え撃つため剣を構え、追撃に正面から備えた。
騎士達の動きは、見事の一言である。三人は見た目も構えも動きも、全て同じなのである。寸分の狂いもなく、三人は動きをシンクロさせていた。全く同じ動きで、三人は交互にクリスに斬りかかる。息もつかせない連携攻撃がクリスを襲い、激しい剣戟が始まった。
騎士達の攻撃を、己の剣で全ていなしていくクリスだが、相手は他のエステラン兵士達とは違う強者であった。三人とも隙が無く、剣技も確かなものである。実戦慣れしており、クリスに反撃を許さないよう、連続攻撃を繰り出し続けた。
「ちっ!」
舌打ちしたクリスは、相手の連続攻撃を止めるために、騎士が放った横一閃の剣技を己の剣でいなすと、神速の突きを目の前の騎士に放つ。相手は三人いて、三人とも強者であり、隙のない連携攻撃を繰り出してくるのである。それが厄介ならば、一人消してしまえばいい。
「おらっ!!」
目にも止まらぬ速さの、神速の突き。彼のこの剣術は、今まで数多くのエステラン兵士を討ち取り、一撃のもとに絶命させてきている。今度もまた、相手の騎士は一撃で討ち取られるかに見えた。
だが、クリスお得意の神速の突きは、残り二人の騎士の剣に阻まれる。二本の剣が盾となって、クリスの突きを弾いて見せた。
(こいつら、やりやがる)
反撃に失敗したため、すぐさま後方へ跳躍し距離を取る。今の突きを弾いた反応などで、この三人がエステランの精鋭だと瞬時に理解したクリスは、剣を握る己の手に力が入るのを感じた。自分が先程まで戦っていた、士気の低いエステランの兵士達とは違う、実戦慣れした強者の登場に、胸を熱くさせているのだ。
そして、この状況下で相手が精鋭部隊を投入してきたと言う事は、クリスの思惑通りに事が運んだと言う事でもある。
「ようやく会えたな。この時を私は、ずっと待ち焦がれていたぞ」
クリスへと話しかける声。その声の主は、クリスが待ち焦がれていたものであった。
正面にいるエステラン兵士達が道を空け、憎き敵がその姿を現す。金色の長髪と整った顔立ちに、育ちの良さがわかる姿。エステラン王族が身に纏う事を許された、特別な軍服をその身に纏い、腰には一本の剣を差している。
彼は邪悪な笑みを浮かべ、クリスの事を見ていた。狙い続けていた獲物を狩る為、彼は自らこの戦場に赴いたのである。
「はんっ!びびって逃げちまったかと思ってたぜ」
「その減らず口がいつまでもつのか見ものだな。精々粋がるがいい」
現れたのは、エステラン国軍南方前線の最高指揮官にして、エステラン国第二王子、メロース・リ・エステラン。
クリスが待ち焦がれた、この戦いを終わらせる為の獲物。それがようやく釣り出せたのである。
(こいつ、俺を殺すために色々連れてきやがったな)
メロースはクリスに復讐するため、万全の準備を整えた。
精鋭を引き連れ、本隊の戦力もこの場に投入している。精鋭は金色甲冑の三騎士だけではない。怪しげな雰囲気を放つ、ローブを身に纏った者達の姿もあった。
ローブを身に纏っているのは、特殊魔法兵部隊サーペントの者達である。メロースは個人的な復讐を果たす為、温存していた精鋭を全て解放したのだ。
(これで右翼に敵が集中した事になるな)
退路を断たれた圧倒的不利な状況下は、益々不利な状況に変わってしまった。
敵の精鋭部隊。兵力の集中。四方を囲まれ、退路を断たれたこの状況。最早レッドフォード隊には、部隊が壊滅する未来しか残されていないだろう。
それでもレッドフォード隊の戦士達は、未だ戦意を失ってはいない。
(悪いなお前ら。こんな戦いに付き合わせちまってよ・・・・・・)
眼前に見えるメロース達から視線を外し、自分の後ろに視線を向ける。
そこには、ここまで傷付きながらも彼に付いてきた、彼によって鍛え抜かれた仲間達の姿があった。全員、その身に纏う軍服は所々破れ、身体中の至る所に傷を負い、傷口を手当てもできず出血させている。ここまで来る道中、散っていった仲間達もいる。レッドフォード隊は全員、ぼろぼろになりながらも健在だった。
敵戦力の増加と疲労により、苦しい状況にありながらも、彼らの目に宿る戦意の炎は消え失せてはいない。頼もしくて仕方がない、彼が鍛えた戦士達の姿がそこにあった。
(俺に付いて来た事、後悔してねぇのかよ・・・・・・)
自分が部隊を持つ事を命令された時、絶対に上手くいかないと思った。教えるのは苦手だし、部隊指揮などやった事がない。何より、自分は部隊を率いて戦うよりも、一人で戦う方が性に合っているとわかっている。だから、部隊など持ちたくはないと思った。
そんな彼に対して、彼らは忠実だった。どんな命令も聞き、過酷な訓練にも耐え、決して彼に逆らわなかった。
そんな部下達に、彼は付いて来いと命令した。退路を断たれるとわかっていながらも、自らを囮に使うため、彼らにそう命令したのだ。レッドフォード隊の面々は、クリスの考えを理解した上で、ここまで彼に付いて来た。彼らは皆、死ぬ覚悟など疾うに出来ている。
クリスは後悔していた。ここにいる部隊の戦士達を、自分の作戦のために付き合わせた事を、今更ながら後悔している。しかし、後悔しても仕方がない。彼らがいなければ、この作戦は成立しなかったのだから・・・・・・。
恨まれても仕方がないと、そう思っていた。だが彼らは、クリスの事を恨んでなどいない。彼らは皆、クリスを信じている。そして、クリスに自分達の命を預けた。彼にこの命を預ければ、決して無駄死にはしないと信じているのだ。
そんな彼らを、ここで死なせようとしている。自分を信じ、忠実であり続ける仲間達を、ここで死なせたくなどない。
(なあリック・・・・・・。戦場に出る時のお前の気持ち、今やっとわかったぜ・・・・・・)
自分が愛し続ける男。生涯の忠誠を誓った、自分の主。
クリスはようやく知った。今、この胸に突き刺さっている気持ちこそが、戦場に赴く自分の主が抱く想いなのだと・・・・・・・。
(いつも心配かけて悪いな。だがよ、今回の俺の無茶は許してくれ。奴の首を撥ねたら、全部終わるんだからよ)
仲間達から視線を外し、前を向く。眼前には、この手で殺してやりたいと願い続けた、憎き宿敵の姿がある。
「野郎共っ!今日、俺がお前らを英雄にしてやるぜ!!あの小便漏らしの糞王子をぶっ殺して、俺達は帝国の英雄になるんだ!野郎共、俺に続けえええええええええええっ!!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」
兵士達の雄叫びが、戦場の空気を大きく震わせる。
周りを取り囲むエステラン兵士達は、クリス達に恐怖した。自分達が圧倒的優位に立っているとわかっていても、恐怖せずにはいられなかった。
何故なら、クリス達はこの状況下でまだ諦めていないからである。クリス達の放つ剝き出しの闘争心と、死ぬ覚悟を決めた眼が、恐ろしくて仕方がなかったのだ。
「覚悟はいいか糞王子!今日は本気で相手してやる。かかってきやがれ!!」
「貴様!今日こそは貴様に引導を渡してやるぞ。覚悟するのは貴様の方だ!!」
クリスの挑発を受け、メロースは簡単に怒りを露わにする。メロースの冷静さを失わせる事がクリスの目的なのだが、当の本人はその事に全く気が付いていない。
彼の冷静さを失わせる事によって、クリスの思惑通りの流れに事が持っていけば、この絶望的な状況にも、僅かだが希望が生まれるのである。
「三騎士、そしてサーペント隊よ!私を侮辱し続ける、あの忌々しい男を倒して見せろ。だが、殺してはならんぞ。奴を倒し、私の前に跪かせるのだ!」
「上等だ!てめぇらなんざ俺一人で十分だ。そこの金ぴかも不気味なローブも、ついでに周りのエステラン兵共もまとめて相手してやるぜ!」
「ふんっ!貴様など、三騎士とサーペント隊だけで十分だ。貴様一人倒すのに兵士達まで使ったとなっては、私の威厳に傷が付くからな!」
クリスが前に出ると、メロースとその配下の者達も前に出た。
思惑通りに事が運んだ。これから行なわれる戦いは、クリス一人に対して、メロース達が襲いかかる戦いとなる。彼はこの状況を作り出す事を狙っていた。
これから起こる戦いは、両軍の猛者同士による決戦である。故にこの戦いには、両軍の兵士達は手を出してはならない。つまり、圧倒的な兵力差の中、両軍がぶつかり合う事はなくなったのである。
メロースが冷静であったなら、このまま兵力差にものを言わせ、クリス達を押し潰してしまえばよかったのである。しかしクリスの挑発が、メロースからその考えを奪った。
(面白くなってきやがったぜ。今日は最高にツイてやがる)
剣を構えたクリスは、軽く深呼吸する。集中力を高め、己の得物を見つめた。
彼は誓う。メロースの首を刎ねるまで、己の得物は死んでも離さないと・・・・・・。
「聞け!我が名はクリスティアーノ・レッドフォード!今からお前らを三枚におろしてやる男の名だ。地獄に行っても忘れねぇよう、頭の中に刻んどけ!!」
戦局は激しさを増していく。
ヴァスティナ帝国とエステラン国。両者の決戦は、南ローミリアの未来を決める戦いである。そうと理解して、この戦場に間もなく突入しようとしている軍団がいた。
「・・・・・・・・」
「恐いか?」
「・・・・・・いえ、緊張しているだけです」
騎士の甲冑を身に纏い、馬に跨り全速力で移動している騎兵隊。その数は約二百人程であり、全員が同じ武器で武装している。
そんな軍団の中に、一人だけ若い少年の姿があった。少年の表情は硬く、肩に力が入り過ぎている。騎士達はともかく、少年にとっては初の実戦になるのだから、これは無理もない話だ。
「無理はするなよ。危なくなったらすぐに逃げて構わない。お前を死なせたら、私達は後であいつに殺されてしまうからな」
少年の恐怖心を少しでも和らげようと、彼を心配して話しかけているのは、この軍団の騎士団長であった。
この少年は、無理を言ってこの騎士団に付いて来た。激しい戦いになるとわかっていながらも、戦うために馬の手綱を握り締め、恐怖と戦いながら戦場を目指している。
「あいつにも黙って付いて来たのだろう?だから頼む、絶対に死なないでくれよ」
「わかっています。僕はこんなところで死ぬつもりはありません。でも、たとえ生きて帰れたとしても、父さんのお説教からは生きて帰れないかも知れません」
軍団の騎士達から笑いが起こる。少年の冗談交じりの言葉が面白く、騎士団長など爆笑していた。
(父さん、ごめん。僕はどうしても、あの人達の力になりたいんだ・・・・・)
少年は彼らに大切な事を教わった。彼らに助けられもした。彼らは、少年の大切な者も救った。
今、彼らは厳しい戦いに身を置いている。ならば今度は、自分が彼らを助ける番である。そう思い少年は、騎士団の者達が扱うのと同じ得物である、鉄製のランスを片手に、戦場へと馬を走らせているのだ。
(皆さん、どうかご無事で・・・・・・・!)
焦る気持ちを必死に抑え、少年は騎士団の者達と共に戦場へと急ぐ。
少年が決戦の地に到着したのは、丁度、クリスがメロースと再び相見えた時であった。
エステラン攻略戦。戦いは、未だ決着の見えない渦中にある。
しかしこの時、南ローミリアの未来を決定付けるであろう決戦は、両軍の大きな動きによって、新たな局面を迎えようとしていたのである。




