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第二十二話 エステラン攻略戦  前編 Ⅳ

 左翼前線ではレッドフォード隊が激戦を繰り広げ、帝国軍陣地後方からは正体不明の軍団が出現した。

 まるで生き物の様に変化した戦場。だがしかし、そんな戦場の変化など全く知る事なく、激し過ぎる頂上決戦を繰り広げている戦場がある。

 もしもそこに、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスがいたならば、きっとこう言ってしまうだろう。「ゴリオン対メガロドン」と・・・・・・。


「ふんぬうううううううううううっ!!!!」


 それは、とても巨大な魚だった。いや、これを魚と呼んでよいのだろうか?

 エステラン国軍サーペント隊の召喚魔法使い、ジョナサン・ロードナーが出現させた巨大な鮫は、帝国軍を食らい尽すべく襲いかかっていた。それを阻止しようと前に出て、味方を守るために戦っているのは、帝国軍鉄壁の盾であるゴリオンだ。

 彼は大斧を構え、風属性魔法に乗せられて向かって来る巨大鮫に対し、猛然と立ち向かう。敵も味方も、人類対鮫の頂上決戦とも言えるこの戦いを、固唾を呑んで見守っていた。

 ゴリオンの大きさは、常人を遥かに超えるものである。だがこの鮫は、そんなゴリオンを丸呑みに出来そうな程、巨大な鮫であった。体長は実に十五メートルはあり、まさに怪物である。

 そんな巨大な鮫が、風に乗って飛来する。誰が見ても、それは異常で驚愕の光景であった。この鮫はメガロドンと呼ばれる最大級の種であり、海の王者と呼べる存在だ。それが今、風属性魔法の力を借りて、その巨体が宙を舞っている。

 メガロドンはゴリオン目掛け、その巨大な口を開き、彼を喰らい尽そうと飛来する。自分へと向かって来るメガロドンを正面から叩き切るべく、ゴリオンは大斧を振り上げ、絶妙なタイミングで振り下ろした。メガロドンの大口を、彼の大斧が真っ二つに引き裂くかと思われたが・・・・・・・。


「なっ、なんだな!?」


 ゴリオンの振り下ろした大斧は、風属性魔法の力によって阻まれてしまった。大斧はメガロドンを斬り裂く直前で、目に見えない風の壁に阻まれ、その勢いを失ってしまったのである。

 風に守られたメガロドンは、一旦大口を閉じて反撃に移る。風の力を使い、ゴリオンへと突進を仕掛けた。ゴリオンは大斧を盾にし、メガロドンの突進を受ける。体重約五十トンはある巨体の突進は、常人を軽く殺せる一撃だろう。それをゴリオンは、真正面から受けてしまった。


「ぐうううううううううううっ!!!」


 盾にした大斧にメガロドンが突進し、ゴリオンは弾き飛ばされるかに見えた。だが彼は、この凄まじい衝撃に耐えて見せたのである。大きく後ろに押し戻されはしたものの、彼は立っていた。立ったまま受け止め切って見せたのである。


「そっ、そんな馬鹿な!?」


 ジョナサンやクロードの驚きの声と、両軍からの感嘆の声が上がる。敵兵ですら、彼の常人離れした怪力に魅せられた。

 メガロドンは風に乗り、一旦ゴリオンから距離を取って、再び空を舞う。ゴリオンはメガロドンの動きから眼を逸らさず、敵の次の攻撃に備えながら、勝つための作戦を必死に思考していた。


(どうすればいいんだな・・・・・・・)


 彼の自慢の大斧は、風属性魔法の壁に阻まれてしまった。

 ジョナサンの召喚した最大生物メガロドンは、クロード達の風属性魔法の支援を受けている。この常識外れの大きく重い生物を浮かせるため、クロード達は魔法を最大限まで高めている。最大魔力を集中しているお陰で、風がメガロドンの周囲を厚く覆っているのだ。そのせいでゴリオンの大斧は通らなかった。

 大斧は通らない。となれば、この場の兵士達が持つ武器など、全く効果がないだろう。今のこの状況では、勝てる手段はない。

 

(大きな魚なんだな。きっと、レイナに持っていったら喜ぶんだな)

 

 ヴァスティナ帝国大食い王ゴリオンに、勝るとも劣らない食い意地を持つ彼女ならば、この鮫を御馳走だと考えてもおかしくはない。勿論、こんな怪物を仕留められるのならばの話だが・・・・・・。


(あれしかないんだな・・・・・・)


 ゴリオンとメガロドンが死ぬ気で戦えば、両者無事では済まない。ゴリオンが勝つためには、腕や脚を失う覚悟が必要だろう。相手の大きな口の前では、彼の肉体は簡単に食い千切られてもおかしくない。

 勝利するには接近戦しかないだろう。風の壁に守られたメガロドンには、弓や弩などの飛び道具が効かないからだ。しかし、接近戦を行なったとしても、彼の振り下ろす大斧ですら防がれてしまうため、ゴリオンには何もできない。

 彼に残されたものは、この日のために用意しておいた、最後の手段しかなかった。






「ほんとにええんか?」

「いいんだな。それでみんなが守れるなら、オラはお願いしたいだよ」

「いくらエステランの魔法兵部隊とやり合うためって言うても、こんなんリックが許可せんで」

「リックには内緒にして欲しいだよ。お願いなんだな」

「・・・・・・・・わかったで。そこまで言うんなら決戦に間に合わせる。でもこの設計図はまだ試作段階のものなんや。問題点も多いし、実用化にはまだ早いんやで。最悪、使ったら命を落とすかもしれへん」

「わかったんだな。ありがとうなんだな」

「でもな、これだけは約束して欲しいんや。絶対に死なへんって・・・・・、うちと約束してくれんか」

「・・・・・・オラ、約束するんだな」






 ゴリオンは帝国一の天才発明家と約束した。彼女が作り上げたこの装備を使っても、必ず生きて帰るのだと約束したのである。

 対エステラン特殊魔法兵部隊の為の、ゴリオンの備え。彼はここで、その装備を使うと覚悟を決めた。

 発明家シャランドラが、次世代の近接戦闘用防御兵器として考案していたものを、ゴリオンが無理を承知で頼み込み、この時のために試作させたのである。まだ開発にはほど遠く、実験すら行なっていない代物であるが、理論上は使用可能であった。そんな装備を、彼は既に身に付けている。

 

(やるしかないんだな・・・・・・。ごめんなんだな、リック)


 きっとリックは、今からゴリオンがやろうとしている事に、絶対許可は出さない。これは、下手をすれば敵と刺し違える事になってしまうからだ。

 覚悟を決めたゴリオンは、その場で再び大斧を構える。己の得物の刃が、空を自在に飛びまわるメガロドンを捉え、決して離さない。

 全身に鋼鉄の鎧を纏い、常人には決して扱う事の出来ない巨大な大斧を操る、帝国軍鉄壁の盾。盾は仲間達を守るため、海の王者へと挑み続ける。相手を完全に倒すまで、彼は仲間達の前に立ち、盾としてあり続けるのだ。

 その力で俺の大切な仲間達を守れ。これはお前にしか出来ない事だ。自分が忠誠を誓う相手の、あの日の言葉が脳裏に蘇る。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 大地が震えんばかりの雄叫びを上げ、圧倒的な気迫を見せたゴリオン。いつも優しい表情を浮かべる彼が、今は気迫に満ちた表情で、メガロドンを睨み続けている。相手を必ず倒すと言う決意が彼を取り巻き、その存在感をより大きなものへと変えていく。

 エステラン兵士達には、今のゴリオンが巨大な怪物に見えた。自分達にはどうやっても発せない、ゴリオンの圧倒的な存在感と気迫が、そう錯覚させるのだ。

 しかし帝国軍兵士には、エステラン兵士達とは違うものが見えていた。彼らは、自分達を守るために戦場に立つ、巨漢ゴリオンの背中を見ている。その背中には、言葉では言い表せない頼もしさがあった。

 頼もしいだけではない。彼の背中には、自分の存在を欲してくれた男への忠誠心と、仲間達のためにと思い戦う優しさがあった。

 相手が人外の存在でも、海の王者でも関係ない。ただゴリオンは、自分の主が下した使命を胸に、どんな存在が相手でも一歩も退かず、必ず勝利すると決めている。


「来るんだな!!オラは逃げも隠れもしないんだな!!」


 ゴリオンの叫びは、エステラン兵士達にもはっきりと聞こえた。この叫びは、当然ジョナサン達にも聞こえている。彼の覚悟を知ったジョナサンは、次の一撃で決着を付けると決めた。

 

「クロード!次の一撃で決着を付けるぞ!!」

「お待ち下さい御曹司!このままじわじわと嬲殺しにすれば---------」

「駄目だ!あの男の武勇は本物だ。正々堂々と戦い、皆が納得できる勝利を得なければ、我がロードナー家の威信にかかわる」

「それはわかりますが・・・・・・」

「僕の鮫が負けるわけがない!僕の命令に従え!!」


 クロードの言う通り、鮫の戦闘力と風属性魔法を利用し、ゴリオンをゆっくり攻略する戦法の方が確実かも知れない。メガロドンの方が有利な状況でもあるため、クロードの言う事は尤もだ。

 それでも、ロードナー家次期当主の力を見せ付けるには、この戦場は絶好の舞台である。今までエステラン国軍が倒せなかった存在を、ジョナサンの力で討ち取ったとなれば、彼の名は国中に広まり、彼の力を誰もが称賛するだろう。

 ロードナー家次期当主としては、これは絶好の舞台であり機会なのである。その事をジョナサンはよく理解しており、だからこそ正々堂々の決着に拘っている。たとえそれが愚かな選択だとしても、彼は己の未来のために、その決着の付け方を選んだ。

 クロードはその覚悟を肌で感じ取り、それ以上は何も言わなかった。説得するのを諦めたのではなく、ジョナサンの考えと覚悟に全力で付き従うと、自分自身もまた覚悟を決めたのだ。


「我ら、御曹司の命令に従います!御曹司の召喚された切り札が負けるはずなどありません!我らの風の力、存分にお使い下さいませ!!」

「感謝するぞ!!行け、我が召喚魔法の集大成よ!大いなる風に乗り、我が国の宿敵を討ち果たせ!!」


 ジョナサンの命令を聞き、クロード達もメガロドンも、ゴリオンを討つために行動を開始した。

 クロード達は風属性魔法を操り、メガロドンを空中で大きく旋回させる。ゴリオンと向かい合ったメガロドンは、そのまま風の波に乗せられ、突撃を開始した。

 ゴリオンへと真っ直ぐ向かって行くメガロドン。眼前に映る巨漢を喰らうため、メガロドンはその大口を最大まで開いた。人間を簡単に丸呑みに出来るその大口は、巨漢ゴリオンですら喰らい尽そうとしている。

 大斧を正面で構え、迎え撃つ構えのゴリオン。この戦いを見守る誰もが、正面からの激突が起こると考えた。だが突然、メガロドンは軌道を変えてしまう。ゴリオンの目の前で、メガロドンは大空目掛け上昇を開始したのである。


「!!」


 敵と対峙するゴリオンには、メガロドンが何を行なおうとしているのか、戦いの中で鍛えられた直感によって理解できた。

 メガロドンは、敵の直上から急降下を行なおうとしているのだ。


「僕の勝ちだあああああああああああああっ!!!」


 充分な高度まで急上昇を終えたメガロドンが、ゴリオンの真上より急降下を開始する。大口を開けたままのメガロドンは、真上からゴリオンへと迫り、彼を頭から丸呑みにしようとしているのである。

 これが決まればジョナサンが叫んだ通り、彼の勝利となるだろう。全長十五メートルの巨大生物が落下してくるのである。直撃するだけで、死は確実だ。

 エステラン兵士の誰もが、ジョナサンの勝利を確信した。帝国軍兵士の誰もが、ゴリオンの危機に絶叫した。そしてゴリオンは、上空から迫るメガロドンに対し、逃げも隠れもしない。

 彼は動かなかった。避けようとせず、迫り来る脅威を見上げ、メガロドンを睨み付けたままだ。

 帝国軍兵士達が絶叫し、ゴリオンへ危機を知らせる言葉を叫んだその直後、彼とメガロドンは衝突した。風属性魔法と落下した衝撃により、大きな砂塵が舞い上がる。大地が揺れ、衝撃波が両軍の兵士達にも届く。

 大きく舞い上がった砂塵のお陰で、衝突後どうなったのか、両軍の兵士達は未だ確認できていない。彼らは皆、砂煙が治まるのを静かに待ち続ける。

 

「そっ、そんな・・・・・・・」


 帝国軍兵士の誰かが声を上げた。

 砂煙が治まり、両軍の兵士達が目撃したのは、一本の塔のように聳え立つ、メガロドンの姿であった。体長十五メートルの巨体が、真っ直ぐ地面に突き刺さったまま、微動だにしない。

 完全にメガロドンが、頭からゴリオンを丸呑みにしたのだと、誰もがそう思った。戦いを見守っていたエステラン兵士達から、歓喜の声が上がり始める。逆に帝国軍兵士達からは、全く声は上がらない。

 あのゴリオンが敗北した。帝国最強の盾にして、剛腕鉄壁のゴリオンが、エステラン国軍の特殊魔法兵に敗北したのである。その事実が、帝国軍兵士達には信じられなかった。


「やったぞクロード!!僕達は帝国の精鋭を討ち取った!」

「おめでとう御座います御曹司!!これでもう、我々を阻むものはありません」

「そうだな!!エステラン兵士諸君!帝国軍を討ち果たす時は今だ!僕に続けえええええええっ!!」


 帝国軍を撃破しようと、戦意を燃え上がらせたエステラン国軍は、ジョナサンの言葉に従い、攻撃を開始するため歩を進めた。

 ゴリオンがメガロドンに倒された事により、彼の部隊の兵士達は大きく戦意を失っていた。最早彼らに、エステラン国軍と戦える士気はなく、敗走しているのと変わらない。

 

「負けるのか・・・・・・俺達は・・・・・・」


 帝国軍兵士の一人がそう呟いた。

 ゴリオンは死んだ。メガロドンは塔の様に聳え、己の勝利を見せ付けている。ゴリオン隊兵士達は、彼がいた地を見つめ続け、立ち尽くしていた。

 負けた。何も出来なかったと、自分達の無力さに絶望している。絶望に打ちひしがれ、戦う意思を失った彼らは、戦う事を諦めた。

 彼らは戦いを諦めたのである。だがしかし、諦めるのは早過ぎた。


「!?」


 衝撃的な事が、一瞬で起こった。最初から見ていたものでさえ、何が起こったのか理解できなかった。

 一本の塔と化していたメガロドンが、突然、一瞬の内に、何の前触れもなく、内側から弾け飛んでしまったのである。

 何が起こってしまったのか、この場の誰も理解できない。ただ、ゴリオンを丸呑みにして勝利を収めたはずのメガロドンが、内側から爆発したように見えた。それだけは、どうにか理解できたのである。

 弾け飛んだメガロドンの肉片。身体の半分を失い、尾ひれの付いた残り半分の身体が崩れ落ちる。内側からの爆発のせいか、異変が起きた周囲には煙が舞っており、現在の状況はまだわからない。

 一体何が起こったのか?状況が理解できず、攻撃を開始しようとしていたエステラン兵士の足が止まる。帝国軍兵士達も、異変の中心から眼を逸らせない。

 全ての兵士達の視線を集めた、煙が舞う異変の中心。その中心から、更なる変化が起きる。


「御曹司!」

「!!」


 煙の中から、それは突然出現した。鎖に繋がれた大斧が煙の中から飛び出して、状況が理解できず、立ち尽くしてしまっていたジョナサンへと迫る。反応が遅れたジョナサンを庇うため、護衛のクロード達が彼の前に立ち、防御のための風属性魔法を展開しようとした。

 しかし、風属性魔法は間に合わなかった。先程までの魔力の消耗により、急な魔法展開が行なえなかったのである。クロード達は反応こそ早かったが、巨大鮫メガロドンを浮かせる程の魔力を生み出した後では、すぐに再度の魔法展開が行なえない。その事を、彼らは忘れてしまっていた。

 ジョナサンの前に出たクロード達は、飛んできた大斧の刃の餌食となり、斬り裂かれてしまった。クロードは大斧の直撃を受け、大斧の刃が腹部に大きく突き刺さり、大量の出血と共に一撃で絶命してしまう。

 文字通り、肉壁となってジョナサンを守ったクロード達だったが、大斧の攻撃はそれだけでは終わらない。鎖に操られた大斧が後ろへ引っ張られ、今度は空高くに飛び上がった。鎖を操り、大斧を高く飛び上がらせ、その刃をジョナサンの頭上へと運ぶ。


「えっ・・・・・・・」


 突然の出来事。一瞬の内に起こった、クロード達の死。

 状況が信じられず、立ち尽くしてしまったジョナサンには、この大斧の刃を回避する事ができなかった。頭上から迫る大斧を見つめたまま、彼はその場を動かない。次の瞬間には、頭上から大斧が叩きつけられ、ジョナサンの身体を押し潰してしまった。

 押し潰される直前、ジョナサンの脳裏にこれまでの記憶が次々と蘇った。ロードナー家の御曹司として育てられた、今日までの日々。趣味は本を読む事だった。特に好きな本は、海の生き物について書かれた図鑑で、中でも好きな生き物が鮫だったのである。

 八歳になった時、召喚魔法が開花した。鮫しか召喚できなかったが、鮫が大好きだったジョナサンにとっては、これ以上ない位に嬉しい力だった。それから三年後、この能力を認められたジョナサンは、エステラン国軍特殊魔法兵部隊の一員となった。さらに一年後には、対ジエーデル戦に参加し、共に従軍したクロード達と協力して、ジエーデル軍を大いに苦戦させたのである。

 今年十三歳となったロードナー家次期当主、ジョナサン・ロードナー。彼がこの世で最後に見た光景は、自分を叩き潰そうとしている、巨大な大斧の刃であった。


「そんな・・・・・馬鹿な・・・・・・」


 エステラン国軍兵士の一人が、そう呟いた。

 信じられなかったのだ。勝利したはずが、突然鮫が弾け飛び、いきなり大斧が現れ、次の瞬間にはジョナサン達は死んでいた。信じられないのも無理はない。しかし、これは全て現実に起こってしまった事である。

 呆然と立ち尽くすエステラン兵士達。先程取り戻した戦意は消え失せ、思考は完全に停止している。逆に帝国軍兵士達は、鮫が弾け飛んだ地を見つめ、煙が晴れるのを待った。

 帝国軍兵士達は理解したのだ。ジョナサン達を討ち取ったのは、死んでしまったと思われていた、帝国最強の盾であると・・・・・・・。


「はあ・・・・・はあ・・・・・はあ・・・・・・・・」


 メガロドンが弾け飛んだ地から、煙が晴れた。辺りにはメガロドンの肉片が散乱し、大量の血が撒き散らされている。そしてやはり、中心には彼がいた。

 全身傷だらけとなり、火傷まで覆っている。呼吸は荒く、膝をついたままその場を動かない。いや、動けないと言う方が正しい。彼は今、戦闘続行不可能なほど消耗しているのだから・・・・・・。


「ゴリオン隊長!!」


 ゴリオン隊の一人が彼の名を叫ぶ。

 彼は生きていた。メガロドンに食い殺されてなどいなかったのである。帝国軍最強の盾は、健在だった。全身を負傷し、鎧は砕け散り、満身創痍となりながらも、彼は生きていたのである。

 ゴリオンが全身に纏っていた鎧は、完全に砕け散ってしまっていた。これは、メガロドンの攻撃によって砕けたのではない。彼がシャランドラに頼み込んで作らせた、とある装備による影響だった。

 今回彼が全身に身に纏っていた重装甲の鎧には、特殊な仕掛けが施されていた。今回の鎧は二重の作りがなされており、鉄板の間には爆薬が取り付けられていたのである。つまり彼は、全身に爆薬を取り付けていたのだ。

 メガロドンに喰われた彼は、内部から攻撃をかけたのである。何故ならば、外側からの攻撃は効果がなかったからだ。思考したゴリオンは、メガロドンを守る風属性魔法が届かない、内側からの攻撃を考えた。

 敢えて自分の身を餌として、メガロドンの身体の中へと入り込み、取り付けた装置を起動させる。身動きできないメガロドンの口内で、唯一使える装備はこれだけであった。

 この装備は一度しか使えない、まさに切り札である。起動させた瞬間、鎧に取り付けられた爆薬の信管が作動し、爆発を起こす。爆発によって外側の装甲板が弾け、ばらばらになって周囲に撒き散らされるのだ。

 ゴリオンはメガロドンに喰われた瞬間、全身に装備された爆薬を全て作動させた。これにより、全身を覆う全ての鎧が爆発し、装甲板を口内に撒き散らした。爆発力のお陰で、吹き飛ばされた装甲板は殺傷能力の高い破片と化す。これが、メガロドンを内側からばらばらにした正体である。

 ゴリオンがシャランドラに頼み込んで作らせた、この危険な装備。彼女が次世代の近接戦闘用防御兵器として試作しようとしていた、新装甲装備。実用化するためには、使用者へのダメージを最小限に留めなければならないため、未だ研究段階である。ゴリオンが全身傷だらけとなり、爆発の影響で火傷まで覆ってしまっているのだから、問題点は多い。使用者が彼でなければ、確実に死んでいた装備だ。

 これは、爆発反応装甲。リアクティブアーマーと呼ばれる装備に近い設計の、帝国軍製の試作装備である。


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 ゴリオン隊の兵士の一人が、抑えられなかった感情のまま叫んだ。他の者達も、声にならない叫び声を上げたり、涙を流す者もいる。

 彼らは一度諦めた。しかし、ゴリオンは生きていた。メガロドンを倒すため、己を犠牲にして戦い、特殊魔法兵部隊のジョナサン達をも討ち取ったのである。

 自分達の情けなさに怒り、ゴリオンの勇姿に涙した彼らは、戦う意思を完全に取り戻した。今の彼らは、メガロドンすら恐れない。彼らが恐れるのは、自分達を守るため己を犠牲にして戦った、自分達の隊長を失う事だ。


「ゴリオン隊長を守れええええええええっ!!」

「全員前に出ろ!!隊長を中心に防御陣形を組め!!!」

「やってやる!もう何が来ても恐くねぇ!!」

「うおおおおおおおおおっ!!俺達は負けねえええええええええっ!!」


 ゴリオン隊兵士の士気は極限まで高まり、部隊は熱気を取り戻した。

 彼らは全員駆けだして、ゴリオンを中心に防御陣形を展開していく。傷付いて動けない彼を守るため、自分達が盾となる覚悟なのだ。

 エステラン兵達は恐怖した。あのメガロドンを倒したゴリオンにも、彼の配下の精鋭達にも恐怖してしまった。エステラン兵達とゴリオン達では、この戦場に立つ覚悟の重さが、最初から違うのだ。その覚悟の違いを思い知り、彼らは恐怖したのである。

 エステラン国軍の士気は、最早絶望的であった。特殊魔法使いであったジョナサン達は戦死し、帝国最強の盾を打ち破る事ができなかったからである。ゴリオン達には決して勝てないと、エステラン兵士の多くはそう思っていた。

 だが、中には例外の兵士もいる。傷付いているゴリオンを見て、今こそが好機だと叫ぶ兵士達もいたのである。

 確かに今この状況は、ゴリオンを討ち取るまたとない好機だろう。

 決戦前、帝国軍が集めた情報の中に、エステラン国軍特殊魔法兵部隊に関するものもあった。様々な情報を聞き、ゴリオンが取った行動こそが、対特殊魔法兵部隊用の装備の調達である。その装備をシャランドラに用意させ、ジョナサン達を倒す為に使用したお陰で、彼は今動けない。

 所詮ゴリオン隊は、約二百の兵力しかない部隊である。最大戦力のゴリオンが戦闘継続不可能となった今、この部隊の戦闘力は大きく低下している。彼らの士気が如何に高くとも、相手との兵力差を覆す事は出来ない。 

 エステラン国軍からすれば、ゴリオン隊を倒す好機である。ジョナサン達が犠牲となってしまった以上、ここでゴリオン隊を撃破しなければ、彼らの犠牲は本当に無駄になってしまう。ゴリオン隊兵士達は恐るべき戦意と覚悟を持っているが、それでも挑まなければならない。

 エステラン国軍の部隊長達が、兵士達を鼓舞して攻撃命令を叫ぶ。


「サーペント隊の死を無駄にしてはならない!!進軍せよ!!」

「相手は二百人程度の部隊だぞ!ここで逃げたら末代までの恥と知れ!!」

「見ろ!あの巨人は満身創痍だ!!やるならば今しかないぞ!!」


 状況を冷静に見る事の出来た兵士達が、今が好機と叫び続ける。それに触発されて、エステラン兵士達が士気を少しずつ取り戻した。ゴリオン隊を今度こそ撃破する為、進撃を再開しようと陣形を組む。

 敵は退いてはくれない。圧倒的不利な状況に陥ったゴリオン隊だが、彼らも退く事はない。ゴリオンを守るため、最後まで戦う覚悟を持っているのだ。


「みっ・・・・みんな、逃げるんだな。オラは・・・・・大丈夫だよ」

「逃げるのならば皆一緒です!!隊長を置いてなどいけません!!」

「隊長は俺達を命懸けで守ってくれました!だから今度は、俺達が隊長を守る番です!」

「いいかお前ら!!敵が千人だろうが二千人だろうが関係ない!ゴリオン隊長に向かって来る敵は全部討ち取れ!ヴァスティナ帝国の意地を見せてやるんだ!!」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」


 エステラン国軍兵士は再度の進軍を開始した。帝国軍兵士達は一丸となり、迎撃するため武器を握り締め、盾を構えた。

 エステラン国軍はゆっくりと進軍している。相手の兵力が少数であろうとも、決して油断はしない。何故ならば、エステラン兵士達にとってゴリオン隊は、鉄壁の盾と呼ぶに相応しい、南ローミリア最強の部隊なのだから・・・・・・。

 ゴリオン隊を確実に撃破する為、エステラン国軍は弓兵を集めて先頭に展開した。軍団が突撃する前に、矢を射かけて損害を与えようとしているのだ。

 エステラン国軍の弓兵が六十人程集まり、全員が弓を構えて、一斉に矢を放った。放たれた六十本の矢が全て、ゴリオン隊へと向かって行く。回避は出来ない。前面に盾を構えたゴリオン隊は、向かって来る矢に備えた。

 だが、彼らに向かって来ていたのは矢だけではなかった。

 ゴリオン隊後方から、猛然と迫る一頭の馬がいた。後方からの馬の接近に気付き、その馬のために道を空けた帝国軍兵士達。彼らが道を空けた理由は、その馬の背に乗る人物をよく知っているからだ。

 馬はゴリオン隊の先頭まで駆け、矢に備えて盾を構えた兵士達の真上を飛び越える。その馬から飛び降りて、ゴリオン隊の先頭に降り立った、その人物とは・・・・・・・。


「舞い上がれ、焔!!」


 叫びと共に、突然地面から炎が舞い上がる。舞い上がった炎は、ゴリオン隊へと向かって来ていた矢を全て焼き尽くし、後には灰しか残さなかった。

 これは、炎属性魔法による攻撃だ。そして、この魔法を操る事ができるのは、帝国軍にたった一人しかいない。

 炎属性魔法を操り、ゴリオン隊の危機を救ったのは、一人の少女である。燃えるような赤髪と、十文字の槍が彼女の特徴だ。一度彼女が戦場に赴けば、その赤い髪は美しく舞い、十文字の槍は多くの敵の命を絶つ。

 ヴァスティナ帝国軍の兵士ならば、彼女を知らぬ者はいない。彼女こそ、帝国最強の戦士だと謳う者は大勢いる。何故なら彼女は、ヴァスティナ帝国軍参謀長の右腕なのだから・・・・・・・。


「サーペント隊の一人を倒したのか。後は私に任せろ」

「オラは・・・・まだ・・・・・・やれるんだな」

「お前の戦果は、この戦いに必ず勝利をもたらす。お前は充分役目を果たした。だから今は休め」


 ゴリオン隊の先頭に立つ彼女を追って、彼女の配下の精鋭達が集まり始めた。精鋭達は全員槍で武装しており、彼女の背後に整列する。彼女も精鋭達も、その背中でゴリオン達に語っていた。「後は任せろ。ここから先は、自分達の出番だ」と。

 彼女の配下の精鋭達は、彼女によって鍛え抜かれた槍使い達だ。五百人の精鋭槍兵部隊が、エステラン国軍へと挑もうとしている。彼らはゴリオン隊の兵士同様に、士気は高く、戦意は旺盛だ。そして、死を恐れない戦う覚悟を持っている。

 そんな彼らを率いているのは、帝国軍決戦部隊が温存していた、最後のナイトである。

 帝国参謀長の右腕であり、参謀長に絶対の忠誠を誓う槍士。炎属性魔法を操り、神速の槍捌きで戦場を駆け、烈火の如き武を示す。満を持して戦場に降り立った彼女は、配下の精鋭達と共に、この戦場を駆け抜けていくだろう。


「聞け、エステランの兵士達よ!!貴様達は、決して我々に勝てない!何故なら、我々には大義があるからだ!!」


 眼前の敵兵に対し、彼女は叫ぶ。その眼に怒りと憎しみの炎を燃やし、エステランの軍勢を見据えている。


「我が名はレイナ・ミカヅキ!ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスの命に従い、貴様達を討つ!!」


 この場の帝国軍全兵士は勝利を確信し、彼女へと命を預けた。

 今や彼女こそが、帝国の軍神。精鋭槍兵部隊ミカヅキ隊が、エステラン国軍への攻撃を開始する。

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