第二十二話 エステラン攻略戦 前編 Ⅲ
ゴリオン隊が特殊魔法兵部隊と激突していた頃、帝国軍左翼側の前線でも激しい戦闘が続いていた。
「はあっ!!」
眼前に見えた敵は全て切り伏せ、敵部隊を突き崩して進撃を続ける、帝国軍の精鋭部隊がいる。部隊の先頭に立ち、神速の剣戟を振るっている男は、既に三十人以上の敵兵を切り伏せていた。特徴的な金髪と、女受けの良さそうな整った顔立ちのこの男の名は、剣士クリスティアーノ・レッドフォード。帝国参謀長の左腕であり、帝国一の剣の使い手である。
彼の振るった一閃が、また一人の敵兵の命を奪い去る。その一閃は神速と呼ぶに相応しく、その突きは正確に相手の心臓を刺し貫き、戦場を駆け抜けていく。
「弱過ぎんだろ、おい!!てめぇらほんとにエステランの精鋭か?雑魚は引っ込んでやがれ!」
口は悪いが、腕前は本物である。彼が通り過ぎた後には、一撃で討ち取られた敵兵の屍しか残らない。
クリス率いる精鋭剣士部隊は、軍師エミリオの命令を受け、帝国軍左翼前線の立て直しのために突撃を開始した。クリス達が突撃し、エステラン国軍部隊を切り崩していった事により、左翼前線の立て直しは順調に進行している。エステラン兵士達は、クリス達の精強さに全く歯が立たず、徐々に後退を始めていた。
「どうした!俺を討ち取ろうっていう骨のある奴はいねぇのか!?」
クリスの挑発が戦場に響くが、後退を始めているエステラン兵士達の中で、彼を討ち取ろうと向かって行く者はいない。前線のエステラン兵士達は、クリスの実力を嫌と言うほど知っているため、彼の挑発に乗る命知らずはいないのである。
勿論、自分の腕に自信がある者の場合は、その限りではない。
「ここにいるぞ!私と勝負だ!!」
「ああん!?」
彼の挑発を受け、エステラン国軍の一人の兵士がクリスの前に現れる。馬に乗り、槍を片手に現れたのは、エステラン国軍の小隊長であった。
自分の腕前に自信があるらしく、クリスを討ち取るために槍の切っ先を彼に向ける。
「貴様のその首を貰い受ける!いくぞ!!」
「はんっ!いいぜ、かかってきな!!」
馬が駆け出し、敵の小隊長がクリスと戦うために向かって行く。クリスもそれに応え、現れた勇敢な兵士に向かって行った。
お互いに駆け出し、クリスの剣の切っ先が、小隊長の心臓目掛けて放たれる。その突きはやはり神速で、並の兵士では捉えられない事だろう。しかしこの小隊長は、クリスの突きに反応して見せた。彼は放たれた切っ先に対し、腰に差していた剣を抜き放って対応したのである。右手に槍を持ったまま、左手で剣を抜き、その剣を自分の胸元まで持ってきて、何とかクリスの一撃を防いだ。
クリスの剣の切っ先が彼の剣と衝突し、鉄同士がぶつかり合った甲高い音が響く。
自分の剣が防がれたクリスは、すぐに距離を取って相手と離れる。先程までと違う、自分の初撃を防いで見せた相手に対し、クリスの闘志が一層燃え上がった。
「やるじゃねぇか。俺に勝負仕掛けてくるだけあるぜ」
「まだまだこんなものではないぞ!」
馬に跨ったままクリスとの距離を詰め、槍を振りまわして攻撃を仕掛けた小隊長の男。馬上から槍の突きが放たれるが、それを容易く躱して見せるクリス。小隊長の攻撃は続くが、槍を使った攻撃の数々は全て躱されていった。
「こんなもんかよ!今度はこっちの番だぜ!!」
「!?」
全ての攻撃を躱して見せ、反撃に移ったクリスは、剣を片手に跳躍する。小隊長との距離を一気に詰め、横薙ぎに一閃を放つ。小隊長の男は防御の姿勢を取ろうとしたが、反応するのが一瞬遅れてしまった。それが命取りとなる。
クリスの剣は小隊長の首元へと迫り、次の瞬間には勝敗が決していた。振られた一閃は男の首を綺麗に斬り落とし、首を失くした男の身体は馬上から崩れ落ちる。
「てめぇの槍じゃ俺は殺せねぇ。俺を殺したきゃ、槍女を超えてからにするんだな」
敵の小隊長は勇敢な男であったが、相手が悪過ぎた。実力はあったが、クリスはこの男よりも強い槍使いと、これまで幾度となく激突しているのだ。クリスは帝国軍一、槍使いとの戦い方を知っている剣士なのである。
「うおおおおおおおっ!!レッドフォード隊長が敵指揮官を討ち取ったぞおおおおおおおっ!!」
「レッドフォード隊長こそ帝国一の剣士!いや、大陸一の剣士だ!!」
「隊長に続いて武勲を上げろ!突撃に移れえええええええええっ!!」
剣の使い手で構成された精鋭部隊レッドフォード隊は、隊長であるクリスを先頭に、エステラン国軍を蹴散らしながら突き進んでいく。クリスによって鍛え抜かれた精鋭達は、敵軍に対して剣で後れを取る事はない。士気も高く、勇敢であるため、敵との兵力差などものともせずに向かって行くのだ。
「糞王子はどこにいやがる!俺が綺麗に三枚におろしてやるから出てきやがれ!びびっちまって出て来れねぇのかよ、腰抜けが!!」
彼の挑発が戦場に響き、その声はエステラン兵の耳にも届く。しかしエステランの兵士達の中で、彼の言う糞王子事メロースへの侮辱に対し、怒りを露にする者はいない。
(あの糞王子、相当嫌われてやがるな)
クリスの読みは的中している。第二王子メロースに忠誠を誓い、彼のためにと戦っている者は極僅かなのだ。
メロース派の兵士の多くは、彼に仕方なく従っている。国王の命令で彼の配下となり、メロースの無茶な命令に従ってきた多くの兵士達には、行き場がない。メロースは兵士達に命じて、国民の財産を強奪し、自分が目を付けた女性達を攫わせていた。
国内での彼の好き勝手な振る舞いは、エステラン全国民が認める悪逆非道な行ないである。その気が無かったとしても、兵士達はメロースの命令の実行犯であるため、国民達からの糾弾は免れない。メロースを裏切り、国王か第一王子に付いたとしても、自分達の犯してしまった罪が消えない限り、用が済めば彼らは必ず処分されるだろう。
メロース派兵士達は、自分達が生き残るために、本当に仕方なく彼に従っているのである。国内の対立を決着させ、メロースをエステラン次期国王に据えない限り、彼らに未来はない。
そして、メロースに忠誠を誓っている者達は、彼のお陰でおこぼれにあずかってきた者達である。金や女を与えられ、メロースに付き従い、欲望のままに生きる者達だ。メロースが次期国王にならなければ、彼らは今の生き方を続ける事ができないため、メロースに従い続けている。
第二王子メロースは、人間の欲望を操る事に長けている。自分に従う者達を集める時、彼はまず略奪を行なう。自分のもとに集まった兵士達を略奪に参加させ、金や女を奪うのだ。そうして奪い取ったものを兵士達与え、胸の内に秘めた彼らの欲を揺さぶるのである。
一度この味を知ってしまえば、二度と忘れられなくなってしまう。略奪を許すのは、王族ではメロースだけである。王族としても軍の指揮官としても最低なメロースに、忠誠を誓う者達がいるのはそのためだ。その忠誠を誓う者達は、一部の貴族や軍の指揮官達であり、彼らは権力や兵力を持っている。多くのエステラン国民に憎まれるメロースが、大きな勢力を持っているのはそれが理由なのである。
(話に聞いてた通りってわけかよ。こりゃあ、あの糞王子の首刎ねたら一発で全部片付くぜ)
作戦会議の段階で、メロース派についての情報を聞かされているクリスは、敵兵の士気の低さをその身に感じ、この戦いの早期決着のつけ方を理解した。つまりこの戦いは、メロースさえいなければ、メロース派兵士達は戦う意味を失うのである。メロースを討ち取った後に、彼らが最後まで抵抗し続ける事は、今のところはないだろう。
「お前ら、このまま奴らを蹴散らして進むぞ!俺達で戦いを終わらせてやろうぜ!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」
クリスが号令をかけ、レッドフォード隊全兵士の雄叫びがこの戦場全体に響き渡る。兵力差では圧倒的に不利であろうとも、士気と練度の高さでは圧倒的に上まわる彼らの戦いは、まだまだこれからである。
「エステランの糞兵士共!神への祈りは済ませたか?死んだら天国に行けるよう、精々必死に祈っとけ!!」
戦況は変化した。
ヴァスティナ帝国軍決戦部隊は、当初エステラン国軍との兵力差の前に苦戦を強いられていたが、精鋭のレッドフォード隊とゴリオン隊の活躍によって、前線の立て直しに成功したのである。
しかし帝国軍は、この局面でエステラン国軍の特殊魔法兵部隊と交戦状態に入った。前線正面のゴリオン隊は現在、エステラン国軍特殊魔法兵部隊サーペントの攻撃を受け、一進一退の攻防を続けている。
左翼前線を押し返したレッドフォード隊は、いくつかの敵部隊を撃破し、そのまま突撃を継続していた。指揮官である軍師エミリオからは、無理な進軍は控えるよう後退の命令が出たのだが、レッドフォード隊の指揮官クリスはこれを拒否し、自らの部隊と共に突撃を続けている。
(正面は膠着状態、左翼は突出か・・・・・・)
戦況の報告を聞いた軍師エミリオは、指揮官用の天幕の中で、現在の状況を正確に分析していた。
想定よりも少し早いが、敵の特殊魔法兵部隊が現れた。前線正面に現れたその部隊は、サーペント隊の一部であり、残りの精鋭部隊は未だ温存されたままである。正面を守るゴリオン隊はサーペント隊と交戦状態に入り、激しい戦いを始めたばかりであった。
ゴリオン隊がサーペント隊に敗れた場合、戦力を再編成した正面のエステラン国軍が、再び兵力差に任せた突撃を開始してしまう。そうなれば、帝国軍は総崩れとなる危険性があり、この戦いそのものに敗北してしまうのである。故にゴリオン隊は、ここで敗北する事は許されない。
さらに問題なのは、レッドフォード隊による後退命令無視の突撃である。今現在もクリス達は、エステラン国軍指揮官メロースを自分達の力で討ち取るため、敵軍の中を駆け抜けているのだ。
(命令無視の突出・・・・・・)
報告を聞かされた時は、流石のエミリオも耳を疑った。まさかあの彼が、命令無視の無謀な突撃をするなど信じられなかったからである。
戦い方や言動だけを見れば、クリスは諸突猛進タイプの猛将と言えるだろう。しかし実際の彼は、戦況を冷静に分析し、その場での最善策を考える事の出来る人間だ。
今までクリスは、戦場で命令無視を行なった事もなければ、味方を危険に晒すような無謀な突撃を行なった事もない。見た目は熱いが、常に頭は冷静なのである。彼が命令に忠実に従ったおかげで、今まで数々の戦いに勝利する事ができたのだから、これは間違いない事だ。
だが今回は、現場での独自判断で行動し、部隊を率いて突撃を行なったのである。これには必ず、クリスなりに考えた意図があるはずなのだ。
(考えはわかっている。利用しろと言う事だね、君の存在を・・・・・・)
クリスの部隊は突撃し、前線でエステラン国軍を挑発して、自分達の存在をアピールし続けている。これはクリスの作戦なのである。
メロースはクリスへの復讐を狙っており、そのために軍をこの地へ動かした。そして今、クリスと彼の部隊は、敵軍の真っただ中で戦っている。メロースは確実にこれを好機と見るだろう。クリスへの復讐を果たすならば、このまま彼らを包囲して、一気に押し潰す事ができるのだ。
エステラン側からすればクリスの部隊は、調子に乗って敵軍深くまで突撃を敢行した、非常に愚かな部隊と映るだろう。帝国軍の精鋭を討つ好機でもあるため、戦力を集中させる可能性は高い。
(クリスの存在は、メロースを釣るのに絶好の餌だ。メロースは必ず動き、精鋭部隊も動かすはず。ならば、私のやる事は決まっている)
クリスが作り出そうとしている、敵軍の戦力集中。
帝国軍とエステラン国軍の戦いは、やはり兵力数の多いエステラン側が有利である。軍師であるエミリオはこの決戦に勝利するべく、この戦いのための仕込みは済ませてはいるが、前線崩壊の危険があるのが現状だ。
故にクリスは、自分で考え行動を起こした。敵が自分のところへ戦力を集中するよう仕向け、各前線の負担を減らすつもりなのだ。それだけでなく、これは総指揮官メロースを敵軍後方から釣り出し、確実に討ち取るための布石でもある。
帝国軍正面の前線は激しい攻防が続いているが、右翼側前線は敵の戦力が他よりも少なく、味方が勇猛果敢に戦い続けているため、何とか前線を保たせていた。しかし、この現状で敵軍が動き、精鋭部隊を前線正面や右翼側に投入すれば、帝国側の前線が崩壊する恐れがある。
クリスと言う餌に釣られ、メロースが動けば、彼は間違いなく精鋭部隊の大半を率いて左翼側に向かう。正面と右翼側にこれ以上大きな戦力が投入されなければ、帝国軍は前線を維持し続ける事ができるだろう。それは必ず、帝国の勝利へと繋がる。
(リックのために君がその役目を担うなら、私は存分に君を利用する)
ただ勝利のために、クリスは自らを犠牲に最善の行動を取った。彼は自分の部下達に覚悟を決めさせ、今も最前線で戦っている。
(命令するよ、クリス。左翼側前線の敵を突破し、宿敵メロース・リ・エステランを討て)
この戦いは決戦である。絶対に負けられない、宿敵エステラン攻略の戦いなのだ。勝利のためには、どんな非情な命令も下さなければならない。
だから彼は命令する。クリス達に、死ぬ覚悟を決めて突撃しろと・・・・・・。
エミリオがクリス達の突撃を認め、次の作戦行動を思考し始めた直後、彼の天幕に味方の伝令が駆け込んできた。伝令は酷く慌てた様子であり、これから伝えられる報告が、重大な情報である事が予想出来た。
「報告致します!エステラン国軍後方よりバンデス国軍が接近しております!バンデス国軍の兵力は約二千!エステラン国軍への増援だと思われます!!」
エステラン国と軍事同盟を結び、協力して独裁国家ジエーデル国と戦い続ける国がある。それがバンデス国だ。
ジエーデル国によって滅ぼされた国の生き残りが集まり、独裁国家に復讐するために戦い続ける軍事国家。小国でありながら、精強な軍事力を持つこの国の軍隊が、エステラン国軍後方より接近中だと言う。
エステランとバンデスは、互いに軍事同盟を結ぶ仲間である。そして二国は、帝国の敵だ。帝国軍の誰もが、バンデスはエステラン国軍への増援だと考えた。
(予定通りですね)
報告を受けたエミリオは、冷静な表情のままであり、取り乱す事は一切なかった。
伝令からの報告は、彼にとって予定通りの動きなのである。増援のために現れたであろう兵力約二千の登場は、彼を慌てさせる程の事ではない。
「報告ご苦労様です。接近中の軍団への対応は---------」
「ほっ、報告致します!!」
彼が伝令に命令を下そうとしたその瞬間、天幕内へ別の伝令が駆け込んできた。新たな伝令の兵士も慌てた様子であり、少し呼吸を整えた後、報告を述べた。
「我が軍後方より正体不明の軍団が接近しております!!数は約二百!」
「!?」
この報告は、エミリオも全く予想していなかった、まさにイレギュラーな事態であった。
帝国軍後方から軍団が現れる。その正体には二つの可能性がある。一つは友軍で、もう一つは敵軍の可能性だ。
友好国が軍隊を動かし、帝国軍へ救援を向かわせたのかも知れない。しかし、エミリオのもとにそのような連絡は届いていない。ならば、可能性として最も考えられるのは・・・・・・。
(まさか、我が軍後方に兵を密かに動かしたのか。あり得ない・・・・・・)
後方を取られないよう、敵軍が後方にまわり難い地形の戦場を選び、各所に偵察部隊を置くなどして、後方からの奇襲を警戒していた。エミリオの敷いた警戒網は完璧だったが、実際は後方から軍団が接近している。つまり、接近中の軍団がエステラン国軍であるのなら、警戒網を抜けられた事を意味するのだ。
(二百程度なら或いは・・・・・・。完璧なものなどないと言う事か・・・・・・・)
今彼は、最悪の想像で思考していた。約二百人規模の軍団を敵軍だと考え、即応できる部隊を考える。真っ先に浮かんだのは、槍士レイナ率いるミカヅキ隊だった。
(ミカヅキ隊を使うなら、二百程度のエステラン国軍を撃退するのは容易だ。だが、ここでミカヅキ隊に無駄な消耗を与えるわけにはいかない・・・・・・)
決断しなければならない。しかしこれは、簡単な決断とはいかない。ここで最後のナイトを出してしまえば、帝国軍は貴重な精鋭部隊を全て投入した事になってしまう。敵軍が切り札を出し切っていない今、それは危険な選択と言える。
(敵の奇襲であるのなら、今すぐに対応しなければならない。ミカヅキ隊を出して早々に片付けるのか、それとも別の部隊を集めて迎撃に向かわせるか・・・・・・・)
決断を迫られたエミリオは、現状とれる最善の選択を必死に導き出そうとしている。全てが手遅れになる前に、彼が最善の選択を導き出さなければ、帝国軍に勝利はない。
伝令からの報告がもたらされたあの瞬間、軍師エミリオ・メンフィスはその能力を試されてしまったのである。
(情報が欲しい。後方からの正体不明の軍団とは、一体・・・・・・・)




