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第二十二話 エステラン攻略戦  前編 Ⅱ

「何だこの体たらくは!?我々の方が兵力で勝っているのだぞ!敵軍の撃破にいつまで時間をかけるつもりだ!!」


 戦いはまだ始まったばかり。しかしこの男は、短気で堪えを知らないのである。

 エステラン国軍後方陣地。陣地内で自分の部下達に対し叱責しているのは、エステラン国第二王子メロース・リ・エステランである。

 彼に率いられた兵士達は、無茶で理不尽な命令を出され続けていた。王子に対する内心の怒りを必死に堪えつつ、兵士達は王子の叱責を受けている。


「敵は前線を立て直す為に後退したのだぞ!このまま追撃をかけて敵本陣を攻め上がればいい。何故それが出来んのだ!?」

「お言葉ですが、敵の狙いは我が軍を誘い出す事でしょう。追撃をかけた部隊をあの巨人で打ち倒そうとしているのは明白です。ここで徒に兵を失うわけには-------」

「黙れ!!この私に意見する気か!」

「けっ、決してそのような・・・・・・」


 戦場において、メロースは我儘で無能な指揮官であると言える。的確な作戦指揮ができるわけではないと言うのに、自分で指揮を執ろうとするのだ。お陰で現場は混乱し、無用な損害を出してしまう。

 今もそうである。現場を知っている兵士達からすれば、メロースの命令は実行してはいけないと理解している。大きな犠牲を払うとわかっていながら、勝てもしない戦いに兵を投入など出来ないからだ。追撃隊を出せば、間違いなく帝国軍の殿部隊と戦闘になる。その殿部隊とは今まで何度も戦闘しており、多大な犠牲を払い続けている。これまで一度もエステラン国軍は、帝国軍の殿部隊を突破できた事がないため、王子の命令は絶対に聞けなかった。

 

「あの巨人の如き男が率いている軍団など、私の精鋭達が必ず討ち取ってくれる。追撃部隊にあの者達を加え、すぐに攻撃をかけろ。これは命令だ!!」


 メロースの言うあの者達とは、対ジエーデル戦に投入されていた特殊魔法使いである。彼らの存在があるからこそ、メロースは帝国に勝利できる絶対的自信を持っているのだ。

 

「殿下の仰る通り、確かに彼らならば勝てるかも知れません。ですが、彼らは我が軍の切り札です。前線に投入するのは早過ぎるのでは・・・・・・」

「今使わないでいつ使う!我々は今度こそ奴らを滅ぼすのだ。敗北は絶対に許さん!」


 現在この戦場で戦うエステラン国軍の最高指揮権を持つのは、残念ながらメロースなのである。兵士達は彼に従う他なく、彼が精鋭部隊を投入しろと命令を出したなら、実行するしかないのだ。

 だが、帝国軍の作戦も分らぬ内に、切り札である特殊魔法使いを投入するのは、後々あるかもしれない危機的状況に切り札を使えなくなってしまう。危機的状況への対応戦力をここで使い切ってしまうのは、兵士達からすれば愚策と言えた。


「全軍に通達するのだ!前線にサーペント隊を投入するとな!!」


 前線の兵士の士気を上げるため、メロースは切り札投入の情報を全軍に通達するよう命令した。

 この命令は、渋々兵士達により実行され、前線に伝えられた。前線にその情報が伝わってすぐ、エステラン国軍特殊魔法兵部隊「サーペント」は、初めて帝国軍との戦いに投入されたのである。






「ふんぬううううううううううううっ!!!!」


 正面の帝国軍前線部隊が一時後退し、追撃をかけたエステラン国軍を迎え撃ったのは、帝国軍鉄壁の盾であるゴリオン率いる部隊である。彼の率いた二百の兵力は、正面の前線部隊後退と同時に前に出た。全ては、味方の一時的後退を支援するためである。

 自らも最前線に立ち、自分よりも巨大な斧を振りまわすゴリオン。彼の常人を超えた大きさと常人を超えた怪力は、どんな巨大な武器も扱えてしまう。雄叫びを上げ、己の得物である巨大な斧を振りまわし、エステラン兵士を薙ぎ倒していくゴリオンの姿は、まさに怪物と言えた。

 エステラン国軍兵士から、ゴリオンはこう呼ばれている。「鉄壁の巨人」と・・・・・。


「ふんっ!!」


 ゴリオンが横一閃に大斧を振り、彼の目の前にいた八人のエステラン兵士が薙ぎ払われる。圧倒的な怪力で振られた大斧の刃は、敵兵士の身体を斬り裂き絶命させる。鮮血が地面に撒き散らされ、身体が二つに分かれた兵士の死体が散乱した。

 彼はこの調子で、既に三十人程の敵を屠っている。たった一人で敵三個分隊を壊滅させても、彼の武は止まらない。振りまわされた大斧は、次々と新たな死体の山を築き上げていく。やはり彼の力は恐るべきものであるため、エステラン兵士は恐怖を感じ、ゴリオンから後退りを始めてしまっていた。

 ゴリオン旗下の兵士達は、隊長である彼の力に湧き上がり、大いに士気を向上させていく。頑丈な鎧に身を包み、鋼鉄の盾を構えながら突撃する彼らの力もまた、敵を恐怖させる要因となっていた。ゴリオンの活躍に負けじと、勇猛果敢に戦いを挑み、エステラン兵士を一人また一人と討ち取っていく。

 

「みんな頑張るんだな!仲間たちを助けるだよ!!」

「了解!!」

「ゴリオン隊長に続けええええええええっ!!!」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」」」」」」


 味方の士気は最高潮に高まり、前線部隊後退支援の為に命を懸ける。ゴリオン隊の兵士達は、盾を構えて敵兵士へと突進し、それを受けて体勢を崩した敵兵をそれぞれの得物で殺していった。剣で斬り裂き、槍を突き刺し、盾で殴り殺す。皆がそれぞれの得物を使い、それぞれのやり方でエステラン兵を殺していく。

 彼らは皆精強である。そして彼らは、ゴリオンに心酔している。それが彼らの強さの理由だ。

 帝国軍兵士として日々厳しい訓練を受ける彼らは、指揮官であるゴリオンに絶対の信頼を抱いている。彼らは皆、ゴリオンの命令に忠実に従い、ゴリオンと共に過酷な殿を請け負うのだ。味方の後退支援と言う危険な任務を、彼らは全く恐れない。それは、彼らの指揮官が帝国最強の盾であるが故だ。

 帝国軍鉄壁の盾であるこの部隊の指揮官は、剛腕にして鉄壁のゴリオンである。しかしゴリオンには、作戦計画能力や指揮能力などがあるわけではない。指揮官として必要な能力を、彼は全く持ち合わせていなかった。

 それでもゴリオンが、部隊の指揮官として絶対的信頼を集めているのは、彼の温厚さと圧倒的武勇によるところが大きい。普段はとても温厚で、部下想いの優しい男だが、一度戦場に赴けば、仲間達を守るために己の武勇を存分に揮う。

 部下達はその事をよく知っている。彼の圧倒的な力によって、自分達もまた守られているのだと、理解しているのだ。

 確かにゴリオンは、指揮官としては能力不足で未熟だろう。ならば、そんな彼の至らぬ部分を、部下である自分達が支えればいい。ゴリオンは帝国軍の英雄の一人であり、彼の部下達は、英雄の率いる部隊にいる事を誇りに思っている。英雄と共に戦える喜びと、英雄のために戦いたいと思うからこそ、彼らはゴリオンに従い、彼を支えるのだ。


「押し潰せええええええええええっ!!!」

「うおおおおおおっ!!帝国ばんざああああああああいっ!!」

「連携を崩すな!!隊列も乱すんじゃねぇぞ!」

「進めええええええっ!ゴリオン隊長がいる限り俺達に敗北はねぇ!!」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」


 ゴリオン隊はエステランの追撃部隊を完全に停止させ、鉄壁の防御で押し返す。ゴリオンと共に一丸となって戦う彼らは、味方を守る鋼鉄の盾。これを突破するのは、並の軍隊では不可能だろう。

 そう、並の軍隊ならばだ・・・・・・・。


「顕現せよ、我が僕達!!」


 怒号飛び交う戦場の中、エステラン兵士側から一人の男が声を上げた。その声は多くの兵士の声によってかき消されてしまったが、帝国軍の兵士達からすれば、無視していい声ではなかった。

 帝国軍に押し返されるエステラン兵達の頭上より、奴らは現れた。それは、陸地にいないはずのものであり、空も飛ぶ事はない。少なくとも、奴らはこんな戦場に現れていいものではない。


「あっ、あれは何だ!?」


 ゴリオン隊の一人の兵士が、自分達へと飛翔する物体に気が付いた。いや、物体と言うより生物であるそれは、特徴的な背びれを持ち、鋸のような歯が整然と並んだ大口を開き、ゴリオン隊の兵士に襲いかかる。


「うっ、うわああああああああっ!!」

「なっ、なんだこい---------ぐわあああああああああっ!?」

「気を付けろ!得体の知れないのが飛んでくるぞ!!」


 飛んできたその生物は人間以上に大きく、人を丸呑みできそうなその大口で、兵士達を襲い始めた。凶暴なその生物は兵士達に噛み付き、運の悪い兵士は、鎧の隙間に牙が深く突き刺さり、激痛に苦しみ悶えている。飛翔してきた生物は全部で四匹いて、人以上の身体の大きさを活かし、飛んできた勢いでゴリオン隊の連携を崩す。

 巨大で凶悪な四匹の生物は、その凶暴性を存分に発揮し、ゴリオン隊の兵士達に噛み付き続ける。頑丈な鎧で全身を覆われた兵士達だが、鋸のような歯を持つこの生物の顎の力は凄まじく、鉄製の鎧を嚙み砕いてしまう。右腕を鎧事噛み付かれた兵士は、そのまま腕を食い千切られた悲鳴を上げる。同じように両足を食い千切られ、大量に出血しながら苦しむ兵士もいた。


「みっ、みんな!?今助けるんだな!」


 襲われている仲間達を助けるべく、ゴリオンは大斧を振り上げる。生物目掛け、勢いよく振り下ろした刃が生物を一刀両断した。まずは一匹片付け、残りの三匹は他の兵士達が武器を突き立て、如何にか殺す事に成功した。


「おっ、大きな魚なんだな」

「魚ですか・・・・・・これ・・・・・」


 ゴリオンが切り伏せ、兵士達が滅多刺しにした生物は、確かにゴリオンの言う通り魚類に見える。だがゴリオン達は、この生物が恐らく魚類だろうと言う位しか分からず、その正体が全く分からなかった。

 しかし、兵士の一人が生物の死体を見て、とある生物の知識に思い当たった。


「これってもしかして・・・・・・・鮫かも知れません」

「鮫!?・・・・・・・・って、なんだそりゃ?」

「本で読んだ事があるんですけど、確か海に生息してる魚類のはずです。肉食で、人を襲ったりする事もあるそうですが・・・・・・」

「何で海にいるはずの魚がこんなところにいるんだよ!?しかも何だこの大きさ!人を丸呑みにできるぞ!」


 特徴的な三角の背びれを見て、兵士の一人はこの生物を鮫と呼んだ。

 そう、確かにこの四匹の生物は鮫であった。海洋に生きる肉食の生物が、突然帝国軍のもとに飛来して、兵士達を襲ったのである。体長は約八メートル以上で、あり得ない大きさの巨大な個体だ。それが四匹も飛来して、ゴリオン隊の連携に傷を作ったのである。

 負傷した兵士達は全員重傷であり、すぐさま応急手当が行なわれ、味方の手によって後方へと下げられた。突然の襲撃者を何とか撃退したゴリオン隊だが、その隙にエステラン追撃部隊は一度下がり、態勢の立て直しを図っていた。

 突然の鮫の襲撃は、追撃部隊を支援するための攻撃だったのである。鮫に気を取られている内に、追撃部隊に立て直しの時間を与えてしまったのである。


「さあさあ帝国軍の諸君!僕の魔法はお気に召したかな!?」


 ゴリオン隊と追撃部隊の間に現れた、一人の少年。少年はエステラン兵士の格好ではなく、黒いローブに身を包んだ怪しい格好をしている。

 

「御曹司!不用意に前に出ては危険です!!」

「危険などないさ!僕には頼もしい僕達がいるのだから!!」


 少年の後ろには、装飾の施された軍服を着た男達が続く。男達は少年の護衛役であり、とある貴族に仕える私兵達である。

 

「メロース王子に歯向かう愚か者共め!強いと噂のお前達も、僕の魔法の前では赤子同然さ。全員まとめて鮫達の餌にしてくれる!」


 少年が叫ぶと同時に、彼の真上に突如として黒い何かが現れた。真黒なそれは円を描き、まるで少年の真上の空間を切り取ったような、そんな形となる。

 これは彼が魔法によって生み出した、特殊な空間である。現れた空間の中から新たな鮫が顔を出し、獲物を狙うその眼が、ゴリオン隊に向けられた。

 

「この餓鬼!魔法兵部隊か!?」

「でかい魚が何だってんだ!陸じゃ満足に動けねぇだろうが。俺達の敵じゃねぇぜ!!」


 ゴリオン隊の兵士が言う様に、確かに常識を超えた大きさの恐ろしい肉食魚類だが、所詮は魚類である。陸上生物の様に手足が生えているわけではない為、現れた空間から地面に下りれば、何も出来なくなるはずだ。移動する事はおろか、空を飛ぶ事も出来ない。

 しかしこの鮫は、エステランの追撃部隊の真上を飛び越えて、ゴリオン隊へと襲い掛かったのである。翼が生えているわけでもないのに、鮫は飛来したのだ。

 自慢げに空間から鮫を召喚した少年は、新たな空間をさらに五つ作り出し、新しい鮫を召喚し続ける。これは少年の召喚魔法であり、現れた鮫は計六匹となる。体長八メートル以上の鮫が六匹召喚され、それが地面に降り立った。


「クロード!帝国軍諸君に僕達の力を見せてやろうじゃないか。風を起こせ!!」

「はっ!風よ、大いなる力を我に示せ!!」


 クロードと呼ばれたのは、少年の護衛達の隊長である。彼は少年の命令に従い、己の力を使うべく呪文を口にした。クロードが口にしたのを合図にして、他の護衛達もそれぞれ呪文を口にする。

 護衛達は魔法を発動させたのである。発動した魔法は何処からか突然風を起こし、地面に降りた鮫達のもとに集まっていく。風は鮫達を宙に浮かせ、次の瞬間空高く舞い上げた。空高く舞い上げられた鮫は、風の力によって空を自在に動き回っており、その姿はまるで鮫が空を飛んでいる様であった。

 

「僕とクロード達の合体魔法、存分に披露しようじゃないか!!」


 少年が叫び、風が鮫を乗せてゴリオン隊へと向かって行く。空から迫り来る鮫に対し、ゴリオン隊の兵士達が盾を構え、弓兵は矢を放つ。ゴリオン隊は鮫に対し迎撃の構えを取ったのである。

 しかし、ゴリオン隊の対応を嘲笑うかのように、放たれた矢は鮫を乗せた風によって弾き返される。鮫は空中を自在に飛び回って、構えを取っていた兵士達を混乱させる。彼らの頭上を自在に飛び回る為、何処から襲ってくるのか分からず、上手く防御が行なえないのである。

 混乱するゴリオン隊に、いよいよ鮫達が牙を向く。風がゴリオン隊の兵士達の中を駆け抜け、その風に乗って鮫が襲いかかる。一瞬の出来事だった。風に乗ってきた六匹の鮫は、風と共に現れ、風と共に去った。その大きな口に、兵士達を捕食していきながら・・・・・・。


「くそったれ!味方を攫って行きやがった!!」

「何なんだ畜生!!ふざけた真似しやがって!」

「落ち着け!陣形を乱さず、お互い連携して守り合え!」


 鉄壁の守りを誇るゴリオン隊も、この様な予想外の攻撃方法を経験した事はない。訓練でも実戦でも、鮫が空から襲い掛かって来る状況など、あるはずもなければ想定もできないはずだ。

 鮫はこの攻撃方法で、ゴリオン隊の戦力を削り取ろうとしている。風に乗った鮫達は空中で旋回し、捕食した兵士達を噛み砕きながら、次の獲物に狙いを定めようとしていた。

 喰われた兵士達の出血や手足が地面に落下し、彼らは生きたまま鮫の口内へと消えていく。死に逝く彼らの断末魔の叫びは、鮫達の恐ろしさを一層引き立てていった。


「来るぞおおおおおおおおおっ!!」


 再び襲いかかった六匹の鮫達。兵士達が迎撃する暇もなく、空から襲来した鮫は一瞬で駆け抜けていき、新たな獲物を血祭りに上げる。兵士達の絶叫と悲鳴が彼方此方で上がり、鮫への恐怖が蔓延する。ゴリオン隊は予想外の攻撃によって、完全に混乱状態となってしまった。

 鮫達に苦戦するゴリオン隊に対して、エステランの部隊はまだ動かない。ここで突撃を敢行し、ゴリオン隊と乱戦になってしまえば、鮫達の攻撃の邪魔をしてしまうからだ。故に彼らは動かず、鮫達がゴリオン隊を総崩れにさせるタイミングを待っている。

 鮫達によるこの戦術は、本来は対ジエーデル戦で猛威を振るっている戦術だ。

 鮫を召喚した少年は、エステランの特殊魔法使いであり、名前をジョナサンと言う。ジョナサンはロードナー家と言うエステラン伝統貴族の御曹司であり、正確には軍属ではないのだが、特殊魔法の使い手と言う事もあり、エステラン国王から対ジエーデル戦への参加を要請され、これまで様々な戦闘に参加していた。

 そして今回、ロードナー家はメロース派についているため、ジョナサンはメロースの命令を受けて戦闘に参加したのである。

 ジョナサン・ロードナーの特殊魔法は、謎の空間から鮫を召喚するというものである。召喚魔法というものは、本来闇属性魔法が得意とするものであり、自分の想像した召喚獣を顕現させる力がある。

 だがジョナサンの召喚魔法は、何故か鮫しか召喚できない。その原因は分からないが、取り敢えず特殊魔法として分類され、軍属ではないが、エステラン国軍特殊魔法兵部隊サーペントの一員として数えられているのだ。

 しかしこの力は、陸地では全く意味を成さない。何故なら、鮫は陸では生きられないからだ。地面に降りてしまえば最後、鮫は移動手段がないため何もできない。そのための風属性魔法である。

 風属性魔法を操るクロード達は、ロードナー家に仕える私兵であり、ロードナー家当主の命令でジョナサンの護衛を命じられている。ジョナサンはクロード達を利用して、自分の召喚した鮫を風で宙に舞わせる事により、大きな戦闘力を発揮するのだ。巻き起こした風に鮫を乗せ、一撃離脱戦法を繰り返して敵軍を壊滅させるのが、ジョナサン率いる部隊の戦術なのである。

 ちなみに、クロード達は風属性魔法を操る事ができるのだが、彼らの魔法は風を起こして操れる程度のものでしかない為、殺傷能力はほとんどないのである。そのため、鮫の力を借りなければ彼らの魔法は力不足なのだ。

 彼らの様に、お互いの魔法を合体させて戦う事は、対魔法戦において珍しい事ではない。特に、癖のある特殊魔法使いの者達は、自分の弱点を他の魔法で補うため、相棒や部下を持つ事が多いのだ。

 ジョナサンとクロード達の鮫攻撃は、いつも通りの一撃離脱戦法を繰り返し、ゴリオン隊の兵士を喰い散らかしていく。この戦術はあのジエーデル軍ですら恐れており、対エステラン時の対空警戒マニュアルが作成されるほどである。そして、未だかつてこの戦術が破られた事はない。


「ぐわああああああああっ!!」

「うわあああああっ!!腕が!?俺の腕があああああああああっ!!」


 ゴリオン隊の被害は拡大していく。殺されていく仲間の絶叫と悲鳴を聞き、喰われていく仲間達の姿を見て、隊長であるゴリオンは己の大斧を構えた。

 鮫の脅威に晒された大切な仲間達を守るため、彼の大斧が鮫に対して牙を向く番がやってきたのである。


「みんな!オラが守って見せるんだな!!」


 全身に鎧を纏い、自分よりも巨大な大斧を操る、帝国軍鉄壁の盾。

 彼の操る大斧の柄の末端には、丈夫で長い鎖が繋がれている。彼はこの鎖を掴んで持ち上げ、気合と共に斧を振りまわす。斧は彼の頭上で円を描き、勢いよく風を切る音が聞こえる。


「ふんぬううううううううううううっ!!!」


 鎖を操り、雄叫びと共に放った大斧が、鮫を目指して真っ直ぐ飛んでいく。矢とは違い、かなりの質量があるこの攻撃は、流石の風属性魔法も弾き返す事が出来ず、大斧は鮫に直撃する。咥えた獲物を捕食している最中だったところへ、ゴリオンの大斧が鮫の口内へと直撃し、大斧は鮫の身体の中へと捻じ込まれた。


「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」


 大斧は捕まえた鮫を離さない。ゴリオンはそのままの状態で再び鎖を操り、鮫を巻き込んだ状態で大斧を振りまわす。空中を大斧と鮫が舞い、近くを飛んでいた別の鮫に大斧が直撃する。圧倒的な質量による攻撃を受けた二匹目の鮫は、乗っていた風から弾き出されて地面と落下する。落下した衝撃でダメージを受け、動けなくなった鮫に対して、今度はゴリオン隊の兵士達が襲いかかった。

 動けない鮫に兵士が群がり、憎しみを込めてそれぞれの得物を突き刺していく。鮫はゴリオン隊の餌食となり、苦痛に呻きながら死んでいった。

 ゴリオンは大斧を振りまわすのを止めず、同じ要領で残りの鮫達を叩き落していく。そうして五匹目の鮫を叩き落し終えたゴリオンは、仕上げに鮫ごと大斧を地面に叩き付け、大斧が捻じ込まれていた鮫を粉砕する。地面に叩き落された鮫は、残らずゴリオン隊の餌食となって死に絶えた。ジョナサンの召喚した六匹の鮫は、こうして殲滅されたのである。


「そんな!僕の鮫達がっ!!」

「これ以上、オラの仲間たちを傷付けさせないんだな。魔法を使うなら、オラが相手になるだよ」


 仲間達の前に出て、己を盾にしたゴリオン。ジョナサンとクロード達相手に、彼は一人で立ち向かうつもりなのだ。これ以上仲間達を傷付けさせないために、自分を犠牲にするつもりなのである。

 だが彼は、この戦場で死ぬ積もりなど毛頭ない。仲間達のために戦い、仲間達と共に生きて帝国に帰るのだ。


「御曹司、あれは噂に聞く巨漢の男です。簡単には討ち取れません」

「我が国の軍を苦戦させてきた噂の男か!ならばあの男は、僕が討ち取るべき帝国の猛者と言うわけだな。あの男を討ち取り、メロース王子に勝利を捧げようじゃないか!」


 鮫達を失っても、ジョナサンの絶対的自信は全く失われない。メロースへの忠誠を示すため、帝国軍の猛者を討ち取る事に闘志を燃やす。

 ジョナサンは新たな鮫を召喚するべく、頭上に新しい空間を作り出した。先程よりも魔力を集中させたため、新たに作られた空間は最初のものより大きくなる。空間の直径は五メートル以上あり、先程召喚された鮫よりも大きな種が現れようとしているのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

「まさか御曹司、あれを召喚する御積りですか!?」

「無論だ!!僕の八メートル級が簡単に倒されてしまったんだぞ。半端な鮫では勝てはしない!」


 恐らくジョナサンは、海の中であれば無類の強さを誇る特殊魔法使いだろう。

 彼が召喚した六匹の鮫は、人間を襲う事もあるホオジロザメと呼ばれる種である。特殊魔法で大型化され、歯も強化されて凶暴性も増したホホジロザメは、海の中であったならゴリオンも勝てなかっただろう。しかしここは陸上であり、空を飛ばせたとしても、鮫のホームグラウンドではないのだ。

 それでも、八メートル級のホオジロザメが勝てなかった相手である。ジョナサンの言う通り、八メートルのホオジロザメ程度ではゴリオンには勝てないのだ。

 クロードの制止も聞かず、ジョナサンは本気を出そうとしている。これから召喚しようとしているのは、彼の実力で出せる最大の個体であり、最強の鮫である。魔力の全てを集中させるため、最初の様に複数召喚する事は出来ないが、その鮫は一匹で竜相当の力を持っているのだ。一匹いれば、千人規模の軍団でも歯が立たない。


「顕現せよ!我が最強の僕っ!!」


 ジョナサンの言葉と共に、空間から大きな鮫の頭がその姿を現した。

 先程よりも遥かに大きい鮫の頭が、ゴリオンの立つ方へ向く。頭だけでもその大きさは、先程までのホオジロザメの二倍はあった。

 

「はーはっはっはっ!どうだ帝国の諸君、僕の鮫は大層腹を空かせている!君達はここで終わりさ!!」


 ゴリオンは感じた。これから自分が戦おうとしている相手は、己の全てを懸けて挑まなければならない、人外の存在であると・・・・・・・。

 喰われるか殺すかの命の遣り取りが、今始まる。


「行け!帝国の諸君を食らい尽してくるのだ!!」


 ジョナサンが召喚した最大級の鮫の正体は、メガロドン。

 絶滅したと言われる、史上最大の鮫である。

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