第二十二話 エステラン攻略戦 前編 Ⅰ
第二十二話 エステラン攻略戦 前編
そこは今、本当に血生臭く、本当に常軌を逸していた。
「野郎共俺に続けええええええっ!!」
「ぶっ殺せぇ!死んでも奴らを皆殺しにしてやる!!」
「小国の弱小軍隊がっ!全軍、奴らを蹴散らせええええええええっ!!」
「うおおおおおおおおっ!!ヴァスティナ帝国ばんざああああああああああい!!!」
男達の怒号が空気を震わせ、怒号の先で血飛沫が飛ぶ。
「ぐわああああああああっ!!」
「がはっ!?畜生、血が止まらねぇ!!」
「衛生兵!衛生兵はどこだああああああああ!?」
「しっかりしろ!今応急処置を---------」
「馬鹿野郎!!そいつはもう死んでる!」
血飛沫が飛び散る空間は、凄惨な状況にあった。
敵味方問わず負傷し、死傷者は増え続けるばかりである。助けを求める兵士達の悲鳴が、この空間を一層凄惨なものに変えていた。
「死ねえええええええええええっ!!」
「怯むなあああああああっ!!突き崩せえええええええええっ!!」
多くの兵士達が、この戦場で命を燃やし続ける。
エステラン国境線を越えた先にある、エステラン南方防衛線。この地に侵攻を開始したヴァスティナ帝国軍は、兵力約一万のエステラン国軍に対し、兵力三千で挑んでいる。この戦場では現在、ヴァスティナとエステランの両軍による決戦が行なわれていた。
戦況は、兵力で上回っているエステラン軍が有利である。だがヴァスティナ帝国軍は、その士気の高さと精強さによって、何とか前線を維持していた。
「全部隊、守ったら負けるぞ!!攻め続けろおおおおおおおおおおおっ!!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」
攻撃をかけ続け、エステラン軍の部隊を突き崩そうとしている帝国軍。しかし何度攻撃をかけても、エステランの防御は崩せないまま、戦況はエステラン有利のまま進んでいた。
それでも、帝国軍の戦意は衰えない。何故なら彼らは、勝利を信じているからだ。
両軍激突から二時間が経過した。戦いはまだ、始まったばかりである。
宿敵を討つため、総力を結集して侵攻を開始したヴァスティナ帝国軍。エステラン南方防衛線を突破するべく、精鋭を集めて編成された決戦部隊は、現在エステラン国軍の精鋭部隊と激突している。
帝国軍三千の戦力は、エステラン国軍一万とこの地で対峙し、戦闘は今より二時間前に開始された。
帝国軍の指揮官は軍師エミリオ・メンフィス。エステラン国軍の指揮官は、エステラン第二王子メロース・リ・エステラン。
エステラン南方方面防衛線は、第二王子メロースが担当している。
これまでエステラン国軍が南ローミリアへ侵攻した際の戦力は、メロース配下の戦力であった。メロースは王の許可を取り、何度も南方へ侵攻を行ない、帝国軍に敗れ続けた。何度も侵攻し、敗北を重ね続けても尚、彼が南方侵攻をやめなかった理由は、彼が帝国を憎んでいたからである。
自分に大恥をかかせた帝国を必ず滅ぼすと、メロースは心に決めている。彼にとって帝国は、エステランの宿敵であるジエーデルよりも優先順位の高い殲滅対象だ。そのため、メロースは自分の配下の戦力を集め、南方への侵攻を行ない続けたのである。
そんな彼の、私情全開の理由による侵攻を許し続けた、エステラン国王ジグムント。敗北が決まっている侵攻をジグムントが許し続けたのは、メロースの力を少しでも削ぐためであった。
ジグムントには見えていたのである。いつかメロースが、第一王子アーロンと次期国王の座をかけて対立するという未来が、ジグムントには見えていたのだ。その未来は現実のものとなり、両王子は現在対立状態にある。
ジグムントの思惑通り、メロースの戦力は南方侵攻によって削られ続けた。これが無ければ、メロースとアーロンの軍事力には、もっと大きな差が開いていただろう。しかも、南方侵攻の敗北続きによって、メロースの支持はさらに落ち続けた。
メロースがジグムントの策略に気付いた時には、全て手遅れであった。だからこそ彼は、惜しむ事なく金を使い、慌てて傭兵などの戦力をかき集めたのである。そうして何とか戦力を再編し、彼はこの地で帝国を迎え撃った。
メロースが集めた戦力は、兵力約一万の大軍である。しかもこの軍団には、普段対ジエーデル戦に投入される精鋭部隊と魔法兵部隊が含まれていた。メロースが帝国を討ち滅ぼす為に集めた、彼の最大戦力がここに集結している。数と質を揃え、今度こそ帝国に勝利するために、彼はこの地を決戦の場と定めたのである。
エステラン軍の指揮は、王子であるメロース自らが執っている。アーロンと対立状態にあり、本国から離れ難い状況である彼が、どうしてこの戦場に現れたのか?その理由は、相手が帝国軍である事と、帝国軍の編成の中に、雷魔法を操る剣士がいると知ったからである。その剣士の名はクリスティアーノ・レッドフォードと言い、メロースが復讐を誓っている相手だ。
一年前、帝国友好国のチャルコ国とエステラン国の政略結婚を、正体不明の武装勢力に妨害されてしまった、通称「アリミーロ事件」。当時メロースは、その被害者と言える立場だった。
武装勢力の正体は帝国軍であり、この事件は帝国軍の妨害工作であった。表向きにこの事件は、怪人アリミーロ一味と呼ばれる存在が引き起こした事になっているが、真相は帝国軍の仕業である。当時の被害者だったメロースとエステラン側は、その真相を勿論理解している。
この事件があったからこそ、メロースは帝国を憎んでいる。特に、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスと、帝国軍剣士クリスティアーノ・レッドフォードは、メロースの復讐対象である。何故なら彼は、この二人よって大いに辱められたと言っても過言ではないからだ。
エステラン国軍が帝国軍侵攻を知り、侵攻を開始した帝国軍に関する情報収集に動いた時、最初に得られた情報は軍団編成に関する事であった。帝国軍の戦力の中に、これまでエステラン国軍を苦しめ続けた三人の猛将がいると言う情報が、まず始めにもたらされたのである。
槍士レイナ・ミカヅキと巨漢ゴリオン、そしてクリス。この情報がエステラン国軍に入った時、過剰な反応を示したのはメロースだった。
クリスは彼にとって復讐対象の一人である。この知らせを彼は好機と捉えた。
今こそ、復讐を果たす時である。そう考えた彼は、対アーロン派の戦いに備えて国内に集めた戦力から、精鋭部隊を引き連れ出陣した。魔法兵部隊を含むこの精鋭部隊は、本来対ジエーデル防衛線に投入されていた戦力であり、実戦経験豊富なメロース派主力である。
彼はこの戦力を利用し、帝国軍主力の撃滅を目指している。兵力数的にも帝国を上回っている現状、これは難しい事ではない。エステラン側の勝算は十分にあるのだ。
現場の兵士達も、勝算の高さを理解しているため士気は高い。だが、指揮を執っているのがメロースであるために、兵士達の不満だけは消えていなかった。今回もまた、メロースの無能な指揮によって現場が苦しむと、皆がそう考えているのだ。
実際、今までエステラン国軍が帝国に敗北し続けた最大の理由は、メロースの無能な指揮によるところが大きい。命令は雑で無茶、相手の策にはすぐに引っかかり、作戦計画能力は無いに等しい。まさに、現場の兵士達からすれば最悪の指揮官である。
それでも彼らは戦わなければならない。何故なら、現在エステラン国はヴァスティナ帝国の侵攻を受けているからだ。自国を防衛するために、一兵士として戦う責務が彼らにはある。指揮官が無能な馬鹿王子だとしても、彼らは国を守るために戦う。
しかし、そんな兵士達の覚悟を嘲笑うような事実があった。既にエステラン国軍は、帝国軍の策略にかかっていたのである。
「前線の部隊を一度後退させて下さい。敵軍の追撃部隊に対しては、いつものようにゴリオン隊を前へ」
「はっ!!」
「左翼側の前線が崩れそうですね。レッドフォード隊に攻撃指示出しましょう」
ヴァスティナ帝国と友好国の混成軍と、エステラン国軍の戦闘はまだ始まったばかりである。
ここは帝国軍後方陣地であり、決戦部隊への命令はここから発せられている。軍の指揮を執っているのは、帝国軍師エミリオ・メンフィス。彼は指揮官用に設置された天幕の中で、兵士達へ命令を飛ばしている。天幕内には机が一つ設置され、その上には戦場の地図といくつもの駒が置かれていた。駒はチェスの駒であり、黒は帝国、白はエステランだ。チェスの駒は、戦場で戦っている両軍の状況を表わしているのである。
(左翼にナイトを出した。これでナイトは、あと二つ)
帝国陣営にはナイトが三つある。それらは、帝国軍最強の二人と、鉄壁の盾を示している。
ナイトの一人、剣士クリスティアーノ・レッドフォード旗下の精鋭部隊は、左翼側の前線立て直しのために進軍を開始する。彼らの投入は、想定よりも少し早かった。敵が想定よりも手強く、左翼側前線の苦戦が解消されなかったため、増援と言う形でレッドフォード隊を投入せざる負えなかったのだ。
(正面のナイトも前に出す。これでナイトは、あと一つ)
正面に展開している部隊は一度後退させ、態勢を整える必要がある。そのためエミリオは、部隊の後退と、鉄壁の盾ゴリオン隊の投入を指示した。
彼らが前に出る事によって、敵軍の追撃部隊を喰い止める事ができ、味方の態勢を整える事ができる。ゴリオン隊の鉄壁を利用して、前線の立て直しを図るのだ。
ゴリオン隊の恐ろしさを、エステラン国軍はよく知っている。度重なる戦いによって、数え切れないエステラン兵士達が、ゴリオンの巨大な斧の餌食となったからだ。ゴリオン隊が前に出れば、敵軍の部隊は追撃を諦めるだろう。正面からぶつかり合って勝てる相手ではないため、無用な被害を抑えるために退くはずだ。
(最後のナイトはまだ出せない。敵はまだ、ナイトもビショップも出していないのだから・・・・・)
卓上に展開された戦況。エステラン国軍はまだ、ポーンしか出していない。
兵力差を質と作戦で補う帝国軍は、敵のポーンがこちらよりも多い場合、ナイトを出して対処する事が多い。今回の戦闘もそうだ。一番早く確実に前線を立て直す事ができるのは、帝国軍の精鋭達だからである。
レッドフォード隊とゴリオン隊を前に出し、部隊の再編と反撃のための準備を整える。エミリオの次なる作戦の為には、ここでナイトを出し、前線部隊の犠牲を最小限に抑えなければならないのだ。
最後のナイトである、槍士レイナ・ミカヅキ率いるミカヅキ隊は、エステラン国軍特殊魔法兵部隊への備えである。本来エステランの特殊魔法兵部隊は、対ジエーデル戦に投入されているため、これまでの戦いで帝国軍が彼らと遭遇する事はなかった。
しかし今回は、メロースが自分の配下の特殊魔法兵部隊を対ジエーデル防衛線より引き揚げ、この前線に投入している。エステランの特殊魔法兵の実力は未知数であるため、特殊魔法に対抗可能である戦力は手元に残しておく必要があるのだ。
レイナとクリスは、かつてジエーデル軍と戦闘した際、ジエーデル軍特殊魔法兵部隊カラミティルナの者達を瞬殺している。故に二人は、対魔法戦の切り札であり、どちらか一方は温存しておかなければならないのである。
(もう少し待てば向こうの王子は痺れを切らすはず。それにこちらはレッドフォード隊を出した。王子が完全に冷静さを欠けば、後はこちらの思うままに出来る)
エミリオの指揮によって、帝国軍の作戦は順調に進行している。想定よりも敵兵士が手強く、味方は思った以上に苦戦を強いられているものの、今のところは計画通りであった。
決戦部隊がエステラン国軍に勝利するための、作戦の第一段階。それは、メロースをこの戦場へ引っ張り出す事だった。まずエミリオは、エステラン国軍に帝国軍の情報を流した。情報の内容は、侵攻を開始した帝国軍主力部隊の指揮官は、帝国参謀長リクトビア・フローレンスであり、部隊の中には剣士クリスティアーノ・レッドフォードの姿もあると言うものであった。
半分は事実であり半分は嘘のこの情報を、メロースは完全に信じた。メロースは二人の事を憎み続けているため、彼を釣り出すには打って付けの餌だったのである。
リックとクリスを餌にすれば、必ずメロースは食い付くとわかっていたエミリオは、この策で彼をここへ誘い出した。リックがここに居るという偽情報を流した理由は、確実にメロースをここへ誘い出す為と、リック旗下の軍団の動きを悟られぬよう、ここでエステラン国軍主力を釘付けにするためである。
メロースを始めとして、エステラン国軍はこの偽情報を信じてしまっている。これは無理もない話だ。何故ならばこの戦場には、帝国参謀長の両腕が揃っているのである。レイナとクリスの武勇は、エステラン国軍全体に伝わっており、二人が参謀長配下の最強戦力である事も知られているのだ。そんな二人がこの地に揃っていれば、帝国参謀長がいると信じてしまうのも無理はない。
この戦場にエステランの主力を誘い出したのには、勿論理由がある。
エステラン国軍は攻撃が弱いが、守備になれば恐ろしく強い。エステラン国軍の構築した南方方面防衛陣地を戦場にすれば、そこはエステランのホームグラウンドとなる。相手の得意な戦法と戦場に合わせるわけにはいかない。帝国軍はエステラン国軍よりも兵力で劣り、一万人が守る防御陣地を突破できる力は持っていないのだ。
そこでエミリオは、エステラン主力を平野に誘い出し、撃滅する作戦を計画した。万が一、エステラン主力が誘いに乗らなかった場合の策も計画されていたが、誘いは見事成功したのである。
メロースからすれば、帝国の主力部隊は兵力が少なく、こちらは精鋭部隊を集めた大軍であるのだ。復讐に燃える彼の攻撃的性格では、守りに徹して勝利を得るより、全てを蹂躙して復讐を果たしたいと考える。戦力的に見ても勝てる戦いであるため、メロースは打って出る事を決めたのだ。
当然、メロース配下の者達は出陣に反対した。だがメロースは、己の復讐心に逆らわなかったため、配下の進言を全て無視したのである。さらにメロースは、こちらから攻撃して今度こそ帝国軍を撃破し、自分の力を国内に知らしめようと考えた。今まで彼は南ローミリアへ何度も侵攻し、その度に帝国に敗れているため、この機会にこちらからの攻撃で今度こそ勝利を収め、国民と兵の信頼を取り戻さなければならなかったのである。
これらの理由により、メロースは見事エミリオの策に嵌まった。しかし、誘い出されたと言っても、現状エステランの優勢は変わらない。平野に誘い出しただけでは、帝国の勝算は一割にも満たないのである。
(焦りは禁物だ。少しでも私が判断を誤れば、それは帝国の敗北に繋がってしまうのだから・・・・・)
自分が緊張しているのを感じ、エミリオは一年前の事を思い出していた。
彼が初めて大規模な作戦を指揮し、帝国を勝利へと導いた「南ローミリア決戦」時の事。彼はその戦いの前哨戦時、終始緊張していた。その緊張を解してくれたのは、リックだった。
リックはエミリオの緊張と不安を感じ取り、彼を励ましたのである。エミリオはリックの支えであるが、同時にリックはエミリオの支えでもある。お互いを支え合い、共に戦う仲間。しかし今、常にエミリオを支えてくれる彼はいない。
(リック・・・・・・。君の支えがなくても、私はやり遂げて見せる。もし、この戦いに負けるような事があればその時は、私は自らの命を絶とう)
帝国最初の反攻作戦。この戦いを敗北に導くような軍師では、彼の傍にはいられない。
エミリオもまた、軍師としての立場で命を懸ける。前線で戦う兵士達と同じように、この戦場で命を燃やし続けているのだ。
自らの決意を再確認した事で緊張が解れたエミリオは、作戦の次の段階のために思考を働かせる。
こんな局面で無用な緊張などしていられない。戦いはまだ、始まったばかりなのだから・・・・・・。




