第二十一話 反攻の刃 Ⅵ
ビィクトーリア幼年期学校を占拠したテロリストと、第一王子アーロン派の兵士達の攻防戦。緒戦は完全にテロリスト側の圧勝であった。
今までエステラン国はヴァスティナ帝国に対し、何度も戦争を繰り返している。しかし帝国は、対エステラン戦時において、今まで銃火器を全力投入していなかった。いや、南ローミリア決戦時の消耗により、対エステラン戦で銃火器を使用できなかったと言う方が正しい。
それ故に、エステラン軍は帝国軍製の銃火器の恐ろしさをまだ知らず、今回鉄血部隊と戦ったエステラン兵士は、銃火器を使用する兵士相手に初めて戦闘したのである。知らなかった故に、彼らは不用意に鉄血部隊へと近付き、銃の脅威に晒された。
正面から接近した囮部隊は大損害を被り、七十名以上の戦死者を出してしまった。裏にまわりこんだ突入部隊も、やはり鉄血部隊の銃火器攻撃に晒され、壊滅的損害を受けてしまったのである。
エステラン兵士達の作戦は失敗し、テロリストである鉄血部隊は勝利を収めた。鉄血部隊に損害はなく、見事に防衛を成功させてしまったのである。
エステラン兵による救出作戦が失敗したその二時間後、この現場に第一王子アーロンが到着し、現在の状況を知った。救出作戦の失敗と、予想外の大損害の報告を受け、アーロンはその場で激怒した。作戦の失敗と損害の事も怒りの理由であったが、何より彼が激怒したのは、兵士達が独断で救出作戦を展開した事である。
作戦が成功していれば問題はなかった。だが、結果としてエステラン兵士達は、アーロンの愛娘フランチェスカの身を危険に晒しただけであった。
それに対して一番激怒したアーロンは、怒りに身を任せ、作戦を計画した現場指揮官をその場で切り殺してしまったのである。これにより、以降の現場指揮権は完全にアーロンが掌握してしまった。
エステラン兵の独断による作戦行動は、見方を変えれば非常に愚かだったとも言える。相手の戦力を過小評価し、人質を危険に晒すような真似をしたのだから、愚かな作戦行動だったと言えてしまう。
しかしエステラン兵達がこの作戦を展開したのも、全てはアーロンへの信頼の欠如が招いた事である。根本的な部分で、エステラン国軍はヴァスティナ帝国軍に大きく劣っていたのである。
アーロン派のエステラン兵士達は、自分達の支配者への信頼を失っていた。そして信頼を失っているのは、第二王子メロースも同じだ。だが帝国軍兵士達は、支配者である帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスに対し、絶対的な忠誠を誓っている。
この大きな差こそが、エステラン国が帝国に敗北し続けた最大の要因だろう。その事に、アーロンもメロースも未だ気付いてはいなかった。
結局、アーロンが慎重な策を自分で考えると言い出したため、現場は膠着状態となり、時間だけが過ぎていく。ここでアーロン達が手を拱いている間に、帝国が次なる一手を打ったとも知らずに・・・・・・。
「始まったか・・・・・・」
「はい、父上」
「奴は血相を変えて出て行った。私の与えた情報をこの様に活かすとはな。噂の狂犬は、噂通りの下種らしい」
第一王子アーロンが出て行った後の王の間。玉座に座る国王ジグムントは、第一王女ソフィーに視線を移さず話をしていた。
彼は知っていた。現在では独裁国家ジエーデル国に次ぐ敵国、南ローミリアの盟主ヴァスティナ帝国の攻撃が始まった事を理解していた。全ては計画通りであり、今日ジグムントがアーロンをこの部屋へ呼び出したのも、計画の内だったのである。
「父上、本当に宜しいのですか。狂犬はどこかで裏切るつもりでは・・・・・・」
「案ずるな。奴らは我らを倒すためにあの国と手を組んだ。だが、奴らはあの国と戦うために我らの力を欲するだろう。如何に狂犬と言えども何も出来まい」
「・・・・・・」
ジグムントが帝国へと送った、一通の書状。それにより、彼の計画は動き出した。
帝国の力を利用し、国を混乱させる自分の息子達を倒し、自国を一つに纏め上げる。それがジグムントの最終的な計画である。
ジグムントの書状に対し、帝国は協力すると約束した。現在ジグムントは帝国の協力を利用し、自国を脅かす国内の脅威の排除に動いている。
帝国の力を借りなければ、これは叶わなかった。二人の王子の勢力は、彼の手に余るほど勢力を拡大させたため、何かしらの力を得る必要があったのだ。アーロン派とメロース派の軍事力に対抗できる力さえあれば、国王であるジグムントが国内の統一のため、お互いに対立する両王子勢力を排除すると言う大義のもと、彼もこの戦いに参戦できるのである。
王が帝国の軍事力を得る必要があったのには、勿論理由がある。エステランの軍事力の約六割は、ジグムントではなく両王子が支配している。昔からエステラン国は、後継者候補の次期王子達に学ばせるため、国の軍事を担う役割を与えられる。今だと、アーロンとメロースがエステラン国の軍事力の半分以上を指揮しており、アーロンが東部の国防を担い、メロースは南部の国防を担っているのだ。
そして、対ジエーデルへの防衛線に関しては、国王と両王子の軍事力が常に配備されている。これは自国民に対し、王族がジエーデルとの戦いを国防の最重要課題と考えていると、分かり易く示す為である。そうしなければ、対ジエーデル戦での国民の不安と不満を解消できないからだ。
ジグムントは帝国に対し、エステラン国の軍事情報を帝国に漏らしている。さらに彼は、第一王子アーロンの弱点とも言える存在、愛娘フランチェスカの事についても漏らしていた。
帝国はこの情報を利用し、最初の作戦行動を起こした。現在エステラン国内でテロ活動を行なっている鉄血部隊は、エステラン国王の協力のもと入国を果たし、武器弾薬を持ち込んだのである。彼らが簡単にエステラン国内に入り込み、武器を持ち込めたのはこのお陰だった。
「フランチェスカには悪い事をしたが、これも国のためだ。常にこの国はジエーデルに狙われているというのに、馬鹿共は下らない対立を始めた。アーロンとメロースを黙らせん限り、この国に未来はない」
「そのためには多少の犠牲も止むを得ない、という事ですね」
「そうだ」
今のジグムントに国内の対立を収める力はない。敵国の力を利用しなければ軍事力が不足しているのだ。
彼は帝国との和平交渉を考えている。現状の帝国との対立を解消し、和平交渉後に同盟を結ぼうとしていた。その最大の理由は、独裁国家ジエーデルの存在である。
帝国が治める南ローミリアの大地は、確かにエステランにとっても手に入れたいものだ。しかし、そのために帝国と戦争を続け、お互いを疲弊させていく愚かな選択を取るよりも、南ローミリア支配を諦め、お互いに同盟を結び、独裁国家に対抗する方が現実的なのである。
少なくとも今の状態では、エステラン国は近い将来必ずジエーデル国に滅ぼされてしまう。しかし今ならば、欲を捨てる事によって国家存続の未来を選び取る事が出来るのである。
「ジエーデルの軍隊も動き出していると聞きます。父上の言う通り、私達には時間がないのですね」
「既に耳に入っていたのか。国境線にジエーデル軍が集結しているそうだ。侵攻に備えて我が軍も動き出しているが、馬鹿共のお陰で戦力が足らん」
アーロンとメロースはお互いの軍事衝突に備えており、自分の配下の精鋭をジエーデルとの国境線から引き揚げている。今ジエーデルとの国境線に展開している戦力は、ジグムントが支配する戦力と、二人の王子の精鋭を除いた予備兵力である。
この状態でもしジエーデルの侵攻が始まれば、防衛線を突破されてしまう恐れがあるのだ。そのため、ジグムントはこの対立を早期に解決し、二人の王子が保有する戦力を国境線にまわそうと考えていた。国防の危機的状況にある以上、多少の犠牲を払ってでも早期に解決しなければならない。
「兄上達の行為は国を滅ぼします。私は、父上の御考えこそ正しいと思います」
「ソフィーよ、私の考えを理解できるのはお前だけだ。やはりお前は、この国を継ぐのに相応しい」
「御戯れを。私は帝国の女王の様に、国の支配者となるつもりはありません」
野心無き言葉。ソフィーからそれを感じ取り、彼は少し安堵していた。彼女がもしも野心を抱いていたならば、同じ事が繰り返されてしまうからだ。
(帝国の女王の様にか・・・・・・・。あの国を支配しているのは、本当に例の小娘なのか、それとも・・・・・・)
帝国の絶対的支配者は、女王アンジェリカ・ヴァスティナである。しかし、その絶対的支配を支えているのは、帝国の狂犬と呼ばれる恐ろしい悪魔である。
そして悪魔は、この国を目指して行動を起こしている。今頃はもう・・・・・・・。
(やはり見極める必要があるな、噂の狂犬を・・・・・・・)
ジグムントは少し待ち遠しさを抱いていた。噂の狂犬がどれ程のものか、見定めたかったからである。
(利用できるのか、それともできないのか。まずは見せて貰おう、貴様の力を)