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第二話 狂犬の戦士たち Ⅳ

 初めて訪れた街の道を、逃げるために走り続け、気が付けば、恐らく広場であろうところに来てしまっていた。

 宗一とリリカの二人旅だったはずが、現在人数は四人で、当初の二倍である。しかもレイナとクリスティアーノは、相当の実力の持ち主で、どちらも魔法まで使えるときている。

 この二人は旅の仲間ではないが、もし仲間になれば、頼もしい戦力であるだろう。だがこの場でも尚、互いに睨み合う二人は、旅の最中でも喧嘩し続けるはずだ。宗一とリリカにとっては、かなり迷惑となるだろう。

 そんな犬猿の仲である二人の内、片方でも十分かも知れない。だが、今宗一が考えていることは、レイナとクリスティアーノの二人を戦力にすることだ。しかし、旅の仲間にではない。

 この旅の目的。それは自身の修行だけではない。

 旅の目的の前には、必ず困難が待っていると考えていた宗一であったが、考えていた以上に早く、目的が達成されようとしている。如何にして二人を取り込むかということが、今の課題だ。

 目的達成ということもあるが、二人の戦いを見た宗一は、個人的に二人に魅せられてしまっていた。どちらも素晴らしい武の持ち主で、魔法も操る。一瞬で複数の敵を討ち倒し、その武は華麗とも言えるほどのものだ。何より二人は、躊躇なく人間を殺すことができる。

 人を躊躇いなく殺せる人間は、三通りの人間だ。精神に異常をきたしている者。躊躇うことを感じなくなるほど、人を殺している者。殺すことが必要と考えて、それを実行できる者。恐らく二人は三つ目の者のはずだ。

 襲ってきた野盗も、傭兵であろう男たちも、二人には敵だった。敵に躊躇いを感じれば、それは自身に向けられる刃となって返ってくる。

 野盗をあそこで生かしていれば、報復のために再び現れていたかも知れない。男たちもそうだ。あの場で殺すことで、刃が返ってくることを防いだのだ。二人は向けられるかも知れない刃を防ぐために、ここで殺すことが必要だと考え、躊躇なく実行したのだ。

 武に魅せられただけでなく、宗一が魅せられたのはこれであった。それがとても気に入ってしまったのだ。

 必要とあれば、人を躊躇いなく殺せる精神。これは、宗一の求めていたものである。


「さっきの戦い、二人とも凄かったな。すっかり魅せられたよ」

「お前見る目あるぜ。まあ、あのままやってれば俺の勝ちで終わってたがな」

「何を言っている。貴様ごときに私は負けない、絶対にだ」


 素直な感想を述べる宗一。面白いことにレイナとクリスティアーノは、自身の勝利を疑わない。

 お互いの仲は出会ってから最悪であったが、二人は何処か似ているのだ。似ているところがある故に、お互いが鏡に映る自分を見ているようで、気に入らないのかも知れない。


「はあ、はあ・・・・・ふう。ところでクリスティアーノといったか--------」

「俺のことはクリスって呼んでくれていいぜ」

「・・・・・ではクリス、お前は何者なのだ?」


 ようやく呼吸を整え、気になることを尋ねるリリカ。表向きは通りすがりの旅人リック。自称美人で自由な旅人リリカ。武者修行の旅をしているレイナ。

 果たして、クリスティアーノ改めクリスは何者なのか、未だに不明だった。

 何となく予想はついている。三人が旅人というこの流れでいけば・・・・・・。


「俺は大陸最強の剣士を目指す旅人さ。好きなものは綺麗な女。嫌いなものはこの槍女みたいな馬鹿な奴だぜ」

「貴様の存在はこの世界にとって害悪極まりない。ここで成敗してくれる!」

「まあまあ落ち着けって。クリスティアーノ、俺の名前はリックだ。よろしく」

「クリスって呼んでいいのは彼女だけってちゃんとわかってるな。お前は馬鹿じゃないからよろしくだ」

「私はリリカ。美人で自由な旅人だよ」

「毎回それ言わないと気が済まないのかお前は」


 互いの自己紹介が終わったはいいが、やはりと言うべきか、クリスもまた旅人であり、目的は違えど、四人には旅人という共通点がある。

 この大陸は旅人だらけなのかと思ってしまう。彼らは出会うことが運命だったわけではない。この四人は計らずも集まった。

 神の悪戯とでも言うべきか、しかし集まったのは偶然である。


「とりあえず宿をとって休みたいんだが。クリスティアーノはこの街に詳しいのか?」

「さっき着いたばかりで全然わかんねぇよ。俺も宿をとりたいんだ」

「ふふっ、なら街を見物しながら探すとしようか」

「それならば、私もお供させてください」


 仲間ではないが、四人組となった宗一たち一行は、宿探しと街の見物を目的に、とりあえず歩き出した。

 宗一とクリスは宿を探して。リリカは街の見物のために。レイナは恩返しのために。

 とにかく仲の悪い武術家二人の喧嘩を、いい加減呆れて聞きつつ、一行は街を散策し始めた。






 街を散策し始めること数十分。

 この世界で、帝国以外の街を訪れた宗一にとって、見るもの全てが新鮮なために、どんなものにも興味をそそられる。見るもの全てが面白い。

 そんな宗一以上に、先程から散策を楽しんでいるのはリリカであり、目に付く店や屋台を全て見て回っていく。とにかく動き回るリリカに、三人は苦労しながら付いて行く。

 この街の名前はトロスクス。入った時は気づかなかったが、中々大きな街であり、街全体が賑わいを見せている。今見ただけでも、様々なものが売っており、旅に必要な装備一式に、武器や防具の数々、服や家具などの生活雑貨に、溢れるほどの食材の数々が、街を賑わせているのだ。

 様々なものが売っていると、買うつもりがなくとも、ついつい目がいってしまうものだが、懐の資金は、旅で生きるのに必要なものであるため、欲しいと思ったものがあっても、躊躇ってしまう。お財布の紐は緩くないのである。

 リリカとクリスが、どれ位の金を持っているかはわからないが、レイナだけは、旅の資金が尽きてしまったと言っていたので、無一文なのは知っている。それがわかっているため、香ばしい匂いを漂わせている、食べ物屋台の商品を見ては、もの欲しそうな表情の後に、諦めるしかないとわかって残念がる、彼女の気持ちが手に取るようにわかるのだ。

 あれだけの料理を平らげたにもかかわらず、まだ彼女の腹は、食べ物を欲しているのだろうか。甘いものは別腹と言う言葉があっても、屋台の食べ物は別腹と言う言葉は聞いたことがない。当然である。


「見ろこれを。リック、私はこれが欲しい」

「急に欲しいとか言われても困るんだが・・・・・」


 初めて見る、ご機嫌な様子のリリカが指差したのは、一軒の屋台だった。売られているのは、蕩けたチーズをのせたパンである。パンはライ麦パンのように見えるもので、非常に単純な商品だが、単純故にとても美味しそうに思えるものだ。

 食い逃げのためにかなり走ったため、少し小腹がすいた宗一も、漂うチーズの匂いに誘惑されている。自然と懐の財布へと手が伸びた。


「俺が買うよリリカさん、いくつ欲しい?」

「お前は黙っていろ。私はリックに買って欲しいのさ。・・・・・・お願い、買って」

「・・・・・きょ、今日だけだからな!俺に奢らせようと、かっ、かわいいこと言ったって今日だけなんだからな!」


 金髪ツインテールヒロインがやればとても板につくであろう、「ツンデレ」を現実にやってしまった、救国の英雄で現代人長門宗一郎。やってしまった恥ずかしさにすぐに気が付き、顔を真っ赤に染まらせながら屋台でパンを買う。

 買おうとするのを断られたクリスは、恨めしそうに宗一を睨んでいたが、当の本人はそれどころではない。

 パンをねだった彼女はと言えば、嬉しそうに微笑むばかり。

 屋台でパンを三つ購入した宗一が、買った一つをリリカに手渡した。ちなみに値段は、一つ百五十ベル。

 ベルとは、この大陸での共通通貨単位であり、メシアに教わったことを考えると、宗一のいた現代での円と、同じような価値がある。つまり円で言えば、このパンは百五十円となるわけだ。

 リリカに手渡した後、残りのパンの一つをレイナへと差し出す。驚いた表情と、食べたい欲求にかられた彼女の表情は、可愛らしいものだ。


「お腹空いてるんだろ?一つどうぞ」

「そっそんな!?恩を返すこともできていないのに恵んで貰うなどでき-------」


 ぐううううううぅぅぅーーーーーー・・・・・・・・。


「ははっ、お腹は正直だな」

「はっ・・・恥ずかしい・・・・・」

「お金ないんだろ?空腹に苦しんでる表情なんか見たくないから貰ってくれよ」

「・・・・・・・ありがとう・・・・ございます」


 パンを大事そうに受け取ったレイナは、顔を赤面させながら一口。恥ずかしさと嬉しさでいっぱいな彼女は、戦いとなれば槍を手に戦う旅人であっても、今は年相応の少女らしさを感じさせた。

 美味しそうにパンを食べるレイナに釣られるようにして、宗一も自分のを食べようとした時。


「リック。あーんだ」


 いつの間にか食べ始めていたリリカが、自身の食べかけのパンを、宗一の口元へと近づけていた。

 何をさせたいかはわかる。とても嬉しいことだが、同時にとても恥ずかしい。どうもこの妖艶女性はご機嫌のためか、先程から突拍子もない発言をする。

 彼女の容姿と言葉は、まさに毒のようなもの。すっかりその毒に侵されていると実感できる。魔性の女とはこういう女性を言うのだ。そうに決まっている。

 目の前の「あーん」の誘いは断れない。これは誰にも譲れないのだ。

 恥ずかしさという迷いを振り払い、リリカの食べかけのパンに一口。


「どうだリック。私が選んだものに間違いはないだろう?」

「うん・・・・・おいしいです」


 その後も散策と食べ歩きを繰り返す。結局、一番の目的であった宿探しを達成したのは、夕方を過ぎた頃となった。






 宿に到着してすぐ、問題は起きた。いや、問題が起きるのはわかっていたと言える。

 部屋割りを考えた時だ。宿に行きたいと言っていたクリスは、なんとレイナ同様に無一文だったのだ。頼みの綱のリリカはというと、あまり金を持っておらず、三人が宿に泊まるためには、宗一に頼る他ない。

 そうなると問題は、男女別で部屋を割ろうとした時だ。常識的に考えれば、部屋は最低二つとり、男女別にするのが最適だ。しかし、資金を節約したい宗一からすれば、部屋二つ分の金を払いたくはない。元々一人旅の予定であり、四人分の宿代など想定されてはいない。故に、資金に余裕があるわけではないのだ。

 節約を考えるなら、部屋は一部屋に収めたい。一部屋に四人で宿をとるのだ。宗一からすれば、金を出すのは自分であるため、文句は言わせないつもりだった。

 だが問題なのは、レイナとクリスである。散策時もそうだったが、仲は最悪だ。

 宗一が一部屋四人の提案をした時、真っ先に文句を言ったのはクリスであり、リリカはともかく、レイナが一緒にいることは納得できないと抗議した。真面目なレイナはというと、宿まで恵んで貰うわけにはいかないと、街の近くで自分は野宿するから大丈夫だと言う。

 クリスはともかく、十代であろう少女を野宿させるのは、流石の宗一も罪悪感を覚える。少女を一人放り出すわけにもいかず、二人用の部屋に、四人で宿泊することとなった。

 そして、宿泊する部屋へと店主に案内された一行が、中を確認すると、二人部屋であるだけに、ベッドが二つ用意されており、その他には、椅子などの家具類が置かれている。まさに、泊まって寝るだけの部屋と言える作りであった。

 二人部屋であるため、店主から毛布を余分に二人分用意して貰い、それを受け取った宗一は、毛布の一つをクリスへと渡す。


「なんだよこれ?」

「見てわかるだろ、毛布だ。男は当然床で寝るんだよ」

「おい、どう考えても槍女が床で俺がベッドだろ。もしくはリリカさんと同じベッドで-------」

「黙れ破廉恥剣士!リック様、私は床で十分ですのでどうぞベッドをお使いください!」


 予想はしていた。どうせこうなるだろうと。

 いい加減飽きてきたこの展開を見るのは、今日で何度目だろうか。遊び疲れたのであろうリリカは、二人の衝突に無関心で、眠そうに欠伸をしている。宗一自身もうんざりしていた。

 しかし二人は、そんなことお構いなしに喧嘩を続ける。まだ口喧嘩である段階はいいが、これに火がつくと武器をとって戦闘が始まる。こんなところで、魔法を交えた剣と槍の乱舞を披露されては、たまったものではない。

 何とかして話題を変えなければ、恐らく大変なことになる。それは、火を見るより明らかだ。


「そう言えば夕食どうするんだ。この宿は飯は出ないらしいぞ」

「浴場があると言っていたね。屋台で散々食べたし、私はもうお風呂に入りたいよ」


 確かに、ここに来るまで食べ歩きを繰り返していたため、四人ともあまりお腹は空いていない。食べ歩きの最中、宗一にねだるリリカと、度々お腹を空かせて、もの欲しそうな顔をするレイナに食べ物を買っていたが、見ていないところで、屋台の匂いに釣られたクリスは、元々少なかった全財産で食べ歩きをしていたために、現在無一文となっているのだ。

 よって、屋台で夕食を済ませたと言える一行。後は体を浴場で洗って、眠りにつくのみである。


「風呂賛成!早速行こうぜリリカさん!」


 この女好きの青年が何を考えているかはわかる。彼は男の浪漫を追い求めているのだ。この場の誰もがそれを理解している。

 わかっていても関係ないという様子で、レイナを連れて浴場へと向かうリリカ。そんな二人のことが心配でありつつも、男の浪漫を堂々と追いかけることのできるクリスに、素直に感心しつつ、旅の疲れを洗い流したかった宗一もまた、浴場へと向かった。

 もしかしたら、ハーレム系漫画の主人公のようなラッキー展開があると信じて・・・・・・。


(だから下衆だって言われるんだよな・・・・・・)






 浴場は男女別である。浴場はお客が共同で使えるようになっている、言わば銭湯のようなものであるが、特に高級な宿というわけでないにもかかわらず、浴場は意外と広く、風呂も大きい作りであった。

 脱衣所もしっかりと作ってあり、まさに銭湯のように感じてしまう。これは風呂上り腰に手を当て、珈琲牛乳でも一気飲みしたいものである。

 幸運なことに、宿泊者が少ないためか浴場には誰もおらず、男風呂は宗一一人と女風呂はリリカとレイナが二人だけとなっていた。

 クリスはと言えば・・・・・・・。


「ふっふっふっ。俺は楽園の扉を開けようとしているぜ」


 女風呂脱衣所。男であるにもかかわらず、金髪の青年は裸で仁王立ちしている。

 彼は今、男の浪漫を求め、桃源郷の扉を開けようとしていた。待っているのは、金髪美女の生まれたままの姿。彼もまた、生まれたままの姿で楽園へ歩もうとしている。立ち塞がる者は誰もいない。

 目の前には浴場への扉があり、中にはリリカとレイナの二人が入浴しているのだ。馬が合わない、現在最大の敵であるレイナがいるのは邪魔であるが、絶世の美女リリカのために、青年は戦地に赴こうとしていた。

 男の夢見る戦い。人、その名を「のぞき」と言う。

 戦う前から勝利を確信し、慢心状態であるが、勝利の障害になりそうなことは、レイナ以外に考えられない。だがレイナは今、自慢の槍を持っていない。それが彼の勝利の、絶対の自信なのだ。

 自慢の剣を今所持していないクリスもまた、条件は同じなのだが、当の本人は昂る精神のせいで、それに気が付いていない。


「よし!勝負だ!」


 覚悟を決め、楽園への扉を勢いよく開けて、正面から中に突入したのぞき魔。浴場の中へ、勢いのまま右足から第一歩。


「リリカさーーーん!お背中流しまあああああああああぁぁぁぁ?!」


 何が起こったのか正確に理解できなかったクリスは、出した言葉を言い終われないまま、浴場で足を滑らせ、後頭部を脱衣所の床に打ちつけ気を失ってしまった。

 彼の身に起こったこと。扉を開け、右足から第一歩を踏み出した時、クリスはあるものを踏みつけていた。

 それは、風呂場に当然のように存在する、欠かせないもの。体を洗うためのものであり、ツルッと滑りやすいもので、泡立つものでもあった。

 人、それを「石鹸」と言う。


「お見事です。リリカ様の策通りになりましたね」

「だから言ったろ。これで十分だと」


 突入が起こる少し前、当然のことながら、のぞきを警戒していた彼女たちがとった行動は、扉の前に石鹸を置くだけだった。もっと強力な仕掛けを施すべきだと、反対したレイナであったが、結果は、リリカの策である石鹸で片がついてしまった。

 突入したクリスが踏みつけたのは石鹸であり、どこぞのお笑い番組のように、綺麗に滑った。足を滑らせたクリスの体は、一瞬完全に地面を離れ宙に浮き、勢いがあったために、床に後頭部を綺麗に打ちつけ、気を失ってしまったのだ。

 のぞき魔、クリスティアーノ・レッドフォード。脱衣所にて戦闘不能。

 浴場においての危険な存在は、リリカの簡単な策で撃退されてしまった。


「ところでレイナと呼んでいいかい?ミカズキと言うのは少し呼びにくい」

「はい、構いません。私のことはどうぞレイナとお呼びください」

「レイナ。まだ戦いは終わっていないよ。安心するのはまだ早い」

「何故ですか?最大の危機は去ったはずですが・・・・・・」


 確かに最大の危機は去った。

 しかし人生経験の差なのだろうか。少女と違い、年上お姉さんは、まだこの戦いが終わっていないことがわかっている。

 近くにもう一人、欲望に忠実な男が存在していること。もう一人の敵の存在である。






 男風呂浴場。ここには一人しか入っていない。

 男風呂と女風呂の間には、壁が一つ隔たっているだけであり、先程のクリスののぞきが失敗したことも、聞こえてきた声と音で察することができていた。


(勇気ある正面突破だったようだが、やはりリリカ相手ではそう容易くはいかないか)


 男風呂でクリスの様子を見守っていた宗一は、彼の失敗により、自身も動き出そうとしていた。

 クリスが正面から堂々と攻め込んだのに対して、確実に失敗すると考えていた宗一。失敗するとわかっていたのは、リリカの存在故である。敵の襲撃があるとわかっていた彼女が、迎撃の用意をしないとは考えられなかったためだ。

 そのことは、クリスもわかっていたのかも知れないが、策があると理解していても、敢えて金髪青年は正面突破を選び、そして儚くも散っていった。

 だが宗一は、確実性を求めている。正面がまず不可能ならば、十中八九ここは、男風呂からののぞきしかないと考えているのだ。当然それに対しての策を、リリカが用意していないと思ってはいない。

 問題は、如何に上手く策を看破し、二人に気付かれることなく、目的を達成するかだ。

 湯船に浸かりながら、隔てている一枚の壁を観察する。壁は木製であり、先程の音がしっかりと聞こえたのを考えると、厚さは薄いだろう。しかしのぞける程の隙間があるわけではなく、穴が開いているわけでもない。

 となれば、二人に気づかれないよう壁に穴を開け、そこから桃源郷を拝むよりない。


(何か使えそうなものは・・・・・・)


 浴場には特に使えそうなものは見当たらない。小型電動ドリルでもあれば、今すぐにでも穴を開けられるのだが、当然そんなものは存在しないため、せめて鉄製の工具のようなものでもあればと考えている。

 のぞきに罪悪感がないと言えば嘘になってしまう。だがしかし、このファンタジー世界には、のぞきを裁く法律も警察も恐らく存在しない。言ってしまえば、何をやっても裁かれることはないのだ。

 ならば、この自由が許される世界で、今まで禁止されてできなかったことをするのは、自然なことであり、のぞきをしても捕まることがないのなら、リスクは皆無となる。

 のぞきがばれてしまえば、女性陣にどんな印象を持たれてしまうかは、容易に想像できる。このリスクはあるが、ばれなければ無問題なのだ。であれば、ここで勝負にでない理由はない。

 想定されていたクリスと違い、自分はそれほど警戒されていないだろうと考えていた宗一は、とりあえず使えそうなものを探そうと、浴場から一時撤退するために、出口へと向かう。


「ふう。久しぶりのお風呂は気持ちがいいよ。そうだろう、レイナ?」

「私も湯船に浸かるのは久しぶりになります。これもリック様とレイナ様のお陰です」


 女性陣二人の声が壁越しから聞こえ始めた。何かを話しているのは、先程から聞こえはしていたが、突然男風呂にもはっきりと聞こえる音量で、二人は話し始めたのだ。

 会話が気になった宗一が、出口へと向かう歩みを止める。

 「リック様とレイナ様のお陰って、そこの自称美人はなにもしてないぞ」とつっこみたい宗一であった。全てにおいて金を出したのは、誰でもない宗一なのだから。


「こんなに気持ちがいいとご機嫌になってしまうよ。クリスのように、私の機嫌を損なわせる者がこれ以上現れなければ、お風呂上りに膝枕と耳かきを誰かにやってあげてもいい」


 耳の錯覚だろうか。今とんでもない発言があったような・・・・・・。


「誰にやってあげようか。そこののぞきは無しとして、レイナは可愛いからやってあげよう」

「なっ!?わっ、私は可愛くなどありません!?」

「そういう反応が可愛いのさ。・・・・・・よし、レイナの後はリックにもやってあげよう」


 男、長門宗一郎。新たな桃源郷を見つけたり・・・・・・・。


(だから下衆だって言われるんだよな・・・・・・)

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