第二十一話 反攻の刃 Ⅳ
この二週間後、状況は大きく動き出した。
エステラン国内において、第二王子メロースが急速に勢力を拡大させたのである。彼は自分に従う者達を増やす為、あらゆる手段を講じた。
金と権力を最大限に利用し、国内の役人を何人も味方に付け、多くの兵士達を自分の配下に置いたのである。さらにメロースは、国内外から傭兵集団までも集め、その軍事力を増大させた。
全ては、第一王子アーロンを排除し、自分が次期国王となる為である。今やメロース派の勢力は、アーロン派の勢力を上回ろうとしていた。少なくとも軍事力では、アーロン派を上回ったと言っていいだろう。
しかし、メロースは国内の国民支持が絶望的に悪い。今まで国内で、自分の好き勝手に国民を苦しめ続けたせいである。よってエステラン国民達は、次期国王にはアーロンを置くべきだと考えている。
軍事力ではメロース派に劣るアーロン派だが、味方は多い。国民を味方に付けているのは、彼の勢力にとって大きな力となるだろう。
とは言えエステラン国民は、最早王族を支持してはいない。王にするならばアーロンが断然マシと言うだけだ。長い時間の中で、腐敗していったエステランの王族達は、少しずつ国民からの信頼を失っていった。特に、第二王子メロースの数々の所業が決定的であった。メロースの自分勝手な振る舞いが、国民から完全に信頼を奪ってしまったのである。
国内が統一されていない今のエステランは、他国から見れば非常に隙だらけだと言える。
この隙をついて、エステラン王と手を組んだヴァスティナ帝国軍は、密かに動き出していた。
「父上、御呼びと聞き参上致しました」
「遅かったな。私を待たせるとは、貴様も随分と偉くなったものだ」
「申し訳ありません。少々問題を片付けておりましたので」
ここはエステラン城。王の間と呼ばれるこの部屋で、玉座に座り、威厳を放つ老齢の人物がいる。彼こそ、エステラン国王ジグムント・ネ・エステラン。この国の絶対的支配者である。
彼はこの場に自分の息子を呼びつけた。息子の名はアーロン・レ・エステラン。エステラン王族の第一王子である。
「・・・・・まあいい。貴様を呼んだのは他でもない。貴様の真意を問うためだ」
「真意ですか?」
「我が馬鹿息子を倒し、貴様はこの国をどう導くつもりだ?」
今年七十歳となるエステラン王ジグムントは、次期国王をアーロンと定めてはいた。だが彼は、自分の息子達は国王に相応しくないと、そう考えている。
第一王子アーロンでは、この国を一つに纏められない。彼は優秀ではあるものの、国内の政治にはあまり関心がなく、他国との政治的交渉や対ジエーデル戦への関心が強い。彼は優秀であるが故に、自分の力をもっと広い世界で試したいと考えているのだ。
そんな男が一国の王となって、民が付き従うわけがない。国が分裂するのは、既に目に見えていた。
だからと言って、第二王子メロースを王にするなど論外だ。彼が王となったら最後、この国でどれだけの血が流されるか、想像もしたくない。
次の王に定めるならば、少なくともアーロンが妥当ではある。しかし、どちらの王子も自国を滅ぼす可能性は高い。ジグムントは、自国の滅亡の未来だけはどうしても阻止したかった。そのためには、アーロンの真意を確かめなければならない。
「私は、この国を滅ぼそうとしている愚弟を王に据えるつもりはありません。愚弟を粛清した暁には、この国の発展に尽くす所存です」
「発展だと?」
「外交交渉を利用し、我が国を大きく発展させます。我が国が常に彼の独裁国家の脅威に怯え続けている以上、自国の発展こそが急務だと考えます。行く行くは、大国ゼロリアスやホーリスローネと交渉し、宿敵ジエーデルに対抗する力を得なければなりません。ジエーデルの脅威を抑える事が叶えば、王族に対しての民の信頼を取り戻せる事でしょう」
アーロンは自分の考えを正直に述べた。事ここに至っては、最早隠す必要すらないと、そう考えたのだ。
「・・・・・・やはり、貴様は何も分かってはいない」
「・・・・・・・」
表情こそ変えなかったが、ジグムントの言葉を聞き、アーロンは内心苛立ちを覚えていた。彼からすれば、何も分かっていないのは年老いた自分の父親であるからだ。
王であるジグムントが、アーロンの事を無知だと言う理由。それは、アーロンの考えの中には、国内を安定させる為の政策が何一つないとわかったからだ。大方彼は、国内の政策は臣下の者達に一任し、自分は国外の交渉に全力を注ぐつもりなのだろう。
それでは駄目なのだ。今この国には、国内の安定を取り戻す事こそが求められている。国内政策を見直し、国民から信頼を取り戻して、国内の安定に務めなければ、この国は将来必ず分裂してしまう。分裂したなら最後、この国の未来には滅亡しかない。分裂してしまった隙だらけの国家を、独裁国家ジエーデルが見逃すわけがないからである。
「私が生きている限り、この玉座は誰にも渡さん。それまで学ぶ事だな」
「学ぶとは?」
「一国の王とはどのような存在か、それを知れ。今の貴様では、国を治める事など出来んぞ」
「・・・・・・お言葉ですが、この国をここまで腐敗させてきたのは歴代の王達です。その乱れを正すため、私は父上の後を継ぐのですよ。歴代の王と、そして父上が腐敗させてきた、この国を救うために」
アーロンは、自分の父であり、この国の絶対的支配者であるジグムントに対し、挑発的な態度を見せた。玉座の間に控える政官や兵士達が、固唾を呑んで見守っている。場は一触即発の状況であり、王と王子の対立は決定的なものだと、誰の目から見ても明らかだった。
この戦いは、老齢であるジグムントが死ぬまで終わる事はないだろう。そしてジグムントが死ねば、新たな戦いが始まってしまう。アーロンとメロースの内戦の火蓋が切って落とされ、エステランは燃え上がる。その中で多くの民の血が流されたら最後、この国は終わる。
ジグムントは善き王ではない。彼は様々な策略を駆使し、この国の王となった男である。
まだ王でなかった時の彼は、当時第四王子の立場であった。彼はエステランの支配者となるために、自分の兄達を密かに暗殺して、今の地位を手に入れたのである。そうして王になった真実を、国民達はよく知っている。
さらにジグムントは、対ジエーデル戦での戦費を集めるため、国民から多額の税を集め続けた。それに不満を持った者達は、彼の手によって厳しく処罰されている。彼は己の権力を最大限に利用して、この国を支配し続けてきたのである。
確かにジグムントは、エステランを腐敗させてきた者の一人だ。しかし彼は、自分が死んだ後の国を憂いている。その理由は、彼の玉座のすぐ傍に控える、一人の少女だ。
「ソフィー、君だってそう思っているはずだ。私と考えは方は違っていても、国の腐敗の原因はよく知っているだろう?」
「・・・・・・・」
少女の名前を呼んだアーロン。だが彼女は口を閉ざし、何も語らない。
少女の名は、エステラン国第一王女ソフィー。国王ジグムントがこの世で唯一愛する、自分の愛娘である。
愛娘のために、この国の滅亡の未来を阻止する。それが、ジグムントが国の未来を憂う最大の理由なのだ。
「ふん、自分の妹に助けて貰おうとは情けない。ソフィー、アーロンの言葉に耳を傾ける必要はないぞ」
「・・・・・・はい、父上」
今年十五歳となる彼女は、両王子のどちらの勢力にもつかない、言わば中立と呼べる立場を取っている。彼女は王族の中で唯一民から愛される存在だ。その理由は、彼女が通う女学校での出来事がきっかけであった。
王族でありながら、彼女はジグムントに我儘を言って、エステランのとある女学校に通わせて貰っている。その女学校内で、彼女は一人の生徒を救ったのである。
その生徒は、あまり力のない貴族の生まれであった。校内では落ちこぼれで、他生徒から虐めにあっていた。そんな生徒を、一国の姫である彼女が救ったのである。虐められていたその生徒を庇い、虐める側だった生徒達を叱咤し、校内を大いに騒がせた。
この出来事はすぐにジグムントの耳に入った。第一王女ソフィーの行動を利用しようと考えた彼は、この出来事を国中に広めた。虐められていた生徒を救い出した、心優しい姫であるとして、彼女の事を国中の民に広めたのである。
その理由は簡単で、王族の信用回復の為と、自分達は信用を失くした王族であるが、愛娘だけは国民に愛されて欲しいと言う、ジグムントの願いであった。
この出来事がジグムントによって広められた事をきっかけに、王族の中でもソフィーだけは民の信用を得ていた。つまり、両王子勢力のどちらかが彼女を味方に付ければ、ある程度国民の信頼を得る事ができるわけだ。
軍事力でメロースに後れを取ったアーロンは、それを補うべく、せめて国民の信頼を得るために、妹ソフィーの事を欲しているのである。
「ソフィーも父上も、私に賛同はして頂けないようですね。・・・・・・いいでしょう、あの愚弟を大人しくさせるなど、私の力だけでもできる。全てが片付いた後、私に賛同しなかったのを必ず後悔させてご覧に入れましょう」
アーロンの絶対的自信。兵力規模で後れを取ったが、アーロン配下の軍隊は、メロースの寄せ集めとは違う。そして、国民が断固として王に即位するのを認めないメロースと、第一王子であるアーロンでは、立場の有利はアーロンにある。
それこそが彼の絶対的自信である。ジグムントとソフィーの力を得ずとも、自分は勝てると信じているのだ。力は大いに越した事はないと考え、二人の力を得ようと動きはしたが、ジグムントが首を縦に振らない為、アーロンは二人の力を得るのは諦めた。
ただ、自分が勝利を治め、この国の支配権を得たその時は、ジグムントとソフィーにその考えが間違っていたと思い知らせてやろう。そう、心の中で誓った。
アーロンが内心密かな楽しみを得た、その時だった。玉座の間に、大慌てで一人の兵士が駆け込んできたのである。兵士は息を切らし、無礼を承知で急ぎの報告の為に現れた。
「ほっ、報告致します!!」
「何事か、騒々しい」
突然の乱入者に苛立ちを見せたアーロン。
そんなアーロンの姿を目にした兵士は、彼の方を向いて口を開く。この兵士の報告は、特にアーロンに伝えなければならない、緊急事態なのである。
「殿下のご息女様が、学校内にて人質に!!」
「なっ、何だと!?」
兵士による緊急事態の報告は、アーロンから冷静さを一瞬にして奪い去った。
エステラン国内、ビィクトーリア幼年期学校校門前にて。
街の中にあるこの学校は、所謂貴族や金持ちの子供達が通うための学校だ。この学校には現在、場に似付かわしくない屈強な男達の姿があり、学校の校門前にて、三人の男達がそれぞれ生徒である子供を抱え、はっきりと聞こえる大声を上げた。
「おーい!!耳の穴かっぽじって聞けよエステランの兵士共!この学校は俺達が占拠した!!俺達は趣味で反社会的運動に取り組んでる武装組織、機械化武装児童愛好家団体だ!!俺達は児童愛好の精神に則り、この学校の児童を腐敗したエステラン国より解放する!俺達の要求は、この学校の児童全員の解放と、俺達が創設する新たな学校設立のための資金の要求だ!とりあえず現金で十億ベル持ってきやがれ馬鹿野郎!!」
学校を完全包囲したエステラン国軍の兵士達に対し、大声を上げて声明を述べた屈強な体を持つ男。
子供を人質に取られているため、身動きができないエステラン国軍の兵士に対し、男はふざけてるとしか思えない声明を口にした。いや、言った本人もふざけた声明だと理解している。全ては、台本を考えたあの男が悪いのだ。
「俺達の要求が聞けない場合は仕方ねぇ!その時は人質の身がどうなっても知らねぇからな!!」
この男の正体は、ヴァスティナ帝国軍精鋭部隊の指揮官ヘルベルト。
彼は今、敵国のど真ん中で仲間達と学校に立て籠もり、テロ活動を行なっている真っ最中である。
一体何が起こっているのか?
一体何故、ヴァスティナ帝国軍の精鋭である鉄血部隊の面々が、この国でこんな馬鹿騒ぎを始めてしまったのか?
勿論この騒ぎは、最近では皆にロリベルトなどと馬鹿にされるヘルベルトの子供好きが度を越えて、学校でのテロ行為を行なうまでになった・・・・・・・・・・・・わけではない。
この騒ぎは序章である。正体を偽り、こんなところでテロ活動を彼らが行なっているのも、全ては作戦だった。
エステラン国との戦いは既に始まっている。ヘルベルト達鉄血部隊のテロは、帝国軍による最初の反攻と言えるだろう。
(しっかしまあ、随分と下衆な手を考えやがるぜ。まったく、隊長らしいやり方だ・・・・・・)
帝国軍技術者達が用意した、帝国軍製の銃火器で武装した精鋭六十人。対するは、学校を完全に包囲したエステラン国軍兵士、約六百人。六十人対六百人、兵力差十倍の戦いが始まろうとしている。
後に、「ビィクトーリア幼年期学校立て籠もり事件」と呼ばれるこの騒動は、こうして幕を上げたのだった。