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第20.5話 みんな愉快な?ヴァスティナ帝国 Ⅲ

5.元参謀長専属メイドは語る




 ヴァスティナ城、女王の執務室。 


「陛下、こちらはへスカル国王からの書状になります」

「後で目を通す」

「これはハーロン国から、それとネルス国からも書状が届いております」

「そこへ置いておけ」

「チャルコ国からも届いております。こちらは国王からですが、姫殿下からも届いております」

「シルフィ姫のは今すぐ目を通す」

「承知致しました」


 この手紙は先に目を通す必要がある。私が早く読みたいからという気持ちもあるが、姫殿下からの手紙を後まわしにしたと、彼女自身に知られてしまうのは不味い。後で怒られる。

 手渡された、チャルコ国のシルフィ・スレイドルフ姫からの手紙。私の執務用の机に置かれた書状の数々。シルフィ姫の手紙はいいが、他の全ての書状の返事を書くのが面倒くさい。他にも仕事は山積みだと言うのに・・・・・・。

 まあいい、とりあえずシルフィ姫の手紙を読むとしよう。


「・・・・・・・・ふむ」

「姫からは何と?」

「見習い騎士の彼と最近全く会えないらしい。どうやら彼は、見習いとして騎士団の任務に従軍していて、連日国外で魔物討伐などをやっているようだ。会えない愚痴を手紙に書いてきている。ついでに、私の事を心配して励ましの言葉も添えられている」

「シルフィ姫らしいです」

「それとウルスラ、姫からお前に言葉がある。今度会えたら、何でもいいから技を教えて欲しいそうだ。忙しいせいで手紙の一つも寄越さない彼を、一発痛い目に遭わせたいらしい」

「成程。では、鞭の使い方でも教えると致しましょう。姫の性格から考えて、鞭は似合いの武器です」


 こういう時、この女は冗談など口にしない。今の発言は本気で言っている。

 アニッシュ・ヘリオース、君は運がない。シルフィ姫が帝国メイド長ウルスラに技を教わったら最後、君の命はないだろう。可哀想に。

 それにしても、鞭を振りまわすシルフィ姫か・・・・・・・・・、似合いすぎている。


「ウルスラ、お前は・・・・・・」

「どうか致しましたか?」

「・・・・・いや、何でもない」


 その危険すぎる考え方をやめろと言いたかったが、やめた。何故なら、どうせ言っても無駄だからだ。

 私、アンジェリカ・ヴァスティナが、彼女と初めて出会った時もそうだった。

 帝国メイド長にして、帝国メイド部隊最高指揮官の元女性兵士、その名をウルスラと言う。

 思えば彼女は、私と初めて出会った時より何も変わっていない。






 これは私が、帝国軍参謀長リックに助けられ、私の戻りたかった故郷、ヴァスティナ帝国の土を踏んだ頃の話である。


「貴様、名前は?」

「・・・・・・」


 ヴァスティナ城に連れて来られた私は、あの男によって帝国メイド長のもとに預けられた。

 ここは、帝国メイド部隊作戦会議室という部屋らしい。何故、メイド達専用の作戦会議室なるものが存在しているのか、その理由は全く分からない。

 どうやらこのメイド長、普通ではないらしい。

 先程から凄まじい眼力を向けてくる。とてもメイドには見えないぞ、この表情鉄仮面。正直怖い。


「名前がないのか?」

「・・・・・・」


 名前か・・・・・・、どうしたらいいだろう。

 このメイド長も、城内のメイド達も、恐らく私の事など知らない。大人しくアンジェリカと答えても良いかもしれないが、姉様の耳に私の名前が届くのは避けたい。

 私は、ユリーシア姉様に会うわけにはいかない。となれば、何か別の名前を考えなくてはならない。

 さてどうする。この怖ろしいメイド長が、私に疑いの眼を向けてきている。ここで怪しまれては、後々厄介な事になるかもしれない。しかし、急に偽名など・・・・・・。


「仕方ない。今から貴女をメイファと名付けましょう」

「!?」

「どう言うつもりで黙っているのか知りませんが、この先名前がないのは不便です。勝手に名付けさせて貰います」


 メイファとは何だ?私はアンジェリカだ、そんな名前などではない。

 まあ確かに、黙秘を続けていた私が悪いのだが、だからと言って勝手に名前を付けるのはどうかと思う。


「ではメイファ、私の後に付いて来なさい。まずは浴場で体を洗って貰います。その後は着替えを済ませ、貴女用の部屋に案内します」


 この後私は、表情鉄仮面のメイド長に連れられ、まず浴場で彼女に体を洗って貰った。丁寧かつ綺麗に、隅々まで洗って貰った私は、服を渡され、それに着替えさせられた。その後は言われた通り、とある一室に案内され、ここを寝室として使って良いと言われた。

 簡単に城内の説明を受け、明日から仕事を始めて貰うと彼女に言われ、その後今日は寝室で眠った。色々あって疲れ切ってしまっていたからだ。

 とても眠かったあの時、意識が遠退いていく中、「しまったな」と思ったのは、メイド長である彼女の名前を聞きそびれた事だった。






 次の日。早朝からメイド長に叩き起こされ、メイド服に着替えさせられた私は、昨日も入った帝国メイド部隊作戦会議室へと案内された。

 メイド長に連れられて部屋に入ると、室内には数十人のメイド達が集合していた。

 そして、メイド長が部屋に入った途端、部屋の空気は一変し、張り詰めた緊張感が場を支配する。


「総員、傾注」


 メイド長のその一言で、メイド達の表情が変わる。真剣そのものだった。彼女の言葉を聞き逃したら、殺されるのかも知れない。このメイド長ならばあり得る。

 ・・・・・・と言うか、何だこのメイド達。帝国兵士よりも軍人らしいぞ。


「本日は通常の清掃任務に加え、謁見の間の大規模清掃を行ないます。部隊編成は昨日伝えた通りです。ノイチゴ、作戦指揮は任せましたよ」

「はあ~い」

「今日の陛下の予定ですが、政務はそれ程多くありません。恐らく、空いた時間を利用して花壇の花々を愛でに行かれるでしょう。ラベンダー、花壇の手入れは抜かりなきように」

「・・・・・はい」

「それからアマリリス、昨日話した通り、今日はリリカ様が陛下とお茶会を開く予定です。お茶菓子の仕込みは万全ですね?」

「はっ、はい・・・・・・・大丈夫です」


 どうやらこの作戦会議室と言うのは、メイド達が一日の仕事を確認する場であるらしい。

 それにしても、私がいない間に帝国メイドは随分と変わってしまったようだ。


「私からは以上です。質問はありませんね?」


 メイド達は無言。聞きたい事はないらしい。

 

「では最後に、彼女の事を紹介します」


 私の紹介をするらしい。

 本当に私は、この城でメイドとしてやっていく事になるのだな。


「彼女の名前はメイファです。今日から帝国メイド部隊の一人として働いて貰います。ここで仕事を覚えた後は、参謀長専属メイドに就任する予定です。各員、彼女の教育は手を抜かない様に。リンドウ、ラフレシア、貴女達に彼女を任せます」

「了解」

「はいはーい!やったねリン、可愛い子が入ったわよ」

「黙りないさいよ!まだメイド長の話が終わってないんだから」


 リンドウとラフレシアか・・・・・。ノイチゴやラベンダー、アマリリスもあった。

 彼女達は皆どうして、花の名前で呼ばれているんだ?多分彼女達の本名ではないはずだ。

 何となくだが、この部屋のメイド達からは、私と同じ匂いがする。私と同じように、心の中に何かを抱えて生きている人間だと、そんな気がした。


「メイファ。貴女は今日からこの二人の部下です。ラフレシアはともかく、リンドウはしっかりしています。彼女からよく学びなさい」

「・・・・・わかりました」

「ちょっ、メイド長!私はともかくってどう言う意味ですか!?」

「そのままの意味に決まってるでしょ。メイファちゃん、私の名前はリンドウ、こっちの馬鹿はラフレシアって言うの。よろしくね」

「よろしく、お願いします・・・・・」


 真面目そうで、話しやすそうなリンドウさんと、とても明るく元気なラフレシアさん。

 メイド仕事などした事がないから、恐らく最初はとても苦労するだろう。しかしこの先輩二人なら、仕事の事を聞きやすそうだ。まず間違いないが、表情鉄仮面のこのメイド長に聞くよりは、ずっと聞きやすいだろう。

 

「メイファ、何か質問はありますか?」

「あの・・・・、メイド長のお名前をまだ聞いていないのですが・・・・・・」

「私の名前はウルスラと言います。ヴァスティナ帝国メイド部隊の指揮官です。今後、私の事はメイド長と呼ぶように」

「はい」


 いや、指揮官って・・・・・・。メイド長ウルスラ・・・・・一体何者なのか?

 身に纏っている雰囲気や言動が、軍隊のそれだ。とてもメイドには見えないが、何故かメイド服が板について見える。こんな女性が、姉様の傍に仕えているのか・・・・・・。


「リンドウとラフレシアが教育役ですが、貴女の教育と指導は私も行ないます。救国の英雄的存在である、参謀長リック様に相応しい専属メイドになれるよう教えますので、そのつもりで」


 何と言う事だ・・・・・・。彼女までもが私の教育役とは・・・・・・・。

 周りのメイド達が私に、同情のような視線を向けてくる。やはり、彼女は見た目通り厳しい女性なのだろうか・・・・・・、かなり困ったぞ。


「他に質問は?」

「・・・・・・ありません」

「では最後に言っておきます。メイファ、アマリリスとノイチゴには気を付けなさい。特にノイチゴは常に警戒しなさい。就寝時は部屋の鍵を閉め忘れないように」

「メイド長~、どうしてそんな事言うんですか?メイファちゃ~ん、私は危なくないからね~」


 何と言うか、とっても甘ったるい女性だな、このノイチゴと言うメイドは。

 痴女・・・・・と言うより娼婦か?まるで男を誘うような態度だ。確かにメイド長の言う通り、油断しない方が良いかも知れない。

 それと、アマリリスさんだったか。とても気弱そうなメイドだ。私と歳がそんなに変わらない様に見える。気を付ける様な存在ではないと思うが・・・・・・。

 まあいい、後でリンドウさんにでも聞いてみよう。


「話は以上です。各員、仕事に取り掛かりなさい。・・・・・・リンドウ」

「はい、メイド長。・・・・・総員傾注!!我ら、ヴァスティナ帝国メイド隊、フラワー部隊!女王陛下の御傍に仕える、女王守護の最後の砦!その身に纏うメイド服に誓え、生涯の忠誠を!!」

「「「「「「生涯忠誠!!」」」」」」

 

 ・・・・・・・・・・・・これではただの軍隊だ。






 作戦会議室を後にして、早速メイド仕事に取り掛かった私は、リンドウさんとラフレシアさんに仕事を教わりながら、城内の案内や説明を受けた。時々私から質問をして、二人に現在の帝国の状況を教わった。

 帝国女王ユリーシア・ヴァスティナの事。帝国とオーデル王国による二度の戦争。帝国存亡の危機を救った参謀長リックの事や、その配下の者達の事。


(姉様・・・・・・・・)

 

 ユリーシアの姉様の今を教わった時、私は如何にか涙を流すのだけは堪えられた。

 顔面蒼白となり、立ち尽くす私を、リンドウさんとラフレシアさんが心配してくれた。具合でも悪いのかと心配してくれたが、私は大丈夫ですと言って、仕事に戻った。

 この国の女王となってしまった姉様。体が弱く、光を失い、自由までも奪われた姉様。

 私のせいで、姉様は全てを背負ってしまった。私が生まれたから、姉様を苦しめ続けている。でも、私では今の姉様を救えない。そんな力は持っていない。いや寧ろ、姉様にとって私の存在は災いそのものだ。

 それでも私は、姉様と再会したかった。帝国へ戻りたかった。

 そんな私の弱さが・・・・・・・・・・。


「メイファ、仕事に集中しなさい」

「・・・・・・!」


 いけない、今は目の前の事に集中しなければ。

 私は今、洗濯物を干している真っ最中である。初めて洗濯を習い、初めて洗濯物を干している。水で服の汚れを落とす作業が、あんなにも大変だとは思わなかった。手洗いと言うのは大変だ。今まで、こんな大変な作業を他人任せていたのかと思うと、非常に申し訳ない気持ちになる。

 洗濯物を干すのも大変だ。意外と力を使うし、干す量も沢山ある。何より、男物の下着を干すのには抵抗がある。

 

「何か気になる事でも?」

「いえ・・・・・」

「リン、この子きっと緊張してるのよ。この子からしたら、今日が初めての仕事なんだし、周りは知らない人ばっかりなんだもの。緊張しちゃうのも無理ないわ」

「貴女にしては的を射た発言ね。大丈夫よメイファちゃん、私も他のメイド達も恐い人じゃないから」


 果たして本当だろうか・・・・・・?

 この人、「生涯の忠誠を!!」と叫んでいたぞ。メイドと言うより軍人らしい女性だから、恐い人じゃないとは思えない。

 まあしかし、優しく面倒見の良い女性ではある。説明は分かり易いし、仕事の手際もいい。しかも丁寧だ。優等生感溢れるお姉さんと言った感じだ。

 そうだな。この人の事をよく知らない内から、恐い人かもしれないと思うのは失礼だ。

 ほら今だって、彼女は普通に洗濯物を干しているだけ----------。


 スッ・・・・・・・、ゴトッ・・・・・・。


「ちょっとリン、スカートからあんたの仕込みナイフが落ちたわよ」

「あっ、いけない。仕込みが甘かったかも」

「もう、危ないから気を付けてよね。あんた偶に抜けてるんだから」


 ・・・・・・・・・・・前言は撤回しよう。一体どこの世界に、スカートの中からナイフを落とすメイドがいると言うのか。落としたナイフ、普通に人が殺せるものだったぞ。

 

「まああれよね、私達の中で気を付けなくちゃいけないのは、やっぱりノイチゴとアマリリスだわ」

「そうね。ラベンダーは見た目こそあれだけど、実際は全然恐くないしね」

「いい、メイファちゃん。メイド長の言う通り、ノイチゴとアマリリスには気を付けなさいよ。二人にはあんまり近付かない方が良いから。あっ、でも私やリンと互角に戦える位の力があるなら全然大丈夫だからね♪」


 私は、こんな危険な匂いのするメイド達と共に、この先やっていかなければならないのか。

 命がいくつあっても足りる気がしない。いつか私は殺されるのではないだろうか?


「メイファ」

「メイド長?」


 気が付けば、メイド長が私達に近付いてきていた。

 気配を全く感じなかった。やはりこのメイド長、只者ではない。


「洗濯が終わったら、私のところに来なさい。参謀長専属メイドに相応しくなれるよう、私が色々と教育します」

「・・・・・・わかりました」


 リンドウさんとラフレシアさんの、同情の視線。

 ああ、きっと厳しいのだろう、彼女の教育は・・・・・・・。






 洗濯を終えた私は、一人でメイド長の寝室へと向かい、緊張しながら入室した。

 入って早々、私は参謀長専属メイドの教育を受ける事となった。


「まず言っておきます。メイファ、貴女は暗すぎます」

「・・・・・・はい」


 そんな事を言われても困る。私はラフレシアさんみたいな性格ではない。

 確かに私は根暗だ。私の運命を変えた、あの夜からずっとそうだ。昔の様に明るく笑うなどできない。笑い方すら忘れてしまったのだから・・・・・・。


「その暗さ故に、貴女は声が小さいのです。そんな声では、毎朝参謀長を眠りから起こす事など出来ませんよ」

「参謀長は・・・・・、朝が弱い方なのですか?」

「いえ、そう言うわけではありません。ただ、リック様は参謀長に就任したばかりで、まだ軍務を覚えている最中なのです。毎日不慣れな軍務を続けているせいで、日々の疲れは溜まっています。最近では、中々ベッドから出たがらない事もしばしばです」


 成程、疲れが残っているせいで、もっと眠っていたいと思ってしまうわけか。

 それを無理やり起こすのは可哀想かもしれないが、主を起こすのも、参謀長専属メイドの仕事と言う事か。


「主を眠りから覚ますのも私達の仕事です。貴女には、正しい主の起こし方を教えましょう」

「正しい起こし方・・・・・?」

「自分の主がどうしても起きない場合でも、主の職務を考えれば起こさないわけにはいきません。時には強硬手段も取らなければなりませんよ」

「具体的にはどうすれば・・・・・・・」

「例を見せましょう」


 強硬手段か・・・・・・。精々、起こし方を少し乱暴にする程度だと思う。態々例を見せる程度のものではないはずだが・・・・・・。


「起きろおおおおおおおっ!!戦争だあああああああああああっ!!!」

「!?!?!?」


 何だ何だ何だ!?急に叫ぶな!!

 多分この叫び声、部屋の外まで響き渡ったぞ。勘違いした兵士が出たらどうするんだ。


「・・・・・・このように、相手が飛び起きるであろう言葉を叫び、無理やりにでも起こすのです。起こすための言葉を叫びつつ、武力行使に出るのも可です」

「・・・・・・・・・まさか陛下にもそのような起こし方を」

「陛下の場合は、私が一言かけるだけで目を覚まされますので、強硬手段の必要性がありません」


 そんな馬鹿な。昔の姉様は朝が苦手だった。

 よく御寝坊さんだと言われていたし、頑張って起こさないと全然目を覚まさなかった。

 

「起こし方は分かりましたね。さあメイファ、やって見なさい」

 

 今のをやれと言うのか。無理に決まっている。

 しかし、メイド長の鋭い視線には逆らえない。無理だと言ったら殺される。そんな気がする。


「私を参謀長だと思って言ってみなさい、大声で」

「・・・・・・はい」


 諦めよう。抵抗は無意味だ。






 リンドウさんやラフレシアさん、メイド長から仕事を教わりながら、とても忙しい毎日が過ぎていった。

 朝は日が昇り始めた頃に目を覚まし、作戦会議室へは時間厳守。そこで一日の仕事を確認し、リンドウさんとラフレシアさんと一緒に、毎日毎日掃除洗濯。

 日々のメイド仕事に精を出しながら、私の場合はメイド長直々に、参謀長専属になるための教育を受けている。

 主人の起こし方や、紅茶の淹れ方、参謀長の魔が差して性的な意味で襲いかかって来た場合の武力による対処法などなど・・・・・・・・。

 正直三つ目は、絶対に覚える必要があると思った。

 その理由は数日前、衝撃の事件に私が巻き込まれたからである。生まれて初めてその日の夜、私は人質にされた。

 イヴ・ベルトーチカと言う男の子・・・・・・もとい男の娘が、参謀長の暗殺を企て、それが失敗して人質に取ったのである。その人質が、偶々近くを通りかかった私だった。銃声と言うものに驚き、何事かと思い、銃撃戦の現場に近付いてしまったのだ。そのせいで捕まった。

 そこからは大騒ぎだった。銃は向けられる、大慌てで騎士や兵士が集まる、参謀長が撃たれるなど、まったくとんでもない事件となってしまった。全てにおいて衝撃的な事件だったが、一番驚いたのは、参謀長の変態的宣言だった。

 私は思った、「こんな危ない人間の世話をする事になるのか」と。主人が主人だけに、護身術を覚える必要は大いにある。と言うより、この国はいつの間にか、危険そうな人物達が沢山集まっている。何かしらの身を守る術は絶対必要だ。

 メイド長が私に教える、軍隊式の護身術は本当に怖ろしい。急所攻撃は絶対で、金的は当たり前。どんな男が相手でも撃退できてしまう、本気の護身術だ。

 今日の訓練では、仕込みナイフの使い方まで教わってしまった。しかも分かり易かった。

 撃退と言うか、自分の主を殺してしまえる様な技まで教わった。彼女は本当に何者なのだろう?

 危ないメイド達を束ね、彼女達を部下として扱い、城内の掃除洗濯女王の御世話を担当する、怖ろしいメイド部隊の長。メイド達からも怖れられる、軍人としか思えない女性。彼女が戦うところを見た事はないが、その身に纏う風格は兵士のそれだ。

 姉様はどうして、彼女の様な存在を自分の傍に置いているのだろう。どう考えても、彼女は危険な存在だ。

 帝国最強と言われている、あの騎士団長もそうだ。私自身、騎士団長の事をよく知っているわけではないが、身に纏う空気はメイド長と同じものを感じる。

 私の居ない間に、帝国は何もかもが変わってしまった。変わっていないと思うのは、宰相のマストール位だ。

 やはり、故郷に帰って来ても、あの幸福な時間は二度と戻っては来ない。

 今日、物陰から姉様の姿を見た。姉様は純白のドレスを身に纏い、騎士団長と共に城内を歩いていた。私の知っている姉様とは違う。この国に再び戻り、何度か姉様の姿を見ていたが、何度見てもそう思う。

 誰もが言う、女王ユリーシアはヴァスティナの素晴らしき支配者であると。善政を敷き、国と民を大切に想う、優しき女王。城内の者は皆、口を揃えてそう教えてくれる。

 確かに姉様は優しい。私だって知っている。

 でも姉様は、人を支配したいと思う人間ではない。姉様は女王として、国のため臣下に命令を下しているが、きっと心の中では苦しんでいる。本当の姉様は、人の上に立つ事も、支配する事も嫌いなのだから。

 誰も本当の姉様を知らない。知っているのは、マストールだけだ。

 女王に絶対の忠誠を誓っていると言う、参謀長や騎士団長、それにメイド長ですらも知らないはずだ。本当の姉様を知っているのは、マストールと私だけ・・・・・・。

 皆、ユリーシア姉様に甘えている。その甘えが、姉様を苦しめている。

 そして、姉様を苦しめているのは、私も同じだ。

 私は何をしているのだろう。私が生きている限り、反帝国女王派の貴族達に力を与えてしまうかも知れない。もしも私の存在と正体が知られれば、この国に未来はない。そうなれば姉様は・・・・・・。

 あの時。ジエーデル国の侵攻で、私が身を寄せていた貴族の屋敷が焼かれた時、私も一緒に死ねばよかった。そうすれば、姉様を破滅させる要因は消えてなくなる。でも私は、私を守るために散っていった彼らに生かされた。

 生かされた以上、私は簡単に死ねない。自分で命を絶つわけにもいかない。死んでしまったら、彼らの死が犬死にとなってしまう。彼らの死を、私は背負って生きている。

 もしも、私の正体が知られそうになり、反女王派の貴族達に力を与えそうになったなら、その時は・・・・・・。その時が訪れるまで、私は死ぬわけにはいかない。

 ああ、どうして私達には、同じ男の血が流れているのだろう。

 どうして、私達の母様は一緒じゃなかったんだろう・・・・・・・・。






「はあ・・・・・・・」


 私のために用意された寝室。

 本来メイド達に自室はなく、メイド長以外は、一つの部屋に二人や三人で寝ている。新米である私など、本来ならば専用の寝室を与えられるわけがない。それでも、将来的には参謀長専属メイドに就任するため、メイド長が専属メイド用の部屋を用意するべきだと考え、こうなったらしい。

 そう広くはない部屋だが、ベッドはあるし、机等の家具もある。新米メイドの為の部屋としては、かなり贅沢と言えるだろう。

 仕事を終え、寝室へと戻って来た私は、完全に疲れ切ってしまっていた。寝室に着いた途端、全身の力が抜けてしまった私は、ベッドの上に突っ伏すように倒れ込んだ。

 

(今日は特に疲れた・・・・・・・。まさか、紅茶の淹れ方があんなにも難しいとは・・・・・・・)


 メイド長ウルスラによる、紅茶の授業。勿論、授業内容はスパルタである。

 茶葉の量やお湯の温度を厳しく見られ、何度も指導を受けた。結局、メイド長が合格を出す紅茶は出せず、授業は明日も行なうと言われた。最悪だ。

 教え方に問題はない。ただ、とても厳しいのだ。

 それと、彼女の鋭い視線と表情が、教わる側からすると非常に怖ろしい。教わっている時、その視線と表情による圧力が、異常な緊張感を生み出すのである。

 肉体的にも疲れたが、メイド長の教育は精神的にとても疲れてしまう。常に張り詰めた緊張感がある状態なのだから、無理もない。


(駄目・・・・・・・、このまま眠ってしまう・・・・・・・)


 ああ、寝る支度をするのも面倒臭い。

 ベッドの上で寝ながらメイド服を脱いでいき、寝間着にも着替えず、下着姿のまま毛布に潜り込んだ私は、急激な眠気に襲われてしまった。

 明日は休みだと言われた。当然、メイド達全員が休日と言うわけではない。メイドが全員休んでしまったら、誰も女王の傍に就けなくなってしまう。そのため、メイド達の休日はローテーションが組まれており、明日は私が休日と言うわけだ。

 聞いた話では、メイド長は年中無休で働いていると言う。どこにそんな体力があると言うのか。

 聞けば、メイド長は姉様に絶対の忠誠を誓っているらしい。まさにメイドの鏡・・・・・、いや、忠義者の鏡とでも言うべきか。

 危険な人物に思えるが、噂の忠誠心が本物ならば・・・・・・。


(姉様を・・・・・・安心して・・・・・・・・・・・・・)


 疲れすぎて意識が遠退いていく。目を開いてはいられず、瞼を閉じて、眠りに入る。

 何か忘れている様な気がするのだが・・・・・・・・・、この急激な眠気には負ける。

 もう寝てしまおう。考えるのも疲れた。






 この時私は、初日にメイド長から受けた警告を忘れていた。

 疲労と眠気のあまり、寝室の鍵を閉め忘れていたのだ・・・・・・。






「んっ・・・・・・・」


 何だ・・・・・・、気配を感じる・・・・・・・・・。

 眠い・・・・・、目を開くのが辛い・・・・・・。こんなに眠いと言うのに・・・・、誰か傍にいるのだろうか・・・・?


「はあ~い、メイファちゃ~ん」

「・・・・・・!?」


 この甘ったるいお姉さん声は、あのメイドに違いない。作戦会議室でメイド長から警告を受けた、そのメイドの名は・・・・・・。

 

「・・・・・・ノイチゴさん、何かご用ですか」

「ご用ならありますとも。メイファちゃん、今夜は寝かさないわ~」


 この人、何言ってるんだろう・・・・・。冗談だと思いたい。

 しかしどうやら、彼女は本気のようだ。その証拠に、今気付いたのだが私の両手は紐か何かで縛られている。しかも、寝ている私の上に彼女がいるため、身動きができない。両手が使えないせいで、彼女を押し退ける事も出来ない。


「今日あたり食べ頃だと思ってたのよ~。疲れが溜まっているはずだから、襲われても抵抗できないでしょう?初めて見た時からずっと狙ってたのよ、貴女の事」


 不味い、本当に不味い。今私は、間違いなく危機に瀕している。このままでは私の貞操が奪われる。

 メイド長が気を付けろと言っていたのはこの事だったのか。部屋の鍵を閉め忘れていたせいでこんな目に・・・・・・。


「鍵が開いてたからちょっと驚いちゃったわ。私に食べられるのを待ってるのかと期待したのよ?まあ、鍵が閉まってたら無理やり開けるつもりだったけどね♪」


 駄目だ、鍵だけじゃ足りない。私には寝室の鍵ではなく護衛が必要だ。

 この人、目が本気だ。私の全てを奪うつもりだ。恐ろし過ぎるぞこの馬鹿メイド。舌なめずりして妖艶に笑い、ねっとりとした視線を向けてくる。


「ああん!下着姿が可愛すぎるわ~。この、穢れを知らない無垢な体を思うがままだなんて、最高よ!!」


 しまった。あの時眠すぎて、今の私は下着姿である。好きでやっているわけではないが、この姿が彼女を必要以上に誘惑してしまっている。

 

「あらあら、今日は随分と汗をかいた見たいね。甘くて良い匂いがするわ~。どれどれ、お味は・・・・」

「っ!?・・・・・やめっ・・・・はうっ!!」

「んん~!甘酸っぱくて美味しいわ!もう我慢できない、濡れちゃいそう」


 このエロメイド!今私の脇を舐めたぞ!!それから指で私の体をなぞるな!声が出てしまう。

 こいつ、手馴れている。私の体を愛撫し始め、私の敏感な所を探している。私が少しでも反応したところを見つけ、そこをいじってくる。これ以上声を抑えられない。

 

「んっ・・・・・ひぐっ!?」

「んふふふふ・・・・・、可愛いわよメイファちゃん。安心してね、お姉さんが優しくいかせてあげるから。今宵は天国を見せてあげるわよ」

「はあ・・・・はあ・・・はあ・・・・・。もうやめて・・・・・・・」

「怖がらなくていいのよ。最初は誰だって緊張するから。それじゃあメイファちゃん、キスしましょうか」

「!?」


 そこまでやったら二度と引き返せない気がする。私をその道へ引き込むなこの馬鹿エロメイド!!

 宣言通り、ノイチゴさんの唇が私にゆっくりと近付いて来る。不味い不味い不味い不味い不味い、誰かこのメイドを止めてえええええええええええっ!!!!


「ノイチゴ、覚悟は良いですね?」

「はっ!?」


 彼女に唇を奪われる寸前、救いはやって来た。

 ノイチゴさんの頭を片手で鷲掴みにし、私から彼女を無理やり引き剥がす存在。ノイチゴさんは私に夢中で、背後から忍び寄るその存在に気が付かなかったのだ。


「仲間の寝室へ勝手に侵入し、その寝込みを襲う。今度ばかりは許しません」

「あらら・・・・・、どうかお慈悲を」

「罰として、明日はメイド達の部屋の清掃を命じます。もちろん、全ての部屋ですよ」

「それだけ・・・・・・ですか?」

「ノイチゴ。先程貴女は言っていましたね、今宵は天国を見せてあげると。ならば私は、貴女に地獄を見せてあげましょう」


 メイド長がノイチゴさんの頭を鷲掴みにしたまま、彼女を床に叩きつける。その後間髪入れずにメイド長が間接技をかけた。あれは多分・・・・・・膝十字固めと言うやつだ。


「いいいっ!?痛い痛い痛い、ギブギブギブギブっ!!」

「どうですノイチゴ、地獄は見えましたか?」

「見えた見えた見えましたっ!!」

「よく聞こえませんでした。もう一度」

「だから見えましたって!!」

「もう一度」

「ひいいいいいいっ!!この人許す気ないわーーーーっ!!」


 怖ろしい・・・・・。あのノイチゴさんが、泣いて許しを乞うている。

 

「メイファ、寝間着を着なさい。そんな姿をしているから襲われるのです」

「はい・・・・・・」

「ノイチゴへの仕置きが済んだら、貴女を連れて行きます。それまでに着替えを済ませなさい」

「まっ、まさかメイド長!私より先にメイファちゃんの純潔を--------」

「お前と一緒にするな」

「いぎゃああああああああああっ!!痛いです許してメイドちょおおおおおおおおおおっ!!!!」


 私は今日、新たに学んだ事がある。

 それは、メイド長の間接技が拷問に等しいと言う事だ。


「あっ・・・・・・・川とお花畑が見える・・・・・・・・・・・・・・・」


 ノイチゴさんが死ぬ一歩手前だ。流石に可哀想に見えてきた。

 それでも間接技を緩めないメイド長。鬼かこの人。


(鬼なのは間違いないが、何にせよ助かった・・・・・・)


 彼女のお陰で私の純潔は守られた。

 しかし彼女は、どうしてここへ・・・・・・・?






 ノイチゴさんの襲撃を退けた私は、メイド長に言われた通り寝間着に着替え、その後彼女に別の部屋へと連れて行かれた。

 ちなみにノイチゴさんは、あの後間接技で嫌と言うほど地獄を見て、最終的には気を失った。その隙に彼女の両手両足を縄で縛ったメイド長は、私の寝室に彼女を閉じ込めたのである。

 今私は、メイド長の寝室に連れて来られ、メイド長の寝室のベッドで寝ている。そこで寝ろと言われたからだ。

 ただ・・・・・・・。


「どうかしたのですか?」

「あの・・・・・・・どうして添い寝しているんですか」

「この部屋にベッドは一つしかありませんから」

「なら、私は自室に戻りますが・・・・・」

「あそこには今ノイチゴがいます。縄で縛りましたが、あれは油断ならない女です。今戻るのは危険ですよ」


 メイド長は今、寝ている私の目の前にいる。私は今、一つのベッドの上で、彼女と一緒に寝ているのだ。

 目と鼻の先に彼女の顔がある。いつもの鉄仮面表情のメイド長が、じっと私を見ているのだ。緊張感が半端ではない。

 それと、面白い事に彼女は今、寝間着姿である。普段のメイド長を思い出すと、メイド服以外着ない女性だと思ってしまうのだが、流石の彼女も自室では寝間着のらしい。普段が普段だけに、この部屋に来て彼女が着替え始めた瞬間、かなり驚いてしまった。

 しかも彼女、パジャマを着ている。可愛い水玉模様のパジャマだ。


「今夜はここで寝なさい。私が傍にいれば、ノイチゴとて手出しは出来ません。ここは安全です」

 

 その通りだろう。彼女と一緒ならば、どんな襲撃があっても安心できそうだ。

 

「ノイチゴならば今夜あたりを狙ってくると思い、貴女の部屋へ見まわりに行ったのですが、助けるのが少し遅くなってしまいました。・・・・・ごめんなさい」

「いっ、いえ・・・・・謝られる事など・・・・・・」


 メイド長が・・・・・謝った。信じられない。


「怖かったでしょう。ですがメイファ、ノイチゴを嫌わないで欲しい。あの子は寂しさと苦しさを忘れるために、時に女を襲うのです」

「どうして女性を・・・・・・?」

「あの子は男を憎んでいます。その反動なのか、女に癒しと安らぎを求めてしまう。貴女だけでなく、メイド達は全員あの子に襲われているのです。私も襲われました」

「メイド長も・・・・・ですか?」

「襲撃はされました。と言っても、完膚なきまでに叩き潰してやりましたが」


 この怖ろしいメイド長すら襲うとは・・・・・・、命知らず過ぎるぞ。 

 しかし、メイド長は詳しく話さなかったが、やはり彼女達は闇を抱えているようだ。そして、このメイド長もきっと、何かを抱えて生きている。

 メイド長自身も闇を抱えているからこそ、ノイチゴさん達のような者達が集っているのだろう。真面な人間が彼女達を従える事など、出来るはずがない。


「ノイチゴ達と比べれば、貴女はずっと良い子です。真面目でしっかりしていて、物覚えも早い。リンドウもラフレシアも褒めていました。貴女は自慢の子ですよ」

「!!」


 メイド長が微笑みを浮かべ、私の頭を撫でてくれた。

 初めて見た、彼女の優しさ。いや、彼女は初めから優しかった。優しかったからこそ、あの日彼女は何も言わず、私をメイド達の一人に加え、こうして世話を焼いてくれたのだ。

 普段は寡黙で、何を考えているのかわからない女性だ。命令は絶対で、私達に拒否権はない。仕事には厳しく、色々な意味で怖ろしい女性である。

 でも今の彼女は、まるで母親だ。

 私の大切な思い出。私の母様との優しい思い出が、脳裏に呼び起こされる。今のメイド長が、記憶にある私の母様と重なって見えた。


「似ていますね」

「えっ・・・・・・」

「貴女は陛下に似ています。身に纏う空気や容姿が、陛下とよく似ている」


 似ているのも無理はない。だって、私は姉様の・・・・・・・。


「だからと言って、貴女を甘やかすつもりはありませんがね」

「・・・・・・・」


 まさか、私の正体に気が付いたのだろうか。いや、気付けるはずがない。

 ただ彼女は、私と姉様が似ていると感じただけなのだろう。


「・・・・・・どうして、メイド長は陛下に忠誠を誓うのですか?」

「それを知ってどうするのです」

「・・・・・・気になったんです。メイド長もリンドウさん達も、女王陛下に絶対の忠誠を誓っています。どうして皆さんは、陛下のために忠を尽くすのか・・・・・・・、それを知りたくなったんです」


 メイド長は、常に姉様の事を考えている。他のメイド達も同様だ。

 女王陛下に絶対の忠誠を尽くす、異様なメイド達。彼女達が姉様に忠誠を誓う理由を、私は知らなければならない。

 もし、その理由が姉様に害を及ぼすものならば、その時は・・・・・・。

 私は姉様を守らなくてはならない。もうこれ以上、彼女を悲しませないためにも、私は・・・・・・。


「ユリーシア陛下は私達の希望です。私達を救い、生きる意味を与えてくれた、最愛の存在。私も皆も、それは同じ気持ちです。貴女にはわからないでしょう・・・・・・、貴女は私達と違うのですから」


 違ってなどいない。きっと、私は貴女と同じだ。

 

「聞けば、貴女は陛下の事を避けているようですね」

「・・・・・・」

「理由を問いただ出したりはしませんよ。答えたくなければ、それでもいい」


 私は姉様に気付かれるわけにはいかない。会わない様に、姉様を見つけた時はすぐに隠れるようにしている。

 メイド長は知っていたらしい。多分、リンドウさんが報告したのだろう。

 理由を聞かれても話すわけにはいかない。メイド長がそう言ってくれると、答えなくて済むのだからありがたい。恐らく彼女ならば、私から無理やり聞き出す事だってできるはずだ。そうしないのは、私を信頼してくれていると言う事なのだろうか。


「メイファ、貴女がどんな闇や秘密を抱えていようとも、私達は仲間であり家族です。辛い時や苦しい時は私達に言いなさい。私もあの子達も力になります」


 メイド長が私を抱き寄せ、その胸元に私の顔を埋める。

 良い匂いがする。彼女の優しい温もりが私を包んでいくようだ。私の母様が、よく同じ事をしてくれた。

 

「少し、話が長くなってしまいましたね・・・・・・、もう寝ましょう」


 メイド長は、私や他のメイド達を全員家族だと思っているのだろう。そしてメイド長は、私達を自分の娘の様に思い、可愛がっている。まあ、仕事の時はとにかく厳しい母親ではあるが・・・・・。

 彼女もまた、心に何かを抱えている。その何かが、彼女を母親にさせるのだろう。そう思えるのは私の勘。でもきっと、間違ってはいないはずだ。

 何を考えている人かわからなかったが、今やっとわかった。

 

「おやすみなさい、メイファ・・・・・・」

「おやすみなさい・・・・・・」


 そう言ってすぐに、メイド長から寝息が聞こえ始めた。私達以上に普段から働いているのだから、疲れが溜まっているのだろう。

 私も、今日は色々あり過ぎて疲れてしまった。抱きしめられたままの緊張よりも、眠気の方が勝る。

 とても疲れてしまったが、母の優しい温もりが、私を抱いてくれている。

 今日はよく眠れそうだ・・・・・・。






 次の日の朝、私が目を覚ますと、傍にメイド長の姿はなかった。

 私を起こさないように支度し、彼女は今日もメイド仕事へ向かったのだろう。今日も作戦会議室で説明を済ませ、今頃は城内の清掃に取り組んでいるに違いない。

 ベッドの上を綺麗にし、メイド長の部屋を後にした私は、自分の寝室へと恐る恐る戻った。寝室に入ると、昨晩の襲撃者の姿は既になく、その代わり、机の上に「ごめんね」と書かれた書き置きがあった。

 ノイチゴさんにまた襲われないかとびくびくしていたが、彼女がこの部屋からいなくなっていたのと、謝罪の言葉が書かれた書き置きで、ようやく安堵できた。

 安堵した私は寝間着を脱ぎ、メイド服に着替えた。今日は休日なのだが、私は私服を持ってはいないのだ。ちなみにこの寝間着は、メイド長から支給されたものである。

 仕方なく仕事着に着替えた私は、メイド長から昨日の仕事終わりに渡されていたお小遣いを持った。

 お小遣いを渡して、メイド長は言った。「貴女は明日休日です。このお金で必要なものを買ってきなさい。城下に出れば大抵のものは揃っているはずです。食事代も渡しておきますから、明日は街を見て周ると良いでしょう」と言われている。

 確かに、せっかくの休日なので、街に出て私服でも買いに行こうかと思った私は、支度を済ませて寝室を後にした。

 私のいなくなった後、帝国の街や人々はどうなっているのか。それがずっと気になっていた。でもきっと、心配する必要はないのだろう。城内の様子を見ていれば、何となくわかる。

 きっと姉様が、この国をよく治めているのだ。だから、心配しなくてもいい。

 この日の私は、姉様が治める帝国を見て周った。

 小さな国だが、とても平和な国だ。帝国の平和を肌で感じた私は、姉様との幸福だった日々を思い出し、改めて思った。

 やっぱり私は、姉様とこの国が大好きなのだと・・・・・・・。






 そうだ・・・・・・、この日私は城を出る前、彼と再会したんだ。

 城内を歩いていたら、彼が私を見つけ、呼び止められたのだ。


「急に呼び止めてごめんね。でも僕、ずっと謝りたかったから・・・・・」

「あの時の事ですね・・・・・・」

「あの時はその・・・・・・僕おかしくなってて・・・・・、だからごめん!!」

 

 深く深く頭を下げる、どう見ても女の子にしか見えない男の子。

 あの日の夜、突然人質にされてしまった私。私を人質にした張本人とは、あの日以来会ってはいなかった。

 これは、あの日の夜以来の再会だった。


「謝る必要はありません。私は別に、怒ってはいませんから」

「・・・・・・ほんと?」

「私は怪我もしなかったですし、あの事件は誰も死んではいない。あっ・・・・・、参謀長は重傷でしたね」

「もしかして・・・・・・その事は怒ってる?」

「いえ、寧ろ気分が良かったです。あの変態には良い薬です」


 彼を安心させるための言葉。半分が冗談で、残りの半分は本音だ。

 ぷっと吹き出し笑い出す彼が、笑顔を浮かべた。無邪気で可愛らしい笑顔。彼女・・・・・じゃなくて彼は、やはり笑顔がよく似合う。


「ねぇ、僕達これからは仲良くなれないかな?僕、君と友達になりたいんだ♪♪」

「友達・・・・・・?」

「そう、友達♪色々あったけど、こうなったのも何かの縁だしね」


 そうかも知れない。私も彼も、あの男に連れられてここまで来た。

 そして、私はあの男の専属メイドとして仕え、彼はあの男の部下となって戦うのだ。これも何かの縁だろう。

 友達か・・・・・・・。そう言えば、私に友と呼べる者はいなかった。

 私は幼い日々をこの城の中で過ごした。偶に外に出る事もあったが、私の傍にはいつも姉様がいた。姉様が傍にいたから、私は寂しくなかった。寂しくなかったから、私は友達を必要としなかったのかもしれない。

 でも、彼とは友達になってもいい。

 彼の小悪魔的な笑顔や無邪気な笑顔が、幼い日々の記憶を呼び覚ます。彼の笑顔は、幼い日々の姉様の笑顔に似ている。人質にされたりもしたが、彼の事は嫌いになれない。

 そうだ。私は新しい道を歩み始めたんだ。

 帝国参謀長の専属メイドとなり、姉様の事を見守り続ける道を、私は選んだ。これでもう、姉様とあの頃に戻る事は叶わないが、・・・・・・・・友人くらいは欲してもいいだろう?


「僕と友達になるの・・・・・・嫌かな?」

「いいえ。私も、貴方と友達になりたい」

「ほんとに!?じゃあ、今から僕達は友達だね♪」

「はい」


 この瞬間、私は人生初めての友を得た。

 今でも思い出す。この瞬間に感じた嬉しさを・・・・・・。


「それじゃあ改めて自己紹介しよっか!僕の名前はイヴ・ベルトーチカ。イヴって呼んでね♪♪」

「私はメイファ。帝国メイドのメイファと言います。これから宜しくお願いします、イヴさん」






 去年の今頃だっただろうか。

 私がメイド長ウルスラと出会い、帝国メイドの一人として過ごした日々。初めて得た親友との、優しい日々。メイファとして過ごした時間は、私にとって幸福だった。

 しかし、私はメイファではなくなった。幸福な日々を生きた私は、もういない。

 今の私は、ヴァスティナ帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナだ。今の私には、あの幸福は必要ない。いや、欲してはいけないのだ。

 私はこの国と民の為だけに生き、一生を懸けて償わなければならない罪がある。

 だから私は・・・・・・彼とはもう・・・・・・・。






「陛下、何か気になる事でも?」

「・・・・・いや、何でもない」


 いけない、つい思い出に浸ってしまっていた。

 ウルスラが心配して、私に声をかけてくれたようだ。彼女のこういう優しさは、時にありがた--------。


「まだ執務は山積みです。今日中にこちらの資料にも目を通して頂きます。考え事をしている暇はありませんよ」

「・・・・・・・・」


 鬼かこいつは・・・・・・。いや、彼女は最初から鬼のメイド長だったか・・・・・・。

 

「・・・・・ですが、本日は早朝から働き詰めですので、一旦休息の時間を取りましょう」

「そうだな・・・・・・。ウルスラ、紅茶を頼む」

「はい」


 まったく、この表情鉄仮面メイド長は、厳しいのか優しいのかわからない。わかっている事と言えば、ウルスラの淹れる紅茶は絶品だと言う事くらいだ。

 紅茶を淹れるために動いたウルスラ。私は執務を止めて椅子から立ち上がり、執務室の窓から空を見上げた。

 雲一つない、美しい青空。まるで、帝国の平和を象徴するかのような空が、一面に広がっていた。

 

「今日は天気がいい・・・・・・」

「では、外でお茶会など催されては如何でしょう。きっと良い気分転換になります。リリカ様をお呼び致しましょうか?」

「いや、リリカは呼ばなくていい。あれの相手は疲れる」


 そうだな。せっかくの良い天気だ、今日はいつもと趣向を変えよう。


「ウルスラ、今日はお前が私の相手だ」

「私が・・・・・ですか?」

「偶には私が紅茶を振る舞おう。不服か?」

「・・・・・・いえ、決してそのような事は御座いません。そのお茶会、謹んでお受け致します」


 彼女とゆっくりお茶を楽しむのも、悪くない。それに彼女は、今日もずっと私に付き合っている。そんな彼女に休息を与える事ができるのは、私しかいない。

 今日も彼女は、仕事を終えたら寝室に向かい、あの可愛らしいパジャマに着替えて眠るだろう。日々疲れ切って、死んだように眠る彼女は、自分の全てを私のために使ってくれている。

 ならば私のすべき事は、そんな忠義者に対して褒美を与える事だろう。働き詰めである彼女への、お茶会と言う名の休息を与えるのもまた、私の仕事だ。


「陛下の紅茶など、久しく頂いておりませんでしたね。淹れ方をお忘れになってはいませんか?」

「馬鹿にするな」


 私はもうメイファではなく、ウルスラ配下のメイドではない。

 だが私とウルスラは、この先も共に歩み続け、この国のために尽くし続けるだろう。私達の愛する、ユリーシア姉様が守り続けた、この国のために・・・・・・・。






 この後、お茶会の席でウルスラに紅茶を淹れたが、久しぶりだったせいか上手くいかず、彼女に大いに駄目だしされた。しかも、その場で紅茶の淹れ方を再指導されてしまった。

 ああ・・・・・、今度から彼女の前では調子に乗らない様にしよう。恥ずかしい思いをするだけだ。



~終~

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