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第20.5話 みんな愉快な?ヴァスティナ帝国 Ⅰ

第20.5話 みんな愉快な?ヴァスティナ帝国







1.ヴァスティナ七不思議




 南ローミリアの小国ヴァスティナ帝国には、誰も知らぬ間に囁かれていた七不思議がある。

 その一つに、廃墟と化した古い洋館の話がある。

 帝国の近くに、かつて貴族が住んでいた洋館があった。この洋館の主は既にこの世を去り、彼の後を継ぐ者がいなかったため、洋館は主を失ったまま廃墟となった。

 そんなこの洋館には、奇妙な噂がある。

 夜中、この洋館の中に足を踏み入れると、人が現れると言うのだ。誰もいないはずの、この洋館に・・・・・。

 洋館には、死んだ貴族の霊が今も彷徨っていると噂されている。それが、ヴァスティナ七不思議の一つ、「洋館を彷徨い続ける霊」である。






「と言うわけで、この洋館の調査に行こうと思ってるんだけど、二人は強制参加だから」

「えっ?」

「はあ!?」


 参謀長執務室。

 帝国参謀長リックは、槍士レイナと剣士クリスをこの部屋に呼び出し、ヴァスティナ七不思議を語って聞かせた。聞かせたのは洋館の話であり、彼はこの洋館に調査に行くと言う。

 

「いやだって、ほんとに幽霊が出たら恐いだろ?二人が付いて来てくれるなら安心かなって思ってさ」

「参謀長が行くと言うのであれば、護衛の為に私も同行致します。ですが、どうしてそんな調査が必要なのでしょうか?」

「リリカの奴が行くって聞かないんだよ。暇潰しがしたいんだと」

「・・・・・そうでしたか」


 リックの溜め息交じりの言葉で、レイナは全てを察した。

 大方、暇潰しを考えたリリカが彼を巻き込み、この様な事態になったのだろう。リックは当然嫌がっただろうが、リリカの事である。付いて来なければ秘密を暴露するとでも言って、彼女お得意の脅しをかけたのだろう。何でも知っている彼女の事だ、リックの秘密の一つや二つ、必ず握っているに違いない。

 リックの口からリリカの名前が出た事で、レイナは早々に諦めた。この場で同行を拒否すれば、後でリリカに何をされるかわからないからである。


「おっ、おいリック・・・・・・ほんとにそんな噂を確かめに行くのかよ」

「まあ、しょうがないだろ。あいつの命令は拒否できないし、俺もこの七不思議には少し興味湧いたからな。霊の類はともかくとして、その洋館は見てみたい。何かに使えそうならそのままでもいいが、要らないなら取り壊して畑にでもした方がいいだろ?」

「じゃあ今すぐ取り壊そうぜ!!何だったら俺がぶっ壊してきてやる、夜になる前にな!!」


 どう言うわけか、クリスは非常に切羽詰まった様子で、やたらと洋館を壊したがっている。リックが良いと言えば、今すぐにでも飛び出して行きそうな勢いだ。

 何故彼が慌てているのかわからず、首を傾げるリックとレイナ。こんなクリスを二人は今まで見た事がない。一体、何をそんなに慌てているのだろうか・・・・・・。


「取り壊すのは調査の結果次第だ。どうしたんだよクリス、らしくないぞ?」

「べっ、別に俺はいつも通りだぜ・・・・・・」

「我儘を言うな破廉恥剣士。参謀長の命令は絶対だと、貴様も理解しているだろう」

「言われなくてもわかってんだよ!ああ畜生、行けばいいんだろ!!」


 クリスの様子は明らかに普段と違っていた。まるで、何かに追い詰められているようだ。

 結局は、レイナの言葉で自棄になり、行くと宣言してしまった。これで、彼はもう逃げられない。


(ひょっとして・・・・・・・。いや、まさかな・・・・・・)


 リックが彼を観察し、直感で思い付いたクリスが慌てている原因の予想。まさかそんな事はないだろうと、この時リックはこれ以上深く考えなかった。






 廃墟と化した洋館の調査。

 リリカの暇潰しによって編成された、洋館調査隊。隊員は、リリカとリックとレイナとクリスと決まった。

 この日の夕方、四人は自分の仕事を全て片付け終わり、洋館調査の準備を始めた。準備を終えた四人は帝国の外に出て、霊が出ると噂される洋館へと向かって行った。

 洋館調査と言ってはいるが、所謂これは、「肝試し」と呼ばれるものである。






 時刻は流れ、陽が落ちて夜中を迎えた。

 調査隊四人は目的地に到着し、洋館の玄関前まで来ていた。


「ふふ、如何にも出そうなところじゃないか」

「確かにな。いっそお化け屋敷に改装して客とるか?」

「面白そうだね。ふふふ、ここまで本格的なら良い商売になりそうだ」


 妖艶に、そして楽しそうに笑う帝国宰相リリカ。随分とご機嫌な様子であり、先程から妖艶な笑みが絶えない。

 

「なっ、なあリリカ姉さん・・・・・・ほんとに入るのか?」

「当たり前だろう、ここで入らなければ来た意味がない。どうしてそんなに嫌がる?」

「それは・・・・・・」


 やはり、いつものクリスらしくない態度だ。ここに来るまで、ずっと落ち着かない様子でいた彼は、屋敷に付いた途端、中へ入るのをとにかく嫌がっていた。

 屋敷の扉の前で完全に怯えている。戦場では一騎当千の活躍を見せ、どんな敵が相手でも恐れない、帝国軍参謀長の左腕である彼が怯え切ってしまっているのだ。


「クリス、もしかして恐いのか?」

「ばっ、ばっ、馬鹿な事言うんじゃねぇよ!俺がこんな屋敷恐がるわけねぇだろ!」

「そっか、じゃあ中入ろう」

「まっ、まっ、まっ、待ってくれ。まだ心の準備が・・・・・・・」


 こう言う時勘の鈍いレイナは、クリスがどうして怯えているのか、全く見当が付かない。だが、リックとリリカは違う。

 クリスのこれまでの様子を見て、二人は大体見当が付いてしまった。そして二人は、口元を吊り上げて笑う。それは、悪戯心からくる邪悪な笑みだった。


「・・・・・・やっぱり帰る。屋敷の調査何てくだらねぇ、行くならお前らだけで行きやがれ」


 そう言って回れ右し、クリスは元来た道を引き返そうとする。ここまで来て、突然敵前逃亡しようとしているのだ。


「帰るのかい?でも、一人で帰るのは危ないかも知れないよ」

「何でだよ?」

「この近くには墓地があるらしくてね。夜中この辺を一人で歩いていると死んだ者達の霊が現れて-----」

「やっぱお前達を残して行くわけにいかねぇぜ!槍女だけが護衛だと不安だしな!!」 


 リリカの言葉を最後まで聞く前に、クリスは早歩きで戻って来た。

 ちなみに、洋館の近くに墓地があると言う話は本当だ。


「さてリック、クリスもこの通り入る気になった。調査の開始といこう」

「了解だ、調査隊長殿」


 廃墟と化した洋館調査。リックは腰のホルスターから拳銃を抜き、リリカも御自慢のモーゼル型拳銃を取り出した。

 何故、無人の洋館調査のために拳銃を抜くのか?それは、これから足を踏み入れる場所が、怪しげな洋館であるからだ。


「突入するぞ」


 洋館の扉には鍵が掛かっていたため、リックが拳銃を発砲し、鍵を破壊して扉を開く。

 四人は洋館の中へと足を踏み入れた。






 洋館の中には当然明かりなど無く、完全な闇が支配していた。

 リック達調査隊は、予め用意していたランプに火を付け、その明かりを頼りに廊下を進んでいる。洋館の中には高級そうな家具が置かれており、壁には絵画が飾られている。如何にも貴族の屋敷、と言う感想しか出て来ない、そんな内装だった。

 

「・・・・・・・」


 チュウ、チュウ・・・・・・・・。


「!!?」

「何だ、鼠か」


 鳴き声を上げた鼠が廊下を走り抜け、闇の中へと消えていく。その鼠の声で、過剰に反応したのはクリスであった。


「おっ、脅かしやがって・・・・・・」


 バタンッ!!


「!?!?!?」

「何の音だ?」

「申し訳ありません参謀長。槍が引っ掛かってしまい、家具の一つを倒してしまいました」

「てっ、てめぇ槍女!脅かすんじゃねぇよ馬鹿野郎が!!」


 クリスの怯え様は尋常ではない。先程から、少しの物音にも反応してしまい、何もかもを恐がっている。

 戦場での頼もしい姿は今はなく、リックの背中に隠れて、びくびくしながら廊下を歩いていた。


「びびってるのかクリス?」

「はあ!?こっ、こんなんで俺がびびるわけねぇだろ。冗談きついぜ・・・・・」

「ふふふ、その割には随分と怯えているじゃないか。ねぇレイナ、クリスをどう思う?」

「情けない男です。一体何を恐がる事があると言うのか、私には理解できません」


 クリスとは対照的に、レイナは平気そうである。不気味な雰囲気纏うこの洋館内を、彼女は普通に進んでいる。

 てっきりリックは、彼女の方が肝試しを恐がると思っていた。リリカはともかく、彼女もまた女性であるから、こう言う遊びは苦手かと思ったのである。

 

「なあレイナ、恐くないのか?」

「何を恐がると言うのですか?」

「いやだって、こんな真っ暗だし、幽霊が出るって言う洋館だぞ。もしかして、幽霊なんて信じてないから恐くないとか?」

「信じていないとか、そう言うわけではありません。私は-------」


 ガタガタガタ・・・・・・・・ガタン・・・・・・。


「こっ、今度は何だよ!?」

「鼠でも、家具が倒れたわけでもないな。って事は・・・・・」

「リック、前をよく見てごらん」


 突然の物音がレイナの言葉を遮り、空気が変わった。不気味な雰囲気が漂い、冷たい空気が流れる。

 何かの気配を感じたリリカが、前方を指差した。リックが前を向くと、闇の中に薄っすらと、白く光る何かが現れた。それは少しずつ形を変えて、人の形を成していく。


「うわ、マジで出た・・・・・・」

「七不思議は本当だったね。あれが、洋館を彷徨う貴族の霊かな?」


 間違いなく、目の前に現れたのは霊だった。貴族の霊なのかは不明だが、薄っすらと白く光る人影の顔に、赤く光る眼が現れた。


「うっ、うわあああああああああああああああっ!!!」


 洋館全体に響き渡りそうな絶叫が、やはりクリスから上がってしまった。

 腰を抜かしてしまった彼はその場に尻をつき、がくがくと震えている。リックとリリカも本物の幽霊を見るのは初めてであり、内心かなり驚いているのだが、クリスの驚きようは二人の驚きを軽く超えていた。

 あまりにも五月蠅い絶叫と、まさかの驚きようで、幽霊よりもクリスに驚いてしまったリックとリリカは、霊から視線を移して彼を見る。

 

「だっ、大丈夫か・・・・・?」

「こっこっこっこっ、このくらい、へっへっ、平気だぜ畜生・・・・・・・・・」

「ふふ、やはりそうか。クリス、君はお化けが恐いんだね」

「こっ、恐くねぇよ・・・・・!いっ、今のは、あれが急に現れたから驚いただけだぜ・・・・・・」


 誰がどう見ても、この反応はお化けを恐がっている様にしか見えない。

 立てなくなっているクリスに手を差し伸べ、彼を何とか立たせたリックは、先程現れた幽霊の方に向き直ったが・・・・・・。


「あれ、いない・・・・・・」

「ふふ、クリスの絶叫に驚いて逃げてしまったのかな」


 霊の姿は既になく、目の前には夜の闇だけとなっていた。不気味な気配も消えている。

 リリカの言う通り、クリスに驚いて逃げてしまったのだろうか・・・・・・?


「しっかし、まさかクリスがお化け嫌いだとはな。通りで最初から嫌がってたわけだ」

「しかも、かなり重症だね」

「だっ、だから恐くねぇって言ってんだろうが!!」

「いやいや、あの反応でその強がりは無理あり過ぎだろ」


 強がってはいるものの、内心早くここから逃げ出したいのだろう。顔は恐怖で引きつり、足腰はガクガクと震えている。

 誰がどう見ても、クリスは限界だった。このまま肝試しを続けていては、彼がもたない。


「どうするリリカ?見ての通りクリスは限界だぞ」

「そうだね。もう少し楽しみたいけど、今日はクリスの弱みを握れた事だし、収穫はあった」

「じゃあ帰るか。ここの調査はまた後日って事で。レイナもそれでいいか?」


 帝国へ帰ると決めたリックは、レイナへと声をかける。

 リックが彼女の方へ視線を移すと、彼女は何故か、廊下の壁の方を向いて何かを話していた。傍から見れば、独り言を話している様にしか見えない。一体どうしたと言うのか?


「・・・・・なるほど、そうでしたか。そうとは知らず、勝手に入ってしまい申し訳ありません」


 どう見ても、壁と話している様にしか見えない。しかし彼女は、明らかに何かと会話している。

 

「なっ、なあレイナ。お前、何と話してるんだ・・・・・?」

「この洋館を住処にしている老人の霊です」


 老人の霊と彼女は言ったが、どう見てもそんな者はいない。

 

「レイナ・・・・・お前もしかして・・・・・・」

「実は私、霊感が強いんです。昔から死んだ人の霊が見える事があったり、霊に話しかけられたりした事があったものですから、私にとって霊は恐ろしい存在ではありません」

「慣れっこなのか・・・・・?」

「悪霊は危険ですが、霊の多くは恐い存在ではありません。霊達は寂しがり屋で、時に生者と話したいと思う時もあるのです。そう思った時、話しかけようと人々の前に現れて、驚かせてしまうのです。別に霊達は、人々を驚かせたり恐がらせたりしたいわけではないと言うのに」


 まさか彼女が、霊とお話ができる幽霊専門家だったとは思わず、感嘆して拍手を上げてしまうリックとリリカ。

 レイナが語った話は、霊達による受け売りだ。昔彼女が霊達自身に教えて貰った、霊達の真実である。

 

「ふふ、まさか霊と仲が良いとは思わなかったよ。それなら聞きたいんだけど、さっきの霊はどこに消えたのかな?」

「恐らく、私達に挨拶しようと現れて、破廉恥剣士の大声に驚いて逃げてしまったのでしょう」

「俺達が逆に霊達を驚かしちゃったわけか。霊達に嫌われたかな?」

「確かに破廉恥剣士の大声は霊達を驚かせたと思います。ですが、どうやら私達は嫌われてはいないようです」


 そう言って、彼女はクリスの足元を指差した。

 

「破廉恥剣士の脚に、先程からずっとしがみ付いているんです。幼い少女の霊が」

「「「!?」」」


 三人が一斉に、視線をクリスの脚へと移す。

 さっきまで、そこには何もいなかった。そのはずだった。だが、レイナが指差したところに、その姿はあった。

 お洒落なドレス姿の、顔面蒼白の幼い少女が・・・・・・・・。


「ぎぃやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


 飛び上がらんばかりに驚き、屋敷中に響き渡る程の絶叫を上げたクリスは、悲鳴を上げてその場から逃げ出してしまった。その逃げ足はまさに神速と呼ぶに相応しく、あっと言う間に彼の姿は廊下の闇に消え、見えなくなった。

 

「ちょっ、待てよクリス!一人で勝手に行くなって!」

「ふふふ、んふふふふ・・・・・・」

「笑ってる場合じゃないぞ。この洋館の中であいつを一人になんてしたら、幽霊見て気絶しかねない。追っかけるぞ二人とも」


 あれだけ霊を恐がっているのである。そんな彼が、洋館の中で一人になってしまったら、心細いどころではないだろう。再び霊を見たら、今度は失神する可能性もある。最悪、ショック死と言う事も・・・・・。

 そう考えると一人には出来ないため、急いで彼の後を追うリック達。しかし、クリスの後を追ってはみたが、逃げた彼の行方は全く分からなくなり、追い付く事は出来なかった。

 三人は手分けしてクリスを捜すと決めて、リックとリリカの二人はペアを組んで行動し、レイナは一人で行動する事になった。レイナが単独行動の理由は、この洋館の中では彼女が一番頼もしいからだ。

 こうして、調査隊の次なる行動目標は帝国への帰還から、行方不明の調査隊員捜索となったのである。






「はあ・・・・・・・・・・・・」


 洋館の中をとにかく逃げまわり、気が付けば、自分が今どこにいるのか分からなくなったクリスは、今現在洋館のとある一室に隠れていた。恐怖で暴走したクリスは、霊達から逃げるために走りまわり、目に付いた部屋へと逃げ込んだのである。

 クリスが逃げ込んだ部屋は寝室であった。寝室の中に置かれた大きなベッドの傍で、彼は俯いて座り込み、恐怖で震えていた。


「何なんだよ畜生・・・・・・・・」


 目の前に現れてしまった、本物の幽霊。彼にとっては、絶対に現れて欲しくなかった存在だった。

 こんな事ならあの時強がったりせず、帝国で大人しく留守番しておけばよかったと、先程からずっと後悔している。

 こんな場所からは早く出たいと思っているのだが、彼自身が恐怖で動けなくなっているせいで、外に出る事も、リック達と合流する事も叶わない。彼はここで、震え続ける事しか出来なかった。


「見つけたぞ、破廉恥剣士」

「!?」


 声をかけられて気付くと、クリスの目の前には、彼を捜しに来たレイナの姿があった。

 リック達より別れて彼を捜していたレイナは、二人よりも先に捜索対象を見つけ出したのである。


「・・・・・・・・どうやって見つけやがった」

「霊達に聞いた。酷く怯えた様子の男がこの部屋に居ると、そう教えて貰った」


 クリスを見つけるまで、レイナは洋館の中を捜索しながら、途中に出会った様々な霊達から情報を集めていたのである。「剣を差した金髪の男を見なかったか?」と、聞いて周っていたのだ。

 初めて訪れた、内部構造が全くわからないこの洋館の中で、簡単にクリスを見つけ出せたのはそのためである。

 

「大丈夫か?」

「ちっ・・・・・、お前に心配されるなんてな。俺も焼きがまわったぜ」

「無理をするな。誰にだって、苦手なものはある」


 普段ならば絶対に、彼女はクリスの事を心配などしない。本当に珍しい事だ。

 レイナはクリスの左隣に腰を下ろす。無理やりにでも連れて行く気はないらしい。


「霊達を恐がる事はない。皆、貴様に危害を加えるつもりは無いのだ」

「知るか!だったら目の前に現れるんじゃねぇ!」

「話相手が欲しいだけなのだろう。どうやら貴様は気に入られたらしいからな」

「何でだよ!?」

「貴様は破廉恥で失礼な男だが、顔だけは良いからな。そのせいだろう」


 確かにクリスは、所謂美男子である。

 街を歩けば女性にモテるし、女店主の店で品物を買おうものなら、沢山のサービスを受ける程だ。帝国内で彼は少女達からの人気も高く、まるでアイドルの様な存在となっている。

 先程の少女の霊もまた、そんな彼の美男子さにやられたのかもしれない。


「しかし、貴様にも恐いものがあるとはな。いつもは私の方が馬鹿にされがちだが、今日ばかりは立場が逆だ」

「・・・・・・・馬鹿にしたきゃすればいいだろ」

「なに?」

「・・・・・・リックの前で、あんな情けない姿を見せちまったんだ。お前に馬鹿にされても仕方ねぇ」


 恐がっているだけでなく、相当落ち込んでいるのだ。

 溜息を吐いたクリス。そんな彼を、彼女は何も言わずに見ているだけだった。


「・・・・・・ガキの時によお、枕元に幽霊が立ってた事があんだよ」

「・・・・・・」

「戦争で死んだ騎士の霊だった。両腕が無くて、顔も滅茶苦茶で、目玉が飛び出してやがった。・・・・・・そいつが俺に金縛りかけて、一晩中枕元に立ってやがったんだよ」

「そうか・・・・・」

「あの時は、死ぬほど怖かった。不気味な奴に一晩中立たれて、身動き出来なくなって、逃げたくても逃げられなかったんだぜ。それが、トラウマになっちまった・・・・・・」


 自分の過去を、彼は語って聞かせた。

 この話は、彼がまだ五歳の時である。その時の彼では、トラウマとなるには十分過ぎる程の恐怖であった。


「あの日から、俺は幽霊の類が駄目なんだよ。どうしてもびびっちまう」

「そうだったのか。ならば、強がらずに最初からそう言えばよかっただろう。と言っても、貴様の性格ではそれは無理な話だったか」

「うるせえ・・・・・・・」

「まだ恐いのだろう?貴様が動けるようになるまで、私も待つ。一人にはしない、安心しろ」

「!!」


 てっきり、馬鹿にされるものだと思っていたクリスは、彼女のまさかの優しさに度肝を抜かれた。

 普段から犬猿の仲であり、口喧嘩は日常茶飯事で、時には武器を取っての争いにまで発展する、そんな関係である。それなのに今回は、彼女がクリスに対して優しいのだ。


「どういう風の吹き回しだよ・・・・・・」

「貴様のあの取り乱しようを見れば、気を遣いたくもなる。それに、これまで貴様には何度も助けられた。借りを返したい気持ちもある」

「はあ?俺がいつ助けたって言うんだよ」

「・・・・・・・」

「そこで黙るのかよ!」


 彼女は自分の口では言いたくないらしい。クリス自身に、自分で気付けと言いたいのだ。

 その理由は、単に言うのが恥ずかしいだけである。彼女の性格的に、こればかりは仕方がない。

 

「・・・・・ちっ、まあいい。なあ槍女、幽霊共はいつになったら消えるんだ」

「朝になれば皆寝静まるだろう。この洋館を彷徨う霊達は、近くの墓地から集まってここで遊んでいるのだそうだ。朝になればそれぞれの寝床に戻るはずだ」

「嘘だろおい・・・・・。じゃあ俺は、ここで朝まで待つしかないのかよ」

「朝まで待つ必要はない。貴様が昔出会った霊は悪霊だったのかもしれないが、この洋館の霊達は大丈夫だ。普通に出ればいい」

「それが出来たら苦労しねぇんだよ!!」


 霊を見ただけで腰を抜かしてしまうため、このまま部屋を出て再び霊と遭遇したならば、今度は卒倒するかもしれない。今の彼の状態では、十分あり得る。

 

「少しずつ慣れていくしかないな」

「慣れる?」

「苦手を克服しろ。霊達と話せば、恐くなくなるかもしれない」

「そんなに上手くいくかよ・・・・・」

「ならば、その子と一度話をしてみたらどうだ?」

「その子・・・・・・・・?」


 レイナが、クリスの右隣を指差した。

 そこには何もいないはずだった。だが彼女が指差した瞬間、それは見えるようになってしまった。

 

「お・・・にい・・・ちゃん・・・・、あ・・・・そ・・・ぼ・・・」

「!!!!??」


 先程クリスの脚にしがみ付いていた、幼い少女の霊。今度は喋った。

 霊は真っ直ぐクリスを見つめ、服の裾を掴んだまま離さない。顔面蒼白の不気味な少女だが、ドレスの似合う可愛らしい少女である。幽霊だが、そう恐くは見えない。

 この少女の腹部から、内臓と思しきものがはみ出ていなければ・・・・・・・・・・・・。


「どうやらこの霊は貴様と遊びたいようだ。慣れるためにも、まずは話をしてみるところから始めて見ろ。

んっ、どうした破廉恥剣士?返事をしろ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「気絶している・・・・・・・」






 この後、少女の霊を見て気絶したクリスをレイナが抱え、部屋を出て暫くしてリック達と合流を果たす。

 リック達は洋館の外に出て、気絶したまま目覚めなかったクリスを運び、帝国へと帰還したのである。

 幽霊が本当に現れるこの洋館は、レイナが「あそこは彷徨える霊達の遊び場なのです。どうか、取り壊すのだけは御一考ください」と進言したため、洋館は取り壊さずに残しておくと決まった。

 かくして、洋館調査隊の小さな冒険は、幕を閉じたのである。






 数日後。


「おい槍女」

「何だ?」


 ヴァスティナ城内の廊下を歩いていたレイナは、突然後ろからクリスに呼び止められた。

 右手に小さな紙袋を持って、彼女を呼び止めたクリスは、その紙袋を差し出した。


「お前にやる」


 突然小さな紙袋を手渡され、少々困惑気味のレイナではあるが、丁寧に紐で封をされていた紙袋を開き、中身を見て驚愕する。

 紙袋の中身はクッキーであった。このクッキーは城下のとある店で売られている、彼女のお気に入りである。


「・・・・・・・熱でもあるのか?」

「ねえよ。この前の詫びだ」


 この前とは、勿論洋館調査の事を差す。

 洋館から帰還し、目を覚ましたクリスは、リックから自分が気絶した後の事を聞いている。気絶した自分を運び出したのが、犬猿の仲の彼女である事も含めてだ。

 

「貴様も、ようやく礼儀というものを知ったのだな」

「うるせえ、俺は最初から礼儀なんざ身に付けてんだよ。・・・・・・まああれだ、俺は借りを作らねぇ主義なんだよ。だからとっとけ」

「・・・・・・・わかった、受け取っておく」


 彼女がそう答えて、二人はその場を後にする。

 お互いが別々の方向を目指して歩いていく。しかし、歩いている途中でレイナが立ち止まり、クリスの背中へと振り返った。


「おい、破廉恥剣士」

「ああん?」

「・・・・・・いや、何でもない」

「用もねぇのに呼び止めんな。俺だって忙しんだよ」


 その場を去っていくクリス。彼を呼び止めたレイナは、振り返って歩みを再開する。

 この場を去りゆきながら、彼女は自分が言おうとした言葉を思い返す。


(感謝の言葉など・・・・・・私達には不要だな)






 帝国参謀長の右腕、槍士レイナ。帝国参謀長の左腕、剣士クリス。

 二人は犬猿の仲であり、それは誰もが知っている。とにかく二人は仲が悪く、一度喧嘩すると中々収拾がつかない。

 そんな二人だからこそ、お互いをよく理解している。

 それがこの二人、参謀長配下の帝国軍最強戦士、レイナ・ミカヅキとクリスティアーノ・レッドフォードであるのだ。



~終~

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