第二十話 揃いし力 Ⅸ
旧ラムサスの街での戦闘から、数日が経過した。
南ローミリアから魔物の脅威は消え去り、ヴァスティナ帝国軍はその精強さを友好国へ再度見せ付けた。帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスの計画通り、軍は着々と力を蓄えている。兵はその練度をさらに高め、軍備は増強され続けている。これも全て、来るべき決戦に備えるためだ。
今回の戦いも含め、友好国は帝国の力を再確認した。しかも、魔物討伐はほぼ帝国軍が行なったと言う事もあり、全ての友好国は帝国に借りを作った状態である。
次の決戦には、全ての友好国の力も結集しなければならない。相手が如何に強大な国であろうと、帝国ならば勝てると思わせる力を見せ付ける事により、友好国の力を帝国の下に結集させる。それに友好国は、今回の借りを返す必要があるため、帝国の要請を断る事ができなくなるのだ。
今回の魔物討伐作戦は、来るべき次の決戦の下準備であった。軍の良き実戦訓練となり、軍事力を結集させるための布石も出来上がった。これで後は、時を待つだけとなる。
「はあ・・・・・・、疲れましたわ」
「大丈夫かよ?随分とぐったりしてるぜ、お前」
「ああ、ライガじゃありませんの。貴方は随分元気そうですわね」
「まあな!体力には自信あるからよ!」
「・・・・・・相変わらず無駄に体力ありますわね」
ヴァスティナ帝国城食堂。
今はお昼休みであり、多くの騎士や兵士達が食事のために集まって来た。この二人、ミュセイラとライガも同様である。
かなり疲労が溜まっているミュセイラと、午前中の訓練を終えて、食事に訪れたライガ。ミュセイラはここのところ、次の戦いに備えるべく奔走している。軍師エミリオの下で軍務に励み、昨日は徹夜で働いていたのだ。
先程まで仮眠を取っていたお陰で、眠気の方は少しとれたのだが、疲労は大分溜まっている。しかし、この後も仕事は山積みであるため、食事と休憩のためにここへやって来たのである。
一方ライガは、朝早くから兵士達と共に訓練に参加し、訓練中は最初から最後まで全力全開であった。走れと言われれば全力ダッシュ、声を出せと言われれば雄叫びを上げ、その底無しの体力を存分に見せ付けたのである。
「貴方のその元気が羨ましいですわ。でも、暑苦しいですし五月蠅いので離れて下さるかしら」
「暑苦しいのは認めるが、五月蠅いのはお前も一緒だと思うぞ」
ミュセイラは疲労と空腹で少し機嫌が悪いため、ライガのいつもの暑苦しさが鬱陶しくて仕方がない。表情をむっとさせた彼女は、これ以上彼と何も話す事はなく、食堂の中を進んで行く。普段ならば、ライガにこう言われると思いっきり反発するのだが、今の彼女は疲れているため、休憩と食事を優先した。
いつもの様に料理を貰いに行こうとした二人。訓練で腹を空かせたライガなど、料理の良い匂いに釣られて足取りが速い。昨日の夜から何も食べていないミュセイラも、料理の匂いに釣られて腹の虫が鳴る。
「あっ、ミュラちゃんとライガ君だ!ちょうど良かった♪」
「呼びに行く手間が省けたで。さあさあお二人さん、こっちの席に来てや」
ミュセイラとライガを呼ぶ、二人の人物。それは、イヴとシャランドラであった。
二人は食堂のいつもの席に座り、二人を見つけて声をかけたのである。今では幹部達専用となっている、通称「ヴァスティナご飯会談」の席。席にはイヴとシャランドラの他に、クリスやエミリオ、ゴリオンやヘルベルトの姿もあり、最近この席の一員となったアングハルトの姿もある。
席に座る全員が、ミュセイラとライガの事を見ている。何事かと思ったミュセイラとライガが席の方を見ると、皆が座る席のテーブルには、沢山の料理が並べられており、ワイングラスも置かれていた。この後も仕事がある為、グラスの中にはお酒ではなくジュースが注がれている。料理に関しても、今日の食堂の献立ではなく、ちょっとした御馳走が並べられていた。
席の様子はまるで、これからパーティーが開かれそうな雰囲気であった。
「皆さんどうしたんですの?」
「今からね、二人の歓迎会を始めるところだったの」
「歓迎会だって?」
「そうやでライガ。うちらの新しい仲間の歓迎会や。もちろん、新しい仲間ってのは二人の事やで」
歓迎会と説明され、二人は思考する。何故なら二人は、今日のお昼に歓迎会をやるなどと聞かされていなかったからだ。教えられてもいなければ、誘われてもいないのだ。
「君達は真の意味で帝国軍の一員となった。そこで、親睦を深める一環として、こうして歓迎会を設けたわけさ」
「まあそう言うこった。俺としちゃあ酒が飲めねぇってのが不満だが、美味そうな飯が並んでるし景気よくやろうぜ」
「オラ、お腹が空いただよ。二人もお腹空いてるだか?一緒に食べるだよ」
テーブルの上に並べられている料理の数々は、どれも食欲をそそる美味しそうな匂いが漂っている。食いしん坊であるゴリオンなど、早く食べたくて仕方がないらしく、大きな腹の虫を鳴らしている。
ミュセイラもライガも突然の事で驚きはしたが、料理の匂いに釣られて席の方へと歩みを進めた。
イヴとシャランドラが席から立ち上がり、二人のために椅子を用意して座らせる。誘われるがまま席に座った二人だが、主役が揃ったと言うのに、まだ歓迎会は始まらない。
「おい、騒音女と正義馬鹿は揃っただろ。さっさと始めちまおうぜ」
「お待ち下さい、まだ肝心の主催者が来ておりません」
待つのが我慢できないらしく、早速歓迎会を始めようとしているクリスだが、アングハルトがそれを止める。
確かに彼女の言う通り、席が一つ空いている。ここにもう一人揃う事で、歓迎会は始まるのだ。
アングハルトの言葉を聞き、ミュセイラとライガは、この時間帯のこの席にいつも必ずいるはずの人物がいない事に気付く。
「あら?レイナさんがいないですわね」
「私はここだ」
レイナがいない事に気が付いたミュセイラだが、いなかった本人が丁度現れる。
声のした方を全員が向くと、そこにはレイナの姿があった。しかし、驚いた事に・・・・・・。
「レイナちゃん!?その格好!」
「どうしたんやレイナっち!?ふりふりやないか!」
全員が驚いたのは、レイナの服装だった。
何と彼女は、エプロン姿であったのだ。両手には料理皿を持っている。
彼女は服の上に、桃色のエプロンを付けていた。そしてそのエプロンは、彼女が普段絶対着なさそうなデザインの、ふりふりの可愛らしいエプロンだった。
そしてそして、彼女は今日薄着である。今日は気温が暑く、先程までずっと厨房で火を使っていた彼女は、あまりの暑さでタンクトップの様な服に着替えていたのだ。
可愛らしいエプロンと、薄着故に見える彼女の素肌。こんなものを見せられては、ファンクラブ会員達は黙っていられない。
「エロ可愛すぎだよレイナちゃん♪」
「おしい!そこで裸エプロンやったらもう辛抱堪らんかったわ。こうなったらイヴっち、協力して今からレイナっちを裸エプロンに-------」
「やってみろ。ただし、その時お前達の命はないぞ」
エプロン姿のレイナに夢中な二人を無視し、彼女は持ってきた料理皿をテーブルに置き、自分も席に着く。
皆、本当に驚いている。あのレイナが、戦う事と食べる事しか考えていないと馬鹿にされる、あのレイナがエプロンをしているのだ。そして彼女は、たった今料理を運んできたのである。つまりこれは、やはりそうなのだろう。
「おい槍女、この料理お前が作ったのかよ?」
「三品ほど私が作った。無論、厨房の方々に教えて貰いながらだ。この会は、私が厨房の方々に頼み込んで用意したものだからな。毎日忙しい厨房の方々に迷惑をかける以上、私は厨房を手伝う義務がある」
「それでつまり、手伝いながら自分でも料理を作ってみたってわけかよ。どうせお前の事だ、料理が下手過ぎて厨房に迷惑かけまくったんだろ」
そう言って、いつもの様に彼女を馬鹿にするクリス。いつもならば、これで口喧嘩が始まるのだが、レイナの様子が少しおかしい。
「・・・・・・・迷惑をかけたと、どうして知っている」
「図星かよ!」
「しっ、仕方がないだろ!わっ、私は料理が苦手なんだ・・・・・・」
恥ずかしそうに赤面し、落ち込み始めたレイナ。
ファンクラブ会員からすると、今の彼女は可愛らしくてしょうがない姿であり、イヴとシャランドラは興奮気味である。
「いっ、一体何がどうなっているんですの?」
「歓迎会なのはわかったけど、どうなってるんだ?」
場の雰囲気に取り残されてしまったミュセイラとライガ。そこへ助けに出たのは、意外にもアングハルトであった。
「この歓迎会はミカヅキ殿が主催したものなのです」
「えっ!?レイナさんがですの?」
「はい。新しい仲間を加えるための儀式だと仰っていました。そしてこの会は、ミカヅキ殿からお二人への感謝でもあります」
アングハルトが話したのをきっかけにして、咳払いの後、今度はレイナ自身が口を開いた。
「これから二人はヴァスティナ帝国の一兵士であり、私達の仲間となる。この会は、私達が二人を認めた証なのだ。そして、感謝でもある」
「証と感謝?」
「お前達二人が来て、参謀長は変わられた。いや、戻られたと言う方が正しい。ミュセイラ、ライガ、お前達は参謀長を救ってくれた。皆を代表して、私から礼を言わせて欲しい」
この歓迎会を計画し、準備から何までを行なったのはレイナであった。食堂のおばちゃんに頼み込み、歓迎会用の料理を手配して、この時間に皆を集め、テーブルに料理を並べて置いた。
ミュセイラとライガもそうだが、歓迎会をやると彼女に聞かされた時、全員が驚いたものだ。まさか彼女からそんな提案が出るなどと、一体誰が想像できただろう。軍師エミリオでも予想出来なかったのだから、驚くのも無理はない。
彼女はそういうキャラではない。基本は真面目な性格で、恥ずかしがりやなところもある。歓迎会などやりたがる性格ではない、そんな彼女がこれを用意したのだ。クリスなど、「何か悪いもんでも拾い食いしたんじゃねぇのか!?」と疑う程である。それ位、普段ならば絶対にありえない事なのだ。
「二人がきっかけを与えてくれた。二人が来てくれて、本当に良かったと思っている。・・・・・・あの時は、疑ってすまなかった」
「そっ、そんな・・・・・頭下げないで下さいまし」
「そっ、そうだぜ・・・・・・あんたは当然の事をしたまでだろ」
「いや、私は二人に槍を向けてしまった。本来ならば許される事ではないが、これから仲間となる者達に我が槍を向けた事、どうか許して欲しい」
「槍女てめぇ、いつも俺に槍を向ける事への謝罪はないのかよ」
「ない。貴様の場合は自業自得だ」
彼女の言う通り、二人をきっかけにして、リックは自分を取り戻したと言える。
レイナはそれが嬉しかった。あの日、全てを失ってしまったリックが、もう一度あの笑顔を見せてくれた。自分にはどうする事も出来なかった彼の苦しみを、この二人は忘れさせてくれたのだ。
嬉しくて、そして悔しかった。だが、この二人がいたからこそ、リックの苦痛は少しだけ癒された。
主に絶対の忠誠を誓い、彼の戦う道具として生きる道を選んだレイナ。自分の身はどうなろうと構わないが、傍で彼の事を守り続けたい。そして、彼には幸福であって欲しいと願う。
「ミュセイラとライガのお陰で、参謀長は救われた。本当にありがとう」
二人への強い感謝の想いが、レイナを突き動かした。だから彼女は、普段ならば絶対にやらない事を、二人のために用意したのである。
そんな彼女の気持ちを察して、他の者達も誘いに応じた。そして、皆も彼女と同じ気持ちを抱いていた。ここにいる全員、ミュセイラとライガを新たな仲間と認めたのである。
「さあて、レイナっちも揃った事やし、そろそろ始めようやないか。んじゃ、乾杯の音頭は任せたで」
「私がやるのか!?」
「レイナちゃん主催なんだから当然だよ♪」
「おら、早く始めやがれ槍女。こっちは腹減ってんだぞ」
「オラ、もう我慢できないだよ」
全員にグラスが渡され、乾杯の音頭はレイナが取る事になった。
恥ずかしさに少し顔を赤らめながら、彼女はグラスを掲げて口を開く。
「かっ、乾杯!」
彼女の言葉と共に、全員が乾杯する。ようやく歓迎会は始まった。
空腹だったクリスやヘルベルト、さらにゴリオンなどは、真っ先に料理へと手を伸ばす。だがそれは、レイナも同じであった。
主役に遠慮せず、次々と料理を口へ運んでいくレイナ達。料理は沢山あるのだが、この面子が揃うと果たして足りるのか・・・・・・。
「ミュラっちは何食べる?うちが取ったろうか?」
「自分で取りますわ。それよりも、ミュラと呼ばないで下さいませんか?・・・・・・あれは秘密にして下さいと頼んだじゃありませんか」
「ああそれ、僕も含めて皆知ってるよ」
「!?」
ミュセイラの秘密とは、素の状態の彼女の事である。あの恥ずかしい秘密は、既に帝国軍全体に広まっている。あの秘密を知っている、あの男の手によって・・・・・・・。
「君の秘密はリックが皆に教えていたよ。君への仕返しだと言ってね」
「エミリオ先輩!それほんとですの!?」
「俺も聞いたぜ嬢ちゃん、幼児退行癖があるんだってな。この前はそれでお漏らししたって聞いたぜ」
「してません!!それは参謀長の捏造ですわ!」
「ミュセイラ殿は参謀長に喧嘩を売ってしまったのです。秘密を握られた時点で、こうなる事は決まっていたと思います。諦めるしかないでしょう」
「ちょっとアングハルトさん、私はまだ負けておりませんわ!あの変態参謀長がこうしてくるなら、私にも考えがありましてよ!絶対泣かせてやりますわ」
必ず目にもの見せてやると、闘志を燃やすミュセイラ。これは彼女とリックの、終わらない戦いを予感させた。
「まああれやな、ミュラっちの秘密だけばらされるのも不公平や。ここは一つ、セリっちの秘密を教えたろうやないか」
「シャランドラ殿、私に秘密などありませんが・・・・・」
「参謀長を・・・・・・リクトビアをこれ以上傷つけさせはしないぞ!!・・・・・やったかな?」
「!?!?!?」
これは、南ローミリア決戦時、敵軍に捕らわれていた彼女がリック達の手によって救出され、彼を守るために大暴れしたアングハルトの叫んだ台詞だ。
あの時は勢いで叫んでしまい、参謀長であるリックの事をリクトビアと呼び捨てにした。実は彼女、この事をずっと気にしており、あの後リックに謝罪して、シャランドラには口止めを頼んでいたのである。
「何を恥ずかしがっとるんや。あん時のセリっち、めっちゃかっこよかったで」
「・・・・・・・・あれは、人生最大の後悔です」
顔を真っ赤にして小さくなるアングハルト。彼女のこう言うところは、レイナとよく似ている。
「さあて次は、イヴっちの秘密とかどうやろ」
「僕の秘密?でも僕、面白そうな秘密なんてないと思うけど」
「イヴさんの秘密、私とっても気になりますわ。私ばかりいつも揶揄われていますもの。こっちだって揶揄いたいですわ」
「オレも同じ気持ちだぜ。この女に秘密があるなら教えてくれよ」
「シャランドラさん、彼女にはどんな秘密がありますの?」
イヴに視線を向けて、秘密を聞きたがるミュセイラ。
シャランドラは腕を組み、どんな話をしようか思考し始める。何か面白そうな秘密がないものかと考えていたのだが、シャランドラは思考の途中で、ある事に気が付いた。
「ミュラっち、ライガ、もしかして二人ともイヴっちの事何も知らんの?」
「「?」」
「イヴっちは男やで」
「「はあ!?」」
二人はイヴを凝視し、シャランドラの言葉を疑った。どう見ても女の子にしか見えないため、その事実が信じられなかったのだ。
何だかんだで、お互いちゃんと自己紹介する機会がなかったため、イヴが男・・・・・・・男の娘である事を知らなかったのである。
賑やかになってきた歓迎会。
秘密の暴露により、先程から驚愕してばかりのミュセイラとライガ。歓迎会を盛り上げるイヴとシャランドラ。ゴリオンやヘルベルトは料理に夢中で、エミリオは皆のそんな様子を見て笑っていた。
「・・・・・・・・」
「槍女、なに笑ってやがる」
賑やかな様子を見つめ、自分でも気付かない内に微笑みを浮かべていたレイナ。クリスに言われて初めて、自分が笑っていた事に気付き、表情を元に戻す。
「・・・・・・頼もしいと思っただけだ」
「はあ?」
「参謀長は新たな力を手に入れた。これからの戦いは、今まで以上に激しさを増すだろう。そんな時に二人の参入は頼もしいと、そう思っただけだ」
「頼もしいか、こいつら?」
「参謀長が認めたのだ。私達は信じて戦うだけだ」
ここに至るまで、帝国は何度も強大な敵と戦い続け、勝利を収めてきた。この国を守り続けた激しい戦いの最中、失われてしまった仲間達がいる。
強く頼もしかった仲間達は、この世を去った。しかし帝国の戦いは、未だ終わりの見えない渦中にある。
ミュセイラ・ヴァルトハイムとライガ・イカルガは、これからの戦いに無くてはならない存在だ。欠けてしまった帝国の力に、新たに加わった二人の力。次の戦いを前にして集まった、揃いし力。
「この先は、さらに厳しい戦いとなる。わかっているな、破廉恥剣士」
「てめぇに言われるまでもねぇ。足引っ張るんじゃねぇぞ、槍女」
騒がしく賑やかな歓迎会の中、犬猿の仲の二人の戦士は、お互いの決意を確かめ合った。
南ローミリアを治める小国、ヴァスティナ帝国。
独裁国家ジエーデルと極秘会談を行ない、一時的に宿敵を味方に付けた帝国は、もう一つの宿敵を滅ぼすために動き出した。
帝国の次なる戦場は、ローミリア大陸中央。
この数日後、帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナは、帝国の主だった者達を集め、正式に宣言した。
「仇敵、エステランを討つ」と。