表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/499

第二話 狂犬の戦士たち Ⅲ

「あむっあむっ、がつがつがつがつ、ごきゅごきゅごきゅ、ごくごくごくごく、あむあむ・・・・・」


 目の前に並んでいる料理の数々を、一心不乱に食べ尽くしていく赤髪の少女。

 その様はとにかく必死で、時折喉に食べ物を詰まらせながらも、料理という料理を食らい尽くし、飲み物と一緒に流し込んでいく。

 最早料理を味わうこともない少女。どうやら死ぬほど空腹だったようで、料理の中には見たこともない材料で作られたものや、昆虫やら何やらの怪しい揚げ物などもあったが、そんなことはお構いなしに、綺麗に平らげている。

 宗一もリリカも旅の疲れと空腹で、出された料理を瞬時に食べ尽くしたが、まるで大食い対決でもしているように、異常な速度で大量の料理を食べる少女には、到底及ばない。

 少女のおかげで街に着くことができた二人は、真っ先に食事ができる場所を探し始め、昼間は飯屋を営んでいる酒場に入った。そこで宗一は、注文を取りに来た店員に、「とにかくたくさん料理を出してくれ」と頼み、特に選ぶことなく、適当に出されたものを食べ始めたのだ。

 少女は料理が出されるまで、殆ど意識のない状態だったが、出された瞬間料理の香ばしい匂いに意識が覚醒し、今の状況に至る。


「この子のお腹のどこに食ったもん入ってんだろうな」

「リック。それは詮索してはいけないことだよ」


 二人の異常なものを見る視線に気が付いた少女は、自身の状態を思い起こして、顔を恥ずかしさで赤らめ、ようやく食事の手を止めた。女の子が他人の前で大食いを見せるなど、本人からすれば、流石に恥ずかしいものだろう。


「申し訳ありませんでした!!倒れていたところ助けて頂き、食事まで用意してもらったにもかかわらず食べることに夢中になってしまいました!お二人には何と御礼を言ってよいのやら・・・・・・」

「気にするな。君のおかげで街に着けたんだからさ」

「やさしいなリック。そこは助けてもらった御礼として、彼女の体を要求するものだろう」

「かっ、体をですか!?」

「おいこら待て自称美女。俺もその展開が最高だと思うが普通ここで言うかよ馬鹿」

「言うだろうさ普通。お前はそういう下衆な奴だと信じているからね」

「確かに下衆だけども・・・・・。もういいや、ところで君の名前はなんて言うんだ?」


 彼女に構っていると、一向に話が進まないと思った宗一。場の空気を和ませようとした冗談なのかは不明だが、当たり前のようにとんでもないことを言うリリカ。これ以上リリカに言葉を発せさせると、あることないことを言って、少女に悪い印象を与えてしまう。

 よって、無理やりにも話題を変えようと、少女に話題を振ることにしたのだ。


「はい、私の名前はレイナ・ミカズキと申します。己の武を試すため、修行の旅をしています」

「なるほどね、俺の名前はリックで通りすがりの旅人さ。よろしくミカズキさん」

「私は美人で自由な旅人リリカ。リックとは成り行きで旅をしている」

「よろしくお願い致します。お二人は私の命の恩人です。私にできることがあれば、何か恩返しをさせてください」

「だからそれは------」

「言わんでいいから!」

「恥ずかしがるなリック。ミカズキと言ったか、どうして倒れるほどの空腹に陥っていたの?」


 それは宗一も気になっていることだ。空腹で倒れる人間など初めて見たため、一体何があったのか聞こうとは思っていた。もしかすれば言いにくい事情などあるかも知れないが、興味の方が勝る。今後の旅の教訓になるかも知れないため、聞いてみたいのだ。

 恥ずかしそうな表情で、言うべきかどうか迷っているレイナであったが、感謝の念を感じてか、話すのを決めたようだ。


「・・・・・実は旅の途中で資金も食料も尽きてしまって。空腹と戦いながら街を探して彷徨っている内に野盗に遭遇し、倒すため槍を振るったところで力尽きてしまったのです。お二人がいなければ、今頃どうなっていたことか・・・・・・」

「えっ、街を探して彷徨ってたって・・・・・。俺たち君の指し示した道を頼りにここまで来たんだけど」

「なんのことでしょうか?」

「どうやら、あれは無意識だったということかな」

「おいおい・・・・・、到着できたのは奇跡だったのかよ」


 道を示したことを覚えていないということは、レイナの頭を踏みつけたリリカのことも、覚えてはいないということだ。あんな容赦ない尋問を覚えていないというのは、いいことである。知らない方がいい事というのは、存在するのだ。

 それよりも、今の話の中で妙な引っ掛かりの感覚を覚えた。倒れた時のことを覚えていない十文字槍を持った少女。倒れた原因は空腹によるものだ。それ故にこうして今食事をとっている。

 では、空腹になった原因は・・・・・・・。 


「なあミカズキさん、今資金も食料も尽きたと言ったよね」

「はい、確かに言いました」


 先程まで大量の料理がおかれていたテーブルには、空となった大量の皿しか残っていない。料理の量は三人分を軽く超え、しかも頼んだものの値段すら確認してはいない。

 宗一が気づいたように、リリカも現状を理解したようだが、彼女は肩をすくめて微笑むだけだ。頼りにできそうにない。

 事の原因を作ったレイナはというと、二人の現状理解にまだついていけていない様子で、しかし何か自分が、とんでもない事をしてしまったのではないかと、感じてはいるようだった。


「あのさ・・・・・・、ここの料理代払える?」

「・・・・・・・・・はっ!?」

「リックのお金だけで払いきれるといいけどね」

「お前も出すんだ。なんで奢らせて貰える前提なんだよ」

「女性に食事代を出させると言うのか?だから下衆だというのさ」

「下衆で結構。でもこの状況をどうやって乗り切るか・・・・・」

「これは私の責任ですので自分で何とかします!命の恩人であるあなた方には迷惑をかけるわけには参りません!」


 元々真面目な性格なのだろう。彼女は必死な様子で謝罪を始め、どうすればいいかを、これまた死活問題であるかのように悩み始めた。この状況を作ったのは彼女自身だが、真面目な少女の必死さを見ていると、助けたいという気持ちも現れる。

 勿論、野盗に襲われていたところを見物していたことや、リリカが頭を踏みつけたこと、料理を何も考えずに注文したことなどの負い目もある。

 こんなことは帝国存亡の危機を救うため、奇策を考えた時に比べればなんてことはないはずだ。そう前向きに考えた宗一は、最善の策を出すため思考する。


(あの時スライムを捕獲していれば・・・・・・)


 思考しては見るが、後悔しか浮かんでこない。いや、一つだけ最善策があるにはあるが、やりたくはないだけなのだ。

 こんな男でもつい最近、確かに一つの国を滅亡から救った。ユリーシア・ヴァスティナ女王陛下が治めるヴァスティナ帝国を、大国オーデル王国の侵略から救った英雄なのだ。


「どうするリリカ。このままだと乗り切る手段は一つしか---------」

「うおおおおおおおぉぉぉ?!」


 突然の叫び声と、何かがぶつかる大きな音とともに、一人の大柄な男が店の中に転がり込んで来た。転がり込んで来たというより、外から扉に勢いよく吹っ飛ばされてきたのだとすぐにわかったが、周りと同様に宗一たちも、何故男が飛ばされてきたのかわからない。

 飛ばされた男は完全に気を失っており、テーブルは壊れて、皿は床に落ちて割れてしまっている。まさに大惨事だ。

 だが、周りが何事かとなっている中、この店の中で二人だけ、現状を冷静に分析していた。

 この二人は、気を失った男のことや吹っ飛ばされてきた理由などどうでもよく、現状が自分たちにとって、使えるか使えないかが重要だった。


「なあ、これ使えるよな?」

「奇遇だねリック。私も同じことを考えていたよ」

「えっ?お二人は何を言っているのですか・・・・・」

「勿論、現状打破の作戦だ」


 宗一とリリカは同じ考えであるが、レイナだけは理解できていない。

 この状況ならば、あまりやりたくなかったあの手が使える。真面目なレイナだけは、その考えがないのだ。リリカはと言えばやる気満々で、いつでも行動できるように構えている。この混乱を利用するのだ。


「「必勝の策、食い逃げ!!」」

「それ必勝の策じゃないです!!」


 結局、なんだかんだと言いながら、忍び足で店を後にした三人であった・・・・・。






「あーあ、むさい男ばっかりで気が滅入るぜ。もうちょっと歯ごたえないと、退屈で仕方ねぇ」


 店の裏口から、見つからずに外に出た三人が、この場を離れようと移動すると、先程の男が飛ばされてきたであろう現場に遭遇してしまった。酒場の入り口付近で、一人の青年が屈強な男たちに取り囲まれている。

 喧嘩の類だとは思っていたが、青年も男たちも、武器を構え血の気だっている。とても喧嘩の雰囲気ではない。

 男たちは体の鍛え方や、装備している武器や防具がしっかりとしている。とても街のゴロツキではない。青年はと言うと、金色の髪が輝きを放ち、美男子と言える容姿で、二枚目とはこういうものを言うのではないかと思える、完璧な青年だ。右手には素人目で見てもわかる、見事な剣が一本握られていた。


「中々面白そうだから見物して行こう」

「お前が面白そうとか言うと、ろくなことにならんのだが・・・・・」


 レイナと遭遇した時も、この内容の会話から現在に至る。自称自由な旅人様の気まぐれに付き合うと、何が起こるかわからない。少なくとも、良いことは起こらないだろう。

 青年を取り囲む男たちが、武器と防具を身に着けているところを考えると、兵士だということがわかる。しかし兵士にしては、荒くれ者の集団と言うような、規律がとれていない様子を見ると、恐らく正規軍ではなく、傭兵の類なのだろう。武装の内容も統制がとれていないので、間違いない。

 剣や槍、他には斧を構えた傭兵であろう男たち。数は十数人。対して青年は、剣一本に数は一人。

 圧倒的不利は青年であるが、にもかかわらず当の本人は、余裕の様子。余程自分の武に自信があるのか、それともただの馬鹿なのか。

 怒声を上げる怒り心頭の男たちの一人が、剣を片手に青年に斬りかかる。慌てる様子のない青年。戦闘経験があるはずの男たちが、まさか自分たちが、青年一人殺せないとは考えていないだろう。


「くたばれえええええ!!」

「くたばるのはお前だぜ!」


 男の斬撃を余裕で躱し、何も持っていない左手の拳で、腹部目掛けて鋭い一撃。苦痛に歪む男の顔を見ることなく、今度は体重を乗せた右足の蹴りで、相手の体を吹き飛ばす。 

 そうして再び、酒屋の扉に飛ばされた男がまた一人。青年は剣も使わず、男を格闘だけで倒してしまった。

 それに怯むことなく、今度は五人の男たちが、前後左右から襲いかかる。斧を大きく振りかぶり、後ろから襲いかかろうとした男が、自慢の斧で青年を、頭から粉砕しようとしたその時、青年は背中に目でも付いているのか、一瞬で振り返り、男の喉元を剣で斬り裂いた。男の傷口から血が噴き出すのを確認することもなく、さらに左右からの敵を、一撃のもとに斬り伏せる。

 そして、正面から迫った二人の男を見据えた青年。向けられた武器が、自身を攻撃しようとする瞬間、青年は剣を突く姿勢で構えると、目にも止まらぬ速さの剣突きを繰り出した。

 強化された動体視力のお陰で、何とかその剣撃を捉えることができた宗一。一秒間の間に、青年が繰り出した剣突きは四連撃。その四連撃で、二人の男は胸を刺し貫かれ絶命した。

 圧倒的不利だったのは青年ではなく、男たちである。何故なら青年は、五人の男を秒殺するほどの実力なのだから。


(にしても、ミカズキさんといいあの青年といい、襲ってくる相手は殺さないと気が済まないのか。もうちょっと穏便にことを解決できるだろう)


 味方がやられても尚、戦闘を続けようとする男たちだが、流石に実力の差を感じ取り、迂闊に襲いかかることがない。それがわかった青年は、退屈だと言わんばかりに欠伸を一つ。

 油断していると、誰もが思うその姿。しかし宗一たちだけは、それが違うことを理解していた。

 青年は周りを警戒しており、何処から襲われても、すぐに対処できるよう注意を向けている。あまりにも余裕な表情であるが故に、気付くのは難しいが、そうでなければ先程の背後からの一撃に、瞬時に対応などできたはずがないのだ。


「もうめんどくせぇ。お前ら、これで終わらせてやるよ」


 剣を空へと高らかに掲げた青年。男たちは青年が何をしようとしているのか、理解できない。


「奔れ、雷光!」


 青年の言葉とともに、掲げた剣から眩い光が現れた。剣からは突然電撃が奔り、何本もの電撃が、周りを取り囲んでいる男たちを、正確に襲い始めた。電撃は男たちに、断末魔の悲鳴を上げさせる程の威力で、ほぼ同時に十人以上の男たちが、強力な電圧で心肺停止してしまった。

 まさに雷光。青年は剣を鞘へと収める。


「なんだ今の!?」

「あれは魔法です。ご存知ないのですか?」


 驚く宗一とは対照的に、レイナは冷静だった。

 旅に出る前、メシアが修行の場で教えてくれていた、ローミリア大陸の常識の一つ。

 魔法。ファンタジー世界の物語では、当たり前のように使われる設定だ。しかし、今起こったのは設定ではなく現実で、確かに今電撃が、人間を意思があるかのように襲った。


(あれが魔法・・・・・・・。剣と魔法の世界、ローミリア大陸か・・・・・・)


 メシアの話では、この大陸では稀に、魔法を使うことができる人間が生まれてくるそうだ。

 魔法の種類は大きく分けて六つある。火、水、雷、風、光、闇属性の魔法が基本であり、稀にこれらに含まれない、特殊な魔法を使う人間もいるそうだ。

 話では聞いていたが、メシアを含め、騎士団の中に魔法を使える人間は居らず、実際に実物を見るのは今日が初めてだった。今見たのは、間違いなく雷属性の魔法だ。格闘術に剣術だけでなく、魔法も使えるとは驚きである。


「あの男、かなりの実力者です・・・・・」

「確かにね。私やリックから見てもそれはわかるよ」


 初見で驚いた宗一だが、リリカは見慣れているのか、特に驚いた様子はない。

 自身の敵を全て片付けた青年が、こちらへと視線を移す。正確には、リリカに視線を移していた。


「なあそこの美人さん。よかったら俺と一緒にお茶でもどうだ?」

「煽てるのが上手いじゃないか。でも、私は女垂らしと一緒にお茶する趣味はないよ」

「そんなこと言わないでさあ。さっきからずっと見てたじゃないか」

「しつこい男は嫌われるよ」


 どうやらこちらの存在は、最初から気付かれていたようで、見ていたこともわかっていたようだ。

 だが、青年の関心はリリカにしかない。恐らく彼は、相当な女好きのなのだろう。だからこそ、妖艶な金髪美女であるリリカを、いきなり口説いたのである。

 しかし宗一は、それが気に入らない。性格に難ありで実に怪しい女性だが、金髪美人で妖艶な年上お姉さんが、旅の仲間として自分と一緒にいるのに、突然現れたナンパ男にちょっかいをかけられるのが、なんだかとっても気に入らない。

 気に入らない。とにかく気に入らない。


「おい、うちの女に手を----------」

「貴様、いきなり女性を口説くとは何と破廉恥な!そこに直れ!」

「なんだお前。俺はお前みたいなのは趣味じゃないんだよ」

「貴様馬鹿にしているのか!」

「顔は中途半端、胸の大きさも中途半端、身長も中途半端な槍女なんか口説く気にもならねえ」


 宗一の苛立ちを差し置いて、いきなり勃発した剣士と槍士の、まさかの喧嘩。互いに犬猿の仲であるかのように、一触即発な二人は、今にも武器を手に、戦闘を開始しそうな状態である。

 どうやらこの二人、相容れない性格であるようだ。真面目な少女と不真面目な女好きとでは、正反対すぎる。


「リリカ様とリック様は私の命の恩人である。貴様のような下劣な者は私の槍の錆にしてくれる!」

「はんっ!上等だ脳筋槍女!!」


 槍を瞬時に構え、鋭い突きを繰り出したレイナ。青年は鞘から剣を抜き放ち、その突きを受け流す。

 戦闘が開始された。


「焼き尽くせ、焔!」

「くそっ!」


 レイナの言葉とともに槍先から炎が現れ、まるで一匹の蛇のように、炎が青年を襲いだした。その攻撃を直前で躱して、青年はレイナから距離を取る。

 目の前の少女が、先程の男たち以上の実力を持っていることがわかった青年。炎が当たらなかったことに動揺など一切見せず、槍を構え直すレイナ。

 彼女は今、炎属性の魔法を使ったのだ。レイナは槍術と魔法の使い手のようである。


「やるじゃないかお前。ちょっとは楽しめそうだぜ」

「お前ではない。我が名はレイナ・ミカズキ。先程の男たちと同じと思うな」

「名乗ったな。いいぜ、実力に敬意を称してやる。我が名はクリスティアーノ・レッドフォード!今からお前を討ち倒す男の名だ。覚えておけよ!」


 名乗りと同時に激突する二人。お互いの磨かれた武がぶつかりあい、多くの斬撃が二人から繰り出され、互角の戦いが繰り広げられている。互いに突破口を開こうと、斬撃だけでなく魔法も撃ち出す。

 周りの被害などお構いなしに戦う、レイナとクリスティアーノ。二人が魔法も交えて戦うと、周りの建物が損傷し、民衆が危険を理解し逃げ惑う。

 どちらかが有利と言うこともなく、全力で戦っている二人に、手抜きや加減は一切感じなかった。


「おいおい、このままじゃあどっちかが死ぬんじゃないか?或いは両方か」

「ところで宗一、さっき何か言いかけたね?」

「・・・・・なんのことかわかりません」

「俺の女に手を出すなと言ったような・・・・・」

「うちの女に手を出すなだ!・・・・・・・げっ、言っちゃった」

「嬉しい言葉だよ。やきもちを焼いてくれたのだろう。私はそれが嬉しい」


 恥ずかしさに顔を赤らめる宗一。嬉しそうに微笑むリリカ。

 その美しい表情に魅せられてしまった宗一は、二人の戦いなどすっかり忘れ、彼女の顔から目が離せなくなっていた。別に、リリカのことを愛しているというわけではない。彼女にして付き合いたいとかを考えているわけではなく、彼女の美貌の虜になってしまったわけではない。

 リリカに感じているのは、宗一がユリーシアやメシアに感じたものによく似ている。自身を理解してくれるユリーシアと、自身を信頼してくれたメシア。そんな彼女たちに、リリカは似ているのだと感じている。

 だからなのだろうか、リリカが口説かれた時に、このような言葉を口にしてしまったのは、自分にとって大切なものを手離したくない、独占欲だったのだろう。

 勿論、自分が金髪年上お姉さんにときめいているのは否定しない。それが、長門宗一郎という男なのだから。

 二人がなんとも桃色の雰囲気を醸し出している中、未だ戦いの中にある二人は、呼吸が荒く肩で息をしている。戦闘開始から十分ほど経過したが、両者の決着はつかないままだ。

 人的被害はないが、建物の被害は相当なもので、これ以上暴れていては、警察か軍隊でも現れて逮捕されてしまうだろう。ファンタジー世界に警察組織があるか不明だが、似たような組織ならあるかも知れない。

 とにかく、面倒事に巻き込まれる前に、この場から去ってしまいたいと思う宗一だが、当の本人たちはその気が全くない様子で、決着がつくまで終わるつもりはないようだ。

 レイナとクリスティアーノがお互いの実力を理解し、必殺の一撃を繰り出そうと構えた。

 その時だった。


「こらあああああっ!!うちで食い逃げかました奴らどこ行ったあああああああっ!!」


 酒場から店主であろう男が、包丁片手に現れ怒鳴り散らす。完全に忘れてしまっていたが、宗一たちはお金が払えないため、食い逃げをしたのだ。どうやら店主に気付かれてしまったようで、すぐに店を離れようとしていたにもかかわらず、クリスティアーノとレイナのせいでこうなってしまった。

 いや、そもそもこうなったのは、誰かさんが面白そうだと言って見物を始めたせいであったに他ならない。

 その誰かさんとは・・・・・・。


「おいリリカ、お前のせいで・・・・って、もういない!?」


 隣にいたはずのリリカは、いつの間にかいなくなっており、見ると、彼女の走り去っていく後ろ姿が。

 いつの間にか逃げ去っていたのだ。逃げる判断が速すぎる。


「待てよリリカ!判断速すぎだろ!」


 彼女を追う宗一に気が付いた、レイナとクリスティアーノ。


「お待ちください!まだ恩返しが!」

「待ってくれよ美人さん!」


 ほぼ同時に言葉を発しリリカと、宗一を追いかける二人。戦いの決着がつくことはなく、突然の店主来襲で、戦いは自動的に保留となった。

 恩を返すために二人を追いかけるレイナと、リリカ目当てで追いかけるクリスティアーノ。

 二人が立ち去った後に残ったのは、男たちの死体と、廃墟同然に変えられた周り。そして、怒りで包丁を振り回しながら食い逃げ犯を捜す、酒場の店主のみである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ