第二十話 揃いし力 Ⅵ
「急ぐんや!はよせんと魔物共が押し寄せて来るで!」
「無理ですわ!男性の方達はともかく、女性と子供だって居ますのよ!それに老人の方達はこれ以上急げませんわ!!」
村の中心部では、必死の避難活動が行なわれている。避難の指揮を執っているのは、シャランドラとミュセイラの二人であった。
魔物の襲来時、この村の人々は配備されていた防衛戦力と共に、一時は魔物集団と戦闘を行なっていた。小型種の魔物程度なら、村人にとっては害虫と同じであり、偶に男達が集まって、村に侵入して作物を荒らす魔物を始末するなどしていた。どんな村や町でも、魔物の駆除は経験しているものだ。
村人達も最初は避難など考えず、村を守るために魔物と戦っていた。しかし魔物の数は多く、防衛部隊と村人の戦力では、村を守り抜く事が不可能であった。村人が防衛を諦め、防衛線が完全に崩壊する寸前、リック達の部隊が間に合い、防衛線の立て直しと避難が開始されたのである。
村人達の本格的な避難は、たった今始まったばかりであり、状況はかなり混乱していた。特に、女性と子供、老人の避難が全く進んでいない。
シャランドラとミュセイラ指揮の少数の兵士達が、必死に村人達の避難を手伝ってはいるものの、全く人手が足りない状況であり、このままでは逃げ遅れた村人達が魔物の脅威に晒されてしまう。
「皆さん落ち着いて下さいまし!慌てず、私達の指示をよく聞いて避難して下さいまし!!」
兵士達の避難指示の声に負けず、ミュセイラも叫ぶ。普段騒音と馬鹿にされている声も、こういう時は役に立つ。
部隊指揮の手伝いと、魔物との戦闘の勉強のために、リックの部隊に従軍していたミュセイラ。村に到着し、戦闘が開始されて直ぐ、彼女は自分の作戦が失敗した事に気が付いた。
想定以上に多かった魔物集団と、部隊の戦力不足。ミュセイラは実戦で初めて失敗してしまったのである。自分が間違えたと悟った時の彼女の動揺は、計り知れないものであった。
自分の想定の甘さが、この事態を招いてしまった。そう考え、責任を感じてしまっているからこそ、村人の避難活動に全力を注いでいる。
「急ぐんやミュセイラっち!魔物がきよったで!」
「!!」
シャランドラが言った通り、防衛線を突破した魔物集団の先頭が、すぐそこまで迫って来ていた。村人達に荷物を無理やり捨てさせ、身軽にさせて避難を急がせるミュセイラ達。
少しでも時間を稼ぐために、シャランドラは己の得物を用意して構えた。迫り来る魔物達を、彼女はたった一人で食い止めようとしているのだ。
「好きにはさせへんでぇ。イヴっち程やないけど、うちもこいつの扱いには自信あるんや」
彼女は銃を構えた。帝国軍で現在使われている、自動装填機構式の小銃である。
安全装置を外し、銃口を魔物達へと向けて、引き金に指をかける。自分の開発した小銃であるから、手馴れたものだ。そして彼女は、リック配下の者達の中で、最も長い間銃器を扱ってきた。
「ほないくで、うちからの奢りや!」
魔物に狙いを定め、引き金を引く。放たれた弾丸は見事目標の頭部に命中し、魔物を一匹絶命させる。二発、三発と次々に放ち続け、魔物達を次々と仕留めていく。装填していた弾丸全てを打ち尽くしても、手馴れた素早い手付きで再装填し、銃撃を再開する。
「あっはははははっ!うちもまだまだ捨てたもんやないな!」
銃を連射し、魔物を次々と死骸に変えていくシャランドラ。ここに彼女がいるのは、魔物の生態調査と、自分の開発した試作兵器を魔物に試すために、リック達に従軍していたからである。こんな事態となってしまったため、本来の目的を捨て、避難活動の手伝いをしていたのだ。
「シャランドラさんが時間を稼いでいる内に早く避難を!さあ、急いで下さいまし!」
シャランドラが盾となり、魔物の侵攻を押し留めているが、長くはもたないだろう。焦るミュセイラが、村人の避難を一層急かし始めた、その時だ。
「やばっ!抜かれてもうた!!」
頭を二つ持つ狼の様な魔物が、素早い動きで銃撃を躱し、シャランドラを突破する。魔物の狙いはミュセイラであるらしく、彼女へと真っ直ぐ駆けて行く。
「逃げるんやミュセイラっち!!」
シャランドラが叫んだ時には、魔物はミュセイラに襲いかかろうとする寸前であった。避難誘導に夢中で、魔物の接近に気付くのが遅れたミュセイラは、逃げる事ができなかった。気付いた時には、既に二十メートルもない距離に魔物はいる。彼女の足では逃げられない。
「きゃああああああああああああ!!」
悲鳴を上げたミュセイラに、飛び上がって襲いかかる魔物。二つの頭が牙を剥き出しにして、彼女を噛み殺そうとした、その瞬間。
「おすわりっ!!」
飛び上がった魔物の背後から接近し、右手で魔物の左側の頭を鷲掴みにして、力一杯その頭を地面に叩きつけた男。地面に叩きつけられた頭は、見事に砕けて形を変形させてしまう。衝撃で目玉が飛び出し、血を吐き絶命する、魔物の左側の頭。
しかしまだ、右側は生きている。
頭を地面に叩きつけられたせいで、地面に無理やりおすわりさせられた魔物は、片方の頭が未だ健在故に生きている。暴れ狂い、自分を襲った相手に襲いかかろうとするが・・・・・・。
「伏せっ!」
魔物に襲いかかった男は、腰のホルスターから拳銃を抜き、生きている頭に銃口を向ける。そして容赦なく引き金を引き、銃を連射する。
装弾数六発のリボルバー。その全弾を魔物の頭に放ち、確実に殺す。魔物は動かなくなり、伏せった状態で息絶えた。
「あっ・・・・、無駄弾撃ち過ぎた」
リボルバーのシリンダーから空になった薬莢を捨て、懐から新しい弾薬を装填しながら、自分がつい熱くなって全弾撃ち切ってしまったのを反省する。
自分の仲間の危機に、彼は必ず現れる。自分の身よりも、彼は仲間の身を第一に考えているのだ。
ミュセイラの危機に間一髪間に合った、帝国軍の最高指揮官。彼の登場に驚き、シャランドラが彼の名を叫ぶ。
「リック!?」
「悪い、魔物に防衛線を抜かれた。よく頑張ったなシャランドラ、後は俺が引き継ぐ」
銃に弾丸を装填し終わり、向かって来る魔物集団の前に出るリック。右手に握る拳銃を構え、魔物に銃撃を加えようとした時、新たな援軍が現れる。
「参謀長!!」
「アングハルト!?お前付いて来ちゃったのか!」
「お一人では行かせられません。私もご一緒いたします」
彼の後を走って付いて来ていたアングハルトが、ようやく追い付いた。リックと肩を並べ、武器を構えて戦闘態勢に入る彼女は、やる気十分であった。疲れた様子も見えない。
「・・・・・わかった。ただし無茶はするなよ」
「はっ!」
「ところでミュセイラ、お前さっき凄い悲鳴上げてたな。あんだけうるさいと魔物の方が驚いて逃げ出すんじゃ------」
そう言いながらミュセイラの方へ振り返ったリック。その瞬間、驚くべき事が起こったのである。
何と、あのミュセイラが、リックにいきなり抱き着いてしまったのである。
「ちょっ!おいおい、いきなり何だよ!?」
「うっ、うわあああああああああああああん!!!」
耳を塞ぎたくなるレベルの泣き声を上げるミュセイラ。目からは滝のように涙を流し、鼻からは洪水の如く鼻水を垂らしている。はっきり言って汚い。
しかも、泣き声がとにかくうるさいのである。幼児の如く泣き叫んでおり、手が付けられそうにない有様だ。
「落ち着け!とにかく落ち着いてくれ!頼むから俺の服を涙と鼻水で汚さないでくれ!!」
「えっぐ・・・・ぐすん、・・・・だって・・・・・・だって」
いつもの調子はどこに消えたのか、今はとても弱々しい。まるで幼子である。
彼女は今、初めて自分の死を直感した。そして、今までの自分の人生が、走馬灯のように見えてしまったのである。
自分は死ぬ。それを悟った彼女は酷く恐怖した。彼女は初めて、本当の死の恐怖を知ったのである。
魔物に牙で嚙み殺される恐怖。殺される時の痛みを想像する恐怖。そして何より、自分はここで終わりだとわかる恐怖。死の恐怖は、ミュセイラの心を殺す寸前だった。
だが、恐怖は打ち払われた。彼女が思わず抱き着いてしまった、この男の手によって・・・・・・。
「恐かったの・・・・・ぐすん、死んじゃうって思ったの・・・・・・」
「そっ、そうか・・・・・。まあ落ち着けって、魔物は俺が殺してやったからもう大丈夫だぞ。だから泣くなって・・・・・」
「助けに来るのが遅いのよ!だってミュラ、もうちょっとで死んじゃうところだったのよ!!」
「はあっ!?」
今リックは、彼女のまさかの発言に己の耳を疑った。ミュセイラは今、自分の事を何と呼んだ?
聞き間違いだと思った。まさかあのミュセイラが、普段お嬢様言葉のミュセイラさんが、まさか自分の事をそのように呼ぶなど・・・・・・。
「ミュラ・・・・お家帰る。お家帰ったらケーキ食べたい・・・・・・」
「恐怖でおかしくなったのか!?いきなりキャラ変わり過ぎだろ!?」
いつものお嬢様言葉は消え失せ、自分の事をミュラと呼ぶ。まるで、幼子になってしまったかのようだ。
実は、ミュセイラ・ヴァルトハイムには秘密がある。他人には決して話さない、自分の秘密。ここに居るリックや、シャランドラとアングハルトにも知られた以上、最早隠し続ける事は出来ない。
「しっかりしろミュセイラ!キャラ崩壊してるぞ!!」
「・・・・・・はっ!」
「きっ、気が付いたか・・・・・・?」
「私・・・・・・素が出ちゃってましたの」
他人には知られたくない自分を晒していた事に、ようやく彼女は気が付いた。
素が出たと彼女は言った。そう、これこそ彼女が他人に知られたくないと思う、本当のミュセイラの姿である。
「ばれてしまっては仕方ありませんの・・・・・・。実は私、少々子供っぽいところがありますの」
「全然少々じゃ-------」
「ごほんっ!昔から私、感情が昂ったりすると素が出ちゃうんですの。言葉遣いが余りにも子供過ぎるので、普段は素が出ないように気を付けているのですが・・・・・・」
ミュセイラはこの秘密を隠すために、普段の言葉遣いにとても注意している。口に出すだけでなく、心の中でも言葉遣いを気を付けているのだ。かなり徹底している。
仕方のない話だ。彼女の歳で先程までの言動は、ぎりぎり許されるかどうかである。本人的にも恥ずかしい事なので、秘密にしたいのも無理はない。
普段ミュセイラが、正しいのかどうかもわからないお嬢様言葉を使うのは、素の自分を隠すためである。彼女のお嬢様言葉がおかしいのは、お嬢様言葉を使う友人や大人を観察し、見様見真似で使い始めたからであった。言うなれば独学である。そして今ではこれに慣れてしまっており、今更正しい言葉を覚えて使うのが難しいのだ。
「おったまげたで・・・・・、まさかミュセイラっちがあんな風になるやなんて」
「気でも狂ったのかと思いました・・・・・・」
「シャランドラさん!アングハルトさん!この事は絶対に秘密にして下さいまし!参謀長、貴方もですわよ」
「それはわかったから、いい加減離れてくれないか?お前がそのままだと動けない」
「!!」
気が動転し、思わずリックに抱き着いてしまっていた事に、ようやく気が付いたミュセイラ。涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにし、恥ずかしさに赤面して彼の胸から離れていく。
「取り乱してごめんなさいですわ・・・・・」
「気にするな。それよりお前、泣き顔すっごい不細工だぞ」
「余計なお世話ですわよ!!」
普段の調子に戻ったミュセイラ。彼女の危機は去ったが、状況が悪いのは変わらない。
迫り来る魔物集団に対し、立ち向かう事ができるのは三人だけである。武器を持つ、リックとアングハルトとシャランドラのみが、この場で時間を稼ぐ事のできる唯一の存在だ。ミュセイラや他の兵士達は、村人の避難活動で手一杯であり、戦闘は不可能である。魔物集団を迎撃するには、味方の数が足りなさ過ぎる。
それでも三人は、ここで戦うつもりだ。仲間達と村人を守るために、この場から一歩も退くつもりはない。
「思ったより数が多いな。アングハルト、半分任せていいか?」
「了解」
「待った、うちもまだやれるで。弾も残っとるし、三人できっちり三等分にしようや」
リックはアングハルトから剣を一本借り受け、右手に拳銃と左手に剣をそれぞれ握る。
アングハルトは二本の槍を構え、シャランドラは銃に弾丸を装填していく。
三人に恐れる事なく向かって行く魔物達。集団の中から先行した魔物達が、三人へ襲い掛かる。その瞬間アングハルトが飛び出し、己の二本の槍を振りまわして魔物を迎え撃った。
「はああああああああっ!!」
振りまわした槍の切っ先で、魔物を次々と仕留めていく。昆虫型の魔物を切り裂き、鳥型の魔物を突き刺して殺す。彼女の武は圧倒的だった。一分も経たない内に、先行した魔物達が全滅する。
先行した魔物が打ち取られても、残る魔物達の動きが止まる事はない。侵攻して来る魔物に対し、今度はシャランドラの銃撃が襲い掛かる。
正確な射撃が次々と魔物に命中し、その命を奪っていく。前衛のアングハルトを支援するための、所謂援護射撃である。
アングハルトに加勢するため、リックも前に出た。彼女と共に、襲い掛かって来る魔物達を逆に仕留めるつもりだったが、そこに奴が現れた。
「キュキュ!!」
「なっ!?」
リックの後を追い、この場にやって来たのはアングハルトだけではない。リックに狙いを定め、彼の後を追って来た奴の正体。それは・・・・・・。
「来やがったなチュパ公!」
「キュエーーーーーーーッ!!」
不気味な姿をしたあの未確認生物が、リックの前に現れる。完全にリックを襲う気であり、奇妙な鳴き声を上げて駆け出した。
リックはチュパカブラと戦闘を開始した。右手に握る拳銃の銃口をチュパカブラへと向けて、引き金を引き弾丸を放つ。拳銃から放たれた四発の弾丸は、チュパカブラに真っ直ぐ向かって行く。しかしその弾丸は、チュパカブラの素早い動きで全て躱されてしまう。
彼の思っていた以上に、チュパカブラは俊敏で賢い生き物であった。拳銃から放たれた弾丸が、自分を殺せる武器であると理解していたのである。だから躱したのだ。
油断の出来ない相手なのは間違いない。厄介な敵の登場に舌打ちし、接近して来るチュパカブラに向かって、リックは左手に握る剣を横一線に振るう。彼の振るった斬撃は、弾丸と同じように簡単に躱されてしまった。チュパカブラは跳躍し、リックを飛び越えて斬撃を躱したのである。
彼の後方に着地したチュパカブラは、無防備な彼の背中に襲いかかる。その牙を剥き出しにして、リックに嚙み付こうとした。急いで振り向いたリックだが、防御も回避も間に合わない。チュパカブラの牙は、彼の目前まで迫った。
チュパカブラの牙がリックを襲う。やられるとリックが感じた寸前、彼とチュパカブラの間に割って入った者がいる。槍を一本捨て、腰の剣を一本抜き放ち、チュパカブラの牙を剣で防いだ。牙が突き立てられる寸前で彼を助けたのは、彼を守るために瞬時に反応したアングハルトであった。
「やらせない!」
噛み付きを防がれてしまい、背後にまわりこんでの奇襲が失敗したチュパカブラは、アングハルトが反撃するよりも早くに反応し、攻撃を止めて二人から距離を取る。
魔物にしては異常に賢い。高い凶暴性と素早さ、それに人間との戦い方まで知っている。現状、この魔物以上に厄介な存在はいないだろう。
「助かった、ありがとう」
「参謀長には指一本触れさせません。背中は私が守ります」
「あのチュパ公は厄介だな。他の魔物もいるし、ちょっと厳しいか」
予想外の敵の登場により、厳しい状況であると悟ったリック。
味方の援軍が到着するには、今少し時間がかかってしまう。あの厄介なチュパカブラと戦いつつ、他の魔物も抑えるには、どうしても戦力不足である。
レイナとクリスが来れば、チュパカブラを瞬殺する事も出来るだろう。それまでは、どうにかして耐えなければならない。
「苦しい戦いになる。アングハルト、シャランドラ、お前達は--------」
「今更逃げろとか言うんはなしやで。うちは最後まで付き合う」
「私もシャランドラ殿と同じです」
「・・・・・・まったく、頼むから無茶だけはしないでくれよ」
「それはうちらの台詞や」
苦戦するとわかっていても、三人が退く事はない。リックがここで戦う限り、彼女達は決して逃げない。
素早い動きを得意とするこの魔物に、一体どう対処するべきか?銃撃は避けられ、斬撃も躱された。決して勝てない相手と言うわけではないが、他の魔物と戦いながらでは、倒すのにも苦労する。
せめて、もう一人居れば。チュパカブラと戦えるだけの、力ある仲間が居れば・・・・・・。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
「「「!?」」」
聞いた事のある雄叫びが、この戦場の空気を震わせた。突然の声に驚き、声の聞こえた方向を向く三人が目にした者、それは!
「待たせたな!」
全力ダッシュでここへ駆け付けたのは、無駄に熱く、無駄に五月蠅いあの男。
彼は仲間達の危機に駆け付けた。三人の前に現れ、魔物達と対峙する彼の名は、ライガ・イカルガ。
自称正義の味方の彼が、魔物達と再戦する。




