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第二十話 揃いし力 Ⅳ

 そのまたまた次の日。

 ヴァスティナ帝国城食堂にて。


「で、リックと野郎は今日もやってんのか?」

「毎日毎日飽きないよな。隊長も変なテンションだしよぉ、ありゃあいつもの悪い病気だぜ」


 食堂の席に集まっている、帝国軍の主要な面子。

 食事をしながら話をしているクリスとヘルベルトの話題は、最近城内を騒がせている、あの二人の事である。


「はい♪セリちゃん、あ~ん♡」

「あっ、ずるいでイヴっち。うちもあ~んさせてや」

「お二人とも・・・・・、恥ずかしいのでやめて頂きたい」


 しかし、二人の話題などお構いなしで、食べさせっこをしている二人がいる。

 一人の女性兵士が食事をする中、その両側に座っている二人が、スプーンの上に料理をのせて、彼女の口元へと近付ける。女性兵士はアングハルト、両側にそれぞれ座っているのは、シャランドラとイヴである。


「ばくばくばくばくばく・・・・・、もぐもぐもぐもぐ・・・・・」

「本当に君はよく食べるね。見ているだけでお腹がいっぱいになってしまいそうだ」


 ここにも、話題にお構いなしの二人がいた。

 夢中で大盛りの料理を頬張るゴリオンと、その様子を眺めているエミリオ。毎度の事とはわかっていても、その豪快な食べっぷりには、驚かずにはいられない。大盛りに盛られた料理の数々が、五分も経たずに姿を消すのである。初見であれば腰を抜かすだろう。


「お前ら!話聞けよ!!」


 そして、キレるクリス。「お前らは不安に思わねぇのかよ!?」、という事を言いたいのである。

 リックとライガが、悪いノリでとんでもない事をするかもしれないと、クリスとヘルベルトは予感しているのだが、他の面子はそんな予感など、最早どうでもいいらしい。

 

「いいじゃん、どうせいつもの事だし。僕は諦めたよ」

「まあ大丈夫やって。どうせ後で困るんはクリスとエミリオやろ?うち関係ないもん」

「てめぇは一枚噛んでるじゃねぇか!」

「私もイヴと同様さ。後で困るのは回避できないから、もうどうにでもなれって気分だよ」

「おめぇも苦労してんだな。同情するぜ」

「私も、いつも減給ばかりのあなたには同情してます」


 こんな調子だが、これでも彼らは帝国軍の幹部である。

 そして、食事の時、彼らが自然と集まるこの席は、騎士や兵士達からこう呼ばれている。

 「ヴァスティナご飯会談」、それがこの席の名前だ。


「イヴ殿、シャランドラ殿、やはり私はこの席に相応しくない。この席は幹部の方々専用の席です」

「何言ってんのやセリっち。今やセリっちも、うちらの同志みたいなもんやんか」

「そうだよ♪リック君を愛してる者同士の仲じゃん。だから一緒にご飯食べようよ~」

「二人の言う通りなんだな。ご飯はみんなで食べる方がおいしいだよ」


 リックの悪い癖など、ここに居る者達にとっては慣れたものである。

 後から誰かが困る事になるのだが、どうせ事前に手を打つ事は出来ない為、皆諦める事にしているのだ。後から一番困るのは、軍師であるエミリオと決まっているし、自分が一番困る事にならない以上、ここに居る面子は抗わない。

 ここで抗っているのは、結局クリスだけである。

 

「ああ畜生!どいつもこいつも使えねぇ!」

「何でそんなに機嫌悪いんだよ、ここんとこずっとだぞ」


 彼の機嫌が悪い理由がわからないヘルベルトが、皆に疑問を投げかける。

 どうせ後から困るのだから、諦めて受け入れるしかないと言うのに、今回はやけに噛みついている。その理由がわからないのである。


「最近、リック君がライガ君にお熱だから嫉妬してるんだよ。クリス君独占欲強いもん」

「寂しいんやろな。ずっと構って貰えんから欲求不満なんやろ」

「うっ、うるせえ!そんなんじゃねぇよ!!」

「君は本当に分かり易いね」


 イヴとシャランドラの言う通りである。彼はそう言う男だ。そしてエミリオの言う通り、彼は本当に分かり易いのである。

 気持ちを見破られてしまったクリスは、話を誤魔化そうとして、無理やり話題を変える。


「そっ、そう言えば槍女はどこ行きやがった。この時間にあいつが居ねぇなんておかしくねぇか?」

「何だクリス、レイナが居ねぇと寂しいのか?素直じゃねぇな」

「寂しくねぇよ!!ふざけんなロリコン親父!」

「ロリコンじゃねぇよ!!いい加減にしやがれ!」


 話は誤魔化され、話題はリックとライガの話から、レイナの話へと切り替わる。

 帝国軍参謀長の右腕であり、クリスと互角の力を持つ槍使いレイナ・ミカヅキは、稽古と食事は欠かさない少女である。特に、彼女にとって食事の時間とは、一日の最大の楽しみである。

 その彼女が、今日は食堂に未だ姿を見せていない。いつもならば一番乗りしているのだが・・・・・・。

 最初の話題より、こちらの話題の方が皆気になるらしい。全員その事を疑問に思い、それぞれ理由を考える。


「あの脳筋、まさか食い意地が張り過ぎて食糧庫を--------」

「いやいや、そりゃあ考え過ぎやで。レイナっちを何だと思っとるんや。まあ、そう考えてまう気持ちはわからなくもないで」

「ミカヅキ殿ならば今朝見ました。宰相殿と共に、宰相の執務室に入って行くのを見ています」

「それほんと?まさかレイナちゃん、今頃リリカ姉様と・・・・・・」


 帝国宰相リリカ。この国を裏で支配していると噂まで立つ、帝国最凶の女性である。

 彼女はレイナを可愛がっている。それは誰もがよく知っている、帝国内の常識の一つだ。故に、イヴの言葉を誰も否定できない。

 今頃宰相の執務室で、朝から桃色の世界が展開されていても、何ら不思議ではないのだ。

 アングハルトが見たと言う二人の姿。彼女の見間違いでなければ、その可能性は捨て切れない。


「こうしちゃいられんでイヴっち!姉御のお楽しみに乗り遅れてまう!」

「そうだね!早く行かないと、レイナちゃんのあられもない姿を見逃しちゃうよ♪」


 急いで席から立ち上がり、宰相の執務室へ向かおうとするシャランドラとイヴ。二人はレイナの可愛さの為ならば、どこへでも追っかけるのである。

 何故なら二人は、「レイナちゃんファンクラブ」の会員なのだから・・・・・・。


「騒がしいぞお前達」

「「!!」」


 噂をすれば何とやら。話題に上がっていた本人の登場である。

 トレイの上に料理皿を載せ、イヴとシャランドラに鋭い視線を向けるレイナ。どうやら、二人が想像した展開は行なわれなかったらしい。もしもそう言う展開が行なわれた後であれば、真面目で恥ずかしがりやな彼女の性格を考えると、皆が集まる食堂になど来るはずがない。

 そうだと理解し、がっかりして同時に席に座るイヴとシャランドラ。そんな二人に呆れて溜息を吐き、空いている席に座るレイナ。


「宰相の執務室にはリリカ様の手伝いで入った。本の整理を手伝って欲しいと頼まれただけだ」

「え~、何にもしてないの~・・・・・・」

「つまらんやないか・・・・・、そこでどうして襲われんのやレイナっち。レイナっちと部屋で二人きりとか、うちなら絶対襲うで?」

「やってみろ。ただし、その時お前の命はないぞ」


 席に座ったレイナに対して、睨み付けた視線を送るクリス。この二人は犬猿の仲であり、大抵はクリスから喧嘩を売るため、周りの者達は、いつもの喧嘩が繰り広げられるのだろうと予感した。

 しかし今日は、いつもと雰囲気が違う。


「おい槍女、てめぇに聞きたい事がある」

「何だ破廉恥剣士。食事の邪魔だ、手短に話せ」

「ちっ、相変わらず生意気だな。まあいい、聞きてぇのはリックの事だ」


 本当に珍しい事だ。あのクリスが、レイナに質問をしているのである。

 いつもならば、レイナの事を馬鹿にしての口喧嘩か、武器を手にしての喧嘩がお決まりである。その原因を作り出すクリスが、真面目にレイナに問いを投げかけているのだ。本当に珍しい。


「今のリック、お前はどう思う?」


 彼だけではない。その問いは、この場の誰もが気になる問いだった。

 今のリックが何を考え、何を思い、何をしようとしているのか。それを理解できている人間は、この場に居ない。もしかすれば、宰相リリカであればわかるのかも知れない。

 クリスは心配でならないのだ。自分の愛する大切な存在が、また壊れてしまわないかと。

 リックが拾ってきた、ライガ・イカルガと言う存在。果たしてライガは、あの日から変わってしまったリックを救ってくれるのか。それとも、何も変わらないのか。

 いや、今のライガでは、リックを悲しませてしまうかも知れない。戦場で勝手に突撃し、一人孤立して戦死するに決まっている。そうなれば、今度こそリックは・・・・・・。


「下らない」

「なにっ!?」


 彼女はクリスに目も向けず、ただ一言そう答えた。一瞬でキレたクリスが席から立ち上がり、彼女を見下ろし睨み付ける。周りの者達も、まさか彼女からそんな発言が飛び出ると思わず、我が目と耳を疑った。


「どう思うも何もない。参謀長が何をお考えになっていようと、私達のすべき事は変わらない。下らない事を考える暇があったら、演習場で鍛錬でもしていろ」


 あの日から、彼女も変わってしまった。以前の彼女であれば、こんな事を言わなかった。寧ろ、クリスと同じ様に不安な気持ちを抱いていたはずだ。

 レイナがリックの事を参謀長と呼ぶようになった時、彼女は皆がよく知る、今までの少女ではなくなった。彼女は、全てが変わってしまったあの時から、悲しみと絶望に暮れ、怒りと憎しみに囚われたリックの願いを叶える、一つの道具となろうとしている。

 

「ちっ・・・・・、ほんと気にいらねぇぜ」

「黙れ」


 武器を取っての大喧嘩になると、誰もが予感していた。しかしクリスは、それ以上何も言わず、レイナもまた、言葉はそれだけだった。

 道具は考えない。ただ、主の望むまま使われるだけ。そして主が望みを叶え、幸福であればそれでいい。それが今のレイナだ。そしてクリスは、そんな彼女に憧れに似た感情を抱くと同時に、気に入らないという感情も抱く。あの時から、ずっと・・・・・・。

 場に流れる沈黙。食事の席が御通夜へと一転し、全員沈黙する。

 イヴやシャランドラは、どんな話題でこの沈黙を破ろうか模索しているが、良い話題が思いつかない。他の者達も同様だ。

 

「参謀長ならば心配はいらない。そうリリカ様が仰っていた」


 沈黙を破ったのは、沈黙の原因を作ったレイナ自身であった。彼女は言葉を続ける。


「今日の朝、本の整理を手伝っていた時、リリカ様が私にそう仰った。新しく帝国に来た者達が、参謀長に思い出させたのだと」

「・・・・・・何だよそりゃあ」

「自分がどういう人間で、何を守り、何に守られているのか。それを参謀長は思い出したのだと、リリカ様は仰っていた」


 リリカはレイナにそう語った。彼女にそう聞かされた時、レイナ自身もその通りだと思ったのである。

 ミュセイラとの出会いがきっかけとなった。軍師を目指して帝国に訪れ、リックと出会った彼女は、彼に説教をした。自分だけが不幸な目にあっているみたいな、そういう顔をするな。そう説教した彼女は、リックに様々な事を気付かせたのである。

 こんな説教は、彼の配下の者達にはできそうにない。女王アンジェリカを除けば、あの時こんな説教ができたのは、ミュセイラだけだった。

 さらに、ライガの参入はリックの気を紛らわせた。ライガの無駄に暑苦しい姿や言動、正義を目指して突き進む行動力。とにかく正義馬鹿である彼を制御するのは、至難の業だ。そんな彼の面倒を見る事になったリックは、彼のせいで他事を考える暇もない。

 リックが思い出したくない記憶。大切な者達が失われた、絶望の色に染められた記憶。ライガの無駄に暑苦しい行動が、一時的にではあるものの、彼の絶望の記憶を忘れさせているのだ。


「姉御の言う通りやな」

「そうだね。あの二人が来てからリック君、ちょっと明るくなった」


 自分達が初めて出会った時のリックの姿。今彼は、その姿を取り戻しつつある。

 

「正直に言うと、少し悔しい。私達に出来なかった事を、あの二人は容易くやってのけてしまった。やはり私は、リックの軍師失格だ」

「おいおい、お前が軍師失格なら減給ばっかの俺はどうなるんだよ?」


 沈黙し、暗い雰囲気となっていた席に、明るさと笑みが戻って来る。ヘルベルトの冗談交じりの言葉に、笑い合うエミリオ達。

 ただ、やはりと言うべきか、レイナとクリスだけは全く笑わない。レイナは黙々と料理を食べ始め、クリスはそんな彼女を睨み続ける。


「おお、クリスが熱い視線をレイナっちに送っとるで。イヴっち、どう思う?」

「もしかして、レイナちゃんに惚れちゃったとか?」

「っ!?そんなわけねぇだろ!」


 クリスがレイナを睨む理由。それは言葉にし難い理由である。

 彼は気に入らないのだ。誰にも責がない事を、己の罪と思い背負い続ける。クリスが彼女に対して、一番気に入らない事はそれだ。

 それを言葉にして彼女に言えないのは、自分も彼女と同じだからである。


「お食事中申し訳ありません!参謀長より命令が発せられました!!」


 何だかんだで賑やかに食事をしている、帝国軍幹部達のもとへ、一人の帝国軍兵士が参謀長命令を伝えに現れる。急ぎの命令らしく、兵士はかなり慌てた様子であった。

 その様子を見て、食事をしていた兵士達の空気が一瞬で変わる。食事の手を止め、戦闘の時と同じ真剣な表情となり、参謀長命令を待つ。


「ラムサスの街跡地より大量発生した魔物が、周辺の村々を襲撃していると報告が入りました!帝国軍全部隊は戦闘配置!魔物掃討作戦展開のため緊急出撃するとの事です!!」

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