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第十九話 甞めるなよ Ⅴ

 そして、極秘会談の時間となり、役者が席に揃った。

 会談の主役である、女王アンジェリカと外交官セドリック。チャルコ国の姫シルフィとへスカル国の国王。この四人が集まって、会談は始まる。

 会談のために用意された一室と長机。アンジェリカとセドリックが向かい合って席に着き、両者の視線が重なった。

 

「待たせたな」

「いえいえ、私達が少々早めに来てしまっただけです。どうぞ、お気に為さらず」


 まずは両者、互いに挨拶を交わす。

 アンジェリカの右側にはリリカが、左側にはシルフィが席に着いている。三人の背後にはウルスラとイヴが立ち、護衛に専念している。そして、この会談の立会人的立場にあるへスカル国王は、シルフィの左隣の席に着いていた。

 

「全員揃った。始めるとしよう、ホーキンス外交官」

「はい陛下。それでは皆様、昨晩は予期しなかった襲撃もありましたが、こうして無事に会談を行なえた事を幸運に思います。早速、我が国と南ローミリア連合の休戦交渉を始めましょう。お互いの、より良き未来のために」


 予期しなかった襲撃と、セドリックは口にした。

 確かに、アンジェリカやシルフィ、さらにはへスカル国王も、あの規模の侵入者達の襲撃を想定などしていなかった。帝国メイド部隊も、敵の襲撃前提で動いていたわけではなく、襲撃があったから迎撃したに過ぎない。

 しかしセドリックは、このような襲撃が起こる事を予測していた。何故なら彼は、常に命を狙われているからだ。そして、彼の命を狙っているのは、ジエーデルと敵対している国ではなく、自国の人間達なのである。

 彼は、独裁国家ジエーデル国総統に気に入られており、総統の良き相談相手の一人だ。優秀な外交官であり、総統のお気に入りである彼は、ジエーデル国軍警察に目を付けられている。

 その理由の一つ目は、軍警察は自分達以外の総統のお気に入り的存在を、そもそも良しとしていない。自分達以外のお気に入りは、いずれ軍警察と対立する可能性を持っている。軍警察幹部達は、自分達のやり方が他に好まれていない事をよく理解しているため、将来敵になる可能性を秘めた存在を、総統の傍に置いておけないのだ。

 油断すれば、その敵によって自分達が脅かされてしまう。その敵が総統の絶大な信頼を得て、軍警察を貶める為の言葉を総統の耳で囁いたら最後、軍警察の者達に明日はない。

 そして理由の二つ目は、外交官セドリックは軍警察のやり方に異議を唱える、彼らにとっての敵なのである。つまりセドリックは、軍警察が恐れている存在そのものであるのだ。

 この二つの理由が、彼が軍警察に目を付けられる大きな理由である。だから彼は予想できた。このタイミングでの襲撃を。

 セドリック自身は、今回の襲撃はエステラン国の仕業ではなく、ジエーデル軍警察によるものだと考えている。侵入者達の死体を調べて見ても、その服装や装備からは正体を探る手掛かりはなく、証拠と呼べる物は何も出て来なかった。だが彼は、間違いなく軍警察によるものであると確信していた。

 侵入者達の錬度と組織力に加え、その部隊規模と作戦展開は、ジエーデル軍警察所属の特殊工作部隊「ハインツ」のやり方、そのものであった。軍警察所属で、主に暗殺任務を得意とする実行部隊、それが「ハインツ」である。実戦経験豊富で、今まで数え切れない程の要人を処理してきた優秀な部隊。他国だけでなく、時には自国内の要人も始末する、軍警察自慢の暗殺部隊以外に、侵入者の心当たりが彼にはなかった。

 まあ、そんな優秀な部隊も、帝国メイド部隊の前には全く歯が立たず、全員殺されてしまったため、正体を確かめる術はない。

 恐らく軍警察の目的は、この機会に邪魔者を一斉に排除する事であったと、セドリックは予想している。

 軍警察はこの極秘会談を知っており、会談の場には、帝国女王達が集まる事も知っていた。軍警察からすれば、まさに絶好の機会である。会談が行われる前に、エステラン国の仕業と見せかけ、セドリックを含める全員を暗殺すれば、何もかもが解決するのだ。

 セドリックを殺せば、自分達の厄介な敵を排除する事が叶う。帝国女王達を殺せば、ジエーデル国に敵対する国家群の盟主を含む、重要人物達の排除が叶うのだ。軍警察からすれば、まさに一石二鳥である。

 この作戦は総統に許可を得た正式なものではない為、軍警察の独断によるものである。よって、作戦が成功した場合に、彼らが総統に報告する内容は、「エステラン国暗殺部隊の仕業により、我が国の外交官と帝国女王が暗殺され、休戦交渉は中止となりました」である。

 セドリックも帝国女王も排除した後は、統率者を失い混乱するであろう南ローミリアを、軍警察主導で攻略し、その豊かな領土を総統に献上する。それが叶えば、軍警察に対する総統の信頼は絶大なものとなり、彼らの立場は確固たるものに変わる。

 軍警察からすれば素晴らしき未来であり、セドリックからすれば恐怖の未来であったが、その思惑は敵国のメイド達によって阻止されてしまったのだから、皮肉な話である。

 ともかく、今の彼が考えなければならない事は、軍警察に対する対応ではなく、この会談を無事成功させる事だ。

 セドリックの目的は、両国による休戦協定を締結し、ヴァスティナ帝国にエステラン国を攻略させる事にある。ならば彼は、その目的のために全力を注がなくてはならない。


(油断はしない。もし失敗すれば、私にも明日はない・・・・・・)


 ジエーデル総統は、自分に逆らう者と無能者、そして失敗した者を許さない。

 彼はこの会談に、国家の未来だけでなく、自分の命も懸けている。いや、懸けられてしまっているのだ。だからこそ彼は、これから始まる交渉に決して油断を持ち込まない。

 だがそれは、彼女達も同じだった・・・・・・。


(お互い、退く事は許されない立場か・・・・・・)


 目の前に映る外交官より放たれる、命を懸けた決意を感じ取り、アンジェリカもまた静かな闘志を燃やす。

 そして、アンジェリカにとって初めての戦場で、交渉と言う名の初めての戦いの、幕が上がった。






 交渉開始から、約一時間が経過した。


(あー・・・・・・かったりぃ・・・・・・)


 この一時間、理想の姫殿下姿を演じ続けている、チャルコ国代表シルフィ・スレイドルフは内心、「出席しなければよかった」と後悔していた。


(こいつらよく平気ね。いちいち話長いし言葉硬いし、ぱっぱと決めらんないのかしら。私だって暇じゃないってのに)


 まず、アンジェリカとセドリックの間で話し合われたのは、戦争責任がどちら側にあるのかであった。

 南ローミリア決戦前、戦端を開くきっかけとなった、オーデル王国残党軍。この残党軍と密かに繋がり、初めから戦争を仕掛けるつもりが帝国側にはあったと言うのが、ジエーデル側の主張である。

 対して帝国側は、ジエーデルは一方的な要求を突き付けただけでなく、へスカル国の許可も得ずに、国境線を越えて侵攻を開始したと主張した。

 両者の戦争責任の押し付け合いが、交渉の緒戦である。この戦いに勝利した側が、後の交渉の流れを掌握できる以上、どちらも一歩も退かなかった。

 戦争責任がどちらかに決まってしまえば、休戦協定を締結する時に、自分達が有利になる条件などを付けられなくなる。そのため、不毛だと理解していながらも、どちらも退かなかった。いや、退く事ができなかったと言うのが正しい。

 約一時間話し合った結果、この戦いは平行線となり、とりあえず交渉は次の段階へと進んだ。自らは意見を述べず、二人の不毛な話し合いをずっと見ていたシルフィが、「この話し合いは長くなると思います。一先ずこの件は置いておき、本題に入っては如何でしょう?」と述べ、半ば無理やり話を切ったのである。

 アンジェリカとセドリックの戦いは、平行線となっていたものの、どちらかと言えばアンジェリカが劣勢であった。交渉の経験が浅い彼女では、外交官として各国を渡り歩く、交渉経験豊富なセドリックの相手は荷が重いのである。

 シルフィの提案は、そんな彼女に助け舟を出した形になる。当然、シルフィはそのつもりで提案した。まあ彼女は、本気で面倒臭いと思ったからこそ提案したわけでもあるが・・・・・・。

 

(この子も頑張ってるけど、相手が悪いわね。真摯そうに振る舞ってるけど意外と狡猾だわ。やり方にも隙が無いし、困ったわね)


 外交官セドリック・ホーキンス。彼のやり方は、良く言えばシンプルだ。

 常に紳士的であり、交渉の流れが自分不利になろうとも、それを崩さない。慌てたり、苛立ちを見せたりしない、彼の隙を見せないやり方。逆に彼は、相手の僅かな隙も見逃さず、そこを突いて交渉を進める。

 基本を忠実に守る優等生タイプ。何処かが特に優れているとか、特に弱点もない、基本を完璧に押さえたスタイル。そのせいでアンジェリカは、セドリック相手に苦戦を強いられていた。


(ちっ、このままだとやばいわね。向こうにいいように条件付けられて休戦協定結ばれたら終わりだわ。何でこんな状況でも黙ってんのよ、あのパツキン女)


 宰相リリカは、交渉開始よりずっと沈黙を続けている。

 アンジェリカを助けようとせず、イヴに淹れさせた紅茶を楽しんでいるばかりだ。


(この子は一人で戦ってる。・・・・・・違う、戦わされてるんだわ)


 リリカが沈黙し続けてる理由。それは、アンジェリカを鍛えるためだろう。

 一国の支配者として、自国を善く治めているアンジェリカだが、まだまだ彼女は未熟な女王である。女王となってまだ一年も経過しておらず、国の治め方などを含む支配者の仕事や責任も、学び続けている最中であるのだ。

 それでも彼女は、今日まで周りの者達に支えられ、帝国で善政を敷き続けた。その甲斐あって、女王となって日は浅いが、帝国国民のほとんどは彼女を受け入れ、アンジェリカを一国の主と認めている。

 しかし、これからはそうはいかない。敵対国家であるエステランとジエーデルの存在、大陸全土の不穏な動きに加え、自国の軍備拡張など、やる事は山ほどあるのだ。少なくとも、今のアンジェリカの身には余るだろう。

 この先に待っている、大きな壁を彼女に越えさせる為に、リリカは敢えて彼女を助けない。セドリック相手の交渉を彼女一人に任せて、他国との交渉の仕方を学ばせているのだ。

 だがこのままでは、アンジェリカは追い詰められる一方だ。シルフィの言う通り、相手が悪いのだから仕方がない。

 戦争責任の話し合いは、何とか平行線へと運んだアンジェリカだが、これから話し合われるのは、本題である休戦のための条約についてである。

 ここからが一番重要なのだ。ジエーデルの好きにさせない様、こちらが有利になる条件をつけて、休戦協定を結ぶ。彼女の力はまだ足りていないが、それでもやるしかない。


「我が国としては、帝国との戦闘状態をすぐさま終わらせたいと考えております。これは私だけでなく、総統閣下も同じ考えでありまして、既にへスカル国境線から我が軍の戦力は後退しております」

「それはこちらも確認している」

「休戦協定を締結した暁には、二度と南ローミリアへ我が軍は近付きません。勿論、そちらの軍が我が国の国境線を越えた場合は別ですが」

「ならば問題はない。こちらも既に、配置していた防衛戦力は退却させている。だが、我々は貴国を信用していない」


 アンジェリカが仕掛けた。

 このような場で、しかも相手の方が上手だとしても、女王としての威厳を保ち、戦い続ける。守りに徹せず、寧ろ自分から立ち向かっていくその姿には、圧倒的な気迫があった。


「貴国は大陸全土で戦端を開いた。宣戦布告もせず、密かに他国の国境線に戦力を配置し、電撃的に侵攻する。貴国が今まで行なってきたやり方だ」

「ええ。確かに我が国の軍隊は、その様な戦術を得意としております」

「時には、不可侵条約を結んでいた国相手でさえ突如侵略する。そんな国の言葉を、一体どうやって信用しろと言うのだ?」


 アンジェリカの言った言葉は、全て事実だ。それが、独裁国家ジエーデルと言う国のやり方なのである。

 彼女はこの場で、確実な保障を得るつもりなのだ。そうしなければ、滅亡させられてしまった国々の二の舞となるだろう。


「陛下の仰る我が国の侵略行為と言うのは、軍部の独断によるものであります」

「つまり貴国は、自分の軍隊を制御できないと言う事だな?」

「お恥ずかしい話ですが、今まではその通りでありました。そう、今まではです」


 痛いところを突かれたはずのセドリックだが、彼は驚くほど冷静であった。冷静に、ポーカフェイスを崩さず、アンジェリカの問いに彼は対処する。


「今まで、総統閣下は軍部の独断を許してきました。ですが総統は、軍部による無理な戦線拡大には否定的であり、自国の未来を憂いてもおりました。そこで、とうとう総統閣下は軍部の改革に乗り出したのです」

「改革だと?」

「簡単に言いますと、軍内部を粛清したのです」


 ジエーデル軍はつい最近、十数人の程の指揮官などが処刑され、軍内部で混乱があった。処刑命令を下したのは、勿論ジエーデル国総統である。

 この情報は帝国側にも伝わっており、アンジェリカ達の耳にも入っていた。よって、彼の言った粛清の話は事実だ。

 だが本当に、自国の未来を憂いての行動だったのかどうかは、彼女達にはわからない・・・・・・。

 

「軍内部を粛清し、総統は完全に軍を掌握致しました。ですので、陛下の仰った様な卑怯な侵略行為は、もう二度と行なわれません」

「だから信用しろと言うのか。しかし、それだけでは-------」

「陛下の仰りたい事はわかります。信用して頂く証として、我が国は帝国に鉄をお送り致します」

「!」


 セドリックの出した交渉材料は、帝国が現在最も欲している資源だった。

 帝国は軍備拡張のため武器の生産を続けているが、そのためには鉱物資源が必要不可欠である。しかし帝国には、大きな鉱山などがあるわけではなく、自国の鉱物資源量は少ない。今までは、他国からの輸入量だけで足りていたものの、帝国軍の新兵器開発と量産を推し進めるとなると、話は別である。

 彼は鉄の提供を持ちかけ、帝国に自国を信用させようとしている。いや、こんなものは信用と呼べない。


(鉄くれるってんなら良い話だけど、だから信用しろとか甞め過ぎよ。でも、今の帝国じゃ断れないわね)


 シルフィの予想通り、アンジェリカはこの提案を断るつもりは無かった。

 いずれにしろ、休戦協定を結ばなければ、帝国は圧倒的な軍事力を持つジエーデル国相手に、戦争を続けなければならなくなる。それは、帝国の滅亡を意味してしまう以上、答えは決まっている。


「先の戦争で生じた損害に対しての、我が国への補償。その意味もあるのだな?」

「はい。先の戦争は、総統が粛清する前の軍部による独断のせいでもあり、それに関しての責任は我が国が取る必要があります。鉱物資源の提供は、我が国の償いです」

「そうか」


 アンジェリカのその一言は、感情を完全に押し殺し、何とか口に出来た言葉だった。


(耐えなさい。あんたは帝国女王なんだから)


 先の二度の戦争により、帝国が失った多くの者達。そして、傷ついた者達。

 傷ついた者達の中には、アンジェリカにとってかけがえのない存在もいる。

 償いなど出来るはずがない。帝国が欲しているものを渡すと言われても、彼女自身は決してジエーデルを許さない。しかし彼女は、一国の支配者として、感情を殺して答えた。


(あんたはメイファとして生きるのをやめた。だから耐えなきゃいけないのよ)


 隣に座るシルフィには見える。膝に置かれたアンジェリカの両手は、爪が喰い込む程、強く握られていた。アンジェリカは怒りを表情に出さず、必死に隠していた。

 だが、セドリックには気付かれてしまっている。彼は言葉巧みに彼女を挑発し、冷静さを失わせようとしているのだ。

 

「ご満足頂けないようですね」

「こいつ・・・・・・!」


 彼の挑発に、怒りを我慢出来なかったのはシルフィだった。席から立ち上がり、今にも殴りかかりそうな剣幕で、セドリックを睨み付ける。

 そんな彼女を制したのは、アンジェリカだった。


「待って下さい」

「アンジェリカ、でもこいつは--------」

「南ローミリア全土を滅ぼす御積もりですか、シルフィ姫」

「・・・・・くっ!」


 ここでシルフィが彼に手を出せば、休戦協定締結の場は一転して、戦争のルールを決める条約締結の場に変わってしまうだろう。ここに居る誰もがそれを理解しているからこそ、アンジェリカはシルフィを止めたのだ。

 勿論シルフィも、その事は理解していた。だが彼女は、セドリックの挑発に怒りを表せない、アンジェリカのために激怒したのである。

 しかし、アンジェリカにこう言われてしまうと、シルフィはこれ以上何も言えない。大人しく席に座り、頬杖をつく。先程までの、理想の姫殿下姿はやめてしまい、皆の前で本性を現したシルフィ。

 これには、流石のセドリックも驚きを隠せない様子だ。


「何見てんのよ、文句あんの?」

「いっ、いえ・・・・・私は別に」


 セドリックを睨み付けたまま、不機嫌オーラ全開のシルフィ。足も組んでおり、とにかく態度が悪い。

 最早この場で空気的存在であるへスカル王も、セドリック同様驚きを隠せず、開いた口が塞がっていない。


「さっさと交渉再開しなさいよ。こちとら暇じゃないんだから」

「・・・・・・では、皆様お忙しいと思いますので話を進めましょう。宜しいですか、女王陛下」

「任せる」


 ここからセドリックは勝負をかける。彼の計画のために、休戦協定の条件を帝国側に呑ませようとしているのだ。


「我が国は軍を退き、鉱物資源の提供をお約束致しました。ですので、今度はこちらの望みも聞いて頂きたい」

「こちらも軍を退く以外に、何を望む」

「我が国とっても、そして帝国にとっても共通の敵国、エステラン国へ進攻して頂きたい」


 セドリックの望み。それは、アンジェリカ達の予想通りの条件であった。

 外交官セドリックの計画。帝国と休戦し、帝国に宿敵エステラン国を攻めさせる。誰にでも簡単に読める姑息な計画ではあるが、帝国がジエーデルの誘いを断れない以上、エステラン国に対して有効な計画と言えるだろう。


「エステラン国の存在は、帝国にとってもお邪魔でしょう?我が国も協力致しますので、共に戦いませんか?」

「ふん・・・・・・。協力すると言ったな、具体的には何をするつもりだ?」

「我が国とエステランとの国境線付近で軍を動かします。エステラン側がこちらの対応に気を取られている内に、南から帝国が進攻を開始すれば、簡単に片が付くでしょう」


 確かに彼の言う通り、二方向から同時に侵攻された場合、今のエステランでは苦戦必至だ。ヴァスティナ・ジエーデル連合相手にしてのエステランの勝率は、恐らく三割以下だろう。

 どちらにとっても、この話は悪くない。たとえそれが、ジエーデルが帝国へ侵攻するための布石だとしても、お互いの今の状況下では、魅力的な提案と言える。

 故に、アンジェリカはこの条件を断るつもりは無い。

 だがこの局面で、満を持して帝国最凶が動き出した。


「ふふふ、足りないね」

「・・・・・・どう言う意味でしょうか、宰相殿」

「そのままの意味だよ。足りないのさ、そんな協力じゃあね」


 ヴァスティナ帝国宰相リリカが言葉を発し、セドリック相手に仕掛けた。

 

「君の望む通り、我々はエステランを攻めよう。でもね、あの国は強敵さ。我が国の軍事力だけでは、エステランの防衛線を突破できずに膠着状態に陥るのがおちだよ」

「ですから我々が-------」

「君は外交官であって軍人ではない。戦争と言うものをまるでわかっていない。そちらの軍が国境線を脅かしたとしても、相手にはどうせ全部お見通しさ。我々の進攻に対して必ず策は用意しているだろうね」

「しかし、彼の国の力は我が国よりも低いはず。我々が協力すれば、勝利は約束されたようなものです」

「甘いね、約束された勝利なんて存在しないのさ。それに、軍事力で上回っていながら、未だに彼の国を攻め滅ぼせないのは、他でもない君の国だよ?」


 表情はポーカフェイスを貫いているものの、厄介な相手だと感じ、内心少し焦りを覚えているセドリック。

 だが、痛いところを突かれてはいるものの、彼はまだ退きはしない。こちらから出した条件以外は許さず、相手の好きにはさせないために、帝国最凶相手に挑む。


「そちらの条件は何ですか?」

「簡単な条件さ。休戦協定締結後、我が国全ての軍事行動により発生する全費用。それら全てを支払って貰うよ」

「・・・・・・」


 リリカの出した条件は、セドリックの呑み難い条件であった。

 つまり帝国はこれより先、最低でもエステラン国を滅ぼすまでの間、タダで戦争を行なう事ができるのである。しかも彼女は、エステラン国以外との戦いでも発生する、全ての軍事費用の支払いを求めている。野盗や魔物の討伐でも、軍が動けば金がかかるのだ。ジエーデルにその全てを払わせるのが、彼女の目的である。


「どうだい、大国である君の国なら簡単な条件だろう?」

「確かにそうですが、それは総統に一度話して見なければ承服しかねる条件です」


 エステランを攻略するためと考えれば、本来ジエーデル軍がかけるはずだった費用が、帝国に代わっただけである。

 だがそうなると、セドリックの計画に支障が出てしまう。

 彼はエステランを帝国の力で滅亡させ、その後は南ローミリアも攻略しようと計画していた。この計画は、総統の望みを全て叶える、自国と総統にとって魅力的な計画だ。

 エステランと帝国が戦えば、どちらが勝利を収めようとも、損害は必ず大きなものとなるだろう。損害の完全な立て直しには、最短でも恐らく二年はかかる。

 その傷が癒えぬ内を狙って、残った方を攻めるのだ。両国とも手強い国だが、消耗した後ならば攻略は容易い。

 しかしリリカの出した条件は、現在想定されているエステラン戦においての帝国の消耗を、かなり抑える事ができてしまう。この条件を呑んでしまうと、南ローミリア攻略計画の成功率は大きく下がる。


「その条件は多額の費用が掛かり過ぎてしまいますので、私の一存で決めて良いものではありません。一度本国へと戻り、会議を開いた後-------」

「待てないね。この場で条件を受け入れて貰えないのなら、この話はこれで終わりさ」

「!!」


 何と、帝国側から交渉を打ち切ると言ってきた。

 セドリックを含め、シルフィやへスカル王、交渉を見守っていたイヴも、度肝を抜かれてしまう。リリカの放った言葉は、南ローミリア全土を今すぐ滅亡させようとしているのに等しいからだ。

 恐れを知らない、帝国最凶呼ばれる宰相。余りの大胆不敵さに、セドリックが先に冷静さを欠いてしまった。


「休戦しないお積もりですか!?そうなれば、我が国は貴国への戦闘行為を再開するのですよ」

「ふふ、その時はエステランと組むまでさ。南ローミリア決戦時の様に、楽しい戦争を始めようじゃないか」


 帝国とエステランが手を組む事だけは、絶対に阻止しなければならない。両者が手を組んでしまうと、ジエーデル国は東西南北全てに敵を抱え、完全に包囲されてしまうからだ。

 それは、総統もセドリックも望まない、最悪の状況である。


「ですが、帝国は何度もエステランの侵攻を退けております。エステラン側に完全に敵と認識されている以上、手を組む事など不可能なはずです」

「ふふ、ならその時は、ヴァスティナ連合軍の総力を挙げてジエーデルを攻めるまでさ。言うまでもないけれど、我が国は強いよ」


 恐いもの知らず過ぎる。

 彼女は大博打を打ってきた。しかも、この状況を楽しんでいる様子である。


(このパツキン・・・・・・、頭イカレ過ぎでしょ)


 あのシルフィですら、リリカの大胆さに引いている。

 彼女の発言をこのまま許しては、帝国の滅亡へと繋がるだろう。しかし、彼女が自棄になって、こんな発言をしているとは思えない。

 このままリリカに交渉を任せるのか、それとも黙らせるか。決断するなら今しかない。


(アンジェリカ・・・・・。いいのね、このままで)


 アンジェリカに視線を移すと、彼女は先程までの会話に、全く動じてはいなかった。彼女の後ろに控える、メイド長ウルスラも同じだ。

 絶対の信頼。二人はリリカを信じているのだ。だから二人は、彼女の邪魔をしないために言葉を発しない。


「南ローミリアの総力を挙げたとしても、我が国の軍事力には遠く及ばないはずです。滅びるのは貴国です」

「お互いの国力を比べれば、そう思うだろうね。でも、我に秘策ありだよ」


 自信満々気にそう言い放ち、凛とした姿でセドリックに向かい合う。

 余りにも自信に溢れており、堂々とし過ぎているため、彼女が恐ろしく思えてならないセドリック。

 

「帝国軍の兵器の話は知っているだろう?君の国にはない、我が軍の楽しい玩具さ」

「存じております。南ローミリア決戦時使用されたと言う謎の兵器。それが、我が軍の精鋭を大いに苦戦させたと聞かされました」

「あの戦いでの戦傷者数は、ジエーデル軍の方が多かった。我が軍の玩具達は君の国に十分通用する。これが何を意味するのかはわかるね?」

「ですが、宰相の言う玩具達は無敵ではありません。帝国がどんな秘策を出そうとも、我が国の勝利は揺るがない」


 全て彼の言う通りなのだが、彼女の浮かべる妖艶な笑みは崩れない。


「ふふ、やはり君は、戦争と言うものをまるでわかっていない」

「!?」

「戦争も兵器も日々進化する。君が集めた情報を基にしたその分析は既に通用しないかも知れないと、どうして考えない?それこそ、君が戦争に関しては素人だと言う証明さ」

「しかし、貴国の兵器は・・・・・・」


 彼は言いかけた、「貴国の兵器には弱点がある」と。

 その弱点とは、帝国の新兵器は飛び道具であるため、弾数に限りがあるという点だ。この弱点は、どんなに威力があろうとも、克服が難しいものである。それは、外交官であるセドリックも理解していた。

 だが、彼の目の前に見える女性宰相は、妖艶な笑みを浮かべ、常に余裕がある様子だ。何者も恐れず、自分の言葉に絶対的な自信を持ち、全く揺るがない。だから彼は、言い切る事ができなかったのである。

 確かに彼は、外交官であって軍人ではない。戦争のプロでないため、帝国軍の実力というものを、伝えられた話でしか知らないのである。もしも彼女の言う通り、帝国軍の兵器に改良が加えられ、弱点をある程度克服していたとしたら、それは脅威だ。

 ここで交渉を決裂させ、帝国との戦争状態を継続させたとして、再び激突した場合、帝国軍の兵器は間違いなく投入される。最終的にジエーデルが勝利できたとしても、どれ程の損害が出てしまうかまでは予想できない。

 前の戦いでは、ジエーデル軍側が精鋭部隊と魔法兵部隊を失い、前線指揮官を数多く討ち取られ、相当数の戦傷者を出す結果となった。帝国軍は、当初の想定以上の力を持っていたのである。

 それを考えに入れると、どうしても迷いが生じてしまう。彼女の見せる絶対的自信と、大胆不敵な発言の数々が、彼を余計に迷わせてしまっている。

 帝国に鉱物資源と資金を提供し、休戦協定を結ぶのか。それとも帝国と再び戦端を開き、大損害覚悟で戦うのか。今、セドリックはこの二択の内、どちらか一方を選ばなくてはならない。

 どちらを選んだとしても、彼は総統の怒りを買うだろう。だが彼は、一国の外交官としての責任を果たさなければならない。

 この場で彼は、ジエーデル国の代表として交渉の席に着いた。ならば彼の選択は、ジエーデルと言う国の今後を左右する選択となる。総統に交渉の全てを託されたセドリックは、国のため、忠誠を誓う総統のため、正しい選択を選ぼうと思考する。


「そうそう、最近君の国は随分と大変なようだね。外交官としての立場上、君も相当忙しいのだろう?」

「・・・・・そうですね。正直、多忙のおかげで家に帰れない事もしばしばです」


 突然リリカがセドリックに対して、何の事ない世間話を持ちかける。彼は普通に答え、大袈裟な溜息を吐いて、職務の忙しさを表して見せた。

 ただの世間話に見えるが、これもリリカによる攻撃だと言う事は、この場の誰もが理解している。


「ふふふ、君の忙しさは、この交渉さえ片付けば少しは楽になるはずだよ。違うかな?」

「果たしてそうでしょうか。私は今、あなたに選択を迫られています。どちらを選んでも、私の忙しさは変わらないと思いますが・・・・・・」

「そうかな?我が国と休戦し、金と鉄を送り続けるだけで、君は総統に怒られるどころか褒められるだろうさ」

「何を言って・・・・・・・、まさかあなたは・・・・・」


 彼女は妖艶な笑みを浮かべ続けるだけ。だが彼は、全てを理解した。

 宰相リリカは、ジエーデル国総統の事をよく理解しているのだ。総統がどんな男で、何に困り、何を望んでいるのかを。

 総統は力を求めている。大陸全土を統一できる、新たな力を・・・・・・。


(ああ、そう言う事ね。このパツキンほんとイカレてるわ)


 宰相リリカの言葉の意味。

 ジエーデルが鉄と金を送ってくれるのなら、帝国軍の新兵器開発が飛躍的に進む。いずれ完成し、量産化が進む新兵器。その力が欲しくないのかと、彼女は彼に問いかけたのである。

 彼が欲しくないと考えていても、総統の考えは恐らく違う。何故ならジエーデル総統は、力による大陸統一を目指しているからだ。


(兵器を作ってるから手を出してくんな。これが欲しかったら、エステランを滅ぼした後にでも侵略に来い。相手になってやる。・・・・・・って、言いたいわけよね)


 自分の国を滅亡させようとしているのか?そう思われても、文句は言えない。

 そんなリリカの発言に対しても、アンジェリカは何も言わなかった。


(いいのねアンジェリカ・・・・・・。あんたがいいなら、もう何も言わないわ)


 彼女のためにシルフィが怒り、相手に文句を言う必要はもうない。

 アンジェリカは帝国女王として、交渉をリリカに一任し、その責任を自分が負うつもりなのである。ジエーデルに資金を出させる交渉は、初めからリリカに任せると決められており、あの瞬間彼女が突然口を開いたのは、それが理由であった。

 リリカがこの場で、どんな発言をして、どんな交渉を行なおうとも、アンジェリカは彼女の邪魔をしないと決めている。全ては、彼女を信頼しているが故だった。

 その決意。あの日の悲劇を超えて、女王となった少女の覚悟。ヴァスティナ帝国新女王アンジェリカ・ヴァスティナは、シルフィの想像を遥かに超えていた。

 

「さあ、話を続けようじゃないか。とは言っても、君の選択はもう決まっているのだろう?セドリック・ホーキンス外交官殿」


 交渉の場は完全にリリカが支配した。最早、セドリックが主導権を握る隙は無い。

 この瞬間、シルフィは南ローミリア側の勝利を確信した。


(ざまあみろ)


 表情は変わらないが、内心敗北を確信しているであろうセドリックへ、シルフィは容赦のない言葉をかける。勿論、口には出さず、心の中で・・・・・・。

 だが、口に出して言ってみたい衝動に駆られてしまう。交渉が終わるまで彼女は、「終わった後にでも言ってやろうかしら」と、交渉とは全く関係のない事で悩んでいたのだった。

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