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第二話 狂犬の戦士たち Ⅱ

「なあリリカ、お前一体何者なんだ?」

「言っただろう。美人で自由な旅人だと」

「もうちょっと何か教えて貰えないか」

「ダ・メ。女は多少謎めいている方がいいのさ」


 目の前に現れた光に呑み込まれ、今思えば、宇宙人に拉致されたのかも知れないと思う。光に呑まれ、気が付くと、全く知らない世界に迷い込んでいたこの男。彼の名は、長門宗一郎。親しい人間は宗一と呼んでいる。

 しかし今の彼は、ヴァスティナ帝国を存亡の危機から救った英雄、通りすがりの旅人リックである。

 ここはローミリア大陸。宗一は帝国女王ユリーシアとの約束を果たすべく、大陸を旅しているのだ。


「ところでリック。お前の本当の名前は何と言う?」

「・・・・・超能力か何かか。リックが本名じゃないって、なんでわかった?」

「知りたいかい?女の感さ」


 この女性はリリカ。美しい金髪に妖艶な美貌をもつ、自称美人で自由な旅人である。

 会って間もなく、一緒に旅をすることになったのだが、未だ謎の多い怪しい女性である。彼女について今わかっているのは、鋭い勘を持つということ位だ。


「隠しても無駄みたいだな。俺の名前は長門宗一郎。宗一と呼んでくれていいが、二人だけの時にしてくれ」

「いいよ。何か事情があるのだろう」

「まあな。そう言うわけで、改めてよろしくな、リリカ」

「ふふっ、よろしく宗一」


 謎なのは二人の相性の良さもある。会って間もないというのに、宗一は彼女に、妙な安心感をもっているのだ。

 その安心感のせいか、仮の名前を見破られたことに、あっさりと本名を明かしてしまった。これでは、宗一のために名前を考えた、騎士団長メシアに顔向けできない。

 今頃彼女は何をしているのか。女王陛下のために尽くして、日々騎士団の戦力向上に務めているのだろう。宗一にとって、全てにおいて憧れの女性であり、この世界で最も世話になった人間でもある。

 旅に出てから、彼女のことを考えない日はなく、帝国で再会することを夢見ているのだ。

 メシアだけでなく、女王ユリーシアのことも、考えない時はない。

 今の宗一の生きる全てが、ユリーシアという存在で、この旅の目的は彼女にある。必ず約束を果たすため目的を完遂し、ユリーシアに喜んで貰うこと。その思いが旅の原動力だ。

 しかし、旅の仲間になったリリカが、何を目的に旅をしているかはわからない。自由な旅人などと言ってはいるが、やはり旅をしているからには、何か目的があるのだろう。

 宗一には、彼女が自由を愛して、流れるように旅をする人間に思えなかった。何故なら彼女との出会いが、偶然ではないように感じているからだ。

 確信があるわけではなく、あくまで直感ではあるが・・・・・・。


(まっ、いっか)


 彼にとって、彼女が目的の障害とならなければ、何も問題はなく、寧ろ旅の助けになるのならば大歓迎である。彼女が近くの街までの道案内を買って出たため、助けられてはいる。それに金髪美人との二人旅は、満更でもない。


「ところで宗一。私はお前より年上だと思うのだよ。年上には敬意を払わないのかい?」

「見た感じ確かにそうだな。いや、よくわからないんだが、リリカは話しやすいと言うか何と言うか。・・・・・・敬語使わないとだめか?」

「私は気にしないから自由にするといい。なにせ私は、自由な旅人だからね」

「流石は自称美人の旅人!美人で優しいリリカ様!」

「ふふふっ、嬉しい言葉だよ」

「じゃあリリカ。一つ聞いていいか?」

「何でも聞くといいよ」


 目の前には木々や草などの自然と、整備されているわけではないが、街道と呼べる道がある。

 目印などがあるわけではないが、宗一とリリカは見たことのある道を、かれこれ三周していた。


「ここ・・・・・どこだ・・・・・?」

「さあ?」


 旅の助けになるなら大歓迎だ。だがしかし、障害ではなくとも、助けにもならなければどうすればいいのか。

 この時宗一は、旅の恐怖の一つ、「道に迷う」に頭を悩ませていたのだった。






 リリカと行動を共にしてから、歩き続けること何時間。目的地に着くことができないまま、体力だけを消耗し、そろそろ宿をとって、飯にありつきたいと思う今現在、使えない道案内のおかげで、道に迷ってしまったようだ。後悔するには遅すぎた。

 いや、途中から宗一もおかしいと思ってはいたが、疲れからくる錯覚だと思って、彼女を信頼し全てを委ねてしまった。これが間違いだったのだ。

 とは言っても、この世界に詳しくない宗一が、地図と格闘しても道がわかるわけでもなく、頼みのリリカもこれでは、今日は野宿になることが確定している。しかしこんなことでは、いつになっても街に辿り着くことができない。


(そうだ、こんな時は)


 ヴァスティナ帝国を旅立つ前、宗一はメシアに旅のことを相談して、様々なことを教えて貰っていた。しかも、旅先での野盗などの対策として、戦闘の修行を、短期間ではあるがつけて貰うなどもしていたのだ。

 そんな大先生である彼女は、もし旅で道に迷ってしまった場合の対処法も教えてくれていた。

 騎士団長メシア曰く、


「まず、周りで食べられる物を探せ。そして水の確保だ」


(それは道に迷った時の対処法じゃなくて遭難した時の対処法じゃないのですかメシア騎士団長おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!?)


 こんなにも現在の状況を深く悩んでいる宗一とは対照的に、悩みの原因である旅人リリカ様は、何がそんなにも楽しいのか、ご機嫌な様子でスライムを木の枝でつついていた。

 ・・・・・・・・木の枝でスライムをつついていた?

 

「・・・・・・・あれ、目の錯覚かな。目の前にスライムが見える・・・・・・」

「これは面白い。ドロドロしていて実に興味深いよ」


 つんつんつんつんつんつんつんつん・・・・・・。

 でろでろでろでろでろでろでろでろ・・・・・・。


「なあ、普通そこはきゃあきゃあ言って逃げ回るもんじゃないのか。女性的には」

「そうかな。私はこの得体のしれない気持ち悪いものに抵抗はないよ。宗一はどうなのかな?」

「最初見た時は驚いて全力で逃げた・・・・・・・。まあ、流石に慣れてきたけど」


 スライム。この大陸では一般的な、所謂魔物というものだそうだ。

 ファンタジー世界であるこの大陸には、スライム以外に、実に何百種類以上もの魔物が生息しているらしい。小型のものから大型のものまで、その大きさは様々で、無害なものから凶暴なものも含め、人々の生活にとっては当たり前に存在するものだと、メシアに教わった。

 目の前にいるスライムは、人畜無害の魔物であり、物理攻撃で完全に殺すことはできず、駆除する時は火を使うなどして殺すそうだ。基本的には人畜無害な、ただでろでろしているだけのものであるため、特に殺すことはしないらしい。

 しかしゲームと違って、この大陸のスライムは遭遇率が極めて低い魔物らしく、捕まえて売れば、かなりの値が付くということも聞かされた。

 言うなればこの再会は、一攫千金のチャンスではないだろうか。


「リリカ、こいつ高く売れるらしいぞ。捕まえておけば街でいい値になる」

「なに?お前はこの可愛いスライムを捕まえて売りさばくつもりなのか?」

「さっき得体のしれない気持ち悪いものって言ってたよなお前・・・・・・」

「それが可愛いのだよ。見ろ、この奇妙でドロッとした体を」


 でろでろでろでろ・・・・・・。


「いや、可愛くないから・・・・・・・」

「本当にそう思うのか宗一。お前はこんな人畜無害な生物を売りさばくのか?」


 でろでろでろでろでろ・・・・・・・・。


「・・・・・・・・」


 でろでろでろ・・・・・、でろでろでろでろでろ・・・・・・。


「ちょっと可愛いかも・・・・・・」


 疲れと空腹で感性が麻痺してしまっているのだろう。

 そう信じたい。






 結局、リリカの強い反対でスライム捕獲は断念し、再び道を歩き続けること一時間。

 二人は未だ道に迷っている。しかし先程、奇跡的に街道に立つ木製の看板を発見した。まだこの大陸の文字が読めない宗一であったが、看板の存在は、この先に人工の何かがある証拠だと判断し、希望を抱いて前進を続けた。困ったことにリリカも、大陸の文字は読めないらしく、最早ただのお荷物だと感じ始めているのが、今の宗一の悩みだ。

 ともかく希望が生まれたのは喜ばしいことだった。


「あとどれくらいで街に着けるのか。私は疲れたよ宗一」

「お前のせいでこうなったんだよ。俺だって疲れた」


 このような会話を繰り返し続ける二人。無駄に歩き疲れていた二人。いい加減お腹の鳴る音が聞こえてくる二人。

 これで街に着かなければ、本当にどうにかなってしまいそうであった。出発の時に持ち合わせた食料は、もう殆ど残っていない。リリカも食料を持っていないと言っていたので、このままでは餓死の危険もある。

 是が非でも街に着かなければ・・・・・・。

 特に心配している様子のないリリカを、半ば呆れて見ながら、宗一は現状の深刻さに覚悟を決めていた。


「ん、なんだ?」


 頭を悩ませていたまさにその時、街道の先に、何人かの人の集まりを見つけた。

 人数は六人。武器を持った男たちが五人いて、一人の少女を取り囲んでいた。男たちは恐らく、その風貌から野盗だとわかる。少女は荷物を抱えているところを見ると、こちらと同じ旅人かも知れない。

 街道を歩く一人の少女を襲う野盗。出来過ぎた展開だと思ってしまう。

 しかし、誰もいない道の真ん中に、荷物を抱えた少女が一人でいれば、野盗としては、金品の強奪のために襲うのは当然であろう。

 だが、取り囲まれている少女は、どうもか弱い普通の少女ではなさそうであった。見かけは十代の少女であるが、手には彼女の身長を超える、十文字槍が一本握られていた。


「なんだあの女の子、十文字槍持ってる。真田幸村にでもなりたいのだろうか・・・・」

「どうやら面白い展開のようだよ、宗一」


 行って助けた方がいいかも知れないと、宗一は思っていたが、十文字槍装備の少女の動向を、しばらく見守ることにした。何故なら宗一もリリカも、その方が面白そうだと思っていたからだ。

 少しずつ野盗と少女に近づいて行くと、今にも彼女が襲われるであろう会話が、耳に聞こえてきた。


「へっへっ、なあお嬢ちゃん、大人しく金目の物を置いていきな」

「珍しい槍をもってるなぁ。それで俺たちと戦うなんて馬鹿なこと考えるんじゃねぇぞ」


 如何にも野盗の言葉である。そんな言葉に動じる様子のない少女は、荷物をその場に置き、十文字槍を両手で握り、戦うために構える。


「野盗に遅れはとらない。我が槍の錆となりたくば、かかってくるがいい!」

「生意気な奴だな!後で後悔するぞ!」

「やっちまえ!!」


 取り囲んだ五人の野盗が、一斉に少女に襲いかかる。人数差的にも少女は圧倒的に不利であり、前からも後ろからも同時に襲いかかられていた。

 野盗たちの誰もが、この少女を八つ裂きにできると思っている。

 だが少女にとって、この程度の野盗は敵ではなかった。


「はあっ!!」


 襲いかかった野盗は、目にも止まらぬ早さの槍さばきで、一瞬の内に討ち取られてしまった。見ていた宗一もリリカも驚きを隠せない。少女は五人を、十文字槍の切っ先で急所を突き、一撃のもとに沈黙させたからだ。

 まず、正面にいた野盗の心臓に一撃。傷口から槍を引き抜いて、左右からきた野盗たちも、槍の切っ先で同じように急所を突く。

 槍で四人を刺した後、後ろから襲いかかっていた野盗を、振り向いた遠心力で槍に勢いをつけ、その切っ先で喉元を綺麗に切り裂く。

 そうして、瞬く間に野盗は全滅し、後には五人の死体と少女が一人残った。

 十代の少女が男たちを瞬殺するというのは、漫画だけの話ではない。今それは、目の前で起こったのだから。


「すごいぞあの子。助けいらなかったな」

「ふふっ、そうでもないようだよ」


 リリカがそう言った瞬間、少女は急に魂が抜けたように、ふらふらとふらつき始めた。どこか怪我をしたようには見えなかったため、負傷によるふらつきではなさそうだが、彼女は倒れ込まないよう、必死に踏ん張っている様子だ。

 しかしとうとう堪えきれずに、その場にうつ伏せで倒れ込んでしまった。起き上がる気配はない。

 気になった二人は少女の傍まで歩み寄り、どうして倒れてしまったのかを観察し始める。とりあえず死んではいない。息はしている。


「さて宗一くん。ここはやはりあれだよ」

「あれとは?」

「目の前に倒れた少女がいれば、身ぐるみを全部剥いでいくに決まっているだろう」

「全くその通り。・・・・・・・って、普通は助けてあげるもんじゃないですかねリリカさん」

「知らないよ。倒れている方が悪いのさ」

「酷い・・・・・・」


 確かに食料不足という問題はあるが、追剥をやってしまえば、先程の野盗と変わりない。個人的にそれは気に入らない宗一にとって、リリカの提案は却下であった。まあこれが少女ではなく、三十代の中年男性とかであったなら、容赦なくやっていたかもしれない。

 少女だから嫌なのだ。

 この赤髪槍少女が、何故倒れてしまったのかわからないが、とりあえず病気で倒れたかも知れないと考えて、旅装備の中の、救急関係の物を漁り始めた宗一。

 また、スライムの時のように、落ちていた木の棒で、少女をつつく行為を始めるリリカ。反応のない少女であったが、


 ぐううううううううぅぅぅぅぅぅ、ぐぎゅるるるるぅぅぅぅぅぅぅぅ。


 耳にしっかりと聞こえた、鳴り響くお腹の大きな音。激しい空腹を訴える音の主は二人ではなく、うつ伏せに倒れている少女から発せられていた。


「ううっ、お腹が・・・・・・・」


 空腹を訴える、少女の最後の言葉。

 どうやら酷い空腹のようだ。男たちを瞬殺した槍少女も、空腹には勝てなかったようで、そのせいで突然倒れてしまったのだろ。恐らく男たちを倒した時に、最後の力を振り絞り、力を使い果たしたのだ。

 少女を助けようと考えていたが、空腹となると、食料が殆ど残っていない二人には、どうすることもできない。せめて街に着くことができれば、食料を調達できるのだが。


「おい、空腹に苦しむ赤髪少女よ。助けてやるから街がどこにあるか教えるがいい」


 少女の頭を足で踏みつけて、街への道を尋ねるリリカ。最早尋ねているというより、尋問していると言えるであろう。容赦がない。

 「なんて酷いことを平然とするんだこの女は」などと、率直な感想を持った宗一であったが、驚いたことに、頭を踏みつけられているにもかかわらず、少女は力なく手を伸ばし、指を街道へと向けてリリカに答えた。

 そう、指で示された先に街があるのだ。看板は正しかったようで、街道をこのまま行けば街に到着できるのだと、少女は答えたのだ。

 空腹のせいだろうが声はない。本当にこの先で正しいのかもわからない。

 ともかく、このままでは埒が明かないと考えた宗一は、倒れている少女を抱き起し、自身の荷物をリリカに預け、背中に少女を背負って、街道を歩き始めた。背中からはこれまた大きな空腹の音が鳴っている。それに釣られる様に、宗一のお腹からも音が聞こえ始めた。

 突然遭遇する野盗よりも、空腹の方が断然恐ろしいと、この時宗一は、旅の恐ろしさというものを、初めて理解することになったのである。


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