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第十九話 甞めるなよ Ⅲ

 城内の至るところから断末魔の叫びが聞こえ、突然叫びが聞こえたかと思えば、叫びは次々と消えていく。

 この叫びの数だけ、人が死んでいる。死んでいるのは、この城に侵入を果たした、潜入と暗殺に長けた者達だ。


(作戦は失敗か・・・・・・)


 彼らの作戦は、完全に失敗した。城内へ侵入し、目標を排除すると言う当初の作戦は、最早遂行不可能であった。彼らの部隊の内、既に半数以上は殺され、生き残っている者達も、次々と狂気なメイド達の餌食となっている。この状況での作戦遂行など、出来るはずがない。

 彼らの指揮官であるこの男は、残存部隊をまとめての撤退を考えていた。遅過ぎた判断であるが、仕方のない話だ。特殊な精鋭部隊である自分達が、たった数人のメイド相手に手も足も出ない状況に陥るなど、誰にも予想できなかったのだから・・・・・・。


(合流地点まで退くとして、どれだけの部隊が生還できるか・・・・・。この損害は予想外過ぎる。恐らく我々は・・・・・・)

 

 作戦の失敗だけでなく、半数以上の損害。これは、無事にここから生還できたとしても、責任を取る必要がある。指揮官であるこの男も部隊の者達も、下手をすれば、軍事法廷で裁かれる可能性がある。

 それを考えるとこのまま撤退は出来ないが、どうしようもない話だ。今の彼に出来るのは、少しでも多くの部隊を生還させ、戦力の損失を抑える事である。もしも、このまま部隊を殲滅させてしまえば、指揮官であるこの男は、自分の命で責任を取らなければならない。そう言う組織に、彼は属しているのである。


「退くぞ」


 男は数人の部下達に命令し、撤退を開始する。

 各部隊は作戦の失敗がわかった場合、独自判断での撤退が許可されている。その場合、作戦開始前に指定されていた合流地点に集合する事が決まっている。

 城内に響き渡るこの悲鳴は、残りの部隊員に聞こえないわけがない。各自が作戦の失敗を悟り、撤退を開始しているはずである。それに、城内に響き渡った悲鳴のせいで、警備に当たっていたこの城の兵士達も、侵入者の存在にようやく気が付き、城内は喧騒に包まれた。

 撤退を開始した彼らの前に、警備の兵士達が現れる。侵入者を逃がすまいと、武器を構えて立ち塞がったのは良いが・・・・・・。

 

「やれ」


 狂気のメイド達に圧倒されているが、彼とて、確かな実力を持っている。

 男のたった一言の命令を聞き、瞬時に動く彼の部下達。現れた警備兵に対して、恐れる事なく向かって行き、数秒も経たない内に、警備兵達を始末してしまう。

 潜入と暗殺用の短剣で、警備兵達の急所を的確に突き、その命を絶つ侵入者達。彼らの実力は本物だ。

 そんな彼らを容易く始末してしまう、あのメイド達が異常なのである。決して、彼らは弱くない。


「待て」

「!!」


 警備兵達を始末した彼らの前に、又も立ち塞がる人影。

 新たな警備の兵だと思い、部下達が即座に短剣を構え、声を発したその人影に接近し、斬りかかる。部下達の動きは素早く、的確であった。並の兵士が相手であれば、部下達の俊敏な動きに反応する事は出来ないだろう。

 そう、相手が並の兵士であればだ・・・・・・。


「ふん」


 俊敏な部下達の動きを鼻で笑う人影。その正体は、メイド姿の女性であった。

 彼女には、彼らの動きが止まって見えていた。自分へと向かって来た短剣の切っ先を、彼女は全く恐れない。たった一人で、彼女は彼らの相手をするつもりなのだ。

 メイドに襲いかかった部下達は、全部で四人。確実に仕留めるために連携して襲撃したのだが、振ったその切っ先は、全て空を切っただけであった。

 彼らの斬撃は、全て躱されてしまったのである。この瞬間、彼らの命運は決まった。

 そのメイドの動きは、彼らよりも速い。短剣を躱し、反撃に移ったメイドは、まずは一人目を始末にかかる。一瞬で背後にまわり、獲物と定めた敵に対して、彼女の腕が襲いかかった。

 一人目の男の頭を掴み、女性とは思えない腕力と握力で、その首を無理やり捻じ曲げた。首を捻じ曲げられた男は、そのまま絶命して果てた。

 そのだけでは当然終わらない。二人目は、恐るべき速さの鉄拳により、天井高くまで殴り飛ばされてしまった。常人の腕力を超えたアッパーカットの一撃は、二人目の顎を下から殴り飛ばし、身体ごと宙に持ち上げてしまったのである。

 さらに彼女は、三人目と四人目にも襲いかかる。三人目の懐に飛び込み、その腹部目掛け膝蹴りを喰らわせた。彼女の膝蹴りは、人間の蹴りとは思えない威力を持っていた。衝撃で例えると、それはまさに、大砲の直撃を受けたかのような、そんな一撃。

 膝蹴りを喰らった三人目は大量に吐血して、完全に意識を失った。いや、放っておけば死ぬかも知れない。恐らく今の一撃は、彼の内臓の一部を潰しているだろう。

 四人目は一旦距離を取ろうとしたが、出来なかった。後退する前に、彼女の右手に捕まってしまったのである。四人目は、彼女の右手に顔面を掴まれた。凄まじい握力で掴まれており、逃げられない。人間の握力とは思えないこの技を例えるなら、まさにゴリラの握力だ。男の顔面が、みしみしと音を立てる。


「ぎゃああああああああああっ!!?」

「黙れ」


 余りの痛みに、思わず悲鳴を上げてしまった男。そんな彼に対して、容赦のないこのメイド。

 その異常な握力で、何と彼女は、男の顔面を握り潰してしまったのである。まるで、苫とでも握り潰すかのように・・・・・・。


「ばかな・・・・・・・」


 彼らの指揮官であった男の口からは、これ以上の言葉が出なかった。

 たった今、彼の目の前で、精鋭であった部下達が秒殺されたのである。しかも、人間技とは思えない方法で殺された者もいる。彼の目の前に現れたこのメイドは、まさに化け物であった。

 そう、化け物だ。相手は間違いなく人間ではない。精鋭部隊の人間を、素手だけで容易く殺してしまうメイドなど、常識的に考えてあり得ない。実際に目にさせなければ、他人に信じて貰えない話だろう。

 部下達を失った彼も、自分の腕には自信があった。だがその自信も、彼女の戦い振りを見て失せてしまう。

 勝てる気がしないのだ。目の前に立つこのメイドから放たれる、圧倒的な迫力と殺気が、彼の戦意を失わせてしまった。しかし彼は、部隊の指揮官として、やらねばならない事がある。それは、この場からの一刻も早い脱出である。 

 生き残り、残存戦力をまとめ、このメイド達の事を報告しなければならない。それが彼の、現状なさねばならない最優先事項だ。


「逃がさん」

「っ!?」

「貴様は侵入者達の指揮官だな?貴様には、色々と聞きたい事がある。逃がすわけにはいかない」


 ゆっくりと、メイドは歩みを進める。

 彼女は、自分が絶対の忠誠を誓う主のために、彼を逃がすわけにはいかない。だから彼女は、未だに彼を生かしたままでいる。

 彼らは運が悪かった。偶然彼らは、このメイドの主が休む部屋の近くにいた。そのせいで彼らは、この絶対強者と遭遇してしまったのである。

 本当に彼らは運がない。他のメイド達であれば、まだ逃げ出す事が出来たかも知れないが、彼女が相手では、その望みは絶たれたも同じだ。

 

「久しぶりだ、この感覚は」


 顔を握り潰した彼女の右手は、真っ赤な鮮血で染められている。その手を見つめて、感慨深そうな表情を浮かべた彼女の口元には、一瞬だけ笑みが見えた。

 その姿と笑みに戦慄した彼は、覚悟を決めた。

 自分はここまでだと言う、終わりの覚悟を・・・・・・・。






「やっりー!私が一番仕留めたわ♪♪」

「あんた私の獲物取り過ぎなのよ!いい加減自重を覚えなさい、自重を!」

「あわわわわ・・・・・、喧嘩は良くないのです・・・・・・」

「ああん、まだ遊び足りないわ~」

「・・・・・・」


 城内に侵入した者達は、全員彼女達の餌食となった。

 生き残り、ここから逃げ出せた者はいなかった。全員が彼女達の手にかかり、残酷な死を与えられたのである。

 今彼女達がいる場所は、この城の主の玉座が聳える、謁見の間である。この場所へと逃げ込んだ侵入者達を仕留めるために、偶然彼女達は合流を果たし、つい先程片付けたところであった。

 謁見の間に横たわり、真っ赤な血を流す、数人の男達の死体。謁見の間を血で染めたのは、彼女達五人のメイドだ。人殺しを得意とする、狂気のメイド達である。

 侵入者達を全員片付け、少し物足りなさを感じている彼女達。侵入者は五十人程いたが、彼女達にかかれば、五十人の精鋭を片付けるなど、朝飯前なのである。それ故の物足りなさだ。

 

「ねぇねぇ、もう片付いたんだし、陛下とメイド長に報告に行かない?早めに報告しないと怒られちゃうし」

「そうね。メイド長がいたから心配ないと思うけど、陛下の無事を確認したいわ」

「その必要はない」


 この場の五人以外の女性の声が、謁見の間に響く。声の主は、今まさに話題に上がっていた女性のものであった。

 この謁見の間に、新たに足を踏み入れた一人の女性。その女性の後ろには、高貴な者が着る寝間着姿の、一人の少女の姿もあった。


「メイド長!それに陛下も!?」

「うっそ!?何で陛下が起きてるの!?」

「・・・・・・あれだけ悲鳴が聞こえれば、嫌でも起きる」


 少女の言う事は尤もだった。やってしまったと思い、びくびくし始めるメイド達。彼女達が恐がっている理由は、メイド長に叱られるかも知れないと思ったからだ。

 

「ウルスラ。排除は済んだのか?」

「はい。城内に侵入した者達は、一人残らず無力化致しました」

「よくやった。やはり、お前達は頼りになる」

「勿体なき御言葉です」


 少女は彼女達の主であり、一国を治める女王である。ヴァスティナ帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナは、自らの配下である狂気のメイド達を労った。

 メイド達を代表し、ヴァスティナ帝国メイド長ウルスラが言葉を返す。ウルスラ指揮下であるメイド達は労いの言葉を受けて、姿勢を正して頭を下げる。


「ウルスラ、お前も部下達を労ってやれ」

「はい、陛下」


 女王アンジェリカから視線を外し、自分の部下である五人へ向き直ったウルスラは、一人ずつその名を呼ぶ。


「リンドウ」

「はい、メイド長」

「ラフレシア」

「はいはーい♪」

「アマリリス」

「はっ、はい・・・・・・」

「ノイチゴ」

「はあ~い♡」

「ラベンダー」

「・・・・・・・はい」


 名前を呼ばれた、五人のメイド達。

 緊張する彼女達へ、メイド長ウルスラは・・・・・・。


「よく陛下を守り切りました。ご苦労でした」

「「「「「!!?」」」」」


 正直、怒られると思っていた五人。就寝していた女王を起こしてしまったため、それを怒られると思っていたのだが、意外な事に褒められてしまったので、驚き耳を疑う彼女達。そもそも、ウルスラに褒められる事など滅多になさ過ぎて、聞き間違いかと思ってしまったのである。

 帝国メイド長ウルスラ旗下の、武装メイド部隊。彼女達五人はメイド部隊の中でも、最も戦闘力に秀でた者達である。

 花の名前を持つ、五人のメイド達。彼女達は、かつて帝国を治めていた前女王ユリーシア・ヴァスティナに忠誠を誓い、花の名を与えられた、女王のメイド部隊。騎士や兵士も顔負けのこのメイド部隊は、元兵士や元傭兵、元暗殺者や元工作員などで構成されており、メイド仕事よりも、殺しを得意としている。

 この五人、ナイフ使いのリンドウ、鉤爪使いのラフレシア、ワイヤー使いのアマリリス、大鎌使いのノイチゴ、大鋏使いのラベンダーは、メイド達の中で最も殺しに長け、最も狂った女性達だ。

 そんな、危険人物と言える彼女達の指揮官が、メイド長ウルスラである。彼女達以上の圧倒的な実力を誇るウルスラが、女王のメイド隊、正式名称「フラワー部隊」を指揮しており、女王の身に危険が迫った時、帝国女王最後の砦として戦うのが、彼女達の役目だ。

 彼女達フラワー部隊は、女王アンジェリカが眠っている間、交代で見張りに就いていた。この城の警備兵と違い、彼女達は勘が鋭い。侵入者達の存在に一早く気付いたのも、やはり彼女達である。

 見張りに就いていたリンドウとラフレシアが、最初に侵入者の存在を察知した。リンドウは、経験で培った鋭い勘で察知し、ラフレシアは、「男!?男の匂いがする!!」と嬉しそうに叫び、匂い(?)で侵入を察知したのである。

 侵入者を察知すると、彼女達はすぐさま迎撃に出た。自分達が動かなければ敵を排除出来ないと、よくわかっていたからだ。

 この城の警備兵達は、全く当てには出来ない。錬度は低く、実戦経験も少ない。そんな兵達に、自分達の主の命を預ける等、出来るはずがないのだ。故に、自分達が動いたのである。

 この場所が彼女達の国、ヴァスティナ帝国の城内であったならば、彼女達フラワー部隊が動く事はなかっただろう。そう、ヴァスティナ帝国であったならば、動く必要などなかった。


「へスカルの兵士が勝てる相手ではありませんでした。貴女達の働きにより、陛下は傷一つ負わなかった。その調子で、引き続き陛下の護衛に専念しなさい」


 ここは、帝国の友好国の一つ、へスカル国の城内である。

 女王アンジェリカ・ヴァスティナは、この国で行なわれる会談のため、二日前にへスカル城へと入城した。護衛の騎士団とメイド部隊を供に連れ、この地に訪れた彼女達は明日、帝国の今後を大きく左右する重要な会談を控えている。

 その前日の夜に、このような襲撃があった。侵入者の正体は不明だが、明日に控えた会談が関係しているのは明らかである。

 そうなのである。侵入者の正体は不明のままだ。

 何故ならば・・・・・・。


「だがその前に、お前達に言う事がある」

「「「「「?」」」」」

「侵入者を皆殺しにして良いと、一体誰が命令した」

「「「「「!!!??」」」」」

「それと、他国の城内を汚し過ぎだ。どこもかしこも血の海だぞ」


 顔面蒼白となった五人。

 目の前のメイド長は、明らかに怒っている。凄まじく怒っている。完全に鬼化している。


「やり過ぎだ。皆殺しにしてしまったら侵入者共の正体がわからなくなると、何故気付かない。しかも、城内はそこら中が血で汚れてしまっている。首や腕や脚や臓物が至る所に散らばっているぞ」

「でっ、ですがメイド長-------」

「口答えは許さん。少なくとも、侵入者共の指揮官は私が捕縛した。情報を聞き出す事はこれで可能だが、それにしてもお前達、後先を考えずに行動し過ぎだ。全員、罰則と減給は覚悟しておけ」

「げっ!!」

「あわわわわ・・・・・!」

「ううっ・・・・・」

「・・・・・・恐い」


 メイド長ウルスラは、戦闘の最中侵入者の指揮官と戦い、その男の四肢の骨を全て砕き、自害も出来ぬようにして、捕縛していたのである。舌を噛み切って死ねない様、口に猿轡を付ける徹底ようだ。

 そんなウルスラと違い、久々の殺しに滾った五人は、調子に乗り過ぎてしまったのである。侵入者を捕まえる余裕があったにも関わらず、皆殺しにしてしまったのだから、指揮官であるウルスラは激怒しているのだ。

 

「とりあえず、指導は後にする。お前達はまず城内の清掃が先だ。夜が明ける前に全て片付けろ」

「ぜっ・・・・・全部ですか?」

「当たり前だ、城内全部を綺麗にしておけ。返事は?」

「「「「「はっ、はい!!」」」」」


 ウルスラに睨まれ、すぐさま駆け出した五人。

 彼女がやれと言った事は、何としてもやり遂げなければならない。それが、フラワー部隊の鉄の掟であるのだ。故に逆らえない。

 慌てて部屋を飛び出した五人は、夜が明けるまでに、城内全てを掃除しなければならない。正直な話、現実的に考えて終わるわけがない。だがやらなければ、後に待つのは地獄だ。


「メイファちゃん!!大丈夫、怪我してない!?」


 五人が大慌てで出て行ったのと入れ違いで、メイドの格好をした女の子にしか見えない人物が、玉座の間に駆け込んだ。

 突然現れた人物、その正体は・・・・・・。


「・・・・・ベルトーチカか。私は無事だ、何をしに来た?」

「何って、僕はメイファちゃんが心配だったんだよ!!侵入者の人達はメイドさん達がみーんな殺しちゃったみたいだから、僕、メイファちゃんの無事を確かめたくて・・・・・・!」


 帝国メイド部隊の格好に、手にはスコープ付きの狙撃銃。星形の髪飾りを頭に付ける、可愛らしい少女・・・・・・ではなく、男の娘。彼の名はイヴ・ベルトーチカ。ヴァスティナ帝国軍一の狙撃手であり、帝国参謀長配下の幹部である。


「私にはウルスラが付いていた、怪我はない。それより、私の無事を確かめる前に、宰相の護衛はどうした?」

「リリカ姉様には行ってもいいって言われたもん!だから僕は-------」

「お前の仕事は宰相の護衛だ。それを忘れるな」

「!!」


 イヴの仕事は、女王アンジェリカと共にこの地へやって来た、帝国宰相リリカの護衛である。メイド服を着ている理由は、彼曰く「だって可愛いんだもん♪」である。

 宰相リリカの推薦で、護衛の一人としてこの地へ訪れた彼は、宰相の護衛と言うより、気持ち的にはアンジェリカの身を守るためにここにいる。だからこそ、城内の侵入者に気付いた彼は、血相を変えて彼女を探しまわった。

 彼がここまで彼女を案じる理由。それは彼が、まだ彼女の事を、親友だと想い続けている故だ。

 だが、当の本人の反応は、この通り冷たい。


「わかったら戻れ」

「・・・・・・うん」


 肩を落とし、俯いて、アンジェリカに背を向け、部屋を後にしようとするイヴ。

 こんな関係ではなかった。しかし、あの日を境に、彼女は変わってしまった。


「アンジェリカだ」

「えっ・・・・・・?」

「私はアンジェリカだ。・・・・・・二度と間違えるな」

「・・・・・・はい」


 力のない返事を残し、部屋を退出したイヴ。

 彼女はもう、イヴのよく知る少女ではないのかもしれない。それでも彼は、彼女の事を想い続ける。

 たとえ彼女が、帝国参謀長専属メイドの少女、メイファでなくなろうとも、イヴは彼女を、生涯の親友だと想い続ける。


「宜しいのですか?」

「・・・・・・それ以上、何も言うな」


 ウルスラの言いたい事はわかっている。だからこそ、聞きたくない。

 アンジェリカはウルスラと目を合わせず、何も言わずに、謁見の間を後にしようと歩み出す。そんな彼女の後ろ姿を見つめ、一瞬何かを言いかけたウルスラだったが、何も言わなかった。


(それほどまでに、自分を殺す必要はないというのに・・・・・・)


 結局、ウルスラは黙ってアンジェリカに付き従うのみだった。

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