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第十八話 正義の味方 Ⅴ

「実験の成功おめでとう御座います」

「おめでとうなんだな。シャランドラ、とっても頑張ったんだな」

「ありがとうな。うち、めっちゃ嬉しい・・・・・・」

「よしよし。本当にお疲れ様だね、シャランドラちゃん♪♪」


 実験は成功し、後片付けを終えたシャランドラ達は、皆と一緒に城へと戻って行く。

 まだ少し泣いている、シャランドラの頭を撫でるイヴや、心から賛辞を送るゴリオンとアングハルト。レイナとクリス、ヘルベルトも彼女達の後に続き、城へと戻って行く。

 これから城の食堂にて、実験成功の宴が開かれる。その準備のために、彼女達は城へと戻るのだ。ヘルベルトなどは、「タダ酒が飲めるぜ!今夜はぶっ潰れるまで飲むぞ!!」と叫ぶくらい、ご機嫌な様子である。


「無事に終わって良かったですわ。また爆発しなくて、本当にほっとしましたの」

「そうだな。あの時はお前のお陰で助かったが、あんなのは二度と御免だ」


 シャランドラ達は城へと戻って行くが、リックとミュセイラはこの場に留まり、少し話をしている。

 実験場に先程まで設置されていた、魔法動力機関があった場所を、二人は見つめていた。そして、思い出していたのだ。あの事故の日の事を。

 二人は事故の日の事を思い出し、実験の成功よりも、シャランドラの無事な姿を見て、嬉しく思っている。そんな二人のもとに、歩みを進める男が一人。


「リクトビア・フローレンス。オレは、間違っていた・・・・・・」


 ライガ・イカルガは、真っ直ぐリックの事を見つめて、自分が間違っていたと、彼に初めて告白した。

 帝国の街を見て周り、そこに住む人々と触れ合い、最後にリックの本当の姿を知った彼は、答えを見つけたのである。


「お前は話に聞いてた悪党なんかじゃない。皆言ってた、お前が頑張ったから今の帝国があるんだって。どんなに辛い事があっても、お前は皆のために戦い続けてるんだって、皆が言ってたんだ」


 帝国の狂犬。その異名は、彼の戦場での戦いぶりのせいで付けられた、帝国参謀長の恐ろしさを表した名だ。

 ライガもこの異名を聞いた時は、きっと帝国参謀長は、狂った人殺しなのだろうと思っていた。実際間違ってはいないのだが、それは本当の彼の姿ではない。

 リックは、常に仲間達の事を想い、優しくある。自分の敵、もしくは女王の敵でない限り、彼の仲間達への慈愛は深い。だからこそ、彼の仲間達は、絶対の忠誠を誓うのだ。

 ライガは全てを理解した。自分が悪だと思っていた、この男とその仲間達は、己が倒すべき敵ではないと。


「誤解して悪かった!!許してくれとは言わない、オレの事は煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わない!!」

「別にいい、怒ってないしな。それにお前は間違ってなかった。俺は確かに悪党だ。誰が何と言ったて、俺は英雄なんかじゃなく、ただの自分勝手な人殺しだからな」


 南ローミリア大陸に暮らす、帝国や友好国の多くの民は、リクトビアを英雄と呼ぶだろう。一年前、この地方が大国の侵略を退け、今も国があり続けるのは、彼が帝国軍を率い、配下の精鋭達と共に、侵略者を討ち倒したからである。

 勿論、彼の存在以外にも、隠れた英雄達は数え切れないほどいる。しかし、大衆の目に一番目立った存在は、常に最高指揮官として軍を率いた、帝国軍参謀長であったのだ。

 それ故に、リックは英雄と呼ばれる。だがこの名誉は、数え切れない程の人間を殺して、手に入ってしまった名誉だ。

 戦争に英雄などはいない。英雄と呼ばれる者達は、多くの命を奪ってその名誉を手に入れる。戦争は、直接的にも間接的にも、より多くの命を奪った者が英雄となる。そんな者達を、悪党以外の何と呼ぶのか。

 だからリックは、自分を悪党だと認め、自分はライガが思い描くような英雄ではないと、彼に告げる。

 その言葉を受けたライガは、思い詰めた表情を見せて、己の迷いを打ち明ける。


「わからなくなった・・・・・・」

「何がだ?」

「オレは、正義の味方になりたい。正義の味方になって、苦しんでる人達の力になりたいんだ。でもオレは、何が正義で何が悪なのか、わからなくなった」


 悪党だと思い、リックを倒すためにここまでやって来た。しかし実際、彼は自分が思うような悪党ではなかった。寧ろ、英雄と呼ばれていたのである。ならばリックは、正義なのではないのか?

 だが、「それは違う」と、ライガの心が訴えている。その心が、彼を迷わせるのだ。


「正義なんてものはない」

「!?」

「いつだって、正義っていう言葉は、支配者が人を扇動するために利用するものだ。正義っていうのは、使った者の思惑でその意味を変える。バンデスの王も、そうやってお前を扇動しただろ?」


 その通りだと、ライガは思った。思ってしまった。

 彼の言っている事は、今までライガが抱いていた正義を、全否定するに等しい。


「お前の考える正義なんてものは、この世界に存在しない。正義か悪かと聞かれたら、この世界には悪しかないんだよ。だから、悩む事はない」

「・・・・・・・」

「それでもお前は、正義の味方になるつもりか?正義なんてものがない、こんな世界で」


 リックの言った事は、全て正しい。

 正義とは所詮、そんなものだ。それを承知で、お前は正義を口にするのかと、彼はライガに問う。

 ライガは迷う。リックの言葉を受けて、今彼は初めて、正義とは何かと考える。今まで己の言葉にしてきた正義とは、どんな意味を持っていたのか。

 今まで人前で何度も、自分の正義を口にした。しかし多くの者達は、彼を無視するか、笑って馬鹿にした。誰もが彼を、頭のおかしい、変な奴だと思ったのである。リック達も最初は、彼の事をめんどくさい奴だと思った。仕方のない事だ。

 ライガは今まで、自分が正義を口にして、どうして他者に認められないのか、全く理解出来なかった。正義を信じる事は、笑われるような事ではない。正義を信じる事は、正しいのだとずっと思っていたのだ。

 だがリックの言葉で、彼はようやく気付く。自分の信じる正義、それは何だったのかと。


「オレの信じた正義って・・・・・・、何だったんだろうな」

「さあな。ただ、お前が正義の味方になりたいと思ったのには、必ず理由があるはずだ。大層な理由なのか、下らない理由なのかは知らないが、その理由の中に、お前の目指した正義はあるんじゃないのか?」

「オレの目指した正義・・・・・・」

「思い出せ。そして考えろ。俺が言えるのは、それだけだ」


 話は終わりだと言うように、ライガとミュセイラを置いて、実験場を後にするべく、歩き始めたリック。彼もまた、レイナ達と同じ様に、城へと戻るつもりなのだ。


「待ってくれ!!」


 そんな彼の背中を、ライガは呼び止める。

 呼ばれても振り返りはせず、その場で歩みを止めたリック。

 ライガはまだ、答えを見つけられてはいない。しかも、自分がどうして、正義の味方になろうと思ったのかも、思い出せずにいた。

 だからこそ、ライガはリックに問う。


「教えてくれ!オレは、自分がどうして正義に目覚めたのか、思い出せない。だから教えて欲しい!本当に正義って、この世界に無いのか!?本当の正義って、存在しないのか!?」


 歩みを止めて、振り返らず、その問いに彼は答える。


「わかってないな、お前」

「!?」

「正義に、正解も間違いもない」


 そうだ。正義には、正解もなければ、間違いもないのだ。何故なら正義とは、それを志す者や訴える者の、思惑や意思によって、その意味を変化させる。

 故にこの言葉は、辞書で書かれている意味以上の事には、正解も不正解もなく、自由なのだ。


「じゃあお前はオレに、自分の正義を見つけろって、そう言いたいのか!?」

「お前が正義の味方を目指し続けるのなら、そう言う事だ」

「そうか・・・・・・、わかったぜ!!」


 ライガは一人納得し、新たな決意を胸に刻む。

 やはり彼は単純で、純粋なのだ。声は騒音並みに五月蠅く、考えも無しに突っ走る、とても面倒くさい男ではあるが、この素直さは憎めない。

 それこそ、リックがライガを気に入ってしまった、最大の理由なのである。


「暑苦しいですわね・・・・・・」


 完全に蚊帳の外だったミュセイラが、我慢できずに口を開く。

 ミュセイラの言葉を聞き、振り返ったリックとライガ。二人が彼女を見ると、明らかに不機嫌そうなミュセイラが、彼らを睨み付けていた。


「正義だの悪だの、どうでもいいんですわよそんな事は。暑苦しいし面倒くさいし、男だけの世界に入らないで下さいます。見てて鬱陶しいですわ」

「なに!?オレはこの男から今、大切な事を教えて貰った。それが鬱陶しいってどういう意味だ!?」

「ほらそれですわよ、それが鬱陶しいんですの。毎回毎回正義って口にしないと死ぬんですの?最低でも私の前だけは、口閉じといて下さいな」

「嫌だ!お前みたいな性格ブスの命令なんか聞けるか!!」

「なっ!?言って良い事と悪い事がありましてよ!私をブスだなんて、失礼にも程がありますわ!!」

「失礼って、それはこっちのセリフだ!!」


 火花を散らしてお互いを睨み合う、ミュセイラとライガ。

 しかし、ミュセイラの言う事は尤もだ。実際ライガは、正義正義と連続で口にする。正義という言葉に手足が生えた人間、と呼べるかも知れない。

 クリスならばライガに、こんなあだ名を付けるだろう。「正義馬鹿」と。


「お前達、レイナとクリスみたいな喧嘩をするな。大体ミュセイラ、お前は-------」

「威張らないで下さいまし、この中二病」

「!!!??」


 絶句するリック。

 今ミュセイラは、一帝国軍人の立場でありながら、リックを中二病呼ばわりしたのである。これには、流石のライガも驚いて、言い争いを止めてしまう。

 

「ずっと言おうと思っていましたの。無駄に格好つけて、クールキャラ気取らないで下さいまし。いっつも暗い感じなのも気に入らないですわ。自分が世界で一番不幸みたいな顔しないで下さいな。不幸の度合いなら私だって負けませんわよ、中二病」

「うっ・・・・・・」

「いい加減、その中二病卒業して欲しいですわ。多分皆さんも、同じ事を考えていると思いますの。貴方自覚無しでやってるみたいですから、良い機会なので言わせて貰いましたの」


 絶句し立ち尽くし、目を見開いて、頭の中が真っ白になったリック。まさか突然こんなところで、そんな指摘をされるとは思わず、驚きの余り思考が停止したのである。


「おっ、おい、もうその位にしといてやれよ。何か見てて可哀想だ」

「別にいいんですわよ、彼にはいい薬ですわ」

「でもよ・・・・・、お前って部下の一人なんだよな?後で怒られるんじゃ・・・・・・・」

「どうせ減給ですわ。でも、ずっと言いたかった事ですから、胸がスッキリしましたの」

「度胸あるなお前、ちょっと見直した。その性格の悪ささえなければ尊敬できるな」

「私は性格悪くありませんの!この単純馬鹿!!」


 再び衝突する二人。その場で固まってしまったリックを無視し、言い争いを再開する。

 何だかんだで、二人は本質的な部分が似ている。頭脳派と行動派という、正反対さはあるものの、根は一直線の頑固者なのだ。そのせいで、レイナとクリスのように衝突してしまっている。

 この喧嘩は、きっと犬も食わない。誰が見ても、呆れてしまう事だろう。

 しかし、ここに一人だけ、その喧嘩を見ても呆れない者がいる。寧ろ彼は・・・・・・。


「はは・・・・・ははは・・・・・」


 微かに聞こえた笑い声に、二人の喧嘩が止まった。笑い声が聞こえた方を二人が向くと、固まって二人の喧嘩を見ていたリックが、微笑を浮かべていたのだ。

 

「笑ってるん・・・・・ですの?」

「オレ達・・・・・面白い事でも言ったか?」


 ただ、白熱した口喧嘩をしていただけの二人からすれば、どうしてリックが笑い出したのか、その理由が全く理解できない。

 ぽかんとしている二人に気付き、笑うのを止めたリックだったが、すぐに彼は、驚きの表情を見せた。彼は今、自分が笑っていた事に気が付き、驚いてしまっているのだ。


(笑ってたのか・・・・・・俺は・・・・・・)


 ライガとミュセイラの口喧嘩。自分に対しての、ミュセイラの厳しい言葉。

 それらが彼に、ようやく気付かせた。自分は一人で、悲劇の主人公を気取っていただけなのだと。自分がまだ、大人になり切れない子供だと気付いて、つい可笑しくなってしまったのである。

 

(皆に甘えてたな・・・・・・・)


 辛かったのは、苦しかったのは、自分だけじゃない。

 ミュセイラのように、何も知らない者だからこそ、彼を怒ってやる事が出来た。帝国内でリックの事を、正面から否定してやれる者は、極僅かの者だけだ。

 皆苦しみながら、彼を怒らず、優しさを向け続けた。リックはそんな者達に、ずっと甘え続けてしまった。だから、「お前は間違っている」と、彼女に怒られた事が、逆に嬉しかった。


「ミュセイラ・・・・・・ありがとう」

「ちょっ!?突然なんですの!?気持ち悪いですわ!!」


 彼がミュセイラに対して礼を言うのは、これで二度目だ。

 いつも笑わない、まして彼女に御礼など言わないリック。そのせいで、本気で気持ち悪がっているミュセイラから視線を外し、今度はライガへと視線を移す。


「ライガ、お前はこれからどうする?自分の目指す正義探しの旅にでも出るのか?」

「・・・・・・いや、オレはお前に付いて行きたい。直感だけど、オレの正義はお前に付いて行った先にある気がする。それにオレはお前に迷惑をかけたしな、その償いをしたい」


 彼はリックと話し、自分の正義を探さなければならないと、確信した。その事を気付かせてくれた、この男の背中を追いかけた先にこそ、自分の探し求める答えはある。そう思わずにはいられない。

 その理由は簡単で、今まで誰も教えてくれなかった、自分の間違いを教えてくれたのが、他でもないリックだったからである。


「リクトビア・フローレンス!オレを・・・・・・」

「リックでいい。フルネームで呼ぶのは言い難いだろ」

「じゃあリック!オレを・・・・・・、お前の部下にしてくれ!!」


 深く頭を下げて、必死にお願いするライガ。

 自分の命を狙い、大悪党だと決め付け、戦いを挑んできた彼を、普通は誰も仲間にしようとは考えない。普通ならばだ。だが彼は、普通じゃない。


「覚悟は出来ているんだな?」

「ああ!!」

「わかった。これから宜しくな、ライガ」


 今この時を持ってライガ・イカルガは、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスに認められ、ヴァスティナ帝国の一員となった。また一人、リックは頼もしい・・・・・のかはわからないが、新たな仲間を得たのである。

 

「ほら、そう言うところですわよ。私が貴方を中二病だと思うのは。言動が中二病なんですのよ、わかっていますの?」

「・・・・・・」






 こうして、ヴァスティナ帝国軍は新たな兵器と仲間を得た。

 発明家シャランドラが作り上げた、魔法動力機関。この発明は、帝国軍に新たな兵器を齎す事だろう。

 新たな仲間ライガ・イカルガは、己の正義を探し求めながら、帝国の戦士として戦うと決めた。いつの日か、真の正義の味方になるその時まで、彼は帝国の戦士として戦場に立つだろう。

 そして、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスは、新たな仲間達を得た事で、己と再び向き合い、学んだ。

 しかし、まだ足りない。皆が待っている彼に戻るためには、まだ足りないのだ。

 それでも、戦いの波に呑まれ続けているこの世界は、彼が戻るのを待ってはくれない。






「陛下、書状が送られて参りました」


 ここは、帝国女王の執務室。この部屋には、一国の支配者が君臨している。

 執務室の椅子に腰かける、ヴァスティナ帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナへ、一通の手紙を差し出したのは、帝国メイド長ウルスラであった。

 ウルスラはアンジェリカに、自分のもとへと渡って来た、一通の手紙を己の主に手渡した。漆黒のドレスを身に纏う、黒髪の少女アンジェリカは、手紙を受け取り彼女に問う。


「何処からの書状だ?」


 手紙を差し出したウルスラの様子が変だと、アンジェリカは瞬時に気付く。何故なら、いつも仕事を完璧にこなすウルスラが、書状の送り主を言わなかったからだ。

 アンジェリカの勘は的中していた。ウルスラは彼女の問いに答えようとしたが、躊躇った。しかし彼女は、帝国メイド長の責務を果たすため、女王の問いに答える。

 たとえそれが、自分の主を苦しめる事だとわかっていても、彼女は答えなければならない。


「・・・・・ジエーデル国です」


 その時、女王アンジェリカが見せた表情は、決して帝国国民には見せられないものだった。

 少女が見せた、憤怒の表情。余りの怒りに、書状を持った彼女の手が震える。


「陛下、お気を確かに」

「わかっている・・・・・・」


 帝国を大きく変え、アンジェリカの最愛の姉を奪った、憎むべき敵国。そんな国からの、一通の書状。

 書状の封を開き、中の手紙を取り出して、書かれた内容に目を通す。


「・・・・・・!!」


 手紙に目を通し終えたアンジェリカは、怒りに我を忘れそうになるのを、必死に堪えた。

 彼女の激しい怒りを見て、まだ手紙の内容を知らないウルスラは、内容を自分から聞くのを止める。今のアンジェリカに、声をかけてはならない。今のアンジェリカには、落ち着くための時間が必要なのだ。

 この書状は、アンジェリカだけでなく、ウルスラをも激怒させる、ジエーデルからの誘いであった。勿論、参謀長リクトビアも激怒する、身勝手な誘い。

 しかもこの書状は、望むと望まざるに拘わらず、帝国が新たな戦いへと歩みを進める、序章となる。






 敵国から送られてきた、一通の書状。

 この書状がきっかけとなり、様々な者達の思惑が動き出す。

 南ローミリア大陸の盟主、ヴァスティナ帝国の新たな戦いの日は近い。

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