第十八話 正義の味方 Ⅲ
「で、結局連れてきちまったんだな、お前は」
南ローミリア絶対防衛線、ヴァスティナ帝国軍陣地内。
ここでは今、帝国軍参謀長であるリックを始めとした、主だった面子が集まり、ちょっとした会議状態となっている。議題は、戦場で遭遇した特殊魔法使いの敵兵を、縄で縛りつけて、ここまで連れ帰って来た事である。
捕虜として陣地に連れ帰ったのであれば、これは何でもない事なのだが、問題は、リック自身がこの敵兵と戦い、その場で殺さず連れ帰ってしまった事にある。彼の配下の者たちには、もう察しがついているのだ。いつもの、悪い癖が出てしまったのだと。
「駄目か?」
「駄目に決まってんだろ!どうしてお前はいつもいつも、そうやって変な奴を連れて来るんだよ!」
「参謀長、どう考えてもこの男は危険です。ヴァルトハイム、貴様が付いていながら何故止めなかった」
「そんな事言われても困りますわ。だってこの人、作戦中以外で私の言う事、全然聞いてくれないんですのよ?止められるわけありませんわ」
陣地内の地面に、縄で縛りつけられて転がされている、敵軍の兵士ライガ・イカルガ。彼はまだ気絶しており、未だ目覚めてはいない。
彼が特殊魔法で作り上げた、あの重装甲アーマーは、今は完全に消滅している。ライガが気絶した後、自動的に魔法が解除されたのか、鎧は砂に形を変えて、消えてなくなってしまった。後に残ったのは、変身前のライガの姿だけであった。
リックの命令により、兵士達は気絶した彼を縄で縛り上げ、拘束した状態で陣地内に運び込んだ。その後、戦場を見てまわっていたリック達が、敵兵の襲撃にあった事が兵士達より伝わり、彼の無事を確かめようとした、配下の者達が集まって、こんな状況が出来上がったのである。
「喧嘩はよくないだよ。落ち着くだよ」
「そうや、ゴリオンの言う通りやで。毎度の事でいちいち怒鳴ってたら切りないわ」
「実際そうなんだけどね。でも見てよエミリオ君を、激おこだよ?」
今回の作戦に参加した、帝国軍の主だった面子。
参謀長の両腕であるレイナとクリス。帝国軍の精鋭部隊を率いるヘルベルト。兵器開発の最高責任者であるシャランドラ。鉄壁にして剛腕の巨漢ゴリオン。帝国一の狙撃手イヴ。そして、帝国軍の頭脳である軍師エミリオと、新しく軍師として認められたミュセイラ。
皆がリックとライガのもとに集まり、やはりレイナとクリスが異議を唱え、エミリオがとても難しい顔をしている。イヴの言う通り、彼は激おこだ。
「君はどうしてそうも、自分から危険を抱えようとするのかな?私に教えて欲しい、その理由を」
「・・・・・・・」
「リック、目を逸らしても駄目だよ」
軍師エミリオのお説教。相手が参謀長であろうとも、関係ない。
そんな彼を恐れ、丁度傍に居たミュセイラの後ろに、こそこそと隠れるリック。
「私を盾にしないで下さいな」
「・・・・・・」
レイナ、クリス、エミリオの視線が、ミュセイラの背中に隠れた、リックへと集中している。彼は無言だが、三人を恐がっているのは、誰の目から見ても明らかだ。
「うっ・・・・・うーん・・・・・」
この状況で、ようやく目覚めようとしている、問題の人物。周りの声で目を覚ましたライガは、ぼんやりとした意識の中、もそもそと動き出した。
「なっ・・・・・・なんだこれ?」
目覚めたライガは起き上がろうとしたが、縄で縛られていたためそれが出来ず、自分がどうして縛られているのか、思考する。周りを見まわし、見た事のない場所と、見た事のない人物たちを目にし、最後にリックの姿を見つけ、彼はようやく気付く。
「オレ、捕まっちまったのかあああああああああああ!!!!」
驚きの余り叫び出すライガ。やはり、とても五月蠅い。騒音の域だ。余りにも五月蠅かったため、ライガの周りに集まっていた者たちが、全員耳を両手で塞いだほどだ。
「うるせぇ!!何だこいつ、騒音女並みか!」
「ちょっ、私はここまで五月蠅くな・・・・・・、って、そもそも五月蠅くないですわよ!」
「あっ!!お前はさっきの変な言葉遣いの女だな!!」
「変じゃないですわ!!」
自分の状況を確認出来たライガは、捕らえられているにも関わらず、無駄に元気がある。自分を縛っている縄から抜け出そうと、身体を動かしもがいている。
「くっ、縄を解きやがれ!」
「元気あるなあこいつ。隊長の一撃喰らって、生きてたって言うだけあるぜ」
「お前達が大悪党の手下だな!!正々堂々勝負しろ!!」
啖呵を切るライガだが、縛られていては何も出来ない。
しかし彼の戦意は、未だ健在である。リックに敗北したというのに、まだ戦うつもりなのだ。
「現れた時からそうでしたけど、その正義だの大悪党だのって何ですの?貴方もしかして、自称正義の味方とかですの?」
「自称じゃない!!オレはライガ・イカルガ、正義の味方を目指して修行の旅をしている戦士だ!!」
「それって、やっぱり自称ですわよね」
ミュセイラの指摘は尤もだが、彼は自分が正義の味方だと言って聞かない。
「オレの正義は負けない!こんな縄なんかあああああああああっ!!!」
縄で縛られていたライガは、大声で叫びながら、両腕に力を込める。無理やり、縄を引き千切ろうとしているのだ。
この場の皆は、そんな事は不可能だと思い、彼の悪足掻きを見ているだけだった。しかし、彼はやって見せた。気合と腕力だけで、身体を拘束していた縄を、引き千切ったのだ。
縄は頑丈で、縛り方もきつく締めてあった。決して易しい縛り方はしていない。
「よし!縄は解けた!!」
「こいつ、やりやがった!」
驚く一同。ヘルベルトの驚きの声の後、真っ先に動いたのは、やはりレイナとクリスであった。
左右からライガに襲いかかり、己の得物を構えて、彼を瞬殺しようとする二人。レイナの槍と、クリスの剣が、ライガの首を跳ねようとした、その時。
「殺すな」
「「なっ!?」」
命を奪おうとした直前。その一言で、二人の動きが止まる。
たった一言、殺すなと命令したリック。その一言で、槍と剣の切っ先が、ライガの喉元斬り裂く、寸でのところで止まった。本当にぎりぎりの、数センチもない距離だ。
「おいリック!!」
「頼む、そいつを殺さないでくれ」
「寝惚けてんのか!?こいつが今、何したかわかってんだろ!縄引き千切ってお前に襲いかかろうとしたんだぞ!!」
クリスの言う事は尤もだ。レイナも同じ考えである。
だからこそ二人は、自らが絶対の忠誠を誓う主を守るために、神速の速さで行動したのだ。それなのに、自分達の主は、ライガを殺すなと言う。クリスが怒るのも当然だ。
「多分、そいつは悪い奴じゃない。少なくとも命を奪う必要はない」
「参謀長!」
「頼むレイナ。クリスも剣を収めてくれ」
リックはライガの命を奪うつもりは無い。
その理由は、彼を敵ではないと、そう判断したからである。恐らく、話せばわかる人間だと直感したのだ。
命令を受けたものの、レイナとクリスは武器を収めない。切っ先に驚き、立ち尽くしてしまったライガを警戒して、得物を向けたままでいる。
「なあ、お前はどうして、俺の事を大悪党と呼ぶんだ?」
「!」
「確かに俺は、大悪党って呼ばれても文句の言えない人間だ。今まで俺がやってきた事は、大虐殺みたいなものだしな」
その言葉は、ライガを除く、この場の全員の心を苦しめる。ライガには理解出来ない、彼らの痛み。
「オレがバンデス国に居たのは、ジエーデルと戦うためだった」
理解出来なくとも、リックの言葉に何かを感じたライガは、戦う事を一先ず止めた。そして彼は、自らの事を語り出す。
「ジエーデルは悪逆の限りを尽くす、多くの人々を苦しめる国だ。だからオレは、皆を助けるためにバンデス国の兵士になった。そしたら、ヴァスティナ帝国と戦えって命令されたんだ」
「今回の戦いは、バンデスがエステランの要請を受けて起こった。バンデスの兵士になったのなら、仕方のない事だな」
「ああ。最初は、ヴァスティナと戦うのは嫌だった。悪い噂を聞いた事が無いし、南にある小さな国だって言うし、戦う理由は無いと思ってた。でも、出陣の前の日、バンデス王が沢山の兵士達を集めて、大声でオレ達に言ったんだ」
「何て言ったんだ?」
「ヴァスティナ帝国軍の参謀長は、自分の国の貴族を皆殺しにして、帝国を支配している独裁者だって言ってた。逆らう者は生かしておかず、人々を奴隷のように扱う、人の姿をした悪魔とも言ってた」
ライガがバンデス王に聞かされたのは、一種のプロパガンダである。
バンデスの敵はジエーデルであり、ヴァスティナは敵の対象ではない。しかし、エステランと同盟関係にある以上は、要請を簡単に断る事は出来ない。
よって、兵士達を納得させ、エステランとの共同戦線を張るためには、一芝居打つ必要がある。バンデス王が兵の前に出て、激励の意味も含めて演説をしたのは、このためである。
「ヴァスティナは盟邦エステランを脅かす、侵略国家である。特に、ヴァスティナの軍隊を指揮する男は、己の私利私欲のために戦火を拡大させる、鬼畜な男である」などと、兵士達に説明する。そうする事で、同盟国家の敵は、絶対に倒すべき存在だと思わせ、兵士達の戦意を煽るのだ。
ライガはこの演説によって、見事に乗せられてしまった一人である。帝国軍参謀長は、人々を脅かす大悪党だと信じた彼は、己の正義のために、戦場に赴いたのであった。
「リックが独裁者だと・・・・・、ふざけやがって」
「バンデス王か。エステランを討った暁には、必ず討ち取ってくれる」
「落ち着けお前ら、こんなのはよくある事だろうが。俺らだって同じような事してるぞ」
リックに対しての、バンデス王の言葉が許せず、レイナやクリスを始めとした、彼に忠誠を誓う者達の心に、打倒バンデスの戦意が漲る。しかし、歴戦の元傭兵であるヘルベルトからすれば、こんなプロパガンダは、戦争では当たり前の事だと、よく知っている。
怒っても意味は無い。こんな事は、何処の国でもやっている。帝国でも、当然のようにやっている事だ。
「で、他には何か言ってなかったのか?隊長の悪名が、どんな風に広まってるのか気になるぜ」
「あとは確か・・・・・・、頭がイカレてるとか。とんでもない女好きで、気に入った女の子を平気で誘拐するとか。病気レベルの変態だとも言ってたような気がする」
「何だよおい、全部知られてんじゃねぇか。ぶっわはははははははっ!!」
それを聞いて、腹を抱えて爆笑したのは、聞いた本人であるヘルベルトである。他の者たちの中には、必死に笑いたいのを堪えている者や、くすくすと小さく笑っている者もいる。
しかし、ヘルベルト以外の者たちは、とある気配に気付き、すぐに笑うのを止める。その気配とは、ご立腹の気配だ。
「ヘルベルト、お前減給」
「しまった!?」
大爆笑していたヘルベルトは、リックの減給命令により、自分がまたやってしまったのだと気付く。彼は、口は災いのもとだと学んでいるはずなのに、ついやってしまうのだ。
無表情だが、完全にご立腹なリック。今の彼の機嫌を直すのは、骨が折れる事だろう。
「オレ、何か不味い事言ったか?」
「いや、そんな事はない。それよりもライガ、俺はお前に聞きたい事がある」
減給を言い渡され、膝を付いて許しを請うヘルベルトを無視し、リックはライガと目を合わせる。彼の事を名前で呼んだリックは、自分が一番聞いてみたい事を聞くために、言葉を続ける。
「自分の正義のために、お前は俺を倒したい。これがお前の目的なんだな?」
「そうだ。でもオレ、わからなくなっちまったんだ」
「どうして?」
「大悪党だって聞いてたけど、オレはお前が悪党だと思えない。だってお前、皆に信頼されてる。オレが今殺されそうになったのも、お前が皆に好かれてるからだよな?」
ライガは単純で、騙されやすい男だが、感はいい。
聞いていた話と全然違う。そう感じた彼は、自分の倒すべき敵が、この男ではないと思い始めているのだ。
そしてリックは、彼に問う。自分が聞きたいと思った事を。
「お前、これからどうする?一応お前は、帝国軍の捕虜なわけだが、バンデス国に戻りたいか?」
「いや・・・・・・、オレは自分の目で確かめたい。バンデス王が言っていたのが真実なのか否かを、自分の目で見て確かめたい。戻るのなら、確かめた後だ」
リックが何を欲し、どうしてこんな問いをしたのか、その理由は誰もが知っている。エミリオなどは、大きく溜め息をついて、彼を説得するのを諦めた。
「どうするんだいリック?こう言っているけれど、彼は敵の兵士だよ」
「・・・・・・どうする?」
「やっぱり、何も考えていなかったんだね」
少なくとも、今のライガに戦闘意欲は無い。先程までと比べれば、危険は少なくなった。彼も大分大人しくしており、敵意は感じられない。
そんな彼を、これからどうするべきか?連れて来ておいて、何も考えていなかったリックは、エミリオの知恵を借りようとする。
やれやれと言った表情を見せながらも、リックのためにと、ライガの処遇をどうするべきかを考える、軍師エミリオ。何だかんだで、彼が帝国で一番苦労人であると言える。
エミリオだけでなく、他の者たちも、彼の処遇について思考する。一番最初に良い手を考え出したのは・・・・・・。
「じゃあさ、こんなのってどうかな♪♪」
こういう時、妙案を思い付けるのは、軍師よりも別の者達だろう。元気よく挙手して、案を出そうとしているのは、天才狙撃手イヴ・ベルトーチカである。
イヴが考えた案を語り出し、皆から賛否両論の声が上がったが、最終的にはリックが決断し、この案で決まる。
状況に付いて行けないライガを無視し、通称「イヴ案」は、こうして実行された。




