表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/499

第十八話 正義の味方 Ⅱ

 時を同じくして。

 エステランとバンデスの連合軍相手に、ヴァスティナ帝国軍が勝利を収めていた頃、本国ヴァスティナ帝国では・・・・・・。


「・・・・・・」

「気になりますか?戦況がどうなっているのか」


 ヴァスティナ城内、帝国女王の執務室。

 執務用の机に向かい、休まず職務に取り組み続けている少女がいる。特徴的な美しい黒髪と、漆黒のドレスが、彼女が何者かを示す。

 この少女こそ、ヴァスティナ帝国女王アンジェリカ・ヴァスティナである。彼女こそが、この国の支配者なのだ。

 

「ふふふっ、今頃は決着がついているのかも知れませんよ。帝国の勝利と言う形でね」

「そうでなければ困る」

「帝国軍は主戦力を投入しております。総指揮はリックが執って、作戦指揮はあの娘とエミリオです。レイナもクリスもいるのですから、負ける事は無い」


 勝利の報を待つ、女王アンジェリカの不安を取り除くため、安心させようと言葉をかけたこの女性。

 長く美しい金色の髪を持つ、深紅のドレスに身を包んだ、妖艶な笑みを浮かべる美女。彼女の名は、ヴァスティナ帝国宰相リリカである。

 帝国最凶。ヴァスティナの影の支配者。頼れる皆の姉御。自称であり事実の美人で自由な宰相。これらの異名は、どれも彼女を表す畏敬を込めた言葉だ。

 仕事を行ないながら、不安を感じて報告を待つアンジェリカと違い、カップ片手に、メイドに淹れて貰った紅茶を楽しむリリカ。これが大人の女性の余裕なのか、それとも、彼女が特別なのか。


「陛下、宰相の仰る通りです。我が国の戦力は、一年前とは比べものになりません。兵力は敵軍が勝りますが、兵の質ではこちらが上まわります。勝つのは我が国です」


 女王の傍に控えるメイド達。彼女達の長、と言うより指揮官である、メイド長ウルスラもまた、アンジェリカの不安を取り除こうと、気を遣う。しかし、彼女は気を遣ったと言うより、事実を述べたと言う方が正しい。元軍人である彼女は、自軍と敵軍の戦力を、正確に把握しているのだ。


「リリカ、ウルスラ。お前たちは強いな」

「陛下・・・・・・」

「ふふ、陛下も十分お強いですよ」

「そんな事はない。私は、お前たちがいなければ何も出来ない、無力な小娘だ。お前たちの支えがあるからこそ、私は女王として君臨していられる。情けない話だ」


 女王アンジェリカは、彼女達の前だけは、弱さを見せる。

 普段は一国を治める女王として、強く気高くあろうとしている。国と民を守るため、全てを背負うこの少女は、強く在らなければならない。

 しかし、リリカやウルスラは知っている。彼女は本当に強い少女だが、人として、多くを犠牲にして生きていると。その歳で少女は、自分のたった一つの人生を、帝国のために捨てたのである。

 だが、彼女だって人間なのだ。時には弱さを打ち明けたくもなる。


「ふふ、その言葉、リックには言ってあげないのですか?」

「・・・・・・言う必要がどこにある」


 リック。その名は、帝国軍参謀長の愛称だ。

 この国と彼女の、全てを変えた男。帝国の英雄であり、女王の剣。そして、アンジェリカが殺したいほど憎んだ、仇と呼べる存在。

 

「相変わらずですね。この前の暴力事件もそうですが、もう少し優しくしてやって欲しい。あれは、陛下の様に強くはないのですから」


 リリカの言う暴力事件とは、一か月半程前にヴァスティナ城内謁見の間で起こった、アンジェリカがリックに対して手を上げた事件の事である。

 あの日、彼女がリックを殴ったのは、私情によるものではない。帝国の人間を救った者への、まさかの仕打ちに対して、あの場で彼女は、リックを叱責する必要があった。言うなれば、あれは演出だったのである。叱責しなければ、女王の威厳に傷がつき、民の心が自分から離れてしまう、そのきっかけを作る恐れがあった。だからこそ、あの時彼女はリックを殴ったのである。

 その事は、勿論リリカもウルスラも理解している。当然、殴られたリック自身もだ。


「優しくなど出来ない。私は、あの男を・・・・・・・」


 そう言いかけて、彼女は言葉を止めた。それ以上先の言葉は、口に出してはならないからだ。

 特に、リリカの前では・・・・・・・。


「まあ、あれにとって、少女に殴られるのは御褒美みたいなのでしょう。次は蹴りでも宜しいかと」

「優しくしろなのか痛めつけろなのか、一体どっちだ」

「陛下にお任せしますよ。ふふ、んっふふふふふ」


 妖艶な笑みを浮かべて、彼女は笑う。少女とは言え、一国の女王の前であろうとも、この妖艶な美女は常に余裕だ。女王が自分の目の前で、執務に取り掛かっているというのに、堂々と紅茶を楽しんでいるのだから、恐いもの知らず過ぎる。

 だからこそ、彼女は頼りになる。帝国宰相は国の大黒柱だ。その大黒柱は、何者も恐れない、自称かつ事実の、美人で自由で天才な彼女だからこそ務まる。

 

「ならば、次からは銃で殴ってやるとしよう。リリカ、お前のを貸せ」

「嫌ですよ。あれは無駄に頭が固い。私の銃が傷ついてしまう」


 メイド達が、堪え切れずに吹き出して笑った。リックの頭の心配よりも、自分の銃の心配をするところが、本当に彼女らしくて、面白かったのである。

 いつも寡黙なアンジェリカの表情にも、少しだけ笑みが浮かぶ。その笑みを見て、メイド長ウルスラが微笑んだ。


「メイド長が、笑ってる?」

「うそ!?表情鉄仮面のメイド長が!」

「そっ、そんな事言ったら、後で怒られてしまいます」

「あらあら、明日は雨かしらね」

「・・・・・・・信じられない」


 ウルスラが微笑んでいる事に、とても驚いているメイド達一同。

 余りにも珍しい事なので、ついつい、余計な事を言ってしまう。


「・・・・・・お前達、後で裏に来い」

「「「「「!!!??」」」」」

 

 これは、帝国メイド長の暗号である。内容は「後でシメる、逃げるなよ?」だ。

 この後の事を想像し、恐ろしさでガクガクと震えが止まらない、メイド達一同。メイド長に怒られるのは慣れていても、恐いものは恐いのだ。


「ふふ、うふふふふっ」

「宰相、貴女まで・・・・・・」


 流石にリリカには手が出せず、溜息をついたウルスラ。

 彼女が珍しく微笑んだ理由を、リリカは理解している。アンジェリカが笑ってくれた事が、嬉しかったのだ。

 普段は厳しくとも、優しい彼女は、常にアンジェリカの事を気にかけている。

 あの日から、ずっと心を殺して生きているアンジェリカが、少しでも笑ってくれた。ウルスラに生きる意味を与え、彼女の希望だった少女の、たった一人の妹。彼女を想うあまり、今だけでも、アンジェリカが女王ではなく少女に戻ってくれる事に、嬉しさと喜びを感じたのである。


「そう怒るなウルスラ。メイド達も、悪気があったわけではない」

「しかし陛下・・・・・・」

「だが、常に教育は必要だ。上の人間に逆らう事が無いよう、厳しく指導してやれ」

「はっ」


 悲鳴を上げ、さらに恐怖に怯えるメイド達。やる気満々なウルスラの、鋭い視線がメイド達を捉える。

 その様を見て笑うリリカ。そんな彼女達を見て、アンジェリカが何を思うのか。


(皆、本当に頼もしく、優しい)

 

 申し訳ない気持ち。感謝の気持ち。

 二つの想いを胸に秘め、不安が晴れた彼女は、頼もしき彼女達と共に、安心して勝利の報を待った。






 そして再び、話は戦場へと戻る。


「オレの名前は、ライガ・イカルガだ!バンデス国に傭兵として雇われた戦士で、帝国の狂犬を倒すためにやって来た!宜しくな!!」

(((((聞いちゃいねぇよそんな事・・・・・・)))))


 兵士達一同、武器を構えて同時に思う。

 突然現れた、たった一人の襲撃者。名前を聞いたわけでもないのに、急に自己紹介を始める、青年ライガ。取り合えず、無駄に声がでかい。しかも、かなり馬鹿な奴だ。


「勝負しようぜ!オレはいつでも準備万端だ、リクトビア・フローレンス!!」

「・・・・・・」

「駄目です参謀長!ここは我らが!!」


 身に付けていた、武器や防具をその場に捨て出したライガは、丸腰の状態となって、拳を構える。この人数相手に、素手で立ち向かおうと言うのだ。


「武器は使わないのか?」

「雇われ者の兵士だったから、装備は無理やり持たされただけだ。オレの本当の武器は、オレ自身の身体だぜ!」

「無駄に暑苦しいですわね・・・・・・」


 ミュセイラの言う通り、とにかく無駄に暑苦しい。声はでかいし、テンションも高い。しかも、正義だの悪だのと、大声で叫ぶのだ。どう考えても、面倒くさい相手だろう。

 

「いくぞリクトビア・フローレンス!オレの正義の拳がお前達の悪の野望を--------」

「ふんっ」


 ライガが言い終わる前に、一気に距離を詰めて、先制攻撃をかけた男が一人。

 兵士達ではない。距離を詰め、油断していたライガの顔面目掛け、勢いを付けた拳を放った男。その正体は、やはり参謀長リックである。

 ライガを己の拳で殴り飛ばし、一発で黙らせる。宙を舞い、三十メートル以上は殴り飛ばされた、ライガの身体。地面に叩きつけられ、後頭部を思いっきり地面に打ち付ける。

 

「ごふっ!!!??」


 リックの驚異的な身体能力から来る、一撃必殺の拳で殴られたのだ。もう、起き上がる事はないだろう。


「容赦ないですわね。せめて、全部言い終わるまで待ってもいいのではなくて?」

「油断している奴が悪い。それに、先手必勝とも言うだろ」


 まさかの、いや、予想は出来たはずだ。参謀長であるリック自身が、自ら襲撃者を撃退して見せた。驚き半分、呆れ半分で、自分たちの指揮官を見つめる兵士達。完全に呆れているのは、新軍師ミュセイラだ。

 リックの言う事は最もだが、何も、最高指揮官である彼が、自ら手を下す必要はない。それでも彼が、自分から進んで敵を倒すのは、仲間を危険に晒したくない、気持ちの表れである。


「もういいですわ。あれを受けては立ち上がれないでしょう。これで終わり--------」

「まだだあああああああああっ!!」


 あれだけ威力のある攻撃を受けて、立ち上がる事が出来る人間など、普通はいない。故に誰もが、もう終わったと思っていた。

 だがしかし、青年は雄叫びを上げて立ち上がったのである。殴られたせいで流れ出た鼻血を、左手で拭いながら、彼は真っ直ぐリックを見据える。その目の闘志は、未だ消えてはいない。


「ちょっと油断しちまった。やっぱり、悪党だけあってやる事が卑怯だな!!」

「油断してたお前が悪い」

「負けない!オレはお前に絶対負けないからなああああああああああっ!!!!」


 超熱血なこの青年。ライガと名乗った彼は、戦場に響き渡る程の声で、大声で叫ぶ。

 あれだけ威力のある攻撃を受けても、彼は全く堪えていない。寧ろ、戦意を漲らせ、戦う気満々である。


「正義は決して折れはしない!改めて勝負--------」

「それっ」


 再び一気に距離を詰め、今度はライガの腹部目掛け、同じように拳を放つリック。今度こそ、この青年を黙らせようと、必殺の一撃が放たれる。


「!」

「二度も同じ手は食わない!!」


 二度目の攻撃は防がれた。拳は命中したのだが、ライガは腕を交差させ、防御の姿勢を取り、リックの一撃を完全に防いだのである。しかもライガは、常人を超えたリックの一撃を、その場で受け止め切ったのだ。その場から吹き飛ばされず、地に足をついて、避けずに受け止め切った。

 こんな事が出来る人間は、帝国軍内でも極僅かしかいない。恐ろしい事にライガは、リックの驚異的一撃を、気合と根性と底力で受け止め切ったのである。


「思ったよりやるな」

「そっちもな!!」

 

 反撃のため、今度はライガが、攻撃を仕掛けようとした瞬間、リックはすぐさま距離を取る。反撃を受けないために、一瞬で後退を判断したのだ。

 

「指揮官でありながら、自ら最前線で戦う狂犬。そう言う噂は聞いていた!」

「そうか」

「まさかここまで強いとは思わなかった!正直油断してたぜ!!」


 元気過ぎる。たった一人で、この敗北した戦いを逆転させようとしている、人間の元気さではない。しかも彼は、自棄になっているわけではなく、大真面目で戦っているのだ。

 ある意味、鉄のメンタルと言えるだろう。


「次は本気でいく。殺されても恨むなよ」


 次にリックが放とうとしている攻撃は、全力を込めた一撃である。先程までの一撃は、六割程度と言ったところだ。確実に息の根を止める一撃を、ライガ相手に放とうとしている。

 先程までとは違う、リックが纏い出した、圧倒的な殺気。その殺気に動じないライガは、殺気ではなく戦意を漲らせ、彼に応えて見せる。


「オレも本気を出す。勝負だ、リクトビア・フローレンス!!!」


 ライガは大声で叫ぶと、右手を自分の胸に当て、目を瞑る。


「装備!!」


 彼が一言そう言った瞬間、彼の周りに異変が起こる。

 戦場の土が舞い上がり、ライガを中心に、風が舞い上がった。さらに、ライガがその場に捨てた装備や、兵士の屍が身に付けていた装備が、突如として形を崩し、砂の様になって、彼の周りへと集まっていく。

 主に、鉄製の装備品が突然分解されて、砂鉄に姿を変えたのだ。砂鉄となって舞い上がったそれは、同じように舞い上がった砂と混じり合い、ライガの身体に付着していく。

 付着した砂が形となっていき、ライガの身体を包み込んでいく。腕や脚、胸や頭に、形を成した砂が纏う。砂は銀色の鉄板に姿を変えて、ライガの鎧となった。

 そう、これは鎧なのだ。彼だけが身に纏う事の出来る、彼だけの鎧。


「!?」

「装備完了!!」


 ライガの全身は、銀色に輝く、如何にも分厚そうな鎧に包まれた。重装甲の騎士とも言える、その姿。彼は自分の周りの物質から、新しい鎧を作り上げたのである。


「・・・・・・魔法だな。しかも、特殊魔法の一種か」

「そうだ!オレはこれを、変身魔法って呼んでるぜ!この全方位絶対防御アーマーが、お前を倒す切り札だ!!」


 言うだけあって、見た目は弱点の無さそうな、完全防御の鎧である。 

 自分を鉄壁の重装騎士と変え、技を披露したライガは、これを変身の魔法と呼んだ。彼は、ローミリア大陸でも珍しい魔法の使い手であり、魔法の基本属性に当てはまらない、特殊魔法の使い手である。

 変身の魔法と呼ばれたこの能力は、確かにライガの姿を変えた。先程までの無防備な状態とは真逆で、見た目はとても堅そうで、強そうだ。

 ただ・・・・・・。


(何だか、色々とダサいですわね・・・・・・)


 率直なミュセイラの意見。

 変身の掛け声や、鎧の名前が、彼女的にはダサいと感じたのである。


(何か、ア〇〇〇マンのプロトタイプみたいな格好だな・・・・・・・)


 ライガの変身後の姿を見て、こんな感想を抱いたのはリックである。

 彼は間違っていない。確かにライガの姿は、ア〇〇〇マンのプロトタイプ以外の、何者でもない。銀色に輝く鎧・・・・・・、いや、装甲と呼んだ方が正しいだろう。全身装甲化されたライガは、マ〇〇ルコミックのヒーローに変身した。ツッコミどころ満載である。

 何が何だか理解できず、立ち尽くしてしまった兵士達。意外と冷静なミュセイラ。切り札を出したライガは、やる気十分で戦闘態勢に入る。

 

「オレの正義が光って唸る!お前を倒せと輝き-------」

「黙ってろ」


 これで三度目だ。

 やはり、ライガが台詞を言い終わらぬ内に、空気を読まず、一瞬で距離を詰めての攻撃。リックは右手の拳を、装甲で覆われたライガの顔面目掛け、殺気を込めて放った。

 この展開は流石に三度目であるし、次もまた、リックの一撃を見切って、すぐに防御の体勢を取るライガ。装甲化された両腕を、顔の目の前で交差させ、リックの一撃に備える。

 リックの一撃は、完全に装甲に阻まれてしまう。誰もがそう思った瞬間。


「!?」


 放たれた拳は、ライガの装甲に衝突しなかった。気が付くと、迫っていたリックの拳が、目の前から消えている。攻撃を待っていたライガは、腕を交差させる防御の姿勢だったために、視野が狭められていた。そのせいで、気付くのが遅れてしまったのである。

 リックの放った一撃が、ライガを騙す為の、フェイントであった事に。


「遅い」


 気付いた時は手遅れだった。

 殺気を放ち、渾身の一撃を放つかの様に見せたのは、ライガの防御を、顔面にのみ集中させる為の、上手い芝居だったのである。放つ直前で拳を戻し、体勢を変えて、無防備となったライガの腹部へと、拳ではなく脚を放ったリック。

 右足に力を込めて、必殺の足技を放つ。蹴りは狙い通り、ライガの腹部に直撃し、彼の身体がくの字に曲がる。ライガ自身が体験した事のない、凄まじい衝撃が彼を襲う。全身装甲化された彼の身体が、何十メートルも先に蹴り飛ばされた。

 

「ぐはっ!!?」


 全力疾走の軍馬に撥ねられる以上の、何もかも規格外な、必殺の一撃。

 その蹴り方は、例えるならば、赤い彗星の一撃そのものであった。


「酷い・・・・・・」

「絶対死んだな、あれ・・・・・・」

「参謀長、明らかに本気だったよな」

「あの身体の曲がり方は即死だろ」


 蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられ、次は起き上がれない。一部始終を見ていた兵士達は、「次こそ絶対に死んだ」という共通の感想を抱きながら、念のため確認に向かう。

 死んでいるかどうか、兵士達が確認のため、倒れたライガのもとへと向かって行く。予想も出来なかった、とんでも襲撃者との戦いは、これで終わった。


「ふう・・・・・・」

「馬鹿で助かりましたわね。特殊魔法の使い手でしたから、もっと苦戦するかと思いましたの」


 確かにミュセイラの言う通り、ライガは単純な男だった。諸突猛進、熱血一直線と呼んでもいい、そんな男である。

 リックの事を大悪党と呼び、自分の正義がどうのと言っていた、特殊魔法の使い手ライガ・イカルガ。彼はバンデス軍に雇われたと、自ら公言していた。恐らく傭兵であったのだろうが、バンデス国に関する情報を、少なからず持っていたかも知れない。生かしたまま捕縛しても良かったが、もう手遅れだ。

 常人を超えた身体能力を持つ、帝国の狂犬の、必殺の一撃を受けた以上、彼が二度と立ち上がる事はないだろう。


「楽じゃなかった」

「えっ?」

「馬鹿で、隙だらけで、無駄に五月蠅かった。でも奴は、決して弱くない」


 戦ったからこそわかる。戦いを見ていたミュセイラ達からすれば、ライガはリックに為す術なく、簡単に倒されてしまったと映るだろう。しかし、戦った本人であるリックは、決してそうは思わない。

 ライガのタフさは、常人の域ではない。恐らく彼の身体は、相当鍛えられているのだろう。重装甲の鎧を纏っても、その重さに耐えられる身体や、リックの一撃を受けても尚、立ち上がる事の出来るタフさは、常人の域ではない。

 リックは彼を称賛しているのだ。あっさり勝利したが、だからと言って、ライガの事を馬鹿にはしない。


「参謀長!この野郎生きてます!!」


 ライガの生死を確認していた、兵士達の一人が、驚きの余り叫んでしまう。

 誰もが、彼は死んだと思っていた。しかし実際は、リックの一撃により蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられた、二つの衝撃により、気絶していただけであった。

 纏っていた鎧の蹴られた部分は、完全に破壊されてしまっていたが、彼は生きている。リック渾身の一撃は、確かにライガに直撃した。普通の人間ならば、間違いなく死んでいる。だが、彼は生存していた。

 重装甲の鎧が彼を守っていたが、リックの蹴りは、その装甲を破壊している。攻撃は、ライガの身体に通っていたはずだ。それでも尚、彼は生きている。

 

「気絶してるだけだ。まだ息がある」

「しかもこいつ、ほとんど無傷だぞ。あり得ねぇ・・・・・・」


 兵士達が、信じられない生き物を見たような、そんな目で気絶したライガを見ている。ミュセイラも、開いた口が塞がらない状態だ。しかし、彼らと違う反応を見せた者が、この場にただ一人だけいる。


「面白い・・・・・・」


 皆に聞こえない声で、そう呟いたのはリックだった。

 そして彼は、ほんの一瞬だけ、口元に笑みを浮かべた。彼が狂った時に見せる、邪悪な笑みを。

 その一瞬の笑みを、ミュセイラは見逃さなかった。


(笑えるのですわね、貴方も・・・・・・)

 

 彼女は彼の、笑った顔を見た事がない。この邪悪な笑みを見るのも、これが初めてだった。

 ミュセイラが驚いている中、倒れて気絶しているライガ近付き、彼を見下ろして、リックは兵士達に命令を下す。


「こいつを捕縛しろ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ