第十八話 正義の味方 Ⅰ
第十八話 正義の味方
「なんだよ・・・・・、これ」
戦場の真ん中で、男が一人、呆然と立ち尽くしている。
男の周りには、無数の屍が地面を覆い隠していた。驚くべきは、その屍のほとんどが、先程まで自分と共に戦っていた、味方であった事だ。
「生き残った奴は・・・・・・いないのか・・・・・」
気が付けば、この戦場で生き残ったのは、彼一人だけとなっていた。
彼が生き残れた理由は、戦闘中味方の屍で躓き、転倒して運悪く頭を打って、気を失ってしまったからである。倒れていたおかげで、敵兵に死体と間違われ、しかも幸運な事に、敵味方に踏みつぶされる事もなかったお陰で、偶然生き残れたのである。
しかしこの現状は、生き残れた幸運を喜ぶ事が出来ない、最悪の状態。
味方はゼロ。戦闘は恐らく、自軍の敗北で終わったはずだ。まだ近くに敵兵がいるかも知れない。この先どうすれば良いのか、全く思い付かない。
わかっているのは、自分はまだ戦えるという事だけだ。
(味方が負けたとしても、オレが敵の総大将を倒せば、それで逆転だ・・・・・・!)
状況は最悪。しかも、味方は敗北し、生き残りは撤退を開始しているはず。確かに彼の考える通り、この絶望的な状況下で逆転するには、それしか手はない。
いや、それしか手はないが、現実的に考えて、出来る事と出来ない事がある。
「やるか・・・・・・!」
味方の屍で埋め尽くされた、戦場の真ん中。絶望的状況にも関わらず、彼は戦意に満ち溢れている。
敵軍の陣地が方角へと、前進を開始する。目指すは、敵軍総大将の撃破。
生き残った男による、たった一人での反撃が始まった・・・・・・。
南ローミリア絶対防衛線。
肥沃な大地に恵まれた、南ローミリア大陸。この地方は、今も昔も他国に狙われ続けている。特にここ最近は、何度も敵対国家の侵略を受け続けていた。
そのため、南ローミリアを治める国家群は、敵対国家との国境線近くに、強固な防衛線を構築し、敵国侵攻時の防衛戦略を用意した。
これにより、南ローミリア国家群は敵対国家による侵攻を、今日まで退けてきたのである。今回の戦闘も、南ローミリア国家群の勝利に終わった。一年前の大国侵攻時の教訓が、それまで争いとは無縁だった国家群に、防衛陣地と防衛戦略の必要性を認識させたのである。
「終わりましたわ」
戦闘終了後の戦場跡を、十数人の兵士達が見まわっている。その兵士達の先頭を歩く、二人の人物。
一人は兵士の制服を来た女性である。その制服の腕には腕章が付いており、ローミリア語で「見習い」と書かれている。
もう一人は男だった。見た目は二十歳位であり、彼は他の兵士達を率いて、戦場を見てまわっている。
「報告によると、残党を追撃していたミカヅキ隊とレッドフォード隊は、無事帰還したそうですわ。追撃作戦は成功し、敵戦力を予定通り削り取れたと、報告を受けましたの」
「こちらの損害は?」
「追撃部隊の死者はいないとの事です。怪我人は何人かいるようですが、命に別状はないそうですわ」
「そうか」
追撃作戦の成功よりも、味方の損害の方が気になっている。この男の癖みたいなものだ。
とは言え、今回はこの男だけでなく、報告をした彼女自身も、味方に死者が出なかった事に、心の底から安堵している。その理由は、今回の戦闘は、自分が初めて指揮したものであるからだ。
彼女の名は、ミュセイラ・ヴァルトハイム。南ローミリアの盟主、ヴァスティナ帝国の見習い軍師である。
「自軍の損害は最小限。敵軍には壊滅的な損害。お前の作戦あってこそだ」
一通り戦場を見渡した彼は、今回の功労者の一人である、ミュセイラを労った。
彼らの立つ、この戦場跡で行なわれた戦闘。南ローミリアに存在する、周辺の友好国と共に戦った、ヴァスティナ帝国。この南ローミリアを狙い、再度の侵攻を行なった、エステラン国。
この二国による戦いが、彼らの立つ戦場跡で行なわれ、最終的には、ヴァスティナ帝国の勝利に終わったのである。
「私の作戦が成功したのも、皆さんの力あってこそですわ。ミカヅキさんやクリスティアーノさんが、一騎当千の戦いを味方の前で披露したからこそ、私たちは勝利を収めたのです」
今回の戦闘は、侵攻した敵軍に対し、友好国から補給線などの支援を受けた、ヴァスティナ帝国軍が迎撃に出撃した戦いである。侵攻してきた敵軍は、宿敵エステラン国の同盟国、多民族国家バンデスの軍隊だった。
バンデス国とは、エステラン国と軍事同盟を結ぶ国家である。この国は、大陸中央の独裁国家、ジエーデル国の存在が生み出した、比較的新しい国である。
ジエーデルの侵攻によて、故郷を滅ぼされた生き残りが集まり、独裁国家に対抗するため築き上げた国なのだ。
復讐に燃える人々や、帰るべき場所を失った人々。時には、様々な国の敗残兵などが集まり、エステラン国の支援を受けて、建国を果たした。国自体はそれ程大きくない、歴史の浅い国家だが、国全体が打倒ジエーデルに燃えており、その軍事力は侮れない。
ジエーデルの侵攻により、滅亡にまで追い込まれた国家群の、生き残った残党軍の多くが集まり、この国の軍事力となった。寄せ集めとも言えるが、ジエーデルへの憎しみを力としている彼らは、高い戦意を有している。小国ながら、軍隊の実力は確かだ。
この二国は、対ジエーデル戦が発生した場合、軍事同盟に則り、連合軍を編成して戦う。今まで、何度も侵攻を繰り返してきたジエーデル相手に、二国は連合軍を編成して戦った。ジエーデルが強大になっていく中、それでも尚、エステランが滅ぼされなかったのは、バンデス国の戦力があってこそである。
バンデス国の勇猛果敢な戦い方が、何度もエステランの窮地を救い、ジエーデルの侵攻を退け続けた。エステランとバンデスの軍事同盟は、ジエーデルが未だにエステランを攻略出来ない、大きな理由の一つである。
しかしこの二国は、今回ジエーデル相手に戦ったのではなく、ヴァスティナ帝国を相手に戦った。その理由は、エステランの要請があったためである。
エステランはヴァスティナ攻略のために、数回に渡りこの地方へ侵攻し、敗走し続けてきた。ヴァスティナ連合軍、と言うよりも、ヴァスティナ帝国軍の精鋭が、エステラン軍を何度も打ち破ったのである。そのため今回の侵攻では、勝利のためにバンデス国の戦力を用意した。バンデスの高い戦意を持つ兵士ならば、今度こそ、帝国軍を撃破できると考えたのである。
「バンデスの兵は強かった。確かにレイナとクリスは、一人で百の敵と戦える。だが、バンデス兵相手に、いつもと同じ事が出来たとは思えない。お前の作戦指揮があったからこそ、レイナとクリスも戦い易かったはずだ。それと、今回の作戦指揮、エミリオも褒めてた」
「えっ、メンフィス先輩が!?」
ミュセイラが目を輝かせて、男の言葉に胸を躍らせる。
軍師見習いである彼女は、帝国軍人として働きつつ、彼女の先輩軍師に当たる、帝国軍軍師エミリオ・メンフィスの下で、戦略や戦術を学んでいる。その先輩に褒められた知り、興奮が抑えられないのである。
彼女の立場からすると、軍師エミリオは先輩であり上司だ。そして彼女は、エミリオの事を尊敬している。
初めてジエーデル国が、この地方へ侵攻を開始し、ヴァスティナ連合軍とジエーデル軍が激突した、「南ローミリア決戦」。この戦いで連合軍を指揮したのが、軍師エミリオ・メンフィスである。
圧倒的な戦力差。しかも敵の指揮官は、他国にも名の知れた名将であった。
彼はその時、初めて大規模な戦闘を指揮した。それぞれの国の戦力をまとめ上げ、帝国の癖のある精鋭を使いこなし、大胆にも、実戦で使用した事のない兵器まで持ち出し、極め付けは、大陸全土を利用して、ジエーデルの侵攻を退けた。
「南ローミリア決戦」と呼ばれる、この戦争の詳細な情報を調べ上げた彼女は、それ以来エミリオの事を尊敬し、彼を師と仰いでいる。
尊敬している先輩軍師から、今回の采配を褒められた事が、歌い出したくなるほど嬉しいミュセイラは、先程まで行なわれていた、戦闘の経過をを思い出す。
(私の考えた作戦が、こうも上手くいくなんて・・・・・・)
今回の戦闘は、始まる前から勝敗が決していたと言っても、過言ではない。
エステランとバンデスの連合軍。彼らの作戦は、突撃からの後退、そして反撃であった。
彼らの作戦内容は、まず、バンデス軍の突撃部隊が、展開している帝国軍に突撃を敢行する。突撃部隊は帝国軍部隊深くまで突撃し、包囲される寸前のところで後退する。無闇に突撃し続け、包囲殲滅される事に気が付いて、慌てて後退し始めた、間抜けな部隊を演じてだ。
後退する突撃部隊を、帝国軍が追撃してくれば、作戦は次の段階へと進む。追撃してきた部隊を、挑発しつつ上手く誘い込み、待機させて置いた奇襲部隊で、攻撃をかける。帝国の追撃部隊を攻撃し、逃がさぬよう包囲してしまえば、追撃部隊救出のために、帝国軍全体が確実に動く。
味方の救出のために、進軍してきた帝国軍を、左右から包み込むように包囲していく。追撃部隊と救出部隊を包囲殲滅し、帝国軍の戦力に損害を与え、戦局の流れをエステランとバンデスに持っていけば、後は簡単である。
兵力差を活かして進軍し、残りの帝国軍部隊に総攻撃をかける。この時、帝国軍本隊目掛け、バンデス軍騎兵隊が左右より奇襲をかける。三方向からの同時総攻撃をかける事で、帝国軍に混乱を与えつつ、そのままの勢いで殲滅してしまおうと言うのが、エステランとバンデス両軍の作戦であった。
しかしこの作戦は、軍師エミリオ旗下の諜報部隊によって、帝国軍に伝わっていた。作戦に関する、大体の情報を得たエミリオとミュセイラ。今回の作戦は、ミュセイラが立案する事になっていたため、彼女はこの情報を基に、敵の作戦を逆手に取ろうと考えた。
ミュセイラの作戦。まず彼女は、戦力の配置を慎重に決めた。突撃して来るバンデス軍を、正面から迎え撃つ役は、帝国軍最強の盾、剛腕鉄壁のゴリオンと、彼の率いる部隊が受け持つ事となった。勇猛果敢なバンデス兵を、正面から受け止める事が出来るのは、彼しかいない。
戦闘が開始され、予定通りバンデス軍突撃部隊が攻撃をかけた時、ゴリオン旗下の迎撃部隊は、その力を存分に発揮して、突撃部隊に大打撃を与えた。ゴリオン旗下の兵士達は、全員重装備で出撃し、突撃部隊を迎え撃った。全身に鎧を纏い、ランスと盾で武装した兵士達は、その防御力とランスを活かして、バンデス兵の攻撃を耐えつつ、味方同士で連携して、次々とバンデス兵を討ち取っていった。
そしてゴリオンは、その巨体と剛腕を活かし、いつもの様に巨大な斧を振りまわして、バンデス兵を薙ぎ倒したのである。
突撃部隊は目的を達成する事が出来ず、逆に大きな損害を被ってしまったため、後退を始めた。後退を始めたバンデス軍突撃部隊へ、ミュセイラは追撃部隊投入を指示する。追撃部隊に選ばれたのは、帝国軍精鋭部隊、元傭兵ヘルベルトが率いる鉄血部隊と、元オーデル王国王都守備隊所属の兵士達である。
彼らはミュセイラの指示で出撃し、予想外の損害を受けて、慌てて後退する突撃部隊へ追い付き、叩き潰した。追撃部隊は全員が、戦場で鍛えられた精鋭である。彼らはバンデス兵よりも強く、士気も高い。特に鉄血部隊の面々は、戦争こそが生き甲斐の壊れた人間達だ。戦意を挫かれ、逃げ惑うように後退するバンデス兵など、彼らの敵ではなかった。
突撃部隊の危機的状況を救うため、救出に動いたのは、エステランとバンデスの連合軍だった。連合軍は、正面から救出部隊を進軍させた後、左右から部隊を展開させ、帝国軍精鋭部隊を包囲殲滅しようと動いた。救出に動かしたのは、帝国軍部隊を奇襲するはずだった部隊であり、この時点で、連合軍の作戦は完全に破綻したと言える。
しかし、兵力は依然連合軍の方が上であり、当初の作戦計画が失敗したとしても、ここで帝国の精鋭部隊を殲滅出来れば、勝機はまだ十分にあった。そして、作戦が失敗した場合の策も、連合軍は用意していたのである。
だがミュセイラの作戦は、連合軍の二手三手先を行く。帝国軍追撃部隊は、連合軍の救出部隊が進軍を開始した瞬間、すぐさま後退を開始した。当然これはミュセイラの指示であり、勝利のための作戦の一環だ。
包囲される前に後退を完了した、帝国軍追撃部隊。三方向から同時に迫っていた連合軍は、獲物を見失う形となったため、目標を切り替え、そのまま帝国軍本隊を、三方向から攻撃しようと動いた。
しかしこのままでは、正面のゴリオン率いる迎撃部隊が、彼らを阻む大きな障害となってしまう。そこで登場するのが、連合軍の隠していた策である。その策とは、魔法兵部隊の投入だった。
雷属性魔法兵部隊を展開させ、ゴリオンの迎撃部隊目掛け、雷属性の魔法を放つ。剣や槍を防ぐため、全身を鉄製の防具で覆っていても、電気を防ぐ事は出来ない。ゴリオン自身もそれは同じだ。
連合軍はまず、雷属性魔法兵部隊を展開し、雷魔法攻撃で帝国軍迎撃部隊を壊滅させ、炎属性魔法兵部隊の火炎放射攻撃で、帝国軍本隊に損害を与えていく。その後、帝国軍本隊を三方向から包囲殲滅するのが、連合軍の作戦だった。
だがこの作戦も、ミュセイラは読んでいた。帝国軍の精鋭相手に、敵軍は何かしらの切り札を用意していると予想していた彼女は、その切り札を黙らせる策も、しっかりと用意していた。
連合軍が魔法兵部隊を展開した瞬間、ミュセイラが指示して展開させた部隊は、帝国一の狙撃手イヴ・ベルトーチカ率いる、帝国軍狙撃部隊であった。
弓や魔法の有効射程外から、この部隊は敵魔法兵部隊を狙撃した。まさに一方的な攻撃であり、特に、狙撃部隊の指揮官イヴは、一人で連合軍の魔法兵部隊指揮官達を、全員討ち取って見せたのである。魔法兵部隊の攻撃が始まる前に、狙撃部隊が攻撃を加えた事で、敵魔法兵部隊は撤退を余儀なくされた。
切り札を失った連合軍は、最早バンデス兵の勇猛果敢さに頼るしかなく、総攻撃に全てを懸けた。それに対してミュセイラは、総仕上げにかかったのである。
帝国軍本隊に、左右から迫った敵連合軍。ここでミュセイラは、満を持して、帝国軍最強の戦力を出撃させた。右翼と左翼から、突撃を敢行した連合軍目掛け、身を潜めていた二つの部隊が動く。槍兵を集めて編成された部隊が、右翼の敵へと攻めかかり、剣兵を集めて編成された部隊が、左翼の敵へと攻めかかる。
両翼から迫った敵部隊を、帝国軍本隊の戦力を活かして、左右から挟み込むように攻撃をかける事で、敵部隊を挟撃する形を作り上げたのである。例えるならば、サンドイッチだ。帝国軍本隊を中心に、両翼から迫った敵を、別の部隊で挟み込んだのである。
挟撃は見事成功し、敵連合軍は大混乱に陥った。さらに、両翼から迫った敵連合軍は、槍兵部隊指揮官レイナ・ミカヅキと、剣兵部隊クリスティアーノ・レッドフォードによって、壊滅状態に追い込まれた。
二人はそれぞれの戦場で、率いる部隊の兵士達と共に、その武を存分に振るった。二人はいつも通り、一騎当千の力を振るい、いつも通り無双した。二人の活躍は、味方の士気を最高まで引き上げ、帝国軍は敵連合軍を、見事に蹴散らしていったのである。
戦いの流れは完全に帝国側に傾き、エステランとバンデスの作戦は失敗した。
両翼から迫った敵部隊は、各個撃破され、正面から迫った部隊は、ゴリオンとヘルベルトの部隊が、連携して撃破して見せた。敗北を悟った敵連合軍は、撤退の指示を出し、急いで退却し始めた。
撤退を開始した敵連合軍へ、更なる損害を与えるべく、ミュセイラは追撃命令を出し、通称ミカヅキ隊と通称レッドフォード隊を、敵の追撃へと当てた。追撃は成功し、両部隊は敵に更なる損害を与え、先程帰還を果たしたのである。
この戦いは、ヴァスティナ帝国軍の勝利に終わった。全軍を指揮し、作戦を立案したミュセイラは、軍師としてのその力を、存分に披露したのである。
「先を読んだ、良い作戦だった。個々の実力を把握して、その力を正確に活かしていたし、部隊の展開の仕方も問題なかった。エミリオがそう言って褒めてたぞ」
「そんな・・・・・・、私がこの作戦を立案できたのは、メンフィス先輩の手に入れた情報のお陰ですわ。それに、この作戦は個々の戦闘力に頼り過ぎていましたの。こんなものは、良い作戦だったと言えませんわ」
彼女は口にしなかったが、自分がこの作戦を成功させる事が出来たのには、もう一つ、大きな理由がある。今回の戦いにおいて、帝国軍の指揮権はミュセイラに任された。彼女は今回が初めての実戦であり、帝国軍のほとんどの兵士は、彼女の軍師としての能力を知らなかった。
見習い軍師の初の実戦。そんな人間に、自分たちの命を預けなければならない、前線の兵士達。普通ならば、見習い軍師などに、自分たちの命を預け、全ての指揮を任せるなど、兵士達からすれば納得のいかない話だ。見習いだと侮り、彼女の命令を聞かない兵士もいるだろう。
しかし実際は、帝国軍全兵士はミュセイラの命令に、忠実に従った。そのお陰で、帝国軍は勝利出来たのである。
レイナやクリスを含む、帝国軍全兵士が見習いである彼女の命令に、忠実に従った理由。それは、今彼女と共にいる、この男のお陰である。
(参謀長、あなたが兵士達にあの命令を下したからこそ、私は思い通りに作戦指揮が出来ましたのよ)
彼女と共にいる男。帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスが、作戦開始前、全兵士に通達した命令は、「今回の戦闘指揮権はミュセイラ・ヴァルトハイムにある。よって、彼女の命令は絶対だ」と、命令を下した。
帝国軍最高責任者である、参謀長の命令は絶対なのだ。この命令があったからこそ、この作戦に参加した全兵士は、見習い軍師の命令を聞いたのである。作戦を成功させる事が出来たのは、兵士達が彼女の命令に従い、作戦通りに動いたからであった。
「意外と謙虚なところは、お前の美徳だな」
「意外とは余計ですわ」
「お前は良くやった。反省するのは後にして、とりあえず休んだらどうだ?」
彼は笑う事が無い。寡黙な表情のまま、彼女に労いの言葉をかける。
ミュセイラは彼の笑う姿を、今まで見た事が無い。どうせ労ってくれるのならば、笑みの一つでも浮かべて欲しいと思いながら、張り詰めていた肩の力を抜く。
戦いは終わった。戦後処理がまだ残っているが、とりあえずは一段落出来る。息を大きく吐いた彼女は、溜め込んでいた緊張や不安を、息と共に吐き出した。
「ミュセイラ」
「はい?」
「女王陛下が与えた機会を、お前は見事に活かして見せた。約束は果たそう」
「!!」
「見習いは卒業だ。正式に、お前をヴァスティナ帝国軍軍師と認める。陛下には俺から伝えておくから、今日からお前は---------」
「やりましたわあああああああ!!!」
彼が言い終わらぬうちに、嬉しさの余り、己のキャラを忘れ、喜び叫ぶ帝国軍新軍師、ミュセイラ・ヴァルトハイム。
何事かと驚く、周りの兵士たちの視線に気が付き、嬉しさでガッツポーズを決めていた彼女は、恥ずかしさに赤面しつつ、冷静さを取り戻す。だが、彼女がここまで喜ぶのも、無理はないかも知れない。
帝国の軍師となるため、遥々大陸中央からやって来た彼女は、見習い期間を経て、ようやく目標を叶えた。見習いから今日まで、半年も経っていない。帝国に来て、帝国軍見習い軍師となって、一か月半程経っての、スピード出世である。
それでもこの一か月半は、彼女にとって、苦労の多い長い時間であった。今までとは違う国での、今までとは違う生活に、慣れるまでがまず大変だった。そして、軍隊の基礎的知識や、戦略と戦術の勉強を自主的に行ないつつ、毎日毎日朝早くから夜遅くまで、事務仕事と勉強を繰り返す日々。彼女はそんな毎日に耐えて、ようやく叶えたのである。
ヴァスティナ帝国軍の軍師となる、己の目標を。
「・・・・・・」
「・・・・・・ごほん、少々取り乱してしまいましたわ」
「今のが少々か」
「いちいち五月蠅いですわよ。ほんと、毎回毎回一言多いですわね、参謀長」
「・・・・・・やっぱり、合格は取り消し-------」
「おっおっおっ、お待ちになって下さいまし参謀長閣下様。今のは場を和ませるためのジョークみたいなものでしてよ。本気になさらないで下さいまし、おっほほほほほほ」
寡黙な表情は変わらないが、時々彼は、こんな風に不機嫌になって、彼女に反撃する。
彼女も彼女で、自分の上司であり、帝国軍の最高指揮官である彼に、ついつい余計な事を言ってしまう。そのせいで、偶にこうなる。
「参謀長、そろそろ陣地に戻られた方が宜しいかと」
「そうだな。戻ったら事後処理に取り掛かる。ミュセイラ、お前は少し休んでからでいい」
護衛の兵士の言葉を受け、彼は陣地へと戻ろうとする。ミュセイラに気遣いの言葉をかけ、部下である兵士達共に、この場を後にしようと振り返った、その時。
「待ったあああああああああああああああっ!!!!」
戦闘は終わった。誰もがそう思っていた時、その男は現れた。
戦場跡に響き渡った、若い男の大声。声の主は、陣地へと戻ろうとしていた、彼らを呼び止める。
何事かと振り返る彼が目にしたのは、一人の男の姿。見たところ、歳は十代後半の青年であり、ぼろぼろになった服を着て、息を切らしながら、戦意に満ちた視線を向ける。
服装から考えて、帝国軍の兵士ではなく、エステランかバンデスの兵士だろう。帝国軍兵士の戦闘服を着ていない以上、そうとしか考えられない。つまり、突然現れたこの男は、帝国の敵だ。
「敵襲だ!」
「御下がりください参謀長!!」
「いいか、相手は一人だが油断するな。まだ敵が潜んでいるかもしれん!」
護衛の兵士達が、参謀長と新軍師を守るべく、武器を構えて戦闘態勢に入る。
目の前の敵を警戒しつつ、更なる襲撃が無いか、周りにも注意を向ける兵士達。よく訓練されているだけあり、突然の襲撃者相手でも、帝国軍兵士である彼らの対応は早い。
たった一人相手でも、決して油断しない。彼らは皆、優秀な兵士だ。
「見つけたぞ!!大悪党、帝国の狂犬リクトビア・フローレンス!!!」
真っ直ぐ腕を伸ばした青年は、人差し指を立てて、自分が狙いを定めていた存在へと向け、大声で叫ぶ。
青年は、この敗北した戦いに勝利を齎す為に、最後の勝負に出た。この戦いの勝敗を、引っ繰り返す事の出来る、最後の方法。それは、ヴァスティナ帝国軍事実上の最高指揮官、リクトビア・フローレンスを討ち取る事である。
「貴様!我が国の英雄が大悪党だと!?」
「ふざけるなよ死にぞこないが!!今すぐ討ち取ってやる!」
「参謀長、ここは我らにお任せを!この無礼で不埒で死にぞこないの糞餓鬼は、我らが黙らせます!!」
やる気、と言うより、殺る気と言うべきか。自分たちが忠誠を誓う、帝国の英雄を侮辱された事で、目の前の敵を生かして帰すつもりがない、護衛の兵士達。
忠誠心のせいか、意外と血気盛んな彼らに守られながら、リクトビアとミュセイラは、青年から目を逸らさない。二人は、突然現れたこのたった一人の敵に、興味を抱いていた。
「さあ、勝負だ大悪党!オレの正義の拳が、お前の野望を打ち砕いて見せる!!」
この時、リクトビアとミュセイラは同じ事を思った。「こいつ、多分めんどくさい奴だ」と。




