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第十七話 新しい明日へ  後編 Ⅳ

 女王アンジェリカに付いて行き、城の外に出たミュセイラ。

 アンジェリカが歩き続け、目指した先は、美しい花々が咲き乱れる墓地だった。

 

「どうして、こんな所へ?」


 アンジェリカは何も答えない。ただ彼女は、一つの墓標の前に立ち、見つめ続けているだけだ。


「・・・・・・」


 墓地には、沢山の墓標が立てられている。色取り取りの花が咲き、墓地を美しく彩って、幻想的な空間を創り出していた。

 その空間の中で、アンジェリカは一つの墓標を見つめたまま、声も出さず動かない。ミュセイラは彼女の後ろに控え、その墓標に刻まれた名を読み上げる。


「ユリーシア・ヴァスティナ・・・・・・」


 墓標に刻まれたその名は、ユリーシア。その名前には聞き覚えがあった。


「確か、帝国の前女王の名前・・・・・・。陛下、もしやここは・・・・・・」

「・・・・・・そうだ。ここには私の姉、前女王ユリーシアが眠っている」


 この墓地には、帝国に忠誠を誓った者達が眠っている。

 今は亡き、帝国に仕えた騎士や兵士、文官等が眠る墓地。帝国と王族に忠誠を誓い、生涯を捧げた忠臣達は、この墓地に手厚く葬られている。

 本来ここは、王族が葬られる墓地ではない。だが、前女王ユリーシアが残していた遺書には、自分が死んだ時はここで眠りたいと、そう書かれていた。

 彼女は亡くなる前、自分が死ぬ時は、美しい花々に囲まれ、帝国のためにその身を捧げた者達と、共に眠りたいと願っていた。それを叶えるべく、現女王アンジェリカと参謀長リクトビアは、彼女をこの地に葬った。

 

「姉様は優しかった。強く、優しく、この国と民を誰よりも愛していた」

「それは・・・・・・、陛下も同じですわ」

「貴様は何も知らない。本来私は、この国の女王に相応しくない人間だ」


 謁見の間では、あれ程威厳に満ち溢れていた彼女も、ここでは一人の少女に還る。今は亡き姉を想い続ける、一人の妹へ・・・・・・。

 

「貴様は、覚悟を持っているのか?」

「えっ・・・・・・」

「ここには、帝国のために忠義を尽くした者達が眠っている。この墓地の墓標の数だけ、国と王族に忠誠を誓った者達がいた。この意味が分かるか?」


 アンジェリカが何を言いたいのか。

 それは、ここに連れて来られた理由と関係している。


「貴様は帝国と私のために死ねるのか?ここに眠る、多くの忠義者達の様に」

 

 女王アンジェリカは、ミュセイラの覚悟を聞いている。

 帝国の生まれでなく、帝国の民でもない。そんな貴様が、国と民と女王のために、その身の全てを捧げる事が出来るのかと、彼女は聞いているのである。


「宰相マストール、騎士団長メシア・・・・・・」


 前女王の墓標から視線を外し、別の墓標に視線を移しながら、刻まれた名を読み上げるアンジェリカ。

 その名前は、帝国を守り続けた、忠臣達の気高き名である。


「ロベルト、ケント、ガリバロ、モーリス、ガレス・・・・・・」


 次々と刻まれた名を読み上げる。帝国を守るため、戦いで散っていった兵士達の名も、彼女は読み上げる。

 アンジェリカは、宰相マストール以外の彼らの事をよく知らない。しかし彼女は、心の底から彼らに感謝している。自分の愛した、大切な姉の事を支え続けてくれた者達。感謝しないなどあり得ない。


「多くの者達が、守るべき者達のためと思い、その身を捧げた。お前にそれが出来るのか?」


 問われた覚悟。

 ヴァスティナ帝国軍に加わると言う事は、その身の全てを、国と女王に捧げる事を意味している。

 ミュセイラには、帝国と女王にその身を捧げる理由がない。帝国にとっては敵国である国の生まれで、帝国の事をまだ何も知らない彼女には、この国の軍隊として生きなければならない、特別な理由はない。

 ただ、行き場を失ったと言うだけで、この国の軍隊に入ろうとする理由。父を殺された復讐のために、帝国の軍師になろうとしているのか?


「たぶん・・・・・・、私には出来ませんわ」


 正直に、ミュセイラは答えた。アンジェリカの言う覚悟など、自分は持つ事が出来ないと。


「ここに眠る、多くの英霊の方々の様に、この身を国や陛下に捧げるなんて、私には出来ません」

「ならば、軍師になるのは諦めろ。だが、行き場がないのであればこの国に住むといい。生活のために職も与えよう」


 やはり帝国の女王は、噂通りの人物だ。

 帰るところのない、敵国の娘一人のために、生きていくための居場所を与えてくれる。その優しさは嬉しい。しかしミュセイラは、そんなものを欲しない。


「陛下のお心遣いには感謝致しますわ。ですが私、そんなものが欲しくて態々こんな小国へ訪れたわけではありませんの」


 またも彼女は、一国の女王陛下に対して、命知らずの発言をした。

 若さ故の過ち。いや、若さ故の命知らずと言うべきか。今の彼女には何を言っても無駄なのだ。自分がこうしたいと思う事に、ただ真っ直ぐ突き進んでいる。

 義務や責任があるわけではない。使命でもなければ、運命でもない。彼女には、絶対に軍師にならねばならない理由はない。

 それでも、今の彼女にとって、この思いは絶対的なものだ。軍師になれなければ、自分は死んでしまうと考える程の、絶対的な思い。若さ故の、極端な思い込みだ。


「私、今までずっと軍学校に通っていましたの。軍人だった父の背中を見て育ちましたので、私自身も、軍人に憧れていましたから、軍学校での勉学の日々はとても充実しておりましたわ」

「・・・・・・」

「ですけど今の私には、自分が今まで培ってきたものを活かす場所がありませんわ。この国を目指したのは、自分の学んだ事を最も活かす事の出来る、新しい居場所だと思ったから・・・・・・」


 父が死に、母と生き別れたあの日。自分が一人になってしまった事を理解した時、彼女は泣いた。

 泣いて泣いて、ずっと涙を流し続けた。純粋に悲しくて、恐ろしかったから、涙が止まらなかった。父と母が居なくなってしまった事が、悲しくて恐ろしかったのである。

 生まれ育った国で過ごした、あの温かな時間は、永遠に失われてしまった。そして、この世界で自分が、たった一人となってしまった事が、どうしようもなく怖かったのである。

 この悲しさと恐ろしさのせいで、彼女は泣き続けた。一日中泣き続けて、涙が乾き切った後、彼女はある事に気が付いた。

 この先、自分はどうやって生きていけば良いのかと・・・・・・。


「私には軍学校で学んだ知識を活かす以外、生きていく術を見つけられませんの。もしかしたら、別の道もあるのかも知れません。私が思いつかないだけで、選択肢は他にもあるのでしょう」

「それがわかっていて、どうして拘る?」

「理由は簡単ですの。ただ私が、頑固者なだけですわ」


 泣き続け、涙が枯れた後、冷静になった彼女は思った。

 これからどう生きていくべきなのか?頼れる当ては無く、助けてくれる存在もいない。このまま故郷から逃げ続けても、いずれは軍警察の追手が自分を捕まえにやって来るだろう。追手に捕まれば、そこで全てが終わる。

 ならば如何するべきなのか?当てもなく彷徨った彼女は、辿り着いたとある街で、こんな話を耳にした。

 「大陸の南に、大国の侵略を何度も退けた小さな帝国がある」と言う話だ。彼女はその国の名前を知っていた。自分の生まれ育った国は、その国と戦争をした事がある。だから彼女は知っていた。

 小さな帝国の名は、ヴァスティナ。大国の侵略を何度も退ける、謎多き小国。

 自分の生まれ故郷は、急速に軍事力を拡大させている、大陸中央の最大国家である。かつて存在した大国、オーデル王国すら滅亡させた、大きな国だ。そんな国を相手にヴァスティナは、侵略の魔の手を二度も退けた。

 去年の春頃から、帝国は大きな戦争を経験し、滅亡の危機を何度も回避した。その戦争に関する情報は、彼女が通っていた軍学校にも伝わり、彼女だけでなく、多くの者達を驚かせたのである。

 一番驚き、帝国に大きな興味を持ったのは、ミュセイラ自身だった。あんな小さな国が、どうやって大国の侵攻を打ち破って見せたのか?そこに大きな興味が湧いたのだ。

 戦略や戦術など、帝国の経験した戦争についての詳しい情報は、軍学校にも伝えられなかった。そのせいで、余計に興味を持ってしまったミュセイラは、街で帝国の話を耳にして、その事を思い出したのである。

 折角学んだこの知識を活かす事の出来る、新しい居場所。どうせ行く当てのない、このままだといつかは追手に殺される、そんな命。ならば、悔いが残らないよう、精一杯生きたい。


「貴様も同じか」

「同じ?」

「いや、貴様はあの男とは違う。まだ引き返せるのだからな」


 あの男とは誰の事か?何となく直感で、彼女は理解する。

 女王アンジェリカの言うあの男とは、参謀長リクトビアの事だ。何が同じで、何が違うのか、ミュセイラにはわからない。


「どうしてなんですの?そこまで嫌っていて、彼を配下に置く理由ってなんですの?」

「・・・・・・」


 彼女は何も答えない。

 言いたくない理由でもあるのか?それとも、言葉にする事が出来ないのか?

 どちらにせよ、彼女が何も答えない以上、その言葉の意味は、自分で考えなければならない。

 

「ウルスラ」

「はい」


 二人から少し離れ、女王の護衛をしていたウルスラを呼ぶ。彼女は返事を返すと、アンジェリカに近付き、その傍に控えた。この場にはウルスラの他に、離れたところで、数人のメイド達も護衛に就いている。

 護衛の筆頭であるウルスラを呼んだ。つまりそれは、話の終わりを意味している。


「ミュセイラ・ヴァルトハイム」

「はっ、はい」

「一度だけ、貴様に機会を与えよう」


 覚悟は無い。忠誠心も愛国心もない。そんな彼女が持っているものは、今まで学んできた、軍事的知識だけ。

 女王アンジェリカは、彼女の持つ能力を試す、チャンスを与えるつもりなのだ。


「軍師となって、帝国に勝利を齎して見せろ。それが出来た時、正式に貴様を帝国軍師と認めよう」

「!!」

「だが、これだけは言っておく」


 アンジェリカが彼女の方へ振り返り、鋭い視線で彼女の目を見た。

 

「その生き方の先で、貴様はいつか必ず後悔するだろう。お前はあの男達とは違う。それを忘れるな」


 ミュセイラにはわからない、彼女自身が歩む先に待つものが、アンジェリカには見えている。未来を見通す力があるわけではない。だが、わかってしまうのだ。

 ミュセイラはリック達とは違う。何が違うのかと問われれば、アンジェリカはこう答える。

 「あの男たちは死者、貴様は生者だ」と。


「・・・・・・後悔なんてしませんわ」


 女王アンジェリカの忠告。その言葉が癇に障り、彼女は忠告を受け止めなかった。

 後悔しない生き方をするために、自分はこの道を選んだ。しかし、目の前にいる自分よりも年下の少女は、この選択を必ず後悔する日がやって来ると言う。それが癇に障ったのだ。


「今はわからなくとも、いずれわかる日が来る。その時はもう、手遅れかも知れないがな」

「・・・・・・」


 それだけ言って、女王アンジェリカは彼女に背中を向け、墓地を後にするため歩み始める。メイド長ウルスラも彼女に続き、離れた場所で護衛していたメイド達も、女王の動きに合わせて後に続いた。


(小さな背中・・・・・・。でも、彼女はあの小さな背中に、人々の命と想いを背負っている)


 アンジェリカの存在が、とても大きく見えた。そして、彼女は自分よりも、ずっと大人なのだと知った。


(女王アンジェリカ・ヴァスティナ。陛下に頂いたこのチャンス、決して無駄には致しません)


 ミュセイラもまた、女王とメイド長の後に続き、墓地を後にした。

 ここに眠る、多くの英霊達に祈りを捧げて・・・・・・。






「ヴァルトハイム」

「はい陛下」

「貴様、昨日から一日中牢獄に捕らわれていたのだったな?」

「そうですが、それが何か?」

「・・・・・・臭うぞ」

「っ!!!!!????」






 それから数日が過ぎた。


(ようやくですわね)


 ヴァスティナ城内、とある部屋の前。

 扉の前に立つ、一人の女性。今日から彼女は、この部屋で仕事をしている男の下で、見習いとして働くのである。


「よし」


 この国を訪れた時に着ていた旅用の服装ではなく、今の彼女は、ヴァスティナ帝国軍兵士の制服を身に纏っている。制服の右腕には腕章が付いており、ローミリア語で「見習い」と書かれていた。

 この腕章は、発明家シャランドラが面白がって作ったものである。今日から共に戦う仲間として、その記念に贈られたものでもあった。

 最初は恥ずかしいと思っていたが、今は気に入っている。仲間の記念として贈られたものであるから、悪い気はしない。


「ミュセイラっち」

「おはよう♪ミュセイラちゃん」


 彼女が部屋に入ろうかと思った時、城の通路を歩く二人に偶然出会った。

 一人は、この腕章を作ったシャランドラ。もう一人は、ミュセイラがまだ会った事の無い人物、帝国一の狙撃手イヴだった。

 明るく無邪気で、とても馴れ馴れしい二人。不思議と不快には思わない。二人は彼女に対して好意的で、特にシャランドラは、この国で最初の彼女の味方だ。


「今日からやな。よろしく頼むで、見習い軍師殿」

「よろしくですわ、シャランドラさん」

「呼び捨てでええよ。さん付けなんてこっぱずかしいわ」

「僕も僕も♪イヴって呼んでね」


 無邪気に笑う二人。この二人の存在は、彼女にとっては救いだ。


「あっ、レイナちゃんだ」


 イヴが向いた先に視線を移すと、二人が現れた通路の反対側から、別の二人が向かって来ていた。

 彼女はその二人を覚えている。何故ならその二人は、彼女を捕まえ拘束し、牢獄にぶち込んだ者達であるからだ。


「レイナっちにクリスやんか。お揃いでどうしたん?」

「好きで一緒にいるわけじゃねぇ。偶々向かう先が一緒だっただけだ」

「おはようレイナちゃん♪今日も可愛いね」

「揶揄うな」


 帝国参謀長の両腕的存在。槍士レイナと剣士クリスが現れた。

 二人の警戒の視線が、真っ直ぐ彼女へと向けられる。未だにこの二人は、軍師見習いとなった彼女の事を、敵国の諜報員だと疑っているのである。


「ミュセイラっちには手出させへんで。レイナっちがメイド服着て猫耳付けて潤んだ目してお願いしても駄目やからな」

「僕、それすっごく見てみたい」

「お前達は・・・・・・」


 こんな調子だが、場の空気が少し張り詰める。

 シャランドラは彼女の前に出て、レイナとクリスから彼女を守ろうと動く。イヴも今回に関しては、シャランドラの味方だ。


「ちっ、めんどくせぇ」

「あーわかった。レイナちゃんとクリス君、リック君が心配でここまで来ちゃったんでしょ?」

「「!!」」

「なるほどな。二人とも同じ事考えとったから一緒だったんやな」

「こいつが俺を真似しやがったんだ!一緒にすんじゃねぇ」

「真似をしたのは貴様だ」


 彼女への敵意は何処へ行ったのか・・・・・・。

 槍士と剣士は、彼女へ敵意の視線をお互いに向け合い一触即発となる。とにかく犬猿の仲であるこの二人は、単純なのだ。だからいつも、シャランドラやイヴに揶揄われてしまう。

 もっともこの単純さは、二人の美徳でもある。


「ほらほら喧嘩しないで。レイナちゃん今日非番なんでしょ?僕と一緒にお買い物行こうよ♪♪」

「!?」

「クリスも暇しとるんならうちに付き合ってくれ。ちょうど新しい発明品の実験台が欲しかったんや」

「てめぇまだ懲りてねぇのか!?腕引っ張るんじゃねぇ、俺を巻き込むな!」


 シャランドラとイヴが、彼女から二人を遠ざけるために、レイナとクリスの腕を引っ張って行く。

 無理やり連れて行かれる二人。その背中を見送る彼女に、振り返ったシャランドラが、笑顔を浮かべて口を開く。


「頑張るんやで」


 シャランドラとイヴは、彼女を激励するためにここへ来た。

 これから先、幾多の苦難が待ち受けているであろう彼女を、勇気づけるために。


(ありがとう・・・・・・)


 彼女達を見送り、四人の姿が見えなくなって、彼女は再び扉の方を向く。目の前にあるこの部屋は、帝国軍参謀長執務室。この扉を開いた先に、彼女の求めた未来がある。

 大きく変わった彼女の人生。今日この日から彼女は、新しい明日へと歩んで行く。


「失礼しますわ」


 扉を開き、部屋の中へ足を運ぶ。

 そこで待っていた男へ向かって、彼女は凛と言い放った。


「本日付で軍師見習いとしてお世話になります、ミュセイラ・ヴァルトハイムです。不束者で頑固者ですが、宜しくお願い致しますわ」

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