第十七話 新しい明日へ 後編 Ⅱ
「奴は敵だぞ!てめぇ何考えてやがる!!」
「うちの命の恩人や!敵な訳ないやろ!!」
ここは帝国軍会議室。
学校の授業風景を思わせる机と椅子に、教卓と黒板が配置された、教室の様な会議室。ここで行なわれているのは、帝国軍幹部達による話し合いである。
「シャランドラ。気持ちはわかるが、あの女はジエーデルの人間だ。少なくとも、尋問を行ない全てを吐かせるまでは釈放できない」
「レイナっちまでなんや!うちが今も生きてるんはミュセイラっちおかげなんやで!それなのに、いきなり捕まえて豚箱にぶちこむとかないやろ!?」
訂正しよう、話し合いと言う名の喧嘩だ。
「そうだよね~、流石にそれはないかな」
「黙ってろ女装男子!てめぇはあの場にいなかっただろうが!」
「落ち着けって。ジエーデルの生まれって言っても、あんな女が諜報員なわけがねぇ。目立ち過ぎるし馬鹿正直すぎだ」
「元はと言えば、貴様があの女に道を教えたのが原因だ。どうしてそこで捕まえなかった」
帝国軍幹部達の激しい口論が続く。この場では現在、三つの勢力が出来上がっている。
ミュセイラ・ヴァルトハイムを、ジエーデルが送り込んだ諜報員だと考える者達。彼女は敵ではないとして、すぐさま釈放すべきだと訴える者達。そして、どちらにも属さない中立の者。これが会議室の、現状の対立構図である。
「オラ、あの人は大丈夫だと思うだ。リックも大丈夫だって言ってただよ」
「ゴリオン、たとえリックが問題ないと考えても、私達までそう考えるわけにはいかない。彼や陛下に危害が及ぶ可能性は、私達が取り除く必要があるんだ」
「しかしエミリオ殿、もしも彼女が諜報員だったとすれば、シャランドラ殿を助けはしなかったと考えます。こちらの信用を得るために助けたとしても、シャランドラ殿の存在は兵器開発の要です。もし彼女が敵ならば、あの場は見捨てる選択こそ正しかったはずです」
「セリっちの言う通りや。もし敵なら、あの時うちを助けたりせぇへん。これでもまだ怪しいって言うんか!?」
ミュセイラを敵だと考えているのは、帝国軍槍士レイナと剣士クリス。そして、帝国軍の頭脳である軍師エミリオだ。
逆に彼女を庇っているのは、発明家シャランドラや帝国軍一の巨漢ゴリオン、帝国軍精鋭部隊筆頭のヘルベルトに、帝国軍第四隊所属のアングハルトである。
敵だと考える者達の筆頭は、軍師エミリオである。逆に庇っている者達の筆頭は、発明家シャランドラだ。
エミリオ側にレイナとクリスが付いているのは、あの現場にいて、彼女の口から直接出身国を聞き出したからである。
シャランドラ側にいるゴリオン達は、ミュセイラと出会って実際に会話をし、彼女は怪しくないと判断した者達だった。
出身国が帝国にとって敵である存在、ジエーデル国だからこそ怪しいと考える、エミリオ派。出身がジエーデルだからと言って、諜報員だとは限らないと考える、シャランドラ派。この二つの勢力が、激しい口論を続けていた。
そして、どちらにも属さず中立の立場にいるのが、帝国一の狙撃手イヴである。中立の理由は、イヴは直接ミュセイラを見ておらず、あの現場にもいなかったからである。
「怪しいに決まってんだろ発明眼鏡馬鹿女!それも考えに入れて助けたかも知れねぇだろうが!」
「なんやてこの破廉恥脳筋ホモ剣士!怪しいわけないやろ!」
「怪しいって言ってんだろ、馬鹿野郎!!」
「怪しくないわ、ぼけぇ!!」
「怪しい!!」
「怪しくない!!」
言い争いが続き、解決は見えない。クリスとシャランドラの言い争いは、会議室の外まで響き渡っている。傍を通りかかった兵士達が、何事かと驚くほどだ。
「皆熱くなり過ぎ。いいじゃん別に、釈放しても」
「イヴ、君は中立ではなかったのかい?」
「もちろん中立だよ。だからね、釈放して見張りを付けるって事にすれば、それで全部解決じゃないのって思っただけ」
中立の立場にあるイヴの意見は、この場を治める事の出来る尤もな意見だった。
だが、イヴがそれを言ってしまうと、説得力がない。
「お前がそれを言うのか。元は諜報員だったお前が」
「まっ、まあ、あの時の事は忘れてよ」
「見張っていた我々を出し抜き、閣下の命を狙ったお前の前例がある以上、その意見は却下だ」
「ううっ・・・・・」
中立の立場からの、尤もな意見は過去の前例により却下された。仕方のない話である。
しかし、これでは話が先へ進まない。
エミリオ派としては、ミュセイラを今すぐ尋問し、その正体を探るべきだと考えている。尋問して、少しでも怪しいと判断したなら、彼女を拘束し続けるか、処理する必要がある。
逆にシャランドラ派は、今すぐ彼女を解放するべきだと訴えている。帝国軍幹部の命を救った恩人を、出身国が敵国であったという理由だけで拘束したとあっては、帝国軍の評判に傷を付けてしまう。軍の評判が悪くなれば、帝国全体の評判にも影響を与えてしまう。それを主張にして、ミュセイラの解放を訴える。
「私達はもう二度と、裏切り者を出すわけにはいかない。彼女を解放し、希望通り入隊させたとして、もしも彼女が裏切れば、私達はまた同じ過ちを繰り返してしまう」
「わかっとる!でも--------」
「君はわかっていないよ。思い出して欲しい、どうしてリックが今も苦しんでいるのかを」
それをこの場で持ち出すのは、卑怯かも知れない。誰も何も言えなくなってしまう。
全員が口を閉ざしてしまった。その沈黙を破ったのは、会議室の扉を開く音であった。
「お前達、ここに居たのか」
会議室に入室した者は、帝国軍幹部達全員が忠誠を誓う相手、参謀長リクトビアだった。
彼は自分の部下達を捜していた。その理由は、急ぎの命令を直接伝えるためである。
「何を話していたんだ?」
「例の女性、ミュセイラ・ヴァルトハイムについてだよ。彼女の処分について揉めていてね」
「そうか。なら、丁度良かった」
会議室にいる全員の顔を見まわした後、彼は命令を伝えようとする。
その命令が、どんな反感を買うかわかっていても・・・・・・。
「ミュセイラは釈放だ。誰か彼女を牢獄から出してやってくれ」
やはりと言うべきか、真っ先にその命令に異を唱えたのは、レイナとクリスだった。
「おいリック、正気か!?」
「どうか御考え直し下さい。未だ、あの女の正体はわかっておりません故」
二人の反対は聞かず、彼は視線をエミリオに向ける。
エミリオも二人と同じように、明らかに異を唱えたいという顔をしていたが、リックの目を見て諦める。
平行線だった会議は、たった一人の一言で、終了してしまった。
「参謀長の命令は絶対。二人とも、リックの命令に従おう」
「ちっ・・・・・」
「・・・・・・・」
エミリオ派の反対は無くなった。
その瞬間、ミュセイラ釈放に真っ先に動いたのは、彼女に命を救われたシャランドラである。
「感謝するでリック!すぐにミュセイラっちを豚箱から出してくるわ」
「怪我してるんだから無理するな」
「平気平気、大丈夫やって!ほな、言って来るわ」
まだ怪我が治りきっていないというのに、部屋を飛び出していくシャランドラ。
例の事件で重傷を負った彼女は、全身に包帯を巻いて、傷口には薬が塗られている。本来であれば安静にしていなければならないのだが、ミュセイラ釈放のために怪我の痛みを我慢して、会議で言い争ったのである。
「会議は終わりだ。全員解散して持ち場に戻れ」
これが、ミュセイラ釈放の二時間前の出来事である。
「そんな事があったんですの」
「あそこでリックが命令せぇんかったら、こんなに早く出してやれんかった。許してくれな、レイナっちは悪気があったわけやないんや。いきなり槍向けられてびびったやろ」
「とっても怖かったですわ。槍は向けられるし、殺気は恐いし、捕まえられるし、もう散々でしたわ」
釈放された経緯を聞かされ、自分の幸運に感謝しているミュセイラは、会議の場で自分を庇ってくれた者達に、心から感謝していた。
この国に訪れ、初めて出会った者達。ヘルベルト、アングハルト、ゴリオン、そしてシャランドラが、自分のために仲間達と争ったのだと思うと、胸が痛む。しかし、仲間達と口論してまで、シャランドラ達が自分を庇ってくれたという事実が、彼女は純粋に嬉しかった。
そう思うのも仕方がない。例の治癒魔法で治療し、怒りを買ってしまうのならば理解できる。だが、全く別の理由で拘束され、身に覚えのない事で疑われてしまったのだから、怒りたくもなった。
シャランドラ達は彼女を疑い、拘束したレイナ達と対立し、守ろうとしてくれたのだから、感謝もするし嬉しくも思う。
しかしそれよりも、気になる事がある。
参謀長リクトビアは、どうして自分をあっさり解放したというのか?彼女はそれが気になっていた。
「ん?なんやミュセイラっち、自分が解放された理由知りたそうやな」
「・・・・・顔に出てました?」
「顔に出てなくてもわかるで。いきなり捕まったと思ったら、今度は突然釈放やもんな。理由が知りたいんか?」
頷いて答えたミュセイラ。理由を知りたいと思うのは当然だ。
自分がどうして、参謀長命令により解放されたのか。解放されたのには、何か理由があるはずだ。その理由が、知りたかった。
「釈放した後どうしろとか聞いてないんやけど、理由が知りたいんやったら直接聞いてみたらええ」
「直接ですの?」
「そうや、うちが会わせたるわ。たぶんリックも、ミュセイラっちに会いたがってるはずやし」
初めからそのつもりだった。命令された時から、リックが彼女に興味を抱いているのは、勘でわかったのである。
彼は釈放命令以外何も言わなかったが、誰の相談も無しに彼が決めた事であるから、そう言う事なのだ。彼女に興味があるからこそ、すぐに解放したかったのだろう。
そう言う男なのだと、シャランドラはよく知っている。だからこそ勘が働いた。
「付いて来いや、執務室まで案内したるわ」
シャランドラが案内しようとしているのは、帝国軍参謀長の執務室。この時間ならば、彼はそこに居るはずだ。
恐らく彼は今日もその部屋で一日中、自分の職務に取り組むつもりだろう。
前はこうではなかった。あの日から、彼は変わってしまった。
何も知らないミュセイラは、シャランドラに案内されるまま付いて行く。己の目的のために、彼女自身がずっと会いたかった相手、リクトビア・フローレンスの執務室を目指し始めた。
「案内感謝致しますわ。それはそれとして、一つ質問したいのですけど」
「?」
「貴女の言葉遣い、絶対おかしいですわよ」
「余計なお世話や!!てか、ミュセイラっちがそれ言うんか!」