第十六話 新しい明日へ 前編 Ⅲ
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・何か喋りませんの?」
二人は歩く、城を目指して歩く。だが、二人の間に会話はない。
「喋る事なんて何もないだろ」
「それはそうかも知れませんけど・・・・・・。じゃあ、質問しても宜しいですの?」
「・・・・・・何を聞きたい?」
「そうですわね、ヴァスティナ帝国軍の参謀長って、一体どんな方なんですの?」
彼女、ミュセイラ・ヴァルトハイムは帝国軍に興味がある。特に、ヴァスティナ帝国軍全軍の最高責任者である、帝国軍参謀長に興味があるのだ。
「どうして俺に聞く?」
「だってあなた、非番を返上すると仰っていましたわよね?城に戻ると言っていましたし、貴方は帝国の政治もしくは軍事に携わっているという事でしょう。違いますの?」
「・・・・・確かに俺は、帝国の軍事に関わってる」
「なら、教えて下さいます?出来る事なら私、噂の帝国軍参謀長にお会いしたいんですの」
男は急に立ち止まった。彼女の言葉に、立ち止まってしまった。
だがすぐに、彼は歩みを再開する。
ミュセイラは理解した。このリックと言う男は今、ミュセイラの発言に対して動揺してしまった。彼は動揺を隠す事が出来ず、一瞬立ち止まってしまったのである。
「私が参謀長にお会いするのに、何か問題でもありますの?」
「・・・・・会ってどうするつもりだ?」
「教える理由なんてありませんわ。知りたいのでしたら、帝国参謀長について教えてくださらない?」
「随分と勝手な話だ」
「貴方に言われたくありませんわ。いきなり人を疑っておいて、失礼極まりないですわよ」
ミュセイラはこの男の事を、何も知らない。
それなのに彼女は、出会ったばかりの他人に対して、少々高圧的な態度を取っている。この国に訪れ、ずっと疑われてばかりで内心苛立っていたという理由もある。
だからどうしても、言葉や態度が少しきつくなった。
(でも、それだけじゃありませんわ。どうしてか私、この男を見ていると・・・・・)
言葉にし難い。彼女が感じているのは、軽蔑に似ている。
自分とは明らかに何かが違う。性別や見た目、性格も当然違うのだが、そういう事を言いたいのではない。
お互いの、心の奥底にあるものが違う。考え方や生き方が、恐らく二人はまるで違う。
ミュセイラの直感が、彼を敵だと警告しているのだ。その感情が、先程からの彼女の態度に隠れず現れてしまっている。
「どんな方なのですか、噂のリクトビア・フローレンスって?やっぱり、名前の通り女性ですの?」
「・・・・・・いや、男だ」
「そうでしたの?狂犬と呼ばれている方ですから、どんな女性なのかと思ってましたけど、男性だったんですのね」
「男だったら何か問題があるのか?」
「ないですわ。でも、狂犬なんて呼ばれてる位ですから、どんな恐ろしい方なのか気にはなりますの。子供が泣いて逃げ出すくらい、恐ろしい顔をなさっている方なのかしら」
まだ見ぬ、帝国参謀長の顔を想像するミュセイラ。
彼女の聞いた話では、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンスは、「帝国の狂犬」という異名で呼ばれている。どうしてそんな異名が付いたのかまでは、彼女も知らない。
異名から考えて、きっと恐ろしい姿をした人物なのだろうと、勝手に想像していた。だから、狂犬などと呼ばれているのだと、そう考えていたのだ。
「きっと、オーガの様な顔をした、粗暴で短気で、自分勝手な方なのでしょうね」
「・・・・・・」
これは、ミュセイラの挑発である。
彼女の聞いた話では、参謀長リクトビアは部下の信頼が厚く、英雄として尊敬されている、帝国軍の事実上の支配者であるという。
軍事に関わっているというこの男を、ミュセイラは試しているのだ。
恐らくこの男は、帝国軍事の重要な役職に就いている。彼女がそう予想する理由は、彼が一般の兵士には見えないためである。
先程の広場での出来事を思い返す。あの時彼は、一緒にいた巨体の男に対して、少し上からの物言いであった。リックと呼ばれた彼が、帝国軍事に関わっているというのであれば、ゴリオンと呼ばれていたあの男も、軍人である可能性が高い。
軍人であったと仮定すると、ゴリオンはリックの部下であると考えられる。つまり彼は、部下を持つ兵士であり、部下を持っているのならば、帝国参謀長と顔を合わせた可能性も高い。
一般の兵士だと、参謀長についての詳しい話は聞けないだろう。だが、部下持ちの責任者であるならば、参謀長と何かしらの話をしているだろうし、参謀長についての詳しい話を聞けるかも知れない。
だからこそミュセイラは、この場で彼を挑発し、反応を窺っているのだ。参謀長が噂通り、兵の信頼が厚い者であるならば、この男は必ず反論してくるはずだ。逆に反論して来ないのであれば、噂は間違っていた事になる。
英雄と呼ばれている自分達のリーダーが、何も知らない小娘に馬鹿にされれば、流石に黙ってはいられないだろう。もし何も反応を示さないのであれば、帝国参謀長は噂程ではないと言う事だ。
「俺も一つ聞きたい」
「?」
「お前のそのお嬢様言葉、使い方おかしいぞ」
「!!」
図星だった。
直球の挑発返しである。
「さっきから聞いてたけど、絶対使い方間違ってると思うぞ。無理して使ってないか、その言葉遣い」
「よっ、余計なお世話ですわ!私がどんな言葉遣いをしようと、あなたに文句を言われる筋合いはありませんの!!」
「誰も文句なんて言ってないんだが・・・・・・」
予想外の反撃に、仕掛けた本人が取り乱している。
「今言った言葉を訂正しろ」とか、「参謀長を馬鹿にするな」とか、そういう言葉を待っていたのに、言葉遣いの間違いを指摘された。
「俺がお前に文句があるとすれば、さっきからの挑発だな」
「気付いていましたの!?」
「普通気付くだろ。もしかして馬鹿なのか?」
「馬鹿じゃありませんわ!!ほんとーーーーーに、失礼な方ですわね」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」
ミュセイラはリックに対し、失礼な人間だと怒ってはいるが、挑発を見抜き、逆にお返しをしてきた事については、内心関心している。
彼女が今日出会った、この国の軍事に関わっている者達は皆、ミュセイラを驚愕させてばかりである。ヘルベルトという男も、あの女兵士も、巨体の男ゴリオンも、そしてこのリックという男もだ。
(なんだか癖のある方ばかりですけど、この国なら・・・・・きっと)
今日自分が出会った者達の事を、癖のある人間だと思っているが、自分自身も癖の強い人間だと、よくわかっている。
だからこそ彼女は思う。きっとこの国には、自分の求めていたものが必ずあるはずだと・・・・・・。
「とにかく!私は帝国参謀長について聞いていますの。教えてくれるんですの、くれないんですの!?」
「逆ギレかよ・・・・・・」
ミュセイラとの会話に疲れ、隠さずに溜息をつくリック。
それが益々気に入らない彼女が、頬を膨らませて彼を睨む。
「わかった、教えてやるからその顔やめろ。お前はリスか」
観念してと言うべきか、彼女との会話が面倒になり、早くこの話題を終わらせようと、ミュセイラの疑問に答えるために、口を開く。
「帝国の参謀長は、人間の屑だ」
「えっ、屑なんですの?」
「屑で下衆で、救いようのない奴だ。どうしてお前が参謀長に興味があるのか知らないが、これだけは言える」
「・・・・・・」
「たぶんお前は、参謀長に会ったら幻滅するぞ。それでも会いたいのか?」
今度は彼が、ミュセイラを試している。
いや、それだけではない。彼は事実を述べている。
事実を述べて、彼女が興味を持っている男を責めている。
「あなたは・・・・・、フローレンス参謀長が嫌いなんですのね」
「・・・・・・まあな」
「ごめんなさい、そうとは知らず、無理に聞いてしまって・・・・・・」
謝るミュセイラだが、彼の話を聞いても、その意思は変わらない。
「でも、会ってみたいですわ。あなたは屑だと仰いましたけど、それならどうして彼は慕われているんですの?貴方の言う通りの人間が、人の上に立つ存在になれるはずありません。あなたが屑だと思っても、私はそう思わないかも知れませんわよ?」
彼女の言う通りかも知れない。
これはこの男の考えであり、彼女も同じ事を考えるとは限らない。
「そこまで言うのなら、教えてやる」
「?」
「いいか、帝国参謀長っていうのは--------」
彼が言いかけたその時、大きな轟音が鳴り響いた。
大気を揺らし、地面が震える。それが爆発音であると、二人はすぐに気付く。
何事かと辺りを見まわすと、そう遠くない場所から、黒煙が空に向かって立ち上っていた。ミュセイラは知らないのだが、黒煙が立ち上っている地点には、帝国軍の重要施設がある。
「まさか!?」
「えっ!?ちょ、ちょっと置いてかないで下さいな!」
誰の目にもわかる、はっきりとした異変。その異変の正体に心当たりがあったのは、この男である。
彼はミュセイラを置いて駆け出し、黒煙の方を目指す。血相を変えて駆け出した彼を、ミュセイラが必死に追いかけるが、彼の足はあまりにも速過ぎた。全く追い付けない。
「お待ちになって!まだ話は終わっていませんわよ!!」
叫び訴えるミュセイラだが、話の続きなど、今の彼にはどうでもよかった。
頭の中で描かれる、最悪のシナリオ。これを回避するために、彼は全力で駆けていく・・・・・・。
やっとの事で、ミュセイラは彼に追い付いた。
駆け出した彼を追い、辿り着いた場所は、ヴァスティナ帝国軍の実験場である。
「何が起こったと言うんですの・・・・・・」
実験場は大騒ぎの状態だった。
兵士達が駆けまわり、事態の収拾に全力で務めている。命令を叫ぶ者や、怒鳴り声をあげる者達の喧騒で、事態の深刻さは彼女にも感じ取れた。
実験場の中心では、大きな黒煙が立ち上っている。黒煙の下には兵士が集まり、何やらよくわからない大型の発明品の残骸から、一人の少女を救い出そうとしていた。先程まで残骸は爆発により燃えていたが、兵士達の必死の消火作業により、火は消し止められた。
ミュセイラを置いて駆け出したリックが、発明品の残骸を持ち上げ、残骸の下敷きになっていた少女を引っ張り出す。助け出された少女は、全く動かない。彼女を助け出したリックが、残骸から彼女を遠ざけるために、少女の体を抱きかかえる。ゆっくり抱きかかえ、残骸から離れたところで、少女の体を一旦地面に優しく寝かせる。
リックへと近付いたミュセイラは、助け出された少女の姿を間近で見る。少女は眼鏡をかけており、歳は彼女とそう変わらないように見えた。
「シャランドラ!返事をしろ、おい!!」
この場の誰よりも必死なリックは、気を失っている眼鏡少女に何度も呼びかける。彼は冷静さを欠いているが、怪我人である少女を揺すりはしない。下手に身体を揺すれば、怪我を悪化させる危険があるからだ。
「うっ・・・・・・リック・・・・・?」
「気が付いたか!待ってろ、すぐに医者が来るからな!」
「だいじょうぶやって・・・・・・こんな怪我・・・・・ごほっ!」
「!!」
シャランドラと呼ばれたこの眼鏡少女は、意識を取り戻しはしたものの、口から血を吐いて苦しそうに咳き込んだ。
頭から出血し、着ている服は破れ、身体の至るところに傷がある。外傷が多く、見た目は明らかに重傷だ。しかし、彼女の怪我で一番酷いものは、外側にはなさそうだ。
「私に見せなさい!もしかすると・・・・・・!」
「・・・・・!」
黙って見ている事が出来なくなり、怪我に苦しむシャランドラの傍に膝をつき、彼女の状態を確認するミュセイラ。上着を脱がせ、彼女の身体を慣れた手つきで触り、身体の内側の状態を予想する。
「いけない・・・・・このままじゃ・・・・!」
「!?」
「この方、内臓のいくつかが破裂しているかも知れません・・・・・。すぐに医者が治療しても、恐らく助かりませんわ・・・・・・」
その言葉を聞いて、リックの顔色が真っ青になった。彼の恐れていた最悪のシナリオが、現実のものとなってしまったからである。
このままでは間違いなく、目の前の少女は命を落とす。
だが、シャランドラと呼ばれている彼女を救う術は、リック達に残されていない。すぐにこの場で手術を行なったとしても、手の施しようがない。
「リック・・・・・うち・・・・死ぬんか・・・・・?」
「死なせない!!絶対に・・・・・絶対にだ!!」
シャランドラは己の死を悟った。
リックの彼女を助けたい想いは、全くの無力である。彼の力では、彼女を死から救い出す事は出来ない。彼に出来る事を強いて挙げるとするならば、苦しみながら死を迎えようとしている彼女を、一刻も早く楽にさせる事だけだ。
「ごほっごほっ!!・・・・・・リック・・・うち・・・・」
「もう喋るな!」
「はは・・・・どうせ死ぬなら・・・・・・リックの腕の中で・・・・・」
冗談交じりの事を言って、彼を安心させようとしているが、彼女の命は風前の灯である。
この少女が助かるには、奇跡が起こるのを祈るしかない。
「くそっ!どうして俺は・・・・・・!」
何もできない。無力な彼は、死に逝く少女を助ける術を持たず、ただ喚くばかりだ。
(仕方がありません。こうなれば、彼女を救う方法は、たった一つ)
リックには救う術はない。だが、ミュセイラには術がある。
「私が治療しますわ!」
「・・・・・!?」
シャランドラを助ける義理など、ミュセイラにはない。それでも、目の前で傷つき苦しむ少女を、黙って見ている事などできはしない。これは彼女の、純粋な正義感だ。
「私の魔法なら・・・・・!」
シャランドラの身体に手をかざし、目を閉じて集中力を高めていく。すると、彼女の手から青白い光が現れ、光は少しずつ大きくなった。
「これは・・・・・!?まさか、魔法なのか・・・・・?」
「話しかけないで下さいまし!集中できませんの」
手の平に全神経を集中させ、魔力を一点に集める。青白い光が少女の身体を照らし、傷を癒していく。
(外側の怪我は通常の治療でも何とかなりますの。でも内側は、私の魔法でなくては・・・・・)
爆発の衝撃と、残骸に押し潰されたために、シャランドラの内臓は酷い損傷を受けた。
ミュセイラは自分の魔法能力を使い、臓器移植でもしなければ助からない、シャランドラの身体の内側を治療している。彼女の魔法は青白い光を放ち、損傷を受けた内臓を、急速に再生させていく。
「・・・・・よし、再生は順調ですわ」
「お前、特殊魔法の使い手なのか?」
「私の魔法は一種の治癒魔法ですの。人の自然治癒力を活性化させ、傷口を再生させていきますのよ」
約三分以上、シャランドラの身体に治癒魔法をかけ続け、損傷した内臓全てを再生させていった。
彼女の魔法は、所謂特殊魔法の一種である。魔法の基本属性である六つの魔法に該当しないものを、この大陸では特殊な魔法として扱う。
彼女の言った通り、この治癒魔法は人の自然治癒力を活性化させ、通常の何倍もの再生速度で、傷を治すのである。ミュセイラの集中力や、怪我の度合いにもよるのだが、大概の損傷は治癒できるのだ。
ただし、彼女が治せるのは怪我である。病気の類は治せない。
そしてこの魔法には、致命的な問題がある。
「終わりましたわ・・・・・・」
治癒は成功した。
切り傷や擦り傷、打撲などは治癒していないが、内臓の損傷は全て治癒できたため、シャランドラの命は救われた。この眼鏡少女は、ミュセイラの力によって救われたのである。
魔法に全神経を集中させ続けたおかげで、どっぷりと疲労感に襲われた。体中から力が抜けて、立ち上がる事が出来ない。
ここまでの重傷者を、魔法を使って治療したのは初めてであり、集中力と魔力を大きく消耗したのである。立ち上がれないほどの疲労を感じるのも、無理はない。
「うっ・・・・・・うち、死なんかったんか・・・・?」
「シャランドラ!」
一命を取り留めたシャランドラを、嬉しさのあまり抱きしめてしまうリック。
強く抱きしめられたせいで、まだ残っている怪我の痛みが奔る。
「いっ、痛い痛いっ!嬉しいんはわかるんやけど、もうちょっと優しく頼むわ・・・・・」
「シャランドラ。本当に・・・・助かってよかった・・・・・」
彼女の命が救われた事が、どうしようもなく嬉しい様子である。そのせいで、強く抱きしめてしまうのだ。そんな彼の気持ちを、理解しているシャランドラではあるものの、痛いものは痛い。
(なんだか異常ですわね。どうしてそんなにも、この少女を救いたかったのかしら・・・・・)
いや、自分の親や友達が命の危険に晒されれば、大抵の人間は救いたいと思うだろう。
シャランドラというこの少女は、リックの恋人なのか?そうであれば、あの異常なまでの必死さも、説明は出来る。
ミュセイラが彼を見て異常だと思った理由。それは・・・・・・。
「お前が死んだら・・・・・・俺はまた・・・・・・!」
「大丈夫やって・・・・うちはこの通り生きとるんやから・・・・・」
彼は自分よりも、彼女の命を大切に思っている。異常なまでに。
普通じゃないと、そう感じたのだ。もしもこの場で、自分の命を犠牲にすれば、この少女を助けられる状況だったのなら、彼は躊躇う事なく自分の命を差し出す。そう思えてならなかった。
(それにしても・・・・・、ここで一体何があったと言うんですの?)
リックという男にも、シャランドラという少女にも、気になるところは沢山あるが、今はこの二人よりも、気になっている事がある。
ミュセイラはこの場所が、帝国軍の実験場だとは知らない。
そして、ここで何があって、どうしてこのような状況が発生したのかも、見当がつかないのである。
この場所で何が起こったのか?
話は、爆発が起きる直前まで遡る。




