第十五話 野望 Ⅲ
大陸の各地で、様々な野望が燃えている。
このローミリア大陸の今を代表する国家。ゼロリアス帝国、ホーリスローネ王国、ジエーデル国などの国は、この先必ず戦争を経験する事だろう。
ある者は、己の目指す未来のために。またある者は、己の信じる正義のために。戦いという道も視野に入れ、思案している。
いつの日か、この大国同士が衝突する事もあるだろう。激しい戦争になるのは、目に見えている。
「王子、準備が整いました」
「遅い!準備にどれだけ無駄な時間をかけているのだ!!」
「もっ、申し訳ありません・・・・・」
三国以外にも、野望を持つ者たちは多い。この王子もそうだ。
元々彼には野望と呼べる者はなかった。ただ、自分の地位を利用し、好き勝手な人生を送る事が出来れば、それで満足であったのである。しかし去年、ある事件を経験した事により、彼には一つの野望が生まれたのである。
「何という体たらくだ。これでもし負けたら、責任は貴様たちにある事を忘れるな!」
「・・・・・・はっ」
怒鳴られている兵士の一人は、内心の怒りを堪え、王子の横暴に耐えている。周りの兵士たちも、内心の怒りを胸に秘め、そして思う。
「どうしてこんな自分勝手な愚か者の下で、これから命を懸けて戦わなければならないのだ」と。
「奴らには必ず報いを受けて貰う。殺すだけでは足りない、帝国参謀長とあの剣士は生かして私の前に連れて来るのだ。よいな!」
王子の名はメロース。エステラン国の第二王子である。
長い金髪が特徴的な、見た目だけなら美形の青年である。だが、彼の内面はエゴの塊で、御世辞でも好人物と呼びたくない人間だ。
国民からも兵士からも嫌われており、今回の戦いで、メロースが最高指揮官になると皆が知った時は、従軍した兵士のほとんどが、天を仰いで神に祈った。
「どうか、メロースを病にでもして下さい」。重い病にでもかかれば、戦争に行くのは不可能になるので、メロースが最高指揮官になるのは回避できる。そのため、誰もが神に祈ったのである。
それほどまでに、メロースはエステラン国の多くの人間に嫌われ、恨まれてさえいる。もしもここに、赤い糸を解けば恨みの相手を地獄に流せる藁人形でもあれば、誰も彼もが躊躇いなく糸を解くかも知れない。人を呪わば穴二つだとしても、絶対にこいつだけは地獄に流したいと思うだろう。
それもこれも、メロースが今まで行なった、自分勝手で非道な行ないの被害を受けていれば、無理もない話である。
「決して敗北は許さん!臆病風に吹かれて逃げ出す者は処刑する!必ずやあの忌まわしき国を攻め滅ぼし、私の前に奴らを跪かせてやる!!」
憎しみに燃えるメロース。彼はあの時受けた仕打ちを、未だに根に持っているのである。
だが彼は知らない。メロースのあの事件の事が、民たちの間で密かに話され広められて、話を聞いた誰もが好い気味だと思い、中には爆笑する者さえいた事を。
(いっそ帝国が、この馬鹿王子を討ち取ってくれれば・・・・・・)
エステラン王の命令であるから、エステラン軍の兵士たちは仕方なく従軍し、仕方なく戦うのである。正直、全体の士気は最悪だ。
エステラン軍の相手は、南ローミリアの盟主ヴァスティナ帝国である。帝国と戦う事になった切っ掛けは、このメロース王子にある。
メロースは帝国に恨みを持っている。彼は自分の父親であるエステラン王のもとへ赴き、ヴァスティナ帝国討伐を訴えた。帝国は現在、エステランにとって隣国のジエーデル国に次ぐ、敵対関係にある国家である。
メロースは自らの恨みを晴らすため、帝国の危険性を王に説いた。帝国をこのまま野放しにしておけば、いずれはジエーデル国と協力し、エステランへ侵攻を開始するかも知れない。それを防ぐためには、今攻め滅ぼしておかなければならないと、そう説いたのである。
メロースの説いた言葉に間違いはないが、王はこの時期に帝国と戦う事を考えてはいなかった。今の季節は冬であり、ゼロリアス程の過酷な環境ではないにしろ、戦争をするには適さない季節であるからだ。
だが王は、メロースのこの訴えを聞き入れ、彼に兵を与えたのである。これには、王の密かな考えがあるのだが、その事に気付かず、何も知らないメロースは、恨みの相手を滅ぼせると意気込んでいた。
王は自分の息子を、とある計画に利用したのである。
そして、メロースはともかく、従軍した兵たちはこの出兵には何かあると、薄々気が付いていた。
「裁きを下す時は来た。全軍に出陣を命じる!」
不満を抱える兵士たち。士気は最悪で、とても戦いができる状態ではない。この状態で戦えば、勝利の可能性は限りなく低い。
しかも相手は、あのヴァスティナ帝国であるのだ。
「待っていろ、必ずこの手で罰を与えてやるぞ」
王子メロースのやる気に反して、兵士たちの士気の低下は著しい。
それでもエステランの兵士たちは、戦わなければならない。何故なら彼らは、国と王に忠誠を誓った兵士である。それが彼らの義務であり、存在意義なのだ。
国境線で、二つの軍が対峙している。
侵攻を開始したのは、中規模の王政国家エステランの軍隊。対するは、南ローミリアの盟主ヴァスティナ帝国の軍隊。
帝国の友好国の一つ、チャルコ国の隣国がエステランであり、この二国の国境線で、両軍はこれより戦闘を開始する。
「参謀長、敵軍が動き出しました」
「そうか」
雪の降りしきる戦場。士気の高い、統率された帝国の兵士たち。
彼らは命令を待っている。自分たちが絶対の信頼を向ける、最高指揮官である男の言葉を。
「レイナ、寒くないか?」
「私の事はお気に為さらず。参謀長こそ天幕へお戻り下さい。御身体に障ります」
ヴァスティナ帝国軍所属、槍士レイナ・ミカズキは、自分が絶対の忠誠を誓う主の身を案じ、後方へ下がって欲しいと願う。
とは言え、自分の主が何と答えるのか、彼女にはもうわかっていた。
「いや、俺も兵士たちと共に戦う」
レイナの思った通りの言葉が、彼の口から出る。仲間を死なせたくないという彼の想いが、そう口にさせるのだ。
「わかりました。では、参謀長の身は私が命に代えても御守りいたします。この槍に懸けて」
彼がそう望むのならば、自分のやるべき事は決まっている。
何があろうとも彼を守り、彼に歯向かう者を全て討ち取るのだ。
「・・・・・・わかった。レイナ、全軍に命令する。帝国の宿敵、憎きエステランの兵士を殲滅しろ」
「はっ」
命令はすぐに全軍に通達され、南ローミリア最強の兵士たちが動き出す。
侵攻を開始したエステラン軍を、再び撃破するために、ヴァスティナ帝国の兵士たちが出撃する。エステランを憎む彼らの士気は高く、死を恐れない。一人でも多くの敵兵を殺そうと、全体の士気は増すばかりだ。
無論、エステランを憎むのは兵士たちだけではない。
いや、彼以上にエステランに憎しみを抱いている者は、この戦場に存在しない。
「勇敢なるヴァスティナの戦士たちよ!!国のため、女王陛下のため、戦う時は今である!臆するな、我らの指揮は、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス様が執られるのだ。故に敗北はない!!」
レイナ・ミカズキの号令が下り、雄叫びを上げて答える全兵士たち。
季節は冬であり、今日は一段と気温が低い。雪も降り、防寒具があっても寒さに震えてしまう。戦いに適さないこの環境で、熱気を放つ帝国軍。
(もうすぐ・・・・・一年経つのか・・・・・・)
この冬が去り、今年の春が訪れれば、彼がヴァスティナという国に来て一年経つ。
一年。彼にとっては、濃密で長い一年であった。
様々な出来事。命を懸けた戦い。大切な者たちとの、出会いと別れ。
(約束を果たすためには・・・・・・あと何年必要なんだ・・・・・)
大切な約束。今の彼が生きる意味。
(俺はあと何人・・・・・仲間たちを犠牲にしなきゃいけないんだ・・・・・・)
約束を果たすための道は険しく、長い時が必要となるだろう。
約束が果たされるその時までに、彼の大切な者たちの命が、あと何人失われてしまうのか。
矛盾している。仲間を失いたくないのに、犠牲が必要な道を歩む。
「全軍、俺に続け」
犠牲を払うわけにはいかない。犬死など論外だ。
だからこそ彼は、最高指揮官でありながら最前線で戦う。仲間たちを一人でも多く、死なせないために。
ヴァスティナ帝国軍とエステラン国軍。両軍は激突した。
勝敗の見えた両軍の激突が、凍える戦場の空気を震わせる。
彼の名は、ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス。帝国女王に絶対の忠誠を誓う、「帝国の狂犬」である。
リクトビアもまた、その胸の内に野望を持つ。ローミリア大陸全ての武力統一という、大き過ぎる野望だ。
どんな事をしてでも、この野望は実現させる。
失われてしまった、大切なあの少女との約束を果たすために・・・・・・。




