第十五話 野望 Ⅱ
「はあ・・・・・・」
美しい湖畔。自然に恵まれ、緑豊かな風景と、綺麗な湖。
絵に描いたような、自然溢れる湖。そこに、一人の青年が地面に腰を下ろし、湖を眺めて黄昏れている。
「はあ・・・・・・・・・・・」
先程からずっと溜息ばかり。溜息をつくと幸運が逃げると言うが、それが事実なら彼は、自分の幸運全てに、もう逃げられてしまっているだろう。
「ここに居たんですね、お兄様」
声をかけられ、青年は振り向く。
振り向いた先には、まだ十歳にも満たない、可愛らしい少女の姿があった。少女は青年の妹で、自慢の可愛いお姫様である。
「また勉強を抜け出したんだね」
「だって、毎日毎日勉強勉強じゃ退屈なんですもの」
お兄様と呼ばれている青年。彼の名はアリオン。
北の大国、ホーリスローネ王国の王子であり、国の未来を担う青年だ。
「お兄様はどうしてこちらに?」
「それは・・・・・・」
アリオンの妹フィーネ。一応聞いてはいるが、彼女は自分の兄がここにいて、溜息ばかりついている理由がわかっている。
去年の事だ。ホーリスローネ王国は、独裁国家ジエーデル国との、初の戦端を開いた。
一万の王国軍は、ジエーデル国占領地帯へと進軍し、ホーリスローネとジエーデルの両軍は、激しい戦闘を繰り広げたのである。この戦闘の結果は、王国軍の敗北に終わった。
王国軍の指揮を執ったのは、王子であるアリオンだった。対ホーリスローネ要塞陣地を攻略するため、アリオン指揮の王国軍は善戦したが、鉄壁の要塞陣地攻略はならず、多くの戦傷者を出して後退したのである。
「後悔しているんですのね。お父様に頼み込んで兵を起こした事を」
「・・・・・僕は大勢の王国民を死なせてしまった。正義のためと意気込んで、僕の命令で大勢の兵士が死んだんだ」
彼はジエーデル国が許せなかった。
独裁国家ジエーデルは、総統の独裁体制に支配され、逆らう者を容赦なく裁く、恐怖政治で成り立っている。
総統の存在が多くの人々を苦しめている。しかもジエーデルは、占領した地域を力で支配し、その土地の人間殆どを強制的に労働させる。強制労働施設に送られた人々に、人権は存在しない。死ぬまでジエーデル国のために働かされるしかないのだ。
正義感の強いアリオンからすれば、他国の出来事とは言え、我慢ならない話であった。
身勝手な独裁者のせいで、大勢の人々が今も苦しみ続けている。人として、これは見過ごす事の出来ない悪行だと、そう考えたアリオンが取った行動こそ、王である自身の父親への進言だ。
王は悩んでいた。ジエーデルの軍隊は精強であるし、王国はあの国と戦う大義名分があるわけではない。ジエーデルの将来的脅威に対しては、何かしらの手を打っておきたい気持ちがあるものの、大義名分もない勝算も怪しい戦いに、臨みたくなかったのである。
そこへ頼み込んできたのが、他でもないアリオンであった。彼は自分の正義を説き、ジエーデル国の脅威を訴えた。ここで戦っておかなければ、いずれは王国の領土にも戦火は広がってしまうという彼の理屈は、間違ってはいなかった。
問題だったのは、アリオンが私情に突き動かされて、正義という言葉を信じ、無意味な争いを行なおうとしていた事だ。
王は自分が全ての責任を取る決意をして、アリオンにジエーデル討伐を命じた。
ジエーデル軍に攻撃を加え、その力を削ぐという考えもあったが、何よりもアリオンに、戦争というものを肌で感じさせようと、そう考えての命令であった。
「僕の正義は間違っていたんだろうか・・・・・・。いや、間違ってはいないはずなんだ」
アリオンを最高指揮官とした王国軍一万は、国境線に構築された要塞陣地を攻めた。
要塞陣地を攻めると言ったのは、最高指揮官であったアリオン自身である。副官や参謀などは勿論反対し、要塞陣地を避けて進軍するべきだと主張した。
結果を見れば、副官や参謀たちの意見は正しかった事になる。だが、この時のアリオンは、考えもなしに要塞を攻めると言ったわけではない。
要塞陣地は一か月前に構築されたばかりで、その力は未だ実戦で試されてはいなかった。実戦で運用された事がないのなら、構築した者たちにもわからない、何かしらの隙があるはず。そして、要塞陣地を守っていた兵力は、数こそ五千と多いものだったが、兵は工兵などが中心であり、事実上の戦力は少なかったのである。
これを踏まえて、アリオンは要塞陣地攻略を命令した。副官たちも、事前の情報で要塞陣地の兵力については知っており、防衛能力が未知数の要塞陣地を考えに入れても、勝算の高い戦闘と言えた。
だがそれは、最高指揮官が素人ではなく、尚且つ味方が、実戦経験豊富な兵たちであったならの話だ。
結果は散々だった。要塞陣地は鋼鉄の砦であり、数多くの大砲が設置されていた。防衛体制は万全だったのである。
正面から突撃した王国軍歩兵部隊は、王国魔法兵部隊に支援されながら、要塞陣地へと突撃した。魔法兵の遠距離攻撃で歩兵を支援し、要塞陣地に肉薄させる事が狙いであった。
しかし要塞陣地に築かれた壁は、分厚い鋼鉄製のものである。炎属性魔法の火球が一斉に放たれたものの、全く効果はなかった。そして歩兵たちは、要塞陣地の大砲と弓の攻撃に晒されたのである。
要塞陣地の迎撃は苛烈だった。突撃した歩兵部隊は集中砲火を浴び続け、多くの負傷者を抱えて後退するしかなかった。その後、正面からの攻略は不可能だと分かり、様々な作戦を要塞陣地へ試したが、ただ徒に兵の損害を増やしただけで、敗走を重ねたのである。
これが王国軍とジエーデル軍の戦闘の内容だ。自分の選択が、あの戦いの敗北と損害を生んでしまったと、ずっと彼は後悔している。
要塞陣地を攻略したかった理由は、ジエーデルが王国を脅かす時が訪れた場合、この陣地は必ず障害となるからだ。今の内に攻略しておかなければ、陣地はより強固で強大なものと化し、攻略が益々難しくなってしまう。
だから今攻略したかった。しかしそんな彼の焦りが、結果として多くの戦死者を生んだのである。
「後悔ばっかりじゃ疲れてしまいますわ。十分反省してるなら、それでいいじゃありませんの」
「そういうわけには・・・・・・」
「じゃあお兄様は、戦死された方たちの死を無駄にするお積もりですの?」
時にフィーネは、歳に似合わない言葉を口にする。
普段は年相応の、明るい笑顔を浮かべる少女だが、時々、大人でもはっとするような発言をする。これを言われると、兄としての立場がない。
「・・・・・・そうだね。僕にはやる事が沢山ある」
「お城に戻りますの?」
「うん。こんなところで、後悔ばかりしているわけにはいかない。行こうかフィーネ」
自責の念は消えないが、彼がやらなければならない事は、終わりの見えない位山積みだ。
戦死した者たちの死を無駄にしないために、王子として、彼が果たさねばならない責務。逃げる出す事なく、アリオンは前を向く。
「ところでお兄様、私は-------」
「逃げるのはよくない。部屋に戻って勉強しなさい」
「お兄様の意地悪・・・・・・」
「意地悪で結構。何と言われても、僕の意思は揺るがないから」
「意地悪!鬼!悪魔!ヘタレ!シスコン!!」
「待って!後半二つはどこで覚えてきたの!?」
「ヒ・ミ・ツ♪」
各地で戦闘が発生している、ローミリア大陸中央。
大陸中央から争いが絶える事はなく、毎日のように人々の血が流され、大地を赤く染める。屍の山は数え切れないほど築かれ、死者の埋葬が繰り返された。
この争いの原因は、急速に勢力を拡大している、とある独裁国家のせいに他ならない。
独裁者が国家を支配する国、ジエーデル国。現在、大陸中央で戦火を拡大させているこの国こそ、争いの火種である。
「現在、我が領土拡大遠征軍第一軍は、反抗勢力の鎮圧をほぼ完了しております。第二軍も同様に、反抗勢力の鎮圧を進め、春頃には、再度領土拡大作戦を展開する計画であります」
ジエーデル国首都にそびえ立つ、総統府。
総統府内には総統専用の執務室があり、今この部屋では、参謀の一人が総統へ、各戦線の報告を行なっている。
「第三軍はエステラン軍の撃退に成功しましたが、両軍の睨み合いは現在も続いております。また、第三軍司令部からはカラミティルナ隊の派遣を求められております」
直立し、片手に持った報告書より視線を移して、執務室の机に目を向ける参謀の男。執務室の机には、椅子に腰かけ仕事を進める、この国の支配者の姿がある。
「報告は以上になります」
「結構。下がってよい」
「はっ!」
報告は終え、参謀の男は部屋より退出する。
参謀の報告を聞き終えた総統は、疲れ混じりの息を吐く。
「やれやれ、第三軍はいつまでエステランと遊んでいる気だ・・・・・・・」
独裁国家ジエーデル国の支配者。
総統バルザック・ギム・ハインツベントは、自らの思い通りにならない状況に、少しの苛立ちを見せる。
「既に我が国は、軍事力の面ではエステランを上回っております。ですがあの国は、我が国との戦闘には常に全力を尽くし、粘り強い戦いを見せると聞いております。第三軍が苦戦するのも無理はないかと」
「ふむ、お互い宿敵同士であるからな。我が国だけには負けたくないと言う事か」
執務室にはこの国の外交官、セドリック・ホーキンスの姿もある。
彼はここに、ゼロリアス帝国との休戦交渉の件で訪れ、先程話を済ませたばかりだ。
「ルヒテンドルク君がいなければ、エステランを滅ぼす事は叶わぬか。彼無しで何もできんようでは、やはり頼みは軍警察であるか」
ジエーデル国軍軍警察とは、総統バルザックの眼として活躍する、国内の治安維持組織である。
設立時から少しずつ権力を拡大し、最初は軍内部の治安を取り締まっていたが、今では国内の反乱分子鎮圧も行なう、総統直属の粛清部隊でもある。
さらに、軍警察は諜報機関としての活動も行なっており、バルザックの信頼も厚い。国内の取り締まりと、国外の諜報活動を行なう武装組織。それがジエーデル国軍警察だ。
「軍警察の集めた情報は、常に吾輩の役に立っている。彼らがいたからこそ、我々はあと少しで南ローミリアを手に入れる事が出来たというのに・・・・・」
「ヴァスティナ帝国・・・・・・、あの国の強さは予想を大きく上回っておりました」
去年、南ローミリア地方の豊かな土地を手に入れるため、二度の侵略を行なったジエーデル軍。
一度目は、名将ドレビン・ルヒテンドルク指揮下の軍団が、南ローミリアの軍事連合軍と戦い、ジエーデル側が撤退する結果となった、「南ローミリア決戦」。
二度目は、エステラン国の動きに合わせ、用意した三千の兵を侵攻させ、退却を余儀なくされた戦い。
特に二度目の戦いは、バルザックにとって衝撃的な結果であった。
「僅か二百の兵力が三千の兵力と互角に戦い、こちらが二千もの兵力を失った。あのヴァスティナと言う国の人間は、人の皮を被った怪物やも知れん」
「私も話を聞いた時は驚きました。例の兵器についてもそうですが、あの国の軍事力には何かある」
「軍警察には調査を命じているが、未だに大した情報は入ってこない。ホーキンス君、君の意見を聞きたい」
「今のヴァスティナは膿を全て絞り出したと言えます。反抗勢力を全て粛清し、新体制が築かれました。噂では着々と軍備増強を推し進め、エステラン国へ侵攻をするつもりだとか。ここは様子を見た方が宜しいのではないでしょうか?」
南ローミリアの盟主。国の名をヴァスティナ帝国と言う。
平和の国。豊かな自然に恵まれた国で、去年の春頃までは、大陸に数多く存在する小国の一つでしかなかった。
だが、そんなヴァスティナへ、大国オーデル王国が軍事侵攻を行ない、全てが変わった。
今はジエーデルによって滅ぼされた、かつての大国オーデル王国を、二度に渡り退け、急速に軍備を拡大し始めた帝国は、名将指揮のジエーデル軍でさえ、激しい戦闘の末に退けてしまう。
強力な兵器と、実力のある猛者たち。その軍事力は小国のそれではない。この力を上手く利用すれば、自国の宿敵であるエステラン国に、有効な一撃を与えられるというのが、セドリックの考えである。
エステランがヴァスティナと戦闘状態になれば、交渉の場を用意し、ヴァスティナと協力して、エステランに圧力をかける事が出来る。
もしくは、総統が許可するか不明だが、この状況を利用し、エステランと協力関係を築き上げ、南ローミリアに圧力をかける。二大国の軍事力を背景に、ヴァスティナを始めとした国家に交渉を持ち掛け、戦わずして領土を明け渡させる事も可能だ。
「君もそう思うかね。あの国が南からエステランを攻める事によって、第三軍の膠着状態に変化をもたらす事が出来る。長年の宿敵を倒すきっかけを、ヴァスティナに作って貰うとしよう」
「やはり総統も同じ考えでしたか。私としましては、もう少し時を置いた後、ヴァスティナと交渉したいと思っております」
「交渉?不可侵条約を結ぶという事かね」
「その通りです。ヴァスティナは我が国を快く思っていないでしょうが、こちらの不可侵条約の申し出を断る事が出来ません。そこを利用し、ヴァスティナにはエステランとの戦いに集中して貰いましょう」
ヴァスティナ帝国とジエーデル国の軍事力には、兵力数だけでも圧倒的な差がある。
帝国からすれば、今再びジエーデルが侵攻を開始して、三度目の戦闘を行なうとなった場合、次もまた退けられるかは怪しい。つまり、帝国は今の状態で、ジエーデルとの戦闘を望んではいない。
一方ジエーデルは、南ローミリアを手に入れるために、帝国との再戦を望んでいる。しかし、今再び戦った場合、帝国とジエーデルの戦いに、またもエステラン国が介入する可能性は高い。
エステランは、ジエーデルが南ローミリアを支配するのを望まない。宿敵であるあの国は、必ず妨害行動を起こすはずだ。エステラン国の存在は、ジエーデルの南侵の障害である事を意味する。
障害さえ取り除いてしまえば、南侵は再開できるのである。ならば、互いの利害の一致を利用し、まずはエステラン国を叩く。そのためには、互いを攻撃してはならない、相互不可侵の条約を結ぶ必要がある。
帝国はエステランへ侵攻を開始するつもりだ。だからこそ、ジエーデルとの戦いは避けたい。誘いに乗りたくなくとも、ジエーデルからの交渉は受けなければならない。でなければ、自分たちの目的を達する事が出来ないからだ。
「宜しい。君に全て任せよう」
「ありがとう御座います、総統閣下」
「エステランをヴァスティナと共に攻略し、その次は南ローミリアをこの手に掴む。吾輩の野望は確実に歩を進めている。これも君の様な優秀な人材あってこそだよ」
口元を吊り上げ、不敵に笑うバルザック。
彼の脳内では、これからの戦略が練られている。力を手に入れ、いつかはホーリスローネもゼロリアスも従わせ、大陸全てを支配下に置く、今後の戦略だ。
バルザックの野望は果てしない。彼は力によって、大陸全てを支配するつもりでいる。
ローミリア大陸は広く、ジエーデルよりも大きな国はいくつも存在する。大陸の武力支配など、誰もが夢物語だと思うだろう。
だがバルザックは、己の野望を本気で叶えようとしている。この果てしない、夢物語の様な野望を、絶対的な支配力とカリスマ性を活かし、少しずつ叶えているのだ。
彼は確実に支配領域を広げ、ジエーデルという国をここまで大きくした。彼が独裁者となり、一国の支配者として君臨したからこそ、独裁国家ジエーデル国はあるのだ。そんな独裁者の力は、多くの者たちを魅了し、彼に魅せられた者たちは、力ある独裁者のもとへと集ったのである。
セドリックもまた、バルザックの力に魅せられた一人である。この支配者ならば、大陸全土を必ず統一できると信じ、自分の力を彼のもとで試したいと思ったのである。
しかし今は、バルザック・ギム・ハインツベントという存在が、恐ろしくて仕方がない。
「さて、君のように優秀な者たちは良いのだがね。吾輩が権力を与えた者たちの中には、本当は無能だった者たちも多くてね。今後の事を考え、彼らには消えて貰おうと思う」
「!!」
反対意見を述べたかったが、セドリックにその勇気はなかった。
バルザックは自分に敵意を向ける者以外に、自分の足を引っ張ると判断した者たちも、この世から消そうとしている。今ここで反対意見を述べれば、セドリックも消されかねない。
だから彼には、バルザックを止める勇気がない。
「吾輩は、今まで誰も成し得なかった大陸統一を成し遂げねばならない。そのためには、吾輩の計画を阻む存在を取り除く必要があるのだよ。たとえ、その障害が吾輩の配下の者たちであってもだ」
バルザックは頭の中は、全てが自分を中心にまわっている。
そんな彼の大き過ぎるエゴが、多くの人間に死を齎すのである。恐ろしく思うのも無理はない。
(総統閣下、貴方は・・・・・・)
彼の野望の先には何があるのか。
独裁者バルザックを恐ろしいと感じながらも、彼の目指す未来を見てみたい。そんな己の欲があるからこそ、セドリックは彼に忠誠を誓い、彼のために働き続ける。
バルザックの目指す未来が、多くの血の流れる地獄であると、理解しながらも・・・・・・。




