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第十五話 野望 Ⅰ

第十五話 野望







 ローミリア大陸。この大陸には、代表するべき大きな国家が二つ存在する。

 一つはゼロリアス帝国。もう一つはホーリスローネ王国。

 かつて、大陸全体を巻き込んだ戦争、ローミリア大戦。この二国はその大戦を戦い抜いた、歴史ある大国である。

 極北の地に君臨する帝国、ゼロリアス。現在でも、この国は大陸最強の国家と呼ばれ、全ての国家に恐れられている。対してホーリスローネ王国は、全盛期に比べ力が衰えたものの、大陸で二番目に力のある国として、知らぬ者などいない代表国家である。

 この二国は、世界大戦と言えるローミリア大戦を戦い抜き、力ある国家として君臨し続けている。将来、大陸の覇権を争う戦いを起きた場合、覇権を手にするのはこの二国の内、どちらかしか考えられない。

 だが、現在この大陸では、大陸の覇権を狙う国家が幾つも存在している。

 急速に力を増している、独裁国家ジエーデル国。ジエーデル国と長年に渡り敵対している、エステラン国。その他にも、密かに覇権を狙う国家がいくつも存在し、機会を窺っているのだ。

 新たな戦いの波が動いている。かつてのローミリア大戦を超えるかも知れない、大きな戦い。

 この大陸から戦いという行為は、永久に消え去る事はないだろう。人々が人間の愚かさに気付き、欲望を捨て去らない限り、戦争は永遠に続くのだ。






 極北の地。大陸最強国家、ゼロリアス帝国。

 冬の季節は極寒であり、毎年厳しい気候に襲われるこの地に、ゼロリアス帝国は君臨し続けている。

 広大な領土。多くの人口。そして最も特徴的なものは、精強な軍事力。厳しい気候をものともしない、大陸最強のゼロリアス兵こそ、この国最大の特徴と言えるだろう。

 そんなゼロリアス帝国は去年、独裁国家ジエーデル国に対して宣戦を布告した。出撃した兵力三千のゼロリアス軍は、迎撃に現れたジエーデル軍一万を、完膚なきまでに叩き潰して潰走させている。

 この戦いでゼロリアス軍は、その精強さを大陸中に再認識させ、ジエーデル国に大陸最強の力を思い知らせたのである。

 ゼロリアスの攻撃と軍団の敗北により、ジエーデルの北への侵攻は停止した。北へ侵攻を進めれば、ゼロリアスの軍が動き出す。今のジエーデルでは、ゼロリアスに勝てる戦力は無い。賢明な判断と言えるだろう。

 

「ジエーデルとの交渉はどうなっている?」

「滞りなく進めております。噂の独裁者と言えど、我らが相手では何も出来ません」


 ゼロリアス城。帝都にそびえたつ国の象徴であり、ゼロリアス皇帝が君臨する城である。

 今、この城の謁見の間には、ゼロリアス皇帝が王の玉座に腰を下ろしている。皇帝の隣には、顔立ちの整った気品ある青年が控えている。皇帝と青年は先程から、ジエーデル国との交渉について話し合っていた。


「たった一度戦い、即休戦の申し入れ。独裁者はさぞ驚いた事だろうな」

「急速に力を増しているとはいえ、所詮は恐怖政治で民を縛る国家。国内外に反抗勢力を抱え、足元は覚束ない。我が国の方が何もかも優っているにもかかわらず、突然休戦をこちらから申し込んだのです。驚くのも無理はないでしょう」


 ジエーデル軍との戦闘後、ゼロリアス軍はそのまま侵攻を続ける事はなく、たった一度の勝利を収めただけで、帝国へと帰還した。

 ジエーデルの北侵を防ぐため、ゼロリアス軍は侵攻という形を取り、勝利を収めて警告したのである。これ以上北に侵攻を進めるのであれば、容赦はしない。あの戦いには、こう言った意味が込められていた。

 この警告は伝わり、ジエーデルの領土拡大計画による侵攻は、戦闘以後縮小されている。これがゼロリアスの第一の目的であった。

 さらに、今回の戦いでの勝利は、ローミリア大陸全土にゼロリアスの力を見せつける効果を生んだ。ゼロリアスとホーリスローネは、近年弱体化が進行している。ゼロリアスの弱体化原因は、農業の不作による生産力の低下である。

 厳しい気候である関係上、農業生産が不作に陥る事は、この国の歴史において何度も起こった事だ。別段、今回が特別と言うわけではない。

 問題なのは、この事態を機に皇帝の農業政策を不満に思う、国民や政官が現れた事だ。農業生産は国全体の食料事情に直結する。そのため、皇帝が不作に対して行なった政策を、厳しい目で見る民は大勢いた。

 とは言え、不満は食料不足さえ起らなければ、後は農業計画を見直し、豊作を待っているだけで、国民の不満は解消される。しかし、事態はそれほど単純と言うわけではない。

 この不満の声を利用し、自分たちの支持を集めようとしている、反皇帝の意思を持つ者たちが存在しているのだ。


「恐らくジエーデル側は、我が国がホーリスローネとの事を考え、すぐさま軍を引き上げたと考えているでしょう」

「間違いではないがな。これを隠れ蓑とし、国内の状況を悟られなければよいのだ」


 反ゼロリアス皇帝の意思を持つ、三人の人間。その三人とは、皇帝の子供たちである。

 帝国第二皇子と第三皇子。さらには、帝国第四皇女も国民の支持を集め始めていた。三人が皇帝に敵対する理由は、第一皇子の存在故だ。


「知られるのは時間の問題でしょう。特にジエーデルなどは、他国とは比べものにならない程、自国の諜報活動に力を入れております」

「で、あるか。やはり情報戦で後れを取るわけにはいかんな」

「では父上、例の件ですが・・・・・」

「好きにするがよい。後は任せる」


 皇帝の隣に立つ、ゼロリアス帝国第一皇子。彼の名はザイリン。

 ゼロリアス皇帝の後を継ぐ、将来の次期皇帝である。


「御意」


 頭を下げるザイリン。

 彼は皇帝の息子たちの中でも飛び抜けて優秀であり、政務や軍事の重要な決定に、二十代前半の若さながら携わっている。政務や軍事を含む、何もかもを完璧にこなしてしまうザイリンは、次期皇帝に相応しい皇子として、多くの国民の支持を集めている。

 皇帝自身も、息子である彼の事を特に信頼しており、正式にではないが、次期皇帝に据えるという話をしていた。それが、第二皇子と第三皇子の敵対理由である。

 自分たちが望む玉座に、父親は、自分たちの兄を座らせようとしているのだ。二人は玉座を狙っているため、皇帝の信頼が厚く、国民の支持も集まっているザイリンの存在が、邪魔で仕方がないのである。

 皇帝と敵対する事になろうとも、第一皇子を玉座に据えるわけにはいかない。よって二人は、これを機に動き出した。

 しかし、帝国第四皇女だけは、二人の皇子とは全く違う理由で、長年ザイリンに敵対している。


「あの娘はどうしている?」

「我が愚弟たちよりは大人しいものです。支持を集めてはいますが、積極的ではない」

「ほう・・・・・」


 皇帝の言うあの娘とは、ゼロリアス帝国第四皇女を指している。

 皇帝の娘たちの中でも、彼女だけは特別だ。独自の軍事力を持ち、次期皇帝に相応しいザイリンを敵視する、帝国内で最も脅威の存在。

 

「ザイリン。能ある鷹は爪を隠すものだ」

「存じています。愚弟たちよりも、警戒すべきは我が妹。あれの抱える兵力は多くありませんが、問題は配下の将軍二人でしょう」

 

 ザイリンに恨みを抱く第四皇女の、二本の剣。ゼロリアス軍全体の中でも、随一の実力者。

 特に氷将は、ローミリア大陸最強の存在と呼ばれている。第四皇女が従えるゼロリアス兵は、彼女に忠誠を誓う約四千人の兵力と、それを指揮する氷将と風将が指揮しているのだ。

 先のジエーデルとの戦いにおいて、勝利を収めたゼロリアス軍とは、彼女の兵たちであった。風将指揮の兵力三千は、ゼロリアスの力を知らしめ、この国にとって良い結果を出している。

 第四皇女にジエーデル侵攻を命じたのは、他でもないゼロリアス皇帝であった。理由は、彼女の抱える戦力を分析するためと、その力を少しでも奪うためだ。

 如何に彼女の戦力が精強と言えども、相手はジエーデル国。兵士の質に関して言えば、ホーリスローネ王国を上回っているとも言われている。第四皇女の力を知り、尚且つ脅威となる戦力を、自分の手を使わずに削るという一石二鳥の考えだった。

 考え方は間違ってはいないだろう。ただ、皇帝は自分の娘の力を甘く見過ぎていた。

 風将と三千の兵力は、ジエーデル軍一万を簡単に撃破して見せた。しかも、自軍の損害は微々たるものだった。この勝利の報に、国民は大きく沸いたのである。

 風将指揮下のゼロリアス軍は、あの勝利の後、更なる侵攻を続けようとしていた。しかし、勝利を続けるのはいいが、それは皇帝かザイリンの指揮する軍団が、勝利を収めるのが望ましい。

 風将の実力と兵の力は予想以上であり、あれ以上侵攻させ続け、勝利を重ね続ければ、第四皇女を支持する声が大きくなり、彼女の力を削るどころか、逆に力を増す可能性があった。故に皇帝は、すぐさま伝令を出し、軍を後退するよう命令を出したのである。

 それが、ゼロリアス軍突然の後退の真相であった。


「此度の一件で、我が娘の力を見せつけられてしまったな。初めから貴様の意見に耳を貸すべきであった」

「いえ、父上。私は確かに反対しましたが、あの時の父上の考えは間違っておりませんでした。これは誰にも予想できなかった結果ですので、仕方がありません」


 第四皇女の軍を侵攻させると、皇帝が己の考えを口にした時、ザイリンは賛成しなかった。彼は自身の妹の力を過小評価せず、第四皇女配下の軍団がジエーデルに完勝するであろう事が、容易に想像できていたのである。

 

(そうです父上。私を除いて、これは誰にも予想できなかった結果なのですよ)


 皇帝たちからすれば、まさかの圧倒的勝利。しかしザイリンからすれば、予想通りの結果。

 それ故に、ザイリンは予め用意していた手を、皇帝である自分の父に進言した。これがジエーデルとの休戦交渉である。

 元々、皇帝はジエーデル国を滅ぼすつもりはない。戦争には多額の資金が必要であるし、今は国内が不安定な状態であるから、一先ず侵攻の足を挫けただけで十分だと、そう考えているのだ。

 ザイリンも父親と同じ考えを抱いているが、彼はもっと先を見ている。

 ジエーデルが存在し続ければ、ゼロリアス以外の国は独裁国家の脅威に晒され、徐々に弱体化していく事になる。国内の問題を排除し、自分が次期皇帝になった時、ジエーデルが多くの国を弱体化させていれば、将来ゼロリアスが大陸中央に侵攻を開始した場合、攻めるのが容易となる。

 その頃には、独裁体制で国と民を支配するジエーデルは、国内から反乱の炎が燃え上がり、内部崩壊を始めて、脅威ではなくなっているだろう。

 今、この大陸には、野心を抱えた者たちが大勢存在している。

 大陸の覇権をかけた戦いは、将来必ずやって来る。恐らく、そう遠くない未来だろう。その流れに、皇帝は未だ気付いていない。息子である彼は、そんな父親を無能と感じ、己の野心を胸の内に秘め続けている。


「今はジエーデルとの休戦交渉に集中致しましょう。とは言え、こちらからの休戦の申し入れを断り、戦争継続を望むとは思えませんが」

「そうだな。交渉も貴様に全て任せる。見事果たして見せよ」

 

 利用できるものは利用し尽す。それがザイリンのやり方である。

 こちらから休戦を持ちかけ、自らの野心のために、今は独裁国家を利用する。ジエーデルと言う国が存在する事で、ザイリンが将来得られるものは数多い。彼の計画は、既に動き始めているのだ。


(王国も独裁国家も敵ではない。最大の障害は・・・・・)


 皇帝とザイリンには、決定的な違いがある。

 先の未来を予測して行動し、野心を抱えるザイリンと、国内の事ばかりに目を奪われる、野心無き皇帝。

 野望を持つザイリンが、皇帝の考える以上に障害と思っている、己の敵。いずれは、向こうから仕掛けて来る事だろう。その時が訪れる前に、やらなければならない事は多い。 

 彼の名は、ゼロリアス帝国第一皇子、ザイリン・レム・セリス・ゼロリアス。

 次期皇帝となる資格を持つ彼こそが、この国の次の支配者である。

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