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第十四話 贖罪 Ⅲ

 この夜の出来事から、一週間の月日が流れた。

 月が雲に隠れた夜。どこか不安を覚える様な、そんな夜の闇である。


「城の様子はどうなっている?」

「三日前に城へ行ってみたが、特に変わった様子はなかった。城の人間も国民も、女王の死から立ち直れていないのを除けば、いつもと同じだ」


 ここは、帝国から少し離れた地にある、貴族の屋敷。ここには今、ヴァスティナ帝国の各領地を治める、帝国貴族たちが集まっている。彼らは顔見知りであり、会うのはこれが初めてではない。

 彼らはここに招集をかけられて集まった、同志たちだ。帝国の人間でありながら、帝国女王打倒を目指していた、志を同じくした者たちである。

 いつものように、この屋敷の主の名で招待状が送られ、会食と言う名目で訪れた貴族たち。帝国の現状を話し合いながら、席について、テーブルに並べられた料理を口に運んでいく。

 

「女王は死んだが、政治に乱れはない。新しい宰相の力は想像以上だぞ」

「女狐め。邪魔な女王がようやく死んだというのに、あの女が国政を立て直してそのまま掌握してしまった。このままでは、エステランの再度の侵攻が望めない」

「そうであるな。女王を失い、帝国が混乱した隙をついて侵攻を開始してくれれば、我らの望みが叶うはずだった」


 彼らは女王ユリーシアを排除し、新たな支配者に帝国を支配させ、自分たちは支配者の威光を利用し、好きなように領地を支配するのが目的だ。今までは帝国女王によって、好き勝手な支配は厳禁だとされていた。新たな支配者を立てたい理由は、己の欲望のためである。

 欲望のためには、勝手な統治を許さない女王ユリーシアが邪魔だった。

 そして、女王はこの世から消えた。


「エステラン軍は帝国軍に撃退されてしまったからな。三千の兵力では足りぬと伝えていたのに・・・・・・」

「あの国の王が、未だ我らを信用していない証拠だろう。しかし、我らは約束を果たしたのだ。次は信用するはずだ」

「そうであったな。帝国女王は、我らが排除したのだから」


 不敵に笑う貴族たち。一人の貴族が口にした言葉は、そのままの意味である。

 

「ジエーデル軍を動かし、騎士団長も戦死させた。狂犬は命拾いしたようだが、帝国騎士団はこれで終わりだろう。女王と騎士団長が死んだ今、エステラン王も我らの思惑通りに動いてくれるさ」

「まさかここまで、ヌーヴェル卿の計画通りに事が運ぶとはな。今だからこそ言えるが、最初に話を聞いた時は上手くいくとは思えなかった」

「私もです。ヌーヴェル卿には申し訳ないですが、少々運に頼った計画でしたので」

「まあ何にせよ、計画が成功したのは喜ぶべき事だ」


 誰もが笑みを浮かべていた。自分たちの野望に、ようやく手が届いたからである。

 グラスに注がれたワインを楽しみながら、貴族の男たちは、同志マルクル・ビル・ヌーヴェルを称賛した。彼こそ、反帝国女王勢力のまとめ役と言える存在であり、今回の計画を立てた男である。

 先日の戦い。ヴァスティナ帝国と友好国が戦闘を繰り広げた、対エステラン・ジエーデル戦。これは彼によって仕組まれたものである。

 オーデル王国という、彼らが求めていた支配者は、この大陸の地図から消滅してしまった。独裁国家ジエーデル国の侵略により、求めていた支配者を失った彼らは、新たな支配者をエステラン国に定めたのである。

 エステラン国を帝国に侵攻させ、帝国女王を打倒するのが彼らの目的となった。

 そこで、マルクル・ビル・ヌーヴェルの考えた、野望成就のための今回の計画は、帝国女王の排除と、彼女の忠臣たちの排除である。

 まず、エステラン国王と密かに連絡を取り、同時にジエーデル国総統とも連絡を取る。エステランとジエーデルに、帝国へ侵攻するのであれば、こちらから侵攻を手助けしようと持ち掛けるのである。

 両国は南ローミリア地方を欲しているため、この誘いには応じてくるだろうという、マルクルの予想は的中した。ジエーデル国を侵攻させた後、エステラン国を動かす。そうすれば、帝国は全戦力を挙げて、防衛線を展開しなければならなくなる。後は、ジエーデルとエステランが、帝国軍と騎士団を撃破してくれさえすれば、全て計画通りだった。

 計画と違ったのは、エステランがジエーデルより先に動いてしまったことである。このせいで、帝国軍は主戦力をエステラン軍へとまわし、強力な戦力を有するジエーデル軍と、お互いに戦力を潰し合う事がなかった。ジエーデルと戦えば、防衛に成功したとしても、帝国軍は間違いなく戦力を大きく損耗する。戦力が低下したところを攻撃すれば、エステラン軍に勝算は十分にあった。

 しかし実際は、エステランが先に動いてしまった。ジエーデルに比べて、エステランの兵力の錬度は低い。結局帝国軍は、容易くエステランの侵攻を退けてしまったのである。動いて欲しい時機は伝えていたが、貴族たちの思惑通りに、あの国が動く事はなかった。この原因は、彼らにもわからない。

 下手をすれば、自分たちが望んでいない支配者である、ジエーデル国を招き入れるところであった。独裁者の一党独裁であるジエーデル国は、侵略した国家を植民地として扱い、その国の元々の支配者たちを、利用価値がないと判断すれば処刑する。もしも、ジエーデル国に帝国が占領されれば、帝国貴族たちは全員処刑されてもおかしくはない。

 ジエーデルには、帝国の戦力を削る役割を期待していた。結果として、貴族たちにとって邪魔な騎士団長を、騎士団の半数と共に戦死させる事には成功した。騎士団が相討ちとなってくれなければ、貴族たちの命は危うかったが、ともかく女王の忠臣の排除には成功したのである。

 マルクルの計画は、予想外の失敗もいくつかあった。しかし全体的に見れば、計画は成功を収めたのである。


「残るは狂犬と宰相の排除か」

「うむ。ヌーヴェル卿に考えがあるとよいのだが」

「狂犬と宰相には厄介な取り巻きが多い。あの御人好しの哀れな女王のようにはいかないぞ?」

「そう言えば、あの医者は首を吊ったと聞いた。今頃は、先に送ってやった家族と再会している頃か」 

「罪の意識に耐えられなかったわけか。女王殺しの大罪人となったわけだから、無理もない話だ」


 無理もない話と言っておきながら、同情の心など一切持ち合わせてはいない。

 彼らの言う医者とは、王族の専属医師の事を指す。表向きには病として、床に臥せたユリーシアを診たのは、帝国に以前から仕えていた医者であった。

 医者の男は、身体の弱かった彼女を診る事が多く、女王が倒れた時も、すぐさま城に駆けつけ彼女を診察した。帝国に忠誠を誓っていた、女王の信頼厚き医者であったが、彼は自殺してしまった。自宅で、自らの首を吊ったのである。

 貴族の一人が言ったように、彼は罪の意識に耐えられなかったのだ。何故なら彼は、忠誠を誓う女王陛下を、手にかけてしまったのだから・・・・・・。


「確かあの薬、人間を殺してしまう程の効果はないはずだったな?」

「ジエーデルの商人から入手したものだ。効果は前に伝えた通りだが、どうやらあの生意気な小娘には、刺激が強すぎたのだろう」

「これもヌーヴェル卿の思惑通りか。あの女王なら、少し薬を飲ませてやれば身体がもたなくなる。ふむ、まさにその通りだった」


 マルクルが計画し、自殺した専属医師に行なわせた事。

 それは、帝国女王の毒殺であった。

 専属医師には家庭があった。妻と娘が彼の家族であり、女王の善政のもとに幸福な毎日を過ごしていた。この貴族たちは、金で雇った荒くれ者たちを使い、医師の家族を密かに誘拐したのである。

 妻と娘を無事に返して欲しければ、こちらの要求に従え。貴族たちはそう言って命令し、無理やり医師に人質を返す条件を呑ませた。医師に薬を渡し、薬の効果は高熱などの症状を出すだけだと説明した。女王を殺してしまうような薬ではないと、医師に説明して安心させたのだ。実際、その薬は人を殺してしまう程の効果はない、とある魔物の毒であった。

 この時医師は、人質を取られて冷静さを欠いていた。だから気付けなかった。あの時の女王陛下に、この薬がどれほど危険な物なのかを・・・・・。

 家族を守るために、医師は薬を女王へと渡してしまった。貴族たちの言葉を信じて。

 そして、女王は死んでしまった。

 自分が渡した薬のせいだと、わかった時には全てが手遅れだ。彼は自宅で、押し寄せる罪悪感に心が壊され、最後は自殺を選んでしまったのである。

 彼の家族は、荒くれ者たちに命令して、山奥で処理された。今回の計画の証拠を隠滅するために、医師が薬を渡す前に殺されていたのだ。貴族たちはもとより、約束を守るつもりはなかったのである。

 帝国を裏切る事になった医師は、今後も利用価値があると考えられていたが、彼は自殺してしまったため、医師による毒殺という手段はもう使えない。人質も実行犯も、この世からいなくなり、証拠は隠滅されたのだ。

 貴族たちが掴んだ情報では、自殺した医師は遺書などを残していなかった。彼の自殺は、女王を病より救い出せなかった事で、責任を感じて死を選んだのだと、帝国内ではそう思われているらしい。女王の死の真相は、闇に葬られたというわけだ。


「長かった。この地が我等の思うがままとなる日はもうすぐか。実に愉快な話だ」

「私など、女王が死んだという話を聞いた時は、自室で大笑いしてしまった。ようやく死んでくれたと思うと、嬉しさを隠す事ができなかった」

「私もです。ここに集まった皆さんは、同じように御笑いになったのでは?」


 愉快そうに笑い声を上げた貴族たち。

 すると、それを待っていたかのように、この会食の間の扉が開かれ、屋敷の使用人たちが入室した。使用人たちは料理を運んで来たのである。運ばれた料理は、今回のメインディッシュだ。

 料理を運んだ使用人たちは、何故か全員、表情が青ざめている。震えるその手で料理をテーブルに並べ、逃げるように退出していった。

 不審に思った貴族たちであったが、彼らは使用人たちの事よりも、先程から気になっている事がある。


「主菜まできてしまったが、ヌーヴェル卿はまだ姿を見せぬのか?」


 この屋敷の主であり、今日の会食の主催者。反女王勢力のまとめ役で、今回の計画を考えた中心人物、マルクル・ビル・ヌーヴェルの姿はここにない。

 貴族たちは皆、この屋敷に到着してすぐ、この部屋へと案内された。マルクルは急な用事により会食には遅れると、使用人たちから説明を受けている。

 だが、彼は一向に姿を現さない。もうすでに、料理は主菜まで出されたというのに。


「急ぎの用とは何だ」

「私にもわかりません。待たずに始めてしまったわけですが、一体ヌーヴェル卿はどこへ行ったのやら」

「主催者不在の宴とはな。彼の計画成功を祝う席だというのに、肝心のヌーヴェル卿がいなければ意味がないぞ」


 女王の死を祝う席という形で、この屋敷に招待された貴族たち。

 主催者不在や、先程の使用人たちの態度も含め、不審感を強めていく。しかし、来ないものは仕方がないとして、出された料理を口に運ぶ。主菜は、焼かれた肉に特製のソースがかけられたものだ。


「彼を待っていてはせっかくの料理が冷めてしまう。先に頂いてしまおう」

「ふむ、では早速・・・・・・、何だこれは?」


 肉をナイフで切り分け、テーブルマナーを完璧に行ない、料理を口に運んだ彼らは、皆一様にその味に驚く。初めて食べる肉の触感で、何の肉かがわからなかったのだ。

 

「変わった味だな・・・・・・」

「・・・・不味い!こんなものを口にさせるとは、料理人はどこにいる!?」

「まあまあ、言う程不味くはないと思いますよ。私は気に入りました」

「いや、これは確かに不味いぞ。何の肉だ、これは・・・・・・」


 よく見ると、出された料理の肉は、それぞれ違う部位が使われている。

 特に、不味いと言った者たちの肉は、見た目からしておかしい。そう、これは・・・・・。


「お楽しみ頂けていますか?帝国貴族の皆さん」


 この場の貴族たちに向けた、突然の声と来訪者。

 扉が開かれ、部屋へと入って来た男は、この場に呼ばれるはずもない人物。この場に居てはならない人物であり、彼らの敵である男。


「なにっ!貴様は・・・・!」

「祝いの席以来ですね。皆さん、今日はお集まり頂き、誠にありがとう御座います」


 現れた男に驚愕する貴族たち。驚きのあまり立ち上がる者もいる。

 当然だ。彼らの今までの会話は、全て聞かれてしまったかも知れない。そうなれば、帝国女王へ絶対の忠誠を誓っているこの男が、どんな行動に出るか想像に難くない。


「リクトビア・・・・フローレンス・・・っ!」


 彼らの前に姿を現したのは、帝国女王の番犬。帝国の狂犬と呼ばれている、軍の最高責任者。

 帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス。反女王勢力にとっての、現状最大の敵である。


「随分と楽しそうに話されていましたね。私たちもまぜて下さい」


 彼が言ったのを合図にして、部屋へと続々と突入した兵士たち。その手に銃器を装備した彼らは、帝国軍精鋭部隊の者たちだ。

 兵士たちは銃を貴族たちに突き付け、彼らが抵抗しないよう取り囲む。銃の力を知らない貴族たちだが、噂に聞く帝国軍の新装備はこれだと思い、無駄な抵抗は控えている。抵抗すれば、間違いなく殺されるとわかっているからだ。


「一体何の真似だ参謀長!?事と次第によっては―――――」

「黙れ」


 部屋に鳴り響く、一発の銃声。彼の命令を受けて、兵士の一人が発砲したのである。

 銃弾は部屋の天井に命中した。威嚇射撃である。


「お前たちの計画は全部知ってんだよ。何の真似も糞もあるか、害虫共」

「さっ、先程の話の事を言っているのか?あれは・・・・・」

「冗談とでも言うつもりか?確かに、俺たちはさっきの会話を聞いていた。だけど聞く前から、全部知ってんだよ」


 この場で会話を聞く以前から、彼は計画の全てを知っていた。それを承知の上で、隠れて会話を聞いていたのだ。手に入れた情報が、真実であるのかを確かめるために。


「我が軍には優秀な尋問担当がいる。計画の事は洗いざらい吐かせた」

「あの程度の野郎なんざ、吐かせるのに手間はかからねぇ。最後は泣き喚いてあっさりお前らを売ったぜ」


 精鋭部隊を率いる、元傭兵のヘルベルト。実は彼は、戦闘以外には尋問と拷問を得意としている。

 ヘルベルトの浮かべた邪悪な笑みは、命の危険を感じ、震え上がっている貴族たちに、更なる恐怖を与えた。張り詰めた緊張感と恐怖に、冷や汗を流す者もいる。彼らの命は今、帝国参謀長とその部下たちに委ねられているのだ。

 恐怖に怯えながらも、貴族の一人が今の話で、ある事に気が付く。

 この二人は今、尋問したと話した。それはつまり、あの計画の事を、二人に打ち明けた者がいるのを意味する。その人物は、今ここにいない者の可能性が高い。


「参謀長、我等の事を話した人物とは・・・・・」

「薄々気付いてるだろ?お前たちのまとめ役だった、マルクル・ビル・ヌーヴェル卿だ」


 予想していた名前を聞き、愕然となる。

 彼の言う話が事実であるならば、マルクルは軍に捕らえられ、精鋭部隊の指揮官であるヘルベルトの、容赦ない尋問を受けた事になる。いや、尋問などという生易しいものではなかったはずだ。恐らく拷問をされたのだろうと、容易に想像ができた。


「あれは傑作だったな。何て言ったっけ、あの水系の拷問?」

「どれの事です?直接の方か、それとも布袋の方ですかい」

「布袋のやつだな。身体を椅子に縛り付けて、布袋頭に被せて水かける拷問。息できなくて悶え苦しんで、最後は泣き叫んでやめてくれって言ってさ。笑いが止まらなくて大変だったな」

「拷問の最中に爆笑するなんざ、ローミリア大陸広しと言えども隊長だけですぜ。一度、医者に診てもらったらどうですかい?」

「俺の頭は医者に診てもらう程おかしくない。笑えたんだから仕方ないだろ」


 マルクルに対して行なった、水責めの拷問の事を思い出し、その時の様子を楽しそうに話す二人。

 その姿に恐怖を覚え、同時に貴族たちは悟る。自分たちは、これ程までに壊れた人間たちを、敵にまわしてしまったのだと。


「と言うわけだから、計画の事はお前たち害虫共の筆頭から聞いてる。先の戦争が、お前たちによって引き起こされた事も含めてな」


 調べは全て終わっている。宰相のリリカと軍師のエミリオの、寝る間も惜しんだ活躍の成果だ。

 エミリオの元に入った報告は、貴族たちについての情報と、専属医師の自殺の件に加え、偶然発見された医師の家族の死体についての、至急の報告であった。

 専属医師の自殺と、行方不明となっていた彼の家族の件は、リリカとエミリオが全てを理解するのに十分であった。

 行方不明となっていた医師の妻と娘は、とある山奥で発見された。山へと狩りに出た村の猟師が、偶然にも見つけてしまったのである。この死体の話がエミリオの旗下の部隊に伝わり、身元が判明したのだ。

 医師の自殺と、殺されたと思われる家族の死体。死体には暴行の後が幾つも見られたという。何者かに殺された可能性は高かった。事実、妻と娘は貴族たちの手によって殺されている。

 二人はこう考えた。女王は病で亡くなったのではなく、殺されたのではないかと。

 家族を人質に取り、専属医師に女王を暗殺させた黒幕。先の戦争で帝国貴族たちが、エステランとジエーデルと裏で繋がっていたという情報で、全ての辻褄が合った。

 エミリオがリックに伝えた真実と言うのは、女王の死の真相であったのだ。

 毒殺された女王。かけがえのなかったあの少女は、今リックの目の前に並ぶ者たちの手によって、奪われた。リックとリリカが、治まる事のない憤怒を覚え、怒りの切っ先を向ける相手。反女王派の帝国貴族たちこそ、本当の敵であった真実。

 最初から殺しておけば良かった。激しい後悔と、堪える事のできない怒り。

 この場で彼らを殺しても、リックの後悔と怒りは、決して消えない。


「ヌーヴェル卿が・・・・・・我らを裏切ったのか?」

「まあ、情報は吐いたからな。裏切ったと言えるか。あいつの家襲撃して拉致って拷問して、計画に関わった奴と隠れた反女王派の奴も聞き出したし」

「馬鹿な、伝統あるヴァスティナ帝国貴族を拷問したというのか!?たかが軍属の貴様が・・・・・!」

「ヌーヴェル卿はどうした!?この屋敷は彼のものだぞ、何故貴様が!」


 マルクル・ビル・ヌーヴェルは拷問された挙句、裏切り者となるしかなかった。それは彼らにもわかる。

 だから気になるのだ。全てを話した彼が、今どこにいるのかを。

 どこにいるかによって、自分たちがこれから辿る未来がわかる。


「奴の事が気になるのか?」

「話せ!ヌーヴェル卿は今どこにいる!?」

「どこって、お前らの目の前にいるだろ」


 ゆっくりと、リックは右手の人差し指を立て、テーブルへと向ける。

 人差し指は、テーブルに並んだ主菜に向けられていた。間違いなく、彼は皿に盛られた肉へと、人差し指を指したのである。

 冗談でも何でもない。先程、使用人たちが並べた主菜の肉。リックが何を言おうとしているのか、気付いた者たちから血の気が引いていく。顔を真っ青にさせ、自分たちが口にした料理に目を落とす。


「目の前どころか、今はお前らの腹の中にもいるな。美味かったか?この屋敷のシェフ特製、人肉ステーキの味は?」


 愕然とし膝をつく者、卒倒する者、嘔吐する者、悲鳴を上げる者もいる。

 大体、貴族たちの反応はこうであった。仕方のない事だ。

 同志だった者は、知らぬ間に殺されていた。そして彼、マルクル・ビル・ヌーヴェルは惨い姿となり、調理されて並べられたのだ。


「そこの皿が太股だな。そっちは腹の肉で、それは腎臓だったはず。後は――――」

「やめろ!!それ以上話すな!!」


 皿の一つ一つを指差しながら、どこの部位が使われているのかを教える。

 肉片から内臓まで、解体されたマルクルの身体は、ステーキにされて主菜となった。不味いと言った者たちが食べた部位は、腎臓などを含めた臓物系であったのだ。この料理は、屋敷の料理人を脅迫して作らせたものだ。そして、料理の事は使用人たちも知っていた。彼らが怯えていたのはそのせいだ。


「なっ・・・・・何て事だ・・・・・・」


 本当に、心の底から楽しそうに笑いながら、リックは貴族たちが食べた肉が、マルクルのどの部位であったのかを教える。楽しそう笑うのも無理はない。何故なら、彼の目の前にいる貴族たちは、彼が狂おしい程に殺したいと思う、生涯許す事のない人間たちなのだ。

 いや、リックは彼らを人間として見てはいない。帝国に蔓延り、愛する者たちを殺した、駆除しなければならない害虫。殺したくて殺したくてたまらなくなる、彼女たちの仇だ。

 彼はマルクルに死を与えた。ただ殺したわけではなく、生まれてきた事を後悔させる程の、数々の拷問を行なった。必要な情報を全て得た後は、簡単に殺してしまわないよう加減して、拷問という名の処刑を始めたのである。

 手足の爪を全て剥がし、歯を全て引き抜き、生殖器を切り落として、両腕と両足の骨を砕く。目を抉り、腹を裂いて腸を引きずり出したところで、マルクルは絶命した。情報を引き出すまではヘルベルトだったが、ここまで残酷な処刑を行なったのは、憎しみと怒りに狂うリックである。

 許せなかったのだ。ただ国と民のために、己の命を燃やし続けたユリーシアと、そんな彼女に仕え続けた最愛の女性メシアが、身勝手な帝国貴族たちの、欲望を満たすためだけに殺された事実が。

 彼女たちが味わった苦しみを、憎むべき相手にも味合わせなければならない。これも結局は、リック自身の身勝手な復讐だ。彼女たちはこんなこと、望んではいないはずである。

 身勝手でも、鎮める事のできない怒り。マルクルたちは、触れてはならない者たちを手にかけ、リックの逆鱗に触れてしまったのだ。最早、彼の怒りを鎮める事ができる者は、誰もいない。


「遊びはこの位にして、そろそろ会食はお開きにしよう。ヘルベルト、こいつらを連行しろ」

「はいよ隊長。野郎共聞いたな、連れていけ」


 武器を突き付けられ、貴族たちは連れて行かれる。この先に待つ、地獄の入口へと。

 抵抗する者や、逃げ出そうとする者もいたが、精鋭部隊の屈強な男たちに捻じ伏せられ、それは叶わない。泣き叫ぶ者や、必死に許しを請う者もいる。

 そんな貴族たちを、邪悪な笑みを浮かべて見ているリック。連れて行かれながら、彼らは恐怖し続けた。自分たちの敵は人ではない。そう思えたのである。


「フローレンス参謀長っ!我等を失えばどうなるか、本当にわかっておられるのか!?」


 一人の貴族が恐怖を堪え、必死に訴える。

 リックの視線が、叫んだ貴族へと向けられた。


「帝国は今、絶対の支配者を失っている!その上、各地を支配する我等もいなくなれば、この国は近く必ず分裂するぞ!!」


 帝国は女王を失った。彼女の跡を継げる者は、存在しない。

 この状況で帝国貴族すら失えば、ヴァスティナ帝国は支配者を全て失う事になる。支配者がいなくなれば、国の機能は停止するだろう。

 支配者とは、統一国家を動かす指導者であり、国家の象徴でもあるのだ。

 今リックがやろうとしている事は、この国の現在の支配者を一掃するに等しい事だ。反女王派の帝国貴族を全て一層すると、帝国貴族はほとんど残らない。つまりこれは、軍部のクーデター計画である事を意味している。

 軍による帝国支配など、内外での反発は必ず発生してしまう。そうなったら最後、ヴァスティナ帝国は分裂していき、最悪の場合は滅亡してもおかしくない。


「どうなんだ参謀長!我等無しでこの国を治める事など、貴様にできるわけがない!!」

「ああ、その事か」


 何でもない事のように彼は答え、訴えた貴族は絶句する。事の重大さがわかっていないのかと、そう思えたからだ。

 これは命乞いでもある。自分たちの存在価値を訴え、命だけは助けて貰おうという、必死の懇願だ。それと同時に、これは事実でもある。事実を述べた命乞いなのだ。


「悪いが、俺は帝国の支配者になる気は無い」

「何だとっ!?」

「適任者がいるんだよ。女王ユリーシア・ヴァスティナ陛下の跡を継ぐことのできる、帝国の未来を担う人物がな」


 闇の中にある帝国。未来への希望の光は、女王の後継者。

 伝統の帝国貴族でも、軍の最高責任者リクトビアでもない。ヴァスティナ帝国の新たな支配者。

 後を継げる者など存在しないはずだ。何故なら帝国王族は、ユリーシアの死によって、その血が絶えてしまったからである。

 女王ユリーシア・ヴァスティナの後を継げる、絶対の資格を持つ者は・・・・・・。


「一体誰が・・・・・・!?」

「知ってどうするんだよ?どうせお前らはお終いなのさ!女王殺しの大罪人は一人残らず俺が粛清してやるんだよ!!誰が帝国を継ぐかなんてお前らにはもう関係ないんだよ、あっははははははは!!」


 狂ったように彼は笑う。帝国貴族たちに彼は、人ではない悪魔と映っただろう。

 しかし、ヘルベルトたちには、彼が泣いているように映る。失いたくなかった者たちを思い、涙の代わりに狂い笑う。そんな、狂い笑う彼の姿を、ヘルベルトは見ていられなかった。

 

「ここにもう用はない・・・・・・、屋敷に火を放て」

「了解だ、隊長」


 この日、反帝国女王派の多くは、ヌーヴェルの屋敷より連行された。

 マルクル・ビル・ヌーヴェルの屋敷には、帝国軍兵士によって火が放たれた。炎に包まれた屋敷はまるで、狂犬と呼ばれる男の怒りを表すかのように、激しく燃え盛ったのであった。


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