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第十四話 贖罪 Ⅱ

 女王の死後、帝国の者たちが何をしているか。

 参謀長の両腕、槍士レイナと剣士クリスティアーノは、普段通り鍛錬に打ち込んでいる。二人は一対一で、毎日模擬戦を行なっている。激しく戦う二人の姿は、必死に何かを忘れようとしているのが、誰の目にもわかってしまう。やりきれない気持ちを、お互いにぶつけあっているのだ。

 帝国軍の盾、剛腕鉄壁のゴリオンは街に出て、人々の手助けをしている。

 女王の死によって悲しみに暮れる人々を、少しでも勇気づけようとしているのだ。自分も女王の死を悲しんでいるというのに、根っからの優しい気持ちから、彼は皆の笑顔のために行動している。 

 今回の戦いで、昔からの戦友だったロベルトを失った、精鋭部隊を率いるヘルベルトは、女王の死後、毎日のように酒場に入り浸っていた。

 昼間から酒を飲み、時々何かを思い、独り言を口にしている。彼もまた、女王の死に動揺しているのだ。子供好きだった彼は、女王ユリーシアに優しかった。少女の身でありながら、国の指導者としての責任を背負わなければならない、そんな彼女に同情し、守ってやりたいとも思った。

 だが、彼女は死んでしまった。あまりにも若過ぎる死であった。戦友も先に逝ってしまった。何もできなかった自分に怒り、ユリーシアの死の悲しさから逃げようとして、酒に溺れていた。

 メイド長ウルスラとそのメイドたちもまた、女王ユリーシアの死によって全てを失ってしまった。

 彼女たちの光となり、再び生きる意味を与えてくれたユリーシアは、もういない。今の彼女たちには、仕えるべき主もいなければ、メイドとして生きる意味もないのだ。

 いつか、恩人であるユリーシアが抱える闇より、彼女を救い出したかった。だがこれは、一生叶う事のない夢となってしまった。やりきれない気持ちは、彼女たちも同じだ。

 ウルスラたちは今、ユリーシアが国を託した宰相リリカを助け、彼女の死に報いろうとしている。

 これは彼女たちなりの、贖罪なのだ。

 

 そして、ユリーシアの死から、何もできずにいる彼は・・・・・・。






「ユリーシア・・・・メシア・・・・?」


 二人が目の前に立っている。何も変わらぬ、あのままの姿で・・・・・・。


「二人とも・・・・どうして・・・・・?」


 忘れられない。忘れたくない二人の微笑み。

 変わらぬ微笑みを浮かべる二人が、俺にはいつも眩しかった。


「俺は、二人を幸せにしたかった・・・・・・。だけど、俺には何もできなかった・・・・・っ!」


 こんな俺でも、約束を果たせなかったこんな俺であっても、二人は受け入れてくれる。

 優しすぎるんだよ。どうして微笑んでいるんだ。

 俺は恨まれて当然だ。それが正しいはずだろ。俺は二人を守れなかったし、約束だって守れなかった。憎んでくれよ、でなきゃ俺は・・・・・・っ!

 

「リック」

「メシア・・・・・。教えてくれ、俺はどうしたらいいんだ・・・・」


 情けないよな。

 こんな時、俺はあなたに頼ってばっかりだ。メシアの優しさに甘えて、自分じゃ生きる意味を見出せない。最低だろ?駄目な男だろ?

 メシアもユリーシアも失った今の俺は、この世界に生きる意味がなくなった。


「お前にはまだ、果たすべき約束が残っている」

「・・・・!」

「守るべきものも、戦うべき理由も、生きる意味も残っている。お前はまだ、何もかもを失っていないはずだ」


 そうだ、彼女の言う通りだ。

 まだ俺には、やるべき事が残されている。ユリーシアとのあの約束は、まだ・・・・・。


「忘れるな。私たちがいなくとも、お前は一人になりはしない」


 目の前の二人が俺に背を向ける。彼女たちが俺から離れていく。

 駄目だ、待ってくれ!俺をおいて逝かないでくれ。

 守るって約束したんだ。家族になるって、そう言ったじゃないか・・・・・っ!


「待ってくれよ!俺の傍からいなくならないでくれ!!」


 何故か、身体が動かない。

 二人を追いかけたいのに、身体は身動き一つできない。

 ふざけるな!俺は二人を連れ戻す。この糞みたいな世界の残酷な現実なんか、俺が壊してやる!

 二人は死ぬべき人間じゃないはずだ。これから二人には、幸福な人生を送って欲しい。だから連れ戻させろ!二人は連れて行かせない!!

 

「メシア!ユリーシア!」


 戻ってきてくれ。俺は、あなたと君を・・・・・・愛しているんだ。






「・・・・・・待ってくれ!!」


 大きな声を上げて、ベッドの上から起き上がる。

 気付けば眠ってしまっていた彼は、夢の中から目を覚ました。


「はあ、はあ、はあ・・・・・。夢か・・・・・」


 彼にとっては良い夢であり、同時に悪夢でもあった。

 愛している二人の女性の、懐かしく思える微笑んだ姿。綺麗で、美しく、優しい微笑みを浮かべて、彼を支え続けた二人に、夢の中で再び出会えた。ただ純粋に、嬉しかった。

 だが、二人との夢の中での再会は、思い出したくない記憶を呼び起こす。

 そして、嫌でも認めなくてはならないのだ。愛する彼女たちとの、突然の別れを。


「約束・・・・・・。わかってるけど、駄目なんだ。動けないんだよ、俺・・・・・」


 そう、彼はまだ、何もかもを失ってはいない。

 心の奥底では、生きる目的も、果たすべき約束も、やるべき事もわかっている。

 彼が動けないのは、本当に大切なものを失う恐怖を知ってしまったから。そして、言葉にする事のできない、死を選びたくなるような悲しさに、心を殺されてしまったから。


「情けない・・・・・・。だから俺は、屑で下衆なんだ・・・・・・・」


 心から、今は亡き二人に謝った。

 情けなく、弱い自分。彼女たちがいなければ、何もできずに朽ち果てるしかない。それがこの男、長門宗一郎である。

 しかし彼には、彼女たちに代わって、命を捨ててでも守るべきものがある。 

 情けなかろうが、弱かろうが、そんな事はどうでもいい。屑だろうが、下衆だろうが、知った事ではない。

 果たすべき約束がある。自分がどんな人間であろうと、命を懸けて、彼女たちのために。


「長門宗一郎。俺は・・・・・・お前を殺してやる・・・・・」

 

 彼は誓った。

 今の自分自身を、永遠に殺してしまおうと・・・・・。






 深夜。月が真上に上り、闇に包まれたヴァスティナ城。

 見張りの兵が持つランプの明かりや、通路の各所に灯された明かりはあるものの、城内は夜の闇と静寂に支配されている。

 そんな城の通路を、一人の男が歩いていた。足音が、静かな廊下に響き渡る。

 彼は寝室に向かっていた。だが、自分の寝室にではない。向かっているのは、彼の主たる、帝国参謀長の寝室だ。

 長髪と眼鏡姿が特徴的の、帝国軍軍師エミリオは、未だに迷いを感じながら、目指していた寝室の前に辿り着く。


(この真実を、本当に彼に告げていいのだろうか・・・・・・)


 宰相のリリカと軍師であるエミリオが調べた、戦争の真相。

 報告によってもたらされた情報は、彼に自責の念を抱かせた。もっと早く手を打っておけば、こんな結果にはならなかったと、激しく後悔している。

 

(しかし、隠すわけにはいかない。私は彼の軍師なのだから)


 帝国軍参謀長寝室。エミリオは意を決して、寝室の扉を軽く叩いた。


「リック、話がある。入ってもいいかい?」


 少し間をおいて、寝室の中から返事が帰って来る。

 

「・・・・・エミリオか?」


 彼は驚いた。昨日までは、誰が何を聞いても返事がなかった。

 もしも返事がなければ、部屋に強引に入ってしまう気でいたエミリオ。大切な話であるから、どうしても聞いて貰いたかったのである。

 返事をしたと言う事は、エミリオと話す気があると言う事だ。昨日までとは明らかに違う。


「・・・・・入ってくれ、鍵は開いてる」

「わかったよ」


 扉を開き、寝室に入室したエミリオは、彼の姿を探す。

 彼はすぐに見つかった。寝室のベッドの上で、一冊の本を抱きかかえて横になっている。

 本の名前は、戦妃リクトビア。少女が彼に託した、一冊の絵本。


「リック・・・・・」

「・・・・・話って、なんだ」


 寝室の主、リックは彼に問う。

 酷い顔をしていた。気力を失った、エミリオが忠誠を誓う主の姿。あの日から、彼は戦いの勝利と引き換えに、大きな代償を支払い、大切な主君を失った。その時の心の悲しさと痛みは、想像を絶するものだったはずだ。

 それでも、リックの心はまだ生きている。エミリオには、それがわかった。


「今の君に・・・・この話は酷かもしれない。でもね、君はこの真実を知らなければならないんだ」

「真実・・・・・・?」


 誰にも聞かれてはならない話。これは国家機密に値する真実だ。

 リックへと近付き、彼の耳元で声を潜めて話す。詳しい事は省き、伝えなければならない事を。

 エミリオが話し終えるまで、リックは黙って全てを聞いた。そして、死んでいたはずの彼の眼に、怒りの炎が燃える。


「これが、真相だった。私が君の言う通りにしていれば、陛下たちは・・・・・・!」


 自責の念に囚われ続け、後悔し続ける。この先エミリオは、己の死の瞬間でさえも、この事を後悔し続けるはずだ。

 あの日の悲劇は、仕方のない事ではなかった。結果的には、彼が先に手を打っていれば、阻止できた事だった。

 そうすれば、リックは傷つく事がなかった。その思いが、彼に自責の念を抱かせ続ける。


「リック、私を恨んでくれていい。殺してくれたって構わない」


 自分は役立たずの無能者。忠誠を誓う主の、大切なものを守る事が出来たのに、失ってしまった。殺されたって文句は言えない。


「でも待って欲しい。私は、君を傷つけた者たちを決して許さない。彼らに裁きを与えるまで、私は死ねないんだ」


 彼の決意は固い。そして揺るがないだろう。

 だがリックは、エミリオを恨んでなどいない。恨むべきは・・・・・・。


「最も恨む相手は、自分自身だ」

「リック・・・・・」

「真実を、教えてくれてありがとう。俺は、やるべき事を果たす」


 ベッドから起き上がった彼は、抱きしめていた絵本に視線を移す。

 本の表紙には、戦妃リクトビアと書かれている。その名前は、かけがえのない少女が彼に与えた、願いの込められた名前。


「やるよ、ユリーシア。俺は、君との約束を果たす」


 リックは立ち上がる。絵本をベッドの傍の戸棚にしまい、寝室の扉へと向かう。

 部屋から出ようとする彼の背中は、新たな覚悟を背負っていた。その背中を見つめ、憂いの心が一層強くなるエミリオ。


「エミリオ、命令だ」

「・・・・・はい、参謀長閣下」

「今から言う者たちを集めろ。大至急だ」


 帝国軍参謀長、リクトビア・フローレンスは動いた。

 託されたこの国の未来のために。そして、果たさなければならない、たった一つの約束のために。






 参謀長命令により、密かに行動を開始したエミリオ。

 彼は今、リックが呼び集めるように言った者たちの所へと、急ぎ足で向かっている最中である。

 そんな中、命令を下したリックは、エミリオには頼まなかった、ある少女を呼ぶために、彼女の寝室前に訪れていた。この少女だけは、リック自身が連れて行かなければならない。その責任がある。


「メイファ、部屋にいるな」


 扉をノックして、中にいるはずの少女に呼びかける。返事はやはりなかった。


「入るぞ」


 許しを得ず、勝手に少女の寝室へと入ったリックは、部屋の中を見まわして、少女を探す。

 リックの専属メイド、メイファの姿はそこにあった。ベッドの上に足を崩して座り、気力を失くして俯いている。彼女もまた、リックと同じように絶望の底にいるのだ。


「来い。話がある」

「・・・・・・ご主人様・・・・・?」


 光を失った目をして、部屋に無断で入室したリックを見て、彼女は呟いた。

 信じられないものを見たかのような、そんな表情をしている。彼女の目は、どうしてここに貴方がいるのだと、そう言っていた。


「立ち直ったんですね・・・・・・」


 リックもメイファも、酷い顔をしている。泣き腫らした表情を隠そうともせず、リックの瞳を彼女は見つめた。

 彼の瞳は死んでいる。にもかかわらず、瞳の奥底には怒りの炎が灯っている。


「女王を死なせてしまった、自分への怒りで立ち直った。そんなところですか・・・・・」

「・・・・・・」

「ご主人様のように立ち直るなんて、私には無理です。いっそこのまま死んで逃げ出したい。もう、私の事は放っておいてください・・・・・」


 ここまで弱り切った彼女は、今まで見た事がない。

 初めて出会った時も、メイファは希望の光を失っていた。しかし今の彼女は、出会った時よりも酷く苦しんでいる。最早、生きる気力も失いかけていた。


「死ぬのは許さない。お前には、果たすべき責任がある」

「何を言って―――――」

「マストール宰相から、全部聞いた」

「・・・・・!?」


 マストール。今は亡き、帝国の偉大な宰相の名前だ。

 帝国のために己の人生を全て捧げ、最後の瞬間まで女王に忠義を尽くした、老人の名前。

 リックが苦手とし、同時に尊敬していた、女王ユリーシアの真の忠臣。

 彼が死の間際にリックへと託した、帝国の隠された真実。その鍵を握るのは、この少女である。


「無理やりにでも連れて行く。これは、お前と帝国の未来が懸かった話だ」

「・・・・・・好きにしてください」


 少女の手を引いて、彼はメイファを部屋から連れ出した。

 自分で言った通り、彼女は文句の一つも言わなかった。

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