第十四話 贖罪 Ⅰ
第十四話 贖罪
南ローミリアの一国。国の名は、ヴァスティナ帝国。
この国は、支配者を失った。失われたのは支配者だけでなく、国のために戦った戦士たちの命もまた、失われてしまった。
元傭兵であり、帝国軍の精鋭であった、ロベルトとその仲間たち。
女王に忠誠を誓い、最後まで戦い散っていった、騎士団長メシアと帝国騎士たち。
死んだ者たちは皆、帝国と女王のために戦い、その命を散らしたのである。だが、死んだ者たちが守る事のできたのは、国だけとなった。
ヴァスティナ帝国女王ユリーシア・ヴァスティナは、十四歳という若さでこの世を去った。
そしてヴァスティナは、善政に務めた良き支配者を失い、未来への希望を失ったのである。国民のほとんどが、彼女の死に嘆き悲しんだ。若過ぎる、か弱く儚い少女の死を、誰もが悼んだ。
民から笑顔は失われ、活気も街から消え失せた。女王の死という事実が広まって、数日が経つ。未だに涙を流す者たちさえいる。それほどまでに、この国の女王は愛されていたのだ。
悲しみに暮れる帝国。明日への不安を抱える民たち。
国を動かす者たちもまた、女王の死を悲しんだ。しかし、彼らは前を向く。
女王がその身を削り、平和を築き上げたこの国を失わないために、宰相リリカの指揮のもと、政務や軍務に城の者たちは取り掛かる。悲しむのを堪え、涙を拭い、女王が残した帝国のために奔走している。
政務は宰相のリリカが全て取り仕切り、軍務は帝国軍の軍師エミリオが仕切っている。二人のおかげもあり、帝国は大きな混乱を生む事なく、国としての機能を維持する事が出来た。
ただ、城の中には、未だ立ち直り、前を向く事ができない者たちがいる。
ヴァスティナ帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス。
彼はあの日から、自分の寝室より姿を現さない。
帝国女王ユリーシア・ヴァスティナの死は、表向きは病死だと発表された。
この知らせは今のところ、帝国内だけに発表された事であり、葬儀も済まされている。
葬儀の時には、帝国中の人々が城へと集まり、彼女の死に涙を流し続けた。女王の死からこの数日間、帝国内はようやく少しだけ落ち着きを取り戻し、如何にか国の機能を維持している状況だ。
「リックの様子はどうですか?」
「相変わらずだよ。部屋から出ようとしないし、話しかけても何も答えない」
ここは帝国軍参謀長の執務室。
ここでは今、参謀長に代わり軍師エミリオが一人で軍務に務めている。部屋にはもう一人、長い金髪の髪が特徴的な、美しい女性の姿。深紅のドレスを身に纏う、帝国宰相リリカ。彼女は政務を一段落させ、彼のもとへと足を運んだのである。
話の内容は、軍務を放棄して、ずっと部屋に籠っているリックの事だ。
「無理もないね。仲間だったロベルトを失い、愛する者を一度に二人も失った。二人はリックにとって、生きる意味そのものだったと言うのに」
「・・・・・・彼は、再び生きる希望を取り戻せますか?」
「無理かもしれない。陛下とメシアの死は、リックから全てを奪うに等しい。自らの死を選ばないだけ、奇跡と言えるかもしれないね」
女王ユリーシアに絶対の忠誠を誓い、騎士団長メシアを愛したリック。この世界は、彼から生きる希望と愛を奪った。もう彼は、この世界で生きる意味を持たない。
だからリリカは言った。自殺しないのが奇跡だと。
それはつまり、心が死んだリックの中に、まだ残されているものがある事を意味する。それが希望なのか何なのかは、リリカにもわからない。
もしも、彼を立ち直らせる事が出来る人物が、この世界に残っているとするならば、それはリリカ以外にいない。リックを救える希望はまだ残されている。だからエミリオは、たとえ彼女が無理と言おうとも、彼女に頼むしかない。
天才軍師と言われた事もある。しかし今の彼は、己が情けなくてならない。
自分にはリックを救う事が出来ない。彼を闇から救う事も叶わない。結局自分は、大事な時に何もできない無能者だと、そう思ってしまっている。
「心配いらないよ」
「・・・・・・」
「あれは弱い男だ。でも、大切な者たちのためには命を懸ける、本当に優しい男でもある」
「ええ・・・・・私もそう思います」
「お前たちを、リックは決して見捨てない。きっとまたこの部屋に戻って来るよ。今はまだ、時間が必要なだけ。私たちは信じて待っていればいい」
彼をもっともよく知るリリカが言うのだ。
エミリオの心境を思って、そう言ってくれている。本当は彼以上に辛いはずなのに、皆を助けてくれる大人の女性。リリカがいなければ、今頃帝国はどうなっていたのか、予想したくもない。
「私たちはやるべき事をやるだけさ。とにかく今は―――――」
その時、彼女の声を遮って扉を叩く声が聞こえた。
ノックの後、エミリオが入室を許すと、入って来たのは一人の帝国軍兵士だった。兵士はエミリオ指揮下の諜報班であり、国内外の調査が主な任務である。
兵士は真っ直ぐエミリオのもとを目指し、敬礼の後に、封に入った一通の手紙を彼に渡した。その後兵士は回れ右して、執務室を後にする。
常に諜報班を様々な目的で動かし、情報を集めさせている。そのため、エミリオのもとには毎日多くの情報が届くのだ。手紙の中身も、恐らくは何かしらの情報であるのは間違いない。早速彼は封を開け、中身を確認する。
封の中から手紙を取り出す。折り畳まれた紙を開き、書かれた文章に目を通していく。
「これは・・・・・・」
手紙を読み終えたエミリオは、後悔の念に襲われていた。
彼の様子から、何か重大な情報であったのは一目でわかる。
「どうしたんだい?」
「私は・・・・・・取り返しのつかない事をしてしまった・・・・・。私はリックに、合わす顔がない・・・・・・」
手紙は執務室の机に置かれた。その手紙を、リリカも手に取って中身を読む。
「・・・・・・エミリオ、今すぐに調べて欲しい事がある」
「わかっています。必ず突き止めます・・・・・・」
手紙を読んだリリカの眼には、誰も見た事のない、初めて彼女が見せる憤怒の炎が燃えている。
彼女の怒りの矛先は、この悲劇の元凶である者たちに向けられていた。
二人はすぐに動いた。それぞれの権力を最大限に利用して、真実を確かめるために・・・・・・。
「メイファちゃん。僕だよ、部屋にいるよね?」
城内。とある一室の扉の前に立つ、一人の少女の様な男の子。
彼の立つ扉の部屋は、参謀長専属メイド用の寝室である。その寝室の中にいるはずの少女の事を心配して、彼は足を運んだ。彼は毎日、これで何度目かも忘れるほど、この部屋の前に来ては、少女の名前を呼んだ。
だが、決まって返事はない。部屋にはいるはずなのだが、専属メイドのメイファは、自分の仕える主同様に、女王の死後、部屋から出て来なくなった。
「皆心配してるよ。もちろん僕もだけど・・・・・。だからお願い、部屋から出てきて」
やはり今日も返事はない。部屋にはいるはずなので、彼は諦めずに話を続ける。
「お腹空いてるよね、ご飯食べてないでしょ?僕が何か作ってきてあげようか?」
メイファの親友である彼は、彼女が部屋から出て来なくなった理由がわからない。
ただ、女王ユリーシアの死が関係している事だけはわかる。ユリーシアの死は、彼だって辛い。死を聞かされた時は、その場で泣いてしまった。
親友である彼女がユリーシアの死を悲しんでいる。部屋から出て来ない理由は、それしか思い浮かばない。しかし、どうして彼女がここまで悲しむのか。その理由だけがわからないのだ。
何故なら彼女は、この国来てまだ一年も経っていない。そして彼女は、城の中で一度も、ユリーシアに会った事もないというのに。
「イヴさん・・・・・・」
「!!」
久しぶりに聞く、彼女の声。力なく、小さな声が部屋の中から聞こえる。
メイファの親友、イヴ・ベルトーチカ。彼女もイヴと話すのは、本当に久しぶりであった。
「メイファちゃん、僕はここにいるよ!メイファちゃんがどうして悲しんでるのか、僕には全然わからないよ。でもね、悲しい事や苦しい事があるなら、僕が傍にいてあげる。だから・・・・・!」
親友の事を想い、彼女に聞こえるよう大きな声で告げる。
本当ならば、この部屋の扉を開けて、無理やりにでも傍に居たいと思う。だがそれは、彼女の心を傷つけてしまうかも知れない。
だからこそ、イヴは待っている。彼女が自分の力で、この部屋の扉を開けて出て来る事を・・・・・・。
「私の事は・・・・・放っておいてください」
「メイファ・・・・ちゃん・・・・・」
「嫌なんです・・・・・。自分も・・・・この世界も・・・・・大っ嫌い・・・・・っ!」
その言葉を最後に、訪れる沈黙。
それからイヴが何度呼び掛けても、メイファは何も答えなかった。
今日も駄目だった。仕方なくイヴは、彼女の部屋を後にする。
メイファの寝室から離れていく、イヴの悲しい後姿。今日も駄目だった事に落ち込み、いつもの明るさを失っている。
「ありゃ、イヴっちやんか?もしかして、メイファちゃんのとこ行ってきたんか?」
肩を落として歩くイヴに声をかけたのは、発明家シャランドラであった。
さらに、シャランドラの傍には、帝国軍第四隊所属の女兵士、セリーヌ・アングハルトの姿もある。
「シャランドラちゃん・・・・・セリーヌちゃん・・・・・」
「また、駄目やったんか?」
「うん・・・・。リック君のところにも行ってきたんだけどね・・・・・、やっぱり僕じゃ何もできないよ・・・・・」
明るく、小悪魔的な笑顔で、常に振る舞う彼の姿が今はない。
泣き出しそうな悲しい顔で、下を見つめている。ここまで落ち込む彼を見るのは、二人も初めてだ。
シャランドラとアングハルトは、偶然城の通路で出会い、一緒にリックの様子を見に行ったところであった。寝室の扉の前で、イヴと同じように彼に話しかけるも、何も返事はなく、仕方なく部屋を後にしたのである。イヴと出会ったのは偶然だ。
二人も、まさかイヴが、ここまで精神的に追い詰められているとは思っていなかった。
無理もない話だ。大事な親友も、愛する男も、女王の死で心を痛めてしまった。特にリックに至っては、ユリーシアとメシアの死で、完全に心が死んでしまった。
イヴはリックを愛している。たとえこの世界の人間全てが死に絶えたとしても、リックさえ生きていてくれるならそれでいい。そう思う程に、彼の事を愛しているのだ。
そんな彼を、如何にかして救いたい。その想いが強くとも、彼には何もできない。
愛する男も、唯一の親友も救えない。その事が、彼の精神を追い詰めているのだ。
「うちも同じやわ・・・・・・。こんな時、リックになんもできへん・・・・・。うちがユリユリの病治せる薬作れたら、こんな事にはならんかった・・・・・」
「僕たち、リック君が大好きなのにね。リック君が苦しんでる時に、何もできない・・・・・。こんなの、耐えられないよ・・・・・」
イヴにとっても、シャランドラにとっても、リックは生きる意味そのものだ。
リックが女王ユリーシアにそうであったように、二人もまた、それは同じだ。何もできない、誰も救えない己の無力さが、どうしても許せない。
「イヴ殿、シャランドラ殿。私の意見を口にして宜しいでしょうか?」
「なんや・・・・・?」
黙り続けていたアングハルトが、見てはいられない二人の姿に、己の想いを語ろうとする。
「御二人は無力などではありません。何故なら御二人は、参謀長を愛する事のできる、参謀長の良き理解者であるからです」
「セリーヌちゃん・・・・・」
「・・・・・イヴ殿、セリーヌちゃんと呼ぶのはやめてください。ともかく御二人は、あの御方を愛し、あの御方を信じ、あの御方のために命を懸ける事のできる、私が尊敬する人間であります。ですから、御二人は無力ではありません」
軍人らしい硬い言葉遣いで、堂々と言い放って見せた。
目を丸くしてアングハルトを見る、イヴとシャランドラ。あまりにも二人が驚いているので、何か言ってはならない事でも発言してしまったのかと、困惑しているアングハルト。
「私は、何か間違った事を発言したでしょうか?」
「いっ、いやな・・・・・・、そんな風に考えてるなんて想像してへんかったから・・・・・」
「驚いちゃったよね。尊敬する人間て言われたの初めてだから、ちょっと恥ずかしい・・・・」
「もっ、申し訳ありませんでした!発言を撤回します」
「真面目やなセリっちは。別にええで、撤回せんでも」
「あはは、セリーヌちゃんって硬いよね。もっと肩の力抜いちゃっていいんだよ」
二人の顔に笑顔が戻る。
アングハルトの真面目さと正直さが、二人の心に響く。二人が苦悩している事に、彼女は同じように心を痛め、優しく慰めようとしているのだ。不器用でも、正直な気持ちを二人にぶつけ、立ち直って貰おうと必死に言葉を紡いだ。
それが二人の心に、温かな光を与えてくれた。
「ほんと・・・・面白いで・・・・・・」
「うん・・・・ありがとね・・・・・セリーヌちゃん」
「イヴ殿、シャランドラ殿・・・・・」
ずっと我慢していた。泣きたい気持ちを必死に堪え、リックとメイファを救おうとしていた。
感情が溢れ出し、堪えていた涙が流れ落ちる。悲しさと悔しさの混ざった、イヴとシャランドラの涙。
泣き出した二人を、アングハルトが抱きしめる。二人が我慢していたものを全て吐き出せるように、優しく抱擁した。
「うっ・・・・・うっぐ・・・・・セリっち・・・・」
「セリーヌちゃん・・・・ひっぐ・・・・・メイファちゃん・・・・・リック君・・・・・」
「大丈夫です。今は好きなだけ泣けばいい」
年上の女性の温もり。優しき姉のような存在だと、温もりに抱かれて二人は思う。
二人の頭を撫でる、姉の様な女性。しかし彼女は、ある事を恥ずかしがって、頬を赤らめさせていた。
「御二人とも・・・・・、名前で呼ばないで頂きたいのですが」
「「ぐすんっ・・・・・・、ダ・メ♪」」
「・・・・・・・・・はあ」
諦めた彼女を見て、また笑った二人。
二人はやはり、無邪気な笑顔がよく似合う。




