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君が見つけた空  作者: にゃろめ
〜君の見つけた空〜
3/27

高校2年 夏 2

頬に浮かぶえくぼが特徴的な女の子だった。

黒い髪の毛を鎖骨あたりで切りそろえ、前髪は目元あたりでサイドに流している。

どこにでもいそうだけれど、どこか神秘的な雰囲気を併せ持つ彼女はとても滑稽な姿で俺の前に現れた。

制服にカラフルなエプロンを着用し、両手には違う種類の筆。

頬には何色かの青色の絵の具をつけていた。


「ごめんなさい。いきなりで驚きましたよね。」


そういった彼女はゆっくり俺の方に足を進めると、何事のなかったかのようにして俺が手にかけていた布を取り上げ、俺と絵を交互に見比べ始めた。


「これ、今回コンクールに出す私の作品なんです。どうですか?」


どうですか、と聞かれても何も言うことができない。

ただ一言何で、というので精一杯だった。

後姿だからもしかしたら他の人にはわからないかも知れないが、俺にはわかる。

これは「俺」だ。

そして夏休みに見上げたあの時の、あのままの空がそこにはあった。


「あっ、そうですね。すいません許可も取らずに先輩のことモデルにしちゃったから。もしかして、先輩怒ってますか?」


ビー玉のような大きな目がすぐそばで俺を見上げていた。

俺はいや、といいながら小さく首を横に振ってもう一度彼女の絵を見つめた。

綺麗な青。


「これ、私の最高傑作なんです。」

彼女はうれしそうに、そして優しい手つきで絵の青を撫でる。

その細く白い指先に視線がとられる。

「夏休み、偶然立っていた先輩を見つけたんです。その視線の先があまりにも綺麗で忘れられなくて・・・。」

「勝手に絵にかいたこと、怒ってま…。」

「君は?」


彼女が話し終わる前に俺は勝手に言葉を挟んでいた。

彼女は少し驚いた表情で出しかけた言葉の続きを飲み込んだようだった。

俺はそんな彼女に構うことなく、小さく声を出した。


「君の名前は?」


あれから一人で教室に戻ると、蓮から「先に帰る」とメールが来ていることに気付いた。

俺は小さな画面を数秒見つめ、わかった、と一言だけのメールを返信した。

机に置いてあった色の褪せた革のカバンを肩にかけ、教室を出た。

彼女のあの絵を見たときからふわふわした現実味のない感覚になっている。

でもそれが一体なんなのかはまったくわからない。

そんな自分に無償に腹が立って、俺は足早に廊下を抜けた。

 



「私の名前?」


彼女は小さく首をかしげ、俺を見る。

ゆっくりと俺の言った言葉を繰り返すと、今理解したというように頷き、小さく笑って見せた。


「リク。]


「片瀬 李紅です。」


窓から向けられる赤い西日は彼女を黒い影のように移していた。

彼女がそっと首をかしげると、西日が直接俺の目に飛び込んでくる。

そのときふとまだ自分の名前を名乗っていないことに気が付いた。


「俺は、」

「桐崎 葵、ですよね。」


彼女の言葉が俺の言葉をふさぐいだ。

それは静かな美術室の空間に大きく響く。

そして彼女はまたさっきのように優しく微笑んだ。


「先輩、何度もコンクールで賞を取ってるんで、知ってます。」


そう言って彼女は俺の顔を見るとクスクスと笑い始めた。

さっきの仕返しと言わんばかりのタイミングに自分で笑ってしまったらしい。

それはとても優しい音だった。


「片瀬も美術部員なのか?」

「そうですよ。先輩とは今日はじめてお会いしましたね。」


たしかに、2年になってから部活に顔を出さなかった俺は後輩ができたことなんてすっかり忘れていた。

彼女以外に何人の部員が入部したのかすら、俺には把握できていない。


「先輩のその絵、今度の応募作ですよね。見せていただいてもいいですか?」


彼女は突然俺の脇においてあった絵をさしてそういった。

彼女は俺の絵にかけてあった布を素早くはずし、布を両手で抱え持つ。


一面に広がる青、蒼、藍。

夏の快晴の空。

雲一つない、だけど青一色じゃない。吸い込まれそうな青。

夏休みに見た、一番の色だった。


彼女はまじまじと俺の絵を見つめ、そして最後に俺の顔を見る。

彼女のビー玉のような大きな目が横から西日にあてられて、キラキラと黄色に光っていた。


「すごい、こんなにきれいな青色、見たことないです。本当に綺麗・・・。」

「私、色の中で青が一番好きなんです。女の子らしくないねって、言われるんですけど。」


「リクの、クって、紅って書くんですよ。赤より青のほうが好きなんですけど。」

「そういえば、先輩は名前にアオって入ってますよね。」


「漢字は向日葵のアオイだけど。」

俺がそう付け足すと、彼女は笑って見せた。


お互いが初対面のはずなのに、なんだかそんな感じはまったくしない。

むしろずっと昔からの友達のように会話が弾む。

まるで幼馴染…と話しているような、そんな感覚。


「先輩は部活にきて絵をかいたりしないんですか?」

「好きな時にかくのが好きなんだ。決められているとなんだか落ち着かなくて。」

「先輩、変わってますね。」

「君には言われなくないよ。」


近くの机に寄りかかり彼女との会話を続けた。

彼女はどちらかというとあっさりとした口調で、ハキハキと話す。


「よかったら今度素敵な場所おしえてくださいね。」

「あぁ、すごく綺麗に景色が見えるところがあるんだ。今度教えるよ。」

ありがとうございます、そう嬉しそうに微笑んだ彼女の頬には小さくえくぼができていた。



外に出ると夕日で全てが赤く染まった世界が一面に広がっている。

俺は目を閉じて自分の中にある熱を感じた。

いくら夕方といっても、日中の熱が残っていてまだかなり暑い。

俺は燃えるように紅い空を見上げた。

鮮やかな夕日で俺自身までもが赤く染められているようだった。


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