side李紅 冬の温度
最初に話しかけられたときからなんとなく、私はこの人を好きになると思っていた。
運命だとか、信じているわけじゃないけれど。
それくらい簡単にわかってしまった。
人を好きになるのに理由なんて必要ない。
そう思った。
「俺とさ、付き合う?」
高校に入学して一年の冬。薄暗い学校からの帰り道。
雪こそ降ってないが、空気はピンと冷たく張り詰めていて。
さっきまで陽気に笑っていた先輩も、今は見たことのないくらい真剣なまなざしでこちらをみている。
あまりにも軽い口調だったので、冗談だと思った。
蓮先輩はいつも明るく、楽しい話をしてくれた。
写真の被写体になってと頼まれてから約三ヶ月くらい。
こうやって二人で帰ることも珍しくはない。
普段どおりの生活の中で、先輩は時々私にカメラを向ける。そうゆう事が日常のになってきていた。
聞きなれない台詞にとまどう。
なかなか返事を返そうとしない私を見かねたのか、先輩はもう一度口を開く。
「俺の彼女になりませんか?」
二回目の言葉は蓮先輩には似合わないくらい硬く、丁寧な口調だった。
それでもって空気の冷たさからかそれとも照れているのか、先輩の鼻と耳は薄明かりの暗闇の中でもわかるくらいに赤く染まっていた。
先輩は有名人だ。
私たち一年生の間でも先輩は噂の的だった。
見た目も爽やか、話も上手く女の子にも優しくて。
そして、同性からも好かれていて。
私とは正反対。
昔から体も弱く、何度も入退院を繰り返していたため、私には友達と呼べる人がいなかった。
やっと学校に通えるようになっても、長い病院生活で友達の作り方さえも忘れてしまった。
どうやって声をかけていいのかわからない。
そうしているうちに、また1人。
先輩が初めて話しかけてきてくれた時、正直かなり驚いた。
『片瀬さん』
先輩が私の名前を知っていたことに。
そして、私が先輩から目を離せなくなったことに。
遠くから見ていて知っていたのに、近くで名前を呼ばれただけで一瞬で世界が変わった。
私は、先輩のことをきっと好きになる。
そうゆう感覚は初めてだった。
気がつくと先輩は首に巻いた青いマフラーで顔を隠すように下を見ながら歩いている。。
長いこと無言を貫いた私は乾いて冷たくなった唇を開け、小さく息を吸う。
「蓮先輩って……葵先輩と付き合ってるんだと思ってました……」
歩いていた先輩の足がとまる。
長い間が空いて蓮先輩の目が見開かれるようにこちらを見るのがわかった。
「俺が……葵と……?」
つぶやくように聞き返してきた先輩の表情は先ほどとは打って変わって青白い。
その場に呆然と立ち尽くしたまま動かない。
「私のクラスの女子はみんな噂してますよ?だって、いつも一緒に居るし、蓮先輩と葵先輩だと絵になるって」
「……いや、違うよ?絶対に違うよ?てか、君のクラスはそうゆうのが流行ってるの?」
「……たぶん」
「俺たち男同士だし、いやそういうことじゃなくて……えっと、本当に!!」
わかりやすいくらい慌てて否定をする先輩に、私はおかしくなって声を上げながら笑った。
先輩に顔を見られないように背を向けて笑いをこらえようとするが、なかなか収まらない。
さっきまで凍えるような寒さだったのに、今は体がすごく熱い。
「蓮先輩、慌てすぎです。大丈夫です、わかってますから」
久しぶりに大きな声で笑ったものだから、お腹がだるく感じた。
笑いすぎてひきっつった顔を治すように頬に手を当てると、指先まで温かくなっていた。
「……私はそうゆう真っ直ぐで明るい蓮先輩のこと、好きですよ?」
「……それって……返事?」
また長い間が空いて、先輩の小さなつぶやきが背中から聞こえてきた。
振り返り、少し上の方にある先輩の目を見る。
私のこの熱が、伝わればいい。
「……そのつもりですけど」
よろしくお願いします、蓮先輩。
そう言いかけた言葉は最後まで聞いてもらえなかった。
気がついたら目の前は真っ暗で、しかもなんだか温かくて。
少しの時間がかかって、私が今先輩に抱きしめられていると理解した。
「ありがとう。李紅、大好きだ」
ぎゅっと腰に回る手に力が入る。
「恥ずかしいです……先輩」
それでも先輩は私を離してはくれなかった。
そのときにふとわかってしまった。
私の肩に顔をうずめた先輩。
まっすぐで、正直で。
私とは本当に、正反対。
そんな先輩を可愛いと思ってしまったことは、ずっと胸の内に隠しておこうと思う。




