思い出の地にて 君の見つけた空を
最終話です。
過去に二回、この階段を上った。
天国へ続くこの階段を。
1度目は親友と。
2度目は愛する人と。
そして3度目の今日、愛しい人が託した未来と共に。
「まだ…?」
「もう少し」
何度この会話を繰り返したのだろう。
俺はヒカリの右手を引っ張りながら階段を一段一段上っていく。
半分を過ぎた頃からこの状態が続いている。
「ヒカリだって、前に1度この階段を上ったことがあるんだぞ。」
「え?覚えてないよ。いつ?」
右手で3の形を作って後ろに見せてやると、覚えてるわけないよ!そんな昔の頃!といわれてしまった。
今彼女は17歳だから、ちょうど14年前。
「しかも、ママの腕に抱かれてでしょ。そんなの自分で上ったとは言わないよ」
「いや、ちがう俺の腕だ」
振り向いて微笑むとどっちでもいいけど、と返された。
そんな話をしているうちに最上階への入り口が見えてきた。
光は先ほどの疲れが一気に吹き飛んだといわんばかりに階段を駆け上り、光の中へと入っていく。
その後ろ姿に、一瞬懐かしい背中が重なった。
「うわぁ!きれい!」
光の背中を追いかけるようにして光の門をくぐると、澄み切った青空が広がり、赤い屋根で埋め尽くされた歴史ある景色が姿を現した。
「ねぇ、すごい!写真撮って!写真!」
「あぁ」
バックの中から大きなカメラを取り出して俺に手渡すヒカリ。
自分はどの景色がいいかな、ポーズどうしよう、だとかあれこれ悩んでいるらしい。
手渡されたカメラはずいぶん古いが丁寧にメンテナンスをされている。
懐かしい感触に、口元が緩んだ。
そういえば昔もこんな風にここで写真を撮った。
俺がカメラマンで、被写体は。
「ねぇ、早く!!」
そういわれてカメラをヒカリに向けた。
……ヒカリに向けたはずだった。
昔の記憶が一瞬で目の前を駆け抜ける。
『片瀬 李紅です』
『お前が幸せだと感じてくれて嬉しいよ』
『子ども扱いしないでください!』
『俺は、李紅が好きだ』
フラッシュの光で我に返った。
満足そうな顔をしたヒカリが俺のほうへ向かってくる。
掌が少し汗で湿っていた。
「ありがとう。アオイさんも、写真撮る?」
「いや、俺はいい」
そして青々とした空に目を向けた。
心地よい風が俺の頬を掠めては過ぎ去っていく。
ゆっくりと目を閉じた。
彼女と出会ってからの20年分の想い。
『葵先輩』
不思議と純粋に彼女のことだけを思っていた。
人を好きになるなんて初めてで。
自分の中に湧き上がる想いの名前なんて知るはずもなかった。
『アオイさん』
彼女のことを何度もあきらめようと思った。
正直、蓮と李紅が二人で並んでいる姿なんて見たくもなかった。
醜い嫉妬、この感情の名前を知るの怖かった。
自分を押し殺して、隠すことばかりに必死だった。
『あおい』
年を重ねるごとに強くなる自分の想いに驚いた。
どんどん欲張りになっていく自分がいて、そんな自分に戸惑って。
どうしたら良いのかわからずに、ただ周りが変わっていくのを見ていることしかできなかった。
『葵』
失って初めて自分が背負っている責任の重さに気がついた。
自分の立っているこの場所は、あまりにも脆くて。
1人で立ち上がるには辛すぎて、どうしようもなく不安だった。
『葵、大好きよ』
夢中で追いかけて、傷ついて。
最後に何が残ったのだろう。
自分が本当に欲しかったものはなんだったのか。
『ありがとう……葵』
コトン
その小さな音で目を開けた。
あたりは先ほどの青空が半分になり、もう半分が赤く染まっていた。
濃紺と紅のコントラストが、赤いレンガに映えて幻想的だった。
手元を見ると小さな小瓶がおかれている。
はっとして後ろを振り返ると、ヒカリが逆光に目を細めながらも不安そうにこちらを見ていた。
「……そろそろかな、と思って」
「……悪い」
「いいよ。だって、これはアオイさんとママの約束だから」
そう言って微笑んだヒカリは最初に出会った時の彼女によく似ていた。
『この時間を止めた街で、ずっと生き続けるのよ。蓮は』
『もっと、蓮の傍にいたかったの』
『……ありがとう。葵』
俺はそっと手の中に合った小瓶のコルクを抜いた。
そして風に飛ばされないように慎重に手のひらへと灰を落としていく。
半分を自分の手に、そしてもう半分をヒカリの手に。
「……もう、いいの?」
「あぁ、大丈夫だ」
心配そうにのぞき込んでくるヒカリの頭に空いている方の手を乗せた。
いつもならよけるように手を外されるのだが、今日のヒカリはされるがまま。
うつむいたヒカリの表情は俺からは見えない。
「……ママはさ、ずるいよ。アオイさんを置いて、パパのところに行きたいなんて」
小さくつぶやいたヒカリの言葉は聞こえないふりをした。
きっとヒカリも俺に聞いてほしいとは思っていない。
彼女の頭から手を離し、もう一方の握りしめた手に添える。
どうか、あの空まで届くようにと願いを込めて。
ゆっくりと赤く染まった空へと手を差し出す。
『守りたいの。蓮のために、蓮の願った未来を』
「……俺にもあったんだ。守りたいもの」
せーの、というヒカリの声が大きく響いた。
手のひらを広げた瞬間に、俺たちの体を今までで一番強い風がなでていく。
乗っていた灰はその風と共に一瞬にして赤い空に消えていった。
名残がキラキラとオレンジ色のヒカリに反射して、目の前を通り過ぎる。
さらさらとした灰の感触が手に残ったままだった。
「もしかしたらさっきの風、パパだったのかもしれないね」
しばらくそのまま二人で立ち尽くしているとふいにヒカリが口を開いた。
ヒカリのほうを見ると、真剣な顔で夕日で一面赤く染まった街並を見つめていた。
「きっとママのこと迎えに来たのよ。たぶん」
「そうだな」
小さな自分の声が微かに震えているのが分かった。
ヒカリに気が付かれないように、今度ははっきりと声を出す。
「またここに来ればいい。来年も、再来年も」
そう、来年も再来年も、その先もずっと。
「…まるで長い長い夢を見ていたようだ」
なんだかとても穏やかで、すっきりとした気分だった。
『今度はずっと蓮と一緒にいたい』と願った彼女との約束を、今果たした。
俺の覚悟ができないせいで、あれからもう10年以上もたってしまったけれど。
きっと彼女なら笑って許してくれる。
……そんな気がした。
「……もう帰ろう、お父さん。そろそろ暗くなるよ」
聞きなれない単語で、あわててヒカリのいるほうを見た。
彼女はなにしてるの!と手を揺らして俺を呼んでいる。
「お父さん、早く!」
そう言って背中を向けた彼女は夕日で真っ赤に染まっていた。
「ヒカリ!」
俺は彼女の背中を追って走った。
俺が望んだ未来の背中。
李紅、俺は。
君のために、君の望む未来を繋げていく。
ずっと、ずっと……。
私の処女作でした。
初めて長文として話を完結させることができて、少し達成感を感じています。
書き方も文章構成もデタラメ。
文章も稚拙で、読みにくいところも多くあると思います。
それでも最後まで読んでくださった読者の皆様には本当に感謝の気持ちで一杯です。
あと少し番外編をUPする予定です。
最後の最後までお付き合いいただければ幸いです。
本当にありがとうございました。




