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君が見つけた空  作者: にゃろめ
〜君の見つけた空〜
19/27

美大4年 冬 【極夜】


「葵ってさ、本当に笑わないんだな」


一人で絵を描く俺、その手はクレヨンでところどころ汚れている。

俺は目の前で不思議そうに絵を覗き込む誰かを見上げた。

「お前も一緒にサッカーやろうぜ。みんなでやれば絶対楽しいからさ」

そう言って俺の手を無理矢理引っ張っていくそいつは、クラスで一番の人気者だった。

小学校一年生。

なかなか新しい環境になれず友達もできない俺は、一人で絵を描いたり 読書したりしている時間のほうが多かった。

本当はずっと憧れていた。

いつも人の輪の中心にいて。

楽しいことしかない、そんな風に笑ってばかりいて。

本当に毎日が幸せそうなアイツ。

水嶋蓮の ようになれたらって。

そして笑顔で人を引っ張っていく、そんな風になれたなら……。



俺が欲しかったもの、すべて持っているような気がしていた。

それは形のあるものからないものまで。



「俺、葵になりたかったな」

 中学生に上がってすぐの頃に、正面で給食を食べていた蓮がつぶやくようにそういった。

「だってさ、葵は絵すごい上手いし、成績も良いし、金持ちじゃん。しかも、その容姿だろ?女子からすごくモテるし」

真顔でそう言 い切った蓮はまた自分の皿に目を落とした。

蓮がそんな風に俺を見ていたなんて思っても見なかった。

「俺は、蓮になりたいけど」

そういうと、蓮は鼻で笑ってこちらを見た。

「からかってんの?殴るよ?」

冗談だと分かっていた。

そのあとも、何事もなく給食を食べる蓮と俺。

休み時間には蓮に誘われ、サッカーをしに校庭へ出た。




『蓮ね、笑ってたの』



記憶の中のリクの声で急に現実に引き戻された。

俺はテーブルの上に投げ出されたままの手紙が目に映っている。

葬式やら火葬やらでめまぐるしく時が過ぎた。

あれから何日たって、今は何時なのか。

わからないまま床に座っていた。

外では雨だれの音がしていて、あの日の夜を鮮明に思い出す。

行き場のない感情が渦巻く。

認めたくない現実に俺はただ流されるしかなかった。

「れん」

冷たく沈んだ部屋に響く自分の声が、誰か違う人のもののように聞こえる。

喉の奥に感じる鈍い痛みに焦って片手で目を覆った。

大丈夫……まだ、大丈夫。

俺はリクの家に向かう準備をするため、重い足を動かし立ち上がった。



今日12月25日の街は、明日のクリスマスに向けて賑わいを見せていた。

駅前には大きなクリスマスツリーが鮮やかな色合いで立ち尽くしている。

俺はそんな楽しそうな人々を横目に見ながら駅に入り、電車に乗る。

夕方ということで、学校から帰宅する高校生たちが特に多い。

小さく揺れる電車、後ろに流れていく町の明かりがやけに印象に残った。


前に一度だけきたことのあるアパート。

川沿いにある小さなアパートだった。

ついた時には辺りは日が沈み切り真っ暗になっていた。

こわばる指を暖めるように握り、部屋番号を確認しインターホンを押す。

しばらくして灰色の扉の向こうでがたがたと動く音がした。

扉が開くとその光の量に目を細める。

「葵さん?どうして…」

突然の訪問に驚きが隠せないらしい彼女に、今さっき寄り道して買ってきた小さな白い箱を目の前に突き出す。

条件反射で受け取る彼女だが、まだ何のことだかわかっていないらしい。

「なにこれ?」



アパートの扉の前で立ったまま5分ほど待たされた。

リクがどうしても、少しだけ片付けたいといったからだ。

「来るなら一言くらい連絡くれればよかったじゃないですか。そしたら部屋片付けたのに。もう、散らかってて恥ずかしい!」

そういいながら彼女はテーブルの上に上がっていた雑誌やら何やらをいそいでまとめ始めた。

家に上がらせてもらった後もリクはチョコチョコと動いては片づけている。

「本当、寝るときにしか使ってなかったから、汚すぎて……。葵さん、すみません。」

リクが言うほど汚いとは思わなかった。

パステルカラーの色鉛筆、クレヨン、クーピーに絵具。

リクの部屋は相変わらずカラフルだ。

「別に平気だよ。それよりさ、どれ食べたい?」

「ショートケーキとチョコレートケーキいただきます!」

「じゃあ、俺はモンブランで」

いつの間にか手元に用意されたコップにはゆらゆらと炭酸の泡が揺られている。

「私、アルコールはちょっと。葵さんは、遠慮なくどうぞ」

そういってリクのほうにはウーロン茶が入れられた。

「葵さん、今日は本当にありがとうございます……」

カチン、と音を立ててコップのふちをぶつける。

中の炭酸がはじけて少し飛び散った。


こんなことをしている状況でないことはわかっていた。

蓮がいなくなったのに、見ず知らずの人の生誕など祝う気にはなれない。

しかし俺は、何も考えたくなかった。

今だけでいいから何でもない日常を思い出して、幸せなふりをして過ごしたかったのだ。

そして、リクと分け合いたかった。

偽りの幸せを、このどうしようもない虚無感を。



しばらく他愛のないことを話し、笑いあった。

教授がどうだったとか、テレビにでてたお笑い芸人のことだとか。

そうしているうちに、ボトルも、ケーキもなくなった。

話題が尽きて、何気なく壁によりかけられているキャンパスを見た。

大中小、様々なサイズの絵が置いてあり、カバーがかけられている。

「これ、みてもいいか?」

「いいですよ、授業で書いたものばかりですが」

順番にカバーをめくってみる。

おもに水彩画が多く置いてあった。

たまに油彩で風景画や人物画があり、ふとグレーの瞳を思い出した。

ゆっくりと絵に手をかけていく。

リクはそのたびにその絵の詳細や、描いていたときのエピソードを語ってくれた。

そして最後の一枚。


「これは……見覚えがある」

「もちろんですよ、それは葵さんですから」

一番最後にあったのはいつかの俺。

青々とした色合いも昔見たものと全く変わりない。

「ずいぶん綺麗にとってあるな」

「これは一番お気に入りの絵ですから」

嬉しそうにリクは笑ったが、俺は何も言えなかった。

「そういえばあの時の葵さん、何してたんでしょうね」

覚えていますか?

そう聞かれて、俺は少し間をあけて覚えてないと答えた。

ですよね、なんてリクは勝手に想像を巡らせているようだ。


忘れるわけがない。

青々とした空と騒がしい蝉の鳴き声。

高校2年の夏の自分。

あの時、俺は探していた。

蓮の姿を。

そして……今も。



終電の時間が近づいてきていた。

居心地の良さに、時間が過ぎるのが速く感じる。

俺は会話の区切りがつくのを待って切り出した。

「そろそろ俺、帰るよ。終電乗らないといけないし」

「そうですよね」

アルコールが回らないようにゆっくりとした足取りで玄関に向かう。

扉を少し開けると外から冬の冷たい空気が入ってきた。


「おじゃましました」

そういって部屋をでた……つもりだった。

ドアノブに手をかけた俺の手の上に白く暖かい手が重なり、開きかけていた扉を引き戻す。

まるでスローモーションのように見えた。

バタンと大きな音がして、一瞬にして静かな空間に引き戻された。


「……リク?」

何が起こったのかいまいちわからなかった。

振り向いてみた彼女の様子に、一瞬小さく息を呑んだ。

「……葵さん」

彼女の手は依然として俺の手に重なったままだった。

うつむいたその表情は陰になってみることができない。

「私……私、大学を辞めようと思うんです」

それでも俺の手を包むリクの手が振るえている。

強く握られた手から何とか彼女の心情を読み取ることができた。

「それは」

俺の喉からはかすれたような音しか出ない。

「……それは本当に、リクにとって最良の選択なのか?」

「わかりません」

少し間をおいた後でうつむいたままの彼女がつぶやく。

「でも、守りたいものがあるんです!それは今のままの私じゃダメで……。守りたいの。蓮のために、蓮の願った未来を」

そう言いきって顔を上げた彼女の表情は俺が今まで見てきた彼女の中で一番悲しく、そして一番綺麗だった。


外の空気は肌を刺すように冷えていた。

俺は早足で終電に乗り込み、見慣れた景色を眺めながら電車に揺られた。

途中アルコールのせいなのか、少し眠くなったがなんとか睡魔を乗り越え電車を降りた。

暗い夜道を歩く。

先ほどのリクの表情が頭から離れなかった。




『守りたいの。蓮のために、蓮の願った未来を』




「蓮のために……、蓮の願った、未来を……」

病院の帰り道以来だった。

彼女から蓮の名前を聞いたのは。

ぼやける視界をごまかすように上を見た。

そっと見上げた空は月も星も見えないくらい深い闇で覆われていた。

そしてふと苦笑する。

「こんなこと言ったら殴られるかもな、俺」




やっぱり俺は蓮になりたかったなんて。


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