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君が見つけた空  作者: にゃろめ
〜君の見つけた空〜
13/27

美大3年 初春

俺の実家から一番近い駅前の小さなカフェ。

そこに今俺はいた。

このカフェは中学、高校とよく蓮たちと通った店だ。

店主は今も昔も変わらず無口だが優しい老紳士で、ブラックのコーヒーが飲めなかった俺たちに何も言わずに砂糖とミルクを入れてくれていた。

木目調の壁や、年代物の壁掛け時計が店の落ち着いた雰囲気に合っていて。

今でこそ落ち着いた俺たちだが、まだまだ子供だった昔の俺たちをよく受け入れてくれていたなと感謝の気持ちが強い。


一番奥のテーブルのガラス側。

昔からの定位置は変わらない。

そして目の前には氷の溶け気味なアイスコーヒーと、楽しそうに話す蓮の姿。

少しばかり髪の毛が伸びたのか、蓮の耳にかかった毛が少しだけ跳ねている。


今日は、久々に2人だけの機会だった。

いつもはリクも一緒にいるのだが、今日は蓮からの誘いでここにいる。


「アオイ、大学では上手くやってんの?リクからの話によると、超美人の外人の彼女がいるとか、いないとか。」

「まぁ、彼女かどうかは置いておいて。結構楽しいよ、こんな風に好きなこと勉強できる環境も。」

「葵は自分のことなかなか報告してくれないからな、美人の彼女…気になる!!」

「たぶん近々会えるんじゃないか?レイナも蓮に会ってみたいって言ってたし。」

「マジか!!」

嬉しそうに目を輝かせた蓮がこちらを見ている。

おいおい、お前には愛しのリク様がいるだろう、と俺は一人心の中でつぶやく。

口をつけた水滴のついたアイスコーヒーは味が薄くなっていて、ガムシロップの甘さだけがやたらと残る。

「しかしな。そうか、俺がいなくて葵が寂しくて泣いてるかも…とか、余計なお世話だったな。」

「あぁ、本当に余計なお世話だな。」

声を上げて笑った蓮は、高校の頃まさにこの場所で笑っていた蓮と全く変わらない。

笑い方ひとつとっても、蓮はなかなか華がある。


「しかしお前、社会人になったっていうのに本当に変わらないな。大丈夫か?こんなんで。」

「仕事のほうは上々だよ。最初はまぁ、自分にはあってないんじゃないかと思ったけどな。今はだいぶ慣れたな。」

キモメンのデブ上司の扱いも慣れた、と付け加えた蓮はまた声をあげて笑う。


「そういえばさ。」

蓮が一拍置いて、自分のカップに口をつけた。

蓮のカップに入っているのはコーヒーだ。

しかも、ブラック。

「なぁ、蓮ってブラック飲めなかったよな?」

えっ?と手元を見る蓮。

何の気なしに言った言葉だったが、「そういえば、」の後の言葉を聞く前に言葉をはさんでしまったことに気が付いて、あっと思う。

「なんだよ、いきなり。」

「いや、だって、ほら。」

食いついてきたので、しかたなく 蓮の手に持ち上げられたカップを指差すと蓮は少しだけそれに目を向けた。

「あぁ、最近飲めるようになったんだ。俺ももう大人になったなって。」

もう大人、か。

俺は未だにガムシロップや砂糖を入れないと飲めないんだが。

「本当、俺もさ、母親の再婚を喜んでやれるくらいには大人になったんだよ…。」


…。


蓮が自分のカップに視線を落したまま、小さくつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。

目は伏せているものの、その柔らかな表情はまるで安心したといった落ち着いたものだった。

「加奈子さん、再婚するんだ。」

「うん。2,3年ぐらい前から紹介されてたんだけど。すごい良い人だよ。母さんより4つ歳上らしい。」

蓮は母子家庭だった。

幼い頃に両親が離婚し、蓮は父親の顔を知らない。

その代わり、蓮の母親である加奈子さんが女手ひとつで蓮を育てた。

幼いころから加奈子さんは俺にも良くしてくれていた。

すごく元気で豪快に笑うところが、蓮は加奈子さんにそっくりだ。

本当に仲の良い親子、または姉弟にも見えるくらいに。

「へえ、よかったな。」

「あぁ、今まで一人で頑張ってくれたからな。…これからはあの人も一緒だ。」

これで、俺も少し…安心したよ。


「なぁ、お前さ、俺と二人で旅行に行く気ない?」

あまりにも唐突な誘いの言葉だった。

しばらくまたリクの惚気話が始まって、俺はうんうんと相槌を打っていたのだ。

今までおどけたように話していた蓮の口調がいきなり真剣なものになった時、俺は正直驚いた。

蓮の企画するものは、基本的にみんなでワイワイ!というものばかりだった。

だから蓮からこういった2人での誘いがあるのは今まで一緒にいて初めてだったから。

俺はじっと蓮を見つめた。

「お前、さっきまでリクの話してたよな。俺とお前、2人で行くの?旅行に?」

「そう。今年の夏の終わりにさ、ヨーロッパに行こうかなと思って。どうだ?」

「ヨーロッパ?日本国内じゃないのか?」

その行き先にも驚いた。

まさか海外に行こうとしていたとは、想像もしていたなかった。

男二人で日本国内の旅行も大概だが、海外となるとこれもまた…なんといっていいものか悩んだ。

「あぁ、イタリアに、フィレンツェとかどう?いっしょに行こうぜ。」

フィレンツェと聞いて一瞬胸が弾んだ。

よく読む雑誌で良く取り上げられている歴史地区には俺も興味がある。

それに、ミラノやフランスのパリにも行ってみたい。

急にいろんな想像が頭の中を巡り始める。

「リクは誘わなかったのか?」

普通真っ先に誘うだろ。と口を挟むと、蓮が苦笑する。

「李紅はバイトがあるから。それに…。」

それに、といった蓮は急に目をそらし、窓の外を見た。

つられて蓮の視線の先を追うと、さっきまでは晴れて居た空にいつの間にか雲がかかって灰色に染まっていた。

雨降りそうだな、なんて思っていると 蓮が小さな声で言った。

「それに、今回はお前と行きたい。」


これから李紅との約束があるんだ、と嬉しそうに席を立っていった蓮の背中を見送り、蓮がテーブルに置いていったコーヒー代を近くによせた。

蓮のいなくなったテーブルはガランとしていて、なんだかとても寂しかった。


今回はお前と行きたい。


さっきの蓮の言葉は頭の中で反芻されていた。

なんだかいつもの蓮とは少し違っているような気もした。

寂しそうな、それでいて何か考えているような。

加奈子さんの再婚もあって、いろいろ悩んでいたのだろうかと考えると、少しだけ後悔した。


窓の外を見ると、ついに灰色の空から雨が降り始めていた。

徐々に強くなる雨足を俺はずっと窓から眺めていた。

 

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