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君が見つけた空  作者: にゃろめ
〜君の見つけた空〜
12/27

美大2年 初冬



 李紅が入学して始まった俺の新しい生活。

それは今までのような静かな落ち着いたものではなく、毎日が騒がしい学生らしいものだった。

李紅は周りを明るくする。

いつの間にか李紅は俺の生活の中にすっぽりと入り込んで、そこに居座ってしまっていた。

「葵さんも、今日午後からどうします?暇ですよね?」

この時間の学食は人で溢れかえっている。

俺は正面に座っておいしそうにハンバーグを頬張っている李紅をみた。

「午後から買い物に付き合ってもらえませんか?やっぱり一人で街に出かけるのってまだ慣れなくて。」

「画材とかも買うんで、葵さん達も楽しんでもらえると思うんですけど。」

「いいわね、私も新しい筆が欲しかったのよ。アオイ、選んでくれる?」

レイナは隣でいつものきつねうどんを食べている。

彼女からの誘いはこれが初めてだった。

今まで結構長い時間彼女と過ごしてきたけれど、こうして直接誘われたことは一度もなかったような気がする。

「あぁ、わかった。レイナも。ほっとくと李紅は知らない人についていきそうだし。」

「もぅ、子ども扱いしないでください。」

頬を膨らますのは彼女の癖。

少しからかうとすぐに風船のように膨らむ自由自在の彼女の頬は俺の密かなお気に入りだ。

表情豊かな李紅、絵の才能に溢れる李紅、どんなときでも明るい李紅。

大学に入ってからは彼女の存在がいつよもり近くに感じてなんだか落ち着かない日々が続いている。

「…じゃあさ李紅、一つだけ、条件つけていい?」


 今日は鈍い灰色の空が頭上におおきく渦を作っていた。

朝の天気予報では晴れといっていたので今日の予報をした天気予報士はペテン師だったということだ。

今にも雨が降り出しそうな空を俺は見上げる。

李紅が足を運んだのは大きなショッピングモールの文房具屋。

多種多様な絵の具に、スケッチブック、キャンパス、絵を描くための道具が全てそろっている。

そんな中、李紅は青色の絵の具を慎重に吟味していた。

「ねぇ、アオイさ…ん、やっぱりこの絵の具のほうがキャンパスに綺麗に載るよね。」

そうよね、と自分の世界に入ってしまっている彼女は自分の質問に自分で答えながら絵の具を選んでいく。

俺はそんな真剣な横顔眺めながら笑いをこらえ続けた。

「アオイさんなら、これとこれ、どっちの色が好きですか?」

ライトグリーンとイエローグリーン。

俺の目の前にずいっと突きつけられた両手に握られていた。

俺はライトグリーンが握られてるほうの李紅の手に自分の手を重ね、そっと押し戻す。

「こっち。あと、ほら。また敬語。」

彼女ははっとしたように目を大きくした後、小さく頬を膨らませた。

「だって慣れないんですよ。急に敬語を使うななんていわれても。」

「約束だろ。がんばって努力してくれ。」

手をひらひらと揺らすと、李紅はまた頬を膨らませた。

「もう、何だっていまさら敬語をやめてくれなんて。今までだって敬語で話してたのに。」

「なんでだろうな。敬語だと堅苦しい感じがするからかな?」

「疑問を疑問で返すのやめてください!」

「李紅、また。」

あっと小さく声を漏らした彼女に、口元が緩んだ。

「しかし、リクがアオイより年上だったなんて。驚きね。」

レイナは先ほど俺が選んだ絵筆を片手に、こちらに戻ってきた。

今日のレイナは一段と大人な雰囲気だ。

「…そんなレイナさんこそ、私やアオイさんより年下だったなんて、驚きです…。」

「そう?日本人は幼く見えやすいからね。あっちではこれくらい普通よ。」

レイナの歳は俺の一つ下。

つまり、李紅より二歳年下らしい。

俺も最初聞いたときは驚いた。正直、自分よりも3つぐらい歳上に見えるくらい、レイナは大人っぽかったから。

「たぶん、リクが海外に行くとスクールチルドレンと間違われるわよ。」

「…もしかして、小学生ってことですか?」

「リク、また話し方が丁寧になってるわ。」

困ったように笑う李紅。

そんな彼女を見るレイナの目がすごく優しげに見えた。


買い物やちょっとした寄り道を終え、モールの外に出ると、もう真っ暗だった。

店内で温まった体が一瞬で冷やされていくのが分かる。

「じゃぁ、私はこれから用事があるから、ここで別れるわ。」

レイナは俺が持っていた紙袋を手に取ると片手をあげて手を振る。

「あぁ、気をつけてな。」

夕方からゼミの仲間と飲み会があるらしい。

先日初めて日本の飲み会に参加して、ずいぶんと楽しかったらしい。

さんざんいろんな話を聞かされた。

「レイナさん、また明日。」

「えぇ、リクもまたね。」

そう言ってレイナは優雅に歩き出し、人込みの中に紛れていった。


俺たちは駅のホームで電車を待った。

李紅とこうして二人で並んで立っているのはやっぱり落ち着かない。

意味もなく何度も携帯の画面をのぞいては閉じることを繰り返してしまう。

「さすがにもう冬ね。日が暮れるのが早くなってきた。」

「そうだな。寒くなってきたし。」

顔を両手で覆い冷たくなった指先に息を吹きかける。

感覚がなくなるくらいに冷たくなった指先を暖めていると、両手の隙間からこぼれた息が白い煙になって上に上っていくのが見えた。

「アオイさん、寒いの?」

少しだけ、とつぶやいた俺は、急に横から伸びてきた白い手に体がビクンと震えた。

「うわ、本当だ。すごく冷たい!」

いつの間にか重ねられた李紅の手は俺の左手を口元からはずす。

冷えた手を温めるように包む彼女の手は柔らかく、そして冷えた俺の手にしみるように暖かい。

「アオイさんも冷え性なのかな?」

「…どうだろう。」

ゆっくりと李紅の暖かい手の中から自分の手をはずす。

するとその瞬間、冷たい空気が俺の指先をまとった。

「知ってるか?」

「何を?」

「掌が温かいやつは心が…。」

「冷たいんでしょ。」

俺の言葉をさえぎるようにして言った彼女は満足そうに笑う。

「冷たくなんかないよ。私は心も温かいんだから。きっと。」

「そうだろうな。ほら、電車来たぞ。」

アナウンスが入り電車がホームに入ってくる。

彼女は電車の動きに夢中になっていて、首が左から右へと動いている。

きっと俺、今笑ってるんだろうな。

緩んだ口元を隠すように左手を顔に当てる。

先ほど冷たかった指先はまるで炎が灯ったように熱くなっていた。

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