ベンガル海戦 1953
1953年 某日 ベンガル湾 日本海軍第七艦隊
「帽振れー!」
手すきな乗務員の中から、下士官の号令が聞こえてくる。『紅鶴』艦長、村田重治大佐もそれに従い帽子を手に取り輪を描くように振った。眼下からジェットエンジンの音が聞こえてくる。
飛行甲板の中央よりやや右舷側には、緑のジェット戦闘機が見える。ちょうど搭乗員が風防を閉めたところのようで、飛行長が手を振る。
途端、轟音がして、機体が一気に飛行甲板を駆け抜けた。離艦後、機体はわずかに高度を落としたが、すぐに高度を取りはじめた。鮮やかな発艦である。
続いて今度は中央よりやや左舷側から、やはりジェット戦闘機が発艦しようとしていた。先ほど離艦した戦闘機と同じ、35度の後退翼を持つ美しい機体だ。
二八式艦上戦闘機「閃風」である。海軍初のジェット戦闘機、九式艦上戦闘機「疾風」の後継機として開発された。
閃風と疾風の一番の違いは、直進翼から後退翼への変更である。この変更によって速度、上昇力など全ての面において、閃風は疾風を凌駕していた。
機首に大きな空気取り入れ口があり、くびれのある胴体を持つ。最高速度989キロ、武装は20mm機銃を4門。
戦闘機に続いて発艦準備を進めているのは、九式艦上攻撃機「蒼山」である。逆ガルウイングのレシプロ機で、三式艦上攻撃機「天山」、六式艦上攻撃機「流星」の後継機として開発された。
流星と同様に爆撃機と雷撃機、両方の能力を持ち、戦闘機並みの飛行性能・機動力をも兼ね備える。武装は20mm機銃4門に12.7mm機銃2門。
攻撃隊は、英東洋艦隊を目指して次々と発艦していく。
同じころ、第七艦隊旗艦、瑞鶴の甲板でも攻撃隊が発艦していた。そこには一人の少女がいた。その少女は、この空母の艦魂である。
瑞鶴
「いよいよだね、伊吹!」
そう言って瑞鶴は右を、正確には右下を見る。そこには友人の伊吹がいる。
伊吹とは、鞍馬型航空母艦2番艦の艦魂である。鞍馬型航空母艦は本来、超甲巡として建造されるはずであったが、建造の途中で空母に改装されることが決定。搭載機数32機の艦隊防空を主任務とする軽空母に生まれ変わった。
伊吹
「相変わらず元気だね~、瑞鶴は。これから、敵機が来るかもしれないというのに。」
瑞鶴
「大丈夫よ、我が日本艦隊は無敵なんだから!」
「無敵」、と瑞鶴は言ったが実際彼女は驕ってなどいない。初陣である伊吹を元気づけようとする、瑞鶴なりの気遣いであった。
もっとも、「日本艦隊は無敵」という考えを持つものもいた。その原因は、8年前に終結した米国との戦争―太平洋戦争に勝利したことが大きい。特に、実際に米国との戦争に参加していない将兵や艦魂にその慢心は広がっていた。
???
「瑞鶴、気を緩めちゃだめだぞ。相手は、世界の海洋を支配したイギリスなんだからな。」
瑞鶴と伊吹の会話に割って入ってきた男を見て、瑞鶴の顔は一瞬だらしないほどに緩んだ。
瑞鶴
「わかってるよー、提督さん。」
かわいく顔を膨らませながら、瑞鶴は答える。
???
「だから、いつも言ってるだろ。提督って呼ぶなって。」
提督と呼ばれた男は、心底困ったような顔をする。その反応を見て、瑞鶴の顔は再び緩む。
そうこう話しているうちに、最後の攻撃機が発艦していった。
???
「おしゃべりはここまでだ。敵襲に備えるぞ。伊吹もそろそろ艦に戻れ。瑞鶴、艦橋に行くぞ。」
瑞鶴
「はーい、〝艦長〟。伊吹、またね。」
伊吹に別れを告げ、艦橋へと歩いていく艦長の姿を追いながら、瑞鶴はこの戦闘が早く終わることを祈っていた。
攻撃隊を発進させて数十分後。艦隊の前を飛行する二七式艦上早期警戒機「蒼海」より、敵機来襲の報告が艦隊に届いた。
即座に第八航空戦隊の『鞍馬』と『伊吹』から閃風が飛び立つ。同時に、各艦は対空戦闘に備える。
???
「誘導通りだ。左下方、『ワイバーン』だ!百瀬、三浦、田中は『ワイバーン』をやれ!残りは『シーホーク』をやる!!」
第六五一戦闘機隊隊長、菅野 直少佐の指示が無線に入る。武田 舞二飛曹が見上げると、複数の飛行機雲が見える。英攻撃隊の直掩機、FGA.6「シーホーク」だろう。
菅野
「武田、準備はいいな?いくぞ!」
武田
「はいっ!!!」
武田は、菅野機の後に続く。史上初、ジェット機同士の空戦が始まった。
イギリス海軍東洋艦隊司令長官、ジョン・リーチ少将は、撤退を命じた。それは、苦しい決断であった。
日本艦隊へ送り出した攻撃隊の戦果を聞く前に、彼が聞いたのは僚艦の被害報告であった。イラストリアス級やコロッサス級、それに米国から購入したエセックス級の計6隻の空母を中心とした機動艦隊の面影はもうない。
日本機はとても優秀で勇敢だった。対空砲火やミサイルの妨害に怯むことなく彼らは攻撃を仕掛けてきた。進撃を妨害するはずの直掩機は、倍以上の数の戦闘機に囲まれて散り、攻撃は日本機のやりたい放題だった。攻撃前にチャフを撒き、レーダーを潰すことも彼らは忘れなかった。
アメリカを打ち破った彼らの勢いを、止めることは出来なかった。
2000年代初頭 ハワイ:真珠湾 第二艦隊
その少女は、自艦の艦橋にいた。
伊吹
「瑞鶴、またそれ読んでるの?」
友人の伊吹の声に、瑞鶴は振り向く。伊吹との付き合いも長い。
瑞鶴
「うん・・・。私が、『幸運艦』なんて言われてたのは、あの人のおかげだから。」
手に持った『それ』を見ながら、瑞鶴は答える。
伊吹
「はぁぁ。相変わらず、瑞鶴は変わらないねぇ。」
ニヤニヤしながら伊吹が話す。殴ってやりたくなったのを、瑞鶴は抑える。
瑞鶴
「う、うるさい!だって、あの人は―
伊吹
「またぁ、瑞鶴の『のろけ』だ。リア充ののろけなど誰が聞くか。さらばだっ!!!」
最近はやり始めた言葉を言い残し、伊吹は艦橋を飛び出した。
瑞鶴
「こらっ、逃げるなぁー!!」
伊吹を追いかけ瑞鶴も出て行こうとするが、彼女はそこで追撃をやめ、自室へ移動する。
先ほどまで手に持っていた『それ』を机にしまった彼女は、外を見る。そこには、近代的な装備を施した戦艦や空母など大小さまざまな艦艇がいる。最近、艦隊に入ったイージス戦艦などという艦もいた。
瑞鶴
(―、こっちは平和な世界だよ。あなたの望んだ世界だよ・・・。一緒に・・・、一緒に見ようよ―。)
涙を流す瑞鶴の頭上を、華麗なアクロバット飛行をする6機の戦闘機が飛んでいく。
少女の想いどおり、世界はその日も平和だった。
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