09 吸血鬼と凛さん、僕と狼男
見慣れない道を黒スーツの男の後ろにくっついて歩く。店を出たのが数分前なのに全く知らない未知の世界が広がっていた。自分の想像していたよりもファンタジーな感じのしない、自分のいた世界と同じような感覚、でも向けられる興味の眼差しプラス敵意の眼差し。前の男は周囲の眼差しなど気にしないようで歩みの速度を店を出たときから変えることなくただ淡々と歩いていた。因みに僕はいつ襲われるか気が気でなく、常に懐の短刀を握りしめていた。
「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ。どうせ襲ってなんてきませんから。」
「たとえそうだとしても用心に越したことはありませんから。」
「そうですか。でもいざという時に疲れていてはどうすることもできませんよ。」
「お気になさらず。」
僕はもう死ぬわけにはいかない。意気込んだ手前簡単に死ぬわけにはいかないのだ。
「では後一時間ほど歩きますので。」
簡単に死ぬわけにはいかないのだ!
結局一時間休憩無しで歩きとおした。黒スーツの男は全く歩くペースを落としてくれないのでものすごく疲れた。途中何度か短刀から手を離し、手の汗を拭ったりしていると、そのたびに「おやおや警戒しなくていいのですか?」なんて聞いてくるもんだから僕は押し黙って黒い背中を睨みつける事しかできなかった。なんで後ろ見ないで分かるんだよ。
「着きましたよ。」
そう言われて館を見上げてみた。色は赤黒い、というか血のような赤と吸い込まれるような黒。長い間見ていたく無い色だ。中に入っても同じ配色。これは早めに話を切り上げて帰らなければなるまい。通された部屋は貴族の家によくあるような(偏見)食事をとるところであろう部屋。今はテーブルクロスと蝋燭だけで皿はない。僕はその端に座らされた。すると向かいの扉がゆっくりと開き、この館の色に似合わない上から下まで真っ白な服を着た若い男性が入ってきた。
「やあやあようこそようこそ。噂のひじりんくん。会いたかったよ。」
その男性は向かいに座る。
「君とは一度面と向かって話してみたかったんだ。君の血はとてもおいしかったからね。」
男性の目がギラリと光る。凛さんや猫又のようなハイエンドクラス特有の目つき。というか血?こいつはいつ僕を?ああそうか。こいつが猫又の複数いる雇い人か。
「君の血はそう、憎悪。純粋な憎悪。こんなにも上質な物は君が初めてだったよ。いやーおいしかったな。周りが憎くて恨めしくて、幸せそうな人間が大嫌いで、自分がこんなにも惨めなのは親のせいだと呪って、こんな自分に優しくしてくれる人間がひどく不快で、こう思ってしまうのも惨めで。結局逃げ続けて他人のせいにし続けて、今でさえこんな状況にした周りの奴らもみんな憎くて」
「それは違います。」
これ以上黙ってなんていられない。大丈夫頭は冷えている。
「何が違うって言うんだ?お前はもともとそういう奴だろう?」
「僕は凛さんや代理さんや猫又や店の狐たちが大好きです。これは嘘じゃありません。」
「無理をするな。お前はそうやって一度逃げたんだろう。二度目だって同じだ。何も変わらない。根本なんてそう変わるもんじゃない。」
「確かに僕は一度逃げました。でも僕は同じ失敗を繰り返さない。僕はここでみんなに感謝して生きていく。」
「無理だな。いい加減楽になれよ。こっちに来いよ。ここの方がお前にとっては暮らしやすいぜ。」
「残念ですけど、かわいい女の子のいないここでは暮らす気はありませんね。吸血鬼さん、あなたには僕を閉じ込めてなんておけませんよ。」
「ふむん。まぁいいか。顔見せってことで。こっち側に来たくなったらいつでも言ってよね。」
「そんなことはあり得ませんね。」
「ははっ。そっか。ああそうそう忘れてた。あの神様のことだけどね。」
ああ元はと言えばそれのために来たんだった。
「ごめんね。実はなーんにも知らないんだ。」
…まぁそんなもんだよな。それを分かっていながら来たようなもんだし。
「でしょうね。」
僕はため息をついて立ち上がる。無論この館から出るためだ。
「ちょっと待って。もうすぐしたら来るから。」
「え?何がですか?」
男性改め吸血鬼はにこにこしたまま何も話そうとしない。僕はとりあえず座ってみた。
「狼。あとどれくらいかな?」
「もういらっしゃるかと。」
気づけばそこにさっきの黒スーツの男。狼男ってわけか。
突如きーんという音が聞こえた。それと共に爆裂音をたてて目の前の壁がぶち壊れた。瓦礫が所せましと飛んでくる。僕は咄嗟にテーブルの下に隠れてやり過ごした。眼の端に見えた吸血鬼はにやにやしたまま動こうとしていなかった。静かになったところで顔を出すと目の前に大きな穴が出来上がっており、その近くに佇む人影がひとつ。
「やあやあようこそようこそ。来ると思ってたよ。予想よりちょっと遅かったかな。何かあったのかい?」
「いやいや最近何かと忙しくてねぇ。でも安心しろよ、手加減はしないからな。」
「そうかそうかうれしいなぁ。」
額に青筋浮かべた凛さんと、無邪気に笑う吸血鬼と、後ろの大穴を眺めて面倒くさそうにため息をついている狼男と、状況をうまく把握できずに戸惑う人間の姿がそこにはあった。なにこれすごく逃げ出したい。
「あーそこにいたかひじりん。華麗に助け出してやるから安心しろよ。」
目だけはしっかり吸血鬼を睨みつけながら話す。これはバトル展開間違いなしだな。これは助け出される前に死ぬかもしれない。
「今はそんなの相手にしないでよ。こっちだけを見つめててはーと。」
「うるさい黙れうっとおしい。すぐに相手してやるからこっちこいよ。」
凛さんと吸血鬼のキャラが一瞬にして崩壊。いや凛さんはあんな感じだっけ?とにかくバトル展開だけは阻止せねば。
「凛さーん。僕は大丈夫もが」
途中で狼男に口を塞がれた。ああまずい。この体制は凛さんから見ると助けを求めたけれど拘束された弱い人質にしか見えない。凛さんの顔が目に見えて険しくなった。
「少し静かにしていてください。」
静かにしてたらバトル展開になるだろうが!
「外行こーよ。勝ったら返してあげるよ。」
「おーしいいぜ。もとよりそのつもりだ。」
凛さんと吸血鬼は凛さんが開けた大穴から外へ飛び出していった。そしてやっと拘束から解かれた。
「あなたが止めたせいでひどいことになったじゃないですか。」
「これでいいんですよ。あなたを呼んだ理由の一つに凛さまが来るから。というのがあったんですから」
「つまり?」
「あなたは凛さまを呼ぶ餌なわけですね。」
「…。」
「そんな顔しないで下さいよ。こっちだってこの大穴を直すことを考えると嫌になるんですから。」
「…あなたも大変なんですね。」
「そうですよ。さぁ、あのお二方が帰ってくるまで時間があるでしょうし何かお飲み物でもお持ちしましょう。」
なんか友情が芽生えた気がしたが気のせいか。嗚呼あの二人はいつ帰ってくるのだろう。あまり遅くならないといいなぁ。