07 訓練その2
眼を開ける。いつも通りの部屋だ。さすがに慣れたのですぐに立ち上がり部屋を出る。もちろん帯刀ずみだ。目的地はいつも通りのカウンターだ。何度も通った道なので足取りは軽い。途中で前方から狐が歩いてきた。いつも会う狐とはまったく違う雰囲気を感じる。何より面の模様が明らかに違う。品の良い物腰から代理さんと同じものを感じた。背丈は僕の一回り下ぐらいだが面のせいか妙な威圧感を醸し出している。
「あら。はじめましてひじりんさん。」
思わず苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「そんな顔しないでくださいよひじりんさん。凜様からそう教えられたんですから。不可抗力ですよひじりんさん。」
「そんな何度も何度もひじりんって呼ばないでくださいよ。あんまり気にいってないんですから。」
「そうですか。でもこちらも凜様からそう呼ぶように言われているので私の一存で変えることはできませんひじりんさん。」
「…分かりました。もういいです。」
この子はSだな間違いない。諦めて横を通りすぎる。
「凜様がカウンターでお待ちですひじりんさん。」
「うーっす。」
後ろからの声に歩きながら応える。あの子とはなんだかんだでいい話相手になってくれそうだなぁと思った。カウンターに着くといつも通りキセル片手の凜さんとニヒルな笑みを浮かべた猫又が話している。
「おっきたか。じゃあ猫又よろしくな。」
僕の姿を認めると凜さんはまた出て行ってしまった。…最近凜さんとまともに話をしてない気がするぞ。それをいったら代理さんとも会ってないな。
「じゃあ行くか。ついて来いよ。」
黙って頷き後について行った。昨日と同じ庭だ。
「昨日はこの距離ぐらいだっけか。」
約一メートルほど。半歩踏み出せば相手に届く距離だ。今回は左手に一本を正眼に構えて右手を開けた。何度か握ったり離したりを繰り返し指をならす。
「準備はいいか?」
前回応えたら不意を突かれたので今回は黙って相手の顔を睨みつけて集中する。
「…そうかい。」
猫又がふっと構えを解いた瞬間を見逃さない。右足を踏み出し切っ先を突き出す。狙いはわき腹だ。右手は振りかぶり第二撃まで作った。が、それと同時に猫又はバックステップして右足を振り上げた。狙いは短刀ではなく顎だ。ぎりぎりで顔をそらし避けるが第二撃である回し蹴りはもう避けれない範囲まできてしまっている。フリーである右腕でガードしそのまま左手を突き出せばイケる。勝った。
ゴキュッっという生理的嫌悪感のある音が響き右腕に激痛が走る。大丈夫だ踏みとどまれる。そのまま切っ先を喉元へ突き出す。眼と眼があった。猫又は、張り付けている笑みではなく、本当に楽しそうな笑みを浮かべていた。猫又は首だけで避け、今度は顎めがけて左足が飛んでくるのをバックステップで避け間をとった。ありがたい事に追撃は無い。
「ねぇひじりん。俺は傷をつけろって言ったんだよ?何も殺せって言ってるんじゃない。やろうと思えばできただろ。」
「そうでしたっけ?忘れてましたよ。」
「へぇーそうかい。面白いじゃないか。」
「そりゃどうも。」
「だがまだ俺を殺すには足りないな。自分流のスタイルを確立しろ。まだまだお粗末だ。試しに投げナイフでも調達してこようか。おまえには一刻も早く成長してもらわねばならんしな。」
「そうですね。これを投げるにはさすがにつらいですし。でもそれなら弓とか拳銃とかの方がよくないですか?」
「拳銃は此処にはない。弓ならあるが、俺や凜さんレベルになるとそんなもんはおもちゃにしか見えんな。あんな大きな物持ってたら機動力が下がる上に格好の的だ。」
「そりゃそうですけど。」
「というかお前はまずその打たれ弱さを何とかするべきだよな。一発食らったらアウトはさすがにひどいぞ。」
「それはあなたが強いからですよ。」
「知ってるさ。」
自分で認めやがった。
「なんたってこの世界を個人で生きていけてるんだからな。大抵は群れるか媚びるかだ。まぁ龍クラスになると話は別だがな。」
「えっ?龍?龍がいるんですか?」
最早なんでもありなのか。
「もちろんだ。あいつらは普段は山の奥深くとかにいて滅多に姿を現さない。なぜならあいつらは頭がすこぶる良いからだ。低俗な輩と一緒に居たくないんだと。普通の妖怪が会いに行けば即殺されるかだろうぜ。」
それは怖い事で。というか猫又ってここまで自信過剰だったのか。確かに強いけども。間違いなく折れている右腕が実はものすごく痛いのだけど。
「ふむ。一度知り合いの龍の所へ連れて行ってみるのも楽しそうだな。それなら俺の負担も減るし。」
なんか怖い事言い始めたぞ。喰われても生き返られるのかなぁ…心配だなぁ。
「そうと決まったら明日行く事にするか。」
なんか勝手に決定事項にされてる。
「じゃあそういう事で。」
気を抜いていたとはいえ動きは見えた。何度も見た腕を突き出し腹を穿つあの動き。咄嗟に思いっきり左に飛ぶ。わき腹をかすめ真っ赤な血がにじみ出る。
「なんだ。ちゃんと避けれるじゃないか。」
猫又は笑っている。急いでバックステップで間を取ろうとるが猫又は待ってくれなかった。さっきまでのおふざけとは違う明らかな殺意を持った動き。もう反撃する余裕もなく避けることしかできない。それも完全ではなくところどころ切り傷を作っていく。そしてふっと足の力が緩み体制を崩してしまった。しまった、と思うにはもう遅い。
「ぐふっ…。」
もう何度目だろう同じ人に同じ場所を穿たれた。今度はすぐに引き抜かれその場に崩れ落ちる。おぼろげに猫又を見ると店の方を向いて何か言っているようだ。するとすぐに今日出会った狐が出てきた。ゆっくりと僕に近づいてくる。それになぜか安心し、僕はまた眠りについた。代理さんに龍に喰われても大丈夫なのか聞かないとな。